はてなキーワード: 教育者とは
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.asahi.com/politics/update/1026/OSK200810260045.html
>id:Dursanみたいな野郎が一番タチが悪い。お前が子供やその親にむかついたことなんて知らねーし関係ねーよ。それと公に体罰を認めることとは全く別だっつーの。
ごめ、読解力のない子がいるのを忘れてましたぁ(てへっ)
>塾講師時代、モンペの子供が親が教育委員会に訴えて教師をとばしたことを得意げに自慢した瞬間、おいらは体罰容認になりました。
っていうのは本当に世○谷区の小学生に言われた言葉。もちろんその子はおいらを脅したつもりだったわけさ。
まあ、絶望したね。もう、この段階でこれかと。こいつはこちらをコントロールしようとしてるな、と
いままで話には聞いていて、ホビットとかエルフみたいな存在だったのが、
急にゴラムになって現れましたよ。ほんとに頭が真っ白になったのを今でも覚えている。
塾なので、他の子の邪魔になると判断された時点で放逐される。
それは分かっていたみたいで、それ以上はなかったけどね。
チョット想像してごらんよ、そんな小狡いガキをいまの公立学校で担当したとする。
チョット怒っただけで、親が怒鳴り込む。
こちらが何の罰も下せない
(もちろん、隔離したところでモンペは精神的な虐待だと文句を言う)
のを知って、挑発し放題。周りの子も影響されて制御不能で学級崩壊。
こっちはもう投げ出すか、壊れるしかない。
ってこれがたぶん現実に起こっていることなの。
こんな状況で働いているの、公立学校の教師か勤務医ぐらいだよ。
悲しいけれど、力なき正義は無力というのは本当で
こんな平和にのほほんと暮らしていられるのも、
戦後日本が平和だったのも国際間の暴力が拮抗していたおかげだし。
おそらくこれから世界大戦が起こらないのも、暴力のバランスが保たれているからだと思う。
放逐するにしても統制するにしても
実力行使ってそうそう使えないじゃない。使えば使うだけ目減りするし。
使わないに越したことはないが、抜けない刀に意味はない。
刀が抜けないのなら、気迫なんて感じさせられるわけがない。
まあたぶん「気迫w」って言うんだろうね。
教える場面での「気」の流れが結構大事だって
言うのは分かってもらえると思う。
まあ、長くなってしまってすまん。
最初の部分を3行で言うと、
「○チガイが刃物を持っているから
絶望した」
最後の部分は
「暴力の裏づけを伴わない統制なんてありえない
抜けない刀に意味は無く、またそこから気迫も生まれない
しかし、目減りするのでそうそう使えない」
ってこと。
ごめん、なんだかまとまってないが推敲せずにアップする。
>「大人だって怒ったら手を上げるかもしれない」ことを抑止力とするのに、必ずしも制度的に「体罰を容認」する必要はないと思うのだ。あと、百歩譲って手を上げざるを得ないときがあっても、正当化はよそう。
『制度的に「体罰を容認」』しないと、『「大人だって怒ったら手を上げるかもしれない」ことを抑止力』にはならないと思うのは、おいらだけかい?
もちろん体罰が上策だなんて露ほど思ってないから。ただ『制度的に「体罰を容認」』しないために教師が萎縮してしまっていることの方が問題じゃないかと思うがどうだろう。
>ならその親とやりあえよ。校長も交えて親の教育方針を徹底的に批判しろよ。それがプロの教育者だろ。私の親は小学校の教師だったが、体罰を使わず何人もの親とそうやってやりあっていた。
本当ならそういうのが望ましいし、そのように目指すべきだというのはみんな分かってるって。
最悪の場合
親呼び出し→教育委員会にクレーム→校長萎縮→教師混乱→児童増長→問題行為
となる可能性があるから言ってるだけ。
>これ、少なくとも教室から出すことができれば、済む話じゃん。体罰いらんやん。
教室から出してからどうするの?
立たせておくなら体罰です。
ほっとくと徘徊するよ。他のクラスの迷惑になるよ。
どうする?
みんな忘れてるのは小中は義務教育だってこと。
(教育を受けさせる義務があるのは親だけど、実質子供にも教育を受けなければならない義務があるようなもの)
極論だけど
体罰を含めて強権を発動させる権限を学校に付託できないのなら、
義務教育なんてやめちまえとも思う。
全部大検みたくすればいいんだ。
>「言葉」で「子ども」を押さえ込めないんだったら「暴力」でだって押さえ込めませんよ、馬鹿ですな。
では、どうすればよいのか
いい案があるなら示して欲しい。
なんだかグダグダになってきたので、
新しくたててみた。
遅レスでスマソ。
確かにC言語とかJavaを完全に理解していてもそれだけでLinuxやGoogleが作れる訳じゃないもんなあ。
世の中のニーズを取材して、どうハードウェア(世間)を叩いて動かすか勉強して、どんなライセンス(媒体)でリリース(発表)するか選択する、とか色々。当然協力者もかき集めないといけないし。
文章を読むのだって「読解力」なんて一括りにできないに決まってる。
スポーツ関連の文章を読むときは体育の経験が必要だし、動物や生物の文章を読むときは理科の知識が少しは必要になる。
(逆に、そういう前提条件を取っ払った上で読める文章を書けるかどうか、というのは作者の側の責任)
文章を読んだり書いたりすることは、本当は「国語」なんて一教科に任せきれないところがあるのかもしれない。
生徒の「読解力」を否定するのはつまり生徒の全人間性を否定する部分があって、
ぶっちゃけ「お前は人の気持ちが分からない奴だッ!!」と頭ごなしに罵倒するのに近い気がする。
そんなことして教師は責任取れるのか、と言われれば多分取れない。
取れないけど他に良い方法も浮かばないのでやってる。というところなんだろうか。
文学鑑賞は拙く教えるほかないかもしれないけど、
小論文を突破できない点は論理的な文章の読み書きを訓練すればどうにかなりそうな気がする。
小中を振り返って、ロジカルな文章の読み書きなんてロクに教わった覚えがない。
(もう十年くらい昔の話なので今は改善されてるかもしれないが)
高校を出た頃にようやく「理科系の作文技術」(アメリカ云々の元ネタ)とかを自分で読んで、
文章とはこうやって書くものだったのか! とかなりびっくりしてしまった……。
なんでこれを日本の中学はやらねーんだチクショー、授業料返せ! とか思ったよ。
結局自分で読みまくって書きまくって身に付けるほかないのよね……と諦めたら負けだと教育者の方々は思ってるか。(汗)
ところでこの話、オレとしては遠い昔に2chの学校板でした議論の蒸し返し+発展形なんだけど、あんたってまさかあんときのアンタじゃないよね?
2chには出入りしていないので別人だな。(汗)
元増田はイライラした時に自分を失って、母親と同じ事をするなら、イライラしないようにする癖をつければいいと思う。例えば子どもがイライラの原因なら、賛否はあると思うけれど保育園に入れたりベビーシッターに預けるとか。大人になりきれない貴方自身イライラを我慢出来る大人に育てる為にはそれはしょうがないコストだと思う。
イライラする時はただイライラして自己嫌悪に陥ってたらダメ。それは成長しない。欝サイクル。ムダ。せめて記録位するべし。イライラした後にメモをとるとか。子どもがどういう行動をとったから、イライラする、と細分化する。で、何故イライラするのか考えるとか。口答えが生意気だとか、モノを壊したからとか。対策として子どもの行動に規制するのは無理があるから、どうすれば子どもがそういう行動をとらなくなるとか(例えばクレヨンを手の届く所に置かないとか、言い方が気に食わないなら自分が同じ思考回路の行動を取っていないか気をつけてみるとか)を研究する。暴力を振るってしまったら、それは反省。そして、どういう衝動で行ったかを分析。自分の感情の高ぶりのせいなら、精神安定剤でも出してもらいなさい。(次の子考えてるならカルシウムの過剰摂取とマインドコントロールで我慢だ!)
大丈夫、増田に書く位の自覚と問題認識があるんだから。後は実行だけ。でも難しいよね。一番は気が滅入らないようにする事。気力に負けちゃダメ。後、そうこうしている内に子どもは大きくなります。5年もしたらもう少し言うこと聞くようになるし、多分20年も経ったらいい相談相手になると思う。現実逃避もかねて長い目を忘れずに。
そんな事書いてる自分は子無しでやはり同様の家族構成で育ったモノです。
一応教育心理学はカジったけれど。そんな身の上を書いてしまうと何理想論で説得しようとしてるのよ。て元増田は思うかもしれないけど。でも元増田も子どもが出来る前は理想論、持ってたと思うんだ。だから今一度その余裕あった頃を思い出して欲しくて書きました。
あと、未来の自分にも。多分私も同じ事で苦しむと思うから。
で、自分も姉やってた。長子に親の虐待は凄かった。表向き教育者研究者の夫婦に生まれたけれど、若い頃の親は理不尽や暴力の塊だったし、今も論理的展開が乏しいように思うこともあるよ。まあ今は向こうが殴り掛かって来ようがモノ投げて来ようが口でねじ伏せてます。親を言論で負かしているのがトラウマ解消になってるのもどんだけDQNなのかと思うけれども。まあ↑書くような自分だからしょうがないのかなあと思う。
修士でドロップアウトなら如何様にでも復活するチャンスがあると思いますので、
気を落とさず頑張ってください。今の悔しさを忘れず、新たなことに挑戦してください。
そもそも大学院で何が大切か?という問題に対して、私はそこで論理的な考え方や
解決手法を身に着け、結果をまとめる訓練をすることが最重要だと思います。
あなたの経験は決して無駄にならないと思いますよ。
あなたが世に出るべきすばらしい論文が書けたはずなのにというくらいの人なら、
新たな場所で十分活躍できると思いますし。会社の研究からもノーベル賞を
取ることが可能な時代です。
話は逸れてしまうかもしれませんが、あなたのような人が増えてきた背景が私は
気掛かりです。
研究室の教授から助教の人たちが理不尽に学生を責める傾向も実際にはあると思います。
その背景には、教育者側にも大きなプレッシャーが掛かり過ぎている状況に問題があると
私は考えています。つまり、教育者の心理的余裕を奪ったものは何かを考えていく
必要があると思います。
私は以下のようなことがその主な原因だと思っています。
(1)大学の独立法人化の問題、(2) (1)による過剰な成果主義、(3)空きポスト問題
今の大学での研究環境が昔に比べて圧倒的に成果主義に傾き過ぎており、
大学での研究本来の独自性や独創性を脅かす状況が生まれていると思います。
そもそも、大学での研究なんてのは何十年、何百年後の人類にとって
役立つくらいのものもあるべきだと思うのです。研究成果がすぐに
社会貢献するなんて考え方そのものが、目先の利益に捕らわれて過ぎています。
目先の利益だけが重要な研究なら企業や営利団体でやれば良いことだと思います。
数学や自然科学分野などはその価値が現時点では分からないものも多いと思うのです。
そういう基盤になる研究が出来る場所が大学や国立の研究所だと私は思います。
さらに、成果を問う割りに空きポストも無く、ポスドク問題という問題も明るみに
なっているという状況です。ポスドク問題は世間一般でいうならば、契約社員、派遣社員の
問題と同じです。如何に能力のある人間でも、空きポストが無く、年齢が上がって
どうしようもない状況を生み出してしまっている問題もあるのです。
国や政治家は日本を技術立国にしたいのなら、この問題をどうにかしなければならないでしょう。
そして、中長期的な視野で研究レベルを上げるには大学の独立法人化をやめるべきだと
思います。現時点で日の当たらない分野の研究にも投資し、裾野を広げるべきだと思います。
大学院は現在その存在自身が難しい状況になってきていると思います。
今流行の学問に手を伸ばしても、その学問が何年後かには陳腐なものになる可能性だって
あるのです。
国の研究レベルを上げて行くためにやるべき策はもっとあると思います。
秋田辺りが成績いいことを考えると,やっぱ大阪の教育者が無能なんじゃないかと思う.というか,秋田に小中学生向けの塾とかあるの?(東北をバカにしすぎ)
あと,ベンチマークを全国テストにとるなら,前者はほとんど100点を楽勝でとれるのだから,お金をかけるのは無駄.後者を底上げすることが必要.ベンチマークが東大合格者数なら別だろうが,そういうことを考えずに脊髄反射で批判するとかアホなの?
子どもをじゃんじゃん塾に通わせたり家庭教師つけたりしてる高級住宅地の小学校と、親共働き学歴低め低所得者層向けアパートの建ち並ぶ地区の小学校では、前者に厚く後者に薄く予算配分すべきということですね。つまり公的予算を使って家庭の塾代など教育支出を更に煽るべきである、と。
でもって前者の学校の教師は良い教師で後者の学校の教師は悪い教師なのですね。後者の学校から逃げ出して前者の学校に行く教師は良い教師とみなされて、後者の学校にとどまり教育し続ける教師はダメ教師とレッテルを貼られるわけですね。
そして、試験の結果はじゃんじゃん公表して、後者の学校の子どもに「お前らは馬鹿だ」と言うのが高い教育効果をあげるというわけですね。
逆に何の評価も無く教育って物の達成度を調べる手法は無いって主張するなら
試験結果の悪かった大阪で、低いからこそ教師をもっと増やして手厚い教育をするべきと主張するのでなく低学力だからもっと教育予算を削るべきと主張するわけですね。
……
いや、あなたが変だと言いたいわけではありません。あなたが橋下さん本人なら別だけど。
あなたの言ってることは橋下さんと同じことなんですから。
ただ、あえてここはあなたに真剣に聞いてみたいんです。
あなた実際自分の言ってることのおかしさが本当に分からないんですか?
教育に競争原理はなじまない、教育にはもっとお金をかけるべきだという主張の意義が本当に分からないんですか?
そこを説明して貰えたら初めて、うるさいくらい「学力低下」を言いOECD学力調査の結果をヒステリックに報道するこの国で、同じOECDの調査で「対GDP比で見れば日本は教育に世界一金を出さない国」と言われ、文部科学省の教員増員計画を蹴って40年前に定められた「発展途上国的クラス生徒数」(=平均約30人はOECD諸国最低レベル。ほとんどの国の平均は約20人。データは下のリンク参照)を頑なに守り続け、人件費のみならず先進国の多くが教育予算を日々増額している流れの中であえて全体としての教育予算を減額し続け、そんな状況の中で真面目な顔で「学力向上のためにどうしたら……」「そうだ、祖国と郷土を愛する心が足りないのでは!」とか言う人々が教育政策を決めているという現状がどうして起こるのか分かる気がするので。
すっごい不思議、大阪で学力試験の結果を公表するかどうかでもめてるらしい
大阪って人種的な違いがあって日本の標準から外れてるから公表する意味が無いって理屈なら分かるけど
試験の意味が無い、一回の試験で学力は測れないって理屈ならそも、大学入試は一回の試験で測ってる以上認められない
って主張しないとおかしいはず
それは、この試験が駄目駄目だから公表する意味が無いって事なら理解できるが
逆に何の評価も無く教育って物の達成度を調べる手法は無いって主張するなら
大阪の35人学級を維持する意味も無い、意味の無い金は削るべき
教育者の能力が無いから、同じ日本人である大阪の児童の試験での成績が悪いって以外の理由があるなら言ってみろ
能力は評価されてそれに応じた報酬があってしかるべきなら
だが、教育者や人の上に立つ者は、無口で真面目な奴ほど気に掛ける必要があると僕は思う。
先生や上司も結構忙しいもんで、いま目に見えて、問題な人を優先してしまうのはしょうがいないと思うなー。増田さんの上司は甘やかしている点で問題ありかと思うけどね。
重要な役割を任せられるということはそれだけ信用されているんだよね。信用できると思える様なしっかりした人だと、何に悩んでるかとか分からないもんだよ。だから、悩みとか不満は口に出すようにする努力も必要かもね。
「中学校の頃はおとなしくて真面目な奴だったんですが、まさかあんなことやるなんて・・・」
まさかではなく、当然なことだと僕は思う。
おとなしくて真面目な奴は、聞き分けが良いから、学校の先生は安心しきってケアもせず、
別の問題児(ヤンキー・DQNやら保健室登校者のたぐい)の方にしか目がいかない。
おとなしい奴は自発的に悩みなんて打ち明けないからため込むのは必定。
とすれば、あんなことやるのは時間の問題というわけ。
安心しきってる学校の先生は非難されてしかるべきだと思う。元ヤンや保健室登校者が無差別殺傷したなんて話聞いたことないし。
ヤンキー効果もあるし。ヤンキー効果とは、「ヤンキーがたまに真面目に掃除をやると、やるのが当然なことなのに異常にほめられる」という現象のことを今名付けたものだ。
こういうことって、教育論(?)とかで議論されてることなのかな。
僕自身、常に対応が後手後手に回されてきた方だ。
中学校時代、後手後手に回された影響で、ちょっとした問題を起こしてしまったこともある。
そして僕のバイト先で、今、同じようなことが起こっている。
インターンで、ある企業で働いている。そこにはインターン担当の上司がいる。
おとなしくて聞き分けもよく、真面目に仕事に取り組む僕は、上司に重要な役割を任せられたりする。けど、コミュニケーションは不十分だ。
仕事は出来るがたまに無断欠勤したり勤務時間中に堂々と遊んでやがるアホ女は、上司に(媚びて)なついてうまいこと立ち回ってる。
そいつの穴を埋めるために仕事が増えて不満が溜まっているのだけど、僕自身我慢してしまうたちであるし、
なにより、アホ女はなぜか皆から慕われているので、いちいちそんなことをあげつらうと雰囲気が悪くなるし、直接言いにくい。
そんなときに、上司はせいぜい「まったく、気をつけろよー^^;」程度で終わらせてしまうのだ。
こないだなぞは、そいつとフラッシュゲームに興じていた。勤務時間中なのに。
大人げない話だが、昨日ついに僕は上司に声を荒げてしまった。
上司はいい人なので、僕の気持ちに気づかなかったことに平謝りだった。
僕が怒ったことにも驚いていたようで、僕が恐縮するくらい謝られてしまった。
しかし、それで不満が完全に解消されたわけではないし、声を荒げたことについて逆に思い悩む結果になってしまった。
要は、僕に勇気がなかっただけな話ではある。
だが、教育者や人の上に立つ者は、無口で真面目な奴ほど気に掛ける必要があると僕は思う。
日本第3の政党であり自公連立政権を8年以上続けてきた公明党。そしてそれを支える創価学会。決してタブーではないはずなのに、この両者の歴史を語った本やサイトは少数。しかし有権者ならしっておくべき、必要最小限の知識をまとめてみました。
創価学会は、昭和初期に教育者であった牧口常三郎が「創価教育学会」として創設したものが母体になっています。つまり、創価学会は当初、教育団体だったわけで、なんだか宗教ぽくない名前になっているのは、そのためです。
しかし牧口はその後、日蓮宗のなかの一宗派・日蓮正宗(しょうしゅう)と出会い感化され、その後次第に組織の宗教化をすすめていきます(後述しますが、現在は日蓮正宗と創価学会の関係はありません)。
そして牧口は「創価学会」の初代会長として、宗教団体としての創価学会の活動をはじめるわけですが、戦時中はこうした新興宗教などは徹底的に弾圧された時期で、創価学会もその例外ではありませんでした。
戦時中の宗教弾圧は単に天皇制に背くものだけが対象ではありませんでした。むしろ天皇制原理主義のような宗教も危険視されていました。宗教ではありませんが、やはり日蓮宗信者で、極端な天皇主義(天皇の他は万人平等)などを唱えた北一輝は、「2・26事件」の精神的指導者として処刑されてしまうわけです。
いずれにせよ、政治の実験を握り社会をすみずみまで統制しようとする軍部にとって「新興宗教」は邪魔な存在以外の何者でもなく、強力な弾圧対象となったのでした。
このような世情のなか1943年に牧口ら学会幹部は逮捕・起訴され、牧口は翌年に獄死します。この弾圧が、結果的に[天皇制ファシズム・軍国主義反対→平和主義]という創価学会の主張を作ったと言っていいでしょう。このことは、今の創価学会・公明党を知るうえでも重要なことです(新テロ対策特措法再可決に消極的なところなど)。
戦後、民主化にともない、創価学会は復活します。その会長となったのが、牧口とともに捕らえられていた、戦前学会のナンバー2、戸田城聖でした。そして、彼のもとで、学会は飛躍的に発展することになります。
戸田は敗戦後、学会組織の再建に努め1951年に2代会長に就任します。そのとき彼が呼び掛けたのが、「折伏(しゃくぶく)大行進」でした。
折伏というのはもともと日蓮宗の教義で、他宗派を攻撃し、人々を法華経に帰依させることをいいます。戸田は、まだまだ数百人しかいない学会を大きくするため、「75万世帯折伏」を実行するよう呼び掛けます。
とほうもないように見えた計画でしたが、戸田が1958年に死去したときにはすでに百万世帯が学会に入っていました。東京五輪の年には公称5百万世帯です。
強引で悪評もたった(その後、学会自身も公的に反省することになる)「折伏」の姿勢が、学会拡大の1つの要因ではあるでしょう。しかしもう1つの要因は、高度成長につれて起こった日本の人口構造の転換に求めることができます。
農村から若者たちが働くためにやってきて、都市が一気に過密化していったのが高度成長時代の、特に前半期の人口構造変化の特徴です。もっとも現代のように大学に入るために上京してくる若者たちと違って、就職のために上京してきた彼らには大学のような受け皿になるコミュニティがありません。
そんな彼らの孤独の中に入っていったのが創価学会と、もう1つは共産党でした。この両者が今でも都市を中心にした基盤を持っているのはこういった側面からも理解できます。いずれにせよ、こうして学会はそういった人々の「都市砂漠のなかのオアシス」となり、都会に流入していった人々をしっかり取り込んでいったのでした。
こうして創価学会に多数の会員が集まると、会長の戸田はまず1955年の統一地方選挙に候補を擁立、選挙活動を始めます。これで一定の成果をあげると、翌年の参院選にも参戦、学会推薦議員を3名当選させます。59年の参院選では当選は倍の6名へと急進しました。
これが後の公明党になるわけですが、なぜ戸田は政治に活動の場をもとめたのでしょうか。1つの背景として、日蓮宗の開祖日蓮もまた、政治に対する主張をしていった、そういう歴史的なものがあるでしょう。しかし、いくつもある日蓮宗諸団体のなかで、国会議員を自力で擁立したのは創価学会だけです。
1955 年からの高度経済成長は、学会員たちにもとうぜん恩恵をもたらしました。豊かになった彼らとしては、次に社会的地位がほしいと思うわけです。学会員の社会的地位の向上、それを示す手っ取り早い方法が「学会議員」を作ることだったのではないかとガイドは考えています。
折しも創価学会は特に左翼・革新勢力から「折伏(しゃくぶく)大行進」に対する非難を浴びていた時期でもあります。左翼・革新勢力が大きな力を持っていた時代、学会や学会員の社会的地位を向上させることは、そういう意味でも大きな目標だったのかもしれません。
いろいろ言われているように、戸田が国立戒壇、要するに僧侶に日蓮正宗の戒律を授ける場所を国に設けようとか、あるいは日蓮正宗の国教化とか、ここまでのことをどこまで「本気で」思っていたかどうかはわかりません(国立戒壇設置はしばらく主張するのですが)。
しかし戸田は学会の政界進出がはじまった矢先に死去します。しかし、学会の政界進出はさらに続きます。1961年には公明政治連盟が設立され、さらに 1964年には公明党が結成されました。そして1967年の衆院総選挙で25議席を獲得して第4政党としての勢力を誇るまでにいたるのです。
この間、会長は池田大作に変わりました(1960年)。池田は、57年の参院選で公職選挙法違反にあたる戸別訪問をするように学会員に指示したとされ、逮捕されていますが、下された司法判断は無罪判決でした。
この一連の出来事、特に投獄→信念を曲げず無罪獲得、というストーリーによって彼のカリスマ性が高まったことは否定できません。そのためなのか、彼はかなりの若さで頭角を現わすことになったのです。池田の会長就任は実に32歳の時です。
そして公明党と学会はさらに勢いを増し、69年の総選挙では衆院の議席を47議席にまで増やし、さらには雑誌『潮』『第三文明』を立ち上げたり、「民音(民主音楽協会)」をつくってここを拠点に多数の芸能人を送りだしました。学校法人も作り、大学まで設立します。
こうして創価学会と公明党は、その社会的地位の向上という目標を十二分に実現するのでした。
公明党の利害は自民党の、特に主要派閥である田中派との利害と一致し、連携が始まった。
しかし1969年、公明党は1つの岐路を迎えます。それは、明治大学教授(当時)・藤原弘達が書いた『創価学会を斬る』の刊行を、公明党が妨害しようとして、逆に藤原に暴露された、いわゆる「言論弾圧事件」です。
このとき活躍したのが、当時自民党の幹事長だった田中角栄です。このことは、その後のNHKの討論番組でも「よけいなおせっかいをしました」と事実上本当であることを認めています。
自民党は、1960年代を通じて絶対安定多数の議席を維持していましたが、実のところ得票率はゆるやかに低下していました(1960 年:41.9%→1969年:32.3%)。なかでも所得の高くない都市労働者・市民たちの支持獲得はうまくいっていませんでした。彼らは、公明党か共産党の強力な支持層でした(社会党の支持者は移ろいやすい「無党派層」のさきがけ的な人たちが多かったのです)。
さて、田中角栄は地方への「利益誘導」政治を形作った人です。つまり、農村を基盤とした地方に、中央から予算などをつけることによって、地方を豊かにしていく。地方はその見返りに、田中派などの自民党議員に票を集める。今でも批判されているこの図式を確立したのが田中です。
もともと、学会員たちの多くは地方出身なわけで、彼らの生まれ故郷を豊かにしてくれる自民党=田中派と、自身の都会での生活を豊かにしてくれる公明党とは結びつく存在になる。……こうして、いつのまにか田中派と公明党、学会の関係が補完関係になり、親密さを増していた。それを明らかにすることになったのも田中が介入した「言論弾圧事件」だったといえるでしょう。
また1972年には、竹入義勝・公明党委員長が首相となった田中の依頼を受けて訪中、田中訪中→日中国交正常化の地ならしを行っています。
さて、「事件」でバッシングされた公明党と創価学会は、大きなショックを受けます。池田会長は「お詫び」をし、学会と公明党のいわゆる「政経分離」を宣言・実行しますが、それでも公明党は72年総選挙で議席を半数近くまで落とします。
もちろん公明党と創価学会は「国立戒壇設置」なる政策を降ろさざるを得なくなり、池田の政界入りも閉ざされ、池田と創価学会はこれ以降ひたすら、外部に対してはとにかく低姿勢で臨むようになります。実際、今日の池田大作という人は雑誌などを見る限りでは極めて穏やかな宗教家です。
また、どういうわけか創価学会はライバルであった共産党との結びつきを強めます。いわゆる「創共10年協定」というもので、これは公明党幹部にとっても実に寝耳に水の話でした。
学会・共産党は支持基盤を奪い合うライバルであったわけですが、戦時中のファシズムの中でともに弾圧され構成員が獄中にあったという共通する過去も持っていたわけです。これに目をつけたのが作家の松本清張で、彼は池田と宮本顕治・共産党委員長を引き合わせ、この学会・共産党の「同盟」を実現させたのでした。
もっとも、自民接近を行っていた公明党はこれに反発。ここに「政教分離」をし自立しようとする公明党の姿があります。しかし、結局は学会の意向を無視することができませんでした。公明党は学会なしには存在し得なかったからかもしれません。
また70年代は「革新の時代」といわれるほど革新勢力の力が強かった時代。公明党ではむしろ自分たちの軸足を「保守中道」から「革新中道」に移した方が得策、との考えが広がり、結局はこの協定を許すことになるのです。
結局、これで公明党はイメージ向上に成功したのか、76年総選挙で失った議席をとりもどします。反面、共産党には余り効果がなかったらしく議席を落としています。
結局、この共闘は公明党には効果があったものの、共産党には特に利がなく、結局公明党の顧問弁護士が宮本委員長宅を盗聴した事件があり、もともと共産党が早くからこの協定を反故にしようとしたこともあったため、この協定は終わりを告げます。以後は現在に至るまで、公明党と共産党は、逆に犬猿の仲になってしまっています。
新進党を挟んでの公明党の分解と合流の流れ。実際には公明党→新進党の前に短期間だけ「公明新党」が存在する。
1970年代末から1980年代初頭にかけて、社会党を中心とする、あるいは公明党を軸とする連合政権構想が浮上するようになりました。しかし、それが実現することはありませんでした。
1992 年、公明党と民社党は社会党が議員総辞職願いまで出して反対したPKO協力法を支持、自民党への接近を図ります。平和主義をうたっていた公明党がこれに協力したのは、当時の自民党が田中派の系譜を継ぐ竹下派であったからでしょうか(もっとも公明党がPKF(平和維持軍)参加に消極的だったため、2001年まで自衛隊のPKF参加はできないようになっていました)。
また1980年代から地方議会でも公明党が都市部を中心に勢力を広げ、地方政治与党の一員として存在感を増すようにもなっていきます。こうして公明党は連立政権は作らなかったものの、与党的な存在になっていったのです。
公明党の与党化は、1988年に2人の公明党国会議員が受託収賄罪で逮捕・起訴されたことにも現れています。与党的な位置にいるからこそ、このように収賄で逮捕される国会議員も出てしまったといえます。
もっともこの不祥事には創価学会・学会員もそうとう反発をしたようで、それが響いたのか、公明党の国会勢力は1989年の参院選では前回比1議席減、1990年の衆院選では11議席減となっています。
1993 年、総選挙で自民党が過半数割れすると、公明党は非自民・非共産の連立政権である細川内閣に加わります。しかし、創価学会がこのあたりをどう考えていたか、詳しいことはわかりませんし、考える暇もなかったのかもしれません。それくらいこの連立政権は短期間で崩壊してしまいました。
その後、公明党は小沢一郎らが中心になって設立された新進党に「参加」します(1994年)。カギカッコ付きで述べたのは、公明党の地方議員と参議院議員の1995年選挙で改選されない議員たちが別に「公明」という政党を作り、新進党に参加しなかったからです。
結果、学会員ら旧公明党支持者は、旧公明党以外の新進党議員を熱心に支持しませんでした。そして旧公明党勢力も自民党と敵対することに躊躇(ちゅうちょ)をしていました。そのため結局「公明」の新進党への合流が不可能になり、新進党は解党しました。
その後、旧公明党の衆院議員は「新党平和」を、参院議員は「黎明クラブ」を経て「公明」に合流、やがて「新党平和」も合流し「新公明党」つまり現在の公明党が誕生することになります。
新進党当時の公明勢力はバラバラになったこともあり、一部では路線対立や学会との距離などもできていたようですが、新しい公明党の誕生により学会との距離も元通りになり、両者の間で自民との連携が確認されたようです。
こうして小渕内閣(小渕首相も田中派を源流)のとき、公明党は自民党と本格的に連携、地域振興券の実現を成功させます。さらに自民・自由の連立政権に正式参加、自由党が連立離脱すると、(自由党の分派・保守党が2003年まで連立政権に参加していましたが)事実上の自公連立政権がスタートすることになります。
そんななかで小泉政権が発足。公明党は小泉ブームに乗りながら一方で社会保障などに力を入れ、特に年金改革ではその中心となり国民に政権担当能力を見せつけています。そして今日まで連立与党として8年以上の実績を積み上げてきました。
しかし、公明党としてさらなる勢力拡大という路線をとる気配はありません。あくまでも現状維持。二大政党化していくなかで、公称800万世帯を誇る創価学会を母体にして、政界のキャスティングボードを握ることに徹していこうとしているのでしょうか。
また先のページで述べた「地方:自民、都心:公明」という連携の図式も、大都市の地方出身者割合が減少していくことによって、徐々に変化せざるを得ないでしょう。そのようななか、とりあえずは新テロ対策特措法延長をめぐって、その衆院再可決による通過を「平和主義」の観点から渋る公明党の動きが注目されます。果たしてそれでも自公なのか、それとも離反なのか……。
微妙になりはじめた自公連立、公明党はどのように動き、創価学会はそれを支持するか……。
この間、創価学会会長だった池田は1979年、日蓮正宗との紛争の責任をとって辞任し、名誉会長に就任しています(2008年8月現在の会長は原田稔/日蓮正宗とはその後1990年に決別)。しかし、実際には今でも池田名誉会長が創価学会の最高実力者であることは、さまざまな学会系の雑誌・新聞などをみても明らかです。
「政教分離」をした今、創価学会は公明党のあくまで主要な支持母体の1つ。非学会員が公明党や公明党候補に投票することももちろんあります。言われているように学会、特に池田名誉会長の指示1つで党が動くのかどうか、実際のところそれはわかりません。
ただ言えることは、公明党にとって創価学会は頼みの綱、必要な存在だけれども、創価学会にとっての公明党はどうなのかということです。学会の壮年部長は読売新聞の取材に対して「公明党を基軸にしながらそれ以外でもいい議員さんは応援するという人物本位」ということを述べている(2006年4月29日号)ことは注目に値します。学会は公明党以外の政党とも手を組む可能性を模索しているのかもしれません。
公明党はこれからも創価学会の支持をいかにとりつけるか、個々の国会議員は学会員の支持をどのように得るかが課題となっていくのではないかというのがガイドの考えです。創価学会は公明党なしでもやっていけるが、公明党は創価学会なしにはやっていけないわけですから。
さて2008年で池田名誉会長は80歳を迎えました。彼に後継者はいないといわれています。長男の池田博正・創価学会副理事長がいますが、池田名誉会長や幹部は世襲に反対しているとも言われています。その一方で待望論もあるようですが……。
いずれにせよ現在の創価学会の組織力は一見「宗教官僚」ともいわれるほど強固なものとなっていますが、「その後」の創価学会は、そのままなのか、それとも急激に変化していくのでしょうか。その予想は非常に難解だといわざるをえません。
※人名について一部敬称略とさせていただきました。
全然別の考え方があって、小学生のときから作文や絵画で細かいテクニックを詰め込み、そこを指導しても入り口でやる気をなくすだけだから、好きに書かせれば、描かせれば、いいんだという意見もある。
もちろん、その意見はモチベーションを失わせないようにしながら、いいところを誉めて伸ばしていく気の長さが教育者に必要で、当然だが日本の義務教育についてはそれはできない。しかし、テクニック指導にしても全員に合ったテクニックを教える時間はないから、おなじか。
俺が言いたいのは、増田がモチベーションを維持できた(はず、と言い訳している)方法ではモチベーションをあっさり失うやつがいるってこと。
http://anond.hatelabo.jp/20080711191839
自分は教師に殴られたことは無いけれど、友達がひどい扱いを受けていた。小学生の頃だったと思う。体罰は法律上ダメなのに、それを行っていると言うことで、教師というものを本当に信用できなかった。基本的に教師にはろくなヤツがいない。自分の親も教師だがそれに同意している、まともな人間は教師にはならずに別の仕事をしていると言っている。
教師に恵まれた学生時代を送ることができた人は幸せだろうと思う。
体罰が、多少痛いだけならば、痛みはすぐ消えるからそんなに問題はなさそう。だけど、心理的に与える影響やその他に悪い影響があるとしたらよくない、そうでなければ、体罰も多少はありっちゃありだと思う。逆に、言葉の暴力の方が自分は嫌いかも知れない。四六時中理不尽なことを言いやがって、職権乱用だ、カス教師ども。教える側がやることもできてないのに教わる側がきっちりするとでもおもっているのか?
暴力はいけません、けれど体罰はいいのです、教育なのですから、などと言うのか?矛盾しているのだが。
体罰という手段を安易に使わずに、正しく論することのできる教師はいないのか?それができてこそ教師だろうと思うのよ。教師は上司がいなくて、誰からも文句を言われないから、自分が一番偉いと勘違いしている。それだから、短絡的行動に走る。調子に乗る。軽々しくも暴言を吐く。人を選んでいじめる、暴力をふるう。人に者を教えるという立場であるという自覚はないんだよ。自分が一番の権力者だとおもって生徒に接しているんだ。それでいて当然のごとく中身が伴っていない。それに著しく空気が読めない。これ重要。
比較しているだけで、体罰がいいと言うことを言っているわけではなくて、どちらにしても、結構そういうことはいやな思い出として後々まで影響を与える場合があるし、その教師のせいで、その科目がイヤになったり、本当にやっかいなことが多すぎる。教師がいやすぎる。
それでいて子供たちに夢を与えられるような教師になりたいとか言っているヤツは本当におめでてーな。
本当に教育者の意識を持って接するのならばイヤミっぽく言う必要は無いし、暴力の手段に出る必要もない。生徒のためと言うより、ただ感情的にやっているとしか思えない。
だから体罰礼賛している人たちのことは理解しがたい。
ネタだとか妄想だとかいう意見もあるけれど、元増田が本人の話かはさておき、塾講師と生徒との恋愛はみんなが思っている以上にありきたりな展開。
そして元増田の経緯と同じことが俺の友人にもあって笑った。
告白されて、彼女いるからと保留するも、結局彼女をふって、女子生徒と付き合う。
塾講師って告白されやすいんだよね。というか、若い先生って告白されやすい。教育実習の数週間だけで告白されちゃった人も多いんじゃない?
先生という立場が自然に備える「包容力」「出会いの一過性」「年齢差」、未発達な女生徒のロマンチック恋愛街道を開くには十分すぎる要素。
それに先生なら告白が失敗しても諦めつくし、あとの気まずさも大人の力でフォローしてくれるだろう。これ以上にない告白対象だ。
というわけで、友人の数人は女生徒と付き合ってる。
セックスしたかどうかは知らない。でも、たぶんしてるだろう。
ロリコンどもは、告白されたらホイホイと傾くからね。
すごいのは、たいてい親が公認しているということ。
特に母親。
父親には秘密というケースが多い。父親は娘が可愛いからね。
でも母親は、それよりも塾講師と娘とが親密であることによるメリットを選ぶ。指導上の贔屓とかね。
とある友人は、相手の母親から「よろしくお願いします」といって交際費を毎週もらっているほどだ。
塾側だって黙殺。
本人たちと塾側と親がグルだから、クレームだしても通用しない。
俺がもっと怒っているのは、大学時代の友人たち(教育学部なので教師が多い)が、生徒と付き合う行為を肯定しちゃうことだ。
「生徒と付き合うなんて最低なクズヤローだ!」と罵ったら、「それはいいすぎだよ、恋愛は自由じゃない」と返された。
これが日本の若き教育者の精神構造だ!わはははは!クズばっかだな!
全国の自分の生徒と付き合っている塾講師、学校教師は全員死ね!
訴えにに対して全否定で返す有名進学塾の社員も全員死ね!
塾側とグルになって自分の娘をクズ講師に貢ぐ親も全員死ね!
ふざけんなよ!
制度のことは上の人が必死で考えて最善の方法でやってると思われるので
ほっとけばよいかと。制度じゃなく具体論については本人にやる気
があるかどうかがすべてで一般化不能
(はてなブックマークで「あとで読む」タグをつける)の部分が限定用法なら、当たり前のことですね。黒い犬は犬、と同じことです。文法の授業はこれで終わりです、おいおい泣くなよ、先生だって悲しくなっちゃうだろ、おい…、やめろよ…、絶対に押すなよ…ウワー!押すなって言っただろこの野郎ぶっ転ばすぞ!
いやね俺、怒り狂ってるの。教育者として怒鳴りつけたいの。なに君のはてなブックマークページは。タグクラウド(笑)の「あとで読む」、文字でかすぎだろお前。おかしくない?さてはお前脳の出来が可哀想な奴だろお前?お前「いつか英語を勉強しよう」とか学生のころから10年くらい思い続けてるだろお前、いやそれは俺もお前も同じでなんとも不甲斐ないんだけどよっ。お前。けどお前、俺は8年にわたるラヴのおかげで中国語ちゃんとやったから、おお雷が鳴り出したな、ちゃんとやったから、正直いまウハウハだぜ。会社はそんな儲かってるわけじゃないけどよぉ、お前、中国語でニュアンスまで伝えられる奴なんて中小にゃ普通いねぇからよぉ、お前、給料あげてくれっつったら言い値よ言い値。ビビル。正直ビビル。こんなんでいいんですかっつぅくらいビビル。ほんと国立の教師とかマジやめていい、語学教えてるならもう高速で、引き受け手あるからさ、転職先探すのもいいぜ。アリだぜ。検討しとけや。すまんこれ中国語だけかもしらん。ヒンドゥー語を教えてる奴はそのまま研究してるほうがいいかもしらん。
はてブの話だよ。ボケナスがぁ。お前俺が調子乗ってるからって持ち上げんじゃねぇよお前、俺しゃべっちゃうんだからよぉ。んでな結論から言うと、「あとで読む」タグ、言ってみりゃ「 http://b.hatena.ne.jp/otsune/%e3%81%82%e3%81%a8%e3%81%a7%e8%aa%ad%e3%82%80/ 」みてぇなもんだよ、お、さすがナントカ族の、ゾッキーの統領は、こいつぁーエレーや、ねえな「あとで読む」がよォ。お前、じゃあお前。お前だお前馬鹿。おまえばか。おまえばかだろう。こち亀。おまえ、「 http://b.hatena.ne.jp/HOWAHOWA/%e3%81%82%e3%81%a8%e3%81%a7%e8%aa%ad%e3%82%80/ 」にちょっとアクセスしてみろや。もちろんHOWAHOWAはお前のidに書き直すんだよお前。とか書いたらお前、b:id:HOWAHOWAって居るんじゃねぇかと思ってためしにアドレス欄に貼っちまったじゃねぇかよ。居なかったよ、安心しやがりまくれ、ダボがぁ。
どうだった?
え?馬鹿お前、ちゃんと言ったろうがよ、
、「 http://b.hatena.ne.jp/HOWAHOWA/%e3%81%82%e3%81%a8%e3%81%a7%e8%aa%ad%e3%82%80/ 」にちょっとアクセスしてみろや。もちろんHOWAHOWAはお前のidに書き直すんだよお前。
ってよ。これだからChineseもEnglishもできねぇ奴はアイターだぜ。ところでお前さては「English」タグも膨らみまくってるだろ、お前そのブックマークしたサイトとかエントリーとかに「あとで読む」がセットでタグしてあったらお前、それお前、やべぇよwwwwwwwwwwww典型的だよwwwwwwwwwww
「English あとで読む」キリッ
だっておwwwwwwwwwwwwwwww読まないくせによく言うおwwwwwwwwwwwwこいつぁーヤヴェーぜっ……………(笑)自己啓発エントリブックマーカーの匂いがするゼェーっっっ!!!!!!
眠い寝る
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そうだよね話し合いの場があるだけたいしたもんだと思うよ。
ただこの締めかたは大人の議論の進め方としてあまりに誠意が無いな。
相手が学生ならなおさら。
とことんディベートなりにつきあってやるのが教育者の責務なのではないかと思うよ。
機会を設けないよりはいいけど中途半端。
なんてゆーか「食に第一義を置かなければいけない!」って考え方が昭和の人?www
幸いにして生きるに足るカロリーは、真剣にならなくても確保できる時代なんだよ。あんたたちの好きな言葉で言えば、「飽食の現代日本」ってやつ?
まぁ彼には今食うマックより大事なことが液晶の中にあったんだろうさ。
その価値観を頭ごなしに否定して「食事に集中しろ!」とか強制するのは、なんか「食育!」とか「水にありがとうと言ってやれば!」とか言ってる脳が腐った自称教育者と大して変わらんよな。ついでに昼飯代わりにポテチを箸で食いながらタイプしてるオレのことも叱ってくれよw