子供の頃から高校くらいまで習っていた楽器を、中年に差し掛かった最近になって習い直すことになったら、大学以来演奏で苦しんでいたことの大半が解決してしまった。
何に苦しんでいたかというと、大きく言って2つ。
それでも楽器のことをあまりよく知らない素人さん相手ならまだ誤魔化せたけど、同じジャンルの音楽経験者からは高確率でツッコまれてきた。
ちなみに再入門のきっかけは上述の悩みのためではなく、弾きたくなった曲が、独学では絶対にマスターできなさそうだからというものだった。
しかし最初のレッスンで、僅か数分の演奏を聞かせた直後、指導者から長年の問題とその原因をズバリ指摘されてしまった。
即ち、とにかく力み過ぎ、無駄な力が入りまくっていると。
というか西洋の楽器は、基本的に手首も肩も全く力を入れる必要はないらしい。
指を使う場合も基本軽く押せば事足りるものであり、少なくとも押せなくなるまでいちいち力を込めて押すものではないと。
そこまで色んな所が力んでいると、音はガッチンゴッチンした硬い音がデフォで、その音を荒っぽいとか汚いとか感じる人が絶対出てくるし、曲によっては力任せにやっつけたみたいな演奏になるわけで。
更に、素早いパッセージではまず指も腕も回らない→焦る→頭に血が上って我を忘れる→走る→ますます弾けなくなるという悪循環。
そもそも熱い演奏というのは胸が熱くなるのであって、頭が熱くなるもんじゃないし。
それで基本に立ち返り、言われた通りに力を抜くようフォームを直したら、腕は素早く動くし、指はスルスル回るし、より楽器は鳴るし、頭が常に冷静なので他の楽器の音もよく聞こえてきて殆ど走らないと、自分でもびっくりするほど改善してしまった。
えーそういうことだったのかー。力の効率的な使い方って一番大事で一番基本なのか。
まあ、力抜けというのは色んな所で目にしてはいたけど、自分がそれに該当するとは思えなかったし、「じゃあどう抜くのか」を懇切丁寧に教えてくれる人も全然いなかったよ。
世の中の上手な奏者は、どこらへんでこの真実に気付くものなのだろう。
これはもう早く理解したほうが絶対にいいことだけど、子供のうちから理解できるとも思えないし。
それと、知り合いにこのことを話したら「弾けてる人にそんな基礎からやらせるレッスンとか嫌味な先生だね。もっと色々な曲をやって楽しくやるのが普通じゃない?」と返されて驚いてしまった。
自分の場合は経験上、そういうフィーリング重視のなんとなく系レッスンでは何一つ身につかないので、これくらい実利的なレッスンのが好みなんだけどなあ。
ここでアスペルガーって書くとものすごい反応する人達が居るからあれだけど。
アスペルガーと判定された人をそれ程多く知ってるわけじゃないけど、少なくとも知ってる人達は
物凄くプライドが高く、自分が全て正しいと思っていて少しでも人から何か言われようものなら全て拒絶する。
そして、人に対しては、自分が物凄く嫌がることも平気でする。
で、それがそういう病気なんだから仕方がない、お前らが理解しろ、ってことらしい。
ま、医者がそういう風に言うだけでそれ以上何もしないのが問題なのかもしれないけど。
そういう本とかも沢山出てるしね。
(アスペルガー側から書いた本って、物凄く苦労してあなた達に対応しました、とか書きたい感じのが大半だけど、
その代わり分かりやすい行動示せよ、そうしたらそれを見て判断してやるから、程度のことしか書いてないし
結局自分に都合の良い所しか読み取れないわけだから余計にひどくなるだけ)
で、そういう人達、親元に居たり保護されてるうちはわがまま放題で生きてるんだけど、社会に出たり一人暮らししたり始めると、
どうしたって自分が間違ってればやっていけない場面ってのがあって、
そういう場面で引き下がれないまま、どうしようもなくなって引きこもりになっちゃう人もいる。
ま、欝、なんでしょうけど、もとの場所に居場所があったわけでも、必要とされてたわけでもないから鬱だろうがなんだろうが
直しても仕方ないし、そのままどうしようもなくなる。
Aさんの場合は、仕事が出来る、と言う事が周りにも認められてたみたいだから、他の人に文句を言われたことを、
欝、という病気のせいにして、それ以前の自分の失敗、怒られた事自体も自分は悪くない、うつのせいなんだ、ってことにしたんでしょう。
ま、それ自体は悪く無いと思う、それで自分を上手くコントロール出来るなら。
でも、それがあるから、その後、何か文句を言われると、それは全て欝、につながるもので、そういうことを言う方が悪いと、
わけわからん発想で文句を言うんだと思う。
勿論、他の人は欝になってないし自分と違うわけだから自分からは文句を言っても構わない。(そこまですら考えてないかもしれないけど)
だけど、それを武器に他人に対して傍若無人に振舞い、それを当たり前の様に言うことが全く理解できないし、許されるものではない。
そういう人の周りで逆に欝になる人も居る。
そうなる前に対処しないと、物凄く大きな損失を会社にもたらすことになると思う。(病気だから、となって世間的にも対処出来ないのが辛い所だけどね…)
実は…非常に申し訳ないことを読者の方々にしたなと、お詫びしなければならない。
http://anond.hatelabo.jp/20130319132458
のエントリは、実は一年以上前に書いてアップしなかった文章である。それを若干手直ししたうえでアップした。
どうして今頃?という疑問には、仕事中暇だったから、という回答が最も適切であろう。
最近グーグル先生のクラウドに何でもアップするのが個人的に流行ってるのでそこから見つけ出したw
だから旬なネタではないが、なかなかこの会社結構昔からやってることは同じなようで、多分この「先生きのこる」だろう…
とまれ、最近起こった出来事であるかのようにアップしてしまいごめんなさい。
さて補足。
洗脳を解くことを意図したわけではないけども、喧嘩のエネルギーが切れて、落ち着いて話してたら嫁の方が色々と俺に質問し始めたのだ。
マルチ商法についてすらほとんど理解してなかった(AMしてたくせに、な)。
そしてIPS商法のどこがいけないのかも全くわかってなかったし、マイナスイオンの色々な話も全然知らなかった。
俺は努めて自分の考えとしてではなく、色々と調べた事実のみを語るようにした。
考えを強要するような喋り方はしなかった。
何故って、俺はもう妻とは離婚するのだと思い込んでたから、説得しようなんて思ってなかったから。
そして決定打は、色々なIPSの使い回されているらしき宣伝方法が薬事法違反になるという俺の解説で、「え?それほんとなの?」と妻が目を開いたのだ。
それで、ネットから拾ってきた法律の条文の該当箇所を印刷して説明したら、唸るようにして妻は納得したのだった。
妻は、稼ぎの少なく将来の見えない我が家に少しでも貢献しようと、自分なりに考えてたんだって。
そのIPSママ友達に結構よくしてもらってたらしいのもあった。
確かにねー、ブコメとかにもあったけど、頭ごなしに否定する癖は俺にはある、しかも小馬鹿にしたように。
最初はね、単に奇麗になりたかったから、そこの化粧品使い始めたんだって。
プラセボかもしんないけど、効果があるとわかってきて、IPSを信頼し始めたそうな。
「桃井かおりも使ってる!クリスチャンディオールが売りたいと言ってきたのを断った!」
みたいなアホな宣伝文句も信頼してたという…。
長年セックスレスでさ、理由は色々あってね、…でも寂しかったんだって。
俺はその寂しさってのを気付いてなかったわけでもないけど、見ないふりしてた。
だから、奇麗になって、また少しは昔のようにって、妻は思ってたって。
バカバカしいのはさ、そのマイナスイオン発生器(アニオンプログラム2000とか電子発生器とかとも言います)もね、「夫婦生活がよくなる!」ってのを一番期待してたらしいwww
もちろん、そんな妻の思いに泣けたよ
そのあとすぐにってわけにはいかなかったけど、数週間か後かなぁ、仲直りのエッチはした(笑)
6年ぶりかなぁ?
あ、この人正解です(笑)
http://anond.hatelabo.jp/20130320123106
今は、石鹸だけ使ってるみたい。
化粧水?とかの化粧品はね、そんなに合ってるっていうのなら今は使っててもいいけど、出来たらもっと安いの探しなさいって俺が言ったのを律儀に守って、探し出してきたからもう使ってない。
あのね、アムやってるのを知ってても結婚したのは、彼女が可愛かったから。
外見とかそういうことじゃなくて、俺が本心から可愛いと思ってたからです。
そんな気持ちをずっと忘れてた。
子育てとか色々と現実のことが複雑に絡んで、忙しかったり疲れたり悩まされたり、そんなこんなで気持ちを失いかけてた、かな。
でも、IPSのことがあって少しだけ巻き戻せたかもしれない。
どういうわけか、またセックスレスになりつつあるけど…
最後に、「ママ友連中の1/3何らかの形で関係してた」って事について。
あくまでも妻の話からの類推で、事実かどうかまでは確かめたわけではありません。
もう少し少ない気もしますが、中心人物の人がかなり必死だったようです。
その後や今どうなってるかは全く知りません。
基地みたいなところがあって、そこは美容院なのですが、どうもそのあたりから広めるのがIPSの戦術みたいです。
あと、もうほとんど忘れてしまいましたが、なんかIPSの背景を探っていくと国会議員?とかも出てきたり、マルチってそういう意味でもかなりヤバい世界のようですね。
こわいこわい。
では失礼いたします。
自分は、
大学の頃は、人の事を好きになればなるほど失敗してきた。
そこそこ色々な人種の人と話すようになって、
経験則的に以下の事がルールとして定義されるようになってきた。
1. 相手の事を考えれば考える程失敗する
が、最近これは間違いだったんじゃないかと考えるようになった。
理由は、下記。
1について。
相手の事を考えるようになるんではなくて、自分の中で相手に対して妄想シナリオが構築されていき、
そのシナリオのルートがはずれていくから失敗すると勘違いしている。
2について。
特にシナリオを構築しないので、相手に幅のある回答を許容するようになる。
なので、たいてい何が返ってきても気にしないので、うまくいってるような気がしている。
要するに失敗していると考えていたのは、
自分本位に話が進まないからだったのであって、別に相手の事を考えていた訳ではないのではと。
結局、どうすればいいかというと、
他人に対して過度に気を使わない方がいいんだろうなーという、分かっていても難しい結論に至った次第である。
自分は、
大学の頃は、人の事を好きになればなるほど失敗してきた。
そこそこ色々な人種の人と話すようになって、
経験則的に以下の事がルールとして定義されるようになってきた。
1. 相手の事を考えれば考える程失敗する
が、最近これは間違いだったんじゃないかと考えるようになった。
理由は、下記。
1について。
相手の事を考えるようになるんではなくて、自分の中で相手に対して妄想シナリオが構築されていき、
そのシナリオのルートがはずれていくから失敗すると勘違いしている。
2について。
特にシナリオを構築しないので、相手に幅のある回答を許容するようになる。
なので、たいてい何が返ってきても気にしないので、うまくいってるような気がしている。
要するに失敗していると考えていたのは、
自分本位に話が進まないからだったのであって、別に相手の事を考えていた訳ではないのではと。
結局、どうすればいいかというと、
他人に対して過度に気を使わない方がいいんだろうなーという、分かっていても難しい結論に至った次第である。
自分は、
大学の頃は、人の事を好きになればなるほど失敗してきた。
そこそこ色々な人種の人と話すようになって、
経験則的に以下の事がルールとして定義されるようになってきた。
1. 相手の事を考えれば考える程失敗する
が、最近これは間違いだったんじゃないかと考えるようになった。
理由は、下記。
1について。
相手の事を考えるようになるんではなくて、自分の中で相手に対して妄想シナリオが構築されていき、
そのシナリオのルートがはずれていくから失敗すると勘違いしている。
2について。
特にシナリオを構築しないので、相手に幅のある回答を許容するようになる。
なので、たいてい何が返ってきても気にしないので、うまくいってるような気がしている。
要するに失敗していると考えていたのは、
自分本位に話が進まないからだったのであって、別に相手の事を考えていた訳ではないのではと。
結局、どうすればいいかというと、
他人に対して過度に気を使わない方がいいんだろうなーという、分かっていても難しい結論に至った次第である。
自分は、
大学の頃は、人の事を好きになればなるほど失敗してきた。
そこそこ色々な人種の人と話すようになって、
経験則的に以下の事がルールとして定義されるようになってきた。
1. 相手の事を考えれば考える程失敗する
が、最近これは間違いだったんじゃないかと考えるようになった。
理由は、下記。
1について。
相手の事を考えるようになるんではなくて、自分の中で相手に対して妄想シナリオが構築されていき、
そのシナリオのルートがはずれていくから失敗すると勘違いしている。
2について。
特にシナリオを構築しないので、相手に幅のある回答を許容するようになる。
なので、たいてい何が返ってきても気にしないので、うまくいってるような気がしている。
要するに失敗していると考えていたのは、
自分本位に話が進まないからだったのであって、別に相手の事を考えていた訳ではないのではと。
結局、どうすればいいかというと、
他人に対して過度に気を使わない方がいいんだろうなーという、分かっていても難しい結論に至った次第である。
自分は、
大学の頃は、人の事を好きになればなるほど失敗してきた。
そこそこ色々な人種の人と話すようになって、
経験則的に以下の事がルールとして定義されるようになってきた。
1. 相手の事を考えれば考える程失敗する
が、最近これは間違いだったんじゃないかと考えるようになった。
理由は、下記。
1について。
相手の事を考えるようになるんではなくて、自分の中で相手に対して妄想シナリオが構築されていき、
そのシナリオのルートがはずれていくから失敗すると勘違いしている。
2について。
特にシナリオを構築しないので、相手に幅のある回答を許容するようになる。
なので、たいてい何が返ってきても気にしないので、うまくいってるような気がしている。
要するに失敗していると考えていたのは、
自分本位に話が進まないからだったのであって、別に相手の事を考えていた訳ではないのではと。
結局、どうすればいいかというと、
他人に対して過度に気を使わない方がいいんだろうなーという、分かっていても難しい結論に至った次第である。
古いシステム開発会社って、コンピュータのリソースが人間より高価だった時代の
考えかたを引きずってるから、コンピュータがやれることでも人にやらせたほうがいい
って本気で思ってるからね。