はてなキーワード: 有名人とは
お疲れ様です
いちおう業界人?だけど本当に本当につまらないありきたりありきたりのことを、書く。
昔からあるアレです。
なんだかんだで一番レスポンスはやい&欲しい情報だけが出てくる
昔からあるアレ。
Perfume好きの人をフォローするとPerfumeの最新画像がいつでも見れて便利。
昔からあるアレ。
特定の人物・キャラクターを思い浮かべてYes/Noで答えられる質問に答えていくと
ランプの魔人が言い当ててくるやつ。まあおもしろい。
友人を有名人みたいに登録しておくとウケる。
昔からあるアレです。
いやーこの人いよいよもってフォロワー数がすごいことなってるね。
音楽のレビューやっていた人がいつの間にかアルファツイッタラーになってた。
男子学生が暇なときにつぶやいて計フォロワー数10万ごえってどうよ。
あれによって一気にフォロワーが増えた気がする。
人気ついったらーになるためには彼にコツを聞いたほうがいいんじゃない。
人気のアカウントを二つ所持しているってのはわりと凄いんじゃないかと。
しかし知り合いだけに片方のアカウントが女のフリしているのがわりと気持ち悪い。
キャラクターの方向転換がけっこう大胆なので、
なんか色々と知らない人になっていく寂しさ。
そして彼はこれからどうするのか気になる。
今後に注目。
承認欲求満たされまくるのかな。一度でいいから体験してみたい。
つーか知り合いだけどもう話しかけられないこの感じ。
小学生のころ、水曜日の昼休みは決まって友達とコンピュータ室でゲームをするのが常だった。
もちろん今のようなゲームではない。
ちゃちなレーシングゲームと出題されたものをフィールドから探すゲームの2つだけだった。
一緒に行く友達と僕はいつもレーシングゲームばかりやっていた。
ほかにはペイントのようなツールもありそれであそんだりもした。変な絵を描いて友達と笑いあったりした。
このころに「パソコン=おもしろいもの」という概念が自分の中で定着し、パソコンに対して強気でいられるようになった。
強気でいられる分、トラブルが起きたら両手を挙げるのではなく立ち向かうことができた。
おかげで周りからは「パソコンに詳しい」と思われた。下から見上げられるのは気持ちがよかった。
当時の僕からして主な用途といえばゲームをするか動画を見るか位であったが、
ネットサーフィンをするようになってチャットというものを知り掲示板というものも知った。
たまにテレビで目にする「2ちゃんねる」というところにいってみたりもした。
このころはかまってちゃん気質だったのでチャットや2ちゃんねるでよく実年齢をさらしたのだが、
そのたびに若い若いといわれ、うらやましがれてニヤニヤしたり馬鹿にされて本気で憤慨したりした。
いまもその当時の記憶が残っており、心の片隅で「自分はこの世界で最年少だ」と思っていると思う。
最年少と思っていた自分は、年上の人たちと並んでいると考えていた。
レベルだけ見れば平均より高い、有能な人間だと勘違いしてたところがあったかもしれない。
20ではないが最近成人を迎えた。
2ちゃんねるをみてるとたまに中学生だの高校生だの正体を明かす人間がいる。
有名人を見れば自分より若い人なんて腐るほどいる。同年代なのに親より稼ぎまくってる人もいる。
それを見るたびに違和感を覚える。
自分が最年少ではなかったのかと。
僕が一番だったのではないのかと。
今現在の自分は、友達の中でもトップとは言えずそれは中学生のときから気づいていたが、
やっとこの年になって実感できるようになってきた。
今の自分は何かをするごとに、この違和感を感じてしまい悩んでいる。
別に1番でなくてもいいことを、それに関してで一番の人と比べて落ち込んだりする。
そしてそれをすべてインターネットの所為にすることもあった。
そして夢がある。
ど田舎に住んでるネット友達が、毎年、地番をかかずに年賀状を出してくる(らしい)。
そして、10日ごろに「もどってきちゃった。地番かかなかったからかな」とネットで報告してくる。
(あたりまえだ。しらべたらうちと同じ郵便番号内に7000人が住んでいた。おまえが変だ)
まあそれはいい。
その友達は郵便番号と「字」(地番直前の漢字部分)までかけばかならず投函したものは遅れても届くと信じ込んでいるらしい
(だってことしで3回目だ。毎年うちはテレビ局などの特定郵便番号を付された有名人ってわけじゃないって説明してるんだが)
こちらから出すときはちゃんと地番も書いてるし、どんな薄っぺらいものにも黒猫メール便使うな放置されてぬれる、という意味不明のお達しにも普段従っている。
それもいい。
それはいいんだ。
問題は、やっぱり怖いから、私が名前を少し変えて教えていること。通称レベルだけれどね。
そして普段ならば、地番とその名前だけで意識せずにけっこうものが届いていること。
その家は家族全員地番をかかないまま郵便をつかっているし、それでなんとかなってるらしいんだ(少なくともその人はそういっている)。
それ当たり前のことなの?
これ、下までフルネーム本名だったらさ、時間のかかり具合からみて、ちゃんとしらべてとどけようとしてるんじゃないの?>民営化されたゆうびんというところは
今回は時間がなかったから届かなかったけど。ねえなんでこの組み合わせで今まで届いてたの?
それって、住民票データベース流用して名字だけ検索とかしてるんじゃないの?
それってプライバシー上まずいことが起こってるんじゃないの?
まあ届いたほうがうれしいけどさ、とか少々怖い考えになったから
変名の件もふくめて内緒にしたいからここに投げにきましたとさ。
さあねよう
不景気の折、働いている会社や仕事が無くなった場合のことを考えた。
高校を卒業して、無意味で無駄な専門学校を出て、10年間ぐらい働いた。
税金をたくさん取られるので、想像していたほど金持ちにはならなかった。
中小企業の特徴かもしれないが、10年続けて働くと、古い人も新しい人も
含めて、8割ぐらいの人が入れ替わる。
上からの命令は何でも引き受け、仕事で潰れなければ、自然と出世する。
でも中小で10年も続く会社は、少ないため運が良かったのだと思う。
不景気にさらに災害に世界的不況も加わり、大手企業もつぶれる時代になった。
今までは考えたことが無かったが、自分も仕事を失ったどうなるのか、
最近考えるようになった。
現実的には、類似同業者への転職か、社内のメンバーで類似事業の立ち上げ
があり、そこで働く可能性が高いと思う。
現在の水準の給与も見込めないであろうし、類似事業同業である以上、市場の
先行きは明るいものではない。
ではまったく別の新天地を求めると考えると、果たして自分の10年間で得た能力
は、外に通用するものか、内部だけで通用する能力なのか、検討がつかない。
何とかなりそうな気もするが、年齢もフレッシュではなく、特定の資格もない。
経験もあり、仕事ができているのは、今の会社があり、その中でのノウハウが
外に出たら、只の小さいおじさんかもしれない。
そんなことも考えつつ、本を読んだり、ソーシャルを始めてみたり、学校にも
通って見たりした。それだけの目的でないのだが。
はっきり言って、どれも問題を解決できる何かが見つかる可能性は感じなかった。
見つける人もいるんだろうけど、自分には合わなかった。
哲学(自己啓発)やハウツー本は、著者自身の自己啓発(自分自身に言い聞かせ
ている)だったり、ハウツー本は一見良いけど、志が伴わないものは、頓挫する。
他人の上っ面だけ借りても意味が無い。
ソーシャルで著名人や有名人とつながり、未来の可能性もなんて、まず自分に相応
の価値がなければ可能性もなく、同じケツの穴のムジナ同士が、ごちゃごちゃして
いるようにしか感じない。意味が無い人には、意味が無い人しか集まらない。
学校で勉強する知識など、仕事では弱すぎて使えない。それなら仕事で実践で
導入して使ったほうが、ずっと経験値になる。
より生きるように、本は良質だと思った定番のビジネス本を繰り返し読み、
行うことは志となる土台や社会的正義などスジとなる、主張を持つようにしている。
ソーシャルや学校で勉強したことは、事業に入れ、業務の拡張につかっている。
そうこうしている内に、話は戻ってしまって、結局は今の仕事だけになっている。
だから、もし今の仕事が無くなったら、台湾に移り住み中国語を覚えようと
考えている。親戚もいる。
そうすれば、実態もわからないし結論も出ない悩みの種となっている、
次の仕事は、同業種の仕事か、他業種の仕事にするべきか考えずに済む。
台湾で中国語を覚えられるまでバカンスしてすごそうと、今は楽しみしている。
現実逃避とも言うが、現実進行も現実逃避も、人より飛び越えたほうが
得てして良い結果が出る。マイノリティーとも言える。
有名人でもないし、大した事もつぶやいてないのに、数万〜数十万のフォロワー&フォローがいる人達から数日前から急にフォローされるようになった。
相互フォローを期待してるんだろう。確かに今のフォローとフォロワー数は相互フォローする人に見えるけど、実はそうじゃないんだ。
これ、どうすれば止まるんだろう。誰かをブロックすればいいのか(´・ω・`)?
近年、有名人などが亡くなった際に、亡くなった方の属する宗教・宗派が分からないのに、気軽に「ご冥福をお祈りいたします」というフレーズを掲示板やコメント欄などに書き込む人が多い。
ぶっちゃけ、よく怖くないな、と思う。「ご冥福」というのは、単純に考えれば「冥土での幸福」ということなのだから、「冥土」が定義されていない宗教では未定義になる。あるいは、「冥福」より広く解釈して「死後の幸福」という意味で使ったとしても、「死後は必ず幸せになれる」という教義の宗教の場合は、心配しなくてもいいことを祈っていることになる。空文と同じだ。
というわけで、未定義エラーまたは空文になる可能性の高い「ご冥福をお祈りいたします」という言葉は、慎重なプログラマなら避けるべき言葉である。「ご冥福」などという教義依存(環境依存)な言葉を持ちださなくとも、「謹んでお悔やみ申し上げます。」に言い換えれば良いだけの話だ。
価格決定権を出版社がカルテルで維持できないってのが最大の問題だと思うんだよね。
今までがいかに出版社にとって「恵まれた」環境であったのかがわかる。
小売店としてはまともな作品がまともな価格で、まともな数、リスクなく販売できる。
編集者は、作家と編集者の協力体制で作品を作っていくことができる。作者の数だけ編集も存在できる。
作家としてはまともな作家は、作品を書いてるだけでメシが食える。
(漫画家はぎりぎりの人も多いらしいけど、それでもアシスタントに金払ってなお、作品に専念できる)
それぞれ不満もあったろうけれど、とてもとてもいい環境だった。
電子書籍になったら、多分全部崩れる。 特定のタイプの人間しか生き残れなくなる。
特にitune storeやAndroid shopでの電子書籍での売り方を見てたら、こんなんで勝負できるか、と思ってしまう。
まず小売が死んじゃう。
今のところ、電子書籍がすごく安く提供されてるけどこれができる人って限られる。編集なんて尚更。
1「よく売れた本」「少なくとも紙で元がとれた本」でさらに利益を上積みしようというバックエンドのケース
もしドラの電子書籍版とか、女医セックスとか。ある程度価格を強めに設定できるけどそれでも書籍の半額以下。
2 無名な人や、バックエンド商品を持ってる人が無料に近いダンピング価格で客をつかむケース。
最初から自分の本をフロントエンドと位置づけていて、安くても自分の本を手にとってもらって次回作以降に続けようとしてる。
フォレ○ト出版なんかで書いてた著者は、もともと本なんてただの客寄せです、って感じなのでどんどんこのパターン遣うんだろうけどね。
3 まともな価格で売れるのは、高田純次などの有名人が手慰み的にやってる場合。これだってバカ売れしたのはダンピングのおかげ。
平安時代じゃあるまいし、吉田兼好とか紫式部みたいな、宮廷生活で生活が保障されている人以外は本かけませんってんじゃ困る。
4 作者自身のキャラクターが受けるなど、作品以外の商品展開が可能な場合
今はまだないけど、AKBのメンツが本を書くのもよし、ラノベがキャラクターアプリ販売とかと連携するもよし。
っていうか基本的に、なんかとのタイアップが前提であったり、「合同企画本」みたいなのがワラワラ出てくる気がするんだよね・・・。
ネットだと「小説家になろう」とか、ケータイ小説だと無数のサイトが展開されたみたいに
基本無料で読み放題のサイトがまぁスマホ最適化された形で提供化されるんだろうなぁ。
そんで人気が出たやつだけパッケージ化されて売れる、と。
ただこれだとバカ売れ作品ってのはそうそうでないと思う。 あと「王様ゲーム」糞すぎ氏ね。
1から5のドこに編集が生きる道があるんだろう。5をパッケージ化するところくらい?
編集さんってどういう所で頑張ってたんだろう。編集者ってどのくらい必要なんだろう。
「修正が聞かない本というパッケージ」において、ミスなく作品を世に送り出すため?
問題があったら後から直せばいいって考えたら、パッケージそのものに価値が認められないなら、
まともな作家がまともな価格で、かつ電子書籍ならではのギミックを搭載してチャレンジしたケースだと村上龍があるけど、
同じ価格だったら本のほうがよく売れた、というのも興味深いところだよね。
いやまぁ全部音楽業界ですでに言われてることだから今更感はあるけれど、
音楽は急激な変化に耐え切れず「今までだったらやっていけた層」が駆逐されて、
そこをAKB48やテレビ番組やアニメプロデュースのユニットが吸収しちゃってるってのがなんだか悲しいなーと思うのね。
というわけで結論なし。ここまで書いてるうちに出版するってどういうことなんだろうってことを全く知らないことに気づいた。
特に「編集者の仕事って何だろう」ってのが気になってきた。あれこれ読みます。
http://anond.hatelabo.jp/20111223110147
今でもごく一握りなのかもしれないけれど、すくなくとも数字的にみれば約3万人の作家がいるわけよね。多いと思うんだ。多すぎる。
「多すぎる作家の中で食っていける作家が一握り」というよりも、私が強調したいのは「現在食っていけている作家が十分すぎるほど多い」ということ。
これが、電子書籍の世界では今よりもっともっと減って必要最低限を下回るのでは、私が考えるような「あんまりイラない」作家しか残らなくなるのでは、と要らぬ危惧をしてみました。
THE MANZAI って4時間くらいあったけど漫才部分だけ見たら単純に半分で済む量。とはいえ2時間で無駄なくやったら尺足らずだし、それはまあ説明部分もあるからよしとしよう。でもなげーよ。
他にももう、終わったな、と思わせる演出が多数あったが、とにかくキビキビとやってないんだよ。キビキビと。ダラダラしてる。
→参加意識を煽っているけれど、笑うたびにボタンを押すということは漫才の面白さに集中できない。仕様ミス。先にアプリを落として一斉に送信させるというのも、問題がある印象。フジの企画に問題がある。
ワラテンのグラフと一緒に、同じ番組内で同じ漫才を再鑑賞するのは、前半見ていなかった人向けのサービスのつもりだろうが、間延びしてしまいおかしい。参考にはなるが、「ほお」で終わり。ビデオなら絶対飛ばすところ。
問題2 慢心した優勝特典
フジテレビレギュラー番組、漫才師だが漫才の番組が貰えるわけではない。漫才の番組が貰えるのなら嬉しいだろうが、単なるトークタレントとしての役回りが回ってくるのであれば矛盾しすぎている。副賞の各番組ゲスト、っていうのも結局はトークで呼ばれるのが半分以上だから名前を売る以上の意味が無い。まったく売れなかった若い人ならそれが価値を増すが、パンクブーブーではドラマを作れない。
結局は予算削減策でしかなく、フジも落ちる所まで落ちているとしかいいようがない。またフジは自分の価値を高く見い出しすぎ。
ただ控えめに協賛した、日清のどん兵衛はいいと思う。あんな数(10年分)本人が食べたら確実に身体を壊すけど、楽屋において後輩にあげる分には後輩が何年も食に困らないからね。
問題3 無駄な演出
フジの番組全般に生でやるとダラダラとした無駄な部分+小難しい説明だらけである。進行押しの間の時間調節なら、わかるのだが、入場演出で無駄にリムジンとか入れて、オープニングから30分以上漫才が始まらないってどういうことだよ。ワラテンの説明も長い、フジのサイトにこさせるための小細工とはいえ。投票トラブルを避ける意味では完璧な説明であったが、視聴者にはまったく無駄でチャンネルを変えさせるレベルの話。あんなの事前に別番組で説明して分散ダウンロードさせるとか、Dボタン側に逃がして文字で済ますとかできるだろ! 俺は一斉送信でサーバが落ちないかのほうが気になったよ。
あと、有名人を客席に散らせ「これくらい入れておけば受けるだろう」的な考え。
バブル期に入った人が作ってるんだと思うが、視聴者は漫才が見たいんだよ。モデルの顔が見たいんじゃねえんだよ。制作者側がバカにするのも大概にしろ。有名人を呼ぶならコメントを全員取れよ。メイクまで入れて客席で笑うだけで、ノーコメでギャラ貰って帰る奴を許すほど度量はこっちにはねえよ。
問題4 THE MANZAIの本来的な部分を踏襲していない点
初代のTHE MANZAIは元々洗練されてない舞台漫才をショー化するものであった。横澤さんが死んでいるとはいえ、当時のTHE MANZAIに敬意をはらっているのは西川さん位じゃないか…。2011年版としての進化がアレなのかもしれないし、余計なものを入れずに「4分見せている」ということは評価できるとはいえ、余計なものばかりつっこんでいる部分は「製作者側が漫才の力を信じていない」というようにしか取れないんだよ。
笑えるものを評価しよう、という意味合いでは、この矛盾があるものをあえて入れるという意味で審査は厳正であったのだろうが、全体には今回はコントっぽい物が多かった。コントであろうと面白いものを評価する、というのは正しいが漫才としてちゃんと漫才な作品をもっと増やさないと絶対的にダメだし、これも制作側がコントのほうが面白いと思っている証拠としか思えない。
あとたけしの茶番ダブルブッキング演出は不要。(いい訳としてはわかるが、別に漫才師がつっこみでいった通りOPが長くなければ全部の漫才を見れるわけだし、あとハラハラしないものを入れてどうするのかというか、単にたけしがTBSに入るまで、という尺を稼いだだけでしかない)
生で見なくてよかった。
また、15年くらい不遇な人たちが多かったので、それに光が当たるのはとてもよいことなのだが、雇用されない関係のため数百円のギャラからのスタートでも文句を言わず、売れないまま10年以上のキャリアが必要とされる日本では、漫才師として暮らしていくことが非常に難しいということがよくわかる。
皆主な仕事を漫才にして女の人に扶養してもらったりしているようだが、本来的な収入はある状態で、漫才は副業でやるのが適正だと思った。言ったらハングリーさがないといわれそうだが、べつに先輩たちが作ったストーリーに乗る必要ないだろ。黙ってればいいのだ。
自分の知り合いや自分がファンの有名人のうち1~数人ぐらい、原発由来のガンや白血病になって早死にする。それなりに苦しんで死ぬ。
そう考えると何とか避けたいと思わないか。
お前の説明読んでるだけでもつまんなさがぷんぷんするけど
だいたい「もしドラ腐しで1時間」ってだけでしつこすぎてうんざりするわ
あったかいのはお前のおつむだよ
いくらもしドラが「無条件で馬鹿にしていいもの」扱いになってるつったって
自分でカケラも見ていない物について評論家がねちっこく馬鹿にしてる様子を
1時間もニタニタと見てられるってほんとうに気持ち悪いウスノロ脳みそだな
前から思ってたけど
町山クラスタってのは本当に
「あんまりセンスが無いけど尖ったセンスに憧れてる」みたいな奴等の集いだよな
「さすが町山さん!」って掛け声かけるタイミングを計ってるだけのザコの群れ
日垣いじりだってなんだよ
日垣がぶっこわれてるのなんか町山親分がいじりだすよりずっとまえに好事家は気付いてしっとりと味わってたよ
親分にへばりついた周回遅れ集団がラッパプープー吹きながら拾いあげて
グチャグチャグチャグチャいじりながら「さすが町山さん!」とかやってる
頭おかしくなってる奴と口喧嘩して次々に矛盾を指摘して打ち負かして、それが何の手柄なのかわからん
みんなが決して直には触れずに楽しんでたものを後から来てベタベタ触って手柄顔のヤボテンさん達
ほんとにやることなすこと垢抜けない田舎もんみたいな集団だよ
つまり広義の「サブカル」っていうのか、そのあたりの連中が本当に寒い
アニメオタク以下のセンスしかないのに「センスのいい人間」に憧れて
その中で特に映画クラスタはみんなちょっと町山親分を意識して無頼風の毒舌キャラを決めながら
やることなすこと面白くない
ブログ書いてるなら書く記事書く記事つまんねえ
親分の知遇を得てるわけでもないくせに
みんなで「町山さん」て呼ぶのがまたキモい
昨日見たテレビの話しながら「紳助さんがさ…」なんていう奴いねーだろ
プロレスオタクが一部のくたばったレスラーを語るときさん付けで呼ぶ(「馬場さん」)のと同種のキモさ
っていうか人種がどっか共通してるだろ
そういうセンス悪い同士の似たような仲間でつるんで
しじゅう町山親分の”活躍”をわがことのように得意顔で論じながら
でも実際は頭も口も回んないから
親分が弱いのを選んでは大げさにぶちのめす会場に集まって
「さすが町山さん!」てそればっかり
いつまで町山親分のケツの匂いを嗅ぎ飽きないんだあの無頼芸風の羊の群れは
私は橋本さん批判でポピュリずムだってのを聞くとあれって思う。
間違いなく彼のやってることはポピュリズムだけど、
今まで他の政治家がやってることもポピュリズム以外の何者でもないでしょう。
単に、同じポピュリズムでもやり方とか範囲が違うという訳で。
で、どっちのポピュリズムのほうがまだ理解できるかというと橋本さんのやり方だと思うのよね。
人気が欲しいから、受けがよさそうな「政策」を述べるのがポピュリズムなわけでしょ。
最低でも、この候補者は何者で、何をやろうとしてるのかわかることが必要だと思うの。
選挙というからには、選べる状態にしてもらわないといけないのだから、これは最低限ラインだよね。
私は一応興味あるからチラシとか見てるけれど、
まず「それはあなたの地位でやるべきことですか?」っていうものばっかりだ。
人気取りと言っても、政治家としての人気取りになってない。ただ「良い人」と思われたいだけちゃうんかと。
さらに、具体性が殆ど無い。測定可能、形として確認可能な目標を上げている人間がほとんどいなかった。
しょうがないから、最低条件を見たいしている人を探したら、すごく不安は大きいけれど、
リクルート出身の30歳くらいの若手の人を選ぶしかなかった。他の人間は、選挙の段階で政治家としての仕事をしてなかったんだもの。
他の候補者って、ポピュリズム以下の何かでしかないと思う。そう呼ぶにも値しない。
彼らは、私達が選挙と呼ぶに値する活動をしていない。ただ何かを批判してるだけ。自分で何をやりますって言ってない。
郵政選挙の時、大敗した民主党を見て、大前研一さんが言ってたことを思い出す。うろ覚えだけれど
「郵政改革に本当に反対じゃないなら、反対する理由をちゃんと持てないなら、通してやればよかった。
それに協力しますといって、ある程度協力して形にしたら、そのあとで不信任出せばよかった。
そうすれば、国民に必要なことは野党であっても実行する人たちだ、まして与党になれば、と受け入れられただろう。
戦略もなく考えなしにただ反対しただけの民主党は、当て犬扱いされ、何も見えていないバカの集団として見られるだけに終わった。」
3.11後の自民党もこれと同じ愚かさを見せている。
復興支援はどうせ必要だったのだ。ならば、さっさと協力すればよかった。
やれ管が気に入らないだのなんだのとごね続けて、復興支援がきちんとスタートするまで半年もの時間を無駄にした。
除染にいたっては今ようやく始まったばかりだという。
民主党の無能よりも、自民党の幼稚さのほうが目立つ結果になっている。
私はアンチ民主党であるが、自民党もお粗末すぎてとても投票する気にならない。
政治家が誰も仕事をしていないから、誰も選挙をやっていないから、
選挙というものをまじめに考えるほど、選挙に行きたくなってしまうこの状況を何とかして欲しい。
選挙対策に血眼になるというなら「今のやり方」で必死に頑張るんじゃなくて、「どうやるのが一番いいのか」をもっと考えて欲しい。
ポピュリズムは、国民にちゃんと伝えて国民がちゃんとそれを理解できるなら、今のポピュリズム以下の政治よりはましになると思う。
橋本さんの政策云々については今の時点で賛成とも反対とも言えないけれど、
選挙の進め方としては、むしろ彼のやり方こそがスタンダードになってほしいと思っている。
橋本さんはメディア有名人だという例外存在であることはよく理解している。
現時点では彼を基準にして、彼を真似ようと思っても無理だとは思う。でも、私はこういう形で選挙が争われるのが最低限必要だと思う。
父の死後母親はスラム街を離れ、シングルマザーとして働きながら子育て。
その頃から人並み外れた商才を周囲に感じさせる異端児であった。
やがて母はよき男性と再婚。継父は氏に対し実の息子のように遇し、名門大学に進学する。
在学中に事業を興し失敗。
事業を精算せざるを得ない状況になったときに、法の力の絶大さに触れ、弁護士を目指す。
弁護士としての彼は人の三倍の仕事をこなし、テレビタレントを副業とするまでの有名人となる。
そして、大政党からの推薦を得て、州知事候補として立候補するまでとなる。
生まれ持った商才、弁護士時代に培った法律の知識と交渉術、それらを駆使し破綻寸前の州を建て直そうと奮闘する。
次第に、扇動の才も発揮していく。
しかし、それらを持ってしても彼の行く手を阻むのは、組織そのものを解体しなければならない構造的な問題、それを守る既得権益層。
この冬、州知事を辞任し、市長選挙立候補という前代未聞の奇策に打って出る。
独裁者と罵られ、ヒットラーとさえ言われながらも、圧倒的な支持を得て当選。
彼の戦いの第二章が今始まる!!