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はてなキーワード: 東京育ちとは

2011-03-02

http://anond.hatelabo.jp/20110302172320

いや必然的に「地方人」になるけどさ、

怒ってるのは「東京暮らしていながら東京を好きになろうとしない。愛そうとしない。どうせいつかは出ていくんだ。それまで我慢してるだけ」の人に対してでしょ?

なんでそれが

東京生まれ東京育ちDQNなど存在しない」とでも思っているんだろうか。

と、東京の人を攻撃するような発想につながってくのか理解できない。

沖縄暮らしていながら沖縄を好きになろうとしない。愛そうとしない。どうせいつかは出ていくんだ。それまで我慢してるだけ」の人に対して沖縄の人が怒る脚本だったら何と言うのだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20110302172320

東京生まれ東京育ち(23区内)で未だに実家暮らしアリエッティだが、いわゆるDQNと言われるような人種は殆ど全て見かけなくなったよ。DQNはなくなったからなのか、ただ単純に板橋区とか中野区とか家賃の安い地区に移って行ったのかどうかは知らん。ただ言えることは、昔DQNだった人間繁華街なんかで見かけると、同じくDQN関西弁しゃべってるような輩よりは大分大人しく見えるっぽい。

から、その脚本家の言ってることにある程度納得できたりする。沖縄人なんぞ知らんけど。

http://togetter.com/li/105620

の※欄。

NHK沖縄ブームの立役者となった「ちゅらさん」というドラマがあったが、その中で沖縄東京を対比して描くエピソードがあった。沖縄から出てきたヒロインの友人が、東京は冷たいところだ、嫌なところだ、沖縄に帰りたい愚痴る。それに対して東京人菅野美穂キャラが激怒していう



「私は、東京生まれの東京育ちなの。私も思うよ。東京って嫌なところがあるって。でもね。東京を嫌な街にしたのは、あんたのような人達よ。東京暮らしていながら東京を好きになろうとしない。愛そうとしない。どうせいつかは出ていくんだ。それまで我慢してるだけだ。そんな人達ばかりの街が、いい街になるわけがない



東京に対して失礼よ。そんなに沖縄がいいのなら帰ればいい。帰って東京の悪口言ってればいいでしょ。あそこは、人の住む町じゃないとか何とか言ってりゃいい。でも私は、そうは思わない。ここは人が暮らしてる町だよ」自分はこの脚本を書いた岡田氏は、健全認識を持っていたと思う。

東京を嫌な街にしたのは地方人。東京人には関係ない」と言う、いかにも東京出身脚本家しい東京人」に媚びたエピソード、としか思えないが

この人にとってはこれが「健全認識」らしい



こういう事を言いたがる人は本当によく見かける。

具体的には、東京DQNと遭遇した話が出ると「それはどうせおのぼり田舎者から東京人じゃない」

と誰も聞いちゃいないのに言い出す連中(勿論根拠など何も無い)の事だが

あれは一体どういう心境なんだろうか。

東京生まれ東京育ちDQNなど存在しない」とでも思っているんだろうか。

んな訳ねーだろどこにだろうとDQNは居るだろとしか思えないんだが東京生まれ東京育ちの周囲ではそういう話が普遍的にされているのか。

幼い頃からDQNを見かけると「あれは田舎者」と親に教えられているとか?

東京生まれ東京育ち増田さんに聞きたい

2010-11-24

http://anond.hatelabo.jp/20101124115015

「親戚は田舎」な時点で所謂おのぼりであり都会人じゃないのでは



旦那の東京出身東京育ちの友人知人は豪華な式する人が多いけど。

ぼっちゃまが多いんだよね。おぼっちゃまはやはりそれなりの格式がある式しないとまずいっぽい。

都心でそういう式やるといくらかかるんだか。というかそういう式出てみたいなあ。どうせ払うのは同じ3万だし。

2010-08-18

http://anond.hatelabo.jp/20100817230944

僕はおそらく東京生まれ東京育ちの洗練された女性とは結婚できないだろう。印象でしかないが、怖い。引け目を感じる。

増田がこの固定観念に縛られ続けるのはちょっと勿体ない。わざわざ地方出身でフィルタするような考え方はぜひ捨てて欲しいと思う。自分富山出身だから分かるけど、東京で4~5年も働いていればこの考え方は変化してくる。

 

都会で出会う人の中は本当に色んな人が居る。自分も同じように同郷出身の東京在住っていうフィルタ恋愛相手を探した時期があるけど、結局は相手も東京に住んで、東京で成長しようとしてて、洗練した都会人になろうとしてたのが分かって、このフィルタ要らんなと悟った。

2010-08-17

http://anond.hatelabo.jp/20100817230944

東京生まれ東京育ちとはくっつかなくても、千葉とか埼玉とかに住む女性結婚するんじゃないかなぁ。

実家に近からず遠からずの所に住んで、遠距離通勤ってとこじゃないかな。

朝は少し早いし、あんまり遅くまで夜の街を楽しんだり出来ないけど、ほどよく喧騒から離れたベッドタウンに安いマンションを買って慎ましやかながら平穏な日々。

当初は共働きの予定が、やっぱり専業主婦となり、小学校入学した頃に派遣パートとして社会人復帰。

田舎だから車は一家に1台必須。

安いファミリーカーを普段は主に嫁が買い物なんかに使って、休日増田の運転でジャスコに行ったり。

年に一回は海まで車で連れて行ってあげたり。

子供が1人なら大学まで出せるんじゃないかな。

どう?気分は楽になったかい?

これからの時代、地方出身者2人で東京子育てってできるの?

8月18日11:50

コメントありがとうございます。一部修正しました。

なんとかはなりますよね。建設的な心配をしながらやっていこうと思います。

***

来年から東京就職することが決まった、学生最後お盆実家に帰って考えたこと。


この時代、地方(北陸の片田舎)には仕事が無い。いや無くはないが、大学院まで出てやる仕事は非常に少ない。

なにしろ2ch上の地元就職偏差値なるものを見ると1位が県庁なのだ。県庁は大事な仕事ではあるが、あんな閉鎖的・官僚的な仕事は先がない。もちろん就職に関して偏差値などという概念重要じゃないだろう、見栄でしかない。ただ、見栄というのを否定する人が多いけれど大事なものである、ぼくは人並みに見栄っ張りだ。ほかにも中小の優れた技術を持つメーカーがあっても、大手メーカーの下請けであったりと、鶏口というよりはむしろ牛後に近い。さらに景気も悪い。自分仕事をできるだけの度胸も能力も資金もない、市場も限られている。


というわけで大半の人間は勤務地が東京大阪本社がある会社就職する。

昨今の就職難を見ていると内定がもらえるというのはとてもありがたいことで、一部の人間を除いて選ぶ余地も少ないし文句を言う筋合いはない。

この時世、大企業でも終身雇用の安定など望めないが、スキル経験を身につけ、当面食べていくためには大企業はそこそこの選択だと思う。ここは異論がたくさんあると思うが、本稿の趣旨と違うので省略。


さて、東京就職するとどうなるか、エンジニア薄給と、東京での高い生活費教育費により、子育てをするなら共働きが必須だ。転勤については覚悟しているけど、フクザツになるので本稿では踏み込まない。また子育てをしないならば専業主婦を養う意味は薄い。恋愛でいいじゃん。もうひとつ終身雇用が望めない現在リスクヘッジとしての共働き重要だとも思っている。


類は友を呼ぶ、という経験則により、僕はおそらく東京生まれ東京育ちの洗練された女性とは結婚できないだろう。印象でしかないが、怖い。引け目を感じる。もし、万が一結婚できるとしたら地方出身の子な気がする。できれば同郷だといいな、とは思うがさして重要ではない。

仮に地元以外が同じ条件の女性がいたら同郷を選ぶというていどの意味。むしろ同郷という縁は話のきっかけになりやすく、つながりやすい、というのはあるだろう。


一度、整理してみる。

東京で働く、結婚相手は地方出身で結婚後は共働き

ここまでの論理恣意的なものも多いが、これを一つの前提として扱っていただければ幸いである。


ここで、親戚や地域コミュニティと無縁の東京で、果たして共働き子育てが可能なのか、という問題が浮かび上がる。

保育園の入園待ち、子どもの世話、特に急病時の対応、急な残業出張などさまざまな問題がある。そして、聞くところによるとどうやら日本企業の多くはこうした対応のために職場フルタイムでいられないことを好ましく思っていないようだ。


私の両親も共働きであり、手間をかけさせた。しかし、たいていの場合保育園、土日に仕事が入っているときは1kmほど離れたところに住んでいた祖母が預かってくれた。友人宅でご飯をいただくこともあった。血縁地縁コミュニティニ育てられたと言ってもいいだろう。


こうした支援を得られずに、共働き核家族子育てできるのだろうか。見知らぬ街で頼れる人もいず、やっていけるのだろうか。最近育児支援の草の根NPO地域の互助コミュニティなども生まれているようだが、いかんせん規模が小さい。


国や企業の問題と言うより日本の文化の問題だと思う。まあ、文句を言うのはたやすいけれど、文化を変えたり、あらがうことはとても難しい。

このままでは子育てや将来に大きな不安を抱えたまま社会人になることになる。社会に出れば視野も広がり解決策も見えてくるかも知れないが、当面の不安を解消したい。


実際にこのような状況に直面している方はどうしているのだろうか。

もしなにか経験談やアイデアがあればぜひシェアして欲しい。そう思って初めて増田生意気な文章を書いてみた(取らぬ狸の皮算用であり非リアの妄想なのだと思うけれど・・・)。


一般的な問題と個人的な課題を混同した散漫な文章失礼しました。

2010-07-28

http://anond.hatelabo.jp/20100728000756

東京生まれ東京育ちだけど、こういう風に考えてるのに東京にいるやつ大杉

田舎帰れよっていつも思う

職がないとか、みんな田舎帰れば職も生まれるだろうに

2010-03-17

東京から地方

東京生まれ、ほぼ東京育ちで、春から大学進学で地方に行くことになりました。

両親も東京の人で、地方との関わりって父親の転勤で小学校の間2年間静岡にいたことがあるくらい。

しかも静岡2年間では、わたしがいわゆる都会のもやしっ子だったので友達もいなくて、楽しい思い出なんて皆無。

地方をちょっと恐れてるんだけど、どうしよー

地方で生きて行くポイントとかあったら教えてくださいおねがいします。

2009-12-05

渋谷に出かけて毎回思うこと

渋谷に行くたびに「肉の壁」「弾幕シューティング」という言葉が思い浮かんでしょうがない。

新宿池袋も同様。

私は田舎育ちで成人してから東京に来たので、あの人の多さにはちょっと苦手。

朝のラッシュは割と慣れたし嫌とか「うわあ…」とか思わないけど、街全体がああいう状態だと歩きづらいなあという気持ちになる。

田舎→都会だとこういう風に感じるのだけど、逆パターンだとどう思うんだろう?

東京育ちの人が地方都市に行った時とか。

歩きやすいとか人が少ないとか言う前に「店少ねえww」「寂れてるww」とかなんだろうか。

それとも人が少なくて落ち着く、とかなんだろうか。

結局人それぞれなんだろうけど、ちょっと気になる。

2009-09-28

http://anond.hatelabo.jp/20090928233005

>半端ないっていうかもう一周まわってアホじゃねぇ?東京の人アホじゃねぇ?って思っちゃったくらい。

東京育ちにとっては「東京に出てくる田舎のひとアホじゃねぇ?」なんですよ

ここでいうアホは種類が違う。

まず先に田舎の人。

これは二種類。

「知ってて来たのに愚痴ってる覚悟の足りないアホ」か

「知らずに来た勉強不足のアホ」か

「知らずに来た上に田舎に帰る事もできない進退窮ったアホ」のいずれか

次に東京の人。こちらは

「親父の代からブロイラー以下の身分に甘んじている年代物のアホ」

同じアホなら踊らにゃ損損♪

http://anond.hatelabo.jp/20090928002752

>半端ないっていうかもう一周まわってアホじゃねぇ?東京の人アホじゃねぇ?って思っちゃったくらい。

東京育ちにとっては「東京に出てくる田舎のひとアホじゃねぇ?」なんですよ

2009-09-25

http://anond.hatelabo.jp/20090925224318

学生時代バイトしてた塾の塾頭がぬけぬけと「女は勉強なんかするより家事や男の立て方学んだ方がよっぽど役立つと思ってるんだけどね(商売上仕方なく女子にも教えてる)」つってたな。場所は東京ど真ん中。本人も東京生まれ東京育ちらしいが。

というのはともかく、某名門大学の進学者の家庭の年収を調査すると女子学生男子学生になるらしい。どの年度でも。

多少経済的に苦しくても男は良いところに行って貰いたいと無理する家庭が多いからじゃないかと。

不要とまでは言わなくても、熱心さや必要性について意識差があるのは事実だろうね

2009-09-17

http://anond.hatelabo.jp/20090905172618

なんか全体的に喧嘩腰で感じ悪い記事だなーと思った。

私生まれてからずっと東京育ちだからよくわからないけど。

でも、ふと和歌山出身の友達が言っていた言葉を思い出した。


地元に帰るとみんな人の悪口しか言わない。


話題がない、楽しいことがなにもない、毎日が繰り返し。

学校卒業して、結婚して、子供作って。

彼らには悪気はない、だけど楽しみもない、だから楽しくない人になっていく。

でもその友人は地元が大好きだから、東京で実力つけて、地元を楽しくするような、盛り上げられるような人になりたいんだって。色々話聞いた。それってできるかもしれん。というかできるな。うん。

すごいなって思った。

正直尊敬した。私も東京は好きだし、地元も好きだけど、そこまでの愛はないから。

2009-08-10

http://anond.hatelabo.jp/20090810083801

私は8月14日生まれだが

両親共に東京生まれ、東京育ち



みんなお盆休みは親の実家に出かけてしまうので誰も居なかった記憶がある。

そんな事から誕生日は家に引き篭ることにしてる。

2009-05-21

東京が最強である件について

東京生まれ東京育ちなんだが、就職して横浜に移り住んだ。

正直、横浜なんて東京の一部のようなものだと思っていた。

むしろ、横浜のほうが中華街もあるし、歴史的な建物も残ってるし、海沿いの気持ちいい公園が多いし、住みやすいと思っていた。(東京時代は横浜が大好きでよく観光に行っていた)

が、住むとなると全然違うのな。

やっぱり東京が最強だと分かった。横浜田舎だ。でっかい地方都市だ。

一言で言えば、多様性の幅が狭くてつまらない。新しいものを発見し、挑戦していくワクワク感がない。

中華街の店は似たり寄ったりで、すぐ飽きた。池袋中華街のほうがよっぽど面白い。

カフェレストラン無難な店ばかりで、個性がない。服や雑貨もそう。フロンティア精神がない。

会社も同じだ。いい人は多いが、面白い人がいない。

無難に良い企画だけが通っていく。ニッチ需要発見しよう、なんて発想がない。いや、なくて当然か。横浜にはニッチ需要なんてないからな。

そういうものを求める人は、みんな東京に行ってしまう。

そういうわけで、この場所に骨を埋めようとは到底思えなかった。

転職して東京に戻ろうと思う。

東京のみんな、お前らの環境はものすごく恵まれているんだ。

その環境があるのは東京だけだ。大都市ならどこにでもあると思ったら大違いだぜ。

安易な気持ちで地方に行くと後悔するよ。

2008-10-26

http://anond.hatelabo.jp/20081026200416

貧乏から這い上がれてよかったねとは言えるけどそれ以上でもない。

大きなマイナスが人並みのプラスに転じただけでな。橋下氏が頑張っても

そこそこ裕福な家庭に生まれた東京育ちで麻布開成筑駒あたりから

東大ストレート合格した奴らにはどうやっても勝てませんよって話だしな。

2008-10-19

http://anond.hatelabo.jp/20081018180211

俺は東京育ちでその後神戸に移住した人間だが、宿題なんかやらなかったぞ。

だって、学校の内容なんてとっくに自分で勉強して知ってたからね。知ってることをもう一度勉強させられる理由が理解できなかった。結果が全てじゃないのかってな。

つーか、子供宿題をサボりたいのは当たり前だろ。あんただって仕事サボりたいだろ?

2008-10-17

http://anond.hatelabo.jp/20081017122603

東京的、というか一定のレベル都市圏だったらそうなるわな。

大阪とか名古屋とか。札幌あたりでも二次会居酒屋とかになるんだろうか。なんか想像だけどならない気がする。

例えば、大阪的って書いたら不自然に感じる人もいるだろうけど、東京的、だと日本全国に通じる。

というんだとしたら、まあ東京育ちしては、同意。

2008-07-31

大学生ファッション(20代後半)の基本を考える

anond:20080729232044

↑の記事の趣旨には賛同するものの、内容的には大事なところが欠けているような気がしたので、自分なりに脱大学生ファッションの基本を考えてみました。以下、ファッションオタクでもなんでもないので、ブランド専門用語のあやまりなどあるかもしれませんがご了承下さい。

外見は内面のいちばん外側

ファッションについて考えるときにぼくがいつも念頭においているのはこの言葉です。要は、自分がそうである以上のものにはなれない、ということです。服装は想像以上にその人そのものをあらわしているもので、客観的にみておおかれすくなかれ「お似合い」ではない服を着ているひとってほとんどいないような気がします。

イタイかそうでないかを決めるのは、第一にその場のコードとずれてないかどうかということであり、第二に、本人の自意識の乱れが透けてみえやしないか、ということであると思います。正直、10代のファッションはたいていすごくイタイ。なぜかというと、いまの自分ではない自分になりたいという自意識の乱れがまたまだうまく解消されていない時期だから。そういった迷いが内面のいちばん外側であるファッションに透けてみえるから、こまかいファッションの知識だのセンスだの云々をぬきにして、どうしたってイタくなる。田舎から東京にでてきたとき、東京生まれ東京育ちのひとたちが、大した服を着ているわけでもないのに、妙にあかぬけてみえた記憶があります。それは、彼らはダサい恰好でもダサいなりにさらりと着こなしていて、田舎から出てきたぼくのような「成り上がり」特有の自意識の下品さをもっていなかったからであったと思います。

大学生ファッション根本は、こうした青さのイタさからの脱却にあると思っています。20代もなかばにさしかかれば自意識の問題もほとんど解決が済んで自分を前よりはうまく受け入れられるようになっていることでしょう。一方でまだ成し遂げるべきことはたくさんあって、内側にはより現実的なエネルギーが満ちている。そういった時期の自分にあった、余裕と力強さを感じさせる服装をしていたい。これが、脱大学生の時期の自分のファッションを考えるにあたっていちばん基礎においていたコンセプトです。

男性ファッションシンプル:生地と手入れには気をつかう

夏にはカットソーなりシャツを一枚着て、暑さもやわらぎはじめたら薄手のジャケットを一枚はおる。秋が深まれば冬物のジャケットにとりかえて、寒くなったらその上にコートを着る。冬本番になったらさらにマフラーを巻く。春のきざしがみえたら、マフラーをはずし、日差しのなかにあたたかさも感じられるようになってきたら、コートを脱ぐ。以下、逆順で着るものを薄くしていき、また夏を迎える。男性ファッションなんて、いってしまえば、インナージャケットコートの組み合わせに尽きる。慣れてしまえば失敗のしようがない。お洒落がわからないの意味がわからない。それくらい、すごくシンプルなものではないでしょうか。この一年のサイクルをぐるぐるまわして、損耗したものを買い替えていきつつ、品目の数を増やしていったり、品物の質を上げていく。

人にもよるかもしれませんが、ぼくは、シャツやズボンなどの服本体には色などのポイントを極力入れないようにしています。色は黒、紺、茶、グレー、白のどれか。それだけでは寂しい印象になってしまうというのは当然のこと。それではどこに力を入れるのかというと、生地の良さと手入れの良さ。シンプルな服ほど生地の良さのちがいがきわだつ。生地にだけは手をぬかないようにしています。日焼けした服や襟がよれてしまった服は捨てる。そうなるともったいないので、普段からネットにいれてあらうなりクリーニングに出すなり、手入れには気をつかうようにしている。シャツには当然しっかりアイロンをきかせる。手入れのいきとどいたいい生地のシンプルな服装に勝るものはないのではという気がします。

下はたいていデニムをはきます。スーツを着なければならないような場所ならほとんどこれでいけるし、スーツを着なければならない場所ならスーツを着ればいい。高級感のあるトップスと合わせれば、気品も十分でる。ただ、これは、「成り上がり」特有の内面の気性のあらさとそれを表現しうる服装のちょっとした粗野な雰囲気を失わずにいたいという個人的な理由にもとずく選択だと思われるので、ひとの参考にはならないかもしれません。

ポイントや遊び心は小物にこめる:異素材、色、柄

男性ファッションの「色気」担当は小物にあると考えてます。小物の種類としては、個人的に大事だとおもう順番に、靴、鞄、時計ベルト、眼鏡、財布、アクセサリーなど。服装本体をシンプルにしたぶん、ポイントには小物をうまくつかうよう心がけています。ポイントの種類は大きくわけて、異素材、色、柄の三つ。異素材の代表は皮と金属。仕立てのいいシンプルな服装に皮と金属はよく映えます。色は季節感をだすのに使います。

男の小物でいちばん重要なのは、やっぱり靴。女性に聞いてもいちばんよくみているのが靴ではないでしょうか。そして、靴で一番重要だと思われるのは、やはり、手入れがいきとどいているかどうか。ピカピカに光っていない靴は履くだけ品位を下げます。そんなわけで、靴は同時に二、三足買うようにしています。毎日家に帰れば、最低限タオルで(革靴はストッキングで)全体の汚れをおとして詰め物をして日替わりで違う靴を履くようにする。歩くのが早いせいもあって、以前はシューズなど半年で底に穴をあけてしまうこともあったのですが、最近は二、三足同時に買って履き回しするようにしたので、随分綺麗なまま長持ちしています。

靴選びのコツは個人の趣味なのでよくわかりませんが、シューズではドラゴンベアードやプーマのルドルフダスラーオニツカタイガーあたりを愛用しています。さすがにこの年になってコンバースははかないようになりました。ドラゴンベアードは一万円代で買えるのにちょっとした高級感や遊び心もあって、友人にオススメを聞かれたときにはこれを推しています。ぼくは今履いているので四代目です。鞄は、ひとつ推せといわれればフェリージをあげます。5万円くらいです。今愛用しているのは紺地に明るい茶色の革の縁取りがついたもので、「どんな服装とも合うシンプルさ」と「それ単品でコーディネートの顔になれるようなキャラ立ち」の双方を求めた結果、その鞄になりました。鞄を買うときにはこの二つのコンセプトをはずさないようにしています。

コンセプトをもつ:自分にしっくりくるような

ファッションの全体感をととのえるためにも、今の自分にしっくりくるようなコンセプトを自分の中で決めておくと、服選びの参照軸になります。たとえば、ぼく自身は、ここ数年来、「リラックスラグジュアル」をコンセプトにしています。これは、力の抜けた、余裕のあるたたずまいをもちつつ、それがだらしなさや気の抜けた感じに堕すことのないよう、そこはかとない品位をつねに保つように意識する、ということです。服えらびに際しては、フォーマルな服をみて「これだとかっちりしすぎててリラックス感がないなあ」とか、妙にファッションファッションしている服をみて「これじゃがんばりすぎ」とかいう風に選択肢を切るのに使います。リラックスラグジュアルのように、共通点をもちつつ相反する要素もあるような二つのキーワードをならべるというのが、簡単で、しかも使えるティップスかもしれません。ちなみに、大学時代のコンセプトは「インテリ歌舞伎者」でした。どんなものかは想像におまかせします。

香水をつける:自分が今いる位置を確認するために

男のひとで香水をつける人というのは意外に多くはないようです。が、ぼくは、香水は必ずつけるようにした方がいいと思います。それは、人生のなかでの自分のステージの変化をいちばん敏感に映し出してくれるのが香水だと思うからです。香水をつける意味は多々あります。身だしなみとして、自己暗示として、お洒落に気をつかっているという印象を与えるため、朝、1日の始まりの儀式として、女性に自分の印象を香りとともに記憶してもらうため…。こうした効能からも香水使用は推奨できます。しかし、やはり、香水をつけることの最大の意味は、自分の人生ステージを確認すること、であるように思います。これは極私的な意見にすぎないかもしれませんが。

大学時代社会人になってから、その後と、不思議と、つけていたいという香水は変わっていくものです。ぼくは、大学時代ニコスのフォーメンという乳酸系の甘い香りの香水を、社会人になってからはディオールのファーレンハイトという、夏の夜の雰囲気の情熱的な香水を、一年ほど前からは、ディオールのオーソバージュという、一切甘味のない、野蛮な気品を感じさせる香水をつかっています。人生の転機を迎えると、自然に、以前使っていた香水が自分から乖離していることに気づきます。その度に自分にフィットする新しい香水がみつかります。その新しい香水は、香りで与えられた先のコンセプトなようなもので、自分のファッション全体を統御してくれます。

香水売り場に行くのを躊躇する男性も多いと思いますが、実際に香りをたしかめずに香水を選ぶのはよくないと思います。香水選びに前知識は必要なく、とにかく売り場にいって、いろいろかいで、しっくりくれば買う、こなければ買わない。男性が一日に一回つけるのであれば小さな瓶でも一年はもつので、気に入ったものを、あまり浮気せず、気に入らなくなるまで使いつづけるのがよいように思います。

蛇足ですが、香りといえばボールドなどの柔軟剤の効力は意外に大きいように思います。以前つきあっていた女性が、やたら「服からいい香りがする」と繰り返すので、なぜなのかと思っていたのですが、家の洗面所わきにおいてあったボールドをみて「これだ!」と言ってました。なんでも、「男性がてっとりばやくモテるためにはボールドをつかえばいいのではないか。それぐらいいい香りがする」のだそうです。さすがP&G。あちこちのセミナーボールド日本での成功譚を吹きまくるのもうなずけます。

お店のひとと話す:社会人ならやはり名刺交換ぐらいは

服屋に行って店員に話しかけられるのがすごくいやだという人はよくいます。とても勿体ないことだと思います。専門知識をもっているひととの直接の会話ほど役に立つものはありません。むかしむかしの就職活動で学んだことですが、いろいろ聞かれていやならば、逆にこちらから踏みこんでいろいろと質問をしてみればよいのです。専門家はやっぱりいろいろなことを勉強しているし、勉強した成果は話したい。質問をすれば、喜んでためになる情報を与えてくれます。ぼくは、いつも、店員さんとは仲良くなって、最後は名刺までいただくことがしばしです。

店員さんにはいろいろなことを聞きます。このインナーに合うジャケットはどのようなものがありますか?と聞いていろいろもってきてもらって試したり、家にこんな服があるんですけど、それと合いますかね、と聞いたり、今年の流行りを聞いたり、手入れの仕方を聞いたり。本当に彼らはいろいろなことを知ってます。「ベルトは真ん中の穴でとめたときにいちばん綺麗なシルエットになるようにデザインされているのでサイズには気をつけてくださいね」だとか「この服は後ろ側に絞りがはいっているので、前からはわかりませんが、後ろ姿が映えますよ」だとか。

信用できる店員を見分けるこつは、個人的な意見を具体的に挙げられるひとがどうか、であるように思います。たとえば、ある服を買おうかどうか迷っているときには「なにかこう、この服を買いたいと思わせるような、この服への愛着がわいちゃうような、ヒトコエを下さいよ」とか聞いたりします。そこで、たとえば「マニアックなはなしなんですが、このシャツはそでの部分を立体裁断しているので、さっくり一枚はおっただけでも横からみた姿がすごく綺麗だと思うんです」など言ってもらえると、信用できるな、という気になります。あとは、店員とはいえ、そのシーズンのラインすべてを気に入っているわけでもないので、「正直、今シーズンのラインでも好きじゃないものとかってあったりするんですよね」だとか質問をして、こうこうこういう理由でたしかにこの商品とかは個人的には気に入っていないんですよね、などと正直に答えてくれる店員も信用できます。あとは、「このブランドってどういう顧客ターゲットにしてるんですか?」であるとか「この二、三年で景気がよくなったりわるくなったりしましたけど、そのたびにお客さんのファッションへの嗜好で変化したなと思うところとかあったりしますか」など、経営面からの質問もぶつけてみると楽しいし、どれだけまじめに普段から仕事のことん考えている人なのかもわかったりします。女性の店員なら、恋人と服を選びにきたつもりで「これ着て○○に行くとかありですかねー」とか楽しく会話をしながら服を選びます。

これだけ質問したり試着をたくさんしたりすると、買わないわけにはいかなくなるのではないか、と心配される方もいらっしゃると思います。しかし、これがまったく逆で、仲良くなればなるほど別段試着をたくさんしても買わずに済むのです。なぜなら、営業の人間にとって、一個のものをただ売るよりも、一人の顧客と深いリレーションをつくることの方がずっと大事だからです。これだけ会話をして名刺まで交換すると、店員としても「顧客関係が築けた」という満足感が得られます。だから「ほかもちょっとみてから予算もあわせて考えてみます」と言ったとき、喜んで「またのお越しをお待ちしていますね」と言ってもらえるのです。

実際、ぼくは新宿伊勢丹メンズ館で買い物をすることが多いのですが、そのときは、上から下までめぼしいものをみてから、予算を考えて買いに戻ります。そのとき、さんざつきあってもらったのに買わずに帰ってしまうお店には、「さっきは恰好いいジャケットをみせてもらったのにすみません。やっぱり今日はシャツを買いに来たという初心にかえることにします。予算的にも今厳しいので(笑)また次のシーズンによろしくお願いします」などひとこえかけます。それで気持ちよく送ってくれない店員はいません。

最後に:人の意見には耳をかたむける

最初に「外見は内面のいちばん外側」ということを書きましたが、その外見を客観的にみてくれるのは他人です。服装にみょうな自意識がみえかくれすると絶対にあか抜けたかんじにはなりませんが、そういう自意識の乱れほど、他人からみて気づきやすいものはありません。新しい服を買ったときは人前に来ていって、反応をみてみます。ほんとにしっくりいった恰好をしていたら、100%の確率で、二人以上のひとから独立にこちらがら促してもいないのに、「それ恰好いい!」とか「それかわいい!」とかいってもらえるはずです。経験則上、ファッションに限らず、二人以上の人から独立に同じことを言われたら、それは、自分に関する真である命題だと考えてほぼまちがいありません。ファッションとは直接の関係はありませんが、たとえばそれが自分の性格に関することであったりするならば、それを直す努力をしてみる意味はあると思います。

女性と服を買いにいくのは、自分のファッションのなかに新しい要素をとりいれるためのいちばんいい方法だと思います。たいてい、自分の趣味とはちょっとズレたものをオススメされますが、どうしてもいやだと思うのでないかぎり、そうしたひとのオススメに素直に乗ってみて損はしないと思います。最初はちょっとアレだなと思っていた服もしばらく着ていれば「お似合い」になってくるものです。それは、その相手との関係を通じて自分の中の何かが変わった証拠かもしれません。

香水の段のはなしにしても、このパラグラフの話にしてもそうなのですが、「外見は内面のいちばん外側」という理解に立つならば、ファッションとは、絶えず少しずつ変化していく自分の有り様を素直に受け入れ、それを素直にたたずまいの中に表出していく、ということ以外のなにものでもないように思えます。そして、青い時代を終えた20代こそ、余裕をもってファッションというものに向き合うのに最適な時期なのではないかと思うのです。

2008-06-29

http://anond.hatelabo.jp/20080629223756

たぶんね、近畿日本のもともとの中心地だったから、

東京と対等だっていう意識が強いんじゃないかな。

自分は東京育ちで、大人になってから近畿で何年か暮らしたけど、そういう空気は感じた。

実際、関東江戸開府までド田舎だったけど、近畿古墳時代からの歴史があるからね。

近畿の人は、「関東関西は対等だ」と思ってる。

そのほかの地方の人は、「自分の故郷は地方で、中央は東京だ」と思ってる。

この違いじゃない?

2008-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20080607021746

ちょっとずれるけど、東京育ちとしては東京駅弁大が無いのがつらいよ…。

安く大学行くには全国レベルで優秀じゃないと(遠い)地方に転出せざるを得ないという。

言っちゃ悪いけど千葉大医学部伝統的に優秀な人が行くのって、…いや、やめよう。今の無し。でも東京西部(都下)進学校の俺の友人は東大理IIIは回避して慶應医と千葉大医を受けて両方受かって結局慶應…ごめん。なんでもない。

本来は都立大(現首都大)なんだけどさー…、首都大は東京住民票無いと受験できないようにしてくれ!(暴言)

でも実際、都道府県立大ってその自治体税金で賄ってるわけだしさあ…、アメリカ州立大地元学生とよその州から来た学生で何倍も学費違うって言うしさあ…ぐちぐち。

2008-05-11

http://anond.hatelabo.jp/20080511084637

おれ、生まれは千葉なんだが、三歳半で東京に移ったので、

千葉のことはほとんど覚えてない。


それで、出身を聞かれて、

東京というのは、嘘といえば嘘だし、

千葉というのも、実感がないしで、

千葉生まれの東京育ちです」って、いってたんだけど、

これって、なんだかすごいコンプレックスもってるみたいに聞こえるよな。

これからどうしたらいいんだ。

2008-05-08

http://anond.hatelabo.jp/20080508113217

東京育ちの人は東京の中のそれぞれの地元で「田舎」のような人付き合いをしてる方が多いと思うけど。田舎のようなと言っても、さすがに噂が町中に一瞬で知れ渡るとか、そんなにジメジメはしてないけど。

その、周囲にいる、知らない人を手当たり次第っていう男女は、東京地元が無い上京組の都会人が多いんじゃないかなあ。

あと、東京育ちでも小中高共学(地元の公立)の人の方が圧倒的に多いよ。東大くらいまで行けば、別学出身の方が多いってこともあるかもしれないけど。

2008-03-02

一度お見合いとやらをしてみたいと思っている。

有名私大理工学部大学院卒、一部上場メーカー研究所勤務。26歳。正直全く出会いがない。

生まれてこの方東京育ちで、周りにお見合いさせたがりおばちゃんとか見たことないんだよな。どんなものか興味はあるのだが。

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