はてなキーワード: 宮城とは
自分は仙台に住んでいるんだけどさ、内陸だから3月の震災の被害は家が少し壊れるくらいで済んだ。避難所に行かなかったのだからかなりの幸運だ。
ライフラインは全部止まるし、クルマのガソリンだって残り少ない。食べ物が、いつどこで買えるかの情報戦も展開されていた。
ある日、朝7時から郊外にあるスーパーへ出かけて、その当時にしてみればかなり多くの食料が確保できた。
地元の人なら知っているだろう、震災のどさくさに紛れて、ぼったくりなんてしたあの店で。
これが人のやることか。この非常時なのに、考えているのは目先の金のことだけか。そう家族と話し、憤りを隠さずに帰った。
自宅に戻ると、電気が復旧していた。急いで充電器に携帯電話を繋げる。あの日、我が家にたどり着いてから間も無く、電池がなくなっていた。
数日ぶりに電源の入った電話に、次々とメールが舞い込んでくる。友人らが、安否確認のメールを送ってきてくれていた。
それらひとつひとつに目を通していると、一通だけ、毛並みの違う文面のメールが紛れていた。
「大丈夫だからね、みんな繋がっているから、日本は今、ひとつだから」
他の友人は、とにかく大丈夫?とか、あるいは自身は無事である、あの時は怖かった、などという内容のメールを送ってきていた。
文面としてはおかしくない。勇気付けようとしてこういうメールを送ったのだろう。
だけど無性に腹が立った。
ぼったくられたばかりだった。余裕がなかった。偽善の言葉のように聞こえた。東京に住んでいて、何でもあるのに、何を抜かす、と本気で思った。
だから、「メールをくれたのは嬉しいけれど、そんな綺麗事を抜かすな」と返信した。メールは戻ってこなかった。
それから数ヶ月が過ぎ、震災前とほとんど変わらない日常が戻ってきた。ニュースさえなければ、一日くらいは震災のことを全部忘れて過ごせるような気がする。
私の街は少し寂しくなった。空いていない店がまだある。建物がめちゃくちゃに壊れて、閉店した店も少なくない。
私自身も仕事が変わった。いつ切られるか分からないけれど、3月よりも前向きに過ごしている。
ついこの間、ちょっとしたことがきっかけで、例のメールをくれた友人のtwitterのアカウントを見つけたので、覗いた。
ぞっとしてしまった。なんか気持ち悪い。
震災のことばかりをつぶやいている。ユニリーバの募金のことは毎日欠かさずツイートしているようだ。
毎日毎日、震災のことばかりをつぶやいて、宮城が大変だとか放射能がどうとか、福島はかわいそうだとか、そんなことをつぶやいている。
愛とか平和とか、絆とか、積み重ねれば大きな力になる、差別反対、エトセトラ。半分くらいは誰かの言葉のリツイート。
こんなことは恐らく、普通のことだ。寒気を感じる自分がおかしいとは分かっている。だけど腹が立つ。私は被災者様なのだろう。津波に遭ったわけじゃないから、被災者でもないのだけど。
友人に哀れまれているようで嫌だった。本人はすごく力になりたいのだと思っているのだろうけど、頑張る方向が違うような気がする。綺麗事だけじゃ生きていけない。
じゃぁ東北では、今後一切、津市で起きたニュースは流さないとか、津川雅彦の出演してるドラマ・映画は放送しないとかにすればいいですかー(棒)
ただの私憤なのに、義憤の皮を被った途端、一気に怒りが燃え上がるよねー。なんなのかねこれは。
実際に、今回の津波で被災した人が、宮城のコンサート会場で公開されたものを見て、怒るってのならまだわかる。
でも、まだ行われてもいないコンサートの、まだ公開されてもいない映像について、これから参加する予定の赤の他人の心情を心配してるってわけだろ。で、「その人が気分を害するかもしれない」から、代わりに俺様が憤ってやっているんだ!これは正論だ!2chにも増田にも書き込んで拡散希望!とかやってるわけだろ。すげーな義賊だな。かっこよすぎてチョー感動するわ。
結局のところ、自分が気に入らないだけのに、それを赤の他人の心情を勝手に代弁してるわけじゃん。自分の憤りを直接発言することはできないくせに、それを他人の代弁とすることで、急に声を大きくできる人達だよな。ファンサイトの書き込みも、2chの書き込みも「これを見たら被災地の人がかわいそうに違いない!」って息巻いてるけど、結局「自分がそう思ったから」ってだけなのに、あくまで、他人の心情を勝手に創り上げて文句を言ってる。ツリーにある「コアなファン」ののんきな書き込みをみれば、宮城会場に参加するファンだってそんなもんだろ。
ネット界隈では、カルピスのマークや、ちびくろ・さんぼやダッコちゃんは黒人差別だ!とかを、馬鹿げてると括ることが多いみたいだが、やってることは同じ。ほんと馬鹿げてる。
「相手がどう思うか考えて行動する」とか「自分がそう思ったから、相手もそう思うに違いない」ってのは、素晴らしい心持ちだけどさ、「相手が怒るだろうから、俺が代わりに怒ってやる」ってのは行き過ぎっていうか、勘違いっていうか、増長しすぎじゃね?
追記
元増田が消えちゃったので、サルベージ。(元増田)ミスチルのコンサートでウェーブは津波を連想させて不謹慎→(俺)じゃあ津川雅彦も謹慎だね→(元増田)以下の文章→(俺)この増田
■http://anond.hatelabo.jp/20110911233439
いやいやいや
全然たとえになってないよ
あーわかるわかる(棒)
考えるのが面倒になったから、あとは任せた。虚構新聞とかbogusあたりなら、もっといいネタを作ってくれそう。
元増田が消えちゃった。自分が何にレスつけたのかわからなくて悲しいのでサルベージ。
=========以下元増田
どうやら、ミスチルか各地のツアー会場でウェーブの映像を撮って
http://www.ryozzy.net/mchild/special/events/2011_report/bbs.cgi?num=439
いわゆる被災地と呼ばれている所から、家族で「広島ビックアーチ」に、まさかの当選で参戦できました。けれど、広島から帰ってきて10日近く経つ今でも、戸惑いというか、あれでよかったのか、と思っている事があります。
それは題名どおり、「ウェーブ」。確かに桜井さんは「ウェーブ」という表現はしていなかったかもしれません。けれど、私には「ウェーブ」=波にしか見えませんでした。そして、津波を連想させました。
コンサート中、企画としてそれをやろう、といわれた瞬間、私たち家族は顔を見合わせ、夫とは「え?ウェーブってこと?どうする?参加する?」。。。くしくもコンサート前日(19日)福島県で震度5弱を観測し、津波注意報が出され、多くの人が避難しました(既に広島入りしていた私たちはすぐ実家等に連絡しました)。
コンサートから帰宅後、数人の友人にこの事についてメールしたところ。。。殆どの返信は「信じられない、余震もまだまだあるのに、結局他人事なんじゃない?」
総合的に考えれば楽しかった、ミスチルのコンサートではありましたが。後悔が残ったコンサートは初めてでした。
皆さんはどのような気持ちであの企画に参加しましたか?
http://music2ch.doorblog.jp/archives/229850.html
21 :名無しさん@お腹いっぱい。2011/09/04(日) 23:13:21.03 ID:YNGRWYEf0
アリーナのウェーブを2階スタンドから見てたら名取川の津波映像を思いだしてしまった
33 :名無しさん@お腹いっぱい。2011/09/04(日) 23:18:45.82 ID:vmGbpW/F0
特にアリーナのは前から後ろにやたら勢いと迫力があって
もろ津波を思い出させたよな
133 :名無しさん@お腹いっぱい。2011/09/04(日) 23:58:42.34 ID:rf8qnmzR0
宮城から遠征した。2階スタンドから見たアリーナのウエーブ、
名取の津波映像と重なって本当に恐怖を感じた。
どう編集するかはわからんけど、あの光景は見たくなかった。
485 :名無しさん@お腹いっぱい。2011/09/05(月) 08:49:45.80 ID:joh6veWm0
今週末横浜公演に参加しました。
各会場でお願いしてると言うオーディエンスによるウェイブ。
ボーカルさん自らが撮影したわけですが
65000人によるウェイブがスタンドからアリーナへと回って行く
その様はまさに津波を彷彿とさせるド迫力!
この人間津波の映像を宮城公演で流すって…無神経すぎる。
あるいは確信犯なのか!?
ウェーブはウェーブじゃないのかな…。
俺が不謹慎厨なだけ?
らぶちばネット
東日本大震災復興支援活動 kizuna - 絆 - project
届けよう千葉の元気!! ~We 're all in the same boat!~
2011年3月11日に発生した、東北地方太平洋沖地震で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。今回の地震により被災された方々の支援や被災地の復興に役立ていただくため、東日本大震災復興支援活動 kizuna - 絆 - projectを設立いたしました。被災地の一日も早い復興を心より祈念するとともに、全力を挙げて支援してまいります。
せっかくいいことやっているのに、人を殺して、何人も死傷させてしまっては、一緒に活動していた仲間が不憫でならない。
車線変更に憤慨、前に回り込み停車…13人死傷
栃木県矢板市の東北自動車道で、走行車線に停車していた高速バスにトラックが追突し、13人が死傷した事故で、県警高速隊は8日、高速バスの前に回り込んで停車させた乗用車を運転していた千葉県四街道市旭ケ丘、イベント業菅井啓之容疑者(44)を自動車運転過失致死傷の疑いで逮捕した。
発表によると、菅井容疑者は7日午前1時半頃、矢板市石関の東北道で、車線変更しようとしたバスに憤慨し、バスの前に車を停止、後続のトラックを追突させた。トラックを運転していた山梨県南アルプス市、引っ越し業秋山慎一郎さん(31)を死亡させ、バスの乗客12人に軽傷を負わせた疑い。
菅井容疑者は宮城県内にボランティアに行く途中だったといい、調べに対し「前に割り込まれそうになって頭にきた」などと供述している。
物損については、ボランティア保険の対象になる(おそらく)けれども、ボランティア仲間としては、こんなことに申請して欲しくない。
しっかりと罪をあがなってきてほしい。
ブログはここ
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栃木県の東北自動車道で7日、高速バスにトラックが追突して13人が死傷した
事故で、バスの前を走っていた車が車線変更をめぐるトラブルに腹を立ててバス
の進路をふさぐように停止したことが事故の原因になったとして警察は車を運転
この事故は7日午前1時半ごろ、栃木県矢板市の東北自動車道の下り線で、東
京発青森行きの高速バスにトラックが追突し、トラックを運転していた31歳の会
社役員が死亡したほか、バスの乗客12人が軽いけがをしたものです。
警察は、当時、高速バスの前を走っていた乗用車がバスの進路をふさぐように
停止したため、バスが走行車線上に停止して運転手同士が口論となり、これが
原因でトラックが追突したとみて乗用車を運転していた男に事情を聞いていまし
た。
その結果、男が「車線変更をめぐるトラブルに腹を立て高速バスを止めようとし
た」と供述したことなどから8日夕方、自動車運転過失致死傷の容疑を適用して
逮捕されたのは千葉県四街道市のイベント業、菅井啓之容疑者(44)で、事故
の後、東日本大震災のボランティア活動で宮城県に向かい、宮城県内で逮捕さ
れたということです。
菅井容疑者は警察の調べに対し「事故の原因を作ったことは認めます」と供述
亡くなった秋山慎一郎さんがかわいそすぎる。
都知事にしても、府知事にしてもそうだけど、各自治体の知事ってのは言ってしまえば「妥協の産物」なんだわ。
そういう人らが当選する裏にはまともな人間がいないっていう背景がある。
彼は浅野史郎の県政を否定したし、宮城県民もそれを望んだんだわ。
ちなみに他の人間がどういうのがいるかってのはググればすぐ出てくる。ほんとウンコばっかりポポポポ~ン。
いや、はてダとかはてブとかTwitterとかいろいろで『村井のひどさはもっと知られてもいい』とか言ってるような人らはああいうウンコを信奉しているのかもしれない。思想的背景が読めないからどうとも言えないけどね。角度とか。俺はもともと村井が嫌いだったんだよ!な人なのかもしれないし。
少なくとも、これまでの宮城県知事は、浅野と村井以外はろくなのいないっすよマジで。で、浅野さえウンコレベルっすよ。村井は相変わらず好評なので、思想的に相容れないなら諦めてもいいんじゃないかと思うけど。村井は大阪生まれだし、今後宮城大阪の連帯とか割とあるんじゃないかな。財政難だけど。
特に都知事選とか、石原でさえまともに見えかねないほどのウンコ候補ばっかりだったじゃない。大阪府知事や他自治体なんて、言わずもがな。小池晃?得票数見なよ。
で、確か東京都民の見識も疑うし、大阪府民にも期待しないんですよねw
もちろん、他にまともな人間がいないけど、こいつらでもダメっていう考え方はアリだと思うよ。でもアンタ立候補してないんだからそこから選ぶしかないよね。え、そもそもそこの自治体とはご縁がありません?wwやだなあ、じゃあなんで口挟んでくるのさw
いや、ほんと、出されたメシに駄々こねるならお前が作れって言われてもしかない。チッうっせーな。
で、こういう人らに信を問えばと尋ねれば、スルーするんだよね。やあよ、やあよ。あ、笑えてきた。
まあ肩身狭そうだけど、せいぜいがんばってください。
まあそりゃ全部を説明しようとはしてないからね。ただまあ理由は非常に単純で
これに尽きるんじゃないかな。
あともしかすると元々、東北電力は社長の多くが東北大出身であるように地元出身の社員が多いだろうし、外からの批判を「ノイズ」として切り捨ててしまう閾値は少し高めだったかもしれない。
まあでも、東北電力がよかったというより東電がアホすぎたという方が正しいんじゃないかな。俺の知る限り東電(や関電)は本当に最低な社風みたいで、一緒に仕事したことがある人でよく言う人っていないよ。基本的に社員は机の上の書類書きしかできなくて、現場のことはメーカーが手取り足取りしてやらないとわからんくせに偉そうに言いまくってる、技術系でもそれなのに事務系はそれに輪を掛けてひどい、とね。今回の事故の経緯を見てればまんざら嘘でもないことがわかるよね。早い話、福島第一の所長はまともだと評価されてるけどそもそも事前の対応を怠ってたり作業員の労働環境を悪いままにしてたり、悪い面も目立つわけで、逆に言えば優秀な人でさえその辺に目がいかなくなるような土壌だってことでしょ。安全文化が根本的になってないんじゃないかな。
取り合えず http://amazon-wish-japan.appspot.com/ の中の人 @ssci に見てもらいたいんだが #shinsai がいいのか #sinsai がいいのか分からんが
どうせ送るならどんなとこか知っておきたいじゃん
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110322_09.htm ,万石浦中 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/5BXLP1NB7UMM ,【被災地】石巻市立万石浦中学校 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110326_01.htm ,南三陸町名足保育園 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/1OPP3MGEIQU0X ,【被災地】南三陸町名足保育園 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110326_02.htm ,石巻市門脇中 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/QD35JFVQXVNI ,【被災地】石巻市立門脇中学校 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110327_02.htm ,気仙沼市小泉中 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/1VQ4PCSBFCAC6 ,気仙沼市本吉町小泉中学校避難所 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110329_01.htm ,気仙沼市小原木中 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/YELIOP7AOFOA ,【被災地】宮城県気仙沼市唐桑町小原木中学校(避難所) http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110330_02.htm ,石巻市渡波小 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/25QFS6NSFVWY1 ,【被災地】石巻市渡波小学校本部 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110404_02.htm ,気仙沼市鹿折中 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/1CQ86HO3EY697 ,【被災地】気仙沼市鹿折中学校避難所 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110406_01.htm ,石巻中 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/F0N2EK8NRYGH ,【被災地】石巻市立石巻中学校 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110406_02.htm ,南三陸町馬場中山生活センター ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/HNXSWCBR8LZ0 ,【被災地】馬場中山生活センター http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110408_02.htm ,気仙沼市面瀬中 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/6PZP5GBSRT4J ,【被災地】気仙沼市立面瀬中学校体育館(避難所) http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110409_01.htm ,仙台市若林体育館 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/1D7SLTYCU3EPW ,【被災地】仙台市避難所 若林体育館 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110409_02.htm ,石巻市大街道小 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/IY0WR9IS48Z2 ,【被災地】石巻市立大街道小学校 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110413_01.htm ,仙台市宮城野体育館 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/1GVYRQ6QWEV6Q ,【被災地】仙台市避難所 宮城野体育館 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110415_01.htm ,登米市津山若者総合体育館 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/189G4QCZO7UVL ,【被災地】津山若者総合体育館(避難所) http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110501_01.htm ,名取市館腰小体育館 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/DYMK35XV5Q2E ,【被災地】名取市避難所館腰小学校 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110508_01.htm ,中井公民館 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/3U0HVLA31YV9U ,【被災地】気仙沼市中井公民館避難所 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1065/20110510_01.htm ,南三陸町ニュー泊崎荘 ,http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/M6TZHWDMXSOH ,【被災地】宮城県南三陸町歌津泊崎荘
字面合わせただけなんで自己責任でよろ
http://www.jiji.com/jc/v?p=ve_soc_jishin-higashinihon20110410j-09-w460
とりあえず、岩手宮城福島だけで計算するとして、約13万人。岩手県と宮城県と福島県の人口を合計すると大体600万人。つまり大体人口の2%くらいが避難したという計算になる。
対してスペインの被害状況。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-21056920110512
被災者は1万人。少ないように見えるが、スペインのロルカという地方はそもそも人口が9万人しかいない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ロルカ
この記事で触れられている地震予知ってのは短期予知のこと。プレート崩壊の前兆をとらえてどーこーって奴だが、まあ当たらんね。これは件の記事で先生が言ってる通り。ナマズをずっと監視していれば明日地震が来ることが分かるのかみたいな話。
プレート境界型の大地震が同じ場所である程度の周期をもって起こるということ自体は否定されてないよ。活断層は正直一杯ありすぎて把握しきれないが、プレート境界はいきなり降ってわいたりしないからね。後半の「またゲラー教授は論文で、東日本大震災で津波~」のくだりはこっちの話。周期性もプラマイ20%とか誤差があるから前もって逃げておくみたいな予知は出来ないけどな。1000年後に宮城でまだ地震が来てなかったら「あと400年以内にここ滅ぶよ」くらいは言える感じ。
プレート型でもサイレント地震やスロー地震もあって周期性を取りこぼしている地域も多いであろうし、今回の東日本大震災もノーマークに近い部分だったはず。
1000年以内に起こる可能性はまあ99.99%くらいかな。おうすげ、竹中算で単純計算すると30年以内に起こる可能性は限りなくゼロだな、もうずっと放置しようぜ。そういうことを言っていることになる。よく統計命な経済の教授とかやってられる……
東海地震は歴史的に100年~150年で周期的に起こるとされている。全部がはっきりと文書で記録が残っているのは室町時代以降だが早くて102年遅くて147年で起こっている。ところが前回の東海地震から既に157年も経ってるんだわ。30年以内にってのは要するに「190年も待ってくれるとは思えん……」ということであって、その30年のうちいつ起こる可能性が最も高いかと言われたら当然近々に起こる可能性の方が高いのよ。
もっと怖いのはM9の東北地方太平洋沖地震が東海地震に影響を与えていないかが分からないこと。調べようがないからね。
元々一般には遠距離の震源には影響しないというのが定説だった。東海・東南海・南海くらいの距離感ならしばしば同時発動したりそうでなくても2~3年くらいの間に立て続けに起こることは多いんだが、宮城くらい離れていれば大丈夫だろうと当初は考えていた。ところが実際に大震災後の1ヶ月ほどの間に遠隔地の地震が大量に発生し、そのうちの一つはプレート型ではないにしろまさしく静岡で起こっちゃった。富士山で起こった奴ね。てかよくよく考えるとここまで桁違いの大地震にとって近距離遠距離のどの程度よって話になるわけで、もし東海地震が誘発の射程範囲内に収まっていたりしたら3年以内に東海地震も誘発されることになる。最も危険だったのは震災直後の1ヶ月で静岡に来た断層型の地震の代わりに東海地震が来ていても本当におかしくなかった。
誘発のメカニズムはいまだに良く分かっていないので誘発するかもということ自体が杞憂の可能性ももちろんある。富士山の地震もたまたま偶然タイミングが近かっただけかもしれない。でももし誘発があるならこの先3年くらいは本当に危ない。俺が損保会社なら3年以内の東海地震発生率は20~30%を見込んで引き当てておくね。
「便りがないのは無事な証拠」っていう慣用句があるけど、現代においては逆の意味になるんじゃないかなーって思った。
僕は首都圏に住んでいるのだけど、東日本大震災が起こってすぐのテレビで地震と津波のニュースを見たときに仙台に住む知り合いがすごーく心配になった。すぐに連絡してその時は連絡付いたんだけど、しばらくしたら連絡取れなくなった。
結局その知り合いは無事だったのだけど、連絡がとれるまでの3日くらいは死んだと思ってた。無事を願ったりは殆どしなかった。
関東に住む僕の知り合いも何人か福島とか宮城とかに友人が居たみたいだけど、無事だって知ったときに"死んだと思ってた"みたいな事を言っていた。
精神的には、無事を信じて(願って)連絡を待つよりは、死んだものだと思って連絡を待ったほうがもしもの時の精神的ショックが多少減るというのはあると思うのだけど、それにしてもだなーって。
いつの時代から言われ始めた言葉かは知らないけども「便りがないのは無事な証拠」って言葉が出来た時代と比べると連絡手段が増えて、いつでも気軽に連絡取れるようになったと思う。
手紙とかしか無かった時は、ちょっとした連絡も凄い手間だったと思う。俺だったらよっぽど良いことか悪いことが無ければ連絡しなかったと思う。それでも多分親は元気にやってるんだろうなーって思うんじゃないかな。
いまだと、気になったらとりあえずメールして、返信して。
今まで即レスだったメールが半日でもあこうものなら不在着信とか未読メールがもっさり溜まってる、みたいなことになる人も居るんじゃないかな。
Yahoo知恵袋には、本吉病院長に対する地域の冷たい仕打ちがあったような記事が出てくる。
webには、そのようなものはなかなか出回らない。 とりあえず、ちょっとメモまで。
どうなのかな? 投稿者:一患者 投稿日:2007/02/20(Tue) 19:57 No.106
この頃、本吉病院に行くことに、ちょっと抵抗を感じるようになりました。誤診なのか知識不足なのか、適切な処置をされないで手遅れになるところだった人の話を聞きました。医者も生身の人間ですから、診誤ることもあるかもしれないけれども、私たち一般の人は医者を頼りに病院に行くわけですから、しっかり診察をしてほしいものです。
森町長がこの掲示板を見るかどうか分かりませんが、できたら、もっと医師に研修なり、勉強の機会を与えて、町民の命を預かるというのは、重責かもしれないけれども、でも、本吉町で唯一の病院ですので、高い機械を入れるばかりでなく、それを使いこなす人材や医師を育ててほしいと思います。赤字で大変でしょうが、一考お願いします。
直接、病院事務長や院長に話をすればいいのでしょうが……
あとは、勉強用に。
本吉町国民健康保険病院改革プラン(平成20年12月:本吉町国民健康保険病院)
本吉町国民健康保険病院は、昭和22年8月に旧津谷町国民健康保険組合の直営で一般病床24床の病院として開設された。
翌23年には、法改正により旧津谷町に移管され直営病院となった。
昭和30年3月の町村合併により本吉町国民健康保険病院となり、この年に新病棟が建設され、一般病床52床、伝染病病床12床を有する病院となった。
昭和34年当時の診療科目は、内科、外科、小児科、産婦人科を標榜しており、地域の中核的病院として住民の健康と福祉の増進に大きく貢献してきた。
しかし、その後人口減少などの理由により、病院は多額の累積赤字を抱えるようになったため、昭和47年に病院運営委員会を設置し累積赤字の解消に努めてきた。
その後も逐次規模の縮小が図られ、昭和61年には一般病床38床で、内科、小児科を標榜する現在の病院の規模となった。
昭和47年から取組んできた累積赤字の解消は、一般会計からの繰入金の増額等により平成6年に全て解消することが出来た。
その後は単年度の損失はあるものの繰越利益剰余金により累積赤字は発生していない。
本吉町内には、かつては数軒の医科医院が開業されていたが、医師の高齢化等により廃業し、平成15年以降は診療が行われておらず、本吉病院が町内唯一の一般病院として現在に至っている。
国の医療費抑制策による近年の診療報酬改定は、小規模な病院に与える影響が大きく本吉病院においても診療収入が減少している。
特に平成16年度の診療報酬改定により薬の長期投与が可能となり、患者の通院数が月2 回から月1 回になったため外来患者数が減少したことも診療収入減少の要因の一つとなっている。
現在本吉病院では、常勤医師2名により平日の診療に当たり、土日及び祝日等は東北大学病院より臨時医師を派遣いただき診療に当たっているが、患者数による必要医師数は常勤医師3名となっており、早急に常勤医師3名体制の確立を図る必要がある。・・・
本吉町国民健康保険病院は、一般病床が38床で、診療科目は内科、小児科を標榜しているが、現在は内科医師2名により、実質的には内科単科のみの医療提供を行っている。
外来患者数は、1日平均70~80名で年間約21,000人となっているが年々減少傾向にある。入院患者は1日平均35人で病床利用率は93%となっておりここ数年は横ばいとなっている。
外来、入院診療のほかに、件数は少ないが訪問診療や訪問看護・訪問リハビリ等も行っている。
本吉病院は、町内唯一の一般病院であることから、毎週日曜日は当番医として診療を行っているとともに、救急告示医療機関にはなっていないが、内科に係る初期救急については24時間受け入れを行っている。
また、町の健康福祉課が計画している乳幼児等の各種健診や予防接種のほか、町立の幼稚園・保育所、小学校、中学校の校医も受託している。
さらに、町内企業の産業医を受託しているとともに気仙沼地域産業センター主催の健康相談への協力も行っている。
以上のように、本吉病院が地域において果たしている役割は極めて大きく、本吉町の保健医療の推進を図る上で欠くことのできない重要な医療施設となっている。
本吉病院の正職員数は、医師2名、薬剤師1名、診療放射線技師1名、臨床検査技師1名、理学療法士2名、管理栄養士1名、看護師18名、事務職員5名の計31名、ほかに臨時職員が看護補助員9名を含めて21名で、合計52名となっている。
医師については、本吉病院の患者数による常勤医師必要数は3名で、1名不足となっていることから、当直等を含めた勤務時間が過剰になるなど医師の負担が重くなっており、早急に医師の確保を図る必要がある。
宮城県気仙沼市本吉町の市立本吉病院(38床)が苦境に立たされている。津波で1階が高さ1.7メートルまで浸水した被害に加え、2人の常勤医が辞職するなどして現場を離れたからだ。被災と「常勤医ゼロ」の異常事態が重なる医療現場で、看護師や派遣医師が「住民の身近な病院を守りたい」と奮闘を続けている。
押し寄せた津波に入院患者20人や職員は避難したが、1階の診療室やエックス線室、コンピューター断層撮影(CT)などの医療機器は水に漬かり、損壊した。
3月20日には院長(59)が辞表届けを提出。もう1人の常勤医の40代男性も体調を崩し、ともに現場を離れた。病院関係者は「停電、断水、薬不足の中、外来患者は普段の2~3倍に上り、昼夜働きづめだった。誰も責められない」と語る。
現在の医療活動は、徳洲会病院グループでつくる災害医療協力隊「TMAT」が担う。入院患者は岩手県立千厩病院(一関市)に移送し、24時間態勢で外来診療に当たる。
千葉県から5泊6日の日程でやってきた医師黒岩宙司さん(54)は「避難生活の長期化で風邪や不眠を訴える人が増えている。今こそ協力隊の力を発揮しなければならない」と力を込める。
病院職員は津波によって12人が自宅損壊、2人が家族を失った。自宅が津波で流された薬剤師長の遠藤博文さん(54)は「JR気仙沼線の復旧の見通しが立たず、遠距離通院はできない。ここを守るしかない」と、泊まり込みを続ける。
TMATの支援期間は1カ月程度の見通し。市は復興作業と医師確保という難題を背負った。
看護師長の佐々木美知子さん(44)は「人口1万1000の本吉地区住民にとって、病院はここしかない」と話す。
職務に追われ、2人の子どもと会えたのは震災1週間後だった。「住民の健康を守るため、病院存続のため、みんなで力を合わせたい」。言葉に強い覚悟がにじんだ。(高橋鉄男)
◎常勤医去り職員が結束/宮城県気仙沼市立本吉病院看護師長・佐々木美知子さん(44)
入院患者19人全員を岩手県の病院に移し、人心地ついた朝だった。
3月20日。気仙沼市立本吉病院。
男性院長(59)の姿が消えた。
震災から9日間、泊まり込みで診療を続けていた。部屋に辞職願があった。同じ日にもう1人の常勤医も体調を崩し、現場を離れた。
旧本吉町で唯一の病院は常勤医がいなくなった。
看護師ら31人の職員が残された。被災で派遣された外部の医療団の応援を受けている。4月上旬。
「おばあちゃん、眠れていますか」
2階の一室で外来の患者に話し掛ける。そばで派遣医師が心音を聴いている。
院長は地元が兵庫県で阪神大震災にも遭ったという。耐えられなくなったのだろう。
「責められないよね。私も逃げ出したいぐらいだもの」
津波で1階が水没した。医療機器が壊れ、カルテが流され、ガスと電気と水が止まった。
メモ用紙に「カルテ」と書き込み、急場しのぎの診療記録を作ることから始めた。
入院患者の足元で雑魚寝し、患者のタオルを借りて寒さをしのいだ。医薬品が足りない。患者によっては点滴を半分に減らさざるを得なかった。
病院は存続するのだろうか。常勤医の不在は職員を不安にさせた。
外来患者は1日200人前後。震災前の3倍に増えた。不眠や風邪を訴える。
「病院が地域の人に求められている。病院消滅の不安は消え、存続への使命感に変わった」
4月9、10の両日、地元の住民約100人がモップと雑巾を手にやって来た。自治会長(52)が常勤医不在を知り、「地域の力で病院を守ろう」と清掃を呼び掛けた。
1階の泥をぬぐい取る。職員も一緒に精を出す。
看護師長になって12年になる。2人いる管理職の1人として職員を束ねる。
「みんなと一緒に目の前の患者に向き合うことしかできない」
職員のうち、12人が家を流された。それでもほぼ休みなく働いてくれる。家族を失った看護師も現場復帰した。
家に帰ると、長男(8)と長女(5)に抱き付かれる。「うちはどうして休みがないの」と聞かれる。ほとんど一緒にいられない。夫(42)も市の水道職員で忙しい。
医療団はいずれ去る。
「それまでに常勤の医師を確保し、以前の運営に戻れるかどうか分からない。でも、職員と地域の人は命の拠点を残したいと頑張っている」
心の中でわが子に言い聞かす。
もう少し待って。いい未来を残すから。(高橋鉄男)
東日本大震災の津波で1階が水没した宮城県気仙沼市の市立本吉病院(38床)は、大半の医療機器が流されたうえ、院長ら2人いた常勤医が病院を去るなど苦難に直面した。だが、残った看護師や職員は県外から派遣された医師とともに「被災して苦しんでいる人をわれわれが見捨てるわけにはいかない」と奮闘を続けている。【村松洋、堀江拓哉】
3月11日、2階建ての病院は大きな揺れで停電した。非常用発電機でひと息ついたのもつかの間、約35分後には津波が襲った。1階が水没したが、入院患者19人と看護師長の佐々木美知子さん(44)ら看護師、職員約20人は2階に避難して無事だった。医薬品や布団、非常用食料は2階の一室に運び込んだ。
夜には自治会から発電機を借りて、心電図などの機器をモニターした。それでも院内は真っ暗で、懐中電灯で看護を続け、患者にはレトルト食品など非常食を食べてもらった。
来院者は増えた。不眠やストレスで息苦しさを訴える被災者が多く、通常の約4倍の270人が来院する日もあった。佐々木さんは10日間、自宅にも帰らずに看護を続けた。
17日には県外から3人の医師が応援に入り、19日には入院患者の転院を終えた。だが翌日、院長(59)の姿はなかった。机上に「一身上の都合」を理由にした辞職願があった。
院長は阪神大震災で被災し、東日本大震災では津波にのまれ、病院の燃料タンクにつかまって助かった。管理課長の鈴木幸志さん(59)は「2度も被災され、院長の家族も心配していた。去ったことをとがめるわけにはいかない」と話す。体調を崩したもう一人の常勤医も病院を去った。
残った看護師や職員たちも被災者で、計29人中12人が津波で家を流された。夫や親族を亡くした看護師もいるが、全員がほとんど休まずに勤務を続ける。
4月9、10日には地区の住民ら約100人が1階の汚泥の掃き出しなど掃除をしてくれた。地震から1カ月の11日、1階での診療を再開した。
応援の医師はいずれ県外に戻る。病院は今、市や医師会を通じ、新たな常勤医を求めている。佐々木さんは、常勤医不在で病院の将来を心配しながらもこう話す。「家を流され、私たちより困っている人が大勢いる。そんな人たちを診てあげられるのは私たちしかいない。今できることを毎日続けるだけです」
宮城県気仙沼市本吉地区で唯一の医療機関、市立本吉病院では、震災後に男性医師と院長が相次いで休職・辞職し、残された看護師たちが応援の医師と休まず働き続けている。
「大丈夫? 痛くないかな」。白衣の代わりに白いエプロンをまとう看護師長の佐々木美知子さん(44)が高齢の女性から採血し、優しく語りかけた。
1階天井近くまで達した津波は白衣も医療機器も流した。人口1万1千人の本吉地区から市中央部への道は断絶。佐々木さんらは、薬を求めたり体調不良を訴える市民の応対に追われた。院長(59)は1日に最大で270人の患者を診察した。
応援の医療チームが到着した14日から、50代の男性医師が休職。20日には院長が姿を消した。院長室の荷物にまぎれて辞表が見つかった。「院長がああいう辞め方をしたことを責められない」と佐々木さん。「看護師だけになってもやるしかないと覚悟した」
応援チームは小児科や外科の医師もいて、24時間体制で患者を診られる。皮肉にも、内科だけだった震災前より多くの市民を診察できるようになった。5月までは医師2人のチームが交代で来てくれる。ただ、地元の主治医と呼べる医者がいずれ必要となる。
「ここが地域の中心になって、福祉や介護、生活すべてを守りたい」。佐々木さんは同僚の看護師と肩を寄せ、笑いあう。「早く新しい先生に来てもらえるよう、私たちが頑張らなくちゃ」 (柚木まり)
今私は首都圏に住んでいる。
幸運なことにどちらの家も海からはかなり遠い。地震の揺れにも何とか耐えた。家族も無事だった。
家族や自分のこれからの生活に関しては不安は大きいものの、何とか踏ん張ろうと思っている。
その人たちは明るく振舞って毎日を過ごしている。自分達の方が状況が深刻にもかかわらず、
私も2人に何か言って少しでも気が楽になるよう励まそうと思った。
でも、何も言えなかった。2人に、「家族は大丈夫」という報告しかできなかった。
原発の恐怖におびえているわけでもない。放射能の風評被害や差別もそれほど影響は無い。
被災地の方に関心が行くから、パニックになってしまうほど「不安」に追い詰められる首都圏の人の苦しみも分からなかった。
家族に襲い掛かる地震の恐怖や、それなりの不安はあるがそれでも私はおおむね幸せに過ごしていて、
だからこそ何かしたいと思ったとき、実際私は誰の心にも寄り添うことすら出来ないのだと思い知った。
http://anond.hatelabo.jp/20110331142556
http://anond.hatelabo.jp/20110331143331
http://anond.hatelabo.jp/20110401162333
福島原発の作業に行った友人ですが、新たに4/7に情報提供がありましたので報告します。
「元請け会社から、賃金の支払いは実働作業時間だけ払う」と話があったようです。
そこの仕事をこれまでよく受注した付き合いと今後も考えもあり受けました。
後からその話があったそうで、会社の役員と相談したところ役員は
「今から賃金を払わなかったら、それこそ社員からの信用が無くなり、
友人はでも賃金の支払日はまだなので、金額がいくらになるか分からないと話していました。
原発作業の実働作業時間は、だいたい6時間です。理由は線量が多く長時間連続作業が出来ないためです。
しかし、作業員は夜間でも緊急作業の指示があることから免震重要棟に強制的に宿泊していました。
現在は、半分だけ免震重要棟に宿泊になっていて、半分は宿舎からの通勤になっています。
いずれ、問題なのは東電かゼネコンが賃金支払いを渋りはじめたことです。
当たり前ですが、結婚したばかりの人とか、子供への放射線の影響を気にして行かない人もいます。
一方で今まで会社同士の付き合いで断れなかった建設会社や、事態収拾後も仕事を続けたいと考えて
会社に頼まれたら断れない友人たち。
でも1回目は家族に言えなくて「宮城の現場に行く」としか話せなかったと言っていました。
理由は「何であなたが行かなきゃ無いの」との声に対して説明が出来ないとのことでした。
この作業に従事することを家族に伝え説得するのは難しい現実があると思います。
理由は、作業時間が短いので作業をどんどん進めるには、
段取りの出来る代理人、一人で何役も出来るオペレーターは必須です。
そうすると、当然そういう人は賃金もそれなりの水準になりますが、
一刻を争う現場の状況を考えると、少しでも多くの優秀な人材が必要とされています。
そんな状況に対して「賃金を払わない」この姿勢はあんまりです。
東電?ゼネコン?は、金がないといってケチっている場合じゃないと思います。
東電の社長は役に立っているかどうかしりませんが賃金は出ています。
原発の復旧作業員の経費まで圧縮しようとしているんでしょうか。。。