はてなキーワード: 絶滅とは
「出産を肯定」とか言ってる時点で俺の返答を捻じ曲げてるじゃん。
カブレラは「出産に際して子供の同意を得ていない」ことを重視している。
アケルマは「生まれてもヤなことの方が多いから正当化できないよ」と言っているだけに思える。
「人類は絶滅すべき」と「子供は出産を望んでいないかもしれない」と「出産は控えるべき」と「全人類の出産を止めるべき」は同じ「出生の否定」でも内容が違うだろう。
俺はそういう話をしている。
出産に正当性がないというだけなら「出産のあと親は子供に補償すべき」という弁護も可能だし、たとえば「出産はやむをえないが子供が望むなら安楽死を許可すべき」という理屈も可能だ。
当然ながら、「信仰者は子供を産むべきではない」や「満足に子供を育てられる見込みがないなら産むべきではない」など範囲や条件を絞る人たちもいるだろう。
生は苦しい、出産は罪だ、という主張から、「全人類の出産を止めなければ反出生主義を実現したとは言えない」という結論を導出するのは明らかに飛躍で、そういう飛躍しすぎた論理展開のことを「極論」と言うんだよ。
Wikipediaだけでも見ればいいじゃん。
たとえば、仏教の四諦、マニ教、キリスト教マルキオン派、キリスト教禁欲派、キリスト教ボゴミル派、キリスト教カタリ派あたりが挙げられていて、これらの教義は少しずつ違う。
ショーペンハウアーやベネター、カブレラ、アケルマ、ザッフェ、その他諸々の主張もそれぞれ異なる。
すなわち、
出産を控えるべきなのか?
出産を完全にやめるべきなのか?
当然ながら「全人類が出産しないこと=反出生主義」は共通理解ではないということになる。
「出産は罪だが現実的に生まれてくるのは仕方がないので神に救済してもらおう」から