はてなキーワード: 生活費とは
ホッテントリ「ホームレスだけど、失業保険も生活保護もサギだと確信した」http://blog.livedoor.jp/roadtoreality/archives/51595839.htmlの※欄やブクマコメに「共産党に行け」というアドバイスが目立つ。一方で「共産党が何をしてくれる?」という疑問や批判のコメもある。実は今から10年ほど前、俺の人生で最もキツかった時期に、一番助けてくれたのが共産党だった。ただし俺の場合、元エントリ主とは事情が違いすぎるので、直接比較はできない。だが具体的な情報はあったほうがいいと思うので、書いておく。ヘタレなんで増田にさせてもらう。
俺は今、個人事業主をしている。その前に二度、サラリーマンの経験がある。元は技術屋だ。最初に勤めた会社はメーカだったが、そこの経営がおかしくなって、転職した。
二度目の会社は、素人相手にワープロや表計算ソフトを教えるパソコンスクールだった。技術屋崩れの俺には、そんなことしかできなかった。
だがそこは、最初の会社以上に酷いところだった。悪徳スクールだったのだ。外交員が繁華街を歩いている若いカモを捕まえて、5時間でも6時間でも軟禁し、100万近い授業料をローンで契約させるまで帰さないという手口だ。
転職した当初はそんなことはつゆ知らなかったが、実態を知るにつれてショックを受けた。こんなところに長居をすれば、必ず破滅が待っていると思った。
事実、ほどなくして特定商取引法が何度か改正され、悪徳スクールはあっという間に世間から姿を消すが、それは別の話だから省略する。
二度目の会社を退職するときも、少なからず嫌な目にあったが、それも別の話なので省略する。
起業しようと思った。サラリーマンはもうごめんだと思った。あてがないわけではない。パソコンスクールだったらノウハウを丸ごとパクっている。あれなら個人でもできる。なにも100万などという法外な授業料を取らなくても、個人事業主として生活していけるだけの収入があればいいのだ。
しかし、事業というのはどうやって始めればいいのか?何から手をつければいいのか?当時の俺は何も知らなかった。
思いつくことは何でもやった。
以前に通っていた英会話スクールの経営者に、相談に行ったことがある。一度目は「双方のメリットになればいいですけどね」と協力をほのめかすようなことを言ってくれた。二度目に言ったときには、露骨にうざがられた。こりゃだめだと思った。
親切な声をかけてくれた知り合いの50代のおばさんの家に押しかけたこともある。公営住宅だった。当然、何をしてくれるというわけでもなかった。善人というのは罪深いものだと思った。トマトジュースをごちそうになって、帰った。
通りすがりの学習塾に、飛び込みで入って「パソコンスクールを始めたいと考えています。授業が空いている時間に場所を貸してくれませんか?」と頼んだこともある。「空き時間はありません」と、きっぱりと断られた。
そんな俺に手を差し伸べてくれたのが、当時、駅前の繁華街に店を構えていた、共産党系の書籍を扱う書店だった。
そこは店舗の他に10坪ほどの小さなスペースを持っていて、そこでビデオ上映会をやったり美術の展示会をしたりしていた。その場所を貸してくれるというのだ。
貸してくれたのはスペースだけではない。パソコンはレンタルで揃えるつもりだった。ところが個人では、1台は貸してくれても複数台は貸してくれない。
幸いその書店は有限会社の法人格を持っていた。オーナーさんに無理を言って、名義を貸してもらった。なんでも後で話を聞くと、登記簿を持って東京にあるレンタル会社の本社まで電車で行ってくれたそうだ。
さらに赤旗の日刊紙と日曜版にチラシを入れてもらった。
たまに出入りする程度の、顔見知りというだけの俺に、そこまでしてくれたのだ。
時あたかもITバブル真っ盛り。スタート早々、10台借りたパソコンは連日フル回転となった。これ以上ないという好スタートを切ることができた。
だが何となく「こんなことは長く続くはずはない」という予感がした。俺の人生で、うまく行くことが長続きしたためしはない。
程なく、当時の森首相の提唱によるIT講習会というのがスタートした。自治体主催の無料パソコン教室である。
当時の政府は、口先では「官業による民業圧迫にはならない」とか言っていたが、現実にはうちのパソコン教室の売上は、一気にゼロ近くにまで落ちた。当時パソコン教室最大手だったアビバは、会社更生法適用を申請している。
しかし俺は、なんとかサバイバルできた。好調な間にも、打てる手はなんでも打った。その中には「2ちゃんねる本の出版」なんてのも含まれている。売れなかったけど。俺が今こうして生き残っていられるのも、そうして打った手の一つが当たったからだ。しかし現時点では、それを書くことはできない。個人の特定につながるからだ。
俺が最初にスタートさせたパソコン教室は、もうない。それどころか書店そのものが、今では駅前から姿を消してしまっている。だが俺が生きている限り、共産党以外の政党を支持するつもりはないし、共産党の立候補者がいない選挙でも、自民党だけには未来永劫投票しない。
しんぶん赤旗の購読も続けている。毎日のように共産党が失業者やホームレスを支援する記事が載っている。元エントリのブコメに「共産党が金貸してくれるとでも?」というのがあった。くれるよ!当面の生活費の貸し出しなど日常茶飯事だ。
俺は仕事で欧米に移り住むことになって4年目、妻とは昨年結婚してから来てもらった。
共に30代を回ったばかりなのだけど、妻が最近子供を早く作りたがっている。
もしも日本で「正社員」のポジションをもらってれば、たしかに今頃既に子作りに励んでいたかもしれない。
あるいは、今この場所にあと2年残ることになってれば、やはり積極的にここで作ってたと思う。
というのも、こちらのほうがきちんとした大学病院を使えるので。
でも任期の関係で来年夏にはここを去ってどこか(日本かわからない)に行かないといけない。
タイミング的には昨年の秋に作れば間に合ったのだけど、そのときには妻はこちらの言葉に自信がないからとそのプランは拒否したのだった。
でも周りを見ると、日本の企業からの出向で来た人なんかは言葉ができてなくても(実際、通訳も出産時には付くらしい)ぽんぽん作ってる。出向である程度余裕が出来るから。(あるいは俺よりももっと半端なキャリアの腰掛の人=PDでも、つい作ってしまう人が多い。)
また「奥さん」コミュニティーだと子持ちが多数で、「おたくはいつ?」みたいな無神経な会話も多いので(それを現地人にやるとハラスメントなのに)、余計に妻は子作りのプレッシャーを受けているらしい。
で、他方で自分自身はいわゆる「修行」というか研修の身みたいなもので、来年度以降の「正社員」としての雇用が定まってない。経歴としてはなんかにはなるし、妻もそう思ってるのだけど、具体的に決まってるのでないから、万が一のことを考えると子供なんか今は養えない。この1年が就職活動の正念場なので、そこを待ってほしい。
というか、そもそも受精をする気が出て来ない。結婚前に日本に帰国したときなんかは、長距離のフライトから戻ってシャワーも浴びずに玄関先で乳くり合っていたものだけど、今は勃起も義務感のせいで尚更完全ではない。よっぽどネットでエロ動画見たほうがいい。本当は妻がそれなりにそそる格好をしてくれれば十分に立つのだけど、彼女も(子供作りたいとかいうくせに)結婚後はだらけたTシャツ・パジャマで動物的(といっても野性的に興奮するのでなく、単なる交配)にしかセックスしない。
そもそも俺との子を作りたいなんてことじゃなくて、私ももう年だから子供を作るなら今作らないと(って言う割りに子供が大好きっていう言動もない)としか言わないから、俺は単なる種馬かと思ってしまう。実際、最近は精子を冷凍保存して、就職活動中に彼女だけ実家に戻って受精するからなんてことを言う。
ほんと種馬でしかなくて、こっちが就職決まった後に、子供と共に実家に引きかえって生活費だけぶんだくろうという気かと邪推してしまえもする。
いまのところ順風満帆な人生に満足していたが
高校以来彼女がいないことを思い出し焦り始めた。
でも大人になるってのは嫌なことだ。嫌でも将来のことを考えてしまう。
しかも「結婚後に自分が生活費を全部稼ぐのか」と考えたらほぼ気持ちが冷める。
結婚は損得じゃないなんてよく言えるもんだ。すげえよ。
それに対して大学の同期たちはなんといい男が揃っていることよ。
もういっそこいつらと結婚したい。共働きで優雅に楽しく暮らしたい。
俺は決めた。俺は風俗王になる。
ほぼ愚痴。垂れ流してみる。
人生最大の買い物は住宅だと思ってたけど、本当に一番高い買い物は「家族」だったということに気づいた。奥さんと子ども。食費、生活費、光熱費、その他もろもろ・・・結婚して10年でいったいどれだけの金をつぎ込んだことになるだろうか。数千万? 定年まで・・・いや死ぬまでに家族に費やすお金っていったいどれだけになるんだろう。
住宅だって、土地付き一戸建てを勢いで買ってしまったけど、独り身だったらこんな大きな物件はいらなかった。賃貸ワンルームでもいいくらい。車だって何台もいらないし、レジャーや旅行の費用だって少なくすんだ。ひとりだから飲みとかで遊びに出ることも多くなったかもしれないけど、それでも日々の生活費に比べたら微々たるものだ。子どもに費やすお金もバカにならない。義務教育とかいったってけっこうお金がかかる。もし将来、大学とか私立の高校に行きたいなんて言い出したらまたお金がいる。っていうか、いまの収支の状況ではそのお金を捻出できないことは確実だ。
何かを買うときでも、自分ひとりの好みでは買えない。特に子どもが生まれてからは子ども優先の生活になった。パソコンやテレビだって欲しい欲しいといいつつ何年も我慢している。お金がたまらないから、将来的に買えるときが来るとも思えない。家族を得ることで失ったのは「お金」だが、それ以上に「自由」というものを失っているような気がする。
もちろん、家族がいることの精神的なメリットは多大にある。あるにはあるが、逆に家族がいることに対するプレッシャーも大きい。会社が潰れたらどうしよう、仕事がしんどくてもやめられない、そもそもお金なんてどうやって稼げばいいかわからない。そんな自分に家族全ての生活が、人生がかかっている。望む教育、望む生活、望む遊び、それを子どもに与えてあげられないことに対する後ろめたさ。妻に楽をさせてあげられない心苦しさ。そして自分が自由に生きられない息苦しさ。家族さえ構成していなければ、それらの皆の苦悩など存在しなかったのではないか。そんな気さえする。
でも、家族がいなかったら自分はひょっとしたら、ある程度お金をためて会社をやめて引きこもってゲームばかりしている人間になっていたかもしれない。そのくらい、仕事に対して思い入れがない。人生に対してヤル気がない。欲しいものといっても娯楽や遊びのものでしかない。生産的なことはなにひとつやろうという気がおきない。つくづくダメ人間だ。
けっきょく、「家族のいない自由」とは持っていないものへの幻想で、もし仮に家族を失ったらそれがきっと今望んでいる「自由」とやらの何倍も、何十倍も大切で必要なものだったと気づくのだろう。家族があるからこそ、かろうじて社会的な存在としての自分を保っていられるのかもしれない。家族がいなければお金がたまるどころか、人間としてまともに生きていくことさえできていないかもしれない。自分はそれほどの腑抜けなのではないかという気もする。
でも案外だらだら仕事続けて、友達も少ないので適当に小銭がたまって、悠々自適な生活をしてたんじゃないか、という気もする。現実ではないことは想像するしかない。都合のよい想像と、最悪の想像の間を行ったり来たりしている。
とにかく・・・お金がない。それが不安であり、不満だ。老後の貯金などまったくできていない。子どもの貯金もせいぜい公立の高校に行かせてあげるくらいしか計画できていない。この子たちが大きくなるまで、高校の授業料無償化が続いていれば少しは余裕もできるかもしれないが、それでもしかし私立大学とか無理。急な事故や病気でお金がかかったら、それだけで家計が破綻する。そうでなくても老後は確実に飢え死ぬ。仕事がなくなればローンが払えなくなって家を売り払わなければならない。行き場もなくした家族はどこで生きていけばいいんだろう。そんな綱渡りな今日この頃。プレッシャーで押しつぶされそうだ。みんな、こういう重圧をどう処理してるんだろうか。それともみんなはもっときちんと稼いで貯蓄とかしてるんだろうか・・・。
そしてけっきょく、家族さえいなければこんな重圧はなかったのに、なんて都合のいいことを考えてしまう。家族がいないと生きていけないくせに。われながら最低だなぁ。
コメントありがとうございます。一部修正しました。
なんとかはなりますよね。建設的な心配をしながらやっていこうと思います。
ちなみにわかりやすい比較例は、東京で大企業勤務で核家族か、地元で中小企業で働いて子育てとかで親類にサポートしてもらうか、です。
***
来年から東京で就職することが決まった、学生最後のお盆。実家に帰って考えたこと。
この時代、地方(北陸の片田舎)には仕事が無い。いや無くはないが、大学院まで出てやる仕事は非常に少ない。
なにしろ2ch上の地元就職偏差値なるものを見ると1位が県庁なのだ。県庁は大事な仕事ではあるが、あんな閉鎖的・官僚的な仕事は先がない。もちろん就職に関して偏差値などという概念は重要じゃないだろう、見栄でしかない。ただ、見栄というのを否定する人が多いけれど大事なものである、ぼくは人並みに見栄っ張りだ。ほかにも中小の優れた技術を持つメーカーがあっても、大手メーカーの下請けであったりと、鶏口というよりはむしろ牛後に近い。さらに景気も悪い。自分で仕事をできるだけの度胸も能力も資金もない、市場も限られている。
というわけで大半の人間は勤務地が東京か大阪に本社がある会社に就職する。
昨今の就職難を見ていると内定がもらえるというのはとてもありがたいことで、一部の人間を除いて選ぶ余地も少ないし文句を言う筋合いはない。
この時世、大企業でも終身雇用の安定など望めないが、スキルや経験を身につけ、当面食べていくためには大企業はそこそこの選択だと思う。ここは異論がたくさんあると思うが、本稿の趣旨と違うので省略。
さて、東京で就職するとどうなるか、エンジニアの薄給と、東京での高い生活費、教育費により、子育てをするなら共働きが必須だ。転勤については覚悟しているけど、フクザツになるので本稿では踏み込まない。また子育てをしないならば専業主婦を養う意味は薄い。恋愛でいいじゃん。もうひとつ終身雇用が望めない現在、リスクヘッジとしての共働きは重要だとも思っている。
類は友を呼ぶ、という経験則により、僕はおそらく東京生まれ東京育ちの洗練された女性とは結婚できないだろう。印象でしかないが、怖い。引け目を感じる。もし、万が一結婚できるとしたら地方出身の子な気がする。できれば同郷だといいな、とは思うがさして重要ではない。
仮に地元以外が同じ条件の女性がいたら同郷を選ぶというていどの意味。むしろ同郷という縁は話のきっかけになりやすく、つながりやすい、というのはあるだろう。
一度、整理してみる。
ここまでの論理は恣意的なものも多いが、これを一つの前提として扱っていただければ幸いである。
ここで、親戚や地域のコミュニティと無縁の東京で、果たして共働き子育てが可能なのか、という問題が浮かび上がる。
保育園の入園待ち、子どもの世話、特に急病時の対応、急な残業、出張などさまざまな問題がある。そして、聞くところによるとどうやら日本の企業の多くはこうした対応のために職場にフルタイムでいられないことを好ましく思っていないようだ。
私の両親も共働きであり、手間をかけさせた。しかし、たいていの場合は保育園、土日に仕事が入っているときは1kmほど離れたところに住んでいた祖母が預かってくれた。友人宅でご飯をいただくこともあった。血縁・地縁のコミュニティニ育てられたと言ってもいいだろう。
こうした支援を得られずに、共働き核家族で子育てできるのだろうか。見知らぬ街で頼れる人もいず、やっていけるのだろうか。最近は育児支援の草の根NPOや地域の互助コミュニティなども生まれているようだが、いかんせん規模が小さい。
国や企業の問題と言うより日本の文化の問題だと思う。まあ、文句を言うのはたやすいけれど、文化を変えたり、あらがうことはとても難しい。
このままでは子育てや将来に大きな不安を抱えたまま社会人になることになる。社会に出れば視野も広がり解決策も見えてくるかも知れないが、当面の不安を解消したい。
実際にこのような状況に直面している方はどうしているのだろうか。
もしなにか経験談やアイデアがあればぜひシェアして欲しい。そう思って初めて増田に生意気な文章を書いてみた(取らぬ狸の皮算用であり非リアの妄想なのだと思うけれど・・・)。
俺の高校の学費のために姉ちゃんは毎朝3時に起きて新聞配達してくれた。
本人は「私の食費稼いでるだけ」て言ってたけど、俺が高校いかなきゃ姉ちゃんのご飯代なんて当たり前にあるわけで。
俺が勝ち組大企業に入って恩返しするからて旧帝大はいったときも学費のためにソープでバンスしてくれた。
しかも氷河期で就活失敗してニートになってからも俺の生活費のためにパパを3人くらい掛け持ちしてくれて、「私はセックスが好きだからいいの」とかいって、毎日毎日おっさんたちにネチっこく弄られて。
負担かけてばかりじゃ悪いと思ってサラ金から借りて毎週コツコツパチスロやら競馬やるようになったけど、
どんどん借金が膨らんで毎日怖いおっさんから「心臓売れや」言われて欝になったときも
「ねーちゃんの心臓なくなるの?」とか言ったら
「まだここにあるよ」っておっぱいさわらせてくれたし
http://masuda.livedoor.biz/archives/51358450.html
前に書き忘れたことを、まず。
半年から一年くらいの手取り推移を見返して、だいたいの最低額を把握しておく。人によると思うけど、私は忙しさによって残業代で手取りが1,2割ちがってくるのでいちばん少ない月(たとえば16万)をみて計画を立てた。
残業が多い月は多く残る。あればあっただけ使ってしまう人にお勧めな方法なのです。
で、続きというか、前に書いたところから変わったことを書く。
新生銀行でも無料だが、ATMが限られる。いっぽうでメガバンクならコンビニ(ローソンファミマセブン)どこでもおろせる。みずほ銀行ならば、24時間手数料無料。
ただし条件がある。
後者条件は公共料金支払いに使えばクリアできますね。まあ条件としては結構ゆるいです。東京三菱UFJや三井住友に比べれば相当ゆるい。
前に住信SBIネット銀行の自動振込み機能のことを書きました。楽天(旧イーバンク)銀行でも同様の機能があることも紹介しています。この二つの銀行を使うと、他行への自動振込みが月に6回まで無料になります。
そして、この自動振込みを使って、生活費を3回に分けて補充します。
三回にわかれていれば、給料日直前の金欠を避けることが出来ます。
(逆に金欠が月3回になるかな、わたしはなってないけど)
収支表
日付 | 内容 | 収支 | 移動額 | 振込み | 楽天銀行 | 住信SBI残高 | みずほ残高 | スルガ残高 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
25日 | 給与 | 160,000 | 0 | 160,000 | 0 | 0 | 0 | |
26日 | 家賃振込み | -50,000 | 0 | 楽天1回目 | 110,000 | 0 | 0 | 0 |
27日 | クレジット支払 | -20,000 | 0 | 90,000 | 0 | 0 | 0 | |
1日 | 生活費移動 | 0 | 72,000 | 楽天2回目 | 18,000 | 72,000 | 0 | 0 |
VISAデビット費 | 0 | 8,000 | 楽天3回目 | 10,000 | 72,000 | 0 | 8,000 | |
4日 | 生活費上旬 | 0 | 24,000 | SBI1回目 | 10,000 | 48,000 | 24,000 | 8,000 |
生活上旬 | -24,000 | 0 | 10,000 | 48,000 | 0 | 8,000 | ||
14日 | 生活費中旬 | 0 | 24,000 | SBI2回目 | 10,000 | 24,000 | 24,000 | 8,000 |
生活中旬 | -24,000 | 0 | 10,000 | 24,000 | 0 | 8,000 | ||
24日 | 生活費下旬 | 0 | 24,000 | SBI3回目 | 10,000 | 0 | 24,000 | 8,000 |
生活下旬 | -18,000 | 0 | 10,000 | 0 | 0 | 8,000 | ||
例:楽天で散在 | -8,000 | 0 | 10,000 | 0 | 0 | 0 |
結果、楽天銀行に一万円残ります。もちろん残業代が多かった月にはもっと残ります。
ちなみにもうちょっと書くと、住信SBIネット銀行は、SBI株をもっていれば月10回まで振り込み無料。
ついでに増田に吐いてみる。ここらしか吐く場所無いんだよな。ごめんなさい。
本気で胸糞悪い話だよ。なので以下は全部ウソとする。ぜーんぶ、ウソ。
私はもう最低中の最低なカス女でね。さっさと日本でも安楽死合法化を希望するような屑でね。
そんな私もついに今日が誕生日。21歳。職業キャバ嬢。兼、同人作家。
うちの母様は何と言うか、異常な人でね。娘に対する愛着が。
美的感覚も狂ってて、お陰さまで高校までの自分の格好はそりゃもう、酷かった。
おしゃれ?何ソレ。高校まで母親に髪の毛切って貰ってたよ。キッチンバサミで。
化粧もダメ(そもそも母親が化粧しない)服は母親のお手製(そろそろ還暦のババァのセンスときたら!)とりあえず全部ダメダメダメ。
髪の毛はゴワゴワ(しかも無意識にひっこ抜くもんだからハゲてる!)肌は毛穴でクレーター、しかも一ヶ月くらい風呂入らない。
本当に色々厳しくて、何もさせて貰えなかった。ただただ毎日「お前は天才」「お前は可愛い」と言われ続けてきた。
確かに成績は何故か良くて、県統一模試だと10位以内。とりあえず変な子だった。
ぶっちゃけ、親を殺したかった。母親が殺したいほど憎かった。というか、何度か殺しかけた。
引きこもって絵だけ描いて、2chやりまくって、ネトゲしまくって、痛いサイト作って親への罵詈雑言を書いてた。
高校じゃ全然周囲に馴染めなかった。JKだもの。リアルJK。可愛い子達ばかり。そりゃ浮くよね。
皆が楽しそうにしてるのが心底うっとおしくて、担任に「あいつらが騒いで授業に集中出来ない」とクレーム入れまくった。
私より頭が悪いくせに。民度が低い。うっとうしい。殺してやりたい。
驚いた事に、それを聞いても母親は変わらなかった。「お前は天才」「お前は可愛い」…このキモピザのどこがだよ。
気が狂ってると言われてたけど、私に言わせりゃあ、狂ってたのは母親だね。
大学に進学して、やっと親の元から離れて一人暮らしを始めた。1年で20キロ痩せた。
オシャレなんかも思う存分やりまくった。痩せてみると意外と楽しい。
サイトを立ち上げて同人活動を始めた。最初はグッズ、その次にオフセ。
絵は幸い上手い部類らしく(自分に言わせれば本当にまだまだ未熟だけど)、すぐに知名度も上がった。
頑張ってメイクの勉強もした。街中でナンパされるようになった。物凄く嬉しかった。
調子に乗ってたら街中でレイプされた。すげー。街中でだよ。ありえねえ。と思いつつ普通にボケーッとしてた。
処女膜は自分で破ったしね。中学生の時に。特に痛くもなかった。でも、何か勝った気がした。
終わった後で気づいたら、足がえらくガクガクでフラついてるのに気づいた。何やってんだろうなあと思った。
何に勝ったんだと自分でも突っ込みたい。ブスのトラウマって怖いね。
その後、趣味でやってた同人がそこそこ売れ出して、コミケも余裕でいけるようになってきた。当時19歳。
思い切って大学を中退して、上京した。大学は美大だったけど、もう行ってなかった。
同級生の子達は芸術に対して本当に真剣で、真面目ないい子達だった。私なんぞが居たら浮きまくる。
東京に行って書店でバイトしてたら学生さんと知り合った。告白されたので付き合った。
1年後には同棲してた。私には勿体無い、というよりも明らかに似合わない、誠実で優しい学生さん。
今も続いているけど、いつ捨てられるんだろうなあ?と、毎日思っている。
むしろ捨てて欲しいな、早く。クソ生意気にも泣くだろうけど。私。
この頃は同人を少し休んでて、金が無かった。家賃高いし、生活費かかるしだった。
ので、キャバ嬢になった。ただのキャバ嬢でない。セクキャバ。正真正銘手足ガクブル。
だってほら、キャバ嬢ですから周囲。きらきらした可愛い女の子達。一番苦手な相手。
でも話してみたら凄くいい子も居た。頑張ってる子も居た。もちろん、性格悪い子も沢山居たけど。
何人経験した?って話になって、正直に言ったら物凄く笑われた。
笑った子の経験人数を聞いたら300人越えてた。マジかよwww……うん、マジだった。ここはこわいところです。
時給は3000円くらい。安いとは思うけど、私にしてみりゃ破格だった。
幸いお客も結構付いてくれるようになった。けど、ドリンクを頼むのだけは最後までスムーズに出来なかった。
そりゃ根がひきこもりだから仕方ない。コミュニケーションなんて死んでしまう。
色々な客が居た。同伴出勤したら回り道されてラブホに連れ込まれかけたりとか。
障害もちのお客さんが来て、話してたら凄く仲良くなったりとか。
どこぞの誰でも知ってる某音楽会社の人に気に入って貰ったりとか。
もちろん根はただの引き篭もりだったんで、ストレスは物凄く溜まった。けど何故か、物凄く満ち足りた気分になった。
見返してやった気がした。何をだよ。何を見返したと言うんだよ。私。
仕事を始めて半年くらい経った頃、流産した。えっ?妊娠してたの?避妊はしてたんだけど。
残念ながら何も思わなかった。クズでごめんねえ。
私の元に来た事を嘆きながら死んでいけばいいさ。別に祟ってもいいよ。出来るんならね。
入院代はあったけど、ついでだからと親のスネをカジカジしておいた。
……へえ、やっと目が覚めたのね父さん。
ここまで来て、やっと少し落ち着いた。ので、高跳びして同人生活に戻った。
とりあえず本を作りまくって書きまくってたら商業の仕事が来た。えええ。マジですか。
もちろん飛びついて今に至る。現在年収400万程度。週休なし。睡眠時間3時間。でもそこそこ勝ち組。
ちなみに母親には「彼氏が出来て仲良く幸せにやってます、目指していた絵の仕事も軌道に乗ってきました」とだけ言ってある。
母親には感謝しないといけないな。そこそこまともな容姿に産んでくれたこと。
で、昨日実家に帰って、母親に500万渡して来ました。少ないって言うな。浪費癖が大変なんだよ。
子供の頃に捨てられたもの、全部今になって買い直した。漫画とか、画集とか。おもちゃとかお菓子とか。
洋服もブランドの可愛いのを着る。買う。そうしないと胃の中がムカムカして、憎くて憎くてたまらなくなる。
何が憎いのかも分からないなあ。でもとりあえず止められない。
ビッチと言われようがアバズレと言われようが大いに結構。「ザマミロ」という優越感しか湧いてこない。
車の中で母親がボソッと言った。「あんたの事は誰よりも可愛がってきたんだよ それが正しいのかは分からない」
久しぶりに私は言葉が出なかったので(これも何故かは分からん)、速攻で飛行機取って明日東京に帰ります。
バイバイ母さん。もう逢うこともないでしょう。
病院から連絡が来たら、迎えにだけ来て下さい。葬式はいらないです。金の無駄ですんで。
それでは1年後くらいにまた会いましょう。水子のタタリだったらうん、まあ、自業自得だね。
でもやっぱり「ザマーミロ」しか言えない。水子にじゃないよ。それだけは確か。でも何に対してかは本当に分かんない。
あ、ウソだからね、これ。全部。うん。
学校に、仕事に行かなければとても元気で、友人と遊びに行ったり、ショッピングを楽しんだり、海外旅行をしたりする。
ところが、では元気だということで学校に、仕事に戻ると、とたんにうつ状態になる。
彼らにとって、当人が自覚しているかどうかはともかく、「うつ病」であることは、公的に認められた「バカンス」の期間であり、一種の権益なのだ。
彼らの問題点は、国民としての義務、教育・勤労の義務を果たしていないという点にあるだろう。
周囲に大変な迷惑をかけている、ということも重要だ。彼らが遊び歩いているあいだ、彼らの「立場」を守るために、彼らと違い、ほんとうの「うつ病」に掛かりながらも、職務を全うして、彼らを「守っている」人がいる。これは、正義の問題である。
さらに、彼らの遊興費は、本来治療のため、休業の保障のための、公的な財源から支出されているものである。
まるで、生活保護を受けながら焼肉を食べ旅行に行き贅沢三昧をしているようだ。まるで、「年末派遣村」で支給された生活費をすぐにパチンコに使う人間たちのようだ。
はっきり誰かが言うべきだ。このような人たちは、救うに値しないと。
日本は、多くの勤勉な人々によって支えられている。社会は、彼らの献身的な努力の上に成り立っている。
その献身的な努力の上にあぐらをかき、「権利」を臆面も無く主張し自らの責務を果たすこともしない。社会人としての責務を問われれば、「自分は病気だから」と逃げる。
十分働けるのに「病気」という隠れ蓑をかぶって遊び歩いている人間、生活保護を受けている人間、自己責任を果たせない人間。
彼らを、日本の大多数の真面目な人びとの犠牲を払ってまで、野放図に遊ばせる理由などあるのだろうか?
今こそ正義が求められるべきではないだろうか。
正しい意味で、うつ病セレブたちに「自己責任」を求めていくべきではないだろうか。
かれらは、身奇麗に着飾っているが、その心根はまさに「ルンペン」である。
本当の日本人なら、恥を知り、腹を切るだろう。
彼らに腹を切らせるべきだ。
生活のための仕事を辞めて、夢の仕事を実現するための7つのアドバイス
http://www.lifehacker.jp/2010/08/100729_dayjob.html
「いつかこの仕事だけで食べていきたい!」そんな夢の仕事がありますか? それとも、すでに現在進行形で夢を叶えている途中でしょうか。
作家、写真家、役者、ミュージシャン、弁護士、料理人、占い師...どんな仕事でもいいですが、主にフリーランスで働くような仕事の場合は、その仕事だけで生活できるようになるまでに、アルバイトや他の仕事との、二足のわらじ生活を送ることも多いでしょう。
ですが、いつまでも生活をするための仕事に頼っていては、夢の実現は遠いままです。先月、ライターとしてフルタイムで働くために、アルバイトをスッパリと辞めたSierra Blackさんから、夢の仕事を実現させるために、かなり役立ちそうな7つのアドバイスがありました。
1. 少しずつトライしてみる
着実に収入を得られる仕事を辞めて、いきなり夢の仕事だけをスタートさせるのは、それなりのリスクがあります。可能であれば、週末や、仕事が終わった後などの空いた時間を使って、少しずつ夢の仕事にトライしてみましょう。作家や写真家、ミュージシャンなど、クリエイティブな仕事に向いているやり方です。
弁護士のような仕事の場合は、そういった時間を使って、学校に通ったり、裁判を傍聴したりするといいと思います。料理人や占い師のような仕事であれば、まずは、自分の友だちや家族に料理をふるまったり、占いをしてみたりして、実践的なトライアルをしてみるといいでしょう。
2. 本当にやりたい事だけをする
例えば「フリーのライターになった」と、友だちや昔の同僚に言ったら、何かしら書く仕事を紹介してくれるかもしれません。ですが、その仕事が本当に自分のやりたい内容ではなかったり、方向性が多少ズレていたとしたら、その仕事はやらない方がいいでしょう。
経験にもなるし、お金にもなるし、付き合いもあるという気持ちも分かります。そこをグッと我慢して、本意ではない仕事に時間や労力を使わず、本当にやりたい事だけにフォーカスし続けると、次第に、本当にやりたい仕事のチャンスが来るようになります。
3. 名乗ることが大事
ミュージシャンになりたいのであれば「ミュージシャンになりたいと思ってます」と言ってはいけません。「僕はミュージシャンです」と言いましょう。最初は「まだ一人前でもないし、ましてや仕事もないのに...」と、恥ずかしくて躊躇してしまうと思いますが、名乗っていると徐々に慣れてきて、本当に自分がその職業なんだと信じられるようになってきますし、プロ意識も育ちます。
Webサイトやブログなどを活用して、自分のプロフィールや作品を紹介するのもいいでしょう。最も大事なのは、一人前になるまで思い込み続けることです。それがプロになるということです。もちろん口だけではなく、お金にならない仕事でも、本当にやりたい仕事や活動を、きちんと続けているというのが大前提ですよ。
4. 高い目標をはっきりと掲げる
なんとなく「映画監督になりたいなぁ」と思っているだけでは、夢のままで終わってしまいます。目標をはっきりと決めると、そこに向かって、日々努力するようになります。どんなに高くて夢のような目標でも躊躇してはいけません。アカデミー賞が取りたい思ったのなら、最終的なゴールは、そこに設定しましょう。そして、少しでも映画に関する仕事が実現したら、これがアカデミー賞への道の一歩だと思うのです。そうすると、少しずつ、その高くて大きな目標に近付いていきます。
5. 仕事用の口座を分ける
夢の仕事で生活できるのに、十分なお金を稼げないうちは、自分の貯金や生活のための仕事の給与と一緒の口座に、わずかながらの夢の仕事の報酬も、そのまま入れているかもしれません。
一つの口座にお金をまとめてしまうと、どの仕事でいくら稼いだという感覚が薄れて、分からなくなっていきます。夢の仕事用の口座は、他の口座とは別にして、いつでもその仕事でいくら稼いだのか、分かるようにしておきましょう。その口座の残高を見ると、最初はハングリーにもなるでしょうし、軌道に乗ってくれば、励みにもなります。
6. 仕事だということを忘れない
夢の仕事とはいえ、仕事は仕事です。趣味でやっているのではありません。最初は、夢が実現しているうれしさで、どんな事でも情熱をもって取り組めたとしても、毎日毎日仕事としてやっているうちに、嫌なことも出てくるでしょう。再度繰り返しますが、仕事は仕事です。今までやってきた生活のための仕事と同じように、面倒くさくても、退屈でも、煩わしくても、同じようにこなさなければならない事もあります。
これはかなり難しい問題です。生活のための仕事と夢の仕事の、それぞれに掛かる時間と収入のバランスを考えなければなりません。生活のための仕事の辞め時を見極めるために、以下のポイントを参考にしてみてください。
◦生活のための仕事を辞めても、しばらく食べていけるだけの貯金や収入がある。
◦生活のための仕事に掛かる時間が、夢の仕事に掛けたい時間や、プライベートな時間を圧迫している。
◦夢の仕事で、クライアントや取引先と継続した関係があり、今後もそこからの収入が見込める。
◦夢の仕事でも、生活費をまかなえるだけの収入(報酬)が、十分に期待できる。
◦しばらくトライアルで夢の仕事をやってきたけど、やっぱりこの仕事が好きだ。
夢だと思っていた仕事で、プロとしてお金を稼いで生活できるというのは、本当に幸せなことです。仕事なんてお金のためにやるものだと思っていた日々から、自分が好きなことをしているだけなのに、お金がもらえるという日々に変わるのです。
これがどんなに幸せなことなのかは、実現させた人にしか分かりません。その道のりは簡単ではないですが、やってみる価値は十分ありますよ。
結論からいうと、今20代の後半で100万円くらいまで金を減らして、無職だ
10代の終りにちょっとしたことがあって1000万円手に入れた。
当時大学生だったのでしばらくは使うこともせずにとって置いた。
最初に使ったのは就職のとき、東京に引っ越すための費用としていくらか使った。
22歳だった。
給与は最低賃金なみで残業は外資なみだった。もちろん残業代は出ない。
辞めれたのは「自分は貯金が1000万もある」という事実があったからだ。転職のあてもなかった。
24歳になっていた。
4ヶ月くらいバイトみたいなことをして、次の会社に転職できた。
でもそこもいくらか条件がいいだけのブラックだった。
給与はよかったが、残業時間はもっとのびた。あんまり家に帰らなかった。
そこも1年くらいで辞めた。
25歳になっていた。
「ちょっと行くか」みたいな気分で。
アジアとヨーロッパを回って帰ってきた。150万くらい使った。
得るもの無し。
残り700万くらい。
まだ25歳。
並行して昔なじみからの仕事を受ける。が、大して金にならない。
親が「また無職か」とかうるさいので100万渡す。親黙る。
残り500万くらい。
ここで26歳。
昔なじみからもらってた仕事も1年くらい現場を離れてたせいで全然できなくなってた。
生活費とかで300万くらい使った。
1年間だらだら暮らした。
ここが27才の今。
ふと気づくと貯金があと200万を切っている。
最近「あーめんどくせー」を初めとした多種多様な仕事に行きたくない気持ちが出てきた。
僕はなんて言うかサバイバルとかに抵抗のない人間なんだ。
大学生のときには四国の遍路に行き、金のないふりをして遍路ホームレスについて各地を回ったり、都会のホームレスと一緒に杯を交わしたりしているぐらいに。
これにより仕事をしないことに抵抗が全くない。
その上、厨二病ぽいが生きてるのが面白くないのでいつ死んでもいい。
そんなことを小学校のときから思っている。
とくに趣味もなく、読書も三島風に言うと隠花植物な感じで世を斜に眺めている感じ。
小学生から続けるともう、何と言われようがこの考えを変えることはできない。
そんな僕が仕事をしている。
就職して約4ヶ月。
残り10万の使いあてはなく、すでに40万の貯金がある。
だったらフリーターの方が良いとも思ってしまう。
フリーターの人はどう思っているのだろうか、お金が無くて不運だと思っているのだろうか。
責任にがんじがらめになり、覚えなければならないことがたくさんあり、実態も理想像も曖昧なビジネスマンという型にはめられることを望んでいるのだろうか?
そんなことはないと思う。
隣の芝は青いと感じていると思うが、あえて言わせて貰うと、フリーターの位置が最高だと思う。
完全無欠だ。
ただ条件は言わせて貰う。
金の掛かる趣味無し、養う人間もなく、思想もない、そして何より早くに死ぬ人間。
この条件にぴったり合う人間なら、フリーターは素晴らしい職種となる。
つまり僕にぴったりの職種だ。
喉から手が出るほど僕はフリーターという職種を欲している。
しかし、現状がそれを許さない。
親、上司、その他諸々の理由があるがそれに辿り着けない。
豚箱に入った方が良いと思うほど辛いと思うにもかかわらずだ。
そこで僕は思った。
「豚箱に入っている」そう思えば良いんじゃないかと。
何故だか、これですっと心が軽くなった。
なんだろう、体験してないものに置き換える。
これが人生を生き抜くために一番必要なことなのではないだろうか。
そんなことを円形脱毛症を隠しながら思うのだ。
たとえば、こういう税制ってどうなん?数字はアバウトね。
消費税率 40% 税収 100兆円増加 (消費低下によるロスについては考慮しないが多めにとってみた)
目的 赤字国債の30兆~40兆円を発行しないようにするための消費税増税分として最低でも15%~20%の増税で20%~25%の消費税率。
家賃については 非課税とする。
コメ 消費税率は同一だが、卸値を1/10することで、そもそもの販売価格を コメ2kgで100円などのオーダーへ
については、基本 国家の専売事業なので、農家からの買取価格は現状どおり 卸値を 10分の1へ
試算 成人ひとり一月 コメ2k 約1000円 1億3千人x12ヶ月 で 約1-2兆円規模の市場? 増税分で財源
古くから営業している 専売コメ屋 については 売上に応じた生活保障を別途検討
輸出への関税をかけ1000%程度の税率
あとなんだろう・・・政府が間に入ってる事業ってなんかあったっけ・・・
基本的に、生活費の卸値を安くすることで、価格そのものを下げ、他の増税分と総裁で消費税増税分の負担を下げる方向
各携帯電話メーカーに助成金 1ユーザー当たり1000円/月。つまり980円携帯は無料に。(住民票あたり1携帯縛りとかは付けて)
その他、お祭りの強化
食品券というか、お祭りで使える金券を住民に配布。配布金額分は税金から補填。不正防止策とか・・・住基ネットカードに電子マネー機能追加かね。
ぶっちゃけ、食品というより、地域振興つーか、ヒキコモリでてこい的な・・・他になんかアイデアあるかねぇ・・・
無駄の削減と言っても、国家予算の半分近くが、社会保障費ということでは余り減りそうもない。減って10兆とかそういう勢いだろう。当面の間。
その間も、赤字国債は増え続ける。これを少なくとも0に近づける。
たった、そんだけのことで、消費税率、または 控除減額付き所得税増税でもいいけど、個人の税負担は30%程度にはしないとやっていけない。マージンを見れば40%か。数字はアバウトなんで10%ぐらいは誤差。
ただ、そんな消費税率・所得税増税になれば、庶民生活なんて苦しくなる一方。
でも、米あれば、そうそう、死にはしないというか、米食えない人も、いるよね。
なんで、とりあえず、米ってどうせ、一回、国が買い取ってるんだし、卸値を1/10ぐらいにすっかと。2kgで100円ぐらい?ロスもあるから20kgで1000円な勢いになれば
まぁ、餓死はないだろうと・・・。
炊飯器は無償配布付きにしてもいいくらいだ。小麦はお約束ということで連動。
具体例でもあるけど、概念としては、食料の価格そのものを下げたい。しかし、野菜とかは無理。なら、主食とか政府主導でできるものだけでも安くしようと。
携帯電話はもう、必需品。ないと孤立してしまい、社会弱者になる可能性すらあるから。
お祭りは・・・必要だよ。
入社して1年と数か月ほどしか経ってないが、仕事内容、給料、将来性、人間関係などなど、今の会社の仕事だけでなく、もはや働くことそのものが嫌になった。
親が持ち家なのでいざとなれば実家に転がりこめる。
一年で200万ほど貯金できたので、残りの人生の生活費さえ貯まれば、仕事なんかとさっさとおさらばしようと、常々考えていた。
で、今日、実際にあと何年働けば、その後の人生、まったく働かなくていいのかを計算した。
結果、あと17年。
絶望した。
「いつでも辞めてやる!」とか思っていたのが、実は最低でも17年間は働かないと、十分な老後の備えにならないのだ。
いやああああ。
後17年もこのままなんていやああああ。
いやいやいや、何を勘違いしてるんだ?
17年後もこの会社にいられると思ってるのか?
今の働き方をしてたら、数年もしないうちに体を壊して働けなくなる。
その前に脱出すべきだ。
でも、どこに?
雑用ばかりやらされたので、スキルなんてものがまったくない。
転職も無理だ。
あー、人生詰んだ。
生まれた瞬間、いずれ死ぬことが決まっているんだよ。
それが早いか遅いか、そのときの状況が悲惨かそうでないか、それだけの違い。
そして、死んだあとはそんな違いなど、まったくもってどうでもいい。
無になるだけなのだから。
あはははははははは。
そう考えると、気がすごく楽になる。
今まで、何に悩んでたんだか。
死ねばすべてが等しく無になるんだ。
金持ちだろうが、貧乏だろうが、尊敬されようが、侮蔑されようが、死んでしまったらそれらは、何の意味もなくなるんだ。
「死んだ後にエロファイルが家族に見られたら恥ずかしい」とか言ってるやつがいるが、死んだら「恥ずかしい」とかそういう感情さえないのだ。
なのに、なんと無駄なことを心配してるんだ。
これだから世間知らずって言われるんだと思うんだけど。
保険外の治療が必要になったらどうするか、倒れて働けなくなった場合の生活費をどうするか、療養のために日常的なコストは増えるがそれをどうするか、その他もろもろ家庭の事情によっていくらでもコストはかかり得るわけ。
元増田です。
もうすべておっしゃるとおりです。
夢をみてもらっても困るんですよね、、、
しかもこの話をしていると必ず話の最後には、
「自分の老後の面倒と飯を作ってくれる人が必要、、、」という話になる。
、、、
これがあった上での「結婚しても生活費は出してやる」ですから、、、
、、、
貰っとけという人もいるかもしれませんが、だいたいそんな人間が結婚したってうまくいかないと思うんだけどなあ、、、
思い返すとこれまでの人生も要所要所でこうした自分視点の相手への心配の投げかけといいますか
こんなことばかりをいう人でした、、、
元増田です。
1人暮らしのするだけの稼ぎと蓄えはあります。
でも、結果としていまだに実家暮らしをしているわけですから甘えているんでしょうね。
ただ、蓄えの半分をいまだに親に管理されていて(家に定期預金の集金に来る形なので)
それを一度だけ見せてくれといったら両親オオモメ。
それ以来、揉め事は面倒なのでダンマリを決め込んでいます。
その蓄えを自分の手元に戻せない限りは1人暮らしはしたくないし、
この蓄えを自分で管理しないと妄想でもなんでもなく自分のものだと父は言い出す可能性が大きいし、
この蓄えが自分の物に完全にならないと気が狂いそうです、、、
、、、で1人暮らしせず。
もちろんそんなことを考えている、こうした事情?があることはもちろん知られていません。
両親からの援助なんてあてにするつもりはさらさらありません。
(財産あり気の生活では必ずおかしくなると思う)
1人暮らししても頼るつもりもさらさらありません。
補足になったかわかりませんが、こんな事情もあります。
単純に、
という父の感覚が正常なのか?と疑問に思った次第です。
息子が嫁を貰って可愛い孫が産まれてといった、自分と息子が幸せになる実りある投資の為なら金を出せるが、息子が出て行って家は寂しくなって30の息子に仕送りを続けてなんつー息子は幸せだけど自分の不幸の為には金を出したくない。実際何も実りのない浪費だ。
この気持ちを多少なりとも持っているだろうなとは思います。
ただ、父は「自分の老後の面倒と飯を作ってくれる嫁が欲しい」と暗に述べていることも事実です。
そんな状況で嫁を貰う努力をしようとは思えません。