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2014-11-13

ブロガーバスタブなのです。

ブロガーバスタブなのです。

うん、ブロガーバスタブなのです。大事ことなので二回いいました。バスタブなのです。しつこいので三回いいました。

ほいでまあまずすごいブロガーっていうのはINPUTの量がすごい。蛇口口径がたぶん半端ない。5Lと3Lの水流をつかって4Lの水流がいっきに流れこむくらいすごい。シャワーかめっちゃ水圧。さまぁ~ず大竹さんも喜ぶほどのちょう水圧。豆腐に穴開くレベル澤穂希のやわ肌に穴開くレベル



つぎにすごいブロガーバスタブの容量がすごい。ちょう水がためられる。たぶん保温能力かもめっちゃある。でもとにかく容量がちょうある。お相撲さんとか10人は入れる。むっちゃ広い。いっそ泳げる。ちょう泳げる。なんなら平泳ぎ世界新カメラは盗んでません。




そしてもちろんOUTPUTの量がすごい。排水口の口径がぶっとい。ぶしゃーって出る。なし汁とかの比じゃない。ちょうぶっしゃーって水出る。ちょうOUTPUT出る。ぶっしゃーってOUTPUT出る。たまにうんこもでる。




INPUT、容量、OUTPUT。この3つがブロガー評価指標。でもそれだけじゃない。それだけじゃ足りない。

ブロガー自分というバスタブにためる水。これが重要。こいつの質がOUTPUTの質に直結するんだ。

バスタブにためる水はちょう熱いかちょうクールか。そのどっちかに振りきってないとすごいブロガーって言えない。ぬるいのが一番ダメ。本読んだ感想文だけ、とかじゃめっちゃぬるい。ぬるブロガーなっちゃう。ぬるぬるブロガーなっちゃう。秋山ぬるぬる事件

いやまあぬるいほうがブクマがつきやすいって言い分はわかる。わかるけど、そんなもの書いてもふと振り返ったとき私なにやってんだろ、ってなっちゃう。どうせなるならすごいブロガーになろうよ。なってやろうって。




ってわけでブロガーバスタブなのです。ご納得いただけましたでしょうか? 納得いかない? うん、まあ私も納得してない。

じゃあじゃあ納得とか納得じゃないとかそれはともかく、かくいう私は猫足のバスタブになりたいなと思う。ちょうかわいいバスタブになりたい。そんでぬるめの泡風呂になって沢尻エリカさんに半身浴してもらいたい。ジャニーズに後ろから抱き締められながらエロいトークを繰り広げてもらいたい。ポロリもあるよ。

2014-06-14

平泳ぎができない

理由はたった一つ、アヒル座り(正座を崩して足を外側に向け、両足の間にお尻を落とす座り方、別名女の子座り・ぺたん座り)ができないくらい関節が硬いから

ぶっちゃけ足が外に開かない。無理矢理やると股関節が痛くなる。

これだけ関節が硬いと、足の裏で水を掻けないので全く前に進まない。

関節硬いのが悪いと言われればそれまでだけど、こんな不便な泳ぎ方が大多数の人にとっては一番楽で、遠泳での定番の泳ぎとか理解できない。というか困る。

クロール背泳ぎの方が全然簡単に思うのは自分だけだろうか。


ともかく、もしこれから平泳ぎマスターするなら、まずはアヒル座りを苦も無くできる程度に関節を柔らかくする必要があるのだが、そんなこと可能なのかって感じ。

まあバレリーナとかは訓練の結果できるようになると聞くけど、エクササイズどうやってるんだろ。

2014-01-29

深部静脈血栓症から肺梗塞になって入院したよ。

2013年7月 そもそも健康には自信があった。56歳。高血圧高脂血症治療中であったが、それほどほったらかしていたわけではない。

まずまず真面目に治療は受けていた。ジムに週二回通って筋トレウエイト重め)とエアロバイク600kcal/100分をやっていた。

また、ソシャゲにはまっており、一日3時間くらいはやっていた。仕事自営業。基本は座位。一日実働6時間通勤時間は5分。通勤手段は車。

酒は毎日焼酎ウイスキーロックで飲むのが好みだった。たばこはやらない。やったこともない。家族は、父親心筋梗塞87歳発症。

両親高血圧高脂血症持ち、どちらも脳梗塞あり。

ある日、嫁と市民プールで遊んでいた。ふと真面目に平泳ぎ(唯一人並みに泳げる種目)をしてみたところ、右足に激しい痛みを感じた。

歩くのもやっとという程度。次の日には腫れ上がって赤くなっていた。左足の倍くらいかな。肉ばなれだと思って湿布をはっていた。

この時はこれが大騒動の始まりとはとうてい信じられなかった。

親戚の整形外科電話相談してみても、まあ肉離れで全治2か月と言われたので、我慢することにした。

肉離れは二か月たったが、まったく良くならない。埒が明かないので、そろそろとジム通いを再開した。

11月の19日には通常どおりジムワークをやってみた。実はこのころ、体を動かすと動悸が打つようになっていたのだが、息切れまではしなかった。

通常どおり、エアロバイクを100分やってみたが、脈拍は特に変わりなかった。異変は21日朝にやってきた。

朝、顔を洗っていた瞬間、意識不明になったのだ。

気が付いたら、嫁が救急隊に電話をかけていた。やっとの思いでそれを断った。

一週間くらい我慢して仕事をしていたが、体を動かしたとき息切れがおさまらない。とうとうあきらめてこの日、病院に行った。

CTを取ってもらったところ、肺梗塞と、右足の深部静脈血栓症で、いつここからまた血栓が飛ぶかどうかわからないので、入院必要だとのこと。

即日入院となった。治療は、ヘパリン持続点滴。酸素吸入。5日間入院して、仕事関係退院にしてもらった。

退院後、二週間で血栓はやや小さくなっており、CTでは肺梗塞も小さくなっていた。

12月受診では、下肢の血流はだいぶ改善しており、三カ月分の薬をもらって帰ってきた。

反省。お前ら次のことに気をつけろ。

1)重めの筋トレ良くない。ウエイトは軽めで、その分カールを深くするほうが良い。

2)週二回、多めに有酸素運動をしたからと言って、運動不足ではない、ということにはならない。

3)酒は良くない。特にロックは悪い。酒は身体を脱水にする。水分取るべき。

4)とにかくじっとしているのは悪い。こまめに足を動かすべき。

5)病院で聞いた話。20代でもゲーム狂いが肺梗塞になるらしい。若いからと言って安全ではない。

ま、無事で長生きしてくれ。

2013-08-23

http://anond.hatelabo.jp/20130823022732

平泳ぎで言うならバタフライ泳法が初出の大会では禁止されずに

バタフライ蔓延った次の大会からバタフライという枠が作られたけど

今回は同じ大会中に扱いを変えたのがいかんと言われてるんだろう。

異端を認めないのは仕方ないけど、それなら次の大会からルールを変更しろよという話。

競技についてカン違いしている奴が多い

ネット上では花巻東千葉くんの話で多少盛り上がっているみたいだけど

千葉君を擁護する意見としてよく見かけるもの

ルールの範囲内だからよい」というのがあるが、それがカン違いの元だ

そもそも競技とルール関係っていうのは、ルールがあって競技があるんでは無く

「正しい競技内容」というものがあって、競技をその「正しい競技内容」

になるよう導くためにルールというものがある

よってルール内であれば何してもいいわけでは無いし、

ルールブックとにらめっこしてルールギリギリで競い合うもんでもない

(結果的にそうなる競技もあるかもしれんが)

ルール内であっても競技として美しくなければ、上のほう(興行主)から

何らかのクレームが入ることもあるだろう。競技は美しく見えなければいけないのだ

これは日本からというわけでは無いと思う

サッカーで頭上にボールを乗せたまま走る行為ルール違反では無いと思うんだけど

もし頭上にボールを乗せたまま走る練習ばかりしている選手がいて

その技術が100m10秒台で走れるぐらい超絶上手になり

ワールドカップの準々決勝でその技を使い、5点ぐらい得点して準決勝に進んだ場合

大会の運営のほうから「美しくないか準決勝でそれはやめてくれ」

みたいなことを言われるんでないか

逆にそれが認められ、みんなが頭上にボールを乗せたまま走る練習をして

試合見てもそんな選手ばかりになったら、なんかそれはもうサッカーじゃないだろ

スポーツ新聞の記事を見れば、頭上にボールを乗せたまま走る選手写真普通に載るようになったりして

スポーツっていうのはガチガチ異端を認めないんだな、認めてたらカタチが変わっちうから

フットボールからラグビー平泳ぎからバタフライみたいな

2013-08-11

http://anond.hatelabo.jp/20130811202011

俺、水泳のことはわかんないんだけど、スポーツ全般に推進力や動きを膝の曲げ伸ばしによって為すことは禁忌になりつつある。

なんでかというと、膝というのはそれほど強靭な組織ではない。

筋肉の力は断面積に比例する。

下半身筋肉のうち、というか全身の筋肉のうち、最も厚いのは臀部の筋肉

おなじく下半身の動作を動力や推進力に変換するならば、膝周り(太腿の筋肉)よりも股関節周り(臀筋)の力を使えということで、ジャンプの動作とかも、尻を後ろに引き、膝の曲げ伸ばしじゃなくて股関節の曲げ伸ばしで跳ばせるように指導するようになってる。

平泳ぎの動作は、推進力のかなりを膝の曲げ伸ばしに寄ってる。

特に、新式のウィップキック素人の目から見ても明らかだ。

しかも動作の途中にひねりがある。

一軸の蝶番のような関節に、横から力がかかったら、そりゃ寿命も縮むわな。

競泳平泳ぎを選ぶのは、データからしても確かに体に悪そうだ。

負荷の強さはどのくらいのスピードで水を蹴りだすかによるだろうからゆっくり泳ぐぶんには、と思うけど、あれだろ、要するに体幹じゃなくて本来負荷がかかっちゃいけないところに負荷がかかる泳法ってことだろ?

筋力や筋持久力を鍛えるという意味じゃ意味がないってことだな。

心肺を鍛えるためならだが、それだって平泳ぎじゃないほうがいいくらいなんだろ?

一般人平泳ぎ必要はないわな。

覚えやすいから、泳げない人に教える最初の泳法、くらいにとどめてくのが正論のように思える。

平泳ぎ危険なのか?

アメリカ留学中の日本人アメリカ平泳ぎしたところ体に悪いからやめろと怒られたって記事が一部で話題になったので、

本当にアメリカでそう思われているかググって見た。

アメリカ平泳ぎした結果wwwwwwwwwwwwwwww, http://bipblog.com/archives/4549449.html


結論から言うと、

1. 平泳ぎはポピュラーな泳法として認知されていること

2. 一方で泳法の中では特段、膝に負担をかけるであろう泳法として認知されていること

が分かった。


1については、競技人口を示す資料が見つからなかったため、あまり深くはいえないのだけれども、例えば

アメリカにはほぼすべてのスイミングスクールが遵守する赤十字社が定めた水泳レベルというのがあって、

http://www.gonashua.com/LinkClick.aspx?fileticket=gG3o_RpGNuU%3D&tabid=793

これによると、平泳ぎクロール背泳ぎの次に覚える泳法として位置づけられている。

具体的に言うとクロールで25ヤード(23m)泳げて、ビート板で平泳ぎできる等すると昇級、

クロール50ヤード背泳ぎ25ヤード平泳ぎ10ヤード泳げると昇級、次の級ではバタフライ10ヤード…という構成になっている。

まり、少なくとも泳いじゃいけない扱いはされていない。つか、日本と同じ。


一方で、第17国際水泳連盟世界スポーツメディスン会議で発表された報告の内、水泳競技における膝問題を扱ったもの

特に取り上げられているのが平泳ぎであり、平泳ぎ泳手の86%が膝の痛みを感じたことがあり、47.2%が一週間に一度以上の痛みを

感じていることが報告されるなど、いわゆる平泳ぎ膝が平泳ぎ泳手に付き物の問題であることが実証されていることが分かる。

http://www.fina.org/H2O/index.php?option=com_content&view=article&id=2917:knee-problems-in-aquatics&Itemid=974

これがどの程度アメリカ認知されているのかは分からないが、swimming worldという水泳専門雑誌では2012年平泳ぎ膝の特集を行い

その際コラムニストは、出来るだけ平泳ぎトレーニング時間を少なくするようにという提言を行っている。

http://www.swimmingworldmagazine.com/lane9/news/Commentary/30270.asp


こう考えると、確かに留学先のコーチの反応は過剰なものしか言いようがないのだけれど、平泳ぎ膝についての危険性は

日本以上に認知されている可能性があるととれる。まぁ、アメリカ水泳やってた人とかは割といそうなのでこの辺のことについては

肌身で知っている人が情報提供してくれるのが一番ありがたいのだけれども。あと、黒人水泳しねーよみたいな意見ありますけど、

確かにその傾向はありますし問題になってますが、アメリカ黒人の内68.9%が泳げないかまりうまく泳げないというデータがあり、

逆に言えば、少数ながら泳げる人もいます(ちなみに白人は41.8%)。

http://www.bbc.co.uk/news/world-us-canada-11172054

2009-10-01

泳げない大人が泳げるようになるには

ほぼ泳げないのだけど、レーンの端まで泳げるようになりたい。基本情報は以下。

・男

・20代半ば

・手軽な全身運動として水泳を行いたい

・しかし泳げない

・水に浮けます(太っているから)

・恐怖心はそんなにないです

・バタ足で推進力を得られる理由がわからない

平泳ぎはなんとなく後ろにけりだしているのでわかるのですが、クロールとかわかりません)

極力独力で泳げるようになりたいと考えています。

平泳ぎはちょっとだけ泳げる…のかな?というレベルです

何かよい練習方法をご存知の方いらっしゃらないでしょうか?

2009-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20090318033813

終わりって言ってるけどあえて

これは違う。

平泳ぎ世界一になろうと思ってるのに漢字の書き取りの練習しても意味ないだろ?

努力の仕方を間違ったんだよ。

元増田に魅力がないわけでも彼女がバカ女なわけでもない。

元増田が長い時間をかけて関係を築き上げる努力をしてきても

努力をしてない男にかっさらわれる。これが恋愛の苦しさ理不尽さだよね

そういうことを言いたかったんです。

恋とか本当に、努力しないと報われない割に努力しても報われないとか理不尽で切なくて哀しいわ!ということです。でもそういうことは恋愛以外でもありますよね。しかし恋の理不尽さと切なさと哀しさは別格。

2008-09-20

http://anond.hatelabo.jp/20080920232256

集中治療室ネタももう慣れっこです。ICU生は。

たまたま苗字が「北島」であるばっかりに、なんか平泳ぎが得意とか勘違いされるような、そんな程度のことです。

2008-08-24

http://anond.hatelabo.jp/20080824184939

小学校の体育の授業で酷い目に遭ってたよ。

鉄棒ってさ、前回り→逆上がりって教わるよな。

んでさ、俺、ちっちゃかったのよ。

飛び上がって前回りの準備の態勢になれないのね。

棒をよじ上って鉄棒の真ん中まで移動する時間はくれないんだ。

よじ上って鉄棒まで届いたところで「あ、出来ないね、はい次」って。

出来るって言っても下ろされた。

でもさ、俺、逆上がりは出来たんだ。

だから次のときは逆上がりで鉄棒に上がって、それから前回りをした。

そしたら今度は「教えてないことはしない。もうやらなくていい。はい次」だって。

前回り出来てるのに。

夏になって水泳になった。

俺、泳ぎは川で覚えたのよ。

顔伏せて泳ぐと対岸が見えないから、顔は上げて泳いでた。

その上、流れるプールで覚えたようなもんだから、ビート板でバタ足ってのが全然進まないのな。

そこが出来ないと泳げない組に入れられて、顔を水に浸けてビート板でバタ足の練習のみ。

でも俺本当は泳げるじゃん。

そう言ってもやってみせる機会すらくれなかった。

だから授業中はビート板ですみっこでばしゃばしゃ、自由時間平泳ぎですいすいしてた。

そうこうするうちに夏の終わりに水泳大会があってさ、各種目クラス1人ずつ出すことになったんだ。

うちのクラス背泳ぎ出来る奴が俺しかいないんだけど、俺は先生の中では泳げない組じゃん。

どうするんだろうと思ってたら、しれっと「背泳は増田な」って。

馬鹿じゃねーかと思った。

そんなわけでこの先生が担任の間、俺の体育の成績はずっと最悪だった。

体育は大嫌いな教科になった。

大きくなってあの先生ダメ教師だったんだってわかったって、もう興味なんか持てない。

そのおかげでメタボですw

もっと学校で、テクニックを教えてくれればよかったのに

どうも日本学校って、何かと精神論になりがちなところがある気がする。

少なくとも俺の通ってたとこはそんな感じで。

例えば小学生の時。絵を描きましょう、なんて時間になったとき。先生は、何も言わない。ただ、校庭に出て、好きな物を見つけて、それを一生懸命描きなさい、心をこめて描きなさい、って言うだけ。

んなさ。心こめて描けっていってもさ。

あと、先生は、「課題物を描けなんて小学生には荷が重いだろうから、なんでもいいから自由に描くようにさせてみよう」って思ったのかもしれないけど、寧ろ、「自由にやれ」なんてほど難しいもんってない。

分からないままに、なんか適当に木を選んで、描き方もよくわからないから、なんか適当に色塗ったりした。

自分でもなんかよくわからんから、ってスタンスで描いてるから、できた絵も当然、別に気に入らない。ド下手とは感じなかったけど、もっとうまく、写実的に描けないものかな(写実的なんて言葉当時は知らなかったが)と思っていた。

でも、先生は当然のようにそんなテクニックを教えてくれない。ただ、遠足気分(あくまで先生的に。別に俺らは全然遠足気分じゃなかった)で外歩いて、好きなものを、子供ナチュラルな目線のまま描きましょう、的な。でもさ、んなこと言われても、俺ら描けない。描き方も教わらず、何を描けとも教わらず、ただただ「自由にやってみろ」って、今思うとこんなに難しいことはない。

で、それで採点されちまうわけで。通知表とか。だったら、「先生にいい風に評価される絵の描き方」を教えてくれよ、って思ってた。でも、先生は、「そういう小手先のテクニックじゃなくて、気持ちをこめて、子供らしいおおらかな絵を描くのが一番いいんだよ」とか言う。正直、わけがわからん。親に聞いても、別に芸術畑で育った訳でもない親は、「絵なんてほとんど才能なんじゃない?だから適当でいいんじゃない」としか言わない。好き勝手に描いても、全然上達なんてしねーし、でも俺の絵ってなんかものたりないなってのは思ってて、でもどうしようもないって先生も親もいうし、絵ってつまんねーな、色塗るのめんどくせ、で終わってた。

国語も、読書感想文とか、「○○の感想」とかいう類のものは困った。まず、何を書きゃいいのかわからん。読書感想文でいえば、3枚は書け、とか言われるんだが、小学生感想なんて「面白かった」「つまらなかった」「よくわからなかった」そんなものしかないわけだ。感想文とか言われても、だから何を書けばいいのかそもそもわからない。例えばあらすじとかは書いて水増ししてもいいのか、なんか読んで思った感想ってのはどこまでの幅を言うんだ、そっから思い出した自分エピソードも感想のうちなのか?とか、全然分からない。先生に聞いても「自由に思ったままを書け」としか言わない。思ったことなんてねえし……「そこそこ面白い」しかねえし。

模範文すら教えてくれない。内容の組み立ても。何もかも。親に聞いても「感想感想だろ」しか言わない。わけわからない。皆も同じくわけわからなかったっぽい。

とにかく、自由すぎる。

自由に考えろ。自由に書け。なんてのは、今思うとかなりの高等レベルだ。人間、枠があったほうが考えやすい。条件つきの方が、自由より寧ろやりやすいんだ。それに気がついたのは高校生のときだった。

自由にやれ、というわりに、しっかり点数だけはつける。いや、それじゃあさ、点数の指針を教えてよ、って思ってた。

そう。指針。それがないと、どうしようもできない。自由にやれなんて聞こえはいいが、当時のイメージとしては、あまりに膨大な大海の上を、一人プカリプカリと心もとなく浮かんでいる感じだった。そうじゃなくて、先生の方で用意してほしかった。きちっとプールにして。50メートルでくぎって。そんで、2週してこい、平泳ぎで、ってそこまで指定してほしかったんだよ。そうすれば自分の目標もたてられる。何も指針がない、何も教えられない、それじゃ目標もたてられない。反省も出来ない。

小学生は、自由にふよふよやらせるのがいいんだろうって先生は思っているのかもしれないけど、寧ろ逆じゃないか。

子供こそ、「これをやれ」って明確に課題を与えられた方が、熱中しやすいんじゃないか。

「でもそれじゃつまらないんじゃ?」って、どのみち自由に絵を描けなんてのもつまらんのだ。絵を描きたかったら、家で勝手に描いてる。もっと、絵にしたって、「影をつけると立体的に見えるよ。影はこうやってつけて。光源を決めて、そこからこうして」とかテクニックをもっと、バンバン教えて欲しかった。それがあれば、とりあえず、「何をやればいいのか」が分かる。それだけで大分違う。それに、上達が目に見えて分かるようになる。「模範的な絵」「模範的な作文」も見せて欲しかった。そしてそれのどこがどう「正解」なのか。小手先すぎるかな、というくらいのテクニックを、教えて欲しかった。そしてもっと、狭い枠の中で、課題を出して欲しかった。そのほうが、自分が上達してるのも目に見えてわかるし、何がダメなのか、何を目指せばいいのかもわかるから、モチベーションが上がりやすい。自由に作文を書け、絵を描け、なんていわれても、モチベーションは全く上がらない。何を目指しているのかすら、不明なんだ。作文だったら「こういう、型にはまった文章を、不自然でなく書けるようにしろ」っていう一定のゴールみたいなものが欲しかった。

作文とか絵とか、今思うと怖かったもんな。

あまりにゴールがなさすぎて。あまりに、とらえどころがなさすぎて。あまりに範囲が巨大すぎて。全体を把握できない。とっかかりもない。どうすればいいのか、ほんと分からなくて、どっからどう手をつければいいのか、全然分からなくて。

もっとも、小学生の自分には、そういう漠然とした想いをこうして文にする力は無かったから、何も言えないまま終わってしまったが。

そしてプラスするなら、「何が出来ればいいのか」という目標を、常に先生には子供意識させてやってほしい。

目標は具体的に何なのか?」ということを漠然ではなくしっかり認識するという大切さを、自分は大学はいってようやく知った。

「自由さ」なんて、どうせテクニック覚えていけば、成長過程で勝手に自分で色々やりだすもんだ。

もっと、漠然とした「絵を描きましょう。作文を書きましょう」とかじゃなくて、課題をしっかり与えて、テクニックをもっと教えて欲しかったよ。


追記。

「テクニックなんて自分で勝手に学べよ」とか「与えられるの待ってるんじゃなくて、そういうのは自分で考えろよ」とか言う人いるけど、そんなん小学生に求めるのは余りに過酷過ぎw板前修業中の若者に言うならまだ分かるけどさ。そういう事を言うのは、大人になってからの話。小学生にんなこといったって無理だって。そういう人は自分が小学生だったときを美化しすぎだと思うぜ。大体、子供のときなんてそんな「考える」力すらない、ゼロなんだから、最初から「自分で考えろ」型教育は、結局何も生み出さないよ。まず模倣、基本の型、そういうのを吸収した後に、「自分で考える」ことが出来るんだと俺は思うけど。ピカソだって基礎をちゃんとやってる。いきなりああいう絵を描いたんじゃない。ベートーヴェンなんかも、違う曲から旋律をマネしたりしてる。ていうかそういう特訓をするために「学校」てのがあるんだと思うんだがなあ。「自由にやれ」って言うだけじゃ学校意味ってないだろ。そういう特訓をしてもいないのに凡人が「自分で考える」なんてやっても、ろくなことにはならない。それって単なる自己満足だと思う。ただキレイノートまとめただけで、「あー、勉強したー」って言うみたいな。

あと体育も、言及してる人いるけど、「走り方」とか教えるべきだね。全然教えてくれないから、早く走るなんて無理なんだ、生まれつきなんだ、って俺思ってたけど、高校生になって陸上部連中に練習法とか教えてもらったらタイム縮まって驚いたもん。そりゃ努力すれば誰でも10秒台、なんてのは無理だけど、でも縮めることは案外できるんだよなあ。

それと、「教えてくれればよかったのに」というタイトルにしたもんだから(これはちょっと、インパクトの観点で選んだところがあるんだが)まるで「先生のせいにしてる」みたいに受け止めてる人もいるけど、別に俺は「今俺が絵下手なのは小学校のときのあの先生のせいだ、恨んでやる!」とか思ってるわけじゃないよ。今は、型とか基本の大事さ、目標をしっかり認識することの大事さとかに気がついてきたから、それはもういいんだ。絵もまた描き始めてるし。

ただ俺みたいな小学生が、また今も量産されてんのかなって思うと残念な気がするんだよね。

それで絵に対する興味を俺みたいに一時的に失ったり、体育本当つまんね、ってなったりするのは勿体無いからさ。それこそ、「子供才能を潰す」って奴だと思うんで。(『本当に才能があるひとはそんなこと関係なく這い上がってくる』とか言う人いるけど、才能のあるなしとメンタル面の強さって別に必ず比例するわけじゃないから。普通に、才能あるけど潰される人はいる。才能ある人は何しても潰されず上がってくれるはず、なんてそんな無責任に甘いこと考えてちゃいけないと思うよ。天才の才能を凡人が潰すなんて、いくらでも有り得ることだから)

2008-02-29

誕生日

暦の上ではひとつの節目。ほら、と指折り数えるように季節は過ぎ行く。夏と秋の間には確かにのっぺりと横たわるものがあり、それが僕らの気づかない進度で歩を進めた。徐々に徐々に森羅万象、そこかしこにその歩みの影を落としていった。僕らは気づかなかった。何故なら海はまだ青く、膝までつかった水温が迫りくるものが到来する時が遥か遠く先であることを語った。

 際限なく無限増殖する細胞のような入道雲は今にも落ちてきそうな程低く、僕らの町と空との間には気持ちの優しい屈強な巨人がその四肢でもって落ちてくるものを支えていたに違いない。それほど空の不透明度は低く、ときおり聞こえる巨人の唸り声や大地を擦って踵からつま先へと重心を移動するときの運びまで僕には雑音なくクリアに染みた。巨人が身を呈して守るこの町には軍事基地があり、そのお膝元では軍人の天下となっている。昔からの住人である人々には笑顔を顔に張りつける以外には生きぬく術がなかった。長い長い歴史の中で培われた護身術のひとつである。

  今しがた西の方から飛行機が飛び立った。

 「あ、また飛行機

 僕は銛を片手に堤防の岩肌が突き出した場所に腰掛けた少女の方を見て、呟くように言った。強い日差しの下でもなお黒い印象的に短い髪を風が撫でた。分け目なく乱れた前髪を手で払うようにしてから、彼女はその褐色に焼けた肌を惜しげもなく露出させたキャミソールに点々とついた水飛沫のあとを人差し指で追った。波礁のかけらが今また振りかかる。

 「珍しいね。何かあったのかな?ここんとこ見なかったのにね」

 有無は膝丈のジーンズをロールアップしたパンツから出した足をぶらぶらとさせ、パンツのポケットからメンソールの煙草の箱を出して包みのセロファンを開けて言った。

 「有無。タバコやめろって」と僕は即座に咎める。

 「またぁ。ほんと親みたいなこと言うね、コムは。いいじゃない別に。何がどうなるものでもなし」

 フリップトップの箱を開けて、銀紙を取り去る。ぎゅうぎゅうに詰った20本のうち1本を抜き取り、首から提げたヘンプライター入れから百円ライターを出して火をつけて有無は笑った。

 「コムじゃねぇよ。虚無。間違えんな

 僕は口を尖らせて言った。

 「知ってる?籠みたいなの被った人が時代劇とかに出てくるじゃない、アレ虚無僧』って言うんだよ。あんたと一緒。おかたいのよ、あんた僧侶だから」

 有無はけらけらと笑っていた。僕は口がたたないのでいつもこうやって最後には有無にオチをつけられてしまう。僕は僧侶ではないのだけど、有無の言うように「おかたい」のかも知れない。確かにうまいことを言うかも知れないがそれでも駄目なものは駄目だと思う。僕はそれ以上は取り合わず、水の中を覗くレンズで水中の魚の動きを追った。前かがみになり静かに刺激しないように獲物の動きを観察した。ふくらはぎの半分ほどの深さしかないこんな浅瀬でも魚はいるのだ。僕は彼らに悟られぬよう体を空気中の成分と同化させねばならない、水上で構えた銛の影だって彼らには察知出来るからだ。自分を狙う者の殺気を読めぬようではとてもじゃないけど自然界では生きてゆけない。僕はそういったことを父から習った。僕の銛が水中に落とされる。

 「オオッシャ!」

 僕は思わず拳を天に突き出し、歓声をあげた。銛の先には体をよじる反復運動を繰り返す魚がまだ息を絶えずにいた。その大きさは「大物」とは言いがたいが、とりあえずは僕がしとめた。僕は有無の顔を見る。

 「すごいじゃない。上達したのね」

 彼女は少し感心したような表情で、フィルターの近くまで吸った煙草を指に挟んだまま言った。短く切った髪を耳にかけて露出した耳には銀色ピアス太陽の陽光を眩しく反射させた。

 「その煙草、ポイ捨てすんなよ」

 僕は目を細めて、ぴしゃりと言った。

 家の玄関の引き戸を音を立てて開け、僕は「ただいま」と言っていつものように帰宅した。玄関先に婆ちゃんが駆けてきて、

 「あらあら、おかえり」と迎えてくれた。

 僕は獲れた魚が入ったびくを見せ、反応を伺う。婆ちゃんはやはり父には適わない、と言う。だけれど、僕だってそのうち父のように立派に成れるに違いあるまいと思うのだ。晩御飯の食卓にあがった自分の魚を想像して僕はにまりとした。

 「虚無、町に行って叔父さんのところに見せてくれば」

 婆ちゃんの提案に僕は「そりゃ名案だ」と同意して僕は自転車の籠に魚の入ったびくを載せて跨った。ゆっくりとこぎ出し、加速して町へ向かう坂道を駆け下りてゆく。頬にあたる風が普段の熱風とはうって変わって心地良いものになっていた。僕は心を躍らせて、叔父の賞賛の言葉と大きな手のひらが頭の上にのせられるのを想像してまたもにやりとした顔つきで自転車をこいだ。僕の着ていた白いTシャツはもう脇のあたりが大きな染みになる程汗を吸収し、ショートパンツは海の匂いが香った。汗でも海水でもいずれにせよ塩くさいのだが、僕の着るものがどれも余所行きではなくとも僕はそんなことは気にとめない。僕は頓着しない。

 町の中心部にある叔父さんの経営する釣具店へ向けて、僕はひたすら自転車をこいだ。

 栄えた大きな通りは夕ともなれば軍人で溢れる。彼らはそこで日々鬱憤を晴らすように酒を飲み、ときには暴力を振るう。そんな空気の中を僕は進んだ。

 規模は小さいが売春買春が行われる繁華街一角で見慣れぬ光景発見した。大概、一目でそれと分かる言ってみれば時代錯誤な「売春婦」風の女の人の立ち姿が見うけられるのだが、そのとき僕が見たのは僕と同世代か少し年上ぐらいのあきらかに条例違反であろう年代の女の子の姿である。僕は目を疑ったが真相など確かめる気もなかった。

 叔父の釣具店の扉を押すと、「波浪」と客に声を掛ける調子で叔父が言い、

 「おう、虚無か。どうした?」

 と僕と気づいた叔父は言い直した。

 「魚獲れるようになったよ」と僕は答える。やはり期待に違わず叔父は誉めてくれた。

 「すごいじゃねぇか。たいしたもんだよ、誰にも教わらずなぁ。銛じゃぁオレも教えられないし。どうだ?この際、針と糸に宗旨変えしねぇか?そしたらオレがみっちり鍛えてやるぞ」

 叔父はいつもそう言う。どうにも僕を釣り中間にしたいらしい。

 「それじゃぁ、食べられないじゃないの」

 と言って共に笑った。

 叔母さんの出してくれたオレンジジュースお菓子を食べながら、叔父さんと話した。

 「そういえば、諭くんどうしてるの?オレ昔良く遊んで貰ったよね、銛も上手かった」

 「あいつぁ、ダメだ」

 急に叔父の顔が険しくなり、僕は余計なことを尋ねた気分になった。叔父は続ける。

 「もう、虚無も大人だ。話してもいいだろう。いいか、虚無。おまえはしっかりしてるしそれに頭も良い。おまえだから話すんだぞ」

 「うん」と僕は異様な雰囲気に半ば飲まれながら頷いた。

 「諭。あいつはなぁ、チンピラだ。軍人の腰ぎんちゃくに成り下がって、ろくでもないことばかりしとる。麻薬の売人とかと組んでおるらしい。最近地元の子らを軍人に紹介する橋渡しのようなことをやっていると聞いた。要はな、売春の斡旋だ。分かるか?あいつだきゃぁ、クズだ」

 「ねぇ、叔父さん。じゃぁもしかして『桜番地』にいた僕と同じぐらいの年の子って…」

 僕は恐る恐る尋ねる。

 「あぁ、そうだ。昔は『桜番地』はきちんとした風俗街だったけど、今じゃぁ何だ、援助交際っていうのか?すっかり芯まで腐りきっちまったよ、この町も」

 叔父が煙草に火をつけたところで叔母が話に入る。

 「お父さん、やめなさいな。虚無ちゃんにこんな話。この子はまだ中学生なんだから。そうだ!虚無ちゃん、ご飯食べてく?」

 「何を言ってる。虚無はな、そこらのガキとは出来が違うぞ。そこらへんちゃぁんと分かっとる。な?虚無」

 僕は収拾をつけられなくなったので、「家で食べる」と言って店を出た。しかし、僕はさっき聞いた叔父の話で頭が一杯だった。僕がこんなにも動揺するのは集団の中に恐らく有無らしき姿を発見してしまったからに他ならない。まさかとは思う。ただ、どうしたらいいかは分からない。

 僕は家路に着いた。

 いつも魚を狙う場所があって、そこは観光客がくるようなところではなく地形も厳しく地元の子でもおおよそ僕ぐらいしか来ないプライベートな場所であった。今が夏休みだろうとそうでなかろうと、僕はそこで海につかった。 とろけそうな陽気の中有無はけだるそうに切り立った岩の上に立ち、僕を見下ろしている。彼女は紺色のキャミソールを着ていて肩にかかった部分から黒い下着のストラップがはみ出ているのが見えた。僕も彼女の立つところまで岩をよじ登る。爪や指先、そういった箇所が痛んだ。有無はやはり面倒臭そうに煙草を吸っていた。

 「今年は客足悪いんだってさ」

 彼女は自分の家が営む民宿の話をする。僕の家も観光客相手の商売を多少なりともしているので、そこらへんの話は良く耳にする。今年に限らず年々客足が減ってきているらしい。僕の住む町はそういったことに依った収入が不可欠な町なのだ。切り立った岩のすぐ下の水の中では僕が父から譲り受けた銛が天に向かって真っ直ぐに生えている。それは水没している部分がゆらゆらと正体不明に揺れて、眩しい光りを水面に放った。

 「喉乾かない?買ってこようか?」

 僕は振り返って有無の顔を見て言った。

 「ん」

 自分の財布を放り、咥え煙草のまま返事とも言えない返事で答えた。煙草を離した唇から白く風に棚引く煙を吹いて「奢る。あたし炭酸ね」と付け加えた。

 ガードレールなどない取りあえず舗装された道路を歩き、生活雑貨から何から売っている商店の前の自動販売機の前に立ち有無の二つ折りの財布を開いてお金を取り出そうとする。銀行カードや何かの会員証やらが差してあるスペースに異物感を感じて僕はそれを取り出した。僕は思わず絶句して立ち尽くす。コンドーム男性避妊具である。丁寧に連なったふたつのそれを慌てて元の場所にしまい、小銭が入るポケット部分から手早く出したお金ジュースを2本買った。有無のいる場所へ戻る最中、ずっと考えていたのだけど僕は僕の妄想を頭から払いのけることが出来はしなかった。

 缶を彼女に手渡すとき、偶然とは言いかねるが彼女の服と下着の中に眠るふたつの丘陵のゆるやかなカーブが見えて僕は激しく興奮してしまう。多分原因はさっき財布の中で見た、「性的な行為を行うときの確信」みたいなもので僕のその妄想を確かに現実の場所へ引きづりだすのだ。有無がいくら前かがみの体勢をしていたとしたってそれを覗くのは偶然でなく僕が見たかったからに相違ない。

 夏は終わりにさしかかっているようで終わりは一向に見えやしない。まだまだ雲はその力を誇示するかのごとく胸を張って広がりを見せる。空は低く。巨人はさわやかな笑みを浮かべ。

 僕は思い切って尋ねた。

 「なぁ、おまえ、やったの?」

 僕はこれ以上具体的には言えなかった。空気は全ての空間と繋がっていると僕は思っていたのだけど、それは違った。人と人を繋ぐ関係性の濃密によって区切られていたのだ。そして、僕は空気がこれ程硬く固まるものだなんて知らなかった。伝う汗さえも流れ落ちない程度時間が流れた。

 「見たんだ?」

 と言って有無は目を閉じて立ちあがった。そしてゆっくりとこちらを向き、太陽に背を向け逆光の中褐色の肌が通常よりもそのトーンを落とすのを僕は見た。明度も彩度もが一段落ちる。そして瞼を開いて微笑んで言った。

 「そうだよ。セックスしたよ」

  僕ははっきりと滑舌良く発音したその単語と服と下着の中から覗いたふくらみを脳裏に描いて、まるで猿のように際限なく永久機関のように終わりなくオナニーした。マスターベーション自慰行為と言い代えても良い。そう、十年一日のごとく来る日も来る日も布団の中でそればかりしていた。最低の男であった。他にするべきことも見つかりはしなかった。想像が加速してブレーキが利かず、有無は僕の想定した架空の世界の架空の部屋で日を追うごとに一枚ずつ脱いでゆき、日を追うごとに僕のどんな無理な要求にも応えるようになった。そしてある日の夕方一切立ち寄らなくなった海へ行き、計り知れなく大きい太陽ですらすっぽりと難なく包んでゆく水平線を見て自分が一体何者かを己に問うた。

 朝起きると適当な袋の中に水着タオルそういったものを積め込んで、海へ出かけた。銛は持たず、ただ体ひとつで海を泳ぐ。海水中の塩分が浮力を生み僕の体をまるで拒絶するかのように押し上げ水面に浮かせた。僕が潜ることを嫌がっているようでもあった。体中に蔓延した不健康な老廃物を全て排出する腹づもりで、体の奥深く何処かで息を潜める病巣の中核を探し当てねばならない。そうでもしないと僕は存在異議を失うのだ。夜毎陰茎をしごくだけの「もの」であって堪るものか。自分だけが知る海岸線でなく、公衆遊泳場に来ていた。時期もピークではないので割と地元若者が多いようである。そういった経緯で日がな泳いだ。

 僕はこれ以前にだって自慰行為をしていた。考えていた。ずっと。何故僕はこうまでみっともなくならなければいけなかったのか。何故僕はかさぶたを掻き毟るように。何故。何故。そういったことを呟きながら水中から回答の眠った宝箱を探す、見渡す。遊泳中のカップルの片割れで目的も持たずにふらふらと漂い泳ぐ女が平泳ぎの恰好で股の間の小さな布で隠された部分を晒すのを長い間ずっと潜り続けて凝視していた自分を発見したとき、僕は同時に答えをも発見した。なんのことはない。これが僕だったんだ。塩水で目を擦った。

 僕は大人になるまでこの自分自身の下半身的問題を平和的に解決出来ない。要するに女を買えない、ということだ。しかしながら僕は望みもしたが勿論憎みもした。有無が買われるという現実を、この両目ではっきりと見ておかなければならなかった。より深く自分を呪う為に。

  町へ降りると、金曜だけあって人は多い。都会の盛り場と比べたら本当にちっぽけなものだ。色町『桜番地』へ近づくにつれ、ぎょろぎょろとした目つきであたりを見まわす。ここの色町は変わっている。それらしい店を全部一角に集めただけで、表の通りから丸見えの場所で平然とさも普通のことのように売り・買いが成される。同時に良くある繁華街でもあるから、例えば僕や同級生やなんかが居ても特に誰も咎めない。

 僕は諭くんを見つけた。面影が残っていたのですぐに分かった。その後について歩くのは有無と同級生の友達であった。僕の予想は出来れば外れて欲しかった。全員知った顔で、それもクラスの中でも特に大人びていて顔だちが美しく整った者ばかりだった。そして有無は群を抜いている。

 僕は叔父さんの家にお使いに行く名目で町に来ていた、そして恐らく彼女らも似たような嘘を並べて来たことであろう。預かってきたトマトを握りつぶした。

 何てこった。あいつらか。

 僕は自転車の籠の中のトマト軍人の足元に投げつけた。そして僕自身、我を失い何事か夢中で叫んだ。自分ですら果たして何を言っているのか分からない。僕は右手の中指を立て、

 「間座墓!」

 と叫んだ。軍人は首だけで振り返り、それから僕の方へ歩みを寄せる。僕よりも40センチ身長が高い彼の眼光は既に「子供のしたこと」を笑って許すような雰囲気ではなかった。軍人はその上等な皮のブーツで僕のももの付け根をポケットに手を突っ込んだままで蹴った。大人の力の衝撃がその箇所から電流のように地面に抜け、さながらアースの役割でも果たしたかのように僕の左足は焼け焦げて落ちた。立っていられなくなり、地面に倒れ込むとすぐ目の前に皮製の靴のつま先がある。目をつぶる暇もなく鼻から大量の血が流れ出して、息が出来なくなった。口の中が熱くて、鼻水と血が混ざってマーブル模様を織り成しその不自然な美しいコントラストを眺めた。涙で視界が利かなくなると、今度はわき腹に針で刺されるような衝撃が訪れた。正体不明の嗚咽を漏らす僕を助けようなどという者は現れるはずもなく、結局は僕が何者であるかを問われるだけだった。彼の顔は笑っていた。

 「坂!…国家!」

 僕は片足を押さえ膝を付いた姿勢まで体を起こし再び中指を立てた。彼はそれまで顔の表情は笑った形を作って努めていたがその瞬間には完全に笑顔もおちゃらけた態度もなくなった。ポケットから出した拳で僕を思いきり殴りつけた。僕は誰だ?彼は最早軍人として僕を殴らない。そして笑わない。ならば、立ちあがろうとする僕は一体何者だ?今さっきまで軍人であった男は問う。オレは誰だと。オレは一生陰部を擦り続ける醜い生き物か?そんな男か?退いて生きるか?

 僕はふいに笑いがこみ上げた。

 「オレは海の男だ」

 僕は声に出して言った。

 彼は飽きたという身振りで友人らしき軍人を連れて、帰っていった。だらりとぶら下がった動かない腕はファイティングポーズのつもりだった。

 叔父さんの家で目が覚めた。叔父さんは安堵した表情で

 「あぁ、良かった。このまま目を開けないんじゃないかと思ったよ。しかし、すげぇ顔だなぁ」

 と僕に話し掛ける。叔父さんの説明によると僕は気を失い、そして軍人が帰っていった後で見ていた人達がここまで運んでくれたということらしい。有無がどうなったか知りたかったけれど、そんなことは勿論訊けはしなかった。叔母さんが出してくれたお粥を食べようとして口の中に入れたらすごい衝撃が走って、僕は思わず宙に浮く。

叔父さんも叔母さんも笑って言った。

 「虚無の親父さん、未曾有さんもケンカはしたけどさすがに奴らにケンカふっかけるなんざ聞いたことねぇや」

 「そうよ。もうちょっと相手を考えなさい。殺されてたかも知れないのよ」

 やはり叔母さんは泣き、僕はあとで家族にみっちりと怒られた。

 だけれど、僕は自分が何者かを取り戻した。

 以前にも増して僕は亡き父のように立派な漁師になろうと強く思う。鋭く切り立った岩壁を背に、汐が引いて膝丈程もなくなった外界から隔絶された知られぬ海で僕は銛を片手に空を見上げた。いつまでも空は夏の様相を呈していて水面に落ちた人影で僕は背後の岩の上に有無がいることを察知する。

 「そこだ!」

 僕は小指の爪ほどの大きさの小石を放ちながらそう言った。

 「久しぶりじゃない」と小石のことには触れずに進める。思わず冗談めかした自分が恥ずかしくなるほど冷静に。

 「そうだな」

 僕も冷静に。

 「虚無、少し変わった?」

 「そうかな」

 「何してんの?」

 「銛の練習。オレはやっぱり漁師になるよ」

 「そう」

 そんな会話を交わした。有無はメンソールの煙草に火をつけて煙を吐き出すと同時に顔を上げた。僕は相変わらず銛で水の中の地面を形をなぞるように落ちつきなく突ついていた。彼女は指に煙草を挟んだまま、切り立った岩のわずかな取っ掛かりを慎重に滑るように降りた。僕の隣に腰を下ろし尻をつけて砂浜に座る。僕も砂の上に座るが水着が濡れていた為に濡れた砂が尻の形にくっきりとついた。あまりスムーズ言葉が出ない。

 「有無は?何になるの?」

 僕は沈黙の堰を切るように話し掛ける。

 「分からない。あんたのお嫁さんにでもして貰おうかな」

 僕が驚いた顔をしていると「冗談よ」と言った。

 二人で動きのない海を見ていた。海鳥が遠くの島へ飛んでゆく。すると、有無は立ちあがり

 「気持ち良さそうね。あたしも入ろ」

 とそのままの姿で駆けて波を掻き分けてその身を浸した。僕があっけにとられ制止する暇もないまま彼女はずぶぬれの恰好で海からあがってきた。

 「やっぱ服着たままだと辛いね」

 僕の目は彼女の透けた服から浮き出た秘密しか入らず、完全に思考は停止し例えば気の利いたセリフのひとつも出てこないままとめどなく湧いてくる唾で急激に乾いていく喉を潤していた。髪をかきあげる仕草をした後、有無は

 「虚無はセックスしたいの?」

 と訊いた。

 僕は「オレはセックスしたいよ」と答えた。

 僕は煮え切らない情欲を抱えて悶々としたままの紳士に分かれを告げた。僕は快楽を貪る者だが、決してそれのみには存在しない。彼女に抱いた幻想彼女に抱いたいかがわしい妄想、己に都合の良い空想、そういったものを1箇所にまとめて全部破棄した。それから僕は有無と交わった。

  鋭く切り立った岩影で、外界から情報がシャット・アウトされた知られぬ砂の上で、落ちかけた太陽に焼かれ背中を水飛沫に濡らし僕は一際大きな声を出して果てた。

 僕も有無も裸だった。彼女のお腹の上にはまだ生々しく行為の証が記されたままである。濡れた有無の服は薄いタンクトップですらまだ乾かず先ほどと全く変わらない。時間の経過も感じられない。脱ぎ散らかされた衣類の位置もそのままだ。

 「気持ち良かった?」

 と一番最後に有無は乾いた服をそそくさと着ながら訊いた。

 自転車海岸線を走っていると、東の方角へ飛行機が飛んでいった。僕が数えただけでももうさっきから一体何台の飛行機が飛び立っただろうか。気体がもの凄い速さで小さくなっていくのを見届けてから、再び自転車に跨りエデンに似た外界から隔絶された場所へ向かう。遠目に有無の姿を発見して片手でハンドルを握りながら大きく手を振った。彼女も体全体を使って信号を僕に返す。

 「あ、また飛行機

 有無は上空を見上げて言う。

 「オレも見たよ。来るときだけですごい数の飛行機見たなぁ」

 「あたしも。何かあるのかなぁ。演習とか?」

 僕は「さぁ、どうだろうね」と言い終わらないうちに、すぐ隣に座る有無の乳房を背面越しに触ろうとした。彼女は僕の手をまるで蝿や蚊をはたくような感じで叩いた。僕が彼女に会うのが待ち遠しかったのはいわずもがななのだけど。有無は

 「あの時だけだよ。そんなねぇ、都合良くホイホイやらせるわけないでしょうが」

 と手厳しく言った。僕はしつこく懇願したが、彼女が要求を飲むことは無かった。岩場に立てかけた銛が太陽の光りを反射して光線を生み出す。僕や有無に浴びせ掛けられた兆しの元を探し、空を見上げた。往き付く先は夏を完全に体現しその大きな両手で包み込むような入道雲。空を支える巨人はやはりその笑みを絶やさずやがて秋が来るまで微笑み続けるのだろう。

 「まったく、言わなくちゃ分からないの?」

 有無は胸の高さの水面に左手を入れて、水の中で僕の手を握り引き寄せた。帆を張った舟のように水面に浮かんだ僕の体もその小さな力で彼女の体にぶつかる形で引き寄せられる。お互いに向き合い体の前面を押しつけるように抱き合った。彼女は僕の股間を水中で触る。空は高く広大で、僕たちは身を寄せ合い抗わずそこに含まれた。東の空からまた飛行機が飛んで来て、僕たちの上空を過ぎ去るのを見ていた。

 僕たちは飛行機の来た方角の空を見る。空では入道雲とは違う、けれど、ひときわ大きな球体のような雲が風船が膨らむ様を連想させた。心なしか荘厳で見ているものを魅了する何処かで見たことのある形の雲だった。ずっと、ずっと遠くまで、僕は僕の父も祖父もが愛したこの海の果てまで思いを飛ばす。

 「わぁ、見て。綺麗」

 と有無は水中から出した手をかざし、遥か遠くの海で立ち昇る雲を指差した。

2007-11-19

スイーッ(笑)って

オレの得意の平泳ぎ馬鹿にされている気がして嫌な気分だ。

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