はてなキーワード: カーズとは
いやまあ、実際良くある話だし、ある程度仕方ない状況なんだろうけれど、ともかく早いうちににどうにかしないと君のほうが潰れちゃうよ。良いプログラマが燃え尽きてしまうのは悲しいので、上手く受け流して欲しいと思う。あ、あと「同僚と比べてどうだ」ってよりも「自分の精神状態がヤバい」ってことを認識したほうが良い。自分でも気づいるだろうけど、「自分が仕事してるんだから相手もすべき」ってのはブラックへ一直線だしあんまり意味のあることじゃない。「不公平な扱いを受けている」と君が思うことで精神がすり減って、生産性が落ちたままになることが最も大きな損失だ。
まず、仕事量についての客観的な指標についてだけど、これはもう自分で書いてるだろw
1,2は十分に客観的な指標だし、どちらも上司なら確認できるはずだ。
もちろん上記の指標は「個人のクリエイティブな仕事の量および質を総合的に判断できる単一の尺度」にはならないが、まだ人類はそんな素晴らしい尺度を知らない。だから、尺度の正当性はあんまり気にしなくても良い。定量的で反証可能な数値なら十分だ。
1,2を示すだけでも自分の仕事が多いことは説明できる。上司がちゃんとコードの読み書きができるようならば3についても判断できるだろう。
さすがに1~3の全てにおいて、3人のグループ全体よりも君が上回っており、かつ報酬が彼らと変わらないようならば、それはやっぱり不公平なんだろうな、と思う。
だけど不公平であることを指摘しても、上司は、「今はプロジェクトが大変なときなんだ、君には申し訳ないが、ちょっとだけ頑張ってくれ」とか言うだけだろう。そしてその「ちょっと」は、少々の断続を挟みながらもかなり長く続き、多くの場合、退職する日まで終わらない。
そして君が忙しい状況は10年続き、
―君は―
社畜と人間の中間の生命体となり、永遠にSE業界の闇をさまようのだ。
そして辞めたいと思っても辞められないので
という状況になることは想像に難くない。カーズじゃなくてもおんなじだから気にすんな。
まぁそんな深刻かつ軽妙なジョークはともかく、問題の本質は作業量ではなくて、「プロジェクトが大変な状況である以上は作業が多くても断れない」とか、「そもそもプロジェクトが炎上するのはスケジュールが管理できていないだけなので自分とは関係ない」って言えないとか、「少ない休みで働くならば相応の報酬を要求する」とかいう議論ができないということだ。宗教上の理由で。
労使が本来は対等な雇用契約でしかない以上、あなたが納得いくまで議論して、適切な人員を配備してきっちり休めるようにするとか、休日出勤や生産性の対価としてがっぽり報酬を貰うとかするのが当然の姿だ。ただ問題なのは、職場で君がそれを主張しても、相手はきょとんとして困惑し、次に半笑いで「そんなことができればいいんだけどね……」とか不思議な言葉を発しつつ曖昧に誤魔化すだろうということだ。現代日本においてその曖昧なごまかし力はものすごく強い。仮にプロジェクトが失敗したり、そのお陰で自殺者た~っくさん出たりしても、翌日にはまた平常運転を続けてしまうほどである。これは恐ろしい社畜魔法の一つで、楽しい仲間が「ぽぽぽぽ~ん!」と魔法の言葉を唱えることで全ての責任の所在が有耶無耶になる、という効果を持つ。
このような文化の中で、君の取れる現実的な手段は以下の様なものだ。他にあったら教えてくれ。
まあ、とりあえず現実的な方法としては上司に「この状況が改善されないなら、ある日突然、僕は旅に出るような気がします。きっと何処かで幸せに暮らしていると思うので、探さないでくださいね。」とか言ってみれば良いと思うよ(なげやり
死とは、不可逆の自称で、以後、再び動いたりしないことである。
として、真の生物でないドラえもんは故障後も再稼働に持って行くことは、現実的でなくとも可能だろうと思うに至り、生命ではないと、「私は」認識する訳です。
寿命の設定が無かろうが、一度完全に死を迎えれば、お終いの存在ならやはり生命だと思います。
ぴったりの表現で言うならニルバーナというか、蝋燭の火が消えて、お終いならそれは生命だというか。
ゾンビ。死語も活動していますが、やはり生命ではないでしょう。正体は創造者のロメロに聞いてください。
カーズ。死ねないと本人も仰っていますが、やはり太陽に突っ込むなり、ブラックホールに吸引されるなりで死ぬと思いますので、生命ではないかと。
キリスト。世界中で、唯一、死後に復活した例外。事実の確認が難しいので言及しません。(断じて、インチキだと決めつけているわけではないです)
呼んでくれた方の中に、曰く
「定義はちゃんとあって、
自己複製する
境界がある
代謝する
の三つなんだよね。
まあ定義が難しいとか論争があるかのように書かれているサイトは多いけども。
と仰った方がいます。
ここは見解の相違です。それは、一部の人が、便宜上決めた定義でしかないのです。
仮に上記の三要件を必ず満たす物が生物だと言うのであれば、種子を作る機能を欠いた植物は生命ではなくなってしまう。
ウィルスが生命でないというのは現段階で生命だと明言できないからに過ぎない。
と、まあそんな感じ?
ちんちん。
「全体を破綻させることなく、どこまでマニュアルから離れるかがお洒落」とも。
この言葉の意味するところの一つの解を服に限って考えるに、できるだけ異なるジャンルのアイテムを破綻なく組み合わせるということだと思うのだ(あくまで髪型や眼鏡といった、服以前の問題をクリアしているのは前提として)。
例えばこんな感じ。
なんだか文章にすると物凄いことになっているが、こんなん鏡と相談の上「行ける!」と感じたらやったもん勝ちじゃないだろうか。
その結果「俺の黒歴史がまた1ページ」になるかどうかは、どんなお洒落さんでもやってみないと分からない。
もちろん少しでも勝率を上げるため、言い換えればコーデを破綻させないため、可能な限り工夫することは必要だろう。
ポイントは恐らくこんなところ。
以上のうち、試着以外は仕事の合間のネットサーフィンによる記事閲覧や、通勤通学・外出中に見かけたお洒落さんを観察することでも学習できる。
あとは実践あるのみだと思う。
みんなに質問したい。
いつか年を取って介護なしでは生きていけなくなって、老人ホームか家でほぼ寝たきりになることについてどう思う?
きっと楽しみはTVか車椅子での散歩。自分が狂ってれば気にする事さえないんだろうけどきっと近くには喚いたり文句ばっかりの老人、
たまにどこからか排泄物の匂いもして、仲良くなった人が先に亡くなったりする。排泄も風呂も人任せ。
家族の見舞いのペースが減ったり、むしろ介護される側からすれば毎日来てほしい訳だろうし。
中には邪魔者扱いされたりする人もいるだろう。レアなケースでは殺されたり、放置死、心中さえある。
小さいストレスならそれこそ毎日あるだろう。
みんなは自分が年を取ってこうなる事を受け入れられているんだろうか。私はどうしても嫌だ。
別に介護されてる老人たちを非難してるわけじゃないよ。飛行機でしか行けない距離でじいちゃんが老人ホームにいて年に5回くらいしか会いに行けなかったが、
くも膜下出血で歩けなくなってまともにしゃべれなくなっても意識はしっかりしてたし自分にとってはじいちゃんだった。他の老人も誰かにとっては大切な誰かなんだろう。
でも自分がなった場合は例外だ。死ぬのは怖いが死んだほうがましという考えがある。体が満足に動かせないなんて認めたくない。勝手に外出しようとすると止められるなんてありえない。
ここが死に場所なんて考えたくない。排泄の処理も風呂も誰かにしてもらうなんて恥だ。階段で骨折とか理解できない。
こんな考えを持ってる人たちは将来どうすればいいんだろう。一部で有名な(っていうか二部で)カーズさんみたいに考えるのをやめるしかないの?
なんか読み口が似てるのが続いたなーと思ったので。
『正直売れたい。-BLマンガ家天城れのの必死屋DAYS』天城れの
共通点は主人公(=作者)と担当との掛け合いが主になっていることと、
担当から主人公が何かしらに虐げられているということ。
初版をみると上から、2007/1/25、2007/4/3、2009/9/10 なのでそれ程近々に
発売されたんじゃないから今ブームって訳じゃないのね。
それにしても『正直売れたい。』は上のふたつパクリすぎじゃね。
本としてのコンセプトがそうだから仕方ないのかもしれないけれど
『楽屋裏』と帯付きの表紙のデザインそっくりだし(並べたら帯のサイズまで一緒だった。
ただ、本文でこういう本にしたい~っていう例を出していたからギリギリセーフなのか…?
しかし並べて売りたくなるくらいそっくりだよコレ。)。
帯に類ジャンルの人気作家の名前を大きく見せるのも最近流行ってましたよね。
『DMC』の帯にハロルド作石先生がコメントを寄せていたのには笑ったなぁ。
カバー裏の四コマも『暴れん坊本屋さん』でやってたしなにより底辺漫画家っていうネーミングは
(『マザー…』の作者はこれが初コミックだそうで、『正直…』の人はいっぱいコミックス出てますし
寧ろ私が名前を知っていたっていうことで正直私の中では全然底辺じゃないです。)
こういうのが『ワンピース』と『RAVE』の関係なのか…?
何で『楽屋裏』と『マザーファッカーズ』では感じなかったものを『正直売れたい。』では感じてしまうんだろう。
コンセプトがかぶるってよくあることなのに、個人的にプライドのないパクリ方にみえてしまってがっかりしたんですよ…リブレさん。
>「反日上等」について――街へ出よう。 - アクティビスト/編集者・園良太の日記
http://d.hatena.ne.jp/Ryota1981/20090729/1248862247#c1248890526
なんだこりゃw 「アクティビスト」だとw
編集者って何の編集だよ、と思ったらやっぱどっかのクソサヨ系かw
http://d.hatena.ne.jp/Ryota1981/about
>07年8月から編集プロダクション「ワーカーズコープアスラン」で働いていました。
あの例の女子大生もこういう自称物書きにはなってほしくないなあ。
別に何の障害もないんだからとっとと帰化しろってのw
一時期、ゾンビのことばかり考えていた。
ロメロ監督の名作「ドーンオブザデッド(ゾンビ)」を観てからだ。
もともとホラー系が苦手で、特にハマったりはしなかった。
盛り込まれ、恐ろしいほど名作だったのだ。
そんなの全然気にならないくらい、ものすっご面白かった。
そして、一時期は「俺がこの終末世界に居たら、こう行動する」などを
ずっと頭の中でシュミレーションしていた。
友人と御飯を食べながら、でも頭の中はゾンビのこと。
夢の中でもゾンビのこと。
「くさりかたびらを全身にまとえばゾンビにかまれても平気じゃね?」とか、
防御方法をずっと考えたりしていた。
武器は銃+槍系だろうか。カーズみたいに手に剣をくっつけるのもできたらいいな、
とか真面目に考えていた。
そうしているうち、ゾンビ系映画をいくつも観ている自分が居た。
28日後。
28週後。
デイオブザデッド。
REC。
ダイアリーオブザデッド。
アイアムレジェンド。
ドーンオブザデッド(リメイク)。
ショーンオブザデッド。
バッドテイスト。
いくつか名作とも出会ったのだが、
数百年後、ボッカチオのデカメロンみたいに、
それほど、ゾンビのことしか考えられなかった時期がある。
・・・いかんね。