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2024-06-18

線路は続くよどこまでも、って元はこんな歌詞だったの?ブラック労働じゃん。日本語版との差が怖くて泣いちゃった。

線路は続くよどこまでも』(せんろはつづくよどこまでも、原曲名 I've Been Working on the Railroad)は、アメリカ民謡

日本では佐木敏作詞歌詞が付けられ、明るく楽しい汽車旅を歌っている。

文献上は1894年版の『Carmina Princetonia』(プリンストン大学グリークラブ用の曲集)に「堤防の歌」(Levee Song)のタイトルで載せられているのがもっとも古い。

歌詞黒人英語で「I been wukkin' on de railroad」になっている。

I've Been Working on the Railroad

I've been working on the railroad 俺は線路で働いている

All the livelong day まる一日中

I've been working on the railroad 俺は線路で働いている

Just to pass the time away あっという間に時間が過ぎてゆく

Don't you hear the whistle blowing 警笛が鳴り響くのが聞こえるだろ

Rise up so early in the morn こんな朝っぱらから起きろってさ

Don't you hear the captain shouting 親方叫び声が聞こえるだろ

Dinah, blow your horn ダイナ、警笛を吹き鳴らせってさ

Dinah, won't you blow ダイナ、吹き鳴らしてくれ

Dinah, won't you blow ダイナ、吹き鳴らしてくれ

Dinah, won't you blow your ho-o-orn ダイナ、吹き鳴らしてくれ、お前の警笛を

Dinah, won't you blow ダイナ、吹き鳴らしてくれ

Dinah, won't you blow ダイナ、吹き鳴らしてくれ

Dinah, won't you blow your horn ダイナ、吹き鳴らしてくれ、お前の警笛を

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%9A%E8%B7%AF%E3%81%AF%E7%B6%9A%E3%81%8F%E3%82%88%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%82%82

2021-07-03

東京都合唱祭Cブロック感想

Twitterでは身バレするかもなのでここで。

2021/7/3北とぴあ

NYMC Japan

柔らかな響き。アカペラならではのよく聴きあった融ける和音が魅力的。2曲目は、遠い大地から聴こえてくるような幻想的な部分と、力強いエネルギッシュな部分の対比がよかった。

粋声

すげえうまい。もうプロでしょ。(感動したので言葉が悪くなりすみません

各人の技量がとても高く、パート内の声が揃っており、和音完璧。などと私ごときテクニックを褒めるのはおこがましいので、曲の感想を。

隠れキリシタンオラショ祈り歌)をモチーフにした曲。潜伏の末にもはや意味がわからなくなったのであろう、ミサ曲の聖句の残滓が見え隠れする中、「瀬戸潮騒…」と日本語があらわれ、江戸期のおそらくは貧しい人びとの暮らしが立ちのぼる。かと思えば強く鋭くアレルヤアレルヤ…!と歌われて、長い年月を経てなお信仰が「ある」のだと思わずはいられない。

圧巻。

法政大学アリオンコール

1曲目、静かな決意のようなものが伝わってくる演奏

2曲目、若く瑞々しい爽やかさを感じる。この合唱団によくマッチした曲だと感じた。コロナ禍のためあまり練習できなかったとの事だがよくまとまっていた。挨拶した学生さんから、やっと歌えて嬉しいという気持ちが伝わってきた。

合唱団ミモザ

入場が楽しくてノリが良くて元気!

1曲目、万華鏡のように入れ代わりながらユニゾンになったり音がぶつかったりするのがカッコいい。攻めの姿勢演奏が小気味よい。

2曲目、一転して優しい雰囲気。大切な女友達に誘われているようで嬉しくなる演奏

3曲目、冒頭のアルトの、包むように支えてくれるところが好き。

東京都立大学グリークラブ

1曲目、グレゴリオ聖歌とおぼしき清潔なユニゾン旋律が、ふわりと現代的な和音に広がるのがとても好き。

2曲目、ルルルの重く歌うところとスッと抜くところのコントロールがカッコいい。腹筋が使えてるのだろう、日々の基礎練習を讃える。

プロフェッショナルな上手さとは違うのだが、音楽を作る意志に溢れている。アマチュア音楽するひとつ理想型では?!

アンサンブル

明るいノンビブラートの声で、丁寧に聴き合っている上品演奏。少人数で、各自和音の中での自分役割を味わいながら演奏しているように感じた。

この人数で歌うのは怖いけれど楽しいだろうなあ…。

合唱団エトワール

高齢化で…」と謙遜ぎみに挨拶されていたけれど、とても素敵な演奏でした。

女声はまろやかにつややかに伸びやかな声、男声はしっかりした支えで力強くも優しい声。

声がとてもしっくりと溶け合っていて、長年のご活動で皆さん仲良しなのだろうなぁと思います

楽譜の音をただ出すだけでなく、曲を「歌って」いる、心がある。これもアマチュアひとつ幸福なかたちだと思いました。

あけぼの

カッッッッコ良い!!これぞ男声合唱醍醐味

1曲目「優しき歌」は混声版しか知らなかったので男声版に衝撃を受けた。やはりメランコリックで、混声版だとここが痺れるんだよ〜、という部分は期待を裏切らず心拍数を上げてくれる、たっぷりした演奏ステキ過ぎる。

2曲目、斎太郎節系のワクワクする曲。エンヤトットじゃないけどベース通奏低音ビートの上を高声が華やかに駆け回るケレン味ロビーストームで聴いたら恋に落ちそう。

最高でした!

北区混声合唱

ルネサンス曲とメロディック現代曲の取り合わせ。

1曲目はホールの響きを味方に付けて包み込むような演奏

2曲目の後半、ごうごうとうなりをあげる春の嵐のようなエネルギーと喜びでした。

2020-04-23

anond:20200423235336

知っているグリークラブのような気がするけど気のせいかもしれない

合唱をやめた理由

前置き

ふと、社会人デビューする前にこれを吐露しておくと肩の荷が下りる気がしたので下ろしておくことにしました。推敲は一切しないので悪しからず。

本題

自分小学校の時、音楽の授業での合唱に何故か強いモチベーションを持っていた。確かあの時はパヴァロッティ演奏ビデオを見たり、ソプラノ歌手のものを見たりしたか記憶してる。それでもって家に帰るや否やソプラノ歌手の声真似をしようとしていた。声が変わるとそれは厳しくなって少し苦悩はしたが、声は大きかったことと中学に混声の合唱部があったこともあって真っ先に合唱部を選択した。

中学で3年テノール(バリトン寄り)を歌い続けたのは自分にとって一番長合唱経験になっている。

高校に入るとき自分は先行き不安定な歌で身を立てる訳にはいかないだろうから、と合唱から距離を置いて勉強に勤しもうとした。が、これにいくつかの失敗を伴った。

合唱から距離を置いた結果中学合唱時代の同期達と疎遠になった自分は荒れた自称進学校で格好のストレスのはけ口だったようだ。合唱に勤しみすぎたのか、自分には頼れる人間合唱部の同期の他にあまり多くはいなかった。それどころか一部の同期には大分冷たい目を向けられていたように今は思う。ただその一方人数合わせに先輩に呼ばれて一度だけステージに立ったこともあった。

高校を出る頃から今まで、自分合唱から距離を置くべきだったかどうかについては結論が出ないままでいる。そしてこれからも出ないと思う(こういうことを吐露たかった。)

2年を経て上京して、大学に入った際、大学グリークラブ一曲入学式で歌っていた。ゆるそうな雰囲気を感じてここならやっていけるかと思ったが、ここで思いのほか高い壁に当たった。ミサの聖句の一つ一つが余りにも自分にとって重い物になっていた。かつて中学の頃は文章意味を追いかけて、恐らくは絵本程度の世界を思い浮かべることが限界だった。大学に入って、あまりにもミサの聖句は苦しいものだった。半年持たなかった。

それから翌年、中学の同期と後輩に呼び出されて歌った。これは昔ともに歌った人間も居て勝手も分かりよかったのだが、やはりミサの聖句は重かった。しかミサが一番ウケがよかったのも事実だった。結局、1年半ほどたったところで仲たがいしてしまい、それっきり今に至る。

ミサ

結局自分にとってミサは何だったんだろうか。家は浄土真宗本願寺派日蓮宗の両親の下に生まれ、それなりに二人とも経を唱える程度のことはし、自分もさせられた。そんな家で育った自分にとって、若いころはミサはもう一つ、どこか別のところで誰かが信じている神の姿を描こうとするものだったように思える。つまり、そこに神は、自分の中では居たように思う。

しかし、恐らくは不登校と化して自傷まがいなこともやっていた(出席日数もギリギリだった)高校時代辺りが節目だったかもしれない。

大学時代に歌うミサ自分にとって余りにどう歌えばいいかからない、そんな曲だった。旋律を美しく仕上げることは、特に死ぬほど練習した中学時代の勘が多少なり働いてくれる。でもそれだけだった。曲が自分たちを支えている。しかし支えられる自分が何も描くことが出来ないような空虚感があった。神はもう居なかったように思える。

それなりに人を信頼して生きていた中学時代、人を信頼しなくなった高校大学時代ではあまりにもミサに対してモチベーションが違った。

追記

1日経って、やはりある程度肩の荷が下りているのを感じているところです。

思いのほか拙文を人が見ていたので幾分かの追記をしておこうと思います

想像にお任せします(汗)

グリークラブ=聖歌隊なんだから今思えばバカをしたなと思っています

ではないんですがかなり出身校に偏りがあり、出身中学から90人程度、ほかの中学10~30人程度の塊で進学して来ている人が殆どで、既にその中でコミュニティ存在しているというのが実情でした。後東〇予備校に9割の生徒が通っていて、金銭事情でそういった所に所属しなかったのも大きいかもしれません。

今の自分思想無神論に寄っていて、神を熱心に信仰している他人不思議に思えてしまうのです。

それに、ミサはKyrieなどがそうですが、「私はあなた(神)を讃えます」みたいな内容、つまり信仰告白歌詞に含む曲が多い以上それを非キリスト教徒が歌うことに疑問符を隠せないでいます

  • 自分の興味関心が次第に浮かび上がり来る人生と感じた。歌や信仰について現在どういう距離に置いているのか解らないけど、人生の中で少しずつでもそれらに対し思考したり思考する様な材料のある環境にあってほしい。

言われてみると、合唱と神というスコープを通して興味関心が少しずつハッキリとしてきた人生かもしれません。少なくとも信仰無神論寄りになって、クラシック合唱からは足が遠のいているのが実情ですが、時には歌を歌う人、神を信じる人の気持ちを感じる機会を得られればと思います

ミサの項は特にデスノートですね

1年くらいたって見返したら椅子から転げ落ちているか

2006-09-24

大学グリークラブに入部した

10年以上も前になるが、高校卒業式君が代をありったけの声でフルコーラス歌い上げた。決して音は外さず至って真面目に、オペラ歌手バリトンばりで朗々と歌い上げる独唱状態。保護者在校生は何事かという感じでざわつきはじめるし、同級生は爆笑するやら苦笑いやら努めて無視いや他人のフリをするのに必死かというような感じで、教師は教師でおろおろするやら顔をしかめるやら泣いてるのか怒っているのか分からん混乱状態だし、来賓のPTA会長だか市会議員だか代議士の代理とかの周囲は「一体どういう事だこれは」という感じで対応に困っているそれはもう面白アトモスフィアフィールド形成で痛快だった。言葉は悪いかもしれないが、結果としては明らかに「テロ行為」に等しかったと思う。その代償として卒業アルバムの寄せ書きには誰一人書いても書かしてももらえなかったんだけど。特に女子は「せっかくの式をぶち壊しやがって」という悪意で充ち満ちていたっけ。

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1108018.html

http://www.sankei-kansai.com/01_syakai/sya032703.htm

http://fsokuvip.blog101.fc2.com/blog-entry-546.html

 
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