そもそも育休中だとしたら何年育休取ってんの、って事になるけど。
育休中にまた妊娠して引き続き取ってるとしたら歳の大して変わらない子を2人以上抱えてる事になるわけで
それだったらいくら何でもあんなに暇じゃないでしょ。
姑と同居の共働きママってあたりまでは事実だろうけど、それ以外の所は「小町によく居る自称インテリ女」を演じているだけだと思う。
こういう主張は良くあるけど、間違い。
受け手が女性を見下してなくても、「発言者が女性を見下してる」ということを受け手が理解していれば、「女みたいだ」というのは罵倒として意味をなす。
そして、「世の中には女性を見下している人がたくさんいるし、男性を罵倒するときに『女みたい』という表現が使われることが良くある」というのは常識だから、受け手は「女みたいだ」という表現が罵倒のために使われているときは、だいたい分かる。特に、あなたがあげた例だと、発言者が「オマエは女みたいでクズ」と発言しているので、発言者が女性を見下していることは、受け手にはっきり伝わり、確実に罵倒として意味をなす。
これは昔のネットの悪い慣習がまだ生き残ってるだけで、これから問題として浮上してくる。
まあ見ててな、こういう奴らの肩身がどんどん狭くなってくから。
まあ、数十年、数百年単位で、「すぐに」だよ。
プログラマってのは「自分が楽をするためならどんな苦労でもする」人種だぞ。ボタンひとつで求めるプログラムが何でもできるプログラムを作れる目処があるなら絶対作ってる。
実際、自動的に作れる部分はどんどん自動化してるし。次々新しいプログラミング言語が出てくる理由のひとつはそれ。プログラマが少しでも「これ、わざわざ俺が書かなくたってコンピュータが書けば良くね?」って思った部分はどんどんプログラム的にやってくれるようになってる。
「死ね」「これはひどい」「頭おかしい」って罵倒だって本当は問題のはずなんだけど、そこまで問題視されていないでしょう
わたしは、本人に対して直接向けられる「死ね」って言葉のほうが、本人を揶揄するために持ちだされる「アスペ」「池沼」よりもよっぽど問題だと思う。
後者は、別に「は?だから?」で済む話なのに、それが済まなくなっているどころか、「死ね」よりも問題視されているというのは、知的障碍者やアスペルガー症の人たちが不特定多数によって明確に差別されているなによりの証拠。
女の子も「手をつないだだけで妊娠する」と勘違いして単なる生理不順かもしれないし、
女の子によく話を聞くべきだろうな
ロキノン系(笑)とバカにされ、ダサい、曲が似通っている、歌が下手、メンヘラっぽい……。世間から色々言われているロキノン系。
フジファブリックの志村が死んで、Syrup16gが解散して、ミスチルが平和と愛だけを歌うようになって、BUMP OF CHICKENがみんなともだちだよとか言い始めてからだと思う。
ちょうどその頃22歳くらいで、自分と同年代くらいのバンドが世に出てきていた。そういう同年代バンドにカッコいいなとか素敵だなっていう“憧れ”を抱けなくなっていたのも原因かもしれない。
また震災があって、世の中のアーティストが「音楽で日本を救おう」って、そういう思想が表現する音楽の中に入っている気がして、こういうの違うなと思っていて。
なんなら「音楽」っていうものは自分のコンプレックスとか初期衝動とかをメロディに乗せてリスナーに届けたいっていう、そんな単純なもので良かったと考えていた。
また、ファッションの世界でも今は「ノームコア」なんて言われてるけど、音楽もそれだった。
派手なもの、人とは違うもの、共通の趣味で盛り上がるあの感覚。そんなものがカッコいいと思っていたし、ある一定の人にはモテると思っていた。
ちなみに「ノームコア」の意味は色々諸説があるけれど、“3周くらい回った”っていう意味だと解釈している。
ロキノン系大好き! みたいな人はいなくて、カラオケで盛り上がる“懐メロ”をたくさん覚えた。
段々とその方が居心地が良いことに気付き、CDもライブもここ4年間全く音沙汰なし。youtubeあるしね。
サブカルって括りにすると嫌な気持ちを抱く方がいるかもしれないけど、10数年自分の中にあった“サブカル”がカッコいいものではなくダサいものに変化してしまったんだ。
好きな音楽ってなんですか? とか聞かれると、決まって「僕、音楽とか全然聞かないんですよ」って言ってしまう。
驚いて、とりあえずチケットを申し込んだら運良くとれて、ライブに行く事になった。
ただそれで僕の中の音楽に対する気持ちがどのように動くかは分からない。
懐かしいな、で片付いてしまえばそれまでだと思う。
ただ、あの時の音楽に熱中していた素直な気持ちが僕の中でも“再発”してくれればとは少し思っている。
一隻一隻はそれなりの能力を持っていても「○○級」ってなった時に圧倒的に生産数が少ないからなぁ
5位のフィッシャー級なんて175隻もあるし
女性に対して「オマエは女だからクズ」って罵ることと、男性に対して「オマエは女みたいでクズ」って罵ることは明確に違う。
女性のことをクズと思っていなければ、「女みたいで」という箇所は罵倒足り得ない。「女みたいだとなんでクズなの?は?わけわかめ???」てなるはず。
「女みたいだ」というのが罵倒として意味をなすのは、受け手が女性を見下している場合のみです。
同様に、「知的障碍者みたいな顔してるな」というのが罵倒語足りえるのは、受け手に知的障碍者に対する差別心がある場合です。
知的障碍者に対してなんの差別心も持たない人であれば「知的障碍者みたいな顔?しゃべり方?だといけないの??わけわかめ???」ってなるはず。
それを周りで見ている人たちも同じ。
みんなの心の中に差別心があるからこそ、「女みたい」だとか「池沼みたい」「アスペっぽい」という言葉が罵倒語たりえているわけで。
知的障碍者に対して「オマエは知的障碍者だから早く死んだほうがいいんだよ?」って言葉を放つのは明確に人権侵害、誹謗中傷であるけど、
健常者に向かって「オマエは知的障碍者【みたいな顔、言動、知能】だから早く死んだほうがいいんだよ?」って言葉を放った場合、
次の朝に目が覚めて、いきなり視力が0.1から1.5になるわけじゃないよね。
訓練を繰り返しながら段階的に回復していくとして、その間のメガネとかどうしてんの?
ちょい視力回復→新しいメガネ→ちょい視力回復→新しいメガネ→ちょい視力回復→繰り返し
こういうこと?
3チャンネル全部音楽の日とか甲子園中継とか馬鹿じゃねえのか?
アニメを毎週楽しみにしてる奴だって多いんだから、それを軽視するなんて言語道断だよ。
なんでも鑑定団のようにチャンネル2で野球中継の延長とか出来るんだから、アニメでもやらないとアカンわ
出来ない理由なんかないはずだろ
Excelスクショが生産的じゃないのなんて誰だってわかるだろうし
それに対しての批判を自分の所属してる組織であることのSIerの批判と勘違いし、
ひいては自分自身への批判と勘違いして「SIer叩いてるやつはシステム無しで生活してみろ」とか言ってる人なんなの。
その上でタンポポワークみたいなのを叩いてるだけだろ。
一周回ってSIerに所属してる人ってやっぱり(察し)ってなりそう
そのやり方がつらいならそのつらさの原点にどんな問題があるかって議論をしろよ
仕方ないんだよ!つらいけど必要なんだよ!って叫ぶんじゃなくて。
人材流動性の欠如だよ残念ながら大手SIerは簡単に人切れないところ多いし
単純作業に関しては単純作業しか出来ない人に仕事を与えるために
(勿論一旦大量のドキュメントを納品するその枠組みをつくってしまうと合理的な組織に対する競争力になりうる。
例えばある公的機関の納品においては某拝承社のドキュメントをもとに基準が出来上がっていて
それをもとに某拝承社から出向してきた職員が別の会社の納品物をチクチク叩くっていうのが常態化している為、
Excelスクショを作れるような企業じゃないと新規参入が困難になっている。
公的機関だから一般競争入札にも関わらず目に見えない障壁になっている。)
顧客が求める場合もあるけど、その顧客もバカじゃないし個人の背負える以上の責務
が発生しない場合は作り手に非合理な作業やってもらう必要はないだろう。
(そういう意味では、顧客の側も大企業的組織である事も問題。)
画面系のテストは例えばSeleniumとかで自動化し、顧客にも
Excelスクショのエビデンスじゃなくて自動化されたテストコードの方を納品すべき
納得・理解出来ない顧客はシステム発注する資格が無いという雰囲気を醸成すべき
Excelスクショを肯定する輩はExcelスクショしか出来ないからポジショントークしているんだ。という雰囲気を醸成していくべき。
自動化出来るほどの単純作業しか出来ない人は仕事がなくなるかも知れないけど、