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はてなキーワード: ピーピングトムとは

2023-10-05

増田53歳のなにイよんならぁ

(´ω`)「…まえに『クラシックピーピングトム』って無記名の日記かいてたけど、退院して一週間弱たったことだし、1ヶ月ぶりに再訪してきたよ」

(´ω`)「…前回よりも100g多い400gで注文して(ちょっと多かった)とおもいつつも堪能してきたよ、前はなんとなく頼みそびれてたおろしニンニクも注文してみたけど例の大根おろしポン酢醤油サラダドレッシングとおなじく酸っぱめだったな」

(´ω`)「…やっぱり焼かれて出してもらったそのままで食べるのがいちばん美味しかったよ、自宅で2回ほど試行錯誤したとき昆布茶まぶし焼き法と同じ、甘味に近い旨味を感じたね、というかコレに近い味わいはアレだね、鯖の焼魚の最も脂肪分が多いところ、ハラワタを取り除いた腹側の部位、あれの脂の旨味だ!…いや牛肉から魚臭さはしないんだけども」と、おぼえているうちにメモ

2023-09-15

百合BLヘテロも等しく恋愛モノってのはある種のつまらなさやくだらなさを内包したジャンルでしょ

結局のところは「作者の匙加減でいくらでも調整できるハードルの先に置かれたトロフィーを手に入れるまでの茶番」もしくは「一部読者にとってポルノ的な効果があるシーンをひたすら繰り返すだけのワンパターン」でにしかならないんだよね。

恋愛ものには

恋愛成就系」

破局復活系」

失恋系」

「ヤマ・オチ・イミなし系(やおい)」

の4系統があるんだけど、このうち前半3つが上で上げた「作者匙加減トロフィーゲット系」で、最後ヤオイが「惰性型ポルノ連発系」に該当する。

トロフィーゲット系」の物語は「相手との恋愛関係」「最高の思い出」のどちらかを主人公が手にするまでの物語を描いているのだが、その物語は究極的には1話で終わらせられる話を延々と引き伸ばしてるだけの薄めきったカルピスにほかならない。

恋愛成就系」であれば「付き合ってください」「OK👌」で終わる物語を延々と先送りにしているだけ。

破局復活系」であれば「ヨリを戻そうぜ」「OK👌」を引き伸ばしてるだけ。

失恋系」であれば「でも楽しかったよ」で主人公が笑い泣きしておけばいつだって切り上げられる物語である

まれ打ち切りだったり作者がぶっ壊れた果ての逆張りで凄い終わり方もするが、それは単にカルピスを薄め続けている間に誤ってコップを倒しただけであり、やっていたことがカルピス無限水割りであることに変わりはない。

これらの物語は結局のところ、作者が登場人物の行動をひたすら阻害しているだけであり、登場人物が正しいアクションを取れば物語は本当に一瞬で終わるはずなのだ

言ってしまえば「トイレに行きたいけど無理して我慢してる小学生の様子を延々と描写している」ようなものだ。

ただ主人公が「やっぱトイレ行ったほうがいいぜ!」でトイレに行けば開始1ページで物語は終わる。

しかし作者の都合により話は引き伸ばされ「プルプルしてるのを友人に指摘される」「すかしっぺでガス抜き成功し誤魔化して一時的に復活する」「勢い余って少し漏れたことで急激に自体悪化する」といったイベント飛び込み差も物語は劇的であるかのように振る舞う

しかしそれらは結局は主人公が「やっぱトイレ行かないと何も解決しないぜ!」でトイレに行けばその瞬間に終わる物語であるはずなのだ

そうしているうちに収集がつかなくなったとき、突然主人公が「やっぱトイレ行くぜ!」といきなり宣言するか、破綻した物語に相応しい終わりとして盛大に漏らしてしまうのだ。

やっとトイレに行った主人公や漏らした主人公がやけにスッキリした顔を描いて作者は「やりきったぜ!」となるし、読者によっては「よかったね!よかったね!」と喝采を浴びせるのである

しかしそれでやっているのは「1ページ目でトイレ行っておけよ」でしかないのだ。

これが「トロフィーGET系」が持つ圧倒的くだらなさだ。

恋愛漫画にはもう一つパターンがあり、成就した恋愛をダラダラと描き続けるタイプが有る。

これらの漫画はただひたすらに恋愛成功して幸せに暮らす様子が描かれるが、そこに物語としての起伏はもはや存在しない。

主人公カップルたちのデートシーンを見て「羨ましい~~~」と読者が楽しむだけである

やっていることはグルメ番組シズル感ある映像を見ながら「まいう~~~」とタレント感想を述べるのを見ているのと同じ状態である

コンテンツのあり方としてこれは実にくだらない。

三大欲求の一つである性欲を間接的に刺激するような延々と続く前前前戯のシーンを見てココロチンコマンコを読者がクリクリしてオナニーするためだけにこれらの作品存在する。

読者にとって恋愛対象となるキャラクター達が恋愛をしている様子を見て、ピーピングトムとしての快楽に浸っているのである

恋愛作品ときにはセックスを直接描写するが、それはまさにこのピーピングトム向けのご褒美なのだ

だがその内容がセックスでなくても、性欲依存の覗き趣味を満足させるための作品なのは変わらない。

銭湯盗撮をする行為をしたからといって相手レイプのような傷を残すことがなくても、結局それを見て性的興奮を覚えるのと同じく、程度が違うだけでしかないのだ。

恋愛物を楽しむココロの延長線上には必ず性欲がある。

性欲に依存しているだけの低俗コンテンツ

それが恋愛モノであり、それが最も顕著なジャンルヤオイである

これらの要素は作中人物たちの恋愛観がホモであろうがヘテロであろうが異種族間であろうが変わることはない。

各々の読者が自分なりに納得の行くオカズを求めてそれらの作品を選ぶのだから、結局それらは性欲に基づいた茶番の覗き見でしかないわけだ。

実に気持ち悪くい。

そして程度が低い。

私は恋愛物が面白いなんて思えない。

それがどんなジャンルであったとしてもだ。

あんものを見るぐらいなら堂々とポルノムービーを鑑賞する。

たとえば君達も映画で盛り上がっている時に急にラブシーンが始まると興ざめすることがあるだろう?

あれは結局のところ、性欲が高ぶっているわけでもない時にポルノムービーを見ているの同じ状態からだ。

満腹の時にかぐ焼肉匂い悪臭であるのと同じなのだ

眠くない時に寝ようとすることが苦痛なのと同じなのである

本当に中身があって面白いコンテンツであれば、そういった本能的な満足感さえ超えて圧倒的な力でこちらの感性をこじ開ける。

それこそ今まで知らなかった価値観さえ提供してくれるだろう。

だが恋愛物が提供するのはどこまでも性欲の延長線上にあるものだけだ。

実に低レベルだ。

人類はさっさとこんなものを有難がるのを辞めろ。

2023-09-04

anond:20230904160552

ピーピングトムってなんか聞いたことある

つぎ京都行くことあったら寄ってみよう

クラシックピーピングトム

もうゆうにさんじゅうねん()は前になるが、なんだか体育会系ノリの文系クラブに属していたとき、なにか上回生の目にかなうことをやりとげたら「ピートムで肉、喰わしたるわ!」という不文律があった京都大学生時代幸運にも何度か嵐山の東の手前にあった『ピーピングトム』というステーキハウスに連れていって奢ってもらったことがあった。

卒業して数年してから京都駅の南側にも系列店があったのを発見したり(ネットなんか影も形も無かった頃)したが、安月給の身には縁のないジャンルだなぁとそのまま通り過ぎただけであった。

…月日は流れ、ふと思い出して検索したところ、北山店というところしかもう残っていないのがわかった。「行ってみるか」地下鉄ふくむ鉄道の最寄駅よりもわりと外れた立地にあるので市バス停留所から降りて赴く(Google検索いちばん徒歩距離が少ない候補採用した、暑いから…)。

建物の二階部分にある店舗の扉を開けると、奥まで続く長いカウンターと、そのカウンターに沿ってなおかつそれよりも見えないくらい奥まで続く調理スペースが広がる。

150gから500gまでの範囲で注文できるが、カウンターに立ててある見本写真なども参考にしつつ、300gをオーダーすることにした。あと、サラダ類やライスさえも別注文なので、ミニサラダと中ライスそれから瓶のヱビスビールも頼む。それから感覚的に10から15分くらい待ったかな?といったところですべての品が揃った。

…美味い。しみじみ美味い。小鉢ポン酢醤油大根おろし小口切りネギを張ったものが添えられているので時々それに浸しながら、ライスビールと交互に噛み締める。ポン酢は例の完全味付けを標榜する旭ポン酢系統出汁とかの旨味がなくでも香料ではなく柑橘類の酸味で勝負するタイプであったが、そんなものに浸さなくても、肉だけ齧って十二分に美味い。見た目はサイコロ状に切り分けられて表面ガリガリに焦がされ粗挽き胡椒が認められ中央が紅くて肉汁が侵出している状態なのだが、ソースもとくにかかってないようなのに、本当にそれだけで美味い。メシマズアレンジャー入門クラス生ゆえ、ついつい卓上の塩やミルに入った胡椒を振ってみたりもしたが、?という感想しか出なかったくらい、どういう理屈マジでからないが味わい深かった…。全部たいらげたあと、好奇心と「これも絶対うまい」との確信をもってステーキ皿に遺ったワインレッド肉汁も啜ってしまったが、汁だけなのに肉の旨味と甘味が確かに感じられた!

先に居た客が退店して独りだけになった気安さもあり、ほとんど同世代だろうとおもわれる顔立ちのやや疲れ気味な店員(ワンオペだった)に味を褒めたら『来られたのは初めてですか』と訪ねてきたので、嵐山に行ったことはあった、調べたら失くなっていたのでここに来た、と伝えると『マスターが亡くなったので閉店した』『ここ(北山店)が先にできて、2年してから嵐山オープンした』『サラダドレッシングはここのが少し酸味が強いかもしれない、肉の焼き方やスタイルは同じ』と話をしてもらった。

ネットでいろいろ調べて自宅でも買ってきた肉を焼くことはあるけど、最初の一回以外、どうも満足したことがない。やはりクラシックステーキというのは美味いものだなぁ、と知った日であった。

2023-04-08

同性愛小児性愛よりも「AV漫画オナニーして満足してしまう人」の方がヤバイだろ

Virtuasexualみたいに呼んだほうがいいんじゃないだろうか?

だっておかしいだろ?

AVってのはあくまで「もしも現実でこんな相手セックス出来たら」っていう妄想をするための道具だったはずじゃん。

でもそれがいつからか「どうせ現実でいい相手と付き合えないからもうAVだけでいいや」で終わってしま人間が現れるとはな。

風俗に行くでもなく完全にオナニーですべてが終わる。

もはやMasterbatephiliaとでも呼ぶべき怪物である

童貞のまま何万と射精を繰り返し、処女のまま何千とイキかえし、そのまま人生が終わるのだ。

挙句の果てにはオカズは異性×異性のBL作品にさえなり、作品世界のなにかに当てはめてオナニーをするのではなく、性的に興奮する光景に対して漠然性器を擦り続けるようになる。

その空間自身投影するでもなく、ピーピングトムとして覗き見オナニーをすることにのみ性欲の全てを使い切る。

異常である

コレに比べれば同性愛なんて全然可愛いのではないのか?

LGBTQなんて単に付き合う相手が同性というだけだろ。

Onaniphilia共は絵や文字に対しての条件反射射精をするんだぞ。

奴らは既に絵の中の異性ではなく条件反射回路が構築された喘ぎ声やハートマークといったデータベース化された「盛り上がりどころの表現手法」だぞ?

ゼロが2回繰り返されるだけで絶頂に至るとさえ言われる催眠音声オナニストはもはや何に対して興奮しているんだ。

元々あったはずの恋愛セックスに対しての価値観本能は粉々に粉砕され、過情報社会の中で生まれた異常な性欲発散回路が上から焼き付けられている。

もう一度言うが、こんな連中に比べたら同性愛者なんて単にセックス相手が同性なだけの正常者だろ。

人生で生み出された全ての性欲を架空セックスで消費するだけの化け物共にこそ名前をつけるべきだ

2022-09-01

百合BLヘテロも等しく恋愛モノってのはある種のつまらなさやくだらなさを内包したジャンルでしょ

結局のところは「作者の匙加減でいくらでも調整できるハードルの先に置かれたトロフィーを手に入れるまでの茶番」もしくは「一部読者にとってポルノ的な効果があるシーンをひたすら繰り返すだけのワンパターン」でにしかならないんだよね。

恋愛ものには

恋愛成就系」

破局復活系」

失恋系」

「ヤマ・オチ・イミなし系(やおい)」

の4系統があるんだけど、このうち前半3つが上で上げた「作者匙加減トロフィーゲット系」で、最後ヤオイが「惰性型ポルノ連発系」に該当する。

トロフィーゲット系」の物語は「相手との恋愛関係」「最高の思い出」のどちらかを主人公が手にするまでの物語を描いているのだが、その物語は究極的には1話で終わらせられる話を延々と引き伸ばしてるだけの薄めきったカルピスにほかならない。

恋愛成就系」であれば「付き合ってください」「OK👌」で終わる物語を延々と先送りにしているだけ。

破局復活系」であれば「ヨリを戻そうぜ」「OK👌」を引き伸ばしてるだけ。

失恋系」であれば「でも楽しかったよ」で主人公が笑い泣きしておけばいつだって切り上げられる物語である

まれ打ち切りだったり作者がぶっ壊れた果ての逆張りで凄い終わり方もするが、それは単にカルピスを薄め続けている間に誤ってコップを倒しただけであり、やっていたことがカルピス無限水割りであることに変わりはない。

これらの物語は結局のところ、作者が登場人物の行動をひたすら阻害しているだけであり、登場人物が正しいアクションを取れば物語は本当に一瞬で終わるはずなのだ

言ってしまえば「トイレに行きたいけど無理して我慢してる小学生の様子を延々と描写している」ようなものだ。

ただ主人公が「やっぱトイレ行ったほうがいいぜ!」でトイレに行けば開始1ページで物語は終わる。

しかし作者の都合により話は引き伸ばされ「プルプルしてるのを友人に指摘される」「すかしっぺでガス抜き成功し誤魔化して一時的に復活する」「勢い余って少し漏れたことで急激に自体悪化する」といったイベント飛び込み差も物語は劇的であるかのように振る舞う

しかしそれらは結局は主人公が「やっぱトイレ行かないと何も解決しないぜ!」でトイレに行けばその瞬間に終わる物語であるはずなのだ

そうしているうちに収集がつかなくなったとき、突然主人公が「やっぱトイレ行くぜ!」といきなり宣言するか、破綻した物語に相応しい終わりとして盛大に漏らしてしまうのだ。

やっとトイレに行った主人公や漏らした主人公がやけにスッキリした顔を描いて作者は「やりきったぜ!」となるし、読者によっては「よかったね!よかったね!」と喝采を浴びせるのである

しかしそれでやっているのは「1ページ目でトイレ行っておけよ」でしかないのだ。

これが「トロフィーGET系」が持つ圧倒的くだらなさだ。

恋愛漫画にはもう一つパターンがあり、成就した恋愛をダラダラと描き続けるタイプが有る。

これらの漫画はただひたすらに恋愛成功して幸せに暮らす様子が描かれるが、そこに物語としての起伏はもはや存在しない。

主人公カップルたちのデートシーンを見て「羨ましい~~~」と読者が楽しむだけである

やっていることはグルメ番組シズル感ある映像を見ながら「まいう~~~」とタレント感想を述べるのを見ているのと同じ状態である

コンテンツのあり方としてこれは実にくだらない。

三大欲求の一つである性欲を間接的に刺激するような延々と続く前前前戯のシーンを見てココロチンコマンコを読者がクリクリしてオナニーするためだけにこれらの作品存在する。

読者にとって恋愛対象となるキャラクター達が恋愛をしている様子を見て、ピーピングトムとしての快楽に浸っているのである

恋愛作品ときにはセックスを直接描写するが、それはまさにこのピーピングトム向けのご褒美なのだ

だがその内容がセックスでなくても、性欲依存の覗き趣味を満足させるための作品なのは変わらない。

銭湯盗撮をする行為をしたからといって相手レイプのような傷を残すことがなくても、結局それを見て性的興奮を覚えるのと同じく、程度が違うだけでしかないのだ。

恋愛物を楽しむココロの延長線上には必ず性欲がある。

性欲に依存しているだけの低俗コンテンツ

それが恋愛モノであり、それが最も顕著なジャンルヤオイである

これらの要素は作中人物たちの恋愛観がホモであろうがヘテロであろうが異種族間であろうが変わることはない。

各々の読者が自分なりに納得の行くオカズを求めてそれらの作品を選ぶのだから、結局それらは性欲に基づいた茶番の覗き見でしかないわけだ。

実に気持ち悪くい。

そして程度が低い。

私は恋愛物が面白いなんて思えない。

それがどんなジャンルであったとしてもだ。

あんものを見るぐらいなら堂々とポルノムービーを鑑賞する。

たとえば君達も映画で盛り上がっている時に急にラブシーンが始まると興ざめすることがあるだろう?

あれは結局のところ、性欲が高ぶっているわけでもない時にポルノムービーを見ているの同じ状態からだ。

満腹の時にかぐ焼肉匂い悪臭であるのと同じなのだ

眠くない時に寝ようとすることが苦痛なのと同じなのである

本当に中身があって面白いコンテンツであれば、そういった本能的な満足感さえ超えて圧倒的な力でこちらの感性をこじ開ける。

それこそ今まで知らなかった価値観さえ提供してくれるだろう。

だが恋愛物が提供するのはどこまでも性欲の延長線上にあるものだけだ。

実に低レベルだ。

人類はさっさとこんなものを有難がるのを辞めろ。

anond:20220830221946

2012-10-21

ネコ好きの方、教えてください。

現在ネコがあまり好きではないのですが、

どうすればネコが好きになれますか?

それほど熱狂的なレベルは考えていません。

一般的なネコ好きになれれば十分です。

と、言いますのも、

偶然、気になるコのtwitterを見つけてしまいまして、

これではいけないと思いながらも、5分に1度はこっそりチェックしてしま生活が続いています

勉強中、移動中、帰宅後。

我ながら実に気持ちの悪い行動をとっているなとは思うのですが、やめられない。

逆に、そのような奇行をとる自分純粋性を見いだして陶酔しているのやも知れません。

ただ、そのコのケータイアドレスだけは教えてもらっていまして、

メールを出せば、返事はくれるのです。

例えば、お出かけをしましょうとお願いをすると、とりあえずOKはもらえます

日時をいつにしましょうとまで話は進むのです。

しかし、毎回直前になって都合が悪くなったとキャンセルされます

結構何度も続きます

当日、ということもありました。

真綿で首をの例えのような状況なわけです。

そらく僕のことを大嫌いだとは思ってはいないのでしょう。

でも、決して好意があるわけではない。

いっそのことズバッと斬ってほしい。

お前とは出かける気がない、だからメールも二度と送ってほしくない、と。

さらには、こちらがメールを送信しても、なかなか返信をしてはくれないのに、

twitterでは別の友達と楽しくツイートの交換をしている。

そこもかなりキツいのです。

キツいというか、かさぶたを上から触る感じなのです。

体調が悪くて僕との約束キャンセルしたはずなのに、

ネコをお風呂に入れましたー、わーネコ飼ってるんですねー、

そうなんですよー、かわいーうらやましー、

そうでしょー最近人間関係で疲れることが多いけど○○ちゃんと

遊んでるときけがしあわせー、

わたしもネコ飼いたいー、ネコはいいですよー、

うちの子世界で一番かわいいでしょー、

それはどーかなー(笑)

のように、フォロワーさんたちと言っている状況を

見てしまうわけですよ。

僕がさっき出したメールには、返信してくれないのに。

僕の嫌いなネコの話題で盛り上がって。

非常に大きな疎外感。

誰が悪いって、そりゃあ私が悪いんです。

許可もなく、勝手に覗き見て、勝手に落ち込んで、勝手に気持ち悪い。

ピーピングトム

で、そんな現状をとりあえず横に置いておけば、人生何が起こるか分かりませんよね。

一般論としては。

もし、奇跡の大逆転が四五十回起こって、結婚などというところまで話が進むことになった場合

僕の側がネコが嫌いだというのは、よくないことだと思うのです。

何であれ、パートナーが好きなものを、もう片方が嫌いであるというのは、

幸せ生活を送る上での大きな障壁であると考えているのです。

から、念のためではありますが、克服しておきたいのです。

転ばぬ先の杖。

そういうわけで、どのようにすればネコが好きになれますか?

ちなみに現在は、動物全般が嫌いです。嫌いというより苦手です。

あの柔らかいお腹の下に赤黒くうごめく内蔵があるっ、と思っただけで怖気が走ります

特にイヌダメですが、ネコもかなり苦手です。

ネコ画像を見て、キュンキュンするねーというのをネット上ではよく見かけますので、

知識としてはそういう感情存在を知ってはいるつもりなのですが、

どんな感情なのか、正直な所、想像が及びません。

でも、このままではいけないと思っているのです。

自分を変えたい。

どうかご教授お願いします。

 
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