ご機嫌取りのために嘘言われるのとどっちがマシか考えてみるんだ。
>実際、デートのエスコートなんかも本当に男女同権だったら、女性の方から男性をエスコートしたっていいんだけど
>男の側がそんなことを要求したら次はないでしょう? デートプランは基本的に男性主導であってほしいでしょ?
視野が狭すぎる。
自分は逆に男性主導とか絶対嫌。だって行くところ全部好きに決めたいから。男を楽しませるとかどうでもいい。楽しませるなんて気持ちも持ってない。
エスコートとかレディーファーストとか、プランとかそういうのどうでもいいから行きたいとこ行けてその時間を男と楽しめるならそれでいいんだよ。これが本音。
男性に楽しませてもらうのを待つっていう、受身の姿勢でいるくらいなら、自分が楽しめるところに男引っ張っていくほうがハズレがない。
楽しんでる彼女の笑顔でも見て楽しめばいいんだよ男は。意外な趣味も見つかるかもしれないし試してみる価値あると思うんだ。
彼氏いるけど。
履歴書2時間かかっても全く進まないって普通の人間の範疇にならないのか…?
別に俺はADHDではないが、毎日することとか、脳内や文書で繰り返しシミュレートしてまとめてを繰り返したことじゃないと、
履歴書はもちろんどんな簡単なことでも取っ掛かりに1日位掛かる人間は居るもんだと思ってた。
簡単な仕事でも白紙のままその日を潰す覚悟で前もって準備しておくとか。
急な仕事に対応できるような場面をいくつもシミュレート&文書まとめ&復習しといて、
急な仕事が割り振られた時に潜在的に不安を覚える要素を出来る限り減少させておくとか方法はあるんじゃないかな。
少しでも前回よりマシになったと思えることが有れば、それは喜んでよいと思う。
周りの学習スピードとか評価は気になるだろうが、結局は自分のペースで取り組むのが最速。
http://www.weblio.jp/content/%E6%9C%BA%E4%B8%8B
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というか、「机上」の対っぽい意味かと思ってたら、ぜんぜん違う意味だった。
某有名アニメを題材にしたソシャゲを半年近く続けていたが、今日やめた。
微課金ユーザーで、毎日合間合間で1時間程度やっていたと思う。
続けるほどゲームを理解できて、強くもなり、ガシャも楽しかった。
やめよう、やめたいとは思っていなかった。
それが今日ふと。
やめなければと思った。
まぁぶっちゃけると、
面倒くさくなっちゃったんだよね。
なので、冒頭でそれっぽい理由をつけてみたよ。
最近全然褒めなくなった旦那に「ちょっと褒めてよ」って言ったら、「ふとした時に可愛い」と言われて全力で喧嘩になった。
「ふとした時にって、いつもは可愛くないってことじゃん!!」と主張したら、「そんな意味で言ったのではないけれど、実際360度眺めまわしたうちの4,5度くらいしか可愛くない」って再度旦那が地雷を踏んだ。
90分の1もしくは72分の1しか可愛くないってことじゃん!
身を粉にして働いてると現実逃避しなくなる。
働いてる時は逃避グセが嘘のように活発に動けるのに、
朝、目が覚めると直ぐに逃避癖が戻ってくる。
他にも少し嫌なことがあると活動を止めたらすぐに現実逃避してしまう。
嫌なことがあっても活動し続けると、活動の中で現実逃避をしてしまうことだってある。
何も見ないふりして活動出来てる時が一番楽しく過ごせるのは分かっているのに。
俺らもどんどん斎藤にすり変わっていって
「日本しね!斎藤しね!」のコールアンドレスポンスしながら
「保育園落ちたの斎藤だ」デモとかがニュースで取り上げられたり
週間文春に「ゲス斎藤の経歴詐称疑惑」という見出しがおどったり
そのうち「『安心してください!斎藤さんだぞ』とかいう芸人いたよね?」とか
女子高生の格好した斎藤子Aが友達の斎藤B作にくっちゃべってたりするような世の中になったりして
斉藤斎藤齋藤齊藤斉藤斎藤齋藤齊藤西東・・・(変換しても出ない異字体多し)どこ見ても斎藤の世界で
斎藤が斎藤から聞いた話としてこっそり斎藤に「斎藤のくせに、同じ斎藤のくせに俺よりいい暮らしして、
そのくせ『自分も斎藤なんだ。斎藤であるお前と同じように辛いんだ。』って顔しやがって・・・」と愚痴をこぼし
斎藤はそれぞれ斎藤なりにフラストレーションをどんどん溜めていって「もう斎藤なら誰でもいいから死んでしまえ」と
リアル鬼ごっこともバトルロワイアルともつかない斎藤の斎藤による斎藤をターゲットにした「斎藤さん狩り」に発展して
もうオリンピックどころではないというか、斎藤パンデミックというか、種目を「斎藤さん狩り」一つに絞った斎藤五輪が開催されて、
かつやの梅を竹にできるくらい
大学時代に出没したその言葉は、流行りだしたら一瞬で世間に広まった。「女子力」と言う言葉は、確かある年の流行語大賞だった思う。そして、個人的に、そんなものはないけど、流行語大賞殿堂入りもしていると思う。とにかく、とかく人は「女子力」という言葉をやたらと使う傾向がある。
女子同士の「女子力高い~」った際は、(男モテ狙いやがって、点数稼ぎ乙)っていう、牽制みたいなトゲが多少はあると思う。多少は。
飲み会の席で気をきかせてこまごまとした雑用をやっては、女友達に「女子力高いね」って言われるから、内心(女子力じゃねー、気遣いだ馬鹿野郎)、と叫び続けた。
女性の「私女子力低いから~」という一言には(社会が求めている女らしい性格とは、かけ離れている)という、妙チクリンなPRと、(多少気を遣えなくても許してね)という甘えが潜んでいる。昔々、それはそれは腐女子界隈ではやった「性別は一応女らしいw」というような言葉たちの真意にそっくりだ。うまく流行語を使用して、上位互換した言葉であると言えよう。
一方、男性からの「お前女子力低いよな」は、(俺様が求めている「女」のように振る舞え)という意味が隠れている。
そして、「俺、女子力高いから」という言葉を使うほぼすべての男性の言葉の裏には(女々しいことしていると思われたくないから、先手を打って言い訳しとこ)という、社会的に求められている「男」像への言い訳が潜んでいる。男性がケーキを作るのはおかしい(と、思われるのが嫌だ)から「女子力高いから」と言い訳をしておく。
要は、男女ともに社会が求めるジェンダーに言い訳をしているのだ。女子力とは、言い訳のためにあるのではないか。
女子力、と言う言葉は世の中の「社会が求める男性、あるいは女性のあるべき姿」を荒々しく浮かび上がらせる言葉だ。こんなに男女平等だ、なんだ、と言われている時代に、なんて言葉が生まれたんだろう、と思わずにはいられない。
社会が求めるような、「女性らしい人」「男性らしい人」なんて絶対いないわけだし、女子力って言葉はいっそ捨てちまうべきなんじゃなかろうか、と個人的に思う。