元々少し嫌われ気味だったのにくだらない冗談で、なんだあいつ、ふざけんな、
って思われちゃったんでしょう。。。
「何言ってるんですかぁ、もう。」
で、逆に仲良くなってたかもしれないのにね。。。
医者が、楽な診察科へと流れる。というのが取りざたされる時がある。
皮膚科、コンタクト眼科、精神科が勤務楽だわ、というところから、激務の小児科や産婦人科やといったところが敬遠されるということだ。
しかし、楽な科を選ぶのもわかるのだが、彼らの人生は特別であることを忘れていないだろうか。
彼らの人生というのは、多くの命、健康を支えている大事な仕事である。
もちろん、個人にとっては、金稼いで遊びまくるという、人間の本能部分を満足させる手段としても別にいいだろうとなるかもしれない。
論理的に説明することが出来るというのが、説明能力だと思っていますが。
そうでないなら、ただ恫喝で相手を黙らせる、低能、馬鹿、と相手を煽って
ただ単に、やたら、低能という言葉で否定して煽って黙らせよう、
というのが目につくんで、
嫌だな、と思ったまでです。
2chみたいなものだろうね。
昨日風呂から出て来たら何の前触れもなく部屋の中央の床にでかいカナブン(5cm弱)がいてショック死するかと思った
幸い飛ぶ気配もなくじっとしているので怯えながら適当な服を着て、震える手で空のゴミ箱をかぶせて下敷きでフタをしベランダから外に逃がした
ゴミ箱を逆さにしたらブーンと飛んで行ったので安心して窓を閉めた
ところが今日飯を食っていたら今度はカーテンの桟のところでモゾモゾ動いていてショック死するかと思った
今回は高所にいるのでゴミ箱をかぶせてフタをする作戦が通用せず、仕方なく窓を開けて適当にバタバタやっていたら見えなくなったので「逃げてくれたか」と安心して飯を食う作業に戻ろうかと思ったらまたカーテンの桟のところに普通にいやがる
「もうお前勘弁してくれよ、気持ち悪いし殺すとかやりたくないんだよ、お前だって死にたくないだろうが」と甲虫に話し掛けながら震える手でテレビのリモコンを握り、「早く入れ、おいで! 逃がしてやるからおいで!」と甲虫に話し掛けながらリモコンで空のゴミ箱にすくい落とすことに成功した
昨日と同じ手順でゴミ箱を逆さにして外へ逃がそうとしたがなかなか出てこないので何回か振っていたら手が滑ってゴミ箱が落下し地面に激突(2F)
慌てて階下へ下り拾ってくれた通りがかりの人に頭を下げてゴミ箱を回収したが、今回は逃がした手応えがなかったのでまだ家にいるんじゃないかと内心ビクビクしている(←今ココ)
「カナブンの類は室内では繁殖しないようだから、逃げたと見せかけて昨日逃がしたのが戻って来てただけだろう」と必死に己に言い聞かせているが、これで明日もまた同じようなのが出て来たら頭に来るので虫カゴ買って来て家で飼ってやろうかと思っている
それが虫カゴにいるのにまた出て来たのであれば、もうカナブンに酷似したGの類が室内で大量繁殖していると判断して昆虫駆除業者に泣きつく他ないだろう
昨日は洗濯物についていたのだとしても、今日は窓閉めっきりのはずだったのにどこから忍び込んだのか皆目見当がつかなくて正直マジでこわい
こんなとこに書く前にちゃんと職場で聞くべきだろう。
後、ここで聞いても何も解決できないことくらいはみてれば分かるだろう。
もし、本気でそんなことを言ってるなら、ホントどうしようもないけどな。
知識がある無いで、行動が変わります。 それはわかるでしょう。
行動から得られた知見というのは、自分の体験に結びついていますから、他人と同じ内容でも、自分の中での処理過程は異なり、オリジナルとなります。
ああ、あれはこういうことだったのか、と本から本質を学んだりできます。
議論をするときに、正解を出そうとする人がいる。
これはどうなんだろうね。
仮に、正解が出るというのはいいと思うんだけど、正解が出ないことも多いだろう。
議論で、「自分に無い知見」を出されたときに、即反論してしまうのはどうだろう。
新たな知見をもって行動すれば、これまでに見えなかったものが見えるかもしれない。
そして、そのなかで、自分に無かった知見が自分の生と結びつく。
そういうもんだと思う。
議論というのは、納得するしないにかかわらず、事実を導き出すものである。
ただ、そのうち話題になっている、ということは、それだけ関心を持っている人が居るし、
プロデューサー「公明党が政教分離に反しないのかというのが毎回話題になりますね。」
池上さん「何回説明させればわかるんでしょうねぇ。よしじゃぁちょうどあの公明党公認の弁護士さん受かりそうだし、受かったら聞いてみましょうか。法律の専門家が説明すれば視聴者も盛り上がるし納得するでしょう。」
こんな感じ?
これだと、番組は、政教分離に反しないことを伝え、さらに、この弁護士候補をたててちゃんと教えてもらおう、って話だけど、
もし仮に、それが事実だとすれば、明らかに池上さんの弁護士に対するツッコミは度を超えていて、そのような意図は全く伝わってこなかったし、
政教分離に関しても、現状法の元で違反とするには難しいけど、宗教が力使って居て嫌な感じだ、という風雨に捉えられる様な番組構成だったけど。
実際、そういう風に番組後盛り上がってるわけで。
あなたも番組側の人間でもないみたいだからそれも勝手な想像だろうけど、
結果的には、政教分離をちゃんとしてないことを批判し、弁護士なのにその辺どう考えてるの?って突っ込まれていた番組だ、
それは皆が馬鹿で理解力が少ないから、ではなく、そういう意図を持って放送されたものだと、一般的に理解されている番組内容だったということ。
漫画家になりたい、建築家になりたい、ヒーローになりたい、世界征服したい。
なんでもいい、やりたいことがあるならいい。
でも、現実にはできないでいる人もいるだろう。
そして、たいていがそのまま死ぬだろう。
それでもいいと思う。
だけど、10分だけ、それを本気で目指すなら、何をする?
サイトで調べるか? 絵を書くか? 図面の本を買うか? FXで口座を開くか?
もちろん、これでかなうとは言わない。
だけど、満足感はでるぞ。
俺なんて、1日5回とか職業変えてるぞ。
10分だけプロのポーカープレイヤーになるために、サイトで勉強したり。
10分だけ絵をかいたり。
10分だけ小説書いたり。
10分だけ政権演説したり。
楽しいぞ。
こういう中で、自己不全感をまぎらわすんだよ。
やりたいことなんて、行動の中でしか見つからない。 思う思わないでなく、10分だけやるんだ。 ストレス解消にもなる。
10分だけなら、本気になるなんて簡単だぞ。
現実のやらなきゃいけない義務なら、1分だけやってみろ。 1分なら簡単だろ?
僕の短い人生経験からは、正しい答えを導きだせそうになかったので、みなさんの力をお借りしたかった。
気分を害されたら、本当に申し訳なくおもっています。本当にごめんなさい。
ここにぬりえがあるじゃろ?
ARを用いて、塗り絵を立体に動くキャラクターにしてみたよというホッテントリに
何だろう、ブコメの『未来みたい』って思わずもれたような素直な感想に
自分も全く同じ感想を抱いたのだけど、そのことに驚きが隠せなかった。
意外なところに未来っぽさって転がってることに。
どうぶつの森で楽しんだし、
これなら俺にも出来るわーってミサワな気持ちには至らなかった。
改めて、何だろうなこの気持ちは。
埋み火みたいにずっと気持ちいいんだが。
私はいわゆるポリティカルコレクトネスに守られる側に入っているのだが、はてブやTogetterを見ていると、自分が糾弾権を保持しているかのような感覚が植え付けられていく。
かなり不味い。
はてブには、PCに抵触する表現を使った場合、それをもって相手の人格を全否定しても当然と思うような風潮がある。
自分が守られる側にあるものだから、ポリティカルコレクトネスに敏感になっていく。
もし私の周りで誰かがPCに抵触した場合、対象の人格の全否定をしたり、糾弾し、謝罪させ、啓蒙する、私は当事者権利を保持しており、このような言動が許される。
そういった感覚に陥る。
おとなしくしておくことが、今回僕ができる最大の行動かもしれません。
だけど、ここで休んだら、絶対に会社に戻れません。