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はてなキーワード: 青森地裁とは

2022-06-22

これほんと最悪だし許せないと思うけど、少なくともこうして報道されているし話題になって糾弾されてはいるよね?

若い女性の過労自殺は注目されるけれどおっさんが死んでも注目されない」は嘘だと分かる

https://kahoku.news/articles/20220620khn000032.html

新年会で「症状」手渡す 男性社員自殺パワハラ原因」遺族が住宅建築会社提訴 青森地裁

ハシモトホームパワハラ案件ヤバすぎ

ここまで頭おかしいと人災というより何らかの地理的因縁を感じる

八戸といえば天保飢饉で大打撃があったところか

天明天保の大飢饉

八戸藩は、天明の大飢饉で深刻な打撃を受け、百姓一揆も起き、年貢の増徴による藩財政改善も見込めない状況に陥っていた。このため、八戸藩の運営は御用商人からの借り入れに頼らざるを得なくなっていた。そんな中、時の藩主南部信真は野村軍記を登用し、文政2年(1819年)、「国政御主法替」と称する藩政改革に乗り出した。その一環として、八戸藩最大の産物である大豆専売制を開始。もともと大豆流通に力を持っていた商人たちを排除し、あらたな御用商人を登用した。その過程で、従来最大の権勢を誇っていた七崎屋を取り潰した。文政6年には大野鉄山を藩営とし、実際の運用西町屋に任せて利益を藩に収めさせた。天保3年(1832年)、天保の大飢饉が発生。八戸藩では領知高2万石のうち1万1千石が損毛となる大凶作となった。翌年も8割の減収となった。藩は財政に窮し、御用商人西町屋や美濃屋に銀札を発行させ、預かり小切手も発行して米や食糧の買占めを行おうとした。しかし、インフレが急激に進行し経済が大混乱となり、天保5年には久慈農民一揆をおこし、民衆八戸城下へ押し寄せる事態となった。いわゆる「稗三合一揆である。これは、藩が1人1日稗三合の食糧を残して、残りを全て価値の激減している銀札や小切手で買い占めようとしたことから、このように呼ばれた。一揆に対して野村軍記は武力鎮圧を主張したが採用されず、一揆側の主張をほぼ受け入れる形で決着した。そのため野村軍記が進めていた藩政改革ほとんどが否定されることになり、野村自身も失脚。幽閉され間もなく死去した[2]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E6%88%B8%E8%97%A9

自殺社員侮辱の「賞状」 遺族が勤務先の住宅会社提訴

2022/6/21 18:48

新年会男性に渡された賞状を模した書面。翌月、男性自殺した(画像の一部を加工しています

青森県八戸市の住宅会社「ハシモトホーム」が、青森市40代男性社員平成30年に自殺=に、賞状を模し侮辱する内容の書面を渡していたことが、遺族側への取材で分かった。遺族は20日、パワハラ長時間労働自殺につながったとして、会社などに約8千万円の損害賠償を求め、青森地裁提訴した。会社側は「表彰の一環」と説明している。

原告側によると、関係会社も参加した30年1月の新年会で、男性課長が作った「症状」と題した書面を渡された。文面には「今まで大した成績を残さず、あーあって感じ」などと書かれていた。上司から「おまえはバカ」とのショートメッセージを受け取るなどした男性は翌2月、重度の鬱病発症自殺した。

男性の妻は、代理人弁護士を通じ「こんな『症状』を渡して、家族が見たらどう思うのか、何も想像しなかったのかと不思議でなりません」とのコメントを出している。

https://www.sankei.com/article/20220621-SAR4XBLCPVNZNEDYKGDZKZPR74/

被害者に合掌

2021-10-01

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医学精神医学心理学反証可能性

医学生物学論文の70%以上が、再現できない! | Vol. 10 No. 11 | Nature ダイジェスト | Nature Publishing Group

心理学の研究結果、6割以上が再現不可能 検証調査 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

足利事件精神鑑定社会学

[B!] 足利事件菅家さんが刑事補償請求 再審無罪で8千万円 - 47NEWS(よんななニュース)

福島章教授が足利事件の精神鑑定録音テープを破棄した心理 : 少年犯罪データベースドア

11章 刑事精神鑑定社会学    

 ――いわゆる「足利事件」における犯行動機構成        

松木 洋人

大貫 挙学

慶應義塾大学出版会 | 現代日本の社会意識 |


精神鑑定弘前大学教授夫人殺人事件

精神鑑定

所謂変質状態ノ基礎状態テアル生来性神経衰弱症」「表面柔和ニ見イナカラ内心即チ無意識界ニハ残忍性『サディスムス』的傾向ヲ包蔵シテ居リ両極性相反性ナル性格的傾向ヲ顕著ニ示ス」と鑑定した

1952年 5月31日 控訴審終了。Nに懲役15年の有罪判決

1971年 5月28日 真犯人が出現。

1977年 2月15日 再審終了。Nは無罪となる。

10月22日 N、国家賠償請求

1981年 4月27日 青森地裁弘前支部で一審終了。Nが部分勝訴。

1986年 11月28日 仙台高裁控訴審終了。Nが全面敗訴

1990年 7月20日 最高裁が上告を棄却

弘前大学教授夫人殺人事件 - Wikipedia


法医学

事件あるところに法医学ありと、東大法医学教室歴史の中で、数え切れないほどの鑑定書が作成され、法廷証言がなされた。

松山事件下山事件、財田川事件…。戦後再審無罪事件を中心に、東大法医学教室事件簿から"恐るべき証人"の声を聞く。

プロローグ 事件あるところ法医学あり

第1章 山下事件

第2章 島田事件松山事件

第3章 下山事件

第4章 弘前事件

第5章 財田川事件

第6章 山本事件

第7章 DNA鑑定

エピローグ 法医学者への“伝言

Amazon.co.jp: 恐るべき証人―東大法医学教室の事件簿: 本: 佐久間 哲夫

2014-06-04

http://anond.hatelabo.jp/20140604023801

2001年2月13日には、情報システム製造物責任を問う訴訟判決が出ている。プリインストールされた会計システム不具合で、売掛金残高が実際よりも多く計算されてしまった。このため、2年分の税金を過剰に支払っていた事実がわかった。そこでこのシステム使用者である食品メーカが、PL法などに基づき、システムを開発した会社に対し過剰税金分約1400万円の損害賠償を求めたものだ。

 この裁判では、「情報システム」が「製造物」に当たるかどうかが注目された。原告側は、「会計システムハードウェアソフトウェアが一体となったもので、製造物に当たる」と主張した。青森地裁はこの点の判断を避けて、税金の過剰支払いはソフトウェア操作ミスによるものとし、原告の訴えを退けた。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/members/NBY/techsquare/20030828/1/

2012-04-05

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検察、足利事件で上訴放棄検討 菅家さん無罪確定へ - 47NEWS(よんななニュース)

足利事件菅家さんが刑事補償請求 再審無罪で8千万円 - 47NEWS(よんななニュース)

菅家さんに8千万円支払い 足利事件の刑事補償金 - 47NEWS(よんななニュース)

反証可能性 - Wikipedia

科学哲学者のカール・ポパーは、反証可能性を持つかどうかを「真の科学」であるかどうかを見分ける基準として提唱しており、それ故彼は精神分析学は科学ではなくて疑似科学に過ぎないと断じた。

純粋な科学的言説の必要条件としての反証可能性を提唱した。精神分析やマルクス主義を批判。ウィーン学団には参加しなかったものの、その周辺で、反証主義的観点から論理実証主義を批判した。また、「開かれた社会」において全体主義を積極的に批判した。

疑似科学 - Wikipedia

二重盲検法 - Wikipedia

福   島   訴   訟

福島章教授が足利事件の精神鑑定録音テープを破棄した心理 : 少年犯罪データベースドア

福島章氏が足利事件の精神鑑定録音テープを破棄した件 | ロテ職人の臨床心理学的Blog

足利事件の精神鑑定に対する日垣隆氏の意見 | ロテ職人の臨床心理学的Blog

犯行動機の構成と成員カテゴリー化実践 : いわゆる「足利事件」における精神鑑定をめぐって(II 自由論文) - 文献詳細

11章 刑事精神鑑定社会学    

 ――いわゆる「足利事件」における犯行動機構成        

松木 洋人

大貫 挙学

慶應義塾大学出版会 | 現代日本の社会意識 |

CiNii 論文 -  犯行動機の構成と成員カテゴリー化実践 : いわゆる「足利事件」における精神鑑定をめぐって(II 自由論文)



Amazon.co.jp: 冤罪の軌跡―弘前大学教授夫人殺害事件―(新潮新書)

Amazon.co.jp: 弘前大学教授夫人殺人事件

精神鑑定

所謂変質状態ノ基礎状態テアル生来性神経衰弱症」「表面柔和ニ見イナカラ内心即チ無意識界ニハ残忍性『サディスムス』的傾向ヲ包蔵シテ居リ両極性相反性ナル性格的傾向ヲ顕著ニ示ス」と鑑定した

1952年 5月31日 控訴審終了。Nに懲役15年の有罪判決

1971年 5月28日 真犯人が出現。

1977年 2月15日 再審終了。Nは無罪となる。

10月22日 N、国家賠償を請求。

1981年 4月27日 青森地裁弘前支部で一審終了。Nが部分勝訴。

1986年 11月28日 仙台高裁で控訴審終了。Nが全面敗訴

1990年 7月20日 最高裁が上告を棄却

弘前大学教授夫人殺人事件 - Wikipedia

http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/1981/1981_6.html

http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/1986/1986_7.html

 
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