死ぬまでずっとすみませんすみませんって言って自分だけでなく家族も馬鹿にされて上から目線で話されて強気な態度をとられて笑われて舌打ちされて横入りされて命令されて引きつった笑顔でやり過ごして、何も得られず悔しいなぁ悲しいなぁ辛いなぁと思いながら生きていくのかな。なんかピクミンの歌みたいだなぁと思った。
まぁ一生許すことないだろう。
一番上の兄貴とはまぁお互い干渉しないということで何とかなった。仕事の仲の悪い同僚と同様の間柄。
問題は真ん中の兄貴。とにかくずる賢く大人に気に入られることに関しては特級品だった。
母親もこのクソをお気に入りのようで、 このクソには何を言っても私が悪いということになった。例えば、「悪口に反応するほうが悪い」「悪口を言われても先に手を出したほうが悪い」「殴られても殴られるようなことをしたほうが悪い」「殴り返したらお前が悪い」など。
ダブルスタンダードを指摘すると「社会で通用しない」などの決め台詞か、「お前の被害妄想」か、始めっから「ああ、また息子の癇癪ね。私が耐えればすべて丸く収まるの。私かわいそう」みたいな顔で無視。
許さないという決意を決めたのはこの前の帰省。私の配偶者をひどく侮辱した兄に対して、私は兄がそういうことを平気で言うクソだと知っていたので「そういうことは言うもんじゃないよ」と軽く流した。それに対して「今のは悪意があって言ったんじゃないよ」と私を諌めた母親。
すべてが間違っている。悪意をもって言ったのは兄。悪意を軽く流したのが私。 それに対して母親は私に文句を言った。 一生許す気はない。
恐らく、このバカには「兄が何かを言う」→「私が何かを言う」=「私の癇癪」or「私の被害妄想」という反射が有るんだろう。今までの喧嘩に関してもそれですべてが説明できる。こんなバカが私の喧嘩に対して仲裁入ろうとしてたのも気に食わん。そしてもはや還暦を迎えた母親が、それを修正できるほど利口な人間ではないことも知っている。
これはイスラム圏のみならずキリスト教圏でも同じなので、ことさらムスリムだけを論って服従だのどうの言うのは不合理。君、それ同じことクリスチャン相手にもそう思っているのかな?
だいいち、本当に無宗教だというのなら鳥居をくぐることすら拒否するはず(そういう無神主義者を私は知っているが)であって、そうでないのなら君は知的に不誠実か愚か者であるかのどちらかであり、どちらにせよ全く信頼に値しないことには変わりない。
正しい神の道へ非信徒を導くのは全てのムスリムにとっての義務であり強制しているのではない。カーフィルが地獄に落ちることについてムスリムは何も責任を負っていないので、君が従うかどうかは君自身が判断すればいい。
君、日本国憲法知ってる?神戸高専剣道実技拒否事件の判例を知ってる?のであれば?少くともキリスト教(異端とはいえ)についてはその信仰を尊重するべきであるという憲法判断が既にあることは明かだ。
あなたは死後、衆合地獄の無彼岸受苦処(むひがんじゅくしょ)に落とされます。
火責め、刀責め、熱灰責め、病苦による責めなど
どれか1つではなく様々な苦しみが順番にやってきます。
結婚して十数年。子供もいる。パートナーはあまりセックスをしたがらない。ほぼ必ずこちらがお願いする。それで1ヶ月に1度か2度(半年に1度くらいは彼から求めてくる)。間隔が空くと2ヶ月に1度ほどになる。私は大体毎日したい。絶望的なズレである。「嫌なら・面倒ならもうしなくてもいいんだよ」と告げたことがあるが、彼は「いや、君とのセックスは気持ちいいし好きだよ」と言ってくれる。しかし、日常的には「今日はダメ」「疲れていてそれどころじゃない」「まあまた今度」という拒絶の連続である。私は本当は毎日「お願い」したい。しかし、それは彼に相当のプレッシャーになるので、「時々」お願いすることにしている。しかし、その「時々」のお願いのたびに、心が折れる。負担にならぬように「今日は…?」と言って、ダメなら「わかった」と言って引き下がる。それだけ。それでも相当のプレッシャーかもしれないが、私なりの精一杯の、負荷をかけぬ、ニュートラルな「お願い」なのだ。しかし、「旦那様、おねげえしますだ」と物乞いをしているような気持ちになる。
パートナーだからセックスをする義務などというものはない。だから彼は私の求めに応じる義務は毫もない。彼は1ミリも悪くない。セックスの時、彼は本当に気持ち良さそうにしているので、絶対にセックスをしたくないわけではないのだと思う(もし演技なら相当に迫真だ)。彼は素直に自分の心と体の声を聞いてセックスの頻度を管理しているに過ぎない。私はマスターベーションをしてやり過ごす。
もう「セックスのお願い」をしたくない。その度に心を折りたくない。
よそにパートナーを探させてくれ。家族としては愛しているし、恋人としての感情も持っている。しかし、私にとってセックスはお風呂とかスポーツのようなもので、その時は一瞬ぐったりしてもスッキリするし、エネルギーは奪われるのではなく、むしろ蓄積される気がする。深刻に考えなくてもいい。できればパートナーの合意を得て、他所で日常的なセックスの相手を探すのが理想だ。
フーゾクは? そうだねひょっとしたら素晴らしいプロフェッショナルに会えるかもしれないけども、そうでない雑な相手だったらトラウマになりそうだし、「お金や貧しさのため」という事情が透けてしまえばあまりにも気の毒でセックスなんかできそうもない。選択する勇気はない。
もし告げれば、パートナーとの性的関係はおそらく決定的に変わってしまうと思う。仮に許してくれたとしてももう2度とセックスをしてはくれないだろう。そういう人だ。だから言い出せない。しかし、私を1人のパートナーに縛り付けるセックス制度は、解体したい。「セックス乞食」にはもうなりたくない。