はてなキーワード: 少佐とは
同志フミン少佐
https://twitter.com/IcyFumin/status/1611993216882200576
@IcyFumin
歴史修正も大概にしてほしいんですけど、松戸市の案件ではVtuberの服装が「性犯罪を助長」すると言われてたんですよね。しかも、それを言っていたのがフェミ「議連」です。公開質問状まで出して。
https://twitter.com/ogawatam/status/1611665521673666560
@ogawatam
公共の場でのゾーニングしか求めてないものを「萌え絵を燃やしてきた」と言い続けることによってまるでそれが事実かのようにしていくんですよね。この人が何をもって「リベラルエリート」と定義してるのかわからないが議論を後退させているのはこの人みたいな「エリート」でしょ。意図的な雑分析。 twitter.com/sasakitoshinao…
@sasakitoshinao
ついに新潮が報道。会計不正疑惑そのものよりも、萌え絵を燃やしてきた表現の自由問題が根っ子にあり、個人的にはこれはリベラルエリートに対する民衆の反乱だなあと感じます。/Colabo問題追及で男性が独占告白「これはネット界におけるウクライナVSロシアの戦争です
https://twitter.com/sasakitoshinao/status/1611502625840586752
デブの少佐みたいに本気で「私は戦争が大好きだ」と言う正直さはないが、あのシーンを冗談ごかしに取り上げてふざけるくらい戦争は好きなのだ。
軍オタが嫌いなのは「自分たちが負ける戦争」で、例えば後世から見れば勝てる要素はほぼ無く、不利な条件で講和できる可能性すら高いとは言えなかった太平洋戦争は大嫌いで、当時の政府や軍を平気で馬鹿にして「だから自分たちは本当は平和主義者なのだ」と疑いもなく信じている。
でも、現在で米国が絶え間なくやってきた「勝利できないことはあれども、決して負けない戦争。銃後の人民(軍オタたちも含まれる)は安全な所で見物できる戦争」は大好きで、それが起これば喜んで解説し、戦況予測であたった外れたと賑やかにお祭りする。もちろん不敗の米国やその軍隊は大好きでほとんど批判しないし、批判が避けられない様な事例(アブグレイブ刑務所での事例など)でも、軍内で処分があったことを引き合いに出して「モラルの高い最強の米軍」の結論を引っ張り出したりする。
そういう事例を挙げて叩く、米国米軍に極めつけの悪感情があるブサヨの平和団体などへの悪意も極めて強い。自分たちが敵とみなす軍隊に殺された戦死戦傷者、民間人の被害については(単なるポーズに過ぎない場合も多かろうが)悲しいという感情を表すが、それが敵側の犠牲者であればろくに憐憫を示さず、あざ笑う様な態度で評論して「これも悪い指導者に従った結果ですね。かわいそうですねwww」みたいな態度がごく普通なのが軍オタ。
外交による戦争回避の有効性も「強大な軍事力の裏付けがあるから成立しているだけ」と必ず付言する(だが軍事力は単独で成立しうると思っている)し、近隣諸国(古株の軍オタは特亜と呼んでいたりする)に対する視線は非常に厳しく、事実上の敵国と見なして「国際法上の適法性さえ満たすなら、軍事攻撃をためらうべきではない」くらいの感情を持っている。
ネットで見かける軍オタの半分はこういう連中だ。 これはかなり希望的観測であって「半分くらいはそうではないはずだ」って俺が思ってるだけなので、全然根拠はないんだが。
でも少佐がスカーレット・ヨハンソンになったのには怒ってませんでしたよね
https://anond.hatelabo.jp/20220611070753
なかなか面白い指摘。言われてみると確かにニュースで「誰誰は何々と主張し~~」とか聞くと、これは正当性のない発言なんだなと感じるとまではいかないものの、突き放したニュアンスを感じるところはある。
一方でブコメでも指摘されているように受け手側が勝手にそう感じてるだけで表現自体は中立だろと言われるとまあ確かにそうかもなとも思う。
というわけで、実際のニュースで「主張している」という表現がどう扱われているのか調べてみた。
調査方法はNHK NEWS WEBで「主張」で検索し、ヒットした46件の記事の中で「主張」という表現が用いられている主体(主語)が誰かを記録していくという原始的なもの。
ちなみにひとつの記事中で複数回「主張」という表現が使われていてもその主体が同じなら重複してカウントはしていない。また、誰かの発言内で「主張」という表現が出てきてもその表現を選んだのはNHKではないためノーカンとした。
結果、「主張」という表現の主体として複数回出てきたのは以下。
・ウクライナ…6件
・中国…3件
・北朝鮮…3件
1回だけ出てきたのは以下。
・ブラジル
・トランプ氏
ちなみに言うまでもないが特定の国の政府関係者なら大統領だろうが大臣だろうが大使だろうが全部その国としてまとめてある。
この結果を見た感想としては、やっぱり最初に書いた「突き放したニュアンスを感じるところはある」という感覚はわりと正しそうに思える。
ロシアの数が多いだけでなくウクライナもかなり多いし、裁判の際に頻繁に用いられるところから見るに、対立がある場面で距離を置いて客観的立場から記述したい場合によく用いられる表現が「主張している」なんじゃないかな。
そして「主張している」がニュートラルな表現なのかバイアスのある表現なのかだけど、自分ははっきりとバイアスのある表現だと結論付けたい。
なぜなら、上のリストの中に日本やアメリカは全く含まれていない。ニュートラルな表現ならこうなるはずがない。日本やアメリカの政府関係者の発言は日本のニュースでは数多く報道されるものであり、その数は中国や北朝鮮のそれよりも多い。仮に「主張している」がニュートラルな表現だとしたらこんな差は生まれるだろうか?
日本やアメリカの政府関係者の発言を伝えるNHKのニュースを見ると「述べる」「指摘する」「考えを強調する/示す/明らかにする」という表現が多く用いられているが、その中には「主張する」に置き換えても通じるものも多くある。でも「主張する」は全く使われていない。
というわけで、増田の「主張している」という表現は中立的なものではないという感覚は正しい。
ただ、正当性のあるなしで使い分けされているというのはちょっと違って、使い分けのベースは距離感だろうと自分は考えているけど。
オタク文化の源流を辿る議論が始まってしまってるけど、シベールとかの話は「美少女」の発明の話で「萌え絵」の話とは違うよなと思った
そもそも萌え絵ってなんだよ、誰が定義したんだよという話なのだが(「美少女」のほうは議論がたくさんあるから今さら新規の説は立てようがない)
まず現代、萌え絵ってなんだろうというと、人目につくとこに掲示される絵で判断するのが一番で、「コンビニで売ってる雑誌の表紙」と「パチンコ屋の店頭看板やのぼり旗」がもっとも判断に適している気がする。これらはオタクもオタクじゃない人も誰もが目にするからだ。
・パチンコ海物語……昔に比べるとだいぶ寄せてる気はするが、まだ萌え絵には至ってない
・せがわまさき……これは人によって判断が分かれる気がする。劇画認定する人がおそらく多数派だろうが、石川賢の記憶がある人からすれば萌え絵認定されそう
・まどかマギカ……萌え絵認定に異論を唱える人はあまりいないと思われる。が、よくネット炎上の槍玉に挙げられるタイプの「萌え絵」とはまるきり別系統でもある
・エウレカ……たぶん萌え絵認定なんだろう。なんだろうけど吉田健一の系統って萌え絵なのか?
・エヴァ……たぶん全員一致で萌え絵認定されるのはこれだけではってぐらい共通認識。ただ貞本義行の顔ってかなり古典的な部類であり、「量産される深夜アニメ」「量産されるエロ同人誌」とはまるきり別系統
・ツインエンジェル……シンフォギアとは別系統で萌え絵分類の代表例か。いわゆる「アニメ絵=美少女絵=萌え絵」という認識にピッタリとはまりそう
・攻殻機動隊……押井守アニメの印象が強すぎてハードなイメージがあるが、少佐は劇画じゃなく萌え絵分類だと思う
……こんな感じだろうか。並べただけである
で。並べてて思ったのだが、初代マクロスの美樹本絵は「萌え絵」になるのだろうか
美樹本晴彦というと「美少女」の代名詞だが萌え絵と言われると違和感が強い。似たような例だと、あだち充も「美少女」の代名詞だが萌え絵とは言いづらい。
おそらく、美樹本・あだち系美少女が入ってこないのが、自分の認定する萌え絵を、往年の美少女絵につながるものと考えにくい大きな理由だ。
じゃあ他には?
わからなかった。
ということで別アプローチを考えてみる
日本国内で「萌え絵」が一般に認知されたのは圧倒的にパチンコパワー(およびソシャゲのTVCM)だと思うが、マンガでいうと、ガンガンが分水嶺という気がする
ガンガン以前は、すこしづつ勢力を増していても、表にでてくる量としては意図的に抑えられていた感じがある。ジャンプでいうと本誌の「そういう枠」はウイングマンやバスタードや黒岩よしひろあたりという認識。なおオレンジロードは「美少女」ではあっても現代の萌え絵系統とは別枠だと思う
週刊誌と月刊誌でなんとなく棲み分けされてもいて、月刊誌枠は「そういう絵柄」が多少は許容されてるイメージ。増刊サンデーが当時のオタク少年御用達といった
で、「オタク少年向け」枠に少年キャプテンやコミックコンプが参入して少しづつ売り場面積が増えていったが、「そっち系の絵柄」でメジャー制覇したのはガンガンだろう
ではガンガンは「美少女」で成功したのか? というと、それは違う感じがある
それまでロリコンブーム以降の同人誌の盛り上がりやマイナー誌での蓄積を整理、洗練された上で、「黒岩よしひろとかああいう感じの絵ばっかりの雑誌」が美少女じゃない路線で成功したということだと思う
そうすると、「ガンガン」の時点で、いったん「美少女」は途切れてしまっている。実際、年齢層的にも、それまでのキャプテンや増刊サンデーの世代より下の世代向けで成功したのだろうし
「萌え絵」といって、世間的に「なんかオタクっぽい絵」というとき、ガンガンに代表される絵でしょ、というイメージが、自分の中にはある
そうなるとそれは「美少女」とはちょっと違う。世代がある程度まで一新した上で、改めて、既にある美少女概念が借り物として再導入されたと見るべきじゃないのか
その際には当然、以前からの「美少女」も参照にされているが、そこは一直線で見るべきではない気がする。たとえば、あだち充的な美少女はそこにはいなかったように
同人作家が既に年商で千万とか億とかいわしてたのを背景に、そこから作家を連れてきて成立してたわけだし
だいぶ迷走してきた
うーん
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反応ありがとう。ちょこちょこ読んでるけど消化しきれてないので返事はごめん
読めばわかると思うけど、「萌え絵はいまひとつ曖昧な使い方にしかならない気がするんだけど、しかし自分でも漠然とはイメージがあるし、とりあえず自分内の定義を探してみっか」という話です
ひとつだけ反応すると
>ガンガンの具体的にどれ?
特定のどれかって感じじゃないですね
いかにもそれです、って探すというと夜麻みゆきとかがいかにもそれっぽいんだけど、そこに限った話でなく
それまでの少年マンガ誌ぽくなさの一方でやっぱ少年マンガ誌ぽさはある、という感覚