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Love Piece Club - どぶろっくと痴漢の関係
http://www.lovepiececlub.com/lovecafe/mejirushi/2014/08/19/entry_005292.html
話題になっていたので読んだ。
タイトルにタレントの名前が入っているので、人は集めやすいだろう。
下ネタ系芸人の“どぶろっく”と性犯罪の代表格“痴漢”という組み合わせもいい。
前半は自身の痴漢体験談と「なぜ痴漢は痴漢をするのか」という話。
興味深い話ではあるが、下世話な話を期待している人間にははっきり言って退屈だ。
その結果、適当に流し読みされて、間違った解釈をされるハメになる。
的を外した反論などを受けることも少なくないらしい。
話題になったテキストには、よくあることだが……。
特に“膜”についての話が話題となっている。
田房氏曰く、
「彼らにとっては、自分が相手に加害を加えているというよりも、 自分の世界、自分の半径1メートルを覆う膜のようなものの中に、女の子が入ってきた、という感覚なんだ」
という。
引用している書籍で取材されている強姦加害者は1人だけで、ケースとしては不十分だ。
それ以外では筆者の経験と取材を論拠としているが、自己完結の域を出ていない。
「感じ」「感じた」という仮説的表現を多用していることが、その印象をより強調する。
それでも妙に説得力が感じられるのは、筆者の秀でた表現力が故だろう。
連続して「あの感じ」を使用するくだりは、映画を思わせる迫力すら感じさせられた。
続けて“どぶろっく”について。
ここで筆者は『もしかしてだけど』の例として、次の二つを挙げている。
「電車で前に座ってる女が白目をむいて寝ているが、もしかして、俺の股間を見て失神したのではないか」 「夜道で前を歩いてた女が、こちらを振り返って急に歩くペースを速めた。もしかして、俺を招くために部屋を片付けたいんじゃないのか?」
『もしかしてだけど』を観たことがある人なら分かると思うが、
ここで用いられているネタは『もしかしてだけど』の中でもかなりエグい。
これらのネタは、全体の後半で用いられることが多い。
ソフトな『もしかしてだけど』に飽きてきた観客に向けられたカンフル剤的な役割を果たすためだ。
それがメロディも歌声もない言葉だけの状態で表記されているのだから、
どぶろっくを知らない人には印象が良くないだろう。
事実、Twitterでは、どぶろっくを知らない数人の方々が不快感を示していた。
YouTubeで公式動画が公開されているから、URLで紹介しても良かったのではないだろうか。
https://www.youtube.com/watch?v=qj3bCb4a_9w
「そんなどぶろっくがこんなに老若男女に大人気なのは、 痴漢などの性犯罪に関する知識が日本の世の中に浸透していないことの表れである。」
“膜”の論理を用いて、筆者はどぶろっく人気をこのように評している。更に、
「「どぶろっくを笑う世界」には、痴漢などの性暴力は存在しないことが前提になっている。 同じ世の中にそういった被害は実際にあるのに、その被害とどぶろっくは別々のものと認識されていて、 観ている人たちの中で、まったくつながっていない。」
今年の4月になって“膜”と『もしかしてだけど』を結び付けた人とは思えない。
自らのことを棚に上げて、よく言えたものだ。
そして筆者は、
「性犯罪者のことを「異常者」「一生治らない病気」「性欲によるもの」と片付け、 社会全体で無視し、代わりに間違った認識だけを広めているためにその実態を知る機会がない。 つまりは性犯罪というものと性犯罪被害者に対してもマトモに向き合ってないということである。 そして社会全体が「女性に対しての侮辱」に対して徹底的に鈍感なことが、どぶろっく流行を力強く支えている。」
と結論付ける。
「社会全体が「女性に対しての侮辱」に対して徹底的に鈍感」であることは否定しない。
が、その理由として、『もしかしてだけど』の流行だけを用いるのは、些か無理がある。
そもそも、
「例えば、お笑い芸人がギターを持って 「老人の家に孫のフリして電話して助けを求めてみたんだ もしかしてだけど 間違えて俺の口座に振り込んでくれるんじゃないの」 と歌っても、面白くないし不謹慎だしお笑いとして成立しない。 それは、「オレオレ詐欺」という犯罪が実際にあることをみんなが十分に知っていて、 その犯人はこういう発想で犯罪をしているということがパッとつながるからだ。 そして同時に「老人に対する侮辱」も感じ、不快な気持ちになる。」
「女子中学生が痴漢に遭って「マジ痴漢ってなんなの?! ムカつく!」と言いながら、 どぶろっくを見て笑っている、という状況は異常だと思う。」
などの記述から察するに、筆者は演芸に関してまったくの素人だ。
古典落語の分野を見ても、『穴泥』『置泥』『締め込み』『出来心』など、
現代の若手芸人たちも、犯罪を取り扱ったネタを幾つも発表している。
例えばおぎやはぎは、「俺さぁ、結婚詐欺師になりたいんだよねェ」とのたまい、
結婚詐欺師になるための方法を二人で思案する漫才を作っている。
筆者は立川談志は「落語は人の業の肯定である」と言ったことはご存じだろうか。
女子中学生のくだりも同様だ。
痴漢を経験したことによる恐怖と怒りを、笑いが超越する可能性を完全に無視している。
それが果たして異常だろうか。
我々は、我々が経験した哀しい経験を、世の中の全ての作品に反映しなくてはならないのか。
不幸にもそうなってしまった人もいるだろう。が、そうじゃない人もいるだろう。
そういう人たちは異常というのだろうか。
だが、その感情を正当化させるために、“演芸”という他ジャンルを荒らすようなことをしてはいけない。
最後に、重箱の隅だが、
私も2008年にどぶろっくの「男の妄想」芸を観たときから、面白いと思って笑っていた。どぶろっくが好きだった。 だけど、2011年から痴漢に関し調べるようになり、今年の4月に「刑事司法とジェンダー」を読んで、 やっとどぶろっくと自分が遭っていた痴漢被害がつながった。 10代の頃からあんなに痴漢に遭っていたのに、どぶろっくを観ただけでは分からなかった。
「どぶろっくが好きだった」という人が、
「やっと」「どぶろっくと自分が遭っていた痴漢被害がつながった」という表現を使うだろうか。
別にいいんだけど。
「優しくて穏やかなところ」という答えが返ってくることが多い。
なんでも、豊かな家庭で何不自由なくのんびり育てられた人間特有の余裕、というものがあるらしい。
そんなもの読んだってダメだよと笑われるかも知れないが、きちんと実践してみてその結果を検証したりしている。
わたしにはわかっている。
背の高さや顔は重要ではない。
綺麗な靴を履いてみたところで関係ない。
つまるところが人格、人柄。
自慢でも言い訳でもないが、わたしは生まれも育ちもよくない。
唐揚げにレモンをかけたり女の子と歩くとき車道側に立ったりしても、わたしは善人には見えまい。
が、わたしは単純なことに気付いた。
ライフハックだのtipsだの言ってる輩は決して教えてくれないことだ。
耳をかっぽじって聞いて欲しい。
話し方の基本はゆっくりはっきりだ。
なんだそんなことかと思うかもしれない。
温厚で育ちが良さそうに見える。
ゆうこりんは声の高さが問題だと思う。
(確認していないのだが、岡田斗司夫は痩せてから話すスピードが遅くなっている気がする。
意図的なものか、体型の変化によるものかは定かではないが、オタク臭さが抜けた理由のひとつではないだろうか。)
以下、ゆっくりはっきりした話し方を習得するために役立つリンクを貼る。
落ち着いてゆっくり話すためにはまずはっきりだと思う。
舌筋を鍛え単音での発音をしっかりさせたうえで、滑舌をよくするための発声練習をすると良いと思う。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1329773908
http://blogs.itmedia.co.jp/nagaichika/2010/05/post-c31c.html
http://www.okuchidetaberu.com/colum/no12.html
http://kazu.s18.xrea.com/ppi/yakusya/tsuuzyou-hassei.html
わたしは結婚詐欺師になるつもりだ。
我慢の限界にきているので吐き出すことにする。
ブライダルカウンターが結婚相談所と違うのは、結婚が決まったカップルが来るところである、ということ。
そういうワケありというと、数年前までなら大体が出来婚だった。
でも、ある程度経験が長くなると、最近増えたのはそれとも違う特殊なものだというのが分かる。
現代において出来婚のケースが増えたのは確かだが、その違いが私にも分かった。
やたらと高いプランやオプションを探し、もう一人のパートナーに同意させようとする。
分かりやすく極端に言えば、結婚相談に来たカップルではなく、まるでセールススタッフとそれに捕まった客。
数年前よりそのパターンが物凄く増えた。
昔から時々いるらしいが、特に増えたのは、相談に来て式場やプランの詳細などが決まる段階になって暫らくして来なくなるケース。
殆どの場合において、破談になったと言ってくる。
そういう時の残されたパートナーの様子は、声だけの場合にしろ憔悴しきっている。
それはそうだろう、結婚資金を持ち逃げされれば。
何人も見た。
暫らく前にあった殺人事件のケースを考えれば、命があるだけマシなのだろうか。
こちらはあくまでブライダルカウンターのスタッフであり、もしかして、と思うところがあっても、まさか「あなたのパートナー、多分結婚詐欺師ですよ」なんて言えるわけがない。
結果的に、グルのようになっているのが腹立たしくて仕方が無い。(実際、そう言ってくる被害者もいた)
斡旋した式場やホテルも多少の損害が出るし、最悪の場合、式場はスケジュールに穴が空き、発注した引き出物や食材、資材などが無駄になる。
何時の間にか片棒を担がされるという意味、被る損害からすれば私たちも被害者であるけれども、分かっていても担がざるをえない片棒を担いだ時点で、直接の被害者からしてみれば私たちも加害者ということになる。
結婚相談所が悪いなどとは言えない。
あれはあれで必要な存在だと思う。
でも、婚活を流行のように流してまわる頭の悪いメディアは消えて欲しいと心から願っている。
あれでブライダル関連の需要と利益を生み出したと考えている馬鹿がいるのなら今すぐ死んでもらいたい。
確かに収支で言えばブライダル業界の中にはプラスに働いたところもあるかもしれない。
しかし、全国合わせると、潜在的なものも含めて一体どれだけの金銭的、精神的被害・損害を生み出す間接的な手助けをしたのか分かっていない。
しかも、彼らは自分たちは無責任に煽るだけで、そういったマイナスは一切被ることがない。
ふざけているにも程がある。
こんなことを言えば「詐欺師が一番悪い」と論点を摩り替えるのだろうけれども。
私なんてどうせ・・・メイクなんかしたら「プッやっぱりモテたいんでしょ?」って思われちゃいそうで怖い!
って思っていて、それでもお洒落に憧れていて、モテとは無関係そうなファッション誌(CUTiE,ZIPPER,SEDA,mini,soupとか)を読んでそうな子が変な男に引っかかった例をいくつか見てきた。
変な男っていっても、結婚詐欺師とかじゃなくて、単なる処女食いだけど。
非モテの俺からみれば数ヶ月もしないで別れて、別れてすぐ次の子(そしていつも恋愛経験のない、あるいは少なそうな子)と付き合う男を処女食いって思ってるだけで、世間一般にはごく普通なのかもしれないけど、俺は大嫌い。
喰われた女はみんな、きれいになったと思う。
服装も化粧も、みょうちくりんな芸術系から、普通に男好みになったし、皮肉や冗談を交えた大人の会話も出来るようになった。
でも、男好きになった。
誰かに認められてないと、欲されていないと、自分の存在を確認できないビッチになった。
非モテ時代より、恋愛と失恋を経験した今のほうが、孤独への恐怖は大きい。
年下の、無知の、バカの、世間知らずの女をひっかけるのは簡単だし、楽しいと思う。
適当なところに連れて行って、お茶を飲ませて、料理を食べさせて、酒を飲ませるだけで、すごくお洒落な男と思ってもらえるからだ。
カッコイイ俺を演じる楽しさがある。
別れる時くらい思い切り嫌われてやればいいのにって思う。
童貞期に俺をボロボロにしてくれた女のおかげで、今はさらさらと綺麗だねっと言えるようになった。
わざわざ大声で告白したり、雨の中かけつけたり、沈黙や抱擁や逆ギレやを使いこなせるようになった今でも、その女に出会わなければよかったと思ってる。
だから、バカ、無知、世間知らずの女をおだてるようなことはしない。
アメリカで司法修習生を相手にやった実験で、(ソースは忘れた。詳しい人よろしく。)
美人とブスの写真を用意して同じ罪でも刑の重さに違いが出るかを統計取ったところ、
殺人の犯人だと言われたら同情心が働いたのか、刑の重さは 美人<ブス になったのだが、
詐欺の犯人だと言われた場合、刑の重さは 美人>ブス になったらしい。
あくまで想像だが、例の事件の犯人が美人だったら「こんな美人に騙されたなら本望だろ」的な男叩きも増えたんじゃないかとも思う。
(男は美人には寛容だが、『自分が美人であること』を利用する女は嫌われることが多い)
それ以前に、実は同じようなことをしている美人の結婚詐欺師は多いのに「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛んだら~」で話題になってないだけかもしれないけど。