角川はヘイト本は出版しないという方針で、抗議があったので調べたらヘイト本だから出版止めますという話じゃなかったか?
思うだけなら自由なので好きにすればいい
今日、なんとなく見たYoutubeの発達障害者の恋愛を特集した動画に元同級生が出演していた
3人の男女「取材しており、うち1人が中学時代私にめちゃくちゃキモいだる絡みをしてきた男だった
・勝手に私の席に座って待っている
・下校中ずっとついてくる(帰り道は逆)
・二人組を作れと言われると私と組もうとする
・ちょくちょく視界に入ろうとする…etc
マジで上げ出したらキリがない。
マジでキモかったので先生に相談したり、そいつが居ない時にクラスのみんなに話して協力求めたが無駄だった。
動画では女性にアプローチしても振り向いてくれない🥲とか抜かしてたけど、あたりめーだろととしか😇
なんとかして女性と付き合えるように頑張ってるみたいだけど、なんでこんな奴に限って恋愛に固執するの😇
もうお前は極力女性とは関わらずに生きてくれ。
頼む。
中学生くらいになると、自分は実は男なのかも知れないと思うようになった。当時読んだレベルEというマンガで、一見女性に見えても実は男性というケースがありうると知ったからだ。
当時はたまに自称が「俺」になることがあった程度には倒錯していた。
高校生くらいになると俺呼びは収まり、それ以降の人生は普通に私呼びで過ごすことになる。
大学はほぼ男子校と言える理系単科大学に進学した。人生初の彼氏もできた。この辺りで、私は普通に女だな、という結論が見えた。
ただし、ネット上ではネナベをやっていた。けれど昔のインターネットは男のふりをしないと普通に話ができない空間だったから、それは自分の中ではノーカンだ。
しかし、大学を卒業してから不景気だったのもあり女ばかりの職場でパートをすることになったが、そこでも先輩方から「あなたは考え方が男だ」と言われ続けた。
だが、最終的に男性と結婚して子どもも産み、兼業主婦をやっている。
ここに落ち着いたからこそ断言できるが、今の時代に思春期をやらずに済んで、本当に良かったと思っている。昭和生まれでよかった。
もし今中学生だったら、きっと自分はトランスセクシャルだと思い込んでいただろう。場合によっては、周囲に「あの子はトランスセクシャルだ」などというラベルをつけられていたかも知れない。
実際は思春期の気の迷いであり、俺呼びもただ痛い俺女だったという黒歴史であるだけだ。
でも、当時はそんなことなど絶対に分からないのだから、きっと自分は本当は男なのだと思い、場合によってはホルモン治療などにも手を出したかも知れない。
そうなったら、一体どんな人生を歩んでいただろうか。
楽天的な私のことだから、それでも結構幸せな人生を歩んだかも知れない。
実際、今の世の中はトランスに寛容であろうとし始めている。理論的には、きっとその方がいい時代だ。
けれども、私たちは気をつけなければならない。思春期に揺れる子どもの性自認をあくまで見守るように。
そんな中で正社員として年に2回くらい若い人がどっと入ってくる時期があった
きくとどうやら工業系やデザイン系の専門学校を出ている子達らしい
いや無理だよ…
大きな会社だし、開発なんて東大京大出てるやつが山ほど応募してきて選び放題だろうし、デザインだって美大なりでインダストリアルデザインを学んだ子達を採るだろうし…
これは働くようになって知った話なんだけど、どうやら親会社の名前を使って専門卒の子を大量に採用して使い潰していたらしい。
あの子達今は何してるんだろう。まだあそこではたらいてるのかな。
一方、おれは卓球部(一回も出たことなかったので実質帰宅部)でスクールカースト底辺
当時はケータイやSNSなんてなかったから、親しい友達は電話で知り、他は新聞やTVで知る子だったり、夏休み明け登校して初めて知る子だったら色々いた。
嫌いじゃなかった。
おれみたいなオタクにも優しくてヤンチャな生徒にいじられている時も助けてくれた。
いいやつだった。
お世話になったので線香だけでもと葬式に参列した。クラスのほとんど奴が来ていた。俺みたいな陰キャグループも。
出棺の時、感極まって泣き出しちゃう子がいた。
つられて何人も泣き出す。
ああ、こいつらは俺が死んでも泣くどころか葬式にすらこんのだろうなぁ、とか当たり前のことを思っていたその時、1人の女の子が泣きながら「○○(俺の名前)の方が死ねばよかったのに…」と呟いた。
好きな女の子だった。
それを聞いた周りの子は軽く叱責。
自分は聞こえないふりをした。
涙が出てきたけど、みんな泣いていたので誤魔化せた。泣いている理由はみんなとは違うけど。
30年近く経ってもいまだに思い出しては胸が締め付けられる。