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はてなキーワード: 菊地凛子とは

2018-03-17

ジャニオタは誰と結婚したら納得するの?

V6結婚報道

芸能人(男)×芸能人(女)

で騒ぐなら

芸能人(男)×一般人(女)

のがよかったのか?

芸能人×芸能人で、俳優(男)×俳優(女)

だとめちゃくちゃお似合い〜素敵〜って祝福されてる印象なんだけど今回それがあまりなかった気がする。お似合いって言われてたの印象的なのが松田龍平×太田莉菜(離婚したけど)、染谷将太×菊地凛子 とか。

V6俳優売りしてたイメージでこの例かと思ったんだけどツイッターみてる宮沢りえ ババアやん とか書いてあってそうでもないみたい。

アイドル売りの声優(男)×声優(女)も2017年あったけどそこまで騒がれてないよね?どちらかというと祝福の印象。

V6オタクお姉様方は誰と結婚して欲しかったんだ?一般人めっちゃ年下?それとも一生独身

2015-03-02

http://anond.hatelabo.jp/20150302102907

もらさなくてよかったね!

店内でぶちまけていたら、菊地凛子にフン掃除させるところだった。

なんとなくその状況に快楽を覚えそうな元増田ではあるが。

真昼の決闘

強烈な便意に襲われたおれは、行きつけのセブンイレブンで用を足すことにした。本来ならこういう場合店員にひと言断りを入れてからトイレを使わせて貰うのがマナーなのだけれど、その時のおれはなりふり構っていられなかった。肛門がひくついて今にも塞いでいるものが飛び出しそうだったのだ。

結果から言えばおれは用を足すことに成功した。つまり、大人として生まれて来たことを後悔するような大惨事には至らなかったわけだ。ホッと一息つき、そのままカタルシスに浸っていたがやがて外に出ることにした。

外に出て店内に戻ったはいものの、無言でトイレを使ってしまったことはやはり罪悪感を抱かざるを得ない。さてこれからどうしようかと思った。ポケットの中には五百円しか入っていない。

特に小腹が空いているわけではないし、ビール医師から禁じられている。ジュースも糖分過多なために控えなければならない。虎の子の五百円である。家に帰ればタダで飲める水に銭を使いたくはない。

雑誌を買おうかとも思ったのだけれど、今月の五日までこの五百円で凌がなければならないのだ。余計なものを買うわけにはいかない。そう思ってよく観てみると、新しく入って来たのか全然知らない女の子レジに心細そうに立っていた。

彼女の顔は菊地凛子に似ていた。菊地凛子……おれは彼女にこの上ない思い入れを抱いている。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督『BABEL』で聾唖女子高生役を演じた時にパンツを脱いで陰毛がふさふさ生えた陰部を晒すシーンがあるのだけれど、あれで度肝を抜かれてしまったのが始まりだった。

あるいはトラン・アン・ユンノルウェイの森』で直子役を演じるあたりも素晴らしいと思った。少々鳥居みゆき入ったキャラ、昔の友人とセックスしようとして濡れなかったことや開かなかったことを告白するシーンに魅了されたのだ。

そんな憧れの菊地凛子似の店員が立っている……そんな幸福感に浸っているとそれを邪魔する人間玄関から入って来た。私服姿のこの店の店長だった。

「異常なかった?」とリーゼントを靡かせて店長は訊いた。

「なかったです」と微笑みながら菊地凛子仮名)は言った。

まずいことになったと思った。このままではおれは初対面の菊地凛子仮名)に対して「店に入り込んで来て店員に何の断りもなくうんこして帰って行った」というキャラという印象を与えかねない。ここは是非とも何かを買うべきなのだ。だが一体何を買えばいいのか。

ましてや、店長元ヤンキーと来ている。そんなに親しくない。だからこのままだと「何の断りもなくうんこして帰って行った」キャラであることが店長の耳に入ることも想像に難くない。そうなってしまってはどうしようもない。最悪、店からつまみ出されることも覚悟しないといけないだろう。そうなると菊地凛子仮名)の姿を拝めなくなる。

おれはオロナミンCを買おうと棚に手をやった。だが、手を滑らせてしまい瓶を割ってしまった。菊地凛子仮名)が慌てておれのところにやって来る。

お客様、お怪我はありませんか?」

何と暖かい言葉なのだろう。昨今の殺伐としたコンビニの中でこんな言葉が聞けるなんて夢のようだ。しか菊地凛子仮名から……しかし次の瞬間、おれはハッと自分の犯してしまったミスに気がつき謝った。

「ごめんなさい。弁償します」

「いえ、大丈夫ですよ。店内で発生した事故は当店にも責任がありますのでお構いなく」

おれはますます自分ヤバいところに達してしまったことに気がついた。このままではおれは「無断でうんこプラスオロナミンCを割った男」という二重のスティグマを負うことになる。

おれは実写版ピンポン』のように心の中で三度呟いた。ヒーローを呼ぶ呪文だ。ヒーロー見参、ヒーロー見参、ヒーロー見参。

「あの、具合でも悪いんですか?」

すぐそばに菊地凛子仮名)が立っていて話し掛けて来た。「顔色悪いですよ」

「ああ、特に体調が悪いわけではないので気にしないで下さい」

これはますます何かを買って帰らなければバチが当たろうというものだ。どうするか。おれは視界の片隅にとある物体を捉えた。これしかない。もうこの際なりふり構っては居られない。おれはそれを掴んで言った。

「こ、これ下さい」


おれはそうして、『快楽天』の最新号を買って帰った。

2013-09-21

パシフィック・リムに影響を受けた妻が菊地凛子みたいな

菊地凛子みたいな髪型にして帰ってきた。

http://image.eiga.k-img.com/images/special/1929/001_main.jpg?1373631176

※これよりもう少しオカッパ

理由は、

「イェーガー乗りたいの?」

「イェーガーは乗りたくないけど、菊地凛子はカッコ良かった!」

ということみたい。


あの髪型欧米人には受けるけど、日本人にはどうなんですかね。

少なくとも俺の好みではないんですが、こういう時なんて言えばいいんですかね。

2010-11-07

映画しんぼる」の正しい解釈ネタバレ

松本人志監督作品の映画しんぼる」を見た。以下「しんぼる」及び「バベル」の相違点について言及しているため、両作品のネタバレ含むので注意。






松本人志テレビで見せるフリートークと、コントで演じる役とのギャップが激しい芸人である。フリートーク自我を全面に押し出して、コントでの演技は別人格かのような憑依型。この二つを偏らず両立させて、しかも成功している。

映画しんぼる」においてもまた、見た目奇抜だが、無口で平凡な思慮の浅い男(それでいてどこか狂気をはらんでいるような)男を自分に憑依させて演じようとしている。

では、何故見た目を奇抜にする必要があったのか、果たしてこの主人公があのような服や髪型のチョイスをするような人間だろうか?

見ているとそのような矛盾や違和感が何度も起こる、矛盾や違和感だけを繋げて映画にしたといっても良いぐらい出てくる。しだいに全てに何か理由があるんじゃないかと思うようになり、どうしてもそれを考えてしまう。最終的に「くだらない」が「面白い」って事ね、という所に一応行き着くが、やっぱり「で、それが何なの?」という疑問の答えにはなっていない。

この映画が、観客の解釈や理解をうながす為に作られているのは間違い無い。「もっと理由や意味を考えてみて!」と言われているような、そうやって考えるのが面白いという事だろうか。その結果裏切られてしまうカタルシスを楽しめ、そういう作品なのかもしれない。


解釈や理解しようとする事自体を楽しめ、というテーマだとして、ではその映画に正しい理解や解釈の正解は存在するのか? 存在しているはずだ。その方が面白いから。

という訳で、正解を探す事にする。

僕が考えた正解なんじゃないかと思う答えを検索してみると、バラバラの要素としては既出なのだが、統一されたものが無いのでここにその解説を書いてみよう。

タイトルを付けるなら「小日本人」

しんぼる」は、日本人海外に対するコンプレックス表現した作品だ! と強く断言してみる。


しんぼる」は、2006年カンヌ国際映画祭監督賞を受賞した「バベル」という映画を非常に意識した作品である。

バベルネタバレになるが、バベルメキシコ出身の監督脚本家による映画で、ナショナリズム的な視点から観ると、思慮の浅い日本人のせいで、モラルの無いモロッコ人の子供が銃を使い殺され、それに巻き込まれた白人自分達の事しか考えない。それにひきかえ他民族子供低賃金で助けるメキシコ人は陽気で善人だ、という解釈が出来る。松本人志ナショナリズムが強い思想の持ち主なので、バベルを観てメキシコ人ふざけんなよと、日本馬鹿にすんなと怒ったはずだ。

だからしんぼるでは、同じ文脈で皮肉たっぷりに、思慮の浅いヘンな日本人のせいで、メキシコで不条理な出来事が起こり子供が不幸になる、バベルと同じくそ因果関係に理由は無い。また物語舞台となる国の数も同じ。バベルアメリカモロッコで起こる出来事と違い、しんぼるでのロシア中国で起こる出来事は不幸ではなく、ただくだらない出来事なのだが、これはバベルの偶然性による不幸に対する皮肉なのだろう。バベルの偶然性による不幸が、メキシコ監督恣意的なナショナリズムにすぎない事への批判である。

さらに、映画撮影の仕方も同じで、カットバックを使った演出もさる事ながら、しんぼるにおいてメキシコの場面での映像は、ドキュメンタリーのような手ぶれのあるハンディカメラ映像なのだが、これはバベルが終始そのように手ぶれのある映像だからである。


次いで、上記のバベルに対する皮肉を、さらに拡大して日本の文化による世界に対する皮肉、あるいはバベルを絶賛したカンヌフランス)のアートシーンに対する皮肉として、現代アートの文脈でアイテムが構成されている。

まず主人公の髪型衣装は、フランス芸術文化勲章を持つ海外でも評価の高い草間彌生の格好で間違いない。脱出劇としては広すぎるあの白い部屋もインスタレーションそのもの。飛び出てくる意図的に日本の物に偏ったアイテム、それを使っての笑いは日本の文化の文脈のようでいて海外向けの笑いでもあり、これは海外でウケる日本現代アートのコンセプトそのものである。

バベルカンヌに反発を覚えながらも、欧米文化の中で迎合して同じ舞台に立たないかぎり世界的に受け入れられないというジレンマを抱え、それに対して下ネタパロディという形で皮肉をこめ、彼らの持つ日本人イメージを利用して、滑稽な道化のふりをして笑いを取り、しっかり世界にウケる現代アートの文脈にそって作品を作っている。

そして映画クライマックス最後最後に、神のような姿になった主人公の背後の壁に立体的な世界地図が現れる。多くの日本人は何の疑問も持たないと思うが、外国人にとっては違和感のあるシーンである、その世界地図日本が中心となっている。


このように「しんぼる」という映画は、日本日本以外の世界意識した作品である。世界に向けて表現しながら、媚びずに日本的であろうとした訳だ、しんぼるというタイトルも、英語ひらがな表記であるのはそういう理由だろう。

要約すると、松本人志による海外アートシーンを皮肉った「日本最高!」を世界に向けて表現した映画


おそらくアートの文脈を松本人志が知っていたとは思えないので、その文脈を組み込んだのは脚本を共同作成している放送作家高須氏によるものなんじゃないかと思われる。


憶測だが、バベル脚本家監督菊地凛子演じる聾唖女子高生イメージを、例の毎日新聞waiwai事件の、元ネタの記事を見て得たんじゃないだろうか。元ネタ(http://www8.atwiki.jp/mainichi-matome/pages/435.html) 女子高生ノーパン、チラ見せ、男を誘惑、家で裸、という点が同じである。最もリアルに創り込むべき役なのに、日本にそんな女の子居る訳がないというような人物を設定した矛盾。海外受けするメジャーアニメ映画でその様なイメージ女子高生キャラが居てそれの影響を受けたとは思えないんだが、しいて挙げるなら岩井俊二作品の女子高生不安定さと元ネタの記事を合わせた感じだろうか。

2010-01-02

http://assault-girls.nifty.com/cast/index.htm

アサルトガールズ期待しているんだが・・・

よく見ると、黒木メイサだけが20代前半で・・・気がついたら佐伯日菜子は30代か・・・

ガールズに見えるから、女優って恐ろしいなぁと思う。

さすがに、もう、黒井ミサはムリなんだろうけど でも、もう1度見たいなぁ佐伯日菜子の狂い役。

あと、思った以上に、菊地凛子が狂った役作りで萌えた。でも28歳。ガクガクブルブル

 
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