2015-03-02

真昼の決闘

強烈な便意に襲われたおれは、行きつけのセブンイレブンで用を足すことにした。本来ならこういう場合店員にひと言断りを入れてからトイレを使わせて貰うのがマナーなのだけれど、その時のおれはなりふり構っていられなかった。肛門がひくついて今にも塞いでいるものが飛び出しそうだったのだ。

結果から言えばおれは用を足すことに成功した。つまり、大人として生まれて来たことを後悔するような大惨事には至らなかったわけだ。ホッと一息つき、そのままカタルシスに浸っていたがやがて外に出ることにした。

外に出て店内に戻ったはいものの、無言でトイレを使ってしまったことはやはり罪悪感を抱かざるを得ない。さてこれからどうしようかと思った。ポケットの中には五百円しか入っていない。

特に小腹が空いているわけではないし、ビール医師から禁じられている。ジュースも糖分過多なために控えなければならない。虎の子の五百円である。家に帰ればタダで飲める水に銭を使いたくはない。

雑誌を買おうかとも思ったのだけれど、今月の五日までこの五百円で凌がなければならないのだ。余計なものを買うわけにはいかない。そう思ってよく観てみると、新しく入って来たのか全然知らない女の子レジに心細そうに立っていた。

彼女の顔は菊地凛子に似ていた。菊地凛子……おれは彼女にこの上ない思い入れを抱いている。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督『BABEL』で聾唖女子高生役を演じた時にパンツを脱いで陰毛がふさふさ生えた陰部を晒すシーンがあるのだけれど、あれで度肝を抜かれてしまったのが始まりだった。

あるいはトラン・アン・ユンノルウェイの森』で直子役を演じるあたりも素晴らしいと思った。少々鳥居みゆき入ったキャラ、昔の友人とセックスしようとして濡れなかったことや開かなかったことを告白するシーンに魅了されたのだ。

そんな憧れの菊地凛子似の店員が立っている……そんな幸福感に浸っているとそれを邪魔する人間玄関から入って来た。私服姿のこの店の店長だった。

「異常なかった?」とリーゼントを靡かせて店長は訊いた。

「なかったです」と微笑みながら菊地凛子仮名)は言った。

まずいことになったと思った。このままではおれは初対面の菊地凛子仮名)に対して「店に入り込んで来て店員に何の断りもなくうんこして帰って行った」というキャラという印象を与えかねない。ここは是非とも何かを買うべきなのだ。だが一体何を買えばいいのか。

ましてや、店長元ヤンキーと来ている。そんなに親しくない。だからこのままだと「何の断りもなくうんこして帰って行った」キャラであることが店長の耳に入ることも想像に難くない。そうなってしまってはどうしようもない。最悪、店からつまみ出されることも覚悟しないといけないだろう。そうなると菊地凛子仮名)の姿を拝めなくなる。

おれはオロナミンCを買おうと棚に手をやった。だが、手を滑らせてしまい瓶を割ってしまった。菊地凛子仮名)が慌てておれのところにやって来る。

お客様、お怪我はありませんか?」

何と暖かい言葉なのだろう。昨今の殺伐としたコンビニの中でこんな言葉が聞けるなんて夢のようだ。しか菊地凛子仮名から……しかし次の瞬間、おれはハッと自分の犯してしまったミスに気がつき謝った。

「ごめんなさい。弁償します」

「いえ、大丈夫ですよ。店内で発生した事故は当店にも責任がありますのでお構いなく」

おれはますます自分ヤバいところに達してしまったことに気がついた。このままではおれは「無断でうんこプラスオロナミンCを割った男」という二重のスティグマを負うことになる。

おれは実写版ピンポン』のように心の中で三度呟いた。ヒーローを呼ぶ呪文だ。ヒーロー見参、ヒーロー見参、ヒーロー見参。

「あの、具合でも悪いんですか?」

すぐそばに菊地凛子仮名)が立っていて話し掛けて来た。「顔色悪いですよ」

「ああ、特に体調が悪いわけではないので気にしないで下さい」

これはますます何かを買って帰らなければバチが当たろうというものだ。どうするか。おれは視界の片隅にとある物体を捉えた。これしかない。もうこの際なりふり構っては居られない。おれはそれを掴んで言った。

「こ、これ下さい」


おれはそうして、『快楽天』の最新号を買って帰った。

  • もらさなくてよかったね! 店内でぶちまけていたら、菊地凛子にフン掃除させるところだった。 なんとなくその状況に快楽を覚えそうな元増田ではあるが。

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