はてなキーワード: 板ばさみとは
と会社員の兄に言われた。
その通りだ、三大義務をしていない私は社会に対して意見を言う権利はないんだと思う。
税金は親が代わりに払ってくれているので脱税というわけではないけど・・・同い年が働いて社会貢献しているのに私は・・・ニートかよ・・・。
病気を治療するために人生を休むことになり、1年経った今でも医者からはまだ休むように言われて
とりあえず本を読むのが好きなので読んでいたら、新聞も真剣に読むようになり、ニュースを見て、そうしているうちに社会に疑問を持つようになった。
社会に対しておかしいと思うことが多く、とりあえず同年代の友人らはどう思っているんだろうと感じて
聞いてみるけどみんなそんなに関心がない。働き始めだからそちらに意識が向いているというのが兄の説。そりゃそうか。
年収が600万円以上で ×
身長175cm以上で ×
年齢は35歳未満で △
貯金は500万円以上あって ×
自家用車持ってて ×
次男か三男で ×
自分として欲しい条件。
25歳喪女だから分からないだけなのかもしれないけど、世の中の女性は一体どんなハイスペックを求めているんだろうというのが正直な感想
>MARCH以上の大学出身で、 私も駅弁だしあんまり頭良くても話しが合わなそう
>東証一部上場企業の正社員で 安定して働けてるなら正社員ってだけで十分な気がする
>年収が600万円以上で 年収600万がどれほどの物なのか良く分からない。私は350万くらいしかないけど今のところ生活できてる。
>身長175cm以上で 自分(165cm)より低くなかったらそれで良い
>オタク趣味を持って無くて パンチラフィギュアとかコスプレ強要は勘弁して欲しいけど萌えアニメみて俺の嫁!とか言うのは平気
>年齢は35歳未満で 10歳も離れてると話あわなそうだけど自分が30歳なら気にしないと思う
>貯金は500万円以上あって 別にその貯金が私のお金になるわけじゃないと思うんだけどどういうことだろう。私は100万位しかないし。
>自家用車持ってて 都会暮らしなら維持費とか駐車場代考えたらむしろいらないと思う。田舎なら必須だけど。
>次男か三男で 逆に末っ子って親に溺愛されてそうで嫌だなーとは思うけど長男だから云々ってイマドキ重要か?
誰かには言いたいけど誰に言っていいかわからなくて、ここしかわかんなくって。
ごめんなさい。
皆さんに怒られるかな。自慰行為だろうか…でももうしないから、どうか許してほしい。
[私たちの話]
付き合ってるひとがいます
付き合ってほぼ1年
大学生なんだけど、どうやら自分の大学が嫌みたい(贅沢者って意見は分かります)。
入学当初、彼にストレスがかかってた頃私は彼の友達になり、やがてお互いが大学で1番仲のいい友達になり、付き合い始めた。
彼は大学は嫌だけれど、それでも私がいるなら頑張るって言ってた。ずっと傍にいてくれるなら頑張るって。
[なやみ]
私は学内のイベントを仕切る委員会に入っているんだけど、他のサークルとかは何もしていない。
理由は、私といられなくなるから。
ミーティングがあるって言うと機嫌が悪くなるし、イベントの準備で会えなかったりするともうだめ。なだめてすかしてやっと、って感じ。
この問題が浮上したのは某イベントの前。前から機嫌悪くなるとかはあったんだけど、一番山になったのはその時だった。
実行委員(これはそのイベント用で、一時的なものだった)である私が、委員会の中の班のリーダーになったことを言うとそっぽを向いてどっかに行ってしまった。
彼曰く、「ずっと傍にいてくれるって言ったでしょ。」とのこと。「ずっと傍にいるって思ってるなら、これ以上仕事増やそうと思わないでしょ?」だって。
言動が矛盾してる、と。
それと、役職に就くと他の人(≒男性)と接する機会が増えるから嫌だ、とも彼は言った(もともと異性と話してほしくないタイプ)。
その時はもう前代未聞の機嫌の悪さだったので謝って謝って解決。
しかも、機嫌を直すために
「(本来所属している委員会で)今後仕事は増やさない、役職につかない」っていうのを言ってしまった。
それなのに役職についてしまったという…笑;
これ言ったらもうだめかも。今ばれないように必死です。
ただ、私の委員会はもともと人が少なくて、その役職は誰かがやらなくてはいけなかった。
そういう状況に弱い私。「誰かがやらなきゃ。」っていう、義務感みたいなもので引き受けた。
リーダーだって同じような状況だったから、まさか言動が矛盾してるなんて思いもしなかった。
[どうするべき?]
私は彼のために時間を割いているつもりだ。
サークルにも入っていないし、これから入るつもりもない。授業やミーティングが終わったら急いで彼のところへ行く。
この状況の解決策としては、
②彼が我慢強くなる
じゃないかと思っている。
①なんだけれど、実は一回言ってみたことがある。
そしたらさすがに気がひけたのか、好きなことはしなよ、と彼は言った。
じゃあミーティングに行くのとかゆるしてくれよ、と思ったけど、相変わらず機嫌は悪くなる。
たぶん、好いてくれてるからこそずっと一緒にいてほしいんだと思ってくれているんだろう。
その結果、私が仕事に行くことが嫌で機嫌が悪くなってしまうんだろう。
でもさ、もうちょっとキツいんだ。
毎回ご機嫌取りじゃないけど、そうやってミーティング行くの。
言ったことないけど、授業のグループワークの話し合いだって言って嘘ついてミーティング行ったこともあるんだよ。
しかも最近休みがちだから、先輩からちょっと白い目で見られてるし。板ばさみなんだよ。
この話話し合ったときに
「ミーティングに行ってほしくないのはわかるけど、でも委員なんだからやるべき仕事はあって行かなきゃいけない。分かって」って言った時、
「なら行けばいいじゃん。俺には関係ないよ」
って言われて、私どうしたらいいの?
行ったら機嫌悪くなるでしょ?関係ないなら何で怒るの?
私はそういうことしたいなって気持もあるけど、今はあなたを怒らせることが嫌で何もしてない。
今いろいろできる時期なのに、このまま何もしないで終わるのかな、って考えると不安で。
何もしないのは自分の行動力が足りないせいもあるけど、でも今までこういうことがあってかなり消極的になってる。
普段は仲いいんです。ほんとに。
でもこの問題だけ、解決しなくて。
答えはないんだろうけど。
でも客観的に見て私に非があるなら変えたい。
いやならさっさと別れろよwwwって思う方もいると思う。
よく読んだら安っぽい日記だ…
最終的にOKだとしても、やっぱり、え、なんで? という反応をする親は多いと思う。
うちの親としては、なぜ父親がいないのか? という理由にあたる部分に納得できるものが欲しかったようだ。
それはもちろん、自分の大事な息子である俺のことを思ってのことだし、ありがたく思っている。
しかし、その結果彼女を問い詰める、というか、彼女の答えにくい質問もしなければならなかった。
それが嬉しくない彼女の気持ちもわかったし、俺としては板ばさみになってしまった。
親が納得しないのに話を進めたくない、彼女が嫌がることをしたくない。
どちらも正直な気持ちだった。
うちの彼女は、父親がいない理由について母親から聞かされたことはなく、そんな話をするのもタブーだったらしい。
それ以上聞くことは、親子関係への影響を与える可能性もあって、彼女は気がすすんでいなかった。
「お父さんがいる人には、なんでいるの? って聞かないのに、いない人にはなんで、なんでいないの? って聞くの?」
って言葉だ。
私にとってはお父さんがいないのは当たり前のことなのに、と。
普段は明るくても、私はほかの子とは違うから、と言って泣いたこともある。
そんな子が増えるのは、つらいことだと思う。
裕福な祖父母のもとで育てばそんな気持ちが芽生えないと思っているなら、うまれるこどものことを思うと悲しい。
昔からよくあることだとは言え、やはり家族は、家族の形があって初めてまわりの人と同じなのだ。
お金があるかどうかじゃないと思う。
うん、そうなんだけどね。
同僚・経営者「フルタイム勤務+残業や夜勤さえしてくれればいいよ家事育児は実家のお母さんや保育園にお願いしたら良いんじゃないかな(配慮したつもり)」
夫・身内「家事育児はしっかりやってほしいね。もちろんその分、事情を会社に説明して勤務時間を考慮してもらえば良いよ(配慮したつもり)」
の板ばさみになるから、結局女性は社会からいろんなな事情をおしつけられて、
フルタイム勤務+残業や夜勤+家事育児全部を求められているのと変わらん状況になるんだよね。
学校・塾・親からそれぞれの都合を押し付けられてノイローゼになる学生と一緒だよ。
つーか女が求めてるのってそういう状態でしょ。
まあ、他人事なんで気にしなきゃいい話なんだけど、イラッときてるんでここに吐き出してみる。
今度、出向する先の会社に行くことをその彼女から反対されている。
・30代後半
泣ける歌だとかなんとかに紹介されたバンドのプロデュースとか。
・30代前半
・ヤリチンの同僚(当時)
・主だった特技なし、事務員。
・両親ともに障がいを持っている、その一人っ子
これって、強姦罪になるんじゃね?それとも、彼女がソレっぽい雰囲気出しちゃってたんかな?
まあ、これは自分的にはセーフでいいかなと思ってる。馴れ初めはどうあれ、それから付き合いだしたんだから。
お金は、地元の四国から東京に来るための交通費を立て替えてくれって事だったらしい。東京に来て返すアテがあったらしいが、それもどうやら、上手く行かず(というか多分、真剣に取り立ててないので)現在も借りパク中。
パソコンは、調べ物とかするのに便利だからと。
まあ、やることやってれば、できちゃうこともありますよ。人間なんだし。
しかし、その責任も持てないで中出しセックスにふけるとはどういうことなんだ。
これが、一番カチっときたかな。
他に女ができたとか、飽きたとかで別れるのはよくある事だし、納得もできるけどさ。人の将来まで決めつけるような物言いで、「お前は結婚出来ない。幸せになれない。」的な、言葉を吐くとか許せない気がした。
彼女自身、過去にあまりいい付き合いをしてないのかもしれないけど。
最後のその言葉に、ずっと心の奥に傷をつけられたようで、今だに思い出しては情緒不安定になったり、泣き出してどうしようもなくなるらしい。
そんな折、最近では、両親が「結婚」について話しだし、彼女は「幸せになれない=結婚してはいけない」と「結婚しないの?彼氏は?」という、両親と元カレの言葉に板ばさみの気持ちに陥っているらしい。
もう、自分で書いててもイライラしてくるんでさっさとまとめちゃいますが。
好きになったり嫌いになったりするのは、別に構わないんだが、人様の子に対して「幸せになれない」だの「結婚出来ない」だの決め付けるのは、どうなんだと思った。
彼女の両親は、不妊治療の末にようやく授かった彼女を文字通り「箱入り娘」で大切に育ててきた。もちろん将来は幸せになって欲しいと思っているはずだ。
もし自分の娘が、元カレの言葉をトラウマに毎晩「死にたい」とか考えて、毎朝腫れぼったい目で過ごしているのをどう受け止められるだろうか。
もし、これで彼女が本当に自殺するようなことがあれば、話を聞いた俺は、この件を公にするべきなのか、当事者同士の事として黙っているべきか。
http://getnews.jp/archives/80423
どんな観点から見ても変な規制、なんてものはあんまりない。
たとえば、市場競争を促すための規制緩和というのは、往々にして消費者保護法制とトレードオフになってる。業者から見て、競争を阻害するガチガチの規制は、消費者団体や日弁連から見て、必要最低限の弱者保護だとか。消費者団体や日弁連から見て、合格点を与えられる程度の規制は、業界から見て、市場を殺すような規制だとか。後者の典型例が、消費者金融という業界をこの世から消し去ろうとしている上限金利&総量規制ですな。
こうした両極のどちらかに位置する規制は、その対極からの強い反対により、そもそも導入できないのが世の常。また、トレードオフなんだから、両極がどちらも大賛成、なんてものは、理念的にはあり得ても、現実的にはほぼ絵に描いた餅。結局、実現している規制ってのは、両極がどちらも不平たらたらではあれど、ま、しゃーないか、って反対はあきらめるようなもの。つまり、関係者に感想を聞けば、誰もが反対だったりするけれど、無い方がいいとか、もっと強化すべきとか、その「反対」が持つのは全然違ったベクトルだったりするわけだ。そこをうまく調整できたものだけが、規制として実現する。
「両極」なら、大概は足して二で割れば調整できちゃったりするケースが少なくはない。でも、「業者」が、既得権者と新規参入者とか、大手と中小とか、日系と外資系とか、いろいろと分かれていたりもするし、「消費者」が、都会と地方とか、金持ちと貧乏とか、被害の多寡とか、これまたいろいろ分かれていたりもして、現実は往々にして多極である。多様な第三者が絡むこともあるし。こうなると、調整の難度は幾何級数的に跳ね上がる。
冒頭のリンク先ではとんでもない情報操作がなされているけれど、議員立法は、実は提出だけなら決して少なくない。現与党の民主党は議員立法に抑制的なので政権交代前を見ると、
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/kaiji171.htm
議員提出法案の数は内閣提出法案の数を上回る。ところが可決・成立する法案は、内閣提出法案の方がはるかに多く、結果的に、多くの規制は内閣提出法案に基づくものとなっている。この差は、偏に調整の有無によって生まれてる。板ばさみに会い多くの関係者から相矛盾する罵詈雑言を浴びながら、汗をかき雑巾をかけ、なんとか皆が許容する妥協案を纏め上げる存在がなければ、法律なんてできっこない。
何故だか経産省の役人には、とりわけ役所に否定的になって転職したOB/OGには、こうした現実の政治過程が(目にはしているはずなのに)わからない人たちが多くて、原氏もその伝なんでしょう。もっともうまく人を騙すのは、騙しを真実だと自らも信じ込んでしまう詐欺師なわけだけど、リンク先の記事もまさにそのように、多くの人々が釣られるんだろうね。船に乗ったはいいけど、船長の「こんなはずじゃなかったのにぃぃぃぃぃ」という叫びを聞いて始めて、騙されていたことがわかる。
原氏の成功報酬が法案成立ベースでなくて法案提出ベースだというなら、自分は船に乗らないわけだから、そのビジネスモデルはご立派なものですが。
そもそも結婚に対する捉え方が全然違うんだよ。親父さんと君では。
君には親父さんの結婚に対する考え方は当分理解出来ないだろうし
親父さんにも君の考え方は絶対に理解出来ないと思う。
それはどっちが悪いっていうのではなく、生い立ちの問題だし価値観の問題だよ。
最終的には彼女さんが結論を下すんだろうし、俺が思うに大体君の思うとおりに物事は進むんじゃないかと思う。
その結果がお別れかそれとも親父さんにとっての悲しい結果かわかんないけど。
君の言う通り、それは君の彼女さんが決めることになるだろうな。
彼女は辛いだろうね。板ばさみで、自分で決めろと放り投げられてるんだから。
理屈の上では君の言ってることも一理あるよ、でもドライ過ぎる。
もう少し彼女の負担を小さくする方向に努力をしてみるべきじゃないか。
知人に市峰(仮名)という奴がいる。
市峰は俺が見る限り、仕事スキル、技術スキル共にもの凄い高い。
イケメンだったら間違いなく年収数千万クラスの勝ち組になってると思う。
しかし残念ながらブサイクだったため、
市峰がいい意味での『嫌われ役』に徹すると
単なる嫌な奴にしか見えないというかわいそうな子。
過去に俺がバラされたくない話を
市峰に大勢の前でバラされて大恥をかかされて以来、
スキルは認めるけど信頼だけはできないと思い、それ以来は距離を置いている。
(その席上でも俺はやめてくれと懇願した)
バラすだけだったらまだいいんだよ。
その場ではみんな爆笑してたし、全体を盛り上げるという点でも大アリだ。
でもその時の市峰の顔が、
知りあって数年経った中でも一番の笑顔だったことが信頼できない最大の原因だ。
あの醜い笑顔は忘れたいけど今でも忘れられない。
(ロンブーの番組とかでよくある、企画モノで監視カメラの向こう側で
俺が植えつけられたトラウマはこれだけじゃない。
俺がリーダーでわりと大人数を巻き込んだ企画を走らせたことがあって、
その時に副リーダーを中心として、企画そのものが中止になるレベルの
既にその頃は市峰と距離を置いていたので企画関係者ではなかったんだけど、
トラブル渦中の誰かが市峰に相談を持ちかけたらしく、
トラブル関係者と市峰の間で、副リーダーを降板させる形で決着を付けた。
企画自体は中止にもならず、むしろ成功の部類だったので
結果だけを見れば万事オーケーなんだけども、
『企画が中止になるレベルの大問題を、トップに何も相談がなく外野で勝手に決着されていた』
ことに物凄くショックを受けた。
ひと段落したあと、トラブル関係者に事情を聞きにいったことがあるんだけど、
その時に感じた疎外感は正直、うまく言葉に言い表せない。
市峰の判断の中でこれが悪だと判断すると、
その本人に対して、まるで鋭利なナイフで心を直接ザクッ、ザクッ、ザクッと
何度も刺しつづけるような、こちらに言い訳のさせようのないほど
正しく『お前は悪いことをした』と説いてくる。
俺自身も市峰にこの『お前は悪いことをした』の説法をもらう機会があった。
簡単に話すと、市峰にいくつか頼みごとをしたんだけども、
それに対する俺の対応が非常におざなりだったからという、
まぁ文章化すれば俺が悪いだけだよね、という話。
その説法なんだけども、とにかく理路整然としている。
で、言い訳をしたくてもすでにその言い訳はできない状態になっていて、
何も言えずに自己嫌悪に陥る状況を素敵に作ってくれる。
それを踏まえて、市峰は裁判の判決よろしく量刑を"強要"してくる。
それは誰かに対する謝罪だったり、念書だったり様々だ。
そのまま何かを強要されるというのは、トラウマ意外の何者でもない。
少なくとも、この一事をもって以来、
俺は『人に頼みごとをする』ことに対して物凄い恐怖感を抱くようになってしまった。
ちなみに、市峰の説法をキツく受けたと思わしき人は、知る限りだと
心が荒(すさ)んで『お前らみんなクソだ!』的な発言を繰り返す性格になっているか、
人間関係のトラブルの場合、原因となった人間とは何があっても逃げる状態か、
完全に心が折れて、社会復帰ができない状態になっているか、
のどれかの道を歩んでいる。
一番最近に市峰と会った時、精神を患って一時期入院していたと言っていた。
自分の考えは他人と大きく違うことだけを自覚はできるようになったが、
退院後もこの考え方が変わることはないようだ。
説法を受けた人たちの末路と、この一言と聞いたことで
「あぁ、やっぱりこいつは変人なんだ」と決着をつけて、
市峰の説法によるトラウマは若干ではあるが払拭されつつあった。
しかしここ最近、明らかにオーバーワークの仕事量が舞い込んでいて、
このトラウマがフラシュバックしてきて、どうしようもない状態になっている。
この状態を解決するには、自分ができる範囲の仕事だけをこなし、
自分以外にも作業ができそうな仕事は遠慮なく同僚に振ればいいのだが、
困ったことにこのトラウマは『人に仕事を頼めない呪い』も埋め込んでいる。
ここ1ヶ月は年末年始の休み意外は全日、自分がオフィスの電気を消していた。
1週間前は、残業仕事をしようにも自己嫌悪で仕事がまったく手につかず、
午前4時にオフィスで30分ほど立ったまま凹んでいた。
その次の日は帰ろうとしたらそのままデスクで2時間ほど眠ってしまった。
昨日の朝は、溜まった疲労が抜けきれず死んだように眠っていたらしく、4時間遅刻して大目玉を喰らった。
誰かに相談しようにも、こんなに重い相談事ななんて忙しい人や頼りない人になんか絶対にしたくない。
ましてや相談した後に何かお礼や感謝を"強要"されるのではないかと思うと怖くて仕方ない。
(実際にはそんなことは無いんだろうけど、思考回路がなぜかそう固まってしまう・・・)
真っ向から批判するコメントやブクマコメントが多いことにすごくびっくりした。
そんなに触れちゃいけないタブーだったのか。
自分は、2歳年下の嫁と18歳~28歳までの期間つきあった。
同じ女性と、10代から20代という変化の多い10年を共にすごした経験から言わせてもらうと、
「女の価値は若さ」というのは、一面的ではあるが絶対的な真実だ。
もちろん逆説的に言うなら、「人間の価値は経験」というのも真実である。
10代のガキよりも、30代のお姉さんの方が、深い話をするなら絶対に面白い。
でも、それは人間として、なんだよね。
恋愛対象の異性、という、センチメンタルかつ性的なニュアンスを含む場合、
やっぱりピークってのは、10代後半から20代前半なんじゃないかと思う。
デートのドキドキ感などは、新しい相手と付き合えば、確かに毎回味わえる。
でも、若い時にしか経験出来ない人生のイベントってのは間違いなくある。
そのイベントの多くは、若さと恋愛とセックスが微妙に重なり合った部分にある。
もちろんセックスへの貪欲さも、感度の良さも、開発された30代の方が素晴らしい。
でも、初々しさから貪欲さへの飛翔、好奇心と恐れの板ばさみからの脱却、肌の手触りの変化、
現在進行形で育って行く身体、セックスの成長を共に味わうこと、などは10代の処女の時代から30代近くの
成熟する時代までを、1人の(もしくはそれぞれ同年代の複数の)女性と共にすごさないと、味わえない。
女性の変化のダイナミズムを味わうなら、10代後半から20代後半の間だと思う。
細かいことは省くが、圧倒的な真実としてひとつだけ言いたいのは、肌の手触りの変化。
元嫁が20歳になってしばらくしたある日、肌の感触が今までと明らかに変化したのに気づいた。
それまで、しっとりと吸い付くようだった肌触りが、べつに吸い付かなくなった。
最初は体調かなんかのせいかと思ったくらい、ある日突然起こった劇的かつ不可逆的な変化だった。
これは、女性自身の方が良くわかる感覚なんじゃないだろうか、例えばシャワーの水が
肌で玉になって転がる時代があったということに。
異性として、より生物的な価値、もっと言えば恋愛市場での商品価値としては、
何故なら男性は金や権力で、恋愛市場での自らの商品価値を引き上げることが
出来るが、女性にはそれはかなり難しいから。
自分と元嫁とは、お互いの若さに惹かれて付き合っていたんだと思う。
元嫁は、夢を語り、追いかけ、実現して行く俺の姿に惹かれていたと思うし、
俺は、色んなことを吸収して、日々変化し、成長していく元嫁が魅力的だと思った。
そして、セックスも存分に楽しんだ。お互いの若い身体をむさぼった。
お互いの若さを消費して爆発させた10年間だった。
でも、色々なことを経験し、色々な人に会って、若い時と目線が変わった今は、それぞれが
別の道に歩き始めるようになったし、人生の伴侶となる異性に求める条件も変わった。
人生におけるマクロな価値観と、ミクロな生活感覚が近いかどうか。
違っていたとしても、お互いに認め合い、尊重し合えるかどうか。
それが30代以降の結婚には、必要なんじゃないかと思う。
元嫁とは今も仲がいい。
でも、マクロな価値観も、ミクロな生活感覚も、10年の間で徐々にその差が開いて行った。
人生の中でももっとも劇的に変化する10年を超えた時に、お互いの人生の立ち位置が
同じままってのは、本当にありえない奇跡なんじゃないかと思う。
自分たちの場合は、それが少しづつ変化して行った。バンドなら、音楽性の違い、だ。
だから、別々の道を歩むことに決めた。
たぶん、子供を産んで育てれば、半強制的にお互いの立ち位置は同じになる。
世の多くの夫婦は、意図的にせよ、無意識的にせよ、その道を辿る。
それは、凄く正しくて良い事だと思う。
自分たちの場合は、20代ではそれぞれの夢を優先させていたので、あえてそれをしなかった。
周囲の友人を見ても、子育ては人生中盤以降の最大のやりがいであり、楽しみだと思う。
個人的にも、自分の人生でその最大の楽しみ(苦しみも)が残っているのは、凄くわくわくする。
そもそも結婚って制度は、子育てをしないと何のメリットも無いし。
結婚ではなく、出産と育児で、今までの人生ってのは一度リセットされるんじゃないかと思う。
でも厳密に言うならば、夫婦間で「若さを消費する恋愛」の経験に大きな差がある場合、
それを後から埋めるのは結構難しいんじゃないかとも、ふと思う。
だって、それは人間の価値を決める「経験」の圧倒的な差でもあるわけで。
「若さ」という万人に等しく与えられた資産を、適切に自己投資して来なかった人なわけで。
それは、無駄な嫉妬や劣等感やルサンチマンや浮気や不倫や出会い系や風俗やスワッピングや
ロリコンへの傾倒や韓流ドラマブームの原因になるんじゃないかと思う。
ここらの暗いパワーを、持ち家のローン返済や子育てへの前向きなパワーに変換出来れば、
幸せになれるのかも知れないけど。
まあ、長くなっちゃったけど、一番言いたいことは。
「若い身体は素晴らしい。成熟した精神は素晴らしい。」ということ。
そして、もうひとつ。
「若い時の経験が違いすぎる人同士は、結婚しない方がいいと思う」ってこと。
いまさらそんなことにこだわるなんて馬鹿馬鹿しいことだからこそ、
逆に誰にも相談できずに悩むんじゃないかな。
「セックスを正当化」というが、増田にとってセックスすることは悪なのか?
セックス自体は善でも悪でもないだろ。
行為をするにあたって増田が言うような「理由の正当化」がわざわざされてるってこと自体がむしろ規範の存在を示してるんだよ。
増田が例に挙げたいらしい「恋空」の場合ヒロインがセックスをする理由は「レイプされて自分は汚れた存在になったから彼氏は自分に触れたくもないだろう」と絶望しているヒロインに対して、「そんなことはない、自分はヒロインを受け入れる覚悟がある。汚いなんて思ってないから直接触れられる」と彼氏が示そうとするという理由付けだったり、あるいは彼氏の不治の病が発覚してせめて彼の子供を遺したい、という理由だったりするんだよ。
逆に、少年漫画だのなんだので描かれてるセックスに、そういうエクスキューズがあるか?男側のセックスしたいという欲望はそんなエクスキューズなしに無条件に肯定されてるだろう?
少女漫画で出てくるセックスは、自分の身体は自分で守らなければならないけれど、彼氏の望みも叶えてあげたいという気持ちの板ばさみになって悩むという描写がほとんどだ。
まぁ、壊したっていっても倒れるとか血を吐くような話じゃない。咳が止まらなかっただけ。呼吸が出来ないのが唯一の苦痛。仕事が忙しくて病院に行けず、行ったころには治まっていた。精神的にも体も若かったと思う。翌年、レントゲンに影が写って。治っているから気にするなと医者に言われた。会社の別の職場に移ることにした。
しばらくして、風邪を引きやすくなったことに気がついた。風邪なんか引かなかったのに。しかも熱が出る。熱が出て節々が痛むってこんな感じなのか!と新鮮な驚きがあった。毎年のことになった。
次の会社の仕事は面白かった。自分でいろいろ工夫できたし、向いていた。天職かもしれないとおもった。だが、数年経って会社が大きく成長した後、軽いノイローゼになった。たぶんあれはノイローゼ。客ががんがん電話で怒鳴る。何とかしなきゃ。でも、会社が動いてくれない。自分だけでは解決できない。仕事に行かなきゃ、とベッドから起き上がると胃の中になにもないのに繰り返しえづいた。歩きながら、おえ、おえと、空っぽの胃を引くつかせた。
辞めた。
気がつくと、花粉症がとてつもなく悪くなっていた。単に年なのか、あるいは病状が進行しただけなのか、それとも過労がたたったのかは知らない。
3番目の会社では違う仕事に就いた。面白かったし、成果も出た。周りもそれなりに重く見てくれた。が、結局2番目の会社でやったのと同じ仕事に移ってくれといわれた。一応選択肢はあるような言い方だったが。
客先の窓のない部屋に詰めた。客は気を使ってくれたが、何とかしなければという気持ちと何ともならない状況で板ばさみになり、1ヶ月で気分がおかしくなってきた。高揚と落ち込みが交互に襲ってきた。やばいやばい、仕事を忘れろ、空を見ろと自分を鼓舞した。これはうつ病への道だと思った。こんなアップ・ダウンに俺の心がいつまでも耐えると思ったら大間違いだぞと自分に言い聞かせた。狭い部屋は薄い仕切り。隣の部屋で、別の会社から派遣されてきている若い技術者が、上司に「お前は熱意が足りない」と説教されていた。冷たい空気が吹いたかった。建屋の周りを何度も歩いた。冬の空は青かった。駐車場は外車だらけだった。みんな山のように払われる残業代を使う方法を、ほかに知らない。ものを買う以外の時間もない。意外なことに心より先に別の臓器が根を上げた。ある朝、上司に電話した。今日、二回発作がありました。たぶん狭心症です。あ、今三回目が始まりました。病院に行く間、2週間ほどは開放された。本当に開放されたのはずっと後だった。
しばらくして、定例電話会議をすることになった。電話会議では客先のある人から繰り返し怒鳴られた。怒鳴られない方法を考えながら必死で通訳した。まじで英語がうまくなったね。あはは。
ようやく落ちついて、これからはこんな目にあわないよう、客に迷惑をかけないよう会社をどうやって動かそうかと考えていた矢先、部門売却が発表された。社長いわく、「残っても居る場所はないでしょ」。売却先に移れば、数年に分けて都合数百万円くらいは追加ボーナスが払われると説明された。説明は口頭。日本法人からはとうとう紙切れ一枚出なかった。
売却前に辞めた。客先に挨拶に行った。たった一人、送別会を開いてくれた人がいた。本当にありがとうございました、どれほど助かったことかと言ってくれた。涙が出そうになった。
拾ってくれた今の会社には感謝している。激務もない。ひどいこともいわれない。だが、もう俺はおしまいかもしれないと感じる。前の会社でおかしくした体は、どうやっても最後の業務以前の水準に戻らない。どうでもいいことで心の平衡を失いそうになる。動脈硬化の兆候が出ている。「傷あとを残さない恋はないのよ」と、昔好きだった女性が言ったのを思い出す。傷あとを残すのは仕事も同じらしい。こんな心と体で、あと、5年生きられるだろうか。
別に長生きがしたいだけじゃない。単に家で待っている嫁に、苦しい思いをさせたくないだけだ。そんなささやかな願いも実現できないのが、俺の人生なのかもしれない。20年前社会に出たときには、こんなはずじゃなかったのに。
在るどころか物凄く強い。東大に入れなかったあの時から正直人生が止まっている。
ほとんどの人はそれを愚かだと思うことも分かっている。
学歴が全てじゃないとか、社会に出てからは学歴なんてたいした意味を持たないとか、そういうことが問題なのではない。
社会に出てからは学歴なんて関係ないという言葉が、嘘だろうが、本当だろうが、それはあまり俺のコンプレックスとは関係がない。東大生本人の「東大はいっても別に何もないっすよ」という言葉も関係ない。
なんとなく幼少時から東大に入るんだと思ってきた。別に親の教育がスパルタだったわけじゃなくて、単によくある地元でちょっと賢い奴だったから。中学で何の勉強もしてないのに一位ばかり取っていて、県の模試でも一位になった、教師からは賢い賢いと褒められた、たったその程度の事で図に乗ったってだけ。
ただ図に乗ったといっても、自身が天才じゃないこともよくわかってた。でも東大はいれるほどの秀才ではあるんじゃないか、と思ってた。傲慢さすらセコい。
要するに俺には何も無かった。中学時代。特に顔がいいわけでも人気があるわけでも面白いわけでも運動神経がいいわけでもなかった。あの時俺のアイデンティティになってたのが「賢さ」だった。皆からも賢い奴だ、あいつは凄いやつだ、って言われてそれこそが自分なのだと、当時は自覚してなかったけど今になって思うとそこに縋っていた。そこをアイデンティティにしていた。それがなければ自分には何もないことをうっすら分かっていたからこそそこにしがみ付いた。東大なら誰でも知ってるところだからそこへ入ればより自身のアイデンティティが固定化されるだろうと思った(勿論当時はここまで明確に考えていたわけではないが)。
東大へ入っても、そこには同じ入試問題を勝ち抜いてきた、頭のイイ奴ばかりがいるんだから挫折してしまうよという考えもよく聞くけど、俺の場合東大に入りさえすれば(つまりアイデンティティを確保さえすれば)別にそこで俺以上に頭のいい奴がいてもそれはたいして気になることではなかった。そもそも、小さい頃に、自身が天才ではないことに気付いてしまったためにそういう事はもうどうでもいいのだった。別に東大はいったからと言って賢さが保証されるわけでもないことも分かっていた。本当に頭のいい奴だったらそんな所にはいらなくったって、他のところで活躍してその賢さを見せ付けることもできるんじゃないかと言う人もあった(俺への言葉じゃないが)。でもそうじゃない。「本当に頭のいい奴」(曖昧な物言いだが許して欲しい)ではないことを悟っていたから、より東大に入りたかったんだ。賢いことをアイデンティティにしていたけど、同時にその賢さは実は脆いこと、天才なんかではないしそれどころか実はそうたいした奴でもない事に多分うっすら気がついていた。だからこそ求めた。そのアイデンティティはどうしても守らないといけなかった。そのアイデンティティがあるから特に反抗期もなく何もなく平穏に生きてきた。それが壊れると園通り自身の存在意義が揺らいでしまう。そんなに大事なアイデンティティの割に東大に入ったくらいで満たされる(と思う)のが、スケールが小さいが。
で結局落ちた。つーか高校入ってから、堕落したんだが。勉強するのが怖くなっていた。多分「頑張って出来なかったらどうすればいいんだ?」という恐怖が、勉強を遠ざけた。もし頑張ってダメだったらどうすればいいのかという恐怖で勉強から、努力から逃げた。小さい時から特に何の努力もせずにいたから挫折の経験もなかった。弱かった。徹底的に弱かった。挫折を想像するだけで逃げるのだからとんでもない弱さだった。
それで授業に出るのも怖くテストを受けるのも怖くて学校自体いけなくなった。それでもしなきゃいけないと思いなおし、教科書を読もうとしても恐怖心と焦りで何度読んでも文字が滑る。何が何なのか分からなくなる。今まではそんなことはなかったけど、これから「何をやっても理解できない」なんて状況が、もし自分の身に起きたらどうすればいいんだと、それに打ち震えた。
テストを受けて、問題を見るも、何が書かれているのかさっぱり理解できないという恐怖の夢を見ては起きた。夜に眠れなくなった。
不登校気味になって、心配してくれた親が精神科へ連れて行った。一応鬱と判定されたが俺自身は正直疑っている。多分単に弱かっただけ。それでも鬱という診断をもらってほっとしている自分もいた。鬱という医者の言葉を親が信じ、病院に通わせてくれるのをいいことにその状況に甘えた。鬱じゃないのだと思いつつ鬱だということにして「何もしなくていいのだ、病気だから」という免罪符で甘え続けた。
それでも出席状況がヤバくなり、何とかギリギリで出た(大体「出席状況やばいぞ」と言われて「じゃあでます」とすんなり出るあたりからして鬱じゃないと思うのだ)。それからも遅刻や欠席を繰り返しつつなんとか授業に出た。
結局勉強が怖くてずっと目を背けた。ボロボロの成績だった。成績が悪い自分ということで周囲に引け目を感じ、友達も作らなくなった。寄ってきてくれる人はいたが、なんだか「こんな成績の悪い俺と友達なんて、悪いよ」というような引け目をどうしても感じてしまい、自ら遠ざかってしまっていた。
そうして受験の年となり、恐々努力をし始めた。笑ってしまうような話だが、勉強中に何度も泣いていた。泣きながら勉強していた。精神がわけのわからない圧迫感と焦りと、もう終わりなのだという絶望感でごちゃごちゃになっていた。それでもやらなきゃいけないという板ばさみにあって泣きながら勉強という訳の分からない構図が生まれた。更にそんな自分に対してまたもコンプレックスを感じた。楽しく勉強をしているような自分があくまで理想像だった。受験に落ちたら終わりだと思った。自分が勝手に作り出したプレッシャーでぐちゃぐちゃだった。だからもう、いっそのこと、東大に入れなかったら死のう、と思って、それを思う事でいくらか精神が安定した。そうすれば失敗しても死ぬだけだから、成功した道しかないから大丈夫だと本気で思ってた。でも薄々「とはいっても俺が本当に自殺できるのか」という疑いもあって、それだけじゃ精神が安定しなくなった。それで親に「東大入れなかったら死ぬ」などと漏らしてまたも心配させた。誰かに言えば後戻りできなくなるから安心だと思っていた。「何言ってるの」という親に「お願いだから入れなかったら死なせてくれ、その死が保証されないと怖くて何もできない」というような事を語っていた。またも精神科へ通った。
で、受けて、落ちた。
じわじわと悲しみが満ちて一晩泣いた後、どこか諦念みたいなものが漂っていた。
「やっぱり薄々感じてたけど俺ってクズだったんだな」
という感情がじわーっと下から染みてきた。
何もなくなっていた。通行人Aのような気持ち。
何も目指すものもない。やりたいこともない。好きなものもない。買いたいものもない。そういえば気付けば全くモテていなかったけど、そんなことにも今気がついた。非モテだと自嘲する元気もない。別にモテようがモテなかろうがどうでもよかった。
何もなくなった。
ただコンプレックスだけ今も残っている。
東大に関連したものを見ると反射的に胸が痛む。羨ましいとか、畜生とかじゃなく、ただ単に痛む。
今も振り切れないまま、何の目標もないまま、「死ぬのが怖いから」生きている。
恋っていう漢字は、心が下になって潰されているだろ?
つまり、そういうもんなんだよ
え?愛は?
心が板ばさみになって潰されているだろ?
つまり、そういうもんなんだよ
女性側は結構基本的に気持ちが分からないって言ってたけど
私は分からんでもない。
好きな男キャラがいるんだけど、そのキャラについての恋愛事項は一切作中で述べられてないから何も分からないんだけど、「ヤリチンでした」とか「非童貞でした」とかなったら多分ショック受ける。まあ、といって、男オタが非処女じゃなかったことに怒っている感情と、私の感情は違うものかもしれないんだけどね。そもそも「怒る」というより多分「ショックを受ける」って感じだろうと思うから。
なんで嫌かっていえば単純に過去に女がいたってことがまあ普通にショックだよね
「過去は過去だから」「今とこれからが大事なんだよ!」とか、多分それは現代の恋愛において「正解」なんだろうけど、その正解を割り切れない。根底の感情レベルではやっぱり嫉妬するしショック。
というか、私としては、「男ってなんでそんな処女に拘るの?」ってより、むしろ「なんで女は童貞に拘らないの?」と思う。なんでそんな寛大(?)なん?まあ私の心が余りに狭く価値観がいびつであるというのは大体自覚はしてるんだけどさ。
あ、でもこれは全て二次元の話であってリアルだと全然話は別になる……っていうか、リアルはよくわかんないといった方が正確か……。
多分リアルじゃまともに恋愛経験が(ただ単に惚れたということすら)ないから、こんなにいびつなんだと思う。
でも多分リアルで惚れたりしたら相手が非童貞でも気にしないだろうな、と思う。多分「しょうがない」と思う。現実に対してはやはり最初からある程度の諦めがあるから。(ブスだからとかモテないとかそういう話じゃなくて、世界が自分の思う通りになるわけがないという根本的な諦め。まあ普通持ってると思うけど)だから寧ろ、三次元の話の方が、二次元より割り切れる。私の場合は。二次元は割り切れない。二次元では完全に理想と夢を見ているから、というか、三次元で見れないと諦めた夢を、二次元に託すことで、自身のバランスを取っているようなところがあるから。つまり三次元では完璧な男なんていないと分かっている。諦めている。けどその分二次元に託しているんだよな。完璧な男性像を。だからこそ二次元で裏切られる(っていうと被害妄想的なんだけどいい表現が浮かばなかったんで勘弁)と、そうなるともう逃げ場がないんだよね。理想と夢の処理場がなくなっちゃう。で、逃げ場がなくて「ギャー!」ってなって漫画を破ったり、ディスク割ったり、ってなるんじゃないのかな、いや、知らないけど、私だったらそうなる。
そういえば、ARIAのアリシアさんが、最後に結婚したってのも、(その回はまだ見てないんだけど)私もショックだったんだよな、あれ。それこそ当時2chで、「別に結婚する必要なかったんじゃないか?」とか食いついてたほどにはまあショックだった。あれもなんだろうな。男性オタとはその辺ちょっと事情違うかもしれないけど、私はARIAにファンタジーを見ていたんだよな。辛いことや苦しいことってのがほぼ無い(あっても「本当にプリマになれるのかな」的な悩みレベル)、人生の生々しさが極力排除された、人生において良い部分しか拾われていない、っていう、そういうファンタジーを見ていた。そこに「結婚」ってきたからちょっとうろたえた。なんか変な生々しさを感じてしまった。あと、結構基本的に女性キャラ中心でやってたところへ「結婚」でしかも「引退」ってのが、うわー、うわーなんかいやだなー……生々しいな、と思った。まあそれでも男性キャラだって結構出ていたんだけど。だから彼らの誰かが結婚相手だったらまだよかったのかも(いや、それはそれで微妙か…)しれない。でも知らないキャラっていうのでなんかこう、なんていうんだろうな。女の子でキャッキャやってた(それに加え、容認できるファンタジックな男キャラ)ファンタジーの中に見知らぬ男と結婚してアリシアさんが引退、っていうのが、ファンタジーを壊された感じがしてショックだった。そもそも結婚を「生々しい」と感じる事自体リアルでまともに恋愛体験していないからな気がするし、そんなのは勝手に夢見て託していたことであって、仕方ないんだけど。
三次元はある意味必要以上に諦めてる。多分本当はそこまで諦める必要もないレベルまで三次元の恋愛、男は諦めてる。というかもしかしたら人間全般に諦めてる。その分、「ARIA」とか「よつばと」で夢を見てる。あれで補ってる。人間への夢や希望を。大袈裟な話だけど。多分本当は人間を諦めたくないと思っている、でも三次元でそれを達成しようとは思わない。なぜなら期待を持って、やっぱりダメだったら、ダメージが大きいから。だから最初から諦めてる。保身のために。そこまではっきり意識したことはないけど、多分そう感じているんだと思う。自分は。
多分「よつばと」でよつばが交通事故にあったりしたら、「ARIA」でアリシアさんが結婚したのと同じようなショックを自分は受けるだろうと思う。
勝手にキャラ・作品ごとに夢を見ているから、時に作者とそれが合わなくなるとショックを受ける。単純に楽しんでいる人にとっては、何をショック受けてるのか、全く理解できない。その「理解できなさ」は理解できる。別に全部の作品に対してこういう態度なわけではないから。(多分ジョジョなら何がおきても大丈夫な気がする)
で、おそらくその中に「好きな男は過去に自分以外の誰とも関係していてほしくない」という勝手な欲望が入っているんだろう。でも同時にそんなのを三次元に求めるのは無理だしどうも道徳的に微妙であるとも感じている。だから三次元では諦めて、二次元で叶えている。
かんなぎに怒った人がどうだったかはわからないけど、あの時「現実の女にもそういう思いを感じているのか」という疑問が出ていたけど、仮にかんなぎ的なことが私の好きキャラに起きたとしたら、私の場合は、別にそういうわけじゃなく、現実の男が童貞だろうが非童貞だろうがもうそんなことは全くどうでもいい話なんだよね。どっちでもいい。どちらにせよ多分付き合えないし付き合う気がないから。そんなことより二次元の男キャラがどうなのかといった方が重要になってる。変な話、三次元では付き合う気ないけど二次元では付き合う気満々だから、二次元の方が重要っていう。そういう捻じ曲がった事になってる。
我ながら本当に歪というかダメすぎるな。
追記。
「ていうか脳内でオリジナル理想嫁(私だと婿か?)を作ればいいのでは?」って意見、たまに聞くんだけど、それじゃ意味ないんだよね……
ていうかそれができるのだったら、そもそも「非処女でした」とか「実はヤリマンでした」「過去に女いました」とかいう設定が来たところで、「脳内でなかったこと」にすればいいわけで。
要するに私もそうだけど、原作がそういう風になった場合苦しむ人っていうのは、逆説的だけど、原作は原作のまま受け止めなければいけない、と感じている人なんだと思う。だからこそ、「受け止めるべきだ、でも受け止められない」って感じでうがー!ってなってしまうんだと。ちょっと前に、「夫に初体験の話をしたら夫が嘔吐した」とかいうネタがあったじゃん?要はあの夫的な感じなんじゃないかな。いや、多分「レベルが全然違うだろ!過去に女・男がいたくらいで世の中の人はそんなに苦しまんわ」っていう突っ込みははいると思うけどw、そうじゃなくて、「どこで引っかかってるか」ってだけの問題で、構造的には似てるんじゃないかなと。
あの夫も、多分「そういうことで離婚したり、妻にどうこういっちゃいけないんだ」って意識があって、でも感情レベルでどうしても嫌で、だからこそあんな事になっていたんだと思うんよ。
まあ原作破ったりする人がそうとは限らないけどね。どうかは結局分からないけど。
原作設定を勝手に改変とか、結局それをしちゃうと、そのキャラを否定する事になってしまうからそれはできないんだよな。
だから本来からいけば大人な心でどんな過去だろうが受け止めるってのが正解なんだろうけど、易々とそれができないから苦しむ。
受け止めちゃえれば苦しむ事も無いし、逆に絶対受け止めたくないからってことで設定そのものを否定すればそれもまた苦しむこともない。苦しいのはなぜかといえば、その「すべき」と「できない」の板ばさみに合うから。
オリジナルキャラってのはもう全く、私にとっては次元の違う話。正直、二次元のキャラを好きになるのと三次元の人間を好きになる、ってのより、自分に完全都合のいいオリジナルキャラを好きになるのと二次元の既存キャラを好きになる、って事の方がものすごい違いがある。全然別の事。というか、「好きになる為のキャラ」を作ったところで、そんな安易に好きになれない。三次元でもそうだけどただ好みがあっていれば即好きになるかといえばそうじゃないわけで。二次元のキャラに対して、そもそもなぜ好きになったかといえば、その辺はもう、三次元と同じ仕組みなんよ。「いる人」に出会って好きになった、ってわけで、「一から自分の理想のモノを作る」ってのは、それとは全然別ベクトルの話になる。好きになるってそういうのじゃないと思わん?自分の理想のモノ作ったからって心底惚れられるわけじゃなかろ?
二次元のキャラだろうが、三次元のキャラだろうが、結局「自分ではない何かが作った存在」ってのには変わりが無い。
前者は他人。後者はまあ便宜的に神としておく。他人が作ったのか、神が作ったのか、って違いしかない。そこに自分が関わってないという点では同じ。でも「自分で理想的な婿の為のオリジナルキャラを作る」のは、違う。自分が神になってしまう。そうするとそのキャラとの距離感がまるで違ってくる。一階層、自分がそのキャラより上位に属してしまう。それこそ次元が違う話になる。
「相手が何を考えてるのか分からない」「相手が次何をするか分からない」という点では二次元キャラだろうが三次元の人間だろうが同じ事。「私」が神じゃない存在と言う点では同じ事。そういう意味で同じ階層に属している。でも自分が神になると完全に自分が上の存在となる。
実際、自分の理想を詰め込みまくったキャラとか作ったことはあるけど、やっぱりどうしても萌えないんだよ。
自分にとってどうとでもできる存在は、どうとでもできる代わりに、何の情熱も萌えも感じることができなくなる。
原作漫画を読んで、好きなキャラのちょっとした動作や台詞でいちいち「ぎゃー!萌えるー!」っていう、ああいった情熱はどうしても出ない。自分が萌えるような動作を、自分が神であるキャラクターにさせたところで、結局ソレは「自分がそうさせたのだ」って分かっているから、ダメなんだよね……それに比べて原作だったらば、自分がそうしたのではなくて、自分の「そうしてほしい」と言う感情とは別個にそういった行為をしているからこそ、「嬉しい」わけで。
「なんでもできる」ってのは逆に何の意味もなくなるんじゃないかな……
会社でさらっと読んで、境遇似てるなーと思い今更読み直してみた、のだが立場は似ていても環境は違う模様。
自分は片手に入る大手SIerに入って初めはパートナーさんと下流入ったけど、2年目でさっそく億ぐらいの案件の上流に入ってて、いいんかなーってかんじで、この辺が似てるのかなーと思ってた。が。
↓らへん、理解できない。
彼らは発注元であるこちらの企業に「常駐」してるので、普段は同様の環境で働いてるといっても、肩身が狭い。
なので、内製のわたしたちがフルタイムでえんやこら働いているときに、自分だけ外の勉強会とか、なかなか行けないのだと思います。
だからわたしは、たまには内製だって勉強に行くよー、というのを知ってもらうことで、何かにならないかなーと思ったりしているわけです
そうなの?
うちのパートナーさん、堂々と勉強会行ってるし、それこそ休みだってとるし、だからって険悪でもないし(まぁ腹の底はわからんとも、飯とか飲みには行ってグチは聞ける)。
逆にパートナーさんがえんやこらしてる間に管理するプロパーが勉強会とか・・・よぼど業務に余裕があるとき以外、業務外でやるものだと思っていた。
でもまぁ初めは肩身が狭いパートナーさんをいかに社会的欲求から自我欲求、そのさらに上のモチベーションにするかがプロパーの1つの仕事で、
この人の環境ではそれがいいならいいのかな。
しかしプロパーが給料いいとかどうなんだろ。確かに若手の頃はそうなんだろうけど、バーストしたらPMとか賞与カットされてたよ、人増やすために。
肉体的精神的にも、PMが一番泊まってたし、ハゲも肉も増えたし、お客さんから怒鳴られるし、それでもせめて現場が暗くならないように必死だったよ。
そこまでやれないプロパーは年の割りに身分低いし、情勢的にもプロパー(マネジメント系)の給料はあきらかに落ちるよね。
結局能力どうの言ってるワリに勉強する気はないんだね。。。給料に恥じない仕事を目指すと言いながら、給料に恥じる仕事を延々と続けるつもりなんかな。。こんな矛盾自分で作ってたら、ハマるよね。
まぁこういう人が若手のうちに辞めてってもらわないとプロパー潰れちゃうようね。早く主婦になってせんベー食いながらゲームしてたほうが幸せなんじゃない?
なんだか自戒の念もこめ。
追記:
なんかプロパーと言いつつ二次請けさんのようで、そりゃ事情違いますね。ある意味板ばさみで大変なんでしょうね。でもrootで入らないとか技術どうこうよりリテラシーの問題だと思います。
てか二次が一番技術もてると思ってましたが、現場に寄りけりなんですかね。まぁそういえばハイエナみたいにPMの周りうろついてるだけの人もいたんで、色々ですよね、
濃いなぁww普通に俺よりどっぷり漬かってるようで・・・
ニコマス民ってなんなんだろう。。。
無条件に「ニコマス(ニコニコ動画内のアイドルマスタータグつき動画)」が好きな人って言うのなら多分自分は入らないんだろうな。
「静止画MADが好きでそれと同じくらい箱マスの技術に興味惹かれて、まぁあとはキャラも当然嫌いじゃない。」程度の人間だしね。
もちろんアイマスはアイマスとして好き(という意味では反ニコマス派なのだろうかw)なんだけど、
俺の中ではあくまでそれはアイマス動画を反射的にクリックしちゃう条件の一つであって最大の理由ではないんだよなぁ。
VOC@LOIDM@STER祭りで「キオ式ミクを知ってびっくりするニコマス民も多いことだろう」という感想を見かけた気がするけど
「超個人的な好みを言えば、七葉ミク(あれだよあれ!で感じ取ってくれ)>>アノマロミク(リローデットも悪くないけどこの場合は今のほう)>>>自作エンジンの人(アイマス体型版)>・・・」
とか言えちゃう俺はやっぱり異端なんだと思うw(※俺の中ではボカロなんてメルトが未だに新曲扱い)
そんな感じで異端な身としては
PV系と架空戦記の板ばさみになったり統一概念で理解できずに困ってたりするのを見ると
「なんで素材別クラスタごときに縛られなきゃいけないんだろう?」とか思っちゃうわけですが。
別に「表現方法別クラスタに再編成しろ」なんて言わないけど。今のニコマスという状態は大好きだし。
要は別に無理に網羅しようとしなくても、自分の好きな組み合わせのジャンル見れば良いと思うよ。
仲間だと思えば仲間だし、仲間だと思われれば仲間なのだから、そんな見えない敵とか壁とか作る必要はない。
もし見えていても見えないフリができるところがニコマスの強いところだと思う。
補足しとくとニコマス(コミュニティ)については、結構好きだったりする。ので自分の中ではこっちの用法で使うことが多い。
とはいっても別に馴れ合いが好きだからとか言うわけでもなく、抽象的に言えばまぁ・・・おっさんパワー?
あの独特の雰囲気はボカロスレ辺りじゃ味わえない。
http://anond.hatelabo.jp/20080518030942
元増田です。
多くの方にトラバ、はてなブックマークでのコメントを頂き、とても勉強になりました。
元々、心の中の泥のようなものをはき出すために増田として書き殴った点、また、
私の文章が稚拙である点から、判りにくい点が多々あった中、様々な角度から様々な
意見を頂けて、嬉しかったです。
いろんな方からの言葉を読んで再度整理してみました。
細かい感情の起伏は、id:godfrey さんの下記エントリがもっとも近いです。
人間は平面では無い
http://d.hatena.ne.jp/godfrey/20080518/p1
増田の方は自分の才能と自信を維持することと、パートナーを愛するということ、
この二つの間の板ばさみで苦しんでいる気がした。
この感情がまさに私を混乱させる要因となっています。
私は、夫の様々な点が好きで恋愛し結婚したわけですが、もっとも好きな部分は、彼の才能です。
いつも、私が必死に努力したり、勉強したりして手に入れた知識は、既に彼があっという間に、容易に手に入れています。
尊敬しかっこいい、好きだ、と思うと同時に、自分の才能のなさや努力の足りなさの現実を見せられ滅多打ちになるのです。
id:godfrey さん曰く、
芸術家の奥さんへのインタビューなどで「夫のやっていることは私にはわかりません」
という感じのスタンスを目にすることがあるが、
あれはあれで円満でいるための秘訣であることが分かる。
こんな風にステキな奥さんでいられたらどんなに良いだろうと思います。
しかし、大差をつけられていながらも、私と夫は同じ業界のライバルでもあるわけです。
せこいかもしれないですが、私が地道に努力していれば、いつか追いついて、追い越せるかもしれない。
(念のため、この「追いつく、追い越せる」というのは年収や地位ではありません。才能というか知識というか技能というか・・・
そういった物で、お金ではないです。というかお金を得たら嫉妬は無くなるかと思い頑張った時期もあったのですが、やはり
お金ではありませんでした)
だから必死に頑張っているわけですが、「仕事を家に持ち帰るのは能力が無い人のすることだよ??★」と
本当に心の底から悪気が無い感じで(これは12年一緒にいますので判ります)言いながら、Wiiの電源を入
れマリカーをはじめる(少し前はマリオギャラクシー)ので、彼に一切悪いところはないのですが、
なんというか、そのシチュエーションに打ちのめされてしまい、過去の母の言葉や、前夫との美化された良い思い出
だけを思い出したりして、鬱々した感じになってしまうのです。
あと、「妻が食事を作ってるときに夫がマリカー」という、30代夫婦にありそうな設定を書いて
しまったため誤解を招いている感がありますが、これは「包丁を突き立てるほどにいらだつ自分」を
表したかっただけであり、夫と私の家事や育児の分担はほぼ半々です。
私が泣きながら「できる人が、できない人の努力の履歴を批評するのはやめてほしい」と言っても
夫は困った顔をして「君のことを言ってるんじゃないよ?」と言います。
それは違うのだけど、うまく説明できない自分がいます。
私は恐らくかわいげのない女なのでしょう。
何とか嫉妬の部分を抑え、尊敬の心を持ち続けながら努力をしたいと思っているのですが
それができるまでには、まだまだ努力が必要ですね。
続き(3)http://anond.hatelabo.jp/20080519141444
http://anond.hatelabo.jp/20080518033059
http://anond.hatelabo.jp/20080518072550
http://anond.hatelabo.jp/20080518085245
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http://anond.hatelabo.jp/20080518100527
http://anond.hatelabo.jp/20080518104135
http://anond.hatelabo.jp/20080518103627
http://anond.hatelabo.jp/20080518111844
http://anond.hatelabo.jp/20080518114244
http://anond.hatelabo.jp/20080518123007
http://anond.hatelabo.jp/20080518115343
http://d.hatena.ne.jp/hrkt0115311/20080518/1211079307
http://d.hatena.ne.jp/oredoco/20080518/1211093175
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20080518030942
大学時代の友人2人とに会ってそれぞれ働いてみてどうだったか話をした。
入りたい会社から内定をもらえて、やる気はあるのが良かったのか、既にいろいろな現場に連れて行ってもらい、実務に携わる知識ももどんどん教えてもらえる。
億単位の海外のプロジェクトの会議にも既に参画しているみたいだ。先日は海外からのお客さんが見られて東京を接待してまわった。早いうちに海外出張に行く事になるらしい。
夜は毎週上司に飲みやご飯に誘ってもらえ、実務以外の人生についてなどの勉強という事で、様々な話を語り合う。
新卒だというのに、六本木や赤坂の夜の街をもう経験したみたいだ。終電を逃したときは同僚とも気が合う事もあり、朝までカラオケなどに行っって楽しくやってるらしい。
そういうところに行けたというより、そういう所につれて行ってあげよう、そういう経験を若い頃からどんどんして行けという上司が自分の事を想い、面倒を見ようとしてくれているという事実が嬉しいらしい。
そんな人達と毎日一緒に仕事が出来て楽しいみたいだ。仕事はもちろん辞めるつもりはないらしい。
もう一人はこんな事でこれからいいのだろうかと既に悩んでいた。
入りたい会社に入れやる気はあるものの、上司同士の意見の衝突で板ばさみになったり、動機で入った同僚とのやる気の差に意味もなく悩む事がある。
遅くまで現場に付き合わされたり、朝の満員電車などにすごく体力を使う。
そんな事まで?というぐらい小さい事を注意され、辟易した事もあるらしい。客人へのお茶だし、簡単な資料の作成、電話応対などが雑用が多く、
大きい仕事を任されたいのにやらせてもらえない。
早く一人前に成りたいという思いだけが空回りしているように感じているらしい。
新卒なんてそんなもんだよって周りが言っても本人にはそれは意味のない慰めにしかならないんだろうな。ただ仕事は辞めるつもりはないらしい。
この二人の差はいったいどこからくるんだ?
僕から見れば、二人とも似たような人生を歩んできた。
学歴も同じようなもの。育った家庭環境も同じようなもの。性格も似ている。
背格好だって、同じようなもの。
この二人の差はいったいなんなのだろう。
二人の差なんかない。実はどちらも僕の実体験だ。
社会は大変だよ、大人は大変だよ。そりゃあもう色んな人がいるから。そう言う事を聞いて社会人になった。
実際自分がまだ少しだけど体験して、すごいそれが分かった。それらの言葉が何を言わんとしていたか。
だから日々働いている大人の人達を僕は尊敬する。愚痴りたくなる人の気持ちがすごく分かった。
それでもまだ、入ったばかりで学生感覚がまだ抜けきっていないからなのか、働く前の感覚が残っている。そんな僕から少し言いたい。将来この感覚を忘れてしまうかもしれない僕自身に向けても。
仕事はつらい事もあるかもしれないけれど、それをどう捉えて日々を過ごして行くかは自分自身の気の持ちようが大事なんだと思った。
恋愛、友人、家庭にも同じ事が言える気がする。
時には幸せに感じ、時に不平不満を抱く。たとえ同じような事柄が起きたとしても。
それをありがたいと感じるか運がないと嘆くか。
それらの差は、日々のほんのちいさな心がけ、気の持ちようでいくらでも変化を見せる。
だから僕は仕事を楽しく頑張って行こうと思う。
人生の先輩達、これからよろしくお願いします。