はてなキーワード: ウィキメディアとは
土曜日になってようやくまともな食事をとったばかりです。
メールボックスは、たぶん読むことはないだろうメッセージでいっぱいになっています。
疲れましたが、私は幸せです。
読者の皆さんが自分の声を政治家に伝えられるようにすることであり、
どちらも成功裏に終わりました。
私たちが用意したツールを使って800万人もの人が自分の地域の議員の連絡先を確認し、
ソーシャルメディアではさらに何百万人もの人が自分の意見を発言しました。
何千人ものジャーナリストがウィキペディアの黒い画面をはりだして記事を書きました。
ここで一度、何が起こったのかをちゃんと理解しておくことが重要だと思います。
私たちの立つ足元が、大きく揺れ動いたのですから。
ジャーナリストは古いメディアと新しいメディアの衝突としてこの出来事を見ていますが、それは間違いです。
彼らがそういう見方をするのは、ふつうの出来事はそうやって動くからです。
元Sunlight財団のClay Johnson氏は、
「こんにち、自分の業界にとって有効な法案を通しワシントンから旅立たせるためには、適切なロビイストに金を払い、適切なキャンペーンをはり、適切な法案を適切なときに書かなければならない」
と言っています。
ちょうど同じように、アメリカ映画協会会長で元上院議員のChris Dodd氏は、ウィキペディアのブラックアウトを評して
「権力の濫用。IT業界の利益を守るため、ユーザを痛めつけ企業の駒として使う行為」と呼びました。
彼にとってこの問題は金と利益に関わる衝突にしか見えないようです。
NPR、 Associated Press、Fox Newsといった報道機関がすべて、この闘いを、
ハリウッド対シリコンバレーと銘打って伝えたのも、そのためです。
Bloomberg が、テレビ・映画・音楽業界がワシントンで使っているお金と、Google と Facebook の支出とを比べているのも、そのためです。
このブラックアウトはプレイヤーを増やしただけであって、また同じゲームが続くのだろうと想像しているのです。
そうではないのです。
インターネットで流れてきたClay Shirky 氏の講演をご紹介しましょう。発言を引用します。
SOPAとPIPAで危機に瀕するのは、ウェブサイトだけでもその所有者だけでもない。私たちが、一人の人間として、他の誰かとものごとを共有してよいという保証がおびやかされているのです。
私たちこそが、SOPAとPIPAに監視される対象になります。インターネット上で最大のコンテンツ生産者は Google でも Yahoo でもなく、私たちだからです。
私たちはそれが本当だと知っています。
ブラックアウトを主導したのは、 GoogleやYahooやFacebookやTwitterのCEOでもなく、ウィキメディア財団でもなかったからです。
ブラックアウトを主導したのは、普通のインターネットユーザでした。
その中心にいたのは、Osarius さん、 SiPlus さん、 FT2 さん、 Titoxd さん、 Fluffernutter さんといった人たちでした。
ウィキペディアがSOPAとの闘いに加わったのは、巨大な利益のためでも、資金のためでもはありません。
ウィキペディアは非営利組織によって(コントロールされているのではなく)運営されています。
そこには守るべき企業利益はなく、著作権侵害で資金を得ることはありません。
Reddit は、リンクを共有しコメントを付けあう人々の集まりです。
Metafilter も Tumblr も Craigslist も Cheesburger network も Oatmeal も 4chan も identi.ca も同じです。
どれも巨大企業ではありません。
15年以上にわたって、インターネットは普通の人々にコンテンツ製作の手段を提供してきました。
私たちがインターネットを使って作るのは、時にはかわいい猫の写真であったり、時には世界最大の百科事典であったりします。
時には腐敗した体制を倒すために使ったりもします。
昨日起こったのは、世界中のインターネットユーザが自分の声を見つけたということです。
自分たちの自由をおびやかす人たちに対して闘うための声を。
著作権侵害が問題であることは確かであり、被害を受ける人たちが自分の問題を解決したいと思うのは当然のことです。
しかし、彼らの問題は、普通の人々が自分を表現し、共有し、学ぶ力を守ることほどに重要ではありません。
聞くところでは、議会はIT企業とユーザに意見を尋ねに来るようです。
何が欲しいのか。
SOPAとPIPAをどう変えれば満足するのか。
OPENにすればいいのか。
新しい法案を作るべきか。
ウィキペディアがブラックアウトで伝えたかったこと、そして他の対SOPA・PIPAの行動が伝えたかったのは、
「ネット上の著作権侵害を撲滅する方法について話し合おう」ではありません。
「これだけ大事なインターネットを壊すな。私たちがこれまでどおり働けるようにしろ。学び、作り、共有できるようにしろ」です。
ここで、ブラックアウトに関わった皆様に感謝したいと思います。
下記に並べた人たちは、私が一緒に働いた、または働くのを見た人たちです。
関わっていたのにご自分の名前がなかったとしても、感謝をお届けしたものとお考えください :-)
無作為な順序で: Luke Faraone, Jan Ainali, Puki, André Savik, Dcoetzee, Vituzzu, Stacey Merrick, Dan Rosenthal, Michael Snow, Sumana Harihareswara, Wikitanvir, Jim Redmond, Kaganer, PeterSymonds, Mikołka, ZeaForUs, Spiritia, Iliev, Anubhab91, Ali, Haidar Khan, Joan manel, Davidpar, Cameta, Mormegil, Okino, Sir48, Giftpflanze, Rbmj, Tecsie, BreadMaker, Antonorsi, Mariadelcarmenpatricia, Huji, Tommikovala, Nikerabbit, Lamiot, Seb35, Zetud, Amire80, Rekp, איש המרק, Eranb, עידן ד, Trần Nguyễn Minh Huy, Itzike, Vibhijain, Ruy Pugliesi, Roberta F., Tgr, Kelly Kay, Pagony, Alensha, William Surya Permana, Gombang, Gregorovius, Civvì, Gnumarcoo, Austroungarika, Miya, Whym, Takot, Melberg, Omshivaprakash, Idh0854, Freebiekr, Diagramma Della Verita, RajeshPandey, Mathonius, Romaine, Mwpnl, Whaledad, Wpedzich, Sp5uhe, Przemub, Ency, Przykuta, Teles, Vitor Mazuco, Lvova, OC Ripper, Euriditi, Maduixa, Wikiwind, Јованвб, A1, Олег-літред, Violetbonmua, Prenn, Cheers!, Sameboat, Tbayer (WMF), OhanaUnited, Tom Morris, Wdchk, Sarah Stierch, Risker, Billinghurst, NuclearWarfare, Jimmy Wales, Orionist, Ryan Kaldari, John Du Hart, Aaron Schulz, Kat Walsh, Cherian Tinu, Mike Godwin, Jim Burger, David Gerard, Johnuniq, James Forrester, Prodego, Fluffernutter, Dana Isokawa, Fae, Andrew Lih, Brandon Harris, Jeremyb, Michelle Paulson, DeltaQuad, Pete Forsyth, Fetchcomms, Heather Walls, Rachel Farrand, CMBJ, Erik Moeller, Fifelfoo, James Alexander, Itzik Edri, Katie Horn, Iván Martínez, Matthias Schindler, Ben Hartshorne, Jon Davies, Anthere, Slobodan Jakoski, Victorgrigas, Dimce, Jerry-Yuyu, Patricia Morales, Stephen LaPorte, Varnent, Lennart Guldbrandsson, Neil Kandalgaonkar, Greg Maxwell, Ian Baker, Jeandré, Howie Fung, Ryan Faulkner, Beatriz Busaniche, Philippe Beaudette, Ziko van Dijk, Oliver Keyes, Dimce Grozdanoski, Keegan, André, Guillaume Paumier, Maggie Dennis, Mentifisto, Phoebe Ayers, Arne Klempert, Mike Peel, Gorilla Warfare, Geoff Brigham, Swarm, Peter Gehres, Megan Hernandez, Leslie Harms, Tomasz Finc, Pretzels, Jay Walsh, Whenaxis, Liberaler Humanist, Sam Klein, Andrew Gray, Fifelfoo, Zack Exley, Katie Filbert, Victor Vasiliev, Guy Chapman, Avi, Kenneth/MD, Stu West, Harry, Ryan Lane, Josh Lim, Matthew Roth, Richard Symons, Gayle Karen Young, Yuvaraj Pandian, Evangeline Han, Milos Rancic, James Hare, Adrienne Alix, Samat, Tomasz Ganicz, FT2, Alessio Guidetti, Galileo Vidoni, David Richfield, Alison Wheeler, Siska Doviana, Erlend Bjoertvedt, Анастасия Львова, Steven Walling, Casey Brown, Tim Starling, Patrick Reilly, Arthur Richards, Asaf Bartov, Alolita Sharma, CT Woo – そしてもちろん、ブラックアウトの決定をした、1800人の英語版ウィキペディアンの皆さん。
enWPのブラックアウトを支援するために抗議行動をしてくださった、次の姉妹プロジェクトにもお礼申し上げます:アルバニア語版ウィキペディア、アラビア語版ウィキペディア、ブルガリア語版ウィキペディア、カタルーニャ語版ウィキペディア、中国語版ウィキペディア、クロアチア語版ウィキペディア、オランダ語版ウィキペディア、グルジア語版ウィキペディア、ドイツ語版ウィキペディア、ギリシア語版ウィキペディア、日本語版ウィキペディア、韓国語版ウィキペディア、インドネシア語版ウィキペディア、イタリア語版ウィキペディア、ノルウェイ語版ウィキペディア、ポルトガル語版ウィキペディア、ロシア語版ウィキペディア、セルビア語版ウィキペディア、スペイン語版ウィキペディア、スウェーデン語版ウィキペディア、ウクライナ語版ウィキペディア、ベトナム語版ウィキペディア、ウィキメディアコモンズ。
ウィキペディアのプログラマ、ブランドン・ハリスからのお願いをお読みください
ブランドン・ハリス (Brandon Harris, 1973-) はウィキメディア財団のシニアデザイナー。2010年からウィキペディアのユーザーインターフェイスの改良に携わる。ウィキメディア財団に入る以前には、 コンピュータエンタテイメント産業の Electronic Arts 社 に所属。独立プログラマとしては、ブラウザベースの MMOである Nexus War を単独で開発・運営した[1]。
ウィキメディア財団での主な仕事は、新規編集者獲得を目的とした一連のMediaWikiプラグイン開発、モバイル機器に焦点を当てた新しいウィキペディア用スキンの設計など[2]。
個人で開発運営した Nexus War は設備維持の費用がかさんだため2009年に閉鎖を余儀なくされたが、現在、有志によって後継ゲーム Nexus Clash [3]が運営されている。
幼少期からヘビーメタルを愛好しており、少なくとも10歳の時点でクワイエット・ライオットのMetal Healthがお気に入りだったという[4]。現在でもスレイヤー、ブラック・サバス、メタリカなどを好んで聴く[5]。
ウィキペディアなどのウィキメディアウィキ[2]やTwitter[6]、IRCでのハンドルネームは Jorm 。 北欧神話に登場する蛇、ヨルムンガンドにちなんで名づけたもの[7]。
ウィキペディア運営のNPO・ウィキメディア財団のエンジニアの人の講演。
公式サイト的なものはこれ。
WCJ2010 Tech Talk - MediaWiki Developers
内容は主にエンジニア向け。
特にウィキエンジンとしての MediaWiki がテーマということになっていた。
全体を通してライブ中継されていて、Twitterでの反応が割とたくさん残っている&録画も公開されている。
ウィキペディアがどういう形式で配布されているか、どう加工すればいいか、というあたり。
プログラムを書いたことがある人にとっては、すごく分かりやすい講演だったと思う。
そうでない人にとっても、結果としてどういう情報がとりだせるか、というあたりは面白かったみたい。
ただ、本人もおっしゃっていたけれど、正直言って講演会全体のテーマの MediaWiki とはあまりからんでいない。
反応としては、分散処理に興味が持っているらしい人からがやはり多い。
ほかには、結果を見るとやはりウィキペディアのコンテンツの信頼性が気になってくる、という人が見受けられた。
二番目は Wikipeia でいろんな種類のデータマイニングをやってる、という話+ MediaWiki ライブラリ& Wikipedia データの話。
前半の研究紹介は別口で聴いたことがあったので個人的には食傷気味だったけど、そうでない人には新鮮だったかもしれない。
後半は MediaWiki ライブラリと Wikipedia SQL スキーマのおおまかな解説。
このあたりは日本語でも英語でもウェブに情報があまりなく、かなりレアな話だったのではないかと思う。
(http://mediawiki.org のサイトのドキュメント群の中にはあるけれど、なかなか到達しづらい)
テーマはオープンソースソフトウェアコミュニティとしての MediaWiki。
一番強調されていたのは、世界5位のアクセス数を持つウェブサイトとソフトウェアであり、コンテンツもサーバーも関わっている人材もすごい(だからコミュニティにどんどん参加してね)、ということ。
大きなオープンソースプロジェクトへの参加歴は、広く公開できる職歴として色々役に立つ、というのも、
経験談をともなって聞かされると、やはり重みがある。
人によっては、キャリアの一部として、
ほとんどフルタイムでオープンソースプロジェクトへの参加する、
ということもありえるんだろうな、と思った。
MediaWikiプロジェクト内では、良くも悪くもコードレビューが重い位置を占めているという話。
MediaWikiの開発ではセキュリティとスケーラビリティが重要、そのためにコードレビューに重きをおいている。
ただコードレビューに頼りすぎて、レビュアーの負荷が大きすぎるという弊害も出てきている。
このへんで会場からソフトウェアテストへの質問が出て、
テストでできる部分は少しずつテストを入れているが、まだまだテストを入れるべき箇所が残っているとのことだった。
文句をつけるとすれば、
研究者と開発陣代表者を招いていて、それぞれの講演で互いにからむ内容が少なかったのが少し気になった。
会場からは両方にからむような、どちらに対しても直接の関連性のない質問が出やすくなり、
結果としてちょっとずれた質疑が行われる傾向にあった、という印象がある。
互いに独立した講演とするのであればそれぞれに個別の質疑時間を長めにとったほうが良かったと思うし、
関連した講演とするのであれば、もっと内容のすり合わせが行われると良かったと思う。
ウィキペディアの「Wikimedia Conference Japan 2009」の記事まわりがちょっと面白くなってきたのでまとめておく。
ウィキペディア日本語版の方針整理などの分野で数ヶ月ほど活動していたユーザーが、
ウィキペディア創始者に向けて、「日本語版が英語版とウィキメディア財団に反乱している」と直訴していた。
結果としては、単にスルーされることになるだろうと思う。
訴えの内容は、たぶん、
日本語版管理者の考えとか日本語版での決定の方が上位にくると考えてるんですけど、
これってまずくないですか」
というもの。
今のところ、下記のような状況。
ウィキペディア日本語版と英語版(それとけっこう近い位置にあるウィキメディア財団)は割と離れている印象があって、
双方に所属していると言えるような人は、おそらく10人いるかどうかじゃないかと思う。
そうした状態が数年続けば剥離していくことも考えられるけれど、
再度返事をいただいたので、ウィキメディアカンファレンスについてもうちょっとだけ。
d:id:karpa:20091126:1259221075
d:id:karpa:20091126:1259222178
いただいたお返事は、ほぼ前回の理解を裏付けるものであり、当初の疑問は解けました。
ということで16.x回の観察記は終わりにしようと思いますが、
詳しい説明を載せてくださった d:id:karpa さんに、ひとことお礼を。
匿名のいいっぱなし発言に対して、真摯に対応いただいたことに感謝します。
細部の修正
+地の構造化
(以下観察に戻る)
このような対応を見ていると、ウィキペディアの管理者とかその類の方々は、
対話拒否が推奨されないウィキペディアという場に慣れすぎいているのではないかなどと、
要らぬ心配をしそうになる。
荒らし紛いの書き込みとそれに対するマジレスが常態化していて、
関連しないコメントは削除または放置されるブログのコメント欄や2chとは、少し異なる雰囲気を持っている。
コアなウィキペディアンはそこでの行動様式がしみついていて、
外のコミュニティで、見て見ぬふりをしてもよい場合にも返事をしてしまうような習性がしみついているのではないか、などと邪推。
前回の日記で書いたウィキメディアカンファレンス (http://www.wcj2009.info)の件の続き。
参加費が高い、ということに関してtwitterでレスが付いてたので、
もうちょっと続けてみる。
レスをいただいたのは、会計を担当された(…とこちらにある)方から。
以下、関係すると思った発言を引用。
「たかいやすいと感じる」だけじゃ参加費は決められないことくらいお察しいただけると今後とも良好なお付き合いを出来る気がいたしますが,感情がありそれを表出するのが人間でありますから以下略
スタッフの手弁当は最低限に抑える・しかしスポンサーもつけない というところから,2000円の設定は不可避だった。そのままあれだけの人数が来ると,終ったときに,支出に比してお金があまりすぎることになるのだろうが
かといって,寄附だけで動いたとも思えないんですよね
(参加費を0にして
初回については,スポンサーをつけなかったことは,結果的にもよかったと思っているのですが,次回以降は規模と予算をうまくやれるといいですね(ひとごと
配布物に不足がきたしたのも,言ってしまえば,お金が足りなかったからで,いろいろあるんですよーと聞こえない主張をしておく
まとめると、
・参加者からの参加費と寄付だけでまかなったので、安全のため多めに徴収せざるを得なかった
・事前に集められた分でやりくりしている時点では、準備のための資金として、むしろ足りていなかった
・カンファレンス終了時点では、けっこう余った
ということになるかな。
当日分でどれだけ増えるか予想できないので、念のため多めに設定したということなら、
十分想像できる状況なので、それに対して外から文句はいえないと思う。
「高め」と言ったのは、その辺について無思慮でした。
ただ、参加者としては、自分の出したお金がどう使われたか・使われていくかを知りたいと思うのが心情なので、
最終的に余った金額がいくらとか、それを繰り越すのか寄付するのかとかを、なんらかの形で教えてもらえるとうれしい、
というのが前回の日記で言いたかったことでした。
WIkimedia Conference Japan 2009 (http://www.wcj2009.info) にいってきたメモ。
会場は6部屋に分かれていて、学会発表、ウィキペディアンオフ会的なもの、
ついでに来ちゃいました的な講演などがあって、
http://www.wcj2009.info/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0:E-2b
発表者はボランティア翻訳者のとりまとめなどをしているウィキメディアン。
translatewikiとかmetaでの翻訳者の数や活動などの報告。
metaのtranscomでは、主だった翻訳者とはスムーズに連絡が取り合えるようにしてるとか。
日本語版だとウィキペディアの版として残らない会議はちょっと……
みたいな雰囲気があるけど、metaはそうでもないのか。
http://www.wcj2009.info/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0:H-4
クリエイティブ・コモンズのひとがまずプレゼン。
「基本ぜんぶ禁止で個々の事例ごとに許諾(ライセンス)を出すのが、著作権の考え方」
→「ウィキでは勝手に複製しまくるので、共通のライセンスでまとめて事前許諾した方が効率的」
→「似たようなライセンスが大量に反乱すると本末転倒」
「わずかな差分で独自のライセンスにしてるNHKとかニコニコとか、利用者が二次利用しにくくなるのでやめてくれ」
→「みんなクリエイティブ・コモンズつかえばいいんじゃない」
その後、クリエイティブ・コモンズ関係者の3人と、著作権関係の議論を主導することが多いウィキペディアン2人が対談。
「著作者を列記するCC-BY-SAだと、最新版に著作物の断片が残っていない著作者は無視してもいいのか」
といってたけど、安全側に倒せばいいんじゃないとコメントされたくらいで、結論は出てなかった。
wikipedian側からも典型的なトラブル事例を紹介するプレゼンをして、もっと議論を深めてほしかったな。
ざっとみて参加費2000円は高めかな、と思った。
会場の借賃はタダか、それでなくてもかなり安いはず。
基調講演の講演料を奮発したのかとも思うけど、
それならそれで、ちゃんと会計報告してほしい。
それなりの繰越金を出せるなら、それだけでも発表しておくと、
次回へのモチベーションにつながるのでいいと思う。
よっぽど稀少でそこでしか入手できない題材ならともかく、
そうでないなら加工可の写真を使えばいいじゃない。
稀少な写真なら連絡して許諾とればいいじゃない。
明らかに作り手じゃない意見ですねぇ。
ここではそういう話は無意味ってなぜ気付かないんだろう??
バレないように加工しなかったことが非難されてると思っているの?
そりゃそうだ。
あのね、バレないように加工して描いてる人が大半だよ?
というか、バレるようなやり方をトレスとか取り込み、っていうの。
どっちも作り手じゃないからこそ出てくる意見だけど、
自分で描くこと、作り上げることをよーーーーっく考えてみな?
あなたは脳内だけでどれだけのものが作り上げられるっていうの?
絵でも文でも、他人の表現物の影響が*まったくない*なんていう奴は
バグはありません、っていうプログラマーくらいくだらないアホだよ?
作り手じゃなくても、今回の騒動がすべて「グレー」だったら、
ページの削除の処理手順を改良することについての議論が進んでいる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E6%8F%90%E6%A1%88%E5%89%8A%E9%99%A4
ウィキペディアでは、一般ユーザーにはページを削除する権限がない。一般ユーザーにできるのは、ページを作ったり、記述を増やしたり減らしたりすることだけ。削除は、投票で選ばれた管理者にまかされている。
管理者が削除をするための基準も色々厳しく設定(W:削除の方針)されていて、原則的には「コミュニティの合意」がないと削除はできないことになっている。 合意を得るためには、いちいち「削除依頼」という場で議論をしなければならない。
いっぽう、たとえば中身が空だとかいうページについてまでそういう手続きを適用するのは非効率なので、別の手続きもある。「即時削除」がそれで、おおざっぱに言うと「誰がみても消すべき」というような場合は、管理者が独断で消してもいい(即時削除の方針)。
即時削除だと管理者のミスが怖い、削除は手間がかかりすぎ、ということで中間的な手続きが導入されつつある。それが、「予告をして、7日間反対がなければ消す」という「提案削除」。これは英語版ではだいぶまえから実際に動いている。
流れとしては、削除が行き過ぎになっているので、残っていてもおかしくないものを救えるようにしよう、という方向にあると思う。
ただ、ウィキペディアでの重要な議論の速度としては普通なんだけど、変わるまでにあと半年くらいはかかりそう。
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ウィキメディアプロジェクト全体に流れる思想のひとつとして、人間が使う機械はシンプルなままにとどめよう、もっと便利な機械が作れそうであっても、できるだけ人間の運用でカバーしよう、というものがある気がする。「○○の方針」を変えることがやたら大掛かりになってしまうのは、その思想の悪い面なんじゃないかと思う。
運用重視は一面ではいいことで、たとえば新規参加者からすると、機械(MediaWiki)のコマンドについて、覚えることが少ない。過去の運用から外れたコマンドの使い方をすると、たとえば記事のレイアウトが標準的でなくなったりして、修正が必要になるけれど、それはその都度ベテランが直してやればよい、という理屈。
その反対に、定型化できるところはどんどん定型化して、新規参加者にもそれを覚えてもらう、というのもあり得る。MediaWikiにもそのための機能として、テンプレートという機能がある。これは、定型記述を関数呼び出しのようにして書けるようにする機能で、ウィキペディアでも、決まった表を作ったりするのに使われている。けれど、記事全体をそれで生成しよう、という流れには、なっていない。
人間の運用を重視するというのは、たぶん(ウィキペディアではなく)ウィキそのものの本質の一部で、手続きが非効率なのは必要悪なんだろう、というのが当座の理解。しかし、議論をウィキでやるのはやっぱり無理があるよ……スレッドに見せるためにインデントを人間が付けなければならないなんて、未だに納得がいかない。
上記の件の後に、ウィキペディア日本語版で活動するようになった者からの意見です。
上記でBrittyさんが紹介したウィキペディア上の議論ページは、状況を知っている人同士の議論なので、前提を共有しない読者にとっては読みづらい。
これだと、はじめて見た人は「よく分からない内輪のルールによってAphaiaさんが投稿ブロックされた」という印象を受けやすい気がする。
Aphaiaさん(=Brittyさん)の投稿ブロックという、ウィキペディア日本語版コミュニティで起きた事件について知るには、Aphaiaさんがメタウィキメディアのスチュワード(管理者権限の一種)に立候補したときの議論の方が、「初心者」向けになっていて良いと思う。
Stewards/elections 2007/statements/Aphaia
リアルタイムで追ったわけではなく、後から議論をたどっただけなので理解が不十分かもしれないけど、投稿ブロックのほんとうの理由は、他人の実名公開という件ではないと理解している。
僕の得た理解では、
非常識な言動というのは、たとえば、次のように、荒らし扱いで他人のコメントを削除する行為や、
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?diff=12916986&oldid=12915173
下記のような攻撃的な発言。
「非常識」な言動が許容範囲内かどうかは人それぞれだろうけど、これは「ウィキペディア日本語版の異常性」とか「Aphaiaさんの印象操作」とか大げさなことじゃなく、「ちょっと言い過ぎました。すみません」で丸くおさまるような、わりと単純な話なんじゃないかと思っている。ウィキペディアやウィキペディア日本語版に興味がなくなったので積極的な関与をしない、という立場は理解できるのだけど、なんか双方にとって悪いようにこじれている状態なんじゃないかな、と。
「GFDLからCCへの切り替えを認める」GFDL 1.3 がリリースされたので、とりあえず訳した。
ライセンス本体は読んでもわけが分からないので、公式FAQだけ。
フリーソフトウェア財団はGnu Free Documentation License バージョン 1.3 を2001年11月3日にリリースしました。
このFAQは我々がこのライセンスの新バージョンをリリースした理由に関して考えられる質問に答え、FDLv2 との関係を説明するものです。
より詳しいリソースはFDL 1.3 のライセンスページにあります。
Q. なぜFDLのマイナーバージョンをリリースしたのか?
A. 昨年末、Wikipediaプロジェクトを統括するウィキメディア財団から、FDLを更新してウィキペディアなどのFDLを使っているウィキが CC-BY-SA 3.0 を使えるようにしてほしい、との要請がありました。
FDL 2.0 のリリースは準備できていなかったので、中間的なものとしてこのリリースを行いました。今回のバージョンは、ウィキメディア財団の要望にこたえるためのものです。
Q. FDL 2.0 についてのこれまでの作業は FDL 1.3 にどれくらい関係しているのか?
A. FDL 2.0 向けに提案されていたいくつかの事項をFDL 1.3 に盛り込みましたが、関係がある部分に限っています。
FDL 2.0 に向けた我々の目的はこのリリースに影響されません。
Q. FDL 1.3 で何が変わったのか?
A. 主な変更は、11節の追加です。
この条項により、今回のバージョンのライセンスでリリースされた素材は、CC-BY-SA 3.0 の規定のもとで利用できるようになっています。
具体的にどの素材がそのようにライセンスできるかについては、下記の質問をご覧ください。
この変更のために、1節に新しい定義を追加しました。
GPDv3 が行った変更も、いくつか借りています。
一つ目として、ライセンスに違反した場合それが停止されるという9節において、違反が取り除かれれば自動的に権利が回復されるという条項を追加しました。
二つ目として、ライセンサーが自分の作品が将来のFDLでライセンス可能かどうかを選ぶことができるように、10節を変更しました。
Q. どのような原理で変更したのか?
A. 11節を追加したのは、ウィキペディアのようなウィキが、FDLで保護された(FDL-covered)作品をCC-BY-SA 3.0で使えるようにするためです。
ウィキメディア財団はこの選択肢を選ぶことを希望しており、新しい条項はそのための筋道となります。
通常、この種のライセンスに関する意思決定は個々の作品の著作権者によって行われます。ですが、ウィキペディアは多くの著作権者を抱えているため、プロジェクトは代替手段を必要としていました。我々は彼らと協力してその手段を提供したのです。
それ以外の変更は加えることが容易な細部の改良であり、GPLv3 において広く受け入れられ、このライセンスが基本的に許可しているものと要求しているものを変えるものではありません。
Q. 厳密にはどのような素材がCC-BY-SA 3.0 でライセンスされるのか?
A. FDLで保護された (FDL-covered) 作品が CC-BY-SA 3.0 でライセンスされるためには、下記の条件が守られていなければなりません。
- その作品は、FDL 1.3 の規定で提供されている必要があります。このためには、その作品が「GNU Free Documentation License, version 1.3 or (at your option) any later version」の規定でリリースされていれば十分です。
- その作品は、「カバーテキスト (Cover Texts)」「不変条項 (Invariant Sections)」を含んでいてはなりません。これはFDLのオプションにあるものです。
- 公開ウィキ (public wiki) 以外の場所で公開された作品の場合、それが公開ウィキ(訳注:別のウィキでもよい)などの自由に閲覧、編集可能なウェブサイトに2008年11月1日以前に掲載されたものである必要があります。
ウィキペディアに追加されたのが2008年11月1日以前であり、FDLで保護された素材は、上記の条件を満たしています。
Q. 11節にある2つの日時がある目的は?どうしてこの日付を選んだのか?
A. 11節は、ライセンシーに対して2つの締切り日を課しています。
第一に、もともと公開ウィキ以外の場所で公開された作品の場合、CC-BY-SA 3.0 でそれを使うためには、2008年11月1日以前にそれがウィキに追加されている必要があります。
FDLでリリースされた全ての作品に対してこの許可を与える意図は我々にありません。
FDL素材をウィキに追加しそれをCC-BY-SAで利用しようというようなシステムの悪用 (gaming the system) を許す意図もありません。
過去の日付をこの締切り日として選ぶことで、曖昧性なくそれを予防することができます。
第二に、この許可は2009年8月1日以降には無効になります。
二つのライセンス間での切り替えを一般的に許す意図はありません。
それぞれのウィキのコミュニティが意思決定をし、どちらのライセンスを使いたいかを選び、固定することが期待されています。
この締切り日はそのような結論を保証すると同時に、ウィキの管理者に十分な意思決定の時間を与えています。
Q. FDL 2.0 への計画は?
A. このメジャーバージョンへの変更に関して、今もコメントを受け付けています。
現在のFDL 2.0 のドラフトでは、8(b) 節がウィキでの再ライセンスを許す条項です。
1.3 の11節がこれを提供したため、FDL 2.0 では不要になります。
ですが、ドラフトに提案されているその他の変更に関しては、次のバージョンの候補として有効であり、議論の対象となっています。
>誰か全ての客観的資料と過去の全ての論争プロセスをネットに上げてくれないかな。膨大な量になることでしょうけど。そうすれば何かを知ることは終局的にはありえないとしても、市井の論者の虚妄ぶりは幾分か解消することができるでしょうに。
システム的にはあったほうがいいとは思うけど。アメリカはかなり公開しているし、ウィキメディアが原史料集めてくれててあれはありがたいけど。
でも結局は一人ひとりの自覚とか妄想を起こさない現実感をどれだけ持っているかだと思うよ。
どんなことでも事象はやろうと思えば結び付けられるのだから。
イメージの選択によってはそれが現実味を帯びてくるか、きちがいじみていても人をひきつける。
読者一人ひとりに強くなれと言うのはたやすいけれど、それは理不尽だ。だます方が明らかに悪い。
の人じゃないけど。
さっきウィキペ長者ゲームやり終わってふらふら見てたのね。オギノ式、とか。PIって言葉知ってひとつ賢くなったり。膣外射精って確率的にはコンドームとそんな変わんないんだー(もちろん性病とかの危険性のぞく)、っていうかコンドームそんな確率高いんだーあははー。とか。
そんで流れで。まぁ。フェラチオのページとか見るわけですよ。リンク貼らないけど。心はいつも15歳!だから。ま、そんなに過激なことは書いてない。っつーか一応は百科事典で通ってるんだからそういう文体と内容です。やたら性病感染の危険性やら「女性は苦しいんだ」やら書いてあるけどな。とか。
そんな思いながらページ終わりまで読んだときに、ちょっとぶっ飛んだ。
どん。
リンクを開けてさらに倍。
みたいな。
写真が1枚あるじゃないですか。
モロ竿が写ってる。
そーかー。最近の子供は広辞苑で1発抜く、という体験はくぐってきてないのんかなー。とか感慨深げ。
……ちなみに
ってのもあった。