はてなキーワード: 頭蓋骨とは
が文春オンラインで取り上げられてて、そこに漫画がくっついてたのね。
ちなみに桐生火葬場事件っていうのは1933年に桐生市の火葬場近くで白骨遺体が発見され
その後、火葬場職員が遺体の頭蓋骨をカチ割って脳漿を取り出して売ってたことが発覚。
捜査の結果、さらに複数の遺体が火葬場近くの山林で発見される。
他の火葬場職員も巻き込んだ、大掛かりな犯行だったことが発覚したっていう事件ね。
脳漿は秘薬的なアレとして好事家の間で3円(現在の紙幣価値で10万円)程度で取引されていたとか。
ちなみに、当時の全国各地の火葬場では似たような事件が頻発していたらしい。
で、漫画の中で「いたるところで遺体が掘り起こされ~~結局、被害者は合わせて千人を超えたらしい」って記載があるんだけど、警察が発表した公式資料では遺棄された遺体は122体なのね。
ちなみに、俺がこの122体って数字をどこで拾ったかって言うと、文春オンラインの2023年8月の記事なのね。
急な記憶喪失やめろ。
何年か前にたまたま俳優の向井理を間近で見たことがあるんだけど、同じ人間とは思えないかっこよさでたまげた、ということを先ほどふと思い出した。
当時、自分は「日本の芸能人で一番かっこいいのは長瀬智也だ」と心の底から思っていたんだけど、自分の中の価値観がひっくり返るくらい向井理はかっこよかった。正直、テレビで見る限りだと「スカした野郎だな」程度にしか思っていなかったんだけど。
そのときは小学生の娘と一緒にいたんだが、俺の娘と向井理、頭蓋骨の大きさがほぼ同じだった。それくらい、向井理はとにかく顔が小さかった。顔もめちゃくちゃ整ってて、ヒゲの剃り残しなんて1本もなかったし、背は高いし手足も長いし程よく筋肉質でめちゃくちゃ憧れる体つきをしていたし、所作もスマートで立っているだけで絵になるというか、なんかもうまじでかっこよかった。
帰り道は向井理のことだけを考えながら帰った。俺が国仲涼子だったらよかったのになとかぼーっと考えてた。
帰宅後妻にその話をして「私も会いたかった」どギャーギャー言われた。俺たちは何度向井理に会えたとしても、国仲涼子になることはできないから何の意味もないんだよと妻を諭してセックスして寝た。
そんな日のことを、ふと思い出した。
パリスがInstagramにシェアしたのは、現在9カ月のフェニックスを抱っこしてソファに腰かける写真数枚。「私の大切なかわいいベイビー、フェニックスが初めてニューヨークへ」とコメントを添え、フェニックスのニューヨーク初訪問を伝えました。
パリスの意図に反しこの写真には、フェニックスの頭が平均より大きいと指摘する声が殺到。「彼は巨頭症だよ! 私の息子も頭が大きかったけど、彼はもっと大きい」「彼は脳炎なんでしょうか? どうしたんでしょう。失礼は承知なのだけど、普通ではないように見えます」「頭蓋骨縫合早期癒合症の一種なのかもしれない」「赤ちゃんを小児神経外科に連れて行ってあげた方がいい」など、中には具体的な病名を上げながら小児科での精密検査が必要であると主張するコメントもみられました。また、「だから彼女は子どもの写真をあまり投稿しないのか」といったコメントや、頭を大きく膨らませられる人といった、単に容姿をやゆするような画像をあげる人も現れました。
この出来事を、あるTikTokerが動画にまとめて批判。赤ちゃんの頭が大きいとして、親切で進言しているかのように医者ではない人が勝手に診断したり、悪意を感じる嫌がらせのコメントを抜き出しました。この動画に気が付いたパリスは、コメント欄で反応。「世の中には病んでる人がいるみたいね。私の大切なかわいい子は完璧に健康だよ。それに、もちろん医者にも行った。彼はただ脳が大きいだけ」とフェニックスの健康には全く問題がなく、病院で診察も受けたことを明かしました。
2021年11月に実業家のカーター・リウムと結婚したパリスは、2023年1月にフェニックスが代理出産で誕生したことを発表。小さな手がパリスの指をつかむ写真をシェアし、「あなたはもう言葉では言い表せないほど愛されている」と大きな愛を伝えていました。
今回赤ちゃんの容姿にコメントをする人々へ向け、「なぜ赤ちゃんをいじめるんです? どうしたっていうの? 罪のない赤ちゃんでしょう」「子どもの外見についてあれこれ言うなんて、恥を知りなさい」など、怒りと悲しみを表すコメントも多数寄せられました。また、「彼はすごく賢い子どもになりそうだね」「彼は本当にかわいい。とても優しくピュアな心を持って生まれてきたように見えるよ」と赤ちゃんのかわいさだけを伝える人、「彼女は最高の医者のところへ行ってるに決まってるだろ」「何かあったとしても私たちが心配することじゃない」とどんなことであろうと他人の家庭に口を出すべきではないとするコメントも書き込まれ、SNS上で人々が大人として振る舞うように促しました。
その子は勉強も運動もそこそこできて、別にブサイクでもないし、いじめられているわけでもなかった。
超仲良し!って感じの決まった友達はいないみたいで、よくつるむような相手はおらず誰とでも広く浅く付き合うような子だった。
中学2年生のちょうどこのくらいの季節、体育祭の後に打ち上げをやろうという話になり私がその子に声をかけた。
「お母さんに聞いてみるね」と言われ、その後「子どもだけで◯◯へ行くのははだめって言われた。ごめんね」と謝られた。
いいよいいよ仕方ないよ、また今度別のとこ遊びに行こうね、と話し、その他にも来れない数人を除いたクラスメイト達で打ち上げに行き楽しんだ。
その後数日間、クラスでの話題はその打ち上げの話ばかりだった。
打ち上げに参加しなかったその子は当然みんなの話についてこれなくて、誰々のカラオケが上手かっただのと盛り上がっている横で会話に加わらず国語の教科書の後ろの方のページを読んでいた。
その1週間後くらいにその子が亡くなった。
それを聞いた時、最初はすごく驚いて、しばらくしてから涙が溢れて息がうまくできなくなった。脳みそが頭蓋骨の中でぐるぐると回っているような、心臓を冷たい手で握りつぶされたような感覚がした。
決していじめがあったわけじゃなかった。何か学校の外での悩みや家庭の問題があったのかもしれない。でも、原因を自分の中に見出そうとしてしまって、苦しくなって自分を責める日が続いた。
あの時、来られない人がいるなら打ち上げをやめようと言うべきだった、話題に入れない人がいるそばで盛り上がるのは控えるべきだった、普段からもっと仲良くしておけばよかったとか、考えても仕方のないことばかりを考えてしまう。
いまだに思い出して、意味のない後悔をしている。
「冷酷無慈悲で最低な行い」「追い詰められた人間が行う最後の自棄糞神風」みたいに911が描かれるのはある。
でも911を「正義の鉄槌パンチで調子こいた正義マン気取りのクズどもの目を覚まさせる!」みたいな文脈でパロった作品って全然ねえんすよね。
完全に大嘘ですね。
これってつまり「女性がエッチな格好してる広告とか女性下着の雑誌で沢山見ましたけど?」と似たタイプの大嘘つきなんですよ。
下着雑誌の女性がアピールするセクシーさと、オッサン向けスケベ雑誌でカメラマンがやらせがちなキショポーズって全然違うんですよ。
プロが作り出しているものの95%ぐらいは客層の違いが完成品にちゃんと反映されているわけですよ。
コミケに貼られるオタク向け献血ポスターは目がクソでけえか顎がクソ尖ってるわけですけど、シティポップや新本格ミステリーの表紙に書かれているキャラクターは体の線は非現実的に細くても眼球が頭蓋骨の2/3ぐらいのサイズだったりはしないでしょ?
作り出されたものには造り手の目指した方向性がちゃんと宿るんですね多くの場合は。
アメリカ様が自称する「俺らも911を玩具にしちゃうぜ!」のときにソコに宿ってる文脈に「911は高慢なアメリカ社会とキリスト価値観が伝統的なイスラム世界を軽んじ続けてきたことへの正統な報復なのではないか」が出てくることは、ま~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっっっっっったっくないわけですよ。
一方原爆をパロるときは「これが正義の報復だ!ジャスティス~~~~アトミック~~~インパクト~~~ビーーーーーム!!!!」みたいなノリがチラッチラッと顔を出してくるんですね。
いやマジでここに無自覚なまま語っているなら頭が悪すぎて気持ちが悪いし、分かった上で語っているなら卑怯すぎて気味が悪いですよ。
承前 https://anond.hatelabo.jp/20230723205746
カテーテルでの手術だが、気管挿管をして全身麻酔で行うことになった。ミリ単位での治療になるので頭をなるべく固定したいとのことだった。
夫いわく、カテーテル検査は局所麻酔で行ったのだが、造影剤が入った瞬間、うわぁつとなる感覚があって、思わず身体が動いてしまう時があるそうだ。
主治医は「脳ではそういう感覚は出ないはずですが」と言っていたが、術中に身体を動かさないように念のためとのことだった。
カテーテル手術が終わったら、1日明けて、開頭手術を行う。
開頭手術は、主治医ではなく、ベテランの脳外科医が担当してくれることになった。
脳外科部長を務めるぐらいのキャリアがあり、後頭部からの手術の経験が豊富だとのことだった。
「頭蓋骨を外したらその部分はどうなるんですか?」
頭骨を切って外して、窓を作り、そこから顕微鏡で見ながら、脳の神経を避けながら、奇形になっている血管をレーザーで焼いたり、クリップを設置したりで、血流がいかないようにする。
こんな大手術に耐えられるのか。
説明を受けた夫が車イスで病室に帰った後、主治医に再度聞いた。
「どのぐらいリスクがあるものでしょうか? 夫の前では聞けないのですが」
持病がいろいろとある夫が開頭手術に耐えられるのか。開頭手術にはなんらかの後遺症が出るのではという不安があること、あまり例がない手術ではないかなど、率直に話をしたところ、執刀を担当する医師から話を聞けることになった。
執刀医も、主治医も、懸念をしているのは、問題の血管からの出血が脳幹にたまったことだという。
今回はたまたま出血量が少なかったから良かったが、次はこうはならないだろう。
脳幹は生命維持に関わる個所なので、なるべく手術を急ぐのは再出血が怖いからだと。
このような部位に血管の奇形があるのは珍しいが、術式としては経験があるし、一か八かのような手術ではない。
「セカンドオピニオンを取りますか?」と聞かれたが、セカンドオピニオンの手配をして、手術の段取りを壊すよりは、なるべく早く手術を受けた方がいいだろうと判断した。
懇談室で待っているのもくたびれて、手術室前のベンチに座っていたら、ちょうど主治医が出てきた。
「無事終わりました。もうすぐ出てきますよ」
と声をかけてくれた。
ICUに運ばれていくところで、
「終わったよ、手術うまくいったよ」
と夫に声をかけたが、麻酔でぼんやりしていて「え、なになに」というような反応だった。
ICUへ運ぶ看護師たちもホッとしたようだった。意識も戻っているしとりあえず、第1関門は通過したと思った。
「明日の手術は延期させてください」
なにか悪いことが起きたのか、とドキッとしたが、
昨日のカテーテル手術は、脳の奥にあってメスがいれられない箇所にある奇形の血管を塞ぐのが目的だった。
夫の体の血管の配置が、生まれつきカテーテルを入れにくくなっているので、時間がかかっていたのだが。
今回は通常とは違う部分から入れるように工夫をしたところ、思いのほかうまくカテーテルが入ったそうだ。
と主治医は説明をしていたが、開頭手術で対応しようとしていた箇所の血管にもカテーテルでアプローチをしてみたところ、ふさぐことができた。
造影しながら手術を進めていたが、画像を見る限り、対応しようとしていた血管のほとんどで血流がみえなくなってしまった。
確かに、血管の影が映っていない。
モヤモヤしていた部分が消えている。
予想していた以上の成功だった。
治療の副作用で、しばらくは激しい頭痛が続いたので、大事をとって入院をしただけで、再出血の恐れはほぼなくなっていた。
退院の時はタクシーで帰宅をした。その日は近所を歩くのも難しかった。入院していただけで体を動かしたわけでもなかったのに夫は10キロ以上やせたそうだ。
「脳ってエネルギーを使うんだね」
リハビリとして、昼間は出歩くと体力が消耗するだけなので、夜二人で歩くようにした。
少しずつ距離が伸びて、やっとスーパーまで行けるようになった。そんなことがうれしい。
並んで歩けることがこんなにうれしいなんて。