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はてなキーワード: 士官学校とは

2014-05-09

風俗嬢からボスコンのコンサルタントまで 

ゆりかごから墓場まで

イギリス第二次世界大戦では金融政策上のスローガンとして「ゆりかごから墓場まで」という

言葉跋扈した。

これは人生を一貫して、保証するというキーワードであった。

英国映画監督であるダニー・ボイルは27時間や、スラムドッグ$ミリオネアを描き

下流階層struggleする人の奮闘を描いた。

映画トレインスポッティングの中では、薬まみれの若者に、

合法的ドラッグ睡眠誘導剤を飲む英国中流階級の親」

自分たちを対比させ、

「退屈なテレビ、家庭、住宅ローン最初に買う家、保険税金控除、

デカテレビ家族のクルスマス、家庭大工

これらをクソだと冒頭で述べる。

その若々しい青さはそのうちに、disappearするのだ。保身、なんとなく生きる人生

GW

ゴールデンウィークパーナン。お腹外人の子を抱えた、風俗嬢ナンパから

BCG転職した同級生まで、いろんな人にあった。そんななかで

岩瀬大輔の「ハーバードMBA留学資本主義士官学校にて」

を読んだ。

ここに出てくる連中はいわゆる過去のケース、成功した人を後からたどったMBA

ケースであるというよりは、かなりとんがっておかしくなった連中に見えた。

ベンチャースピリットとは路上ナンパすることから、HBA(ハーバードビジネススクール

を出て、ベンチャーExitさせることまで、どれもそれは0→1をする、スピリットなのかも

しれない。

アフィリエイトじゃないよ!地震だよ!

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%89MBA%E7%95%99%E5%AD%A6%E8%A8%98-%E8%B3%87%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%AE%E5%A3%AB%E5%AE%98%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E3%81%AB%E3%81%A6-%E5%B2%A9%E7%80%AC-%E5%A4%A7%E8%BC%94/dp/4822245527

2014-05-05

ガンダム08MS小隊を見た。UCガンダムの中で唯一見てなかったから見たんだけど、時間返せってくらい駄作。まじで? まじでこれで行けるって思って作ってた? 製作陣?

シローとアイナはぐずぐず言わねぇでさっさと軍隊抜けろよ。何てめぇらの甘ったるいヒューマニズム戦場混乱させてんの。シロー、てめぇは士官学校出たんだろ、仮にも? 向いてないなぁと思ったら、やめろよ。

アイナがとにかくムカついた。兄貴との確執があってやむなくアプサラスに乗る…みたいなこと、あり得ねぇから。大体兄貴も、妹だからって理由だけであんな渾身の最新鋭機をあんなアマタレ女に乗せるなや。

兄妹とか恋人とか、そういう私的なスケールでの確執が、戦況に大きく影響を与えちゃう辺り、90年代アニメっぽいよね。でもアイナとシローのヌルさのせいであんなにたくさんの人が死んだんだ。ぜんぜんヌルいし馬鹿馬鹿しい。真面目に戦ってた軍人がかわいそうだ。

2014-01-01

隊長さん。

ふとサクラ大戦の基本設定を思い出して絶望してる。

サクラ大戦

そして、大正時代架空時代なので漢字表記が異なるが)なので、

  • 男は女を守るものなので、守る(敵の攻撃を肩代わりして受ける)と好感度が上がる
  • 好感度が高い状態で正月になると、初詣を口実としたデートに誘われる。断ることは可能だが受ければ恋人

これってつまり

  • 女は本来は上位存在である
  • 主人公は「私は私だから本来並び立てないはずなのに並び立てるほど力を持った私」という夢の様な存在
  • 本来は仲間に入れてもらえないはずなのに、なんと仲間に入れてもらえる
  • 身を削って尽くして尽くす。本来その程度では報われないはずなのに、なんと異性として選んでもらうことができる

なんだろうこう考えたらすごく悲しくなってきた。

なんだこの悲しさ。大神一郎立場や中身は卑屈なキモオタのもの(≒私)とほとんど同一ではないか?画面では気のいいヘタレイケメンではあるが。

ハーレムギャルゲの大ヒット作品なのに。

いやそもそも、その顧客そっくりの主人公で「女の子に選ばれる」という夢をかなえるすごいゲームだったから大ヒットしたのか?

新年早々悲しみが止まらない。

#なお、初回プレイで私を選んでくれたのはアイリスだった模様

2013-02-02

秋元康を乗り越え勝てるのは他ならぬAKBメンバーしかいない

AKBメンバーはバカだ

それゆえAKBメンバーになるくらいしか立身出世方法はない

彼女たちは商家丁稚であり、士官学校に入った農家の三男だ

日本音楽業界アイドル業界にはペンペン草も残らないかもしれない

それは秋元の勝利でもあるが

そのうえで一人でもAKBにとどまらない人物が出たとすれば、彼女こそが最後の勝利者に違いない

2012-10-08

http://anond.hatelabo.jp/20121008212110

多くの優秀な東大生の人には申し訳ないが

東電対応VTRを見る限りでは、教育が間違っていたというのは正しいと思うな。

軍隊のように言われたことを正しいと信じて、盲目的にやることが正しいという教育限界だろう。

士官学校だった歴史から来ているからな。

 

確かにまぁ、士官学校時代再生ではなく、改革なんだろうな。

2011-10-15

http://anond.hatelabo.jp/20111015101759

軍隊だと士官学校出たての少尉ベテラン下士官が部下目線ガンガン指導入れまくって

「指揮するものの考え方や適性」を指導するって聞くな。

上司としての能力を鍛えるその上司だけでなく、上司を育てる部下ってのも組織的に育成できればいいんだが。

2010-11-17

るろ剣次世代編

今更といわれそうですが、るろうに剣心にはまってしまいました。

だからこそ、続編を妄想してしまうのは30代後半の女性としては普通だと思うんです。

るろうにの舞台明治の初期ですが、剣心の子供である剣路は「富国強兵」と向き合わなければいけないわけで。

と、すると妄想が広がるんですね。

剣路は両親の持つ剣術の才能は全く引き継いでいないかわりに、頭脳だけはずばぬけたものを持っているわけです。

そして父親と同じことを考え始めます。これからの時代、苦しんでいる人を救いたいというすべは何かと。

考えた末、当時、日本を侵略しようとする「列強」から人々を守るために、仕官候補生としての道を歩み始めるのですが

それが正しくないことを歴史証明する前にすでに見破っていた父親に諭されるのですが、当然反発する剣路。

そして士官学校教授として赴任していた斉藤一と出会い…(以下略

なんていうか、すでに同人誌あたりで書きつくされているネタのような気がします。

それでも、和月さん本人が続編を書くのであれば、明治青春グラフティーというよりは、富国強兵を経て世界大戦に突き進む

日本の影を剣路を通じて描いてほしいなと思いますが、たぶん読者からは暗すぎて受け入れられないだろうな。

2010-06-22

祖父との思い出

今からとても変なことを書くけど、増田だから気にしない。お目汚し御免。

シベリア特措法というのが成立した。戦後ソ連によってシベリアに抑留された人たちに対する保証金だとか。

【主張】シベリア特措法 忘れまいソ連不法行為

http://sankei.jp.msn.com/world/europe/100621/erp1006210248000-n1.htm#

だからソ連けしからんとか、その他諸々政治とかに関わる話もあるのだろうけど、以下すべて個人的な話。

ひとつ本件について感想を述べるならば、何を今更で、うちの祖父はシベリアに抑留されて、戦後15年目くらいに亡くなっている。それを戦後65年経ったところで給付されますといったところで遺族がもらえる訳でもないし、そもそも今更そんなものをもらったところで、祖父を亡くして一家の大黒柱を失った母の成人するまでの暮らしが楽になることもない。

それをけしからんというのもなんだかなあと思うし、もしうちの祖父が存命ならどう感じたかと思うとまた祖父のことを思い出す。

祖父のことを思い出すといっても、僕の生まれる遥か前に祖父は亡くなっていて、祖父の人となりはすべて写真からでしかわからない。だから、孫にとってどういう呼び方が相応しいのかわからない。おじいちゃんがいいのか、じいちゃんがいいのか、おじいさまがいいのかすら。

そして母はたまにしか祖父のことを語らず、しかし思い出話をするときの昔を懐かしむ眼差しは両親のそろった家庭に生まれ育った僕の伺い知ることのできない凄みと、祖父への親しみがあり、それはなんとなく覚えている。主に母にとって厳しい父親だったこと、小さいながらも家と仕事を持ってそれなりに幸せな家庭をもっていたこと、子供が生まれてから転勤の少ない職場転職したこと、猫が恐かったこと、数学がとてもできたこと、満州へわたった事情と、祖母とのなれそめとかとか。

そして祖父の人柄を自分の中で作るようになり、偶然かどうか、祖父と似たような仕事に就いた。もし生きていれば祖父は僕とどう接するのか、自分にとってどういう祖父なのか、きになれば尽きることはない。そういうことが年に数度。

だから祖父との思い出のあるやつはいいなあとか、後々思うようになった。子供の頃はそんなおっかないじいちゃんはいらないとおもってたものだけど。

そしてこのような戦争とか、シベリアについての話をニュースで聞くたびに思う。もし祖父が生きていたら今の世の中、戦争についてどういうか。それとも全て墓場まで持っていくか。人となりは母と祖母とその親戚の口からしか伝わらない。そして2人とも祖父は「海軍士官学校」にいたとかいう程度の認識しかない。ちょっと絶望的。

またこういうニュースを聞くたびにこう思う。軍人同士の付き合いで曾祖父が祖母と祖父を引き合わせて結婚した2人の間に母が生まれて、父とであって僕が生まれて、確かに戦争記憶なんて僕にはないし、話をする人もそうそう多くはないけど、確実に僕の人生に何らかの影響を与えているって。なによりシベリアから帰ってきて、その後同胞を置いて帰ってきてどうせ拾った命と、魂削るまでして祖父が働かなければ早死にすることもなく僕は祖父と孫として会話ができてたかもしれない(祖父が残した数少ない記録のうちの1つである手記にそうあった)。

母の話を聞くたび、祖父の人格を補完していって、きっとこういう人だったのだと仮定して、そこから自分との会話を想像したりする。あのときああいう人ならこう言っただろうなあって。

そうして僕は祖父との思い出を作ってたまに他人を羨んだりする。あいたかったなあ。俺もじいちゃんと仕事の話とか、したかった。母も、和久井映見が演じるOLが友達と飲み屋で飲んでて、たまたまその父親が後から飲み屋であって、父親のツケで飲みまくるっていうCMを見て、私もああしてお父さんに甘えたかったとつぶやいた。幼い妹は、悪い娘だねといったけど、母は寂しそうな顔をして、僕はまだ子供でよくわからなかった。

僕もじいちゃんと酒飲んでみたかった。だから酒を好きじゃないけど、酒を飲んでみんなと酔っぱらうのが好きだったという祖父のお墓に酒を持って今年も墓参りに行こうと思う。

2009-12-29

http://anond.hatelabo.jp/20091229192858

ちげーよwww

大会社トラブルプロジェクトの終息させるヘルプ要因をやってみろよw。

日常茶飯事で、いろんなところで似たことが起きてるよ。

工場労働じゃないんだから、下の人間の言う事を聞かない上の末路なんて、5年だよ。

文字通り、兵隊はつよければそれで人格ダメでも許されるが

指揮官は、人心掌握ができなければ、許されないんだよね。

兵隊上がりの指揮官は自らの力で、強いんだからで、兵隊を指揮できる。

士官学校上がりで、強くないんだったら、強さ意外の人心掌握術が必要なんだが、兵隊上がりの指揮官のように力でいって、失敗するパターンが異常に多い。

プログラム数学国語とは違うのにね。

あ、昔の話ね。もう、今は大会社にはいない。でも、トラブル解決役になることは多いなぁw

2008-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20081227154807

メンヘルの振りはクネクネネタなんだよ。これみりゃわかるだろ。

http://twitter.com/y_arim/status/1080704063

ありむーはメンヘルネタにしてクネクネしてるの。

それが分かったら真性メンヘルは巣へお帰り。有村親衛隊は怖いよ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20081227154807

soylent_green また有村か 2008/12/27

ymrl 2008/12/27

b_say_so ムードスタビライザーって何かと思ってしまった 2008/12/27

so_long とりまき居ないと死んじゃう人なんだからさ。彼女が居ちゃ駄目なの。複数のとりまきが必要。君はその業を背負うつもりはあるのか? 2008/12/27

K-Ono こういうなんの関係もないところの個人攻撃で悦に入るおまえこキチガイ病院行け。そんなにひがむなら同じことやってモテモテになればいいだろ。要は勇気がないんでしょ? うわー、こーゆーのマジでむかつく。 2008/12/27

AROUZ アロウズ, ありむー・リント, アロウズ士官学校, アロウズ完全勝利, 少佐頭脳は優秀です, 少佐ポエムは優秀です, 少佐大人気, 女心擽る少佐, 少佐嫉妬する小物, イケメン少佐 id:y_arim少佐 敵艦隊発見至急撃破してください 2008/12/27

activecute 2008/12/27

yamifuu 2008/12/27

2008-11-01

日本は侵略国家であったのか」を読む

 田母神俊雄氏の「論文」が問題になっています。原文は↓からDLできます。

http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf

親切に英訳までしたようです↓。そのおかげか、さっそく海外でも反響を読んでいます↓↓。

http://www.apa.co.jp/book_report/02.html

http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/7702374.stm

http://www.independent.co.uk/news/world/asia/japan-to-sack-air-force-chief-over-wwii-views-981051.html

http://www.guardian.co.uk/world/2008/oct/31/japan-secondworldwar

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/10/31/AR2008103101475.html

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/10/31/AR2008103100989.html

http://www.nytimes.com/2008/11/01/world/asia/01tokyo.html?_r=1&ref=world&oref=slogin

http://www.thestandard.com.hk/breaking_news_detail.asp?id=8886&icid=4&d_str=20081031

http://www.straitstimes.com/Breaking%2BNews/Asia/Story/STIStory_297008.html

http://www.straitstimes.com/Breaking%2BNews/Asia/Story/STIStory_297257.html

http://timesofindia.indiatimes.com/World/Rest_of_World/Japans_air_force_chief_sacked_over_WWII_comments/articleshow/3659583.cms

 ローズベル陰謀論が結構とりあげられています。どれだけ「国益」を損ねているのだろう。やれやれと、日本報道に対するブコメ日記を見てみたら、田母神氏の「論文」の内容に肯定的な人もそれなりにいらっしゃるようです。

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081031-00000123-jij-soci

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.asahi.com/politics/update/1031/TKY200810310298.html

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008110102000087.html

 私も別に現代史に詳しいわけではないです(気の向いたときに、中身が増えてきたCiNiiGoogle Scholar、各研究機関の学術リポジトリを漁ってみる程度)。しかし、その限られた知識から見ても、問題の「論文」はその形を為してすらいないと思いました。そこで、現在パラパラと集めている関連文献の整理をかねて、「論文」原文に逐一つっこみをいれてみようと思い、エントリを書いてみることにしました。はてな記法引用した部分は、断りのない限り田母神氏の「論文」からです。原文の全角数字は全て半角に直したことをおことわりしておきます。

 アメリカ合衆国軍隊は日米安全保障条約により日本国内に駐留している。これをアメリカによる日本侵略とは言わない。二国間で合意された条約に基づいているからである。我が国は戦前中国大陸朝鮮半島を侵略したと言われるが、実は日本軍のこれらの国に対する駐留も条約に基づいたものであることは意外に知られていない。日本は19世紀の後半以降、朝鮮半島中国大陸に軍を進めることになるが相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない。現在中国政府から「日本の侵略」を執拗に追求されるが、我が国は日清戦争日露戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守るために条約等に基づいて軍を配置したのである。これに対し、圧力をかけて条約を無理矢理締結させたのだから条約そのものが無効だという人もいるが、昔も今も多少の圧力を伴わない条約など存在したことがない。

 駐留を認めることと、「(被害をこうむる方にとっては)侵略(といわれているが田母神氏はそうではないとされる行為)」を認めることは違うでしょう。軍隊に攻めこまれることに了承を与えていたというのは、どのような根拠に基づいているのでしょうか?

 「知られていない」ことを明らかにするのが行論の目的ならば、「新事実」(この場合は具体的な条約の内容や運用)を具体的に提示し、典拠となる史料を明らかにするのが論文の作法です。主張の根拠を示すのは、論文イロハのイです。しかし、残念なことに、この「論文」では全体的に守られていません。関連して、「・・・・・・という人」とありますが、論文で先行研究に言及するときは、注をつけて批判対象を明らかにするルールも守られていません。

 この日本軍に対し蒋介石国民党は頻繁にテロ行為を繰り返す。邦人に対する大規模な暴行、惨殺事件も繰り返し発生する。これは現在日本存在する米軍横田基地横須賀基地などに自衛隊が攻撃を仕掛け、米国軍人及びその家族などを暴行、惨殺するようものであり、とても許容できるものではない。これに対し日本政府は辛抱強く和平を追求するが、その都度蒋介石裏切られるのである。実は蒋介石コミンテルンに動かされていた。1936年の第2次国共合作によりコミンテルンの手先である毛沢東共産党ゲリラ国民党内に多数入り込んでいた。コミンテルン目的日本軍国民党を戦わせ、両者を疲弊させ、最終的に毛沢東共産党中国大陸を支配させることであった。我が国は国民党の度重なる挑発に遂に我慢しきれなくなって1937年8月15日日本近衛文麿内閣は「支那軍の暴戻を膺懲し以って南京政府反省促す為、今や断乎たる措置をとる」と言う声明を発表した。我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者なのである。

 スターリン毛沢東がそれほど仲が良かったとは知りませんでした。コミンテルンにそれほどの影響力があることも知りませんでした。繰り返しますが、オリジナルな主張には、その土台となる史料の裏づけが必要です(「実は??」と書いているのですから、普通は知らない新しいことなのですよね?)。大事なことなので強調します。「新しいことを主張するためには、根拠を示さなければならない」、これは学問の基本です。

 1928 年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間言われてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。「マオ(誰も知らなかった毛沢東)(ユン・チアン講談社)」、「黄文雄大東亜戦争肯定論( 黄文雄、ワック出版)」及び「日本よ、「歴史力」を磨け(櫻井よしこ編、文藝春秋)」などによると、最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて有力になってきている。日中戦争の開始直前の1937年7月7日の廬溝橋事件についても、これまで日本中国侵略の証みたいに言われてきた。しかし今では、東京裁判最中中国共産党の劉少奇が西側の記者との記者会見で「廬溝橋の仕掛け人中国共産党で、現地指揮官はこの俺だった」と証言していたことがわかっている「大東亜解放戦争岩間弘、岩間書店)」。もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない。

 ようやく文献をあげられましたが、刊行年と該当ページも明示するのが一般的な論文ルールですよね。それは百歩譲るとしても、示された著者のなかに査読つき学術雑誌に報告された方が一人もいらっしゃらない。これは信憑性をさらに落とすものではないでしょうか。また、人の発言を引くのであれば、それが掲載された媒体を明示するのもきほんのきですよね。

 張作霖爆殺をコミンテルンの仕業とする説に対しては、特に『マオ』について、中国現代史研究者から根拠に疑義が出されています。

 「関東軍高級参謀河本大作らがこの事件を企画し実行した固い事実を、この程度の「スパイ情報」で覆せるものか」(矢吹晋「書評『マオ―誰も知らなかった毛沢東』」『中国情報源』21世紀中国総研編、蒼蒼社、2006年、225ページ。http://www25.big.jp/~yabuki/2006/mao-rev.pdf)。

 盧溝橋事件についても、「計画」説に対する批判的研究が出ているようです。

 「日本の一部の論者が唱える「中国共産党計画」説と,中国側の唱える「日本軍計画」説がともに誤りであり,盧溝橋事件が日中双方にとって「偶発」的なものであったとする」(加藤陽子「書評 安井三吉著『柳条湖事件から盧溝橋事件へ―1930年華北をめぐる日中の対抗―』」『アジア経済』45(9)、2004年、65ページ。http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/7473/1/kato45_09.pdf)。

 最後に、既にたくさんのつっこみがブコメで入っていますが、みんながやっていることだからといって、行為に対する責任がなくなることはないでしょう。

 我が国は満州朝鮮半島台湾日本本土と同じように開発しようとした。当時列強といわれる国の中で植民地内地化を図ろうとした国は日本のみである。我が国は他国との比較で言えば極めて穏健な植民地統治をしたのである。満州帝國は、成立当初の1932 年1 月には3 千万人の人口であったが、毎年100 万人以上も人口が増え続け、1945 年の終戦時には5 千万人に増加していたのである。満州人口は何故爆発的に増えたのか。それは満州が豊かで治安が良かったからである。侵略といわれるような行為が行われるところに人が集まるわけがない。農業以外にほとんど産業がなかった満州の荒野は、わずか15年の間に日本政府によって活力ある工業国家に生まれ変わった。朝鮮半島日本統治下の35年間で1千3百万人の人口が2千5百万人と約2倍に増えている「朝鮮総督府統計年鑑」。日本統治下の朝鮮も豊かで治安が良かった証拠である。戦後日本においては、満州朝鮮

半島平和な暮らしが、日本軍によって破壊されたかのように言われている。しかし実際には日本政府日本軍努力によって、現地の人々はそれまでの圧政から解放され、また生活水準も格段に向上したのである。

 「同じように開発」と主張するには、開発の指標を定め、比較する必要があります。共通の比較の基準が示されていません。データもです。内地、満洲、朝鮮台湾、他の植民地宗主国本国、その国の植民地それぞれについて、共通の尺度ではからないと比較にならないのではないでしょうか。それをせずに外形が拡大したと言うだけでは、中国の「共産党政権チベットを・・・・・・」に反論できなくなってしまいます。

 「内地化」も定義を明確にして使うべき用語ですね。

 また、現実にも、「帝国日本植民地支配の歴史には,「外地」を法制的・政治的には明白に異域に置きながら、イデオロギー的には「内地化」を標榜するという,理念現実の「二重性」がその当初からつきまとっていた」(山本有造「植民地統治における「同化主義」の構造」『人文学報(京都大学人文科学研究所)』83、2000年、70ページ。http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/48550/1/83_57.pdf)、「「満洲国」の掲げた「五族協和」にしろ「王道楽土」にしろ,関東軍による露骨な軍事支配を隠蔽するイデオロギーという以上の意味を持ちえなくなる」(山室信一「「満洲国」の法と政治―序説」『人文学報(京都大学人文科学研究所)』68、1991年、150ページ。http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/48355/1/68_129.pdf)といわれる植民地統治を、「極めて穏健」と評価するにもまた、基準とデータの比較が必要です。

 また、人口の増加は支配の善さを担保しません(チベット・・・・・・)。

 我が国は満州朝鮮半島台湾学校を多く造り現地人の教育に力を入れた。道路発電所水道など生活のインフラも数多く残している。また1924年には朝鮮京城帝国大学1928年には台湾台北帝国大学を設立した。日本政府明治維新以降9つの帝国大学を設立したが、京城帝国大学は6番目、台北帝国大学は7番目に造られた。その後8番目が1931年大阪帝国大学、9番目が1939 年の名古屋帝国大学という順である。なんと日本政府大阪名古屋よりも先に朝鮮台湾帝国大学を造っているのだ。また日本政府朝鮮人中国人陸軍士官学校への入校を認めた。戦後マニラの軍事裁判死刑になった朝鮮出身の洪思翊という陸軍中将がいる。この人は陸軍士官学校26期生で、硫黄島で勇名をはせた栗林忠道中将と同期生である。朝鮮名のままで帝国陸軍中将に栄進した人である。またその1期後輩には金錫源大佐がいる。日中戦争の時、中国大隊長であった。日本兵約1千名を率いて何百年も虐められ続けた元宗主国中国軍を蹴散らした。その軍功著しいことにより天皇陛下の金賜勲章を頂いている。もちろん創氏改名などしていない。中国では蒋介石日本陸軍士官学校卒業新潟高田連隊で隊付き教育を受けている。1期後輩で蒋介石の参謀で何応欽もいる。

 前の段落と同様に、「多く」の中身が不明確に過ぎ、検証のしようがありません。また、植民地宗主国の支配の下で「植民地近代」化したのはその通りだと思います(松本武祝「’’朝鮮における「植民地近代」’’に関する近年の研究動向」『アジア経済』43(9)、2002年、31-45ページ。http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Ajia/pdf/2002_09/note.pdf)。私はこの辺り特に勉強不足です。各国の軍制についても同じくよく知らないので飛ばします。

 孫文をはじめ、アジア各地の革命家日本に集まったことは特に新しい論点ではないでしょう。ファン・ボイ・チャウの失望も有名な話ですね(白石昌也「ファン・ボイ・チャウと日本」『東南アジア学会会報』25、1975年、1-3ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0004923536)。

 李王朝の最後の殿下である李垠殿下陸軍士官学校の29期の卒業生である。李垠殿下日本に対する人質のような形で10歳の時に日本に来られることになった。しかし日本政府殿下王族として丁重に遇し、殿下学習院で学んだあと陸軍士官学校をご卒業になった。陸軍では陸軍中将に栄進されご活躍された。この李垠殿下のお妃となられたのが日本の梨本宮方子妃殿下である。この方は昭和天皇のお妃候補であった高貴なお方である。もし日本政府が李王朝を潰すつもりならこのような高貴な方を李垠殿下のもとに嫁がせることはなかったであろう。因みに宮内省はお二人のために1930年に新居を建設した。現在赤坂プリンスホテル別館である。また清朝最後の皇帝また満州帝国皇帝であった溥儀殿下弟君である溥傑殿下のもとに嫁がれたのは、日本華族嵯峨家の嵯峨浩妃殿下である。

 旧領主の家系の存続という意味であれば、インドの藩王たちも手厚く身分を保証されていましたね。ベトナムバオ・ダイフランスグランゼコール教育を受けていましたね(英国人とインド人の婚姻には宗教問題がありますし、バオ・ダイ渡仏時のフランス共和制だから王室はないですし、この段落については適切な比較が可能な問題設定なのか疑問です。個人的にはそもそも宗主国の王室を嫁がせることが恩恵という考え方がどうなんだろうと思います)。

 これを当時の列強といわれる国々との比較で考えてみると日本満州朝鮮台湾に対する思い入れは、列強植民地統治とは全く違っていることに気がつくであろう。イギリスインドを占領したがインド人のために教育を与えることはなかった。インド人をイギリス士官学校に入れることもなかった。もちろんイギリスの王室からインドに嫁がせることなど考えられない。これはオランダフランスアメリカなどの国々でも同じことである。一方日本は第2次大戦前から5族協和を唱え、大和朝鮮、漢、満州蒙古の各民族が入り交じって仲良く暮らすことを夢に描いていた。人種差別が当然と考えられていた当時にあって画期的なことである。第1次大戦後のパリ講和会議において、日本人種差別撤廃を条約に書き込むことを主張した際、イギリスアメリカから一笑に付されたのである。現在世界を見れば当時日本が主張していたとおりの世界になっている。

 ロイヤルファミリー婚姻の件で共和制アメリカを並べているのは不適切でしょう。既に述べましたがフランスも時代によって共和制です。

 エルフィンストーンカレッジ(1856年設立、現在ムンバイ大に)、カルカッタ大学マドラス大学(1857年設立)というように、大英帝国植民地支配の拠点に大学その他の教育機関を設立していますね。

http://en.wikipedia.org/wiki/Elphinstone_College

http://en.wikipedia.org/wiki/University_of_Calcutta

http://en.wikipedia.org/wiki/University_of_Madras

 「五族協和」が実態をともなわなかったことについては、前掲山本論文および山室論文を参照。

 人種差別撤廃についてはよい提案をしたということに同意いたします。ただし、繰り返しますが、現実施策がともなわなかったことについては残念です。

 時間は遡るが、清国は1900 年の義和団事件の事後処理を迫られ1901 年に我が国を含む11ヵ国との間で義和団最終議定書を締結した。その結果として我が国は清国に駐兵権を獲得し当初2600名の兵を置いた「廬溝橋事件の研究(秦郁彦東京大学出版会) 」。また1915 年には袁世凱政府との4ヶ月にわたる交渉の末、中国の言い分も入れて、いわゆる対華21箇条の要求について合意した。これを日本中国侵略の始まりとか言う人がいるが、この要求が、列強植民地支配が一般的な当時の国際常識に照らして、それほどおかしなものとは思わない。中国も一度は完全に承諾し批准した。しかし4 年後の1919年パリ講和会議に列席を許された中国が、アメリカの後押しで対華21箇条の要求に対する不満を述べることになる。それでもイギリスフランスなどは日本の言い分を支持してくれたのである「日本史から見た日本人昭和編( 渡部昇一祥伝社)」。また我が国は蒋介石国民党

との間でも合意を得ずして軍を進めたことはない。常に中国側の承認の下に軍を進めている。1901年から置かれることになった北京日本軍は、36 年後の廬溝橋事件の時でさえ5600 名にしかなっていない「廬溝橋事件の研究(秦郁彦東京大学出版会) 」。このとき北京周辺には数十万の国民党軍が展開しており、形の上でも侵略にはほど遠い。幣原喜重郎外務大臣に象徴される対中融和外交こそが我が国の基本方針であり、それは今も昔も変わらない。

 今回は表現からつっこんでみます。「完全に承諾」というように形容詞修飾をするときには、それが表す具体的な内容を補足して、互いの印象の差を埋める努力をすべきというのが、私の受けた指導です。どうしたら「完全に承諾」したことになるのでしょうか。一番肝心な相手に過大な要求をつきつけ、排日運動を燃えあがらせて宥和に失敗したのは外交の失敗であり、恨み言をつぶやいてもごまかすことはできません。

 日中戦争については、派兵前の人員の少なさを根拠に「形の上でも侵略にはほど遠い」と主張するのは無理筋にみえます。

(再々追記)また字数超過?で切れたので、つづきへ (さらに追記)補足エントリをTBしました。 (また追記)補遺エントリをTBしました(11/5)。

2008-01-29

【特報】あのfinalvent氏が黒歴史を開陳

本日午前8時44分、日本を代表するブロガーであり現役にもかかわらず爺と呼ばれるはてなの良心、finalvent氏が自らの属性を公表した

私は自分はオタクじゃないと思っているし、他の人もそう思っているのだろうけど、あれね、ラムちゃんポスター飾って平野文ロックCD(っというのがあった)とか30代半ばまで聞いていたわけで

http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20080129/1201563850

ギャーッ

よーしじゃあ俺も開陳しちゃうぞーっ、大学生までミンメイのポスターry

ハハハ、そんな頃もありました…。

もう今は大人になったし落ち着いたから早瀬未沙のほうが好みだけどね。ミンメイなんて若気の至りだったよ。

(追記)

今のはてなは若い子が多いんだよな。分かんないよな。

あのね、早瀬中尉は士官学校を首席で卒業した19歳なんだ。見た目はカタツムリだけどね。分かった?

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