はてなキーワード: 四捨五入とは
トム・クルーズが若い頃、たしかトップガンの次の次ぐらいに出た作品で、アカデミー賞を取っている。
△△△
主人公のチャーリー(トム)は、父の遺産相続問題をきっかけに、自分が物心つく前から施設に入ってて存在すら知らなかった兄のレイモンド(ダスティン・ホフマン)と再会して、施設から無理やり連れ出してはみたものの、自閉症のレイモンドが次々にやらかす奇行にすっかり参ってしまう。飛行機で移動しようと空港に行けば、「ABC航空はダメ、19xx年x月x日どこどこで墜落○○人死亡。DEF航空?ノー!19xx年x月x日○○人死亡……」と百科事典のように正確な記憶力を見せて暴れ回る。
弟がいくら確率を持ち出して説得しても兄のパニックはおさまらない。
根負けしたチャーリーが数千キロもの行程を運転して行こうと高速に乗れば、今度はハイウエイの死亡事故統計を口走って「いやだー!死ぬー!」と絶叫するレイモンド。
「どうすりゃいいんだよ!」とキレたチャーリーは、名前のない田舎道ばかりを走って西をめざすことに。野原の真ん中のうらぶれた安宿で熱いバスにでもつかろうと湯の栓をひねると、「ダメーーー!そんなことしたら赤ちゃんが!」とまたしても半狂乱に。
△△△
映画だと、レイモンドのこの熱い湯船トラウマをきっかけにして幼かった兄弟の心の触れ合いの記憶が少しずつ呼び戻され、そこからしみじみと感動的なラストに向かって物語が動いていくのだけれど、別にここでなつかし映画語りがしたかったわけじゃない。
書きたかったのは、あの日以来、俺の嫁がレインマンになってしまったってことだ。
たぶん俺の嫁だけじゃない。日本中で、いや、遠く韓国や中国、欧州にも、突然たくさんのレインマンが生まれてしまったんだ。
△△△
「大丈夫だよ、この説明を見てみなよ」
「そうは言うけど、実際言われてるような事態にはなってないじゃん」
等々、いくら条理をつくして話し合ってもダメなのだ。
嫁は怖いのだ。
安心より、怖いという気持を選んだのだ。
だから、科学的にマユツバだと言われようと、自分の原始的な恐怖心にフィットするものばかりに注目し、耳を傾ける。そして言う。
「ほら、ご覧なさいよ!みんなそう言ってる」
嫁がブックマークしているサイトやフォローしているツイッターの発信者名を見て、俺は失神しそうになった。
俺のTLでは、「○ン○○」だの「○ル○」だのと認定されている名前がきら星のごとく並んでいる。そう、微生物がコロニーを作るみたいに、彼らはお互いに引かれ合って堅固なオピニオン集団を形成しているのだ。
嫁が俺じゃなくて○○○○や○o○の行進についていく。
マジかよ。
勘弁してくれ。
△△△
映画のチャーリーとレイモンドのような取っ組み合いにはならなかったけど、来る日も来る日も絶望的な言い争いが続いた。
わが家の食卓からはいくつかの食品が完全に姿を消し、子供は給食の牛乳にかえて水筒を持参するようになった。俺自身の親兄弟との関係もぎくしゃくしている。嫁が何か新しい心配の種を仕入れてくるたび、子供に新しい命令/禁止を下すたび、俺と嫁は決着のつかない論争を繰り返した。
△△△
でも。
俺には嫁を放り出すことはできなかった。
「愛してるから」かと聞かれても、正直うなずけない。
そんなきれいごとにしがみついていられるには、醜悪なものを見過ぎてしまった。
でも、俺がここで見切ったら、嫁には行くところがない。
子供は俺一人でもなんとかなる自信はあるが、子供は俺のことも嫁のことも愛している。
もちろん、俺も嫁も、それぞれの人として限られた能力の限りを尽くして子供を愛している。
△△△
四捨五入すればもう五十になろうっていうこの年で、いきなりレインマンと暮らす羽目になるとか、誰に想像できただろう。
ここで「考えや感じ方が違いすぎて落としどころさえ見つからない相手」をレインマンと呼ぶ俺には、全方向からごうごうたる非難が浴びせられるだろう。
嫁のコロニーからは「人をバカにするな!」と言われるだろうし、
俺のTLで気を吐いている闘士たちからは「ダスティン・ホフマンのようなほのぼのキャラに喩えるなどぬるいわ!」と批判されるだろう。
そしてなにより、現実に自閉症の人々と生活し、関わっている人たちからは、「偏見もいいところのとんだ愚か者」と指弾を受けるに違いない。この文章は、何の関係もないそれらの人々を引き合いに出す意図で書かれたものではないが、だからといって失礼が帳消しになるわけではない。そういった方々には心からお詫びしたい。
△△△
ただ。
映画の前半で「何やってんだよ!」ってキレまくって、少しでも兄に普通の行動を取らせようと無駄な努力にきゅうきゅうとしていたチャーリーが、レイモンドの目に映っている世界を、レイモンドの視点から理解して、彼に共感はできないものの、たった一人の肉親としてずっとそばにいようとするようになっていく過程を思った時、そこにはこれまでの俺の文字通りハゲになりそうな苦しみに、なんというか一条の光を投げかけてくれるヒントが潜んでいるんじゃないかって思ったのだ。
レインマンの奇行を迷惑がって、施設に追いやってしまうことも一つの道だけど、
そうはできない家族にとって、できることはなんだろう。
チャーリーは、自ら悩み苦しみながら、レイモンドへの愛を見つけて再生できた。
俺はまだ、嫁への愛を見つけ出していない。
△△△
うちのレインマンは、雨の日を極端に恐れている。
雨が降ると、家族全員に外出を禁止する。
雨じゃなくて、嫁に降り込められたうちの中で、俺はダスティン・ホフマンの顔をしたどこかのラスボスに祈りを捧げる。
――なあ、レインマン。
――ここに来て、歌ってくれよ。
――心に火傷を負った俺たちみんなのために。
http://hamusoku.com/archives/3889507.html
これについて、めちゃくちゃ単純な計算をしてみる。
商品一個あたり1,000の利益が出て年中無休で営業したとしても
200,000,000/1,000/365=548
(少数は四捨五入)
一日に548個の物を売らなければならない。
一日に10時間働くとすれば、一時間に55個のものを売ってるはず。
仕入れから商品の発送までの作業を商品一個あたり3分でこなすストイックさが必要。
その合間にショップとか帳簿とか在庫の管理、マーケティングなんかもやってるんだろうな。
http://koji-sato-0228.blogspot.com/2010/12/blog-post.html
自分は学生の彼女いない歴=年齢の非リア童貞で、向こうはアラサー彼氏持ちの肥満系女子。
共通の趣味に関することをして、喫茶店でお喋りして、何となくカラオケに行ったんだ。
そしたら狭い部屋をあてがわれて、仕方ないとはいえその人と距離が近くなっちゃってさ。
太ってるがまだマシな顔とはいえ、四捨五入して10歳も離れてる上に恋人持ちの異性でしかないじゃん?
そんな人ですらずっと側にいるってだけで、ムスコが反応しちゃうの。
で、しばらくしてトイレに行ってさ、触ってみるとヌルヌルしてるの。
もう情けなかったね。
確かに早漏で、勃つとすぐ先が湿るようなムスコだけど、ブサイクでも生身の女性と触れ合ってるってだけで、半勃ちが続いてこのザマだよ。
おまけに彼女で早撃ちを済ませて、何気ない顔で、お腹壊してさ~って言いながらカラオケ続けてるわけ。
その間何考えてたと思う?
いかにして相手を肯定するか考えながら歌ってたんだよ。
太ってる→梨穂子だっている。二次元は痩せすぎている(彼女はぽっちゃりどころではないのに)
年上→現実的には充分アリ。二次元は若すぎる(自分はまだ二次元主人公に近い年齢なのに)
彼氏持ち→初サシオフ即カラオケ行けるなら別れた隙を狙える(彼女は社交的で、自分は何人もいるオフ友の一人、それも一番日が浅いのに)
なんて、自分で突っ込める理屈を立てて「もし彼女と付き合うとしたら」を皮算用してたんだよ。
こうやって自分をdisる気持ちを忘れないために書いてるのにさ、書くために思い出そうとすればするほど頭の中を彼女が占めるんだ。
ほんのちょっと自分に優しくしてくれただけで、可能性を何百倍にも都合良く拡大して、妄想に浸るのをやめられないんだ。
それもあんな相手にだよ?
まだ学生にもかかわらず、ね。
本当に童貞だよ。悲しいぐらい。
この日記のせいで頭を占める彼女を追い出すために、R-20を取り出して、妄想に浸るとしよう。
何度目かもわからないそれに。
WEB+DBになぜ日本のソフトウェアが世界に通用しないのか、という記事があった。
偏見交えて要約すれば「アメリカはスーパーハッカーを厚遇するベンチャー企業がIT業界を占めるが、日本ではIT業界は土建屋の構造を持っているためスーパーハッカーを厚遇することができず、結果競争力がおちる」とのことだそうだ。
まー、その考察は今までさんざんネットの世界で言われてきていることだし反論はしない。
ただ、IT業界のごく普通のプログラマーとしてはアメリカみたいな構造になると、私ごときの技術力では競争に負けてプログラマーとしてはくっていけないんだろうな、ってぼんやりと思う。
だからといって、四捨五入すれば四十のこの年になって、プログラマー以外の職種に就けるのか、と言われると普通にムリだろうな。
大学時代の友人達は独立開業したり、マネージャーに方向転換したり、もしくは心を病むか身体を壊して休職中かのどれか。
あー 鬱だ。
自分。
「四捨五入したら、30歳だwww」とか冗談言ってたら、そんな数値処理しなくてもリアルに30歳になってしまった。
鬱だ・・・
人生80年として、残り50年。
あ、健康的に生きられるのは70歳までと考えると、残り40年ってところか。
どんなに長くても、後40年たったら今の生活は崩れるのか。
そう思うと、なんとも恐くなる。
宇宙ができてから13,000,000,000年
地球ができてから 4,500,000,000年
本当に、自分の一生なんて、この世界から見たら一瞬の出来事に過ぎない。
今なら、宗教に走る人たちの気持ちが分かる気がする。
「自分はこんなちっぽけな存在じゃない!」って認めたくないよなあ。
仏教はそういう、欲を捨てることで心の安定を得ることができる、という教えを説いていると自分は解釈している。
その考えは、個人の心の安定には役に立つが、種族としてみたときは果たして有利に働くだろうか?
「自己の重要性を他者に広め、認めさせる」ミームは、自己のミームを拡散させるには重要なファクターだと思う。
ここに、「自分の利益」と「自分の属している集団の利益」の間に葛藤が生じる。
どのようにして、死の恐怖を超克するか。
その方法によって、4通りのパターンが考えられる。「自分、集団ともに+」「自分+、集団-」「自分、集団ともに-」「自分-、集団+」。
どのように折り合いをつけていくかが、これからの課題になりそうだ。
焦るな。だが、急げ。
今付き合ってる彼女、すごく好きだし、セックスの相性がすごくいいし、
頭の回転も早いし、話しも合うし、まさに理想的なんだけど、
彼女自身はDQN臭はまったく感じない、上場企業で派遣の事務やってて、
趣味もどっちかって言うと俺に近い若干オタク趣味の文学少女的な感じだからこそ、
知りあって好きになったんだが。
仲良くなってから詳しく家族の話しを聞くと、父親は半分ヤクザっぽい土建屋で
超怖いらしいし、兄貴が昔はヤンキーで今は鳶職してて、喧嘩早くて困るだとか。
その辺、俺が一番苦手な種族なんだけど……。
ていうか、ぶっちゃけ怖いです。
お互いに四捨五入して30歳なので、いわゆる適齢期。
四捨五入したら一緒だろう?もういいじゃん?
自分はニコニコ動画でボーカロイド(初音ミクとかのことね)のオリジナル曲をよく聴いている。
そんな自分でも、例えば、以下のような動画を見るにつけ、ボーカロイド――つまりロボット、が歌ったものより人間の歌ったものの方が断然いいなと思う。
紅一葉
オリジナル:黒うさP
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2465784
歌ってみた:ヤマイ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7231024
黒うさPのオリジナルもボーカロイドの調整は相当にできている方だが、人間とは比べるべくもない。ボーカロイドのコアなファンほど、案外、人間のよさをよく知っているのではないだろうか。
さて、自分はボーカロイドオリジナル曲だと、ボカロがぼそぼそ歌っているようなものが結構好きだ。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4309620
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5388856
はなればなれ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5837532
上述した通り、自分はボーカロイドより人間が歌った方がいいと思っているので、これらの曲も人間が歌ってくれないかあと思うけれど、まあ、ほとんどない。
なぜか?
再生数の問題があると思う。上記3本はいずれも再生数が10000以下だけど、あまりに再生数が少ない場合、そもそも歌ってみたの歌い手がその楽曲を認知しないだろう。知らない歌は歌いようがない。また、再生数が少ない動画を歌ってみることに躊躇することもあるかもしれない。せっかく歌うのだからたくさん聴かれる方がいいに決まっているし、元々人気のある曲の方が初動は大きいだろう。
けれども、自分にはボーカロイドオリジナル曲の中でも「歌い手に好かれる曲」と「そうでない曲」があるのではないかと思えてならない。なぜかというと、どうも再生数が多いオリジナル曲の中にもあまり歌われていないものがあるような気がするからだ。
気がする、だけではよくないので、定量的に説明できるかと調査してみた。
方針としては、再生数の多いオリジナル曲を抽出し、そのオリジナルに対する歌ってみた動画の再生数を見れば、人気オリジナル曲の中でも「歌い手に好かれる曲」と「そうでない曲」の傾向がつかめるのではないか、というもの。
| 再生数順位 | 曲名 | 作者 | 歌い手 | 本体再生数(A) | 歌ってみた再生数(B) | B/A(小数第5位で四捨五入) | 本体投稿日 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | みくみくにしてあげる♪ | ika | 歌和サクラ | 6,372,090 | 195,853 | 0.0307 | 2007/9/20 |
| 2 | ワールドイズマイン | supercell | うさ | 2,638,733 | 887,612 | 0.3364 | 2008/5/31 |
| 3 | 初音ミクの消失 | cosMo | massΩ | 1,649,182 | 206,762 | 0.1254 | 2008/4/8 |
| 4 | ハジメテノオト | malo | that | 1,389,425 | 258,395 | 0.1860 | 2007/10/14 |
| 5 | サイハテ | 小林オニキス | uinona | 1,147,430 | 106,403 | 0.0927 | 2008/1/16 |
| 6 | Packaged | kz | 青もふ | 1,042,100 | 53,958 | 0.0518 | 2007/9/25 |
| 7 | 歌に形はないけれど | doriko | THAT&歌和サクラ | 886,630 | 351,343 | 0.3963 | 2008/1/20 |
| 8 | ミラクルペイント | OSTER project | mitten | 831,120 | 36,485 | 0.0439 | 2007/11/22 |
| 9 | ロミオとシンデレラ | doriko | 花たん | 828,126 | 426,570 | 0.5151 | 2009/4/6 |
| 10 | 初めての恋が終わる時 | supercell | ちょうちょ | 815,142 | 325,001 | 0.3987 | 2008/12/12 |
| 11 | 初音ミクの暴走 | cosMo | 内緒妹 | 828,126 | 111,722 | 0.1349 | 2007/10/22 |
| 12 | 私の時間 | くちばしP | 委員長 | 725,008 | 9,155 | 0.0126 | 2007/10/22 |
| 13 | コンビニ | cokeshi | haloyosy | 707,939 | 978,623 | 1.3824 | 2007/12/30 |
| 14 | あなたの歌姫 | ボクP | 青もふ | 663,734 | 16,937 | 0.0255 | 2007/9/18 |
| 15 | えれくとりっく・えんじぇぅ | ヤスオP | 青もふ | 614,018 | 35,493 | 0.0578 | 2007/10/10 |
| 16 | 桜の季節 | ゆうゆP | (合唱) | 585,619 | 60,384 | 0.1031 | 2007/11/2 |
| 17 | ハト | 秦野P | 大吟醸♂ | 549,577 | 25,951 | 0.0472 | 2007/12/20 |
| 18 | ぽっぴっぽー | ラマーズP | タイツォン | 510,007 | 209,286 | 0.4104 | 2008/12/11 |
| 19 | 夢みることり | はややP | ヤマイ&うさ | 503,442 | 140,145 | 0.2784 | 2008/2/5 |
| 20 | 永久に続く五線譜 | デッドボールP | ヤマイ | 464,341 | 25,924 | 0.0558 | 2007/11/29 |
| 21 | ファインダー | kz | 歌和サクラ | 455,986 | 116,517 | 0.2555 | 2008/1/5 |
| 22 | magnet | 流星P | clear&蛇足 | 443,904 | 239,435 | 0.5394 | 2009/5/1 |
| 23 | 白の季節 | ゆうゆP | (合唱) | 441,904 | 60,384 | 0.1366 | 2007/11/29 |
| 24 | celluloid | baker | サリヤ人 | 419,868 | 68,027 | 0.1620 | 2007/10/5 |
| 25 | 夕日坂 | doriko | うさ | 409,819 | 117,433 | 0.2865 | 2008/3/22 |
| 26 | サンドリヨン | ゆのみP | うさ & トゥライ | 400,921 | 315,552 | 0.7871 | 2008/8/25 |
| 27 | Dear | 19's Sound Factory | (合唱) | 386,989 | 477,188 | 1.2331 | 2008/3/15 |
| 28 | Soar | 流星P | F9 | 370,495 | 257,700 | 0.6956 | 2008/3/19 |
| 29 | Melody… | mikuru396 | 雌豚 | 348,324 | 86,983 | 0.2497 | 2007/10/27 |
| 30 | ぶちぬけ!2008! | doriko | ヤマイ | 346,702 | 43,847 | 0.1265 | 2007/12/24 |
| メルト | supercell | haloyosy | 4,438,517 | 1,906,088 | 0.4294 | 2007/12/7 | |
| ブラック★ロックシューター | supercell | ゴム | 1,971,868 | 1,027,386 | 0.5210 | 2008/6/13 | |
| 恋は戦争 | supercell | ピコ | 1,506,165 | 403,595 | 0.2680 | 2008/2/22 | |
| 恋スルVOC@LOID | OSTER project | 青もふ | 1,196,311 | 27,923 | 0.0233 | 2007/9/13 |
調査結果を見て自分でも、へー、と思ったのは、オリジナルより再生数の多い歌ってみた動画のあることだ。「コンビニ」と「Dear」がそれである(いずれも比の値が1より大きい)。ここに歌い手に好かれる鍵があるのだろうか?
また、比の値が0.1以下、つまり、最も人気のある歌ってみた動画でもオリジナル動画の再生数の1/10以下、と極めて低いものが10件(「みくみくにしてあげる♪」、「サイハテ」、「Packaged」、「ミラクルペイント」、「私の時間」、「あなたの歌姫」、「えれくとりっく・えんじぇぅ」、「ハト」、「永久に続く五線譜」、「恋スルVOC@LOID」)あるけれど、10件中9件が、オリジナルが2007年に投稿された古いものだ(初音ミクの発売は2007年8月)。古い時代はまだボカロオリジナルを歌ってみたが流行っていなかった、という仮説は妥当だろうか? そうい傾向は強いにせよ、おなじ2007年投稿動画でも、「コンビニ」や「メルト」は比の値が大きい。だから、それだけとも言えないはずだ。
作者によって異なるというのはどうか。supercellや流星P、dorikoはいずれも比の値が大きい。彼らに共通する作風が、歌い手を引き寄せるということはないだろうか?
三人に共通するのは、いずれも電波色やキャラクターソング色がなく、歌い上げるような曲調が多いことだ。こういったところが、歌い手に気に入られる要因なのかもしれない。
いや、これだと正確じゃないな。自分は自分を高く評価するのが苦手だ。
自分なりにものすごくよくやった、とてつもなくいい結果を残せたものでも、
もっとできる人と比べてしまうので、100点がつけられない。
めいっぱいやってもせいぜい80点くらいが上限か。
あとから先生や上司に「もっと上げてもいいでしょう」と言われてから上げる。
低いほうは簡単につけられる。30点とか20点とか。
でも上の人に言わせたら「もっと上だよー」。で、修正する。
これは単純に、
・上の人に「もっと点数を上げろ」と言わせたい
・目標(基準)が高すぎる
のだと思っていたのだが、実際に他の人の点数をつけさせると甘いほうなので、そうでもないらしい。
自分だけがマイナスの下駄を履かされている感じになってしまう。
それでも、最近は、数値で出てくるものはそこそこに評価できるようになってきたのだが、
相対的に評価するものはどうしてもだめだ。
これってよく言えば謙遜だけど、悪く言えば嫌味だよなぁ。
そして救いようがないと思うのが、自分が四捨五入したらもう○十代だということで。
こりゃ一生治らないのかな……
落ち着け、アラサーの一般的用法上はともかく、いちおう25は四捨五入したら30だ。
っていうかそこまで怒るのもどうかと思うぞ。
え、だって四捨五入したら30っすよ!?
理由は「痛いのが怖いから」。
モテ期は気付いただけで三回あった。
でも、この人と結ばれるためなら痛い思いをしてもいいと思えなかった。
あと、軽く男性恐怖症でもあるみたいだ。
初めて告白されたあとは吐き気と悪夢に襲われて、三日と持たずにお断りしてしまった。
その後、一カ月くらい体調不良を起こした。
自分から好きだなと思った人もいた。
でもやっぱり触られたりするのは怖くて逃げてしまった。
正直、セックスがしたいんじゃないのかもしれない。
みんなが自然体でできること、したいと思うことを、自分はできない。
しかも理由が「痛いのが怖いから」。
ずっと一人で悩んでたので、誰かに聞いて欲しかったんだ。
それだけ。
目に留まったコラムがあったので急ぎ訳してみた。かなり意訳しているので英語を読まれる方は原文にあたられたい。
「一人一人が自律した社会を手にするための唯一の道(としての教育)」
(It is the only way to have an empowered society)
寄稿者―ヌズハト・フサイン(著者はナショナル・ブック・トラストのディレクター)
私の曾祖母はおそらく教育を受けていません。彼女には四人の娘がいましたが、息子はみな早くに世を去り、土地も一切ありませんでした。当時は、土地と息子を「社会的な安全の担保(social security)」とみなす固定観念が世間に広まっていましたから、曾祖母夫婦としては、それがないのを気にしていたに違いありません。彼女が確固とした先見の明を持っていた人なのか、それとも深い絶望から決意を固めたのか、私にはよくわかりません。でも彼女は娘を学校に通わせ、仕事に就かせました。それは今では極めて普通のことですが、彼女の時代には革命的で、周りから馬鹿にされるようなことだったのです(注1)。
曾祖母の信念の力は、彼女に自律する力を与えただけでなく、三人の娘を含む九人の子全員に教育を受けさせねばならない、という考えを祖母に植えつけました。祖母自身は、8年生まで進学しました。それが、アムローハ(Amroha)の町で、当時女性が到達できる最高学年だったのです。それでも、彼女の学びへの情熱を育むには十分なものでした。それは本当の意味で教育を受けたということです。祖母は本を読み、ラジオを聞き、テレビを見ました。おそらく、彼女がしたことは、曾祖母の手で蒔かれた真の自律の種を根づかせた、ということなのでしょう。
次の世代、彼女の娘(つまり私の母)が、私に教育を受けさせるのは、過去と比べて容易でした。今の私にしてもそうです。昔、私がインド警察職に就くにあたって、家族の反応はどうだったのかと聞かれたことがあります(注2)。この質問は固定観念にとらわれたものです。私はこう答えました。「家族は僕に教育を受けさせ、僕を支え、UPSC試験を受けさせ、合格させてくれたよ」と(注3)。事実祖母は、私がインド警察職に通ったと聞いて、その道に進むようにと背中を押してくれました。私は、この話をするにあたって、教育を大切にする家庭に生まれた自分が、とても幸運だったと認めざるをえません。あのような質問をされるまで、私は家の外の、また別の現実に向かいあわずにすんだのです。しかし、今日ここで書きたいのはそのことではありません。私が取り上げたいのは、とても基本的な問題です。教育とは何か、教育を受けたとは何を意味するのか、というものです。
教育とは何でしょう。
こう言っておいて何ですが、まずは、教育を受けたということが何を意味しないか、ということから考えてみましょう。教育を受けたということは、免許や学位を集めるかたわら、現状に疑問を差し挟まないようにする姿勢を学ぶのではありません。また、個々人の偏見から抜け出さないようにする姿勢を学ぶのでもありません。私にとって、本当の教育とは、人を研鑽と自律の道(the path of evolution and empowerment)へと送り出すものです。私たちはたくさんの科目を勉強しますが、時が経つにつれて大体は忘れてしまいます。しかし学んだ後に残るもの、残るべきものが重要なのです。それは、今までの到達点から更に先へと進もうとする態度(the need to stretch the boundaries)、新しいことを試みながら勘所をきちんと押さえようとする態度(the need to try and find equilibrium)です。例えば、良くバランスの取れた人(a well-rounded personality)と聞けば、XやYやZの専門を学んだ人というのではなく、ある種の心構えと教養を持った人を思いうかべるでしょう。
最後に強調します。教育がなすべきことは、私たちが持っている学びへの情熱に火をつけることです。ええ、貧乏の重みで足がぐらついているときに、教育のような問題について考えるのは難しいです。貧困に立ち向かうのにお金が必要なのは言うまでもありません。ですがその上で、金銭的な支援は常に仕事(work)と結びついていなければなりません。そうでなかったら、それは自尊心をむしばみ、ひいては単に大勢の依存者を生みだすだけになってしまうことでしょう。ただし、お金と仕事を結びつけることが重要なのと同じように、教育で心を豊かにすることもまた必要なのです。ですから、教育は実際に私たちの能力を伸ばし、自律した社会を作り出すのです。それは、正しいことと間違っていることとを区別できる人と社会です。教育は、私たちが持っている想像力を刺激します。私の場合、教育は先へつながる機会への扉を開いてくれました。教育は搾取に対するセーフティ・ネットです。教育をうけた男/女は、より良い生活を送るため、より良い市民であろうと努めるために、学んだ成果を生かすことができるでしょう。見聞を広めた人は、広めたぶん難しい問題に取り組んでいくことでしょう。そして彼らは、子どもたちがより良い機会を得られるよう取り計らうことでしょう。そう、かつて私の曾祖母がそうしたように。
出典:インドの新聞『ザ・ヒンドゥー(The Hindu)』2009年3月9日付
http://www.thehindu.com/mp/2009/03/09/stories/2009030950160100.htm
述べられている時代も教育史的背景も調べられていないので、過去の教育事情を推し量る参考までに識字率のデータを挙げる。
それぞれの調査に制約や統計の取り方の特徴があるようであるが、ここでは全て無視して数字を並べる。その上、元データにも当たっていない孫引きである。詳しくは以下のurlから参照した表1の注記を見よ。一例を挙げれば、1981年に、調査対象者の年齢の下限が5歳以上から7歳以上へ変更されたとのことである。つまり、以下に挙げる識字率はどれも15歳以上の総成人人口に対する割合ではないことにも注意せよ。
赤井 ひさ子、「独立後インドの初等教育及び初等教員養成」、『東海大学福岡短期大学紀要』、9号、2007年、p. 3. によれば、識字率自体は、1951年は18%、1971年は34%、1991年は52%、2001年は65%と報告されている。女性の識字率はそれぞれ9%、22%、39%、57%で、男女間格差も大きい(小数点以下は四捨五入した)。
http://www.pub.ftokai-u.ac.jp/bulletin/2007/2007akai.pdf (pdf注意)
簡単に言えば、インド警察職は、インド行政職などと並ぶいわゆるエリート公務員である。
いつの話かわからないので、その背景も不詳であるが、おそらく以下のような近年の事情からおぼろげに想像されるようなものなのではないだろうかと推測する。
http://www.hinduonnet.com/fline/fl2324/stories/20061215002503300.htm
http://www.hinduonnet.com/fline/fl2519/stories/20080926251908700.htm
http://www.hinduonnet.com/fline/fl1908/19080210.htm