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はてなキーワード: 音楽院とは

2021-06-12

anond:20210612111704

自分想像もつかないような上流階級がある

金をかけまくってパリ音楽院に行っても8年で都落ち、金をかけまくってクロアチア地方音楽院無双したものヴィオティ国際の1次落ちっていうバカいるからたたかれるんだよ。

2021-05-04

anond:20200504195332

中学の時かなと思う。

日本音楽コンクール作曲部門投函する人に、大学院に在学中ですとか、シエナフランコドナトーニのマスタークラスにいますとか、パリ音楽院でジェラール・グリゼイについてますとか、そういうのを聞いたのが中学の時だよ。

小学校の時は、名前を聞いたが、何をするところなのかイメージできてないくらいかな。中学で間違いないと思う。


昔話で申し訳ないが、まだ大学院に行かないと何もわからないとか、そういうのは全くなかった。京大放任主義で「大学入学したら勝手あなたたちで勉強してください」時代で、早いやつは大学1年で将来の設計ができるのがいた。

1980年代常識だと、大学1-2年で没した数学者遺産はくみ取ってしまい、大学3-4年で存命の数学者アタック大学院1-2年で自分の同世代タイマン争いするってのが定番だったような気がするし、1950年代まれ教授もそうしているのが多い。

音楽も実は一緒で、大学1-2年で死んだ音楽家は全部覚えてしまい、大学3-4年で存命の作曲家を研究するのが定番だった。ちょうどメシアンケージ、アイネムやユンがなくなってしまい、そのあたりを大学2年までに知らないとダメで、大学3年以降は存命の作曲家、当時はラッヘンマン、ファーニホウ、ディトリッヒ、グロカール、シャッリーノ、サーリアホ、ディロンが攻略対象で、バーレットは日本人では誰も攻略できなかったんじゃないかな。


今日本人は退化してしまって、大学院の1年だとジェルヴァゾーニってとこらしい。こんなぼっちゃまおじょうちゃまレヴェルでは困るんだよねえ。大学院修士1年だと、クライドラーかステン=アナーセンでお願いしますよ。ほんとはサンダースかエカルまでやってほしいんだけど。ここら辺は博士の1年になってしまう。

2021-05-01

anond:20210430213459

格上とつるみつづけて22年、なんとか国際標準クラスになれました。

● 8歳で「ほら!このひとパリ音楽院ホープなんだよ!お前とは大違いだ!」←その後このホープフランスから帰国。どこがホープだ!

10歳で「フランス和声勉強は今からやるとちょうどいい!おまえは俺より1年くらい早い計算になる」←大学生用のテキスト小学生で読まされ、苦行の日々。

14歳オーボエパートに「多重音」としっかり記入。でも、ローリングトーンなのかどうか全くわかってない。ローリングトーンが欲しいのに。

● 15歳で「この棚に変な突っ込まれ方をされているオルガン楽譜はなんだろう」←クセナキスのグメーオールというオルガンソロの曲だった。すさまじいほどの筋悪の書式で二度と読みたくないと思った。

● 19歳で自分より10歳以上年上の人と一緒になってマスタークラス。もちろん同級生なんて誰もいない。

米国渡航すると、なんとまたもや格上の博士号持ちと対戦する羽目になる。敗戦。なんでこんなところに博士課程在籍者がいるんだ!

● なんのいやがらせなのか、イタリア作曲賞年齢制限を43歳にまで上げられた。格上ばっかり。出来レースかと疑ったが、何とかギリギリセーフ

おかし教育のおかげなのか、年下を好きになれない。

格上ばっかりって人生もつらいですよ。

2021-03-19

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その13

https://anond.hatelabo.jp/20210309154115

今でも東京に出ることが第一義で、地方田舎はあってもなくてもって価値観は根強い。

私は子供のころから「なんでこの人は、モスクワとかロンドンとかカリフォルニアとか、そういう話はしないのだろうか?」と疑問が絶えなかった。

後でわかったが、これは「お前ごときモスクワに行くわけがない」という侮りから来ていたのだ。


夏前だというのに埃っぽいあぜ道を歩きながら、びーぼーびーぼーと古いメカアクションオルガンの音が防音の行き届かない古い部屋から流れていた。

「あー、モスクワ音楽院の子供たちも、こんなにえっちらおっちらからはじめるのかー、私だけがこんなえっちらおっちらで苦しんでたわけじゃないんだー」

ところが変わると、フランツ・リストの「雪かき」が日本音大生の水準とまったく同レヴェルで流れてくる。

「あー、サンクトペテルブルク音楽院の子供たちも、こんなにえっちらおっちらからはじめるのかー、どこのせかいもかわんねーじゃねーか」

ところが変わると、メトロノームに30って書いてる経験のない学生さんがいる。この人はなんとスタンフォード院生さまだ。

「おい、いくらなんでも遅すぎやっ!変えるぞ!」「おかのした!」


世界のだれもがこの調子である

田舎から苦労してるわけじゃないんだな、と気が付いたのは大学卒業した後の話である

2021-02-15

逆のケースも報道してくれませんか?

https://www.asahi.com/articles/ASP2D3J6RP21UPQJ00L.html

逆のケースも報道してくれませんかね?国際数学オリンピック金メダルでも消えた数学者とか、パリ音楽院8年いたけど都落ちとか。

私が格差を感じたのは8歳でしたが、これが18歳だと堪えるでしょう。今は10年も幼稚になったということです。8歳で格差を感じて、それなりに努力し、大学大学卒業後も努力し、ちゃんCVを開示できるってひとは、かつての昭和生まれ日本人ならゼロではないと思われます。親が両方とも戦死したので大学夜間を余儀なくされた人も、大勢いらっしゃいます

子供のころからピアノ数学を並行して学べた小平邦彦氏のような人物を、正々堂々と「富裕層!」と批判できるのなら素晴らしい新聞社だと思われますが、そのような新聞社日本のどこにもありません。このあたりが日本ダメな点なんでしょう。

私見では、いかなる近代社会であろうが、階級年収にかかわらず、頭角を現わせるのは日本ではせいぜい13%です。本来国公立大学はこの13%を救う機能がありました。人間100いれば、87は階級年収関係なくただの一般人です。低学歴9割の町に住んだ人は騙されないんですよ。

2021-02-03

anond:20210203232523頭のいい人ってのは多くなりようがない。

頭のいい人ってのは6%くらいしかいないんだよね。

まだインターネットがなくて10コピーだった時、子供馬鹿が9割で、1割弱が大学進学の門をたたいた。

たたいただけで、大学落ちこぼれるのが4%くらいだったから、残りの6%は実に賢かったんだよ。

その6%には、堅実に踏み外さず、成功者名前も見かける。

しかし、残りの94%はなんなんだろう。

テレビ出演までしたのに、パリ音楽院まで行ったのに、なんの作曲タイトルも取れずに都落ちしてきたなんとかさん。(男性です)

国際数学オリンピック金メダルなのに、結局テニュアになれずやめてしまったなんとかさん。(女性です)

これが人生デフォルトなんだよ。

私はそういうデフォルトじゃなくてよかった。

2021-01-18

anond:20210118055314ついていけていないだけ

>>はてブには結構いるし口汚い差別発言をする人もいるし今のはてブ民度は低く、見るのはしんどい物がある。>>

これは10年以上前から変わってない。

今は実名文化SNSが隆盛を極めており、匿名文化固執するはてなユーザが古く、ついていけていないだけ。

どれだけ学歴が高くとも、「ついていけない」というのは常に横たわる問題である

昔のインターネットのほうがよかったというのも、「ついていけない」問題の一つである

東大出の「ついていけない」人たちと、東大出ではなくともせいぜい地方理学部卒の「ついていけてる」人たちと、どちらを世間はとるだろうか?

東大生でも、オリジナルカズオイシグロの「私を離さないで」を読まずに、パクリ約束のネヴァーランドを読むご時世である。こういう人は、あっという間に「ついていけなく」なるが、本人は反省できない。

このような「学歴バカ」の問題を、あまり世間は重視しない。

大学は出たが子供勉強の面倒を見ることができない「マイルドBラン」にそろそろ東大生や京大生が入ってくると聞く。(注意:まだ入ってません。今後6-7年後の話です。)

こういう「ついていけない」人ほど口が悪い。

意外なようだが「ついていける」かどうかと、学歴出身関係が全くない。

ジャン=クロード・エロワ作曲パリ音楽院の一等賞を取り損ねたが、今でも現役のプロフェッショナルである

エリンジー最初アイオワピアノ科卒の平凡な学生さんだった。

ディーター・ドレツェルだって最初のころは地方音楽院卒だったはずだ。

最初からスーパーエリートのまんまプロになっている人間のほうが少数派である

このように「学歴はいまいちだったが、その後流行の波に完全に乗り一世を風靡」した者に、日本人はあまり尊敬の念を感じないらしい。

2021-01-09

浦壁信二さんのアジタートって、実はこれミュゼットなんだよね。

小学校5年くらいから、私は目をつけられてしまったので、いろんな先生のレッスンを受けるといいよ、という特典のようなものが舞い込んだ。

しかし、過負荷であったことには変わりなく、その1年ほど前からストレスで吐いたこともあった。思い起こせば当たり前で、本屋図書館もない街に住む才能に目を付けたって、それが開花するという保証はなんもなく、なんせ家にLPレコードがそろっているということはない。散発的に入っている程度だ。

とにかく、経験が足りないので、もっと勉強しろと言われるだけの毎日

当時はCDメジャーではなく、もっぱらLPカセットテープで購入が勧められていた。

結局貸与だったか購入だったかうやむやになってしまったLPレコードの中に、浦壁信二さんのアジタートがあった。

この曲は今でもよく覚えている。パリ音楽院和声科にいくには、こうやって書くんですよと言わんばかりの曲だった。ホ調で進む導入部の4小節だけ今でも弾ける。

コンサートが84年なので、LPを受け取ったときには85年だったような気がする。初恋の人が現れたとき前後している。

和声法や対位法を駆使した流麗な書式で達成される音楽では最初から勝ち目がなかった。地方では女子のほうが毎日よく勉強してくる。これでは女子に負けるダメ男子になるのも当たり前である

しかし、良い点もあった。それは、なにもない町や村に住んでいても、LPパリ留学する連中の知能が測れるという点である。このメリットは大きかったように思う。

現在浦壁さんは日本帰国し、ピアノ演奏は頻繁に聞くものの、作曲活動ほとんど行っていないようである。元ダメ男子の私は入れ替わるように作曲家として海外に赴くのだから、世の中どうなるかわからない。

2017-08-31

日野皓正騒動を受けて映画セッション」について

著名なトランペット奏者である日野皓正氏が、演奏最中に共演していた中学生ビンタしたことが波紋を呼んでいる。

《完全版》世界トランペッター日野皓正中学生を「往復ビンタ

http://www.nicovideo.jp/watch/1504064045

ジャズトランペット奏者の日野皓正さんが往復ビンタ 中学生との演奏会で 世田谷区教委「行き過ぎた指導。だがイベントは続けたい」 殴打された生徒は…(1/3ページ) - 産経ニュー

http://www.sankei.com/affairs/news/170831/afr1708310010-n1.html

ジャズミュージシャンが教え子に体罰に近い暴力を振るったということで、

音大ジャズドラマーを志望する学生主人公にした映画セッション」を連想したという声も多い。

日野皓正 セッションに関するTwitterニュース



が、この「セッション」という映画を、

青年スパルタ教師のしごきによって疲弊していく様を描いたサイコスリラーだとか、

教師の手厳しい指導に食らいつき成長していくスポ根ドラマというふうに捉えている人が意外にも多い。

僕が思うにそれはこの映画評価して的を外したものではないかと思う。

セッション」という映画音楽に対して不遜な人間たちが共依存関係に陥っていく過程を描いた映画だ。

まず映画を通してみて主人公演奏技術が向上したという描写はない。

フレッチャーの下心ありげ言葉を除けば誰もその演奏を際立てて褒めるわけでもなく、

観客がわかるような明白な上達の描写もない。

それは至極当然で主人公が「いい演奏をしたい」と思っていないからだ。

上級クラスに入りたい。」「いい成績を収めたい。」「教授に可愛がられたい。」「ミュージシャンとして羨望を集めたい。」

主人公欲求はいつも自己顕示的なことばかりでその視線はいつも自分に向いている。

音楽の道を志す動機もどうも浮ついていて、インテリジェントエリートとして将来を期待される従兄弟を持つが故の劣等感によるところが本音だろう。

印象的なのがチャーリー・パーカーエピソードである

チャーリー・パーカーアドリブに熱を入れすぎてドラマーからシンバルを投げられたというエピソードが劇中の会話に登場するが、

主人公はそれを冷水を浴びせられた屈辱をバネに精進したと解釈するのだ。

本来ならば出鼻を挫かれたことで冷静に自分を見つめられるようになったという教訓を得るべき小話をナルシシズムによって曲解しているのである

自分対外的評価しか見えていないために独りよがり思考が歪んだ主人公家族にも恋人にも音楽院からも見放され最終的に孤立していく。

そしてそこに魔の手を差し伸べるのが悪名高いフレッチャーなのであった。

フレッチャー教授もまた音楽ことなどその実どうでもいいと思っている不遜者である

彼の指導支離滅裂学生を恐怖心で抑え込みコントロールする以外の効果はない。

彼もまた音楽家として、指導者として羨望を集めることしか眼中になく、自分が携わる音楽クオリティなど二の次なのである

映画終盤で主人公逆恨みしたフレッチャーは、実際とは異なる演目主人公に伝えて舞台上で彼の音楽生命を絶たせることを画策する。

いい演奏がしたいという気持ちが微塵でも存在するならドラマーを罠にはめて演奏会を混乱させる真似など出来るだろうか。

フレッチャーもまた自己中心的な振る舞いが祟り音楽院から追放されたわけだが、

フレッチャー孤立すればなお自分を崇拝する人間を渇望するわけである

フレッチャー主人公を罠にはめたのは恨みをぶつけるためでもあるだろうが、自分の手中に収められる無力な下僕を作り出すためもある。

何にせよなんの後ろ盾もない大学中退者で大ポカかました主人公に明るい未来は多分ないのだ。

から評価されず未来もない孤独青年からこそ、因縁があるフレッチャーなんぞにわらをも掴む思いですがって行った。

そして名誉を得ることにしか価値を置いていないからこそ、主人公フレッチャーという有名人と関わりを持つことに喜ぶのである

あの最後の笑みはい演奏ができたから笑っているのではない。

どう転んでも演目にない曲を演奏して暴走することは失態である。あれはフレッチャー自分を見捨てないであろうことに安堵しての笑いだ。

フレッチャーもまた青年がいいドラム披露たから笑みを浮かべたのではない。

彼が完璧に無力な存在に成り下がり自分支配下に置くことができるようになったことを喜んでいるだけだ。

話は日野氏の話題に戻るが、件の中学生もこの映画を見ておりスポ根ドラマだと誤解していたのかもしれない。

多分そうでなくて単にソロパート演奏中に気持ちが高まりすぎたという可能性が高いが、

何にせよあれは失敗というほかなく、演奏者として道徳として師である日野氏が叱責すべき行いだっただろう。

舞台上という表立った場所感情的な振る舞いをしてしまったことは非難されても致し方ないのかもしれない。

しかし氏の叱責そのもの否定するのは当該生徒含めイベントに参加していた生徒にもあまりよろしくないのではないかと思う。

当該生徒やイベント主催した世田谷区が氏に一定の理解を示しているのは幸いだ。

そして「セッション」という映画ジャズもとい音楽に狂酔する人々の話だと誤って紹介されることは、

子どもジャズをよく知らない人に悪影響だと思うので、なんだか見過ごすことはできないのである

2016-09-10

映画セッション感想承認欲求狂気

映画セッション』を観ました。

2014年映画で、一言でいえば音楽院ドラマーを目指す青年ニーマンとそこの鬼教師フレッチャーとのガチバトル?

愛読しているブログ考察記事があり心惹かれたので、さっそくレンタル

朴訥な青年が鬼教師傍若無人なふるまいを受ける中で狂気じみてくるのがたまらないですね。

血だらけで笑いながらドラム叩くシーンあるんですよ。おっかないけど、狂うほど突き詰める人間の姿そのものってもはや芸術的

個人的には、フェス舞台で恥をかかされたニーマンが、父親から抱擁の後、舞台に舞い戻ってフレッチャー舞台を乗っ取る展開が印象深いです。

ここ、ニーマン父親愛情に浸るより、フレッチャー自分ドラムを見せつけることを選択したシーンだと感じます

肉親の愛を振り切ってフレッチャー承認を求めるニーマン

彼はドラム評価しない父より、たとえ鬼でもドラマーとして自分を見るフレッチャー評価がほしかったのかもしれません。

ブログ考察記事ではニーマン承認欲求とその達成のための手段としての彼のドラムに触れていて、興味深く読ませていただきました。

最初、ニーマン普通ドラマーでした。しかし、フレッチャーとの関わりが進むにつれ、ドラムへのめりこんでいきます

ただ、ここでのドラムへの執着は、ドラムという音楽のものよりフレッチャー評価に向けられたものです。

この点に、彼にとってのドラム承認欲求を満たす手段であると表れているのかと。

ニーマンフレッチャーから承認を乞い続け、最終的にはブチ切れて憎悪が爆発する。そこまで至った彼の演奏が、フレッチャーを感服させるというね。

なんというか、愛憎劇ですね。

ニーマン狂気の源泉は、強烈な承認欲求なのでしょう。

それを集中して向けたフレッチャーの行いによって、さらにそれが育ち、ついに狂気へ変わる。

狂気に走ることで芸術が完成される図式は映画ブラック・スワン』と通じるものがあるように思います

承認欲求って一般的にめんどくさいもの扱いされますが、あそこまで昇華させると薬、というか劇薬ですね。

ニーマンドラマーとして天才だったかわかりませんが、それほどの承認欲求の種を持っていたこ自体天賦の才だったかもしれません。

とりあえず久々にジャズ聴きたくなってきたから、返却ついでにCD借りてこようかな。

2015-09-21

しがない私立音大出て風俗エステでためたお金音楽院留学した。

当時親しくなったお客様海外勉強したくてって言うと馬鹿にされた。絶対無理だねとか、そんな手段で稼がなきゃ行けないなら行くべきじゃないとか、それで何になるのとか。

援助を頼んだわけでもないのに、底辺底辺のままでいないで夢を語ったら否定された。

大学院生お客様に恋して、年末失恋してボロボロ増田に書いたときもさんざん揶揄された。結果から言うと、これをバネに歯を食いしばれたのでよかった。

いつかトラブって殺されるかもしれない、自分を助けられるのは自分しかいないと思いながら仕事していたので、腹のすわりは舞台度胸に繋がったしヨーロッパならではの理不尽にも動じることはなかった。感謝しているくらい。

違法じゃなければどんな手段使ったってやったもん勝ち。

日本から飛行機で13時間の国より、こっちのコンクール入賞してリサイタルデビューが決まった記念。

 
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