はてなキーワード: ポリコレとは
今こそ是々非々
ポリコレなんて言葉、1日中テレビばっかり見てる俺の母親は知らんかったし、
俺も、ここ(増田
マスコミも、国家権力というものを自由に批判できているが、「ポリコレ」にはそうではない。
国民にできることは唯一、「ポリコレ」に親和的な政権に対し、投票でNOを突きつけることなのだろう。
こないだの大統領選がそうであったように。
筆下ろししてあげよっか?
と持ちかけて
「おかしい あの年代でセックスに興味がないはずないんだけど」
と訝しむんですよね。
ディスコミュニケーションがテーマのひとつでもあるんでそういう展開になるんですが。
ただそういうところから考えると
性加害的な側面はあるという見方も
ただ言えるのは、昔の作品を
評価するというのは
今を評価するのと
同じ行為なんだと思うんですよね。
わかりやすくいうと
みたいな
種類としては同じだと言えます。
あと蛇足ですが文学作品とかで、現代では相応しくない語句が使われているが
原文のまま表記する
ということが慣用的に行われているのは
そういうことですよね。
なんでかっていったら
「今」
というのは常に変化するもので
荒らしかどうかは知らんが俺が反論したくなるような興味をそそられる内容だったから書きたくて書いたんだよ
それの何が悪いんだ
荒らしということならポリコレや男女論や弱者男性やら何やらとヘイト発言を毎日延々と繰り返してるやつらの方が公序良俗に反した荒らしなんじゃないか?
個人的にポリコレ的な作品はどんどん作ったほうがいいと思うけど、根本的に物語の役割を理解していない人が多いのが気になる。
物語っていうのは「こうあったらいいな」という世界を描くものなのよ。
努力する人が報われてほしい、マイノリティの人が幸せになってほしい、現実にある不正が正されてほしい。
物語は楽しいし素晴らしいが、それそのものが問題解決をしてくれるわけじゃない。
キャラクターが問題を解決したって現実の問題が解決するわけじゃないんだよな。
なのに「ポリコレ的な物語」を作ることをゴールとするのはどうなのかと思う。
物語が無力だとかそんな話をしたいわけじゃなくて、物語の役割を根本的にはき違えてるのよな
物語はつらい現実を生きる上で寄り添ってくれるだけで、何かを解決してくれるわけじゃない
こんなに「正しい」物語が好きなのにどうして自分はつらいの? っていうとまあそれはそうだよなとしか思わない。そういうものだから。
でも明日を生き延びるために物語は必要だよ。もしかしたら明日はいいことあるかもしんないからね。今日死なずに済むのはいいこと。
ポリティカル・コレクトネス、略称・ポリコレという単語がそれを強いる人間を非難する文脈でしか使われなくなったのと同様に、史実をうたってない作品にまで歴史考証を持ち出して作品を抹殺せんが勢いで批判する向きに対しては、ヒスコレという言葉を使って非難するべき
歴史考証そのものは非常に面白いんだが、こういう作品は無くなるべきだとか、こういう描写は消えるべきとか言いだしたら、それはもう史学版ポリコレだ
あと、SFに科学考証を持ち出して作品を物笑いの種にしてるくせに、その科学考証が間違っていたり、あまつさえ読者の関心を引こうと作品を物笑いの種にすることに拘泥するあまり科学考証がメチャクチャになる奴は、たとい科学の面白さを世に伝えるいう大義名分を立ててみせようとも、その作品の愛好家、そして全ての創作者にとって、まごうことなき敵である。サイコレという言葉も作りたいところだが、あれにサイエンスという言葉はあてたくないなあ・・・