2019-11-04

2019年渋谷ハロウィンを見た感想

報道や各種メディア個人が様々な媒体で伝えているこのイベントに対して、私個人のごく私的見解など、どうしようもない話の一部になるのだろうけれど、今年の事を書いてみる。

報道で取り上げられた事柄について

・期間中飲酒禁止条例効果

この条例報道以上に効果があったと実際に現地にいると感じる。しかしこの条例は単に仮装者が羽目を外しすぎないようにするという印象とは異なり、数年来発生していたある問題解決できたことが大きい。それは①酒の無許可販売②警備がなくなる深夜~早朝帯の乱痴気騒ぎ問題であった。

① 酒の無許可販売2016年から見られるようになる。2018年ハロウィン当日には20名ほどの人が、テキーラウオッカなどを販売していた。個人勝手販売する方が多いが、飲食店に雇われた売り子も、年齢など見境なく度数の高い酒を販売するのはよろしくなく、またルールなしの状況下では、酒の品質低下はもちろん、密造酒販売可能性も発生する恐れがあるので、2019年に歯止めがかかったのはとても良かったことだった。

しか2019年10月30日でも数名、31日当日では確認しただけで少なくとも5名が販売していた。仕入れビールサーバーを背負い、仮装で隠した売り子は、マスコミカメラの前で「規制事実は知らなかった」と笑顔でのたまうずぶとさで、このような場でどうしても鬻ぎたい山師企業は今後も出てくるだろう。

② 警備している警察官警備員人間なので、夕方から翌朝まで全力で雑踏警備を行うのは不可能である。大多数の方が帰宅した終電以降は警備人員もほぼ撤収するので、その時間帯に騒ぐ人々に酒を与えないという目的があった。2018年軽トラックを横転させる事件は、深夜2時~3時に発生し、動画をよくよく見ると、トラックの周りで騒いでいる人は、誰も仮装をしていないという事が確認できる。毎年ネット上に上がる喧嘩動画もそうだが、現地に行ったことのある人は「その喧嘩が起きている場所は、ハロウィンが発生している時間帯は人がすし詰めで、殴り合うだけのスペースはなく、これは人が少ない深夜に発生している」と直感として把握できるのだが、ネット報道だけで情報を得て想像を膨らませている人々にとっては、四六時中喧嘩と乱痴気騒ぎが起きていると解釈になっている。

報道されない、雑踏における「将棋倒し」への対策

警察は「将棋倒し」への対策に苦心している。過去何人の人が圧死しているこの現象は、起伏が少ない渋谷の底である田川の上に集まった人々にも起こることで、仮に発生した場合は目も当てられない大惨事になる。2016年ホコ天を設置したのも、これが理由である。今年の警備は警察官警備員が協力して、センター街に集まった人が撮影雑談で滞留しないように、しつこく動くように声をかけ続けたことが大きな変化であった。結果は当日の19時までの人手であればこの方法有効機能していた(対応する人員疲労は目に見えて明らかだったが)。当日に渋谷に集まる人々はすさまじく、19時には路上収容人員パンクしてしまい、そこから全てのホコ天が開く21時までは非常に苦痛な状況であった。

実は渋谷区としては、昨年の騒ぎがなければホコ天の先や、別にサテライト会場を用意し、混雑の分散や、「共感」という目的のために来た人々の一部マインドを消費に回すことを少しながらも実行に移せていた状況であったが、上記3点の安全のためと、マスコミネガティブ方向への報道癖がついている状況下で、前進する対応が取れなかったのは彼らにとっても残念なことであっただろう。

受益者負担を守らない一部店舗

ゴミ問題について毎年思うことを今回書こうと思う。今回はコンビニと名指しするが、自動販売機を除き、他にめぼしい外に持ち出せる飲料食事販売する店舗が見当たらないのにも関わらず、自店舗で出したゴミを回収させる為のゴミ箱を設置しない上に、

店舗の目の前で飲食した客が路上に落としたゴミを、「街が汚れたのはマナーのせい」で、

後始末を行政ボランティアに全て丸投げする納得できない状況が毎年続いている。

明け方でなく、ハロウィンコアタイムセンター街コンビニの前で、コンビニから出たゴミを拾う警備員と、それを眺めるコンビニ従業員の様子をネットに上げてもいいぐらいである。普段から責任を全て若者行政のせいにしている姿勢の店が一定数あるからの行動なのだろう。新しく出店しているケバブ屋やタピオカ屋にはあり、関係ないのにわざわざゴミ箱を出す店もあるので、そういう店の姿勢に客も合わせてやっているんだなと感じる。

2019年ハロウィンの実情

今年の特徴は「ダイバーシティである。昨年は日本のあらゆる立場の人々が集まるヤミ鍋状態表現したが、今年はその鍋にラグビーW杯の観戦に来た欧米観光客が大量に押し寄せた、日本文化リスペクトしてわざわざ来日したわけでない欧米文化圏の人、更に増え続けるアジア系技能実習生と、中国大型連休が重なり、当日でも3割~4割は外国人様相で、欧米文化における「ハロウィン」なる文化日本の「はろうぃん」、アジア圏の方々が更に解釈した「ハロウィンのようなもの」の3つ巴の衝突が起きた。記号に頼らない私の考えるハロウィン仮装だらけである

ギャラリーも酒が入っていないので、それでも人が多いが、仮装した人同士で盛り上がる場に割り込んで、観光欲を満たす行為は多少減ったように見られる。

コスプレは、衣装メイクを作りこみ、撮影による仕上げにより、世界観を作り上げる一連の行為とした場合仮装世俗における一瞬のなりきり、又は社会風刺していく行為で、その出自がかなり違う点を理解したい。

参加した人々を傍観する人々

カラーギャング時代から街の浄化作戦を街頭で行ってきた商店街からすれば、深夜に“ボボボ”とやってくるヤンキーは「またかよ」という気持ちだろうし、当時精力的に活動していた方々の年齢問題もあるだろうからマスコミに叫ぶ気持ちはわかる。ヤンキーも、地域社会に受け入れられず、持っている力と金を余らせている上に、承認欲求人一倍強いので、入り込める余地があれば求められなくてもやってくる。しかヤンキー同士のコミュニティが強固な為、仲間を差し置いて仮装している集団に入れないし、クラブに行って踊ることもできないジレンマがある。さっさとコミュニティ変えろとしか言えない。パンチラスポットパンチラを見ているような、下半身欲求で来ている輩と存在感がどっこいなのに気づいていない。

ネット報道で分かったフリをしている人々も厄介である2018年渋谷区へ来た抗議数百件の内、ほとんどが区民でない人の抗議であったという報道が示すように、自分の知らないところで楽しそうにやっている人を嫉妬する傍観者も多くいる、ニューヨークロンドンと同列にして問題を語っているような国際的な街と、あなたが住んでいる町が同じでないのは当たり前で、そこで起きているイレギュラー問題必死解決している人と、その大小様々な果実を受け取っている人をあざ笑っても、仕方がない。芸能界恋愛事情一喜一憂するぐらい不毛事柄である

ダイバーシティ渋谷

現地にいると、さも当然のように、さまざまな人種民族が、さまざまな年齢・性別が、

さまざまな社会的背景を持つ人が、それぞれの文化背景を元に、又はそれらから開放されるための仮装をしている。

資本主義が求めるダイバーシティである、(金をより稼ぐために)優秀な様々な立場の人が活躍生産)できる都市ではないかもしれないが、実はその概念が最も実現できている環境がいまの渋谷ハロウィンにあるのは非常に面白いことである都市は、生き物のように変化していき、日本首都である東京でさえ、不意に訪れた雑踏の流れ、物事の速さに追いつけず、傍観者を大量に生み出しているのはとても味わい深い。

来年また見る機会があれば、渋谷に訪れた人の背景にフォーカスして書きたい。

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