はてなキーワード: ホルマリンとは
石器を利用して作成
紐を利用した道具で作成
紐を利用した罠で捕まえた鹿の皮で作成
木で作成
炎(煙)で作成
硫黄(箱根産)と硝酸カリ(元コウモリの排泄物)と木炭から作成
滑車を流用して作成
皮で風船状の送風機を作成
猫じゃらしで作成
送風機を使って炉で作成
銅を炉で溶かして作成
珪砂で作成
ヤギの腸で作成
ヤギの腸で作成(チューニングは千空の知識を元に計算して実施)
槍を銀メッキして作成
石炭の燃えカスのコールタールを塩酸で洗ってから酢酸エチル(酒+酢)をかけて作成
パラアセトアミドベンゼンスルホン酸を塩酸で煮て重曹で洗って作成
鉄で作成
動作をギアで均一化した改良版わたあめ機を利用して金の繊維を作成
繊維をこより導線作成
鉄を使ってカセキが作成
水車で作成
木+銅で作成
銅板で作成
水車で作成
竹を編んで作成
皮で作成
血+鉄
シアノ酢酸+酒
麻で作成
布で作成
鏡+塩水
廃液と砂利で作成
はてぶの
官報が大量の胎児を「行旅死亡人」として公告→発見されたストリートビューの産婦人科が明らかにヤバい - Togetter
https://togetter.com/li/1195998
読んで思い出したけど、某都内の医大の標本室がマジでやばい。もう20年も前だけど、通ってた大学の教授のツテで見せてもらった。
奇形の嬰児のホルマリン漬けが唸る程溢れかえってる。なんでも当時でも何十年も前からある年代物(変な表現だから)だそう。
頭二つあったり、手が三本、目が一つとか。当時ウブな学生だった僕は、これら標本を保管してることを隠しもせず他の大学の学生に自慢するなんて、倫理観に欠けるし、標本の子やご家族可哀想で尊厳踏みにじってるなぁと憤りを覚えました。
ちなみにそう言った酷い奇形のお子さんの場合、お母さんには「死産です」とだけ伝えて決して見せないそう。よくてトラウマ、最悪気がふれちゃうそうで。
夏も近づく八十八夜!
ヘイヘイヘイ!
ところで、
半夏生って知ってた?
はんげしょう、って読むんだって。
この日は1月1日から12月31日までの間のちょうど真ん中の日なんだって、
まぁそれはいいとして
なんでも蛸を食べましょうって
またあの、
私もついつい蛸の磯揚げ買っちゃったわ。
おいしかった。
美味しいミズダコのお刺身もあったけど、
うーん、お刺身引くの面倒くさかったので
でもさ、
昨年はなかったもん。
たぶん。
一切見掛けなかったわよ。
何が何でもタコ売ってやろう!っていう商魂たくましいわね!
何かと言って
みんなよく考えるわね。
私もみな笑わなくっちゃ!
うふふ。
でも、売ってるお店決まってるんだなぁ。
私の行くいつものお店と違うの。
そう思いを馳せ参じながら、
ミズダコの足ウォーラーにしようかしらと思ったけど、
流石になんかその絵図らじゃ
ビジュアル的にはアウトね。
味は良いかもしれないけど。
と言うわけでタコじゃなく
冷やして飲むと美味しいわよ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
クロロホルム自体は実際には多少吸引しても気を失うことはなく、
クロロホルムには麻酔性があることは事実であるが、これを発現させるためには相当量を吸引させなければならない。
他方、過度の吸引は腎不全を引き起こし、死に至らしめる可能性が高く、
麻酔として用いるためには吸引量と全身状態を管理された状態に置かねばならない。
すなわち麻酔としてクロロホルムを用いるためには、かけられる側にも「麻酔される意志」が必要であるということである。
2013年10月8日放映の『有吉弘行のダレトク!?』(フジテレビ)では、
慈恵医大の麻酔科の准教授が「クロロホルムを嗅いで一瞬で気絶することは絶対にない。
大量に染み込ませたハンカチなどを口に当ててゆっくり大きく何度も深呼吸をして
5分間くらい続けないと通常は気絶しない」と解説をもとに、
また、クロロホルムが肌に触れると、状況によっては爛れを発生させ、一生消えることのないキズをおわせることにもなりうる。
ホルマリン=ホルムアルデヒド(化学式:CH2O)の水溶液のこと。
人体へは、濃度によって粘膜への刺激性を中心とした急性毒性があり、
蒸気は呼吸器系、目、のどなどの炎症を引き起こす。
http://moro-oka.hatenablog.com/entry/2016/12/12/055556
>当然だが作品をつくる作家だけがいてもアートは成り立たない。
>それを見る人、理解する人、評価する人、批判する人、そういったそれぞれの「反応」があって初めて作品はアートとして成り立つ。
>作家がどれだけ頑張って素晴らしい作品を作っても、それを真摯に見てくれる人がいなければ、何の意味もない、
>李禹煥の石はただの石になり、Chim↑Pomのビルバーガーはただの廃墟になり、ダミアン・ハーストのサメはただのホルマリン漬けのサメとなり、
ごもっともだったりそこはどうかしらだったり思うところが色々ある記事なんだけど、
一番気になったのはこのセンテンスについてで、趣旨からは外れた些細な部分かもしれないが
真っ先に「デュシャンは頑張って便器作ったわけじゃねーだろ」とつっこんでしまったのだった。
作家と作品と場所だけで、アートは成り立たないんだろうか。本当に?真摯に見てくれる人の目が絶対に必要?本当に?
他者の目がなくても、まずは場所とモノの二者関係で成り立ったのがデュシャンの作品だったり、ダミアン・ハーストだったりなんじゃないのか?
芸術を志す(した)人が『僕らは芸大に通ってるだけの普通の隣人ですレッテル貼らないで』って言い立てながらその口で
芸術には未だに『真摯に見てくれる人』の目が必要なのかと思うと、おそろしくがっかりする。
結局それは他者の奇異の目はいらないと言いながら、真摯な目は必要とするという、非常にご都合の良い宣言にほかならないのだから。
アートとして成り立つ作品の前段階には、多分、アーティスト自身と作品との戦いがある。
アーティストがアートという謎と真摯に向き合った結果がデュシャンの『泉(便器)』で、李禹煥の『もの(岩)』で、
ダミアン・ハーストの『ナチュラル・ヒストリー(ホルマリン漬けサメ)』なら、
それを初っ端から"理解する人、評価する人、批判する人"などと真摯な目を期待しなければ成り立たないほどに
そのアートは軟弱ではないはずだし、それを見た人の好奇の目すら飲み込んで人々を頭の中を???でいっぱいにするからこそ、
>しかし、こうした注目は、危険ではありますが、あるいは悪いことではないのかもしれません。
>その注目を、もっと深いところまでわたしたちが持っていくことができれば、わたしたちのやっていることを理解してもらえるチャンスになるかもしれません。
>芸術というものの重要性に気づいてもらえるかもしれません。そうした期待を込めて、書きました。
結局彼女の書きたいことは、「芸術家という人の“こと”」であって「芸術」そのものについてではないし、
それならば彼女が就活してるだの、近況で夢を背負わされて辛いだの自分自身の出来事の記述に終始してることに納得できる。
でも、それは彼女の作った芸術作品でもアートでも何でもないし、私は「芸大生とはなんぞや」という議論と
「芸術というものの重要性」の議論は全くの別物で、前者を特に議論しようとは思いもしない。
今日本では大抵の人が朝9時には職場にいることになってる訳だ。
すると朝8時には電車や車に乗る必要があってその為には7時半には起きないと駄目な訳だ。
その状態で睡眠時間を8時間確保しようとしたら夜中の11時半には寝てないとおかしいって事になる。
それどころか3時ぐらいになってようやく砂嵐になる。
人によっては朝6時半とかに起きないといけないのに見たい番組が10時から始まったりする。
こんなんじゃ睡眠時間を安定して8時間なんて取れないじゃないか。
人間は睡眠時間を8時間取らないと少しずつおかしくなるように出来ている。
そりゃ狙ってそういう設計をされた訳じゃなくてそうしないと壊れる程度の強度にしか作れなかっただけの事だけどそういう風に出来ちゃってる。
それは現代人が忙しいとか言った所でどうしようもない。
どうにかしたかったら少し寝ただけで疲れが取れるホルマリンタンクなり遺伝子改造なりしちゃうしかない。
でもそんなの今の科学力じゃ無理。
というわけで現代人は忙しいけどちゃんと寝ないと駄目なわけ。
だけど現代社会はそんなの知ったこっちゃないと言わんばかりの作りをしている。
ちゃんと寝る必要なんてないんだどうにかなるんだからと言わんばかりだ。
しかし実際はどこもかしこも能率の落ちてる奴やヒステリー起こしてる奴が少なからずいやがる。
何を考えているんだそいつらをさっさと寝かせろその方が絶対世の中が上手く回るぞ。
それなのにどうしたことかこの社会は夜中の10時に家に帰る人に配慮して10時から面白い番組やるよとか抜かしやがる。
馬鹿だろ。
受験生にすら5時間も寝てるんじゃないとか言うらしいじゃないか。
本当に何を考えているんだこの国は根性論で睡眠時間が減らせるわけがないだろ。
何だ根性を出せば精神と時の部屋が作れるのか作れるなら今すぐ作ってもらおうじゃないか。
人間は寝ないと脳が壊れるように出来ている。
はじめての解剖実習。
白い半透明なビニールにつつまれて、遺体が各テーブルの上に置かれている。
あー、これが…と、そのときはまだ平気だった。
うっ、と気分が悪くなった。
ビニールの覆いのチャックはあけられないな・・・と思った。
みんなが席について、教授が軽く説明をした。
うちの大学ではC大とは違いセレモニーなどはなくいきなり始めるらしい。
今日がオリエンテーションだけだと思っていた私にとって、二重の驚きだった。
初めの数秒は無心で黙祷していたのだが、考え始めてしまうとお願いしますだとか、ありがとうございますだとか、すみませんだとか、さまざまな感情が渦巻いてくる。
結局は大切に勉強させていただきますと「彼」に誓い、それから再び無心になろうと努力した。
さて、解剖がはじまる。
Aがあっさりとチャックをあけてしまい、中の布をめくる。
人の皮膚がみえる。白い。
手が出せなかった。
体表観察。
うわーと思いながらも、ほかの人がおそるおそる手を触れ出すのをみながら、そろそろと手をのばす。
あっ、というかんじで鎖骨にふれた。
冷たい。でもたしかに、人肌ではある。
一度触れてしまうと、すこし抵抗が和らぐ。
実習の手引きを参照する必要がある。
俺まだこっちの手はきれいだからなんていいながら、Bが手引きを広げた。
1か所ずつ触れながらすすめていくと、少しずつ抵抗が和らいでくる。
きれいな皮膚に傷をつけるっていうのは、やっぱり私には無理だった。
それに続いてDも鎖骨のあたりに横に割をいれる。
うわぁ・・・と思っていたが、おそるおそる私も鎖骨に沿って割をいれた。
メスは思った以上に鋭く、スーっと吸い込むように切れた。
皮剥ぎ。表皮と真皮を剥ぐ。
処理が施されているからか、皮膚が予想以上になめし革のようになっていて驚いた。
これが脂肪かと思いつつ、一瞬吐きそうになる。
甘いような、甘くないような。
時々ふと気持ちがわるくなり、しゃがんで手を休めた。
皮剥ぎがすすみ、腋あたりまですすむ。
Aのメスは先輩からのもので切れ味が悪く、脂肪組織がこわれて脂が液体となってたまる。
それをみて再び気分がわるくなった。
首を剥いで広頸筋をみる。また胸部にて皮静脈などをみる。
神経は結合組織と見分けにくいが、あらゆるところに走っていた。
ちょっとした手術で神経を切断してしまい麻痺がおこるというのも頷ける。
他に脊髄神経前皮枝や腋窩リンパ節などをさがしつつ、その日の実習は終えた。
観音開きにした皮膚をもどし、再び布をかけた上で保湿液を上からかけ、ビニールのチャックをしめた。
はじめるまでは解剖実習なんて絶対無理だなんて思っていたが、やってみると案外できてしまうものだった。
体が疲れたというよりも、そうでないどこかがはげしく疲労しているような感じだった。
※この内容が実際の解剖体験に基づいたものであっても死体保存法に反しているとは思いませんが、礼節を欠くなどと思われるかたがいらっしゃることを想定し、あらかじめ『解剖実習の手引き』に基づいた創作であることをここに宣言しておきます。
アカデミー外国映画賞を受賞したおくりびと、映画内で登場する職業が納棺師であります。簡単に仕事内容を説明すると、遺体をきれいにして棺に収納し清める仕事。俗にいう「遺体に触れるサービス」ですね。この納棺師という仕事、実は葬儀屋の下請けで嫌な仕事をアウトソースされているにすぎないのです。
で、問題はこの葬儀屋、利益率は5割ともいわれ、ぼろ儲けの商売だそうだ。(今はだいぶ緩和されているが) 主な葬儀ビジネスの裏側といえば固定客の獲得。人が死ぬ場所は基本的には病院で、事故をすれば警察、その処理を葬儀屋がキックバックを払い固定客を獲得しているのです。
それから、葬儀ビジネスで欠かせないのは坊主の存在、今では仕事も減り、御布施の金額も減少しているという貧乏坊主。私の葬式のときにも顕著に営業トークしていて若干ひいた記憶があります。昨今では、そんな貧困坊主は葬儀社にキックバックを支払い仕事をもらってるという。
一般の人にはまだまだブラックボックスの多い葬儀ビジネスの世界だが、一番驚いたのがエンバーミングという遺体保存方法だ。遺体というのは、死んでから 2,3日で腐敗が始まり肌も土色になり無様な状態になります。それを遅らせる既存のやり方は、顔や体にドライアイスを横に置きクーラーのきいた部屋で腐敗を遅らしている。そして、死化粧で塗りたくる。これがメジャーな方法なのですが、エンバーミングとは、遺体の血液を抜き取り、その代わりにホルマリンを多く含む固体液を入れ保存する方法だ。
エンバーミングをすることで、何週間も生前の状態に保たれ感染症の予防にもなる。海外ではメジャーなやり方で、他国で戦死したときなど一般に使用され、綺麗に保蔵された状態で帰国させ遺族に渡す。エンバーミングをしないと腐敗した遺体を渡すことになるので、遺族の溜飲を下げる役割も果たしているのだろう。
では、なぜこんな良い方法が日本ではあまり聞かないのだろうか。それはというと、エンバーミングをするには、機械の初期費用と、エンバーマーという技術者の費用が高額になるがゆえに、日本ではまだまだ広まっていないのが現状だろう。遺族側も料金が高くなるので微妙かもしれない。しかも、葬儀側からすれば、ドライアイスというぼろ儲けアイテムが失われるので、それが嫌で導入していないとも言われている。ドライアイスのからくりや、葬儀屋の儲けどころなどは