はてなキーワード: クーラーとは
障碍者に敬意を持つ必要なんてないよ。
単に「人として」敬意を払えるかどうかであって、職業とか障碍とか関係ない。
ちなみに、「おっさんが餓死した事件」は生活保護制度の問題で、こちらも障碍者とか関係ないけどな。
「車が必要な地方で、車を所有しているから保護を受けられない」とか、「真夏日にクーラーを所持できず熱射病で死んでしまう」とか、保護規定と運用の問題。
オレなんてクーラー入れてちょっと短文書くだけw
違う。不摂生でもしないかぎり病気や怪我は不慮の事態(だから、男女問わずここは有給とは別に休暇を出してやるべき)
しかし「あー俺昨日二時間しか寝てないっすわー」とか「昨日クーラーつけたまんま腹出して寝ちゃってさー」とか言うような奴が病気になったり不注意で事故を起こしてもそれは自己責任。で、こういうアホが多いから健康に意識して病気になったりする人まで巻き添えを食らうわけだ。
これと妊娠は話が違う。無計画にパコパコこどもを産むような奴に職場にいられても迷惑だし、「妊娠すると思わなかった」なんてのは言い訳にしかならない。何やってるか見えないんだから。
だから、本来ならば女性は仕事に出ず、大学までにいい男捕まえて卒業と同時に結婚して専業主婦になるのがベストなの。どんな理由だろうがクライアントに迷惑をかけたことに変わりはないし、最悪穴が開いたままなら、それ履歴書の空白と同じだからな。
出産後は夫の方が育児負担するという選択だってできるはずなのに、企業側が、勝手に妻が一方的負担する前提でシステム構築して個人の選択肢を奪ってる状態
ありえない。男性が育児負担するのは好きにすればいいが、それを育休取得だとか何だとか言って穴開けるのは迷惑。
だいたい企業側が妻に~なんて意味不明。君って転勤しないんだ?家持ってから遠くに飛ばすなんてザラだけど。で、それが出世コースだったりするんだよね(NHKとか)
個人の選択肢とかサラリーマン風情が言うよね~。個人が自由を行使する、それ自体が企業にとって本質的な迷惑だって自覚あるの?
私は不動産会社にクレームを入れるべきではなかったのだろうか。私が窓を閉め耳栓をすれば万事丸く収まったのだろうか。もしかしたら、階上の子どもは情緒や発育に何かしらの障害があるのかもしれない。母親はギリギリのところで子育てに奮闘しているのかもしれない。しかし、その母親に「目が覚めるほどの騒音を立てないこと」を期待するのは間違っているのだろうか。
間違ってない。自分にはどうしようもないことで自分を責めるな。その子のお母さんがもし追い詰められているのなら、その家族が相談先と解決法を見つけてくれることを祈ろう。あまり心配なら、「虐待が心配です」と不動産屋に相談するといいと思う。
私も以前、隣のマンションで発達障害の子が金切り声を上げてて、参ったことがある。それでも45分も続いたことはなかったが。そして、隣のマンションだから相談する不動産屋もなかったのだが、町内会の人が話をつけてくれ、その家の人が窓を閉めておいてくれるようになった。その後、私が引っ越したのでどうなったのかはわからない。
ところでブクマ見たら「クーラーつければ」的なこと言ってる人がいるが、エアコンなしで窓開けて過ごす季節のない場所に住んでるのかな、その人は。
東日本大震災で福島第一原発が大変なことになったので、「原発は危険なものだ」という印象を持った人が多いことは理解できる。
しかし、あの地震はあくまでも想定外だったということに留意しなければならない。
想定の範囲内の地震だったなら、決して原発から放射能が漏れることはなかったはずだ。
もちろん、福島第一原発以外も同じことだ。
いかなる大地震や大津波が襲来しようとも、それらが想定の範囲内である限り、原発が爆発したり、暴走したり、お漏らしをしたりすることはないのだから、安心していいのだ。
問題は想定外の震災だが、これはもう想定外なのだから想定しようがない。想定しようがないことについて考えるというのは、語り得ない事柄について語ろうとするのと同じことで、全く無意味といえるだろう。
従って、意味のある議論をしようとするならば、我々は原発は絶対安全だという前提に立たねばならないのである。
そうすると、今すぐ日本中の原発を停止せよ、などという意見が暴論であることは明らかだろう。
絶対に安全な原発をわざわざ停止して、何が得られるというのか。
太陽光だの風力だのは全くあてにならない。
それらは原子力発電の穴を埋めるだけの電力を安定的に供給することはできないのだ。
そうすると、どうなるか。
夏場に停電が生じる。
えっ、なんだって?
暑さは単に不快感のもとであるばかりではない、体の弱い人にとっては生命の危機をもたらす危険があるのだ。
原発を止めてしまったがために熱中症になり、重篤な障碍を惹き起こしたり、そのまま死に至ったりする人が続出する事態をどう考えるのか?
弱者の命などどうでもいい、とでも言うのか。
私は怒りに震える。
原発憎し、の一念で人の命を危険に晒す輩の言うことに耳を傾けてはならない。
繰り返すが、原発は安全だ。
そうすると電力が不足することになるが仕方がない。
夏の暑さくらい我慢しなさい。
私は制度で助けてやればみんな自発的にブレーカー節電する方向へ行ってくれないかな、と書いたわけだけど。
交換運動でもして東電を動かしてはどうか、と書けば良かったのかな。
努力による節電って、「要らない部分は消す」けど、「要る部分はつける」のですよね。
40℃の酷暑がきて、熱中症になるからクーラーをつける、というのはしかたのないことです。
でも、それで日常生活を同じように送ったら、クーラー分だけ電力消費は増えるということになる。
もし本気で節電の効果を出したければ、こういうやり方では追いつかない規模だと思うのです。
クーラーが必要なときはパソコンを諦めなければいけない、というあたりがちょうど良いんじゃないかなー、と考えた次第です。
http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/heatstroke/pdf/2200727_sokuhouti.pdf
このグラフなかなか興味深い。
最初の棒グラフで東京が多いのは、人の絶対数が多いから当然としても、一番したの棒グラフ。
都道府県別人口10万人当たりの熱中症傷病者搬送人員ってやつな。
北海道クーラーないくせに低いのはさすがに涼しいんだなってのは当然として
東京はあついあついと言ってる割には人口あたりだと低いんだな。冷房の普及や労働環境の差?
http://tenki.wet.co.jp/data/max_temp.html
原発廃止派に、原発を全部いきなり止めてそれで必要だった電力はどうするの?と聞いても、「再生可能エネルギーがー」といった具合に、"新エネルギーがいきなり原子力を置き換える"と思ってる人がいます。
新エネルギーを役立てるには必要な前提がいくつかあります。なぜ必要なのかを理解するためには、知らなければいけないことがいくつかあるので、それをまとめてみました。
曖昧な表現や間違っている部分がある可能性や、将来の展開について個人的な想像が含まれていることをお断りしておきます。
(それは違うだろ、という点があればトラックバックで補足してもらえればと思います)
水力は電気が余って捨てられている夜間に水をくみ上げて位置エネルギーに変換し、昼間のピークに放出している。水力が他の発電と比べて優れているのがこの"位置エネルギーに変換し、必要な時に即座に生産できる"ところ。
しかし、水力発電に伴うダムの建設には環境破壊など大きな問題がある。貯められる電力という水力と同じポジションを担う発電、送電、蓄電技術が今後重要になる。これについては後述する。
原子力発電は大きな発電力があるが、ほとんど調整がきかない。火力発電は原子力発電に比べればずっと調整がきくが、それでも出力を変化させるとロスが大きくなる。これら二つは、変化が少ないかわりに大きく安定したベース電力を得られる発電方法といえる。
逆に水力発電は、さほど大きな発電量は見込めないが、位置エネルギーに電力を変換し必要な時に放出するピーク電力対策に優れた発電方法といえる。
現代の発電は、このベース電力とピーク電力対策を組み合わせて需要に対応している。
夜間は電力が捨てられて、昼間は電力が足りない。
電力の需要量は、時間に応じて夜間は低く昼間は高くやまなりの曲線を描いている。仮にベース電力だけで全てを供給すると、ベース電力の必要量は需要のピークに合わせなければならない。需要の谷にあるときには、必要量を発電量が上回った分がそのまま無駄になることになる。
そこで、水力発電のような"夜間のあまった電力を一度保存し、ピークのタイミングで生産できる"補助があれば、ベース発電の出力をピークにあわせる必要がなくなる。結果的に無駄にする電力が減り、必要な総発電量も減る。水力発電は少ない発電量しかないが、その特性上見かけよりも必要総発電量の削減に役立っている。
先にも言った通り、ダムを作る事は大きな環境破壊を伴う。いくら水力の貯めができる点や追従性が優れていても、ほいほい増設できるものではない。しかも、火力発電を(ロスを出しながら)調整し、水力発電がフルで頑張っても、夜間と昼間の必要電力のギャップには追いつけない。夜間に大量の電力が捨てられているわけだ。
冬と夏の電力需要にも同じ問題がある。発電所の新設は夏の電力需要のピークを見越して行われる。電力会社が「電力が足りない!新設しなければ!」と言う時、それは「夏の昼間のピークに足りない」ことを示している。
水力発電の担っている仕事を、企業や個人レベルで行っていく必要がある。しかし、水力なんて大規模なものは普通できない。別の蓄エネルギー方法が必要になる。
現実的なものには氷蓄熱があるだろう。エコアイスと言えば聞いた事があるのではないだろうか。電力会社は数年も前からこの氷蓄熱を普及させるために夜間の蓄熱用の電力を非常に安くしている。
冬と夏の時間スケールでなら、冬の間にためた除雪の山をそのまま夏まで持ち込んで冷房に利用するという手段が北海道では実用化されている。
海外では巨大な電池を設置する例も出てきている。
EUでは時差のある国家間で電力の融通が行われている。そのため、夜間に捨てられる電力は日本に比べて少ない。また、工場の廃熱等で発電する熱→電気の再利用が進んでいる。
日本は東西ではなく南北に長いのでEU間のような時差もピークの差もない。しかも島国なので送電技術が進歩しないかぎり隣国と電力を融通しあう事はできない。北海道の電力は余っているが十分に生かされていない。同じく西日本からの変電の問題もある。これらの改善には膨大な金が必要だそうだ。
(送電技術が進歩しまくった未来には、電力輸出国がありうるかもしれない。)
個人規模では電気自動車があげられる。夜間のうちに充電できるからだ。ただ電気自動車は高価で、走行条件によっては航続距離が非常に少なくなるなどまだまだ普及するものには思えない。古いクーラーを省エネのものに変えていくのは効果があるらしい。
その通り。しかし、新エネルギーで原発を無くそうといっている人は本気でいきなり代替になると思っているのだろうか?新エネルギーや風力や太陽光などの再生可能エネルギーはすぐにはベース電力の代替にはならない。今の技術では、設置コストや生産にかかるコストはもとより、発電量でもベース電力を担うものにはならない。
だけども、新エネルギーが全くの無駄なのではない。新エネルギーは火力や原子力が担うベース電力をいきなり代替するようなものではないが、今の水力が担っているピーク電力を強化することで、結果的にベース電力の必要量を下げ、火力発電所や原子力発電所の新設を少なくする可能性がある。
新エネルギーが実用化されるとしたら、まずはベース電力の代替ではなくピーク電力の補助ではないだろうか。今後のプロセスは次のようになるのが理想的だと僕は考える。
今更ですがタイトルはちょっと良くなかった。原発廃止派が余計でした。漠然と訴えてる人は廃止派に多いという偏見が確かに僕にあった。ご指摘の通り、極端な推進派廃止派は声が大きいだけで、数で言えば「原発いきなり全部は止められないから現実的に頑張ろう派」「しょうがないと思ってるけど原発はこれ以上増やさない派」「東電や政府の問題は追及するけど今安全な原発の運用は認める派」のような人達がサイレントマジョリティな可能性はあります。原発の話題をする時にまず「推進派なのか廃止派なのか」を前提にする今の空気自体が議論を横道に逸れさせるめんどくせー状況を生み出してるともいえそうです。今回タイトルで自分がそれを僅かでもやってしまったというのはちょー後悔してます。
代替エネルギーについて網羅しきっていない→素人の僕が説明するより資料見てもらったほうがいいと思う。このまとめは"前書き"部分にあたる話だから、代替エネルギーやその進歩の展望について網羅することはしていない。バイオマスエネルギーの開発状況とそれが発展途上国の農業に及ぼす影響、メタンハイドレートは掘れたらすごいけど掘るの難しい、国境問題も絡む話、ゼーベック素子の話、超伝導蓄電(これ正直僕は詳しくない)等は調べれば色々出てくるよ。
何れにしても、新エネルギー利用も化石燃料と原子力の利用を少なくするのも、エネルギーを無駄にしない仕組み→スマートグリッドや地域間国家間での融通、蓄電技術、熱の再利用などがセットなのは間違いないわけで、その必要性を理解してもらうのに書いたのがこのエントリです。
地元から反対されてるのに暴力的な政治力で建設してしまうケース、トラブルがあったときの縦割り体勢による不透明さ、フットワークの重さ、補償問題、風評被害への対策…これら社会的な問題は原発の技術を認めていても無視してはいけません。
逆に、原発に反対であっても社会的な問題を理由に原発の技術面を全く評価しないのは話をややこしくします。技術の存在自体が社会的な問題だと捉える人が出てくるからです。そうなると技術不信で一層正確な判断ができなくなり、パニックや陰謀論に陥ってしまいます。
原発の技術を正しく認める事で、「最新式ならこうできるはずだった」「もっと最善の方法があったのではないか」という人為的なミスや運用上の問題が見えてきます。
漠然と「原発は安全だ、何故反対するのだ」「原発は危険だ、全部信用できない」とならずに、原発の社会的な問題と技術的な問題は分けて考えるとパニックにならずに少し落ち着けるのではないでしょうか。
電力需要をどうするか。
2000年夏のカリフォルニア大停電以後、北米西海岸では、時間当たりの電気料金に変動制が適用される地域が発生した。夜間等の需要の少ない時間帯と、冷房需要のピークとなる時間帯とでは、1KWh当たりの価格が違うという制度である。発電量不足から大停電が発生したことから、発電事業を自由化するとなり、それを実現する為に、その時点の電気の相場が作られ、この相場の価格に、送電業者の取り分を乗せた分が、一般家庭が購入する単価となる。この制度を実現する為に、消費電力計に時計機能と記録機能と現在の電気相場価格を示すインジケーターが組み込まれたSmartMeterが使用されるようになっている。クーラーの電源を入れる前に、今の電気相場がいくらなのかを確認し、コストパフォーマンスを考えるようになる事で、省電力という行動を取るように仕向けている。
しかし、これで省電力をやるのは個人の家庭だけで、商業施設の場合、営業時間内はいくら高値になっていたとしても、つけっぱなしにせざるを得ない。こうなると、営業経費における電気代のコストが読めなくなる。そこで、電気代は上限価格で商品に転嫁し、実際のコストとの差額を利益として確保するという手法へと、変わっていっている。ここで重要なのは、上限価格があるという点である。この上限価格制度は、発電業者が自由化されているアメリカにおいては、大規模需要者に自社の電気を買ってもらう為のサービスとなっていて、一般家庭には適用されない。大規模需要者にプライスキャップをつけた分、一般家庭や小口消費者向けの代金が高くなり、結果的に、一般家庭では節電しているのに高くなった電気代を請求されるとなっている。電気相場がいくら高値に上がっていったとしても、大規模需要者である商工業者は痛くも痒くも無いというのが、この制度の本質なのである。電気相場が高騰すればする分だけ、上限価格契約の価値は高くなり、需要家を囲い込む事が可能になる。
一般家庭の消費電力よりも、商工施設が使う電力の方が、大きいし波が激しい。商工施設が使う電力は昼間の冷房のピークに集中し、一般家庭の消費電力は夜に集中する。需給の波を大きくしているのは、昼間の商工施設の消費電力であり、設備投資という観点からみれば、商工施設の為に真夏の冷房需要の為だけの余剰設備を抱え込んでいるというのが、電力業界の現実なのである。
持続発電に適した原子力発電を民間発電業者が運営するのは、リスクが大きすぎるので、火力発電が主体となる。火力発電業者にとっては、昼間の営業中にのみ大量に使ってくれる商工業者の方が、設備の運営の面において、メリットがある。このために、一日中ほそぼそと電気を使う一般家庭の相手は、メリットが無い。
大口消費者に売電する方が、一口あたりの成約金額が大きくなり、歩合制セールスマンにとっては、美味しい話となる。売電量を大きくする事で、設備投資の回収期間を早め、市場での競争に勝ちやすくなる。もっとも、その先で独占企業となってしまったら、再び規制産業に逆戻りしてしまう。目先の金、出世の為に、間違ったインセンティブを設定してしまうというのは、よくある事であるが、SmartMeterは、理念は立派だけど、それをやるのが生身の人間だという点で、失敗に向かっている。
で、考えつく対策として、時計を進ませるサマータイムを主張する者が現れてきているが、電気の主たる使用先が照明用であったならば、昼間の明かるさを最大限利用しようというサマータイムは有効である。しかし、現状、電気の主たる使用先は昼間のオフィスや売り場の照明であり、工場を動かす産業用電力であり、冷房である。
冷房のピークが来る時間帯には工場を止めて、夜間を主たる生産時間とする、労働時間の逆転という手法もあるが、夜勤を主体とすると、深夜割増賃金・夜勤手当を出さなければならないので、コストが跳ね上がってしまうという欠点がある。時計を早めるサマータイムのような、電気のピークを抑制するどころか、長引かせて電力消費量をふやしてしまう施策よりも、電気を必要とする産業に対しては、深夜割増賃金・夜勤手当についての特例を作る方が、効果的と言えるかもしれない。もっとも、夜勤で帰ってきて、暑い昼間にカーテンを閉めて寝る為にクーラーをガンガンつけるとなれば、電気の需要はかえって増えてしまうであろう。
この日記では、昼間の明るさよりも朝方の涼しさと日没後の涼しさを利用する、時計を遅らせる逆サマータイムを提案している(cf.[2007.6.3])。逆サマータイムの方が、冷房電力需要に対しては効果が期待できる。