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はてなキーワード: ファーネスとは

2017-04-16

当時白豪主義を採っていたオーストラリアは、有色人種への迫害政策を行っていた。反日主義者として知られていたウェブは、終戦後の1945年9月オーストラリア政府の依頼を受け、1942年日本軍ニューブリテン島ラバウルへの攻撃に際して、オーストラリアではテレビ放送映像を流したとのことであるが、沈められた日本の船から脱出した日本人捕虜)ら数百人を航空機から執拗な機銃掃射によって虐殺した上で、150名以上のオーストラリア人及び先住民殺害したとされる報告書を現地調査を行った上で発表した。

天皇の訴追を主張していたオーストラリア政府は彼を代表判事に選ぶことにより、天皇法廷で裁くという意思を表明したものと考えられる(法律上観点から見ると、本来事件告発に関与した者はその事件裁判官になることはできない)。

そのようなウェブ意向法廷における訴訟指揮でも表れた。裁判の開会の辞においては「被告達は嘗て、如何に重要地位にあったにしても、それが為に受ける待遇は、最も貧しい日本兵、或いは一朝鮮人番兵よりも良い待遇を受ける理由は見当たらない」と日本戦争指導者に対する敵意を露にした。

裁判検察側に有利になるように進められたケースが多々あり、検察側に不利な発言意見が弁護側から出されると、裁判長訴訟指揮権行使して遮ったり却下したりするといった場面がしばしば見られた。最も有名なのがアメリカ人弁護人のベン・ブルースブレイクニー及びジョージ・A・ファーネスの「事後法で人を処罰することは出来ない」といった旨の弁論に対しても、「全ての動議を却下する。その理由は将来闡明にする」として裁判を続行させたケースである。また清瀬一郎の「この裁判極東国際軍事裁判はいかなる根拠において実施できるのか」という質問に対しても「後から答える」とだけ述べて休廷し、その後回答することはなかった。また、中国で冀東保安隊日本人居留民に対して略奪、暴行凌辱殺戮など残虐の限りを尽した通州事件についても却下している。

法の不遡及は法の一般原則とされており(成立過程が独特な国際法上においても、必ず要請されるべきか否かは議論のあるところだが)、これを検討することな却下したことは訴訟指揮上大きな問題とされる。ただ、これは先に開始したニュルンベルク裁判訴訟経緯を踏まえた決断とも考えられる。

また、前述の通り、天皇法廷に立たせるべきとの見解を持っていたこから天皇戦犯にせず、占領政策に利用する意向を決定していたダグラス・マッカーサー命令を受け、裁判天皇責任が無いという展開に進めることを意図していたジョセフ・キーナ首席検事とは激しく対立していた[1]。

オランダベルト・レーリンク判事証言によると、ウェブは酒気を帯びた状態法廷に来ていたこともあったという。

1922年死刑廃止したクイーンズランド州オーストラリアの他の州の死刑廃止1968年から1985年)の判事であったウェブは、23年間にわたる判事生活死刑を言い渡すのは極東国際軍事裁判が初めてだったため、「極東国際軍事裁判所は、被告絞首刑に処する」の部分の口調はある意味の興奮があったという[2]。ちなみに、ウェブ自身被告人全員の死刑に反対票を投じている[要出典]。

2016-12-23

戦争死刑

人を殺すことは罪になるのか?

罪になる殺人と罪にならない殺人の違いは一体何なのか?

罪にならない殺人存在していたとしても、殺されるときはどんな人でも苦しむだろう。

人を殺し、苦しみを与えることに、一体どんな価値があるのだろうか?

戦争死刑は、相似形になっている。

なぜ、アメリカ人日本人擁護したのか?

謎は深まるばかりである

ベン・ブルース・ブレイクニー - Wikipedia

ベン・ブルースブレイクニー(Ben Bruce Blakeney, 1908年 - 1963年3月4日)は、アメリカ合衆国陸軍軍人法律家東京裁判においては、東郷茂徳梅津美治郎弁護人を務めた。

開廷早々の管轄権問題では、国際法戦争に関する法規があることから戦争犯罪ではないと主張し、検察側立証段階では、有効な反対尋問を行った。

特に、弁護側反証段階の冒頭で、アメリカ原子爆弾投下問題をとりあげたことは有名である

1946年5月14日には、

戦争犯罪ではない。

戦争法規があることが戦争合法性を示す証拠である

戦争の開始、通告、戦闘方法終結を決める法規戦争自体非合法なら全く無意味である

国際法は、国家利益追及の為に行う戦争をこれまでに非合法と見做したことはない」

歴史を振り返ってみても、戦争計画遂行法廷において犯罪として裁かれた例はない。

我々は、この裁判で新しい法律を打ち立てようとする検察側の抱負承知している。

しかし、そういう試みこそが新しくより高い法の実現を妨げるのではないか

平和に対する罪”と名付けられた訴因は、故に当法廷より却下されねばならない」

国家行為である戦争個人責任を問うことは、法律的に誤りである

何故ならば、国際法国家に対して適用されるものであって、個人に対してではない。

個人に依る戦争行為という新しい犯罪をこの法廷で裁くのは誤りである

戦争での殺人は罪にならない。

それは殺人罪ではない。

戦争合法的からである

まり合法的人殺しである殺人行為正当化である

たとえ嫌悪すべき行為でも、犯罪としてその責任は問われなかった。

(以下の発言が始まると、チャーターで定められている筈の同時通訳が停止し、日本語速記録にもこの部分のみ「以下、通訳なし」としか記載されなかった)

キッド提督の死が真珠湾攻撃による殺人罪になるならば、我々は、広島原爆を投下した者の名を挙げることができる。

投下を計画した参謀長の名も承知している。

その国の元首名前承知している。

彼らは、殺人罪意識していたか?してはいまい。

我々もそう思う。

それは彼らの戦闘行為正義で、敵の行為不正義だからではなく、戦争自体犯罪ではないかである

何の罪科でいかなる証拠戦争による殺人違法なのか。

原爆を投下した者がいる。

この投下を計画し、その実行を命じ、これを黙認したものがいる。

その者達が裁いているのだ。

彼らも殺人者ではないか

発言

1947年3月3日にも、イギリスソ連パリ不戦条約違反を主張するとともに、原子爆弾は明らかにハーグ陸戦条約第四項が禁止する兵器だと指摘した。

そして、イギリスのアーサー・S・コミンズ・カー検察官が、

連合国がどんな武器使用しようと本審理にはなんらの関係もない」

と反駁したことに対し、日本はそれに対して報復する権利がある、と主張した。

更に、太平洋戦争段階の外交部門の主任を務めた山本熊一を証人に立たせて、「近衛手記」や野村吉三郎電報を駆使し、日本が日米交渉最後まで努力したことを立証しようとした。

また、米国議会真珠湾攻撃調査委員会での証言や、開戦当時諜報担当だったブラット陸軍大佐証人に立たせてアメリカ電報傍受の事実を指摘した。

裁判判決段階でも、少数意見朗読要請する弁論を提出した。

そして、裁判終了後は、ファーネスとともに、豊田副武海軍大将に対する裁判の弁護にあたった。

 
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