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はてなキーワード: 政治的に正しいとは

2011-12-31

ずっと非モテ格差論やジェンダーの話に取り込まれていた

はじまりはただ、小中学校でのイジメだった。

15年以上前の話、小学校低学年だった頃、クラス女子イジメられていた。キモい、ウザい、死ねイジメられていた。


暴力的なイジメはなかった。常に精神的な言葉や態度に依るイジメだった。

今思えば、肉体的な暴力的なイジメだったら、反撃できたと思う。言葉によるイジメには反撃出来なかった。『女の子暴力を奮ってはいけない』という道徳律に縛られていた。

女子に対する言葉による反撃は何の意味もなかった。一対多では端から勝ち目がなかった。

学校ではずっとイジメられていた。小中とずっと、女子イジメられていたから、いつの間にか自分は『そういう立場に置かれている存在』だと思い込んでしまった。

本当は思い込まなくてもよかった。塾では普通に皆と、和気藹々と会話できていた。でも、学校場の空気自分イジメられっ子の立場に押し込んでいた。





イジメられ続けたまま、小中学生時代が終わった。小6の時に自殺しようと思ったけど、出来なかった。今思えば此処で終わらせておけば楽だった。

結局、誰も助けてくれなかった。教師は事なかれ主義から、明らかに俺のことを見て見ぬふりをしていた。親はイジメられている俺を不甲斐ないと怒鳴るような人間だった。母親は『男なのにそんなだと馬鹿にされるよ』が口癖だった。



高校に入り、ネットなどを見始め、身近にある友人関係や家庭は破綻していたので、身近でない、遠方にある社会的な話題に触れることが多くなった。

思えばコレが間違いだった。ただ、自分にはどうしようもなかったと思う。身近な人間が誰も助けてくれなかったし、悪意を向けてくるのみだったから。政治社会的な話題を用いて、自分を慰撫するしか無かった。つまり、たとえば悲惨な家庭環境にある人間が、「虐待は悪」という社会的メッセージを読んで、救われるという流れだ。その頃の自分は、無意識に「女子からイジメ」を慰撫できる社会的メッセージを探していたのだと思う。

ネットで、自分と同じ立場人間が居ないかイジメの話題で調べるようになった。結果として、吸引されるように、喪板などを見始めた。

『そういう立場に置かれている存在』の女性からイジメ経験談が書きこまれていて、似たような人がいることを知って、多少救われた気がする。

『そういう立場に置かれている存在』に名前が付けられていたことを知った。『非モテ』だった。

そのうち、「はてな」も見るようになった。「はてな」で知ったことは、ミソジニーなどの単語や、ジェンダー論や非モテ論で、男性は強者であり、社会的に自省するべきと規定される存在だと言うことだった。

これには、イラついた。

だが、自分と同じような立場にある『そういう立場に置かれている存在』を名指しして、「政治的に正しい人達」がその内面断罪していた。女性に対する恨みなんて無かった。ただイジメから来る惨めさから、後退しているだけなのに、散弾銃ミソジニー、悪、などと指摘してくる正義人達が居た。全くの他人に対する指摘だとはわかってるけど、散弾銃の弾が自分にも当たってて痛かった。

どこか自分が悪い気がしてきた。でも自分は悪く無いと思っていた。自分はどう考えても強者ではなかった。イジメられていた弱者だった。でも自分内面断罪されているように思えた。本当は誰かに慰撫して欲しかった。身近な人間でなくても、単なる社会的メッセージでもよかった。誰もしてくれなかった。『キモイ奴は一人で死ねば』だとか『男性は強者で自省すべき』だとかそんな言葉しか無かった。

はっきり言って、『弱者』『少数派』と認定されて社会的に慰撫して貰える『社会的弱者』が羨ましかった。自分マイノリティにすらなれない、イレギュラーだった。


このような話題や、議論を見ている内に、悪性サイクルに取り込まれた。







こんなことはもうやめる。馬鹿だった。

自分はただ、イジメられている時に、助けて欲しかっただけだった。

身近な人間は誰も助けてくれなかった。遠方から発せられる、社会的メッセージは、男性は強者であり悪いと断罪していた。

非モテだとか、弱者男性だとか、ジェンダー論だとか、本当は、全てどうでもよかった。

そもそも『モテ』や『非モテ』には一切の興味がなかったし、恋愛はどうでもよかった。自分草食系どころか霞食系だった。社会構造などもどうでもよかった。ジェンダーもどうでもよかった。政治思想的に男性断罪する人達が指摘する『内面』は、自分には一切関係のないものだった。他人が勝手内面にありもしないもの見出して来たから、もしかたか自分にもあるのかもしれないと思い込んでしまっただけだった。女性に対する恨みなんて存在しなかった。身近な人間が誰も助けてくれなかったから、政治思想に何か縋れるものがあるのかもしれないと思い込んでしまった。自分馬鹿だった。






ただ、あの時のイジメがだけがすべてだった。

女子からイジメによって発生した惨めさが、子供の頃に解消されず、いつしか政治思想的な話題に吸引されて、悪性サイクルに取り込まれていたに過ぎなかった。









本当にばかみたいな話だ。

こんなことは、2011年ですべて終わりにする。

2011-10-11

グレンラガン 決着シーンの言葉

グレンラガンクライマックス

アンチスパイラルとそれを撃破したシモンとの最後のやりとり。




改変前は

アンチスパイラル「ならばこの宇宙、必ず守れよ…」

シモン「当然だ!人間はそれほど愚かじゃない!」

だったんだけど、

これはなんか、最後最後シモンがちゃんと答えてないみたいで気持ち悪かった。






責任逃れっぽい不安

形式的にも状況的にも、アンチスパイラルからシモンへの要請だったのに

「ええ、問題なくやっておくと思いますよ…あいつらが」みたいな。

急によそよそしくよそへ振る。

一見請合ってるようでどこか、お願いした側が不安になるような答え方。




愛想も悪い

最期に敵の立場を捨てての「ちゃんとやってくれよ」っていう願いの言葉

吼える感じ一辺倒の返答をするのは無礼で愛想が悪い。




ヤクザっぽい

相手の危惧や念押しは「当然だろ!そんな心配すんじゃねえよ舐めてんのか」と強い態度で一蹴しておきながら

保証の話になると「ちゃんとやると思いますよ…私じゃない奴が」ではスッキリ消えられない。




立場としてのコレクトネス

あいう答え方を書いた人の気持ちはわかるよ。

あそこでシモンが個人対個人の会話のように「おう任せとけ」って言ったら

傲慢になってしまうだとか、もう人類って言うかシモンがすげーだけじゃん、って思われてしま危険があったと。

(この発想はもちろん、帰還後に総統引退して旅に出てしまうのともつながってる。)




からあそこは人類の・螺旋族の総代としての立場からの返答になった。

政治的に正しい民主的な答弁になった。

でもさー、熱血に殴り合って殴り合った相手の最後の言葉政治家答弁でレスは無いでしょ。





どう直ったか

で、劇場版での改変バージョン

アンチスパイラル「ならばこの宇宙、必ず守れよ…」

シモン「ああ… お前も一緒に祈ってくれ」



すべての問題を解決しつつ

政治的コレクトネスも最低限守り

大変すっきりしました。

2011-07-04

政治的に正しい批判

×復興相やめろ。

復興相やめろ。あと部落差別者は全員死ね

2011-06-27

BLと在日

注:加筆修正しました


最近商業BL作品ばっかり読んでるから、たまにはネット同人作品も読もうかなと思い立って、某ジャンルのサーチから二次創作サイト巡りをしていたときのこと。リンクを辿っていった先に、管理人韓国人であることを明記しているBL小説サイトがあった。日本語ネイティブじゃないとこれはムリだろと思わせる豊かな語彙の小説や日記・掲示板の内容から判断するに留学生やニューカマーなどではなくて、日本で生まれ育った在日韓国人の方であるようだった。



なんかね、これちょっとびっくりしたんですよ。在日の人もBL書くんだなぁって。

いや、こんなにもアニメ漫画の氾濫する日本社会で生きている以上、日本人だろうが外国人だろうがオタク趣味に染まる人は染まるのが当然だろうし、中にはヤオイ二次創作に興味を持って腐女子腐男子になる在日コリアンがいるってのも理性では理解しているんだけど。実際目にしてみると、なんかこう、感慨深いものがありましてね。



そうかー、在日のBL好きってのもやっぱりいるもんなんだなー、っていうか他にもいるけど明かしてないんだろうなー、としみじみしてたんですが、途中でふと思い出した。あれ、ちょっと待てよ?よく考えてみれば、数少ないながら今までにも在日韓国人が登場するBLがあったりするし、在日朝鮮人のBL作家というのもいたりするんじゃないの?そういえば私、そういうの読んだことあったような……、と。



というわけで、今回はBLと在日と私というテーマで今まで読んだ作品を振り返ってみようと思う。長いよー。私が以下で言及している作品には18禁のものもありますのでお気をつけください。






倉科るり=金蓮花   在日のBL小説家

倉科るりというペンネームで、商業誌からBLを出版している小説家がいる。正確にはいた、と言うべきかもしれない。著作の中には絶版になっているものも多く、また1996年の『王様夏休み』を最後に10年以上発刊はしていないようだから公式サイトにも「倉科るりの商業活動は諸々の事情から不可能だと思います時間がないのです。」と書いてあるので、今後も商業誌でBL作品を発表する可能性は限りなく低いと思う。



けれど、在日とBLというテーマを語るなら、彼女を外すことはできない。



実はこの作家さんは、コバルト文庫金蓮花という名義で少女小説も書いている。むしろ金蓮花(きんれんか)というペンネームの方が世間的には通りがいいだろう。私も残念ながら倉科るり名義の本は読んだことがないけれど、金蓮花名義の本は小中学生の頃にわりと読んでいる。『銀葉亭茶話』、『水の都物語』、『月の系譜』は何度も読み返すくらい好きだった。私が金蓮花=倉科るりというのを知ったのは大学生になってからだったけれど、BL読者やコバルト読者には結構有名な情報だったようで、ネット検索するとペンネームを使い分けるようになった経緯や、その他もろもろの噂が出てくる。それらの噂がどこまで本当かわからないのでここでは紹介しない。



さて、金蓮花は1962年生まれの在日朝鮮人3世である東京に生まれ育ち、大学も都内の小平市にある朝鮮大学師範教育学部美術科を卒業した。作家デビューは1994年、『銀葉亭茶話-金剛山綺譚-』で集英社の第23回コバルトノベル大賞を受賞したのがきっかけだった。この『銀葉亭茶話』シリーズは、朝鮮半島舞台仙人精霊、竜や虎、人間たちが織り成す恋愛を描いた朝鮮ファンタジー小説で、仙境にある一軒の茶屋銀葉亭にさまざまな客が訪れ、店主の李月流(り・うぉるりゅ)に身の上話を打ち明ける、という趣向になっている。



金剛山綺譚』の金剛山は、もちろん朝鮮半島に実在する景勝地金剛山をさす。韓国人外国人北朝鮮国内金剛山観光地区に観光をしに行くニュースを見たことのある人は多いはずだ。『銀葉亭茶話』シリーズ物語に登場する実在の固有名詞は地名だけではない。例えば『蕾姫綺譚』では重要なキャラクターとして李氏朝鮮建国の王李成桂が登場するし、『舞姫打鈴』のヒーロー新羅英雄金庚信である



ところで、学校で歴史を習う前に本シリーズを読んだ影響で、私は現在でも「新羅」という単語を見ると反射的に「しらぎ」ではなく「しるら」と読んでしまうし、「李成桂」を見ると「りせいけい」ではなく「りそんげ」と読んでしまう。私にとって、このシリーズこそが生まれて初めて触れた‘朝鮮文化’なのだった。馬鹿子供だったので現役読者だった小学生の頃は朝鮮半島というのがどこにあるのか知らなかったし(私は当時本気で外国=アメリカであり、世界には日本アメリカの二国しかないのだと思っていた)、儒教文化だとか在日朝鮮人だとかさっぱり理解できない上に興味もなかったので読み飛ばしていたけれど、雪華(そら)や明蘭(みょんらん)という美しい漢字と不思議な響きの名前、美味しそうなチヂミ、ふわりとチョゴリを広げて鞦韆をこぐ明朗な少女、霊山の天辺に位置する天池(ちょんじ)の聖水……どこか好奇心を刺激する異国のイメージの数々を私は大いに楽しんだのだった。特に金剛山の壮大な瀑布や峰々が鮮やかに染まる絢爛豪華な秋の描写などは、幼心にうっとりするような綺麗な文章だなぁとドキドキしながら読んでいた。金蓮花という作家のおかげで、私は隣国と幸福な出会い方をしたのではないかと思っている。そういう意味で、『銀葉亭茶話』は私にとって印象深いお話なのだった。



金蓮花自身にとっても、作家として第一歩を踏み出したシリーズであると同時に、祖国を舞台にしたロマンスであることを考えれば、『銀葉亭茶話』はやはり特別思い入れの深い作品なんじゃないだろうか。


彼女の著作のあとがきでは、自らのルーツを意識した話題が多い。北朝鮮に観光に行って金剛山の絶景に感動した話、伯母が北朝鮮に帰国した話、親戚が日本北朝鮮と中国に住んでいるという話、子どもたちの通う朝鮮学校お祭りのためPTAとして準備に奔走する話など。



そんな彼女がBL小説を書くときは、金蓮花ではなく倉科るりというペンネームを用いた。倉科るり名義の本では特に朝鮮半島と関連のある物語を書いたりはしていないようだ。少女小説コバルト作家としての自分とをきっちり分けたかったのかもしれないし、儒教を尊ぶ在日コミュニティ価値観からするとさすがにBLを在日朝鮮人と明かしている金蓮花名義で出すのは難しかったのかもしれない。少女小説家としてデビューする際も家族からかなり強硬に反対されたと聞く。少女小説を書いているのがバレて家族会議土下座までしたそうな。ましてやBLをや。

まぁ、BLを書くときと少女小説ラノベや一般漫画を書くときでペンネームを変えるのはbasso秋月こお榎田尤利もやっていることで、金蓮花に限った話ではないけれど、少女小説では在日ネタをふんだんに出していた人がBLではそれを一切出さないというのも興味深い話ではある。



ちなみに金蓮花名義の本に一切男性同士の恋愛や性愛が出てこないか、というとそういうわけでもない。



ここでちょっと萌え語りをさせてもらうと、『銀葉亭茶話』シリーズで私が一番好きなキャラクターは長白君(ちゃんべつくん)だった。彼は、朝鮮半島の付け根、北朝鮮と中国の国境にまたがる山(朝鮮語では白頭山中国語では長白山)の守護仙人精霊だったかもしれない)で、シリーズ通してのキーパーソンである李氏(注:男性)に想いを寄せている男性である。李氏に冷たく拒絶されたり、周囲の神仙たちに揶揄されたりしつつも、変わらず李氏に暖かい真心を捧げ続けている好漢なのだ。李氏には他に想い人がいるのでまず間違いなく長白君の恋が成就することはないのだろうが、私は彼の男らしい包容力にときめいたのでぜひ幸せになってもらいたいと思っている。別に相手は李氏じゃなくてもいいから。というか長白君には楓英とか緋鯉の精みたいな豪胆で誠実な男性とか似合うと思うんだよね。






高城響、鷹匠早紀    在日の攻め

studio may-beを結成して仕事をしている高城響と鷹匠早紀は、BLゲーム乙女ゲームシナリオライターとして活動している他に、連名でBL小説を書いて出版したり、漫画原作をしたりしている。音楽業界を舞台にしたBL小説『たぶん、きみが好き』『いつか、翼を広げて』『きっと、空も飛べる』という3冊がマイクロマガジン社から発行されたのは2004年のことだった。この3作は天才指揮者と男性アイドルカップルを描いたお話なのだが、実は高城響と鷹匠早紀がやっているサイトに長年連載していた大長編小説『KT』を手直しして発表したものだという。



そのサイト大長編(まだ完結していないらしい)には、脇役として若手の指揮者同士のカップルが登場する。彼らを主人公にした話もサイトには掲載されており、出会い恋人になるまでを描く『'O sole mio』、体の関係を持つまでに至る続編『hard day's night』、いちゃいちゃらぶらぶしてる『jealous guy』などがある。珍しいことにこのカップルの攻めは在日コリアンである



『'O sole mio』と『jealous guy』では、攻めが在日であることはストーリーの主軸にはほとんど絡んでこない。民族が違うということよりも同じ夢を抱く音楽家同士であることの方が、この物語の中では圧倒的に比重が大きいのだ。

しかし、『hard day's night』の中ではそれらしいエピソードが挿入されている。演奏会の予定が突如キャンセルされてしまった攻め。晴れがましい仕事を一つ失った原因を、受けに問われた攻めはしぶしぶこう語るのだった。「オレ、在日やん」。BLで、差別に直面する在日の姿が描かれているのは大変珍しい。そもそも在日としてのアイデンティティを持ったキャラクターが登場するBL自体ほとんど見かけないんだけどね。



ところで、この物語の攻めは、大阪出身関西弁を喋る陽気な男性だ。大らかで人懐っこい。阪神タイガースファン。長身ガタイが良くて、美男子ではないけれど、受けから見れば十分に魅力的な容貌をしている。そして新進気鋭の指揮者である。実際、読んでいて、彼は魅力的な人物として描かれているように思った。なんとなく関東生まれ関東育ちな自分からすると良い意味で典型的関西人という印象を受けた。


神経質で繊細、あまり感情表現が得意ではない日本人の受けは、自分と正反対の気質の攻めに惹かれていく。自分にないものを持っている相手を反発心を抱きながらも愛してしまパターンというのはわりと恋愛物の王道だが、受けが攻めの才能に嫉妬をして苦悩したり、振り切ってもついてくる攻めに苛立ったり、励まされたりと感情をぶつけ合ううちに自分の恋心を認めざるを得ない展開になるというのは微笑ましくて良かった。






檜原まり子   日韓ハーフの受け

BL小説家檜原まり子の作品の一つに『マリンブルーは密やかに』という小説がある。2008年、講談社X文庫ホワイトハートから発行された。舞台アジアオセアニアクルーズ中の豪華客船。そこに乗り込んだ保険会社から委託を受けた調査員の受けと、元自衛官の攻めのラブストーリーだ。



正直なところ、この物語の一番興味深いところは、ストーリーなどよりも受けの両親だと思う。

受けの母親日本人医師だった。そして父親は在日韓国人の寿司職人。両親が渡米して、一家がカリフォルニアにいたとき受けは生まれた。医師免許が認められなかった母親は畑違いの仕事をして受けを育ててくれたらしい。後に離婚したようだが、受けの両親の話こそ読んでみたいと思った。寿司職人と女医さん夫婦米国滞在記なんていろいろ波乱万丈なドラマがあって面白そうじゃん。



というわけで、本作の受けは間違いなく在日韓国人の血をひいているのだが、特に在日とか韓国に関するエピソードは出てこない。受けが韓国語を喋ったりキムチを食べるシーンがあるわけでもない。彼が民族的なコミュニティ朝鮮半島に思いを巡らすシーンがあるわけでもない。冒頭、地の文でさらりと受けの生い立ちが説明されているだけで、その後はとくに彼が韓国系であることには触れないまま物語は終わるのだ。



なら別に受けが在日の血を引くキャラクターである意味ってないのでは?と思わないでもないけれど、まぁ深い意味がなきゃ在日がBLに出てはいけないってこともないし、これはこれでいいのかもしれない。なんと言ってもこの作品の舞台はいろいろな国籍のクルーが働く豪華客船なのだから。南太平洋を悠々と航海する船上のキャラクターにちょっとしたマージナルな要素を付与したいと作者が思うのもわかる気がする。船長の喜屋武も、受けと同様にマージナルな人物である米軍勤務の軍人を父に持つ沖縄出身の男性で、金髪碧眼という日本人離れした容姿だが自らを日本人だと主張する。とても珍しい韓国系の受けや、沖縄と米軍というデリケートバックグラウンドを持つキャラクターが登場するという点において、このお話はなかなか印象深かった。






タカヒサ亨 渡来人カップル

『うつしみの花』は、幻冬舎リンクスロマンスから2008年に出版された全2巻のBL漫画である。作者はタカヒサ亨。舞台飛鳥時代日本で、有名どころでは葛城皇子中大兄皇子)、皇極天皇、間人皇女などが登場する歴史ロマンBLである。ちなみに中大兄皇子と受けがキスする場面もあったりする。



主人公(受け)は、百済から渡来人で金工職人である実父を持つ美少年。攻めは、受けの父親の弟弟子で、乃楽山(ならやま)の麓に住む百済系渡来人であり以前は都随一と呼ばれた腕を持つ金工職人だった。受けが攻めの弟子となるので職人師弟ものBLであると同時に、渡来人渡来人の子孫が出会って恋に落ちる物語なのである

職人の村で修行をする受けは、師匠であり恋人である攻め以外の渡来系の職人たちとも交流を持つようになり、技術を磨いていく。いつか攻めの故郷である百済に帰還することを夢見るようになるし、自分たちの存在は発展させ続けていく技術に拠って立つのだという強い自負心を持つに至る。彼らのアイデンティティは明確に百済系渡来人であることにあり、ヤマトにはないんだなーと読んでいて思った。



日本舞台なのにあえて渡来人カップルを描くなんて随分通好み(?)だなと思う。こういうのは珍しくて面白い試みだ。同時に、ちょっと私の中の日本人としての感覚が一抹の寂しさというか疎外感を感じなくもなかったような……。この記事のテーマである在日と古代日本渡来人はちょっと違う存在なのでこの作品には簡単に触れるだけにとどめるけれど、思いがけずヤオイを読んでいて自らのナショナリズムが浮上したという点で本作は印象深い作品だった。私が気にしすぎなだけだけなんだろうけれどさ。

もちろん、健気で頑張り屋な受けとクールで格好良い攻めは萌えたし楽しめた。



ところで、作者のタカヒサ亨は、角髪(みずら)に萌えてこのお話を描いたらしい。わかるわー私もみずら萌えです。特に青年の下げみずら姿は可愛くて良い。不評でなかなか描かせてもらえなかったとのことだが、残念だ。もっと見たかったよー。








コメント返し

ハテブやツイッター増田2ちゃんねるコメント下さった方ありがとう。せっかくだし嬉しかったので、いくつかのコメントにお返事します。




興味深い記事/勉強になった。/ほう。/おもしろい。

恐縮です。ありがとう



なんでこんな興味深い記事が増田なんかで書かれるんだ……いやまぁ理由は明確に推測できるんだけど。

自分のブログではこういう記事を出したことがないのでうまく書けるかわからなかったし、書いたとしてもこの記事だけ場違い感がぷんぷんして浮き上がってしまうだろうと考え増田しました。悲しいことですが、BLも在日も荒れやすい話題ですから



金蓮花くらいしか思いつかなかった。/金蓮花さんは有名だよね。/ 金蓮花は私がコバルトを熟読してた時代の後の人で懐かしい。/金蓮花の作品なら子供の頃読んだことあるな。/金蓮花さんなつかしい

私は金蓮花の初期の作品が好きでここ7~8年の著作は読んでないのですが、作品だけじゃなくて作家自身も本当に興味深いなと思ってその動向は注目していますラノベ界でも稀な在日外国人であることを明かしている作家さんですよね。まして日本と関係が良好でない国を祖国に持つ人ですから日本社会で生きる彼女自身、悲しみや自負心を含め複雑な感情はあったんじゃないかなと想像しています。日朝首脳会談が開かれ拉致問題が発覚した2002年、この年に発売された『伽椰琴打鈴』を最後に、彼女の著作の中で一番‘朝鮮’を押し出している銀葉亭茶話シリーズが発行されていないというのは、偶然かもしれないけれどなんとなく象徴的に見えたり……。



違う文化がベースから、私から見たらよく分からないのかもねと当時は思ってた。アメリカ人日本とか中国に感じてるオリエントな感じってこういうのを言うのかなーと中学生の私には興味深かった。/舞台設定もそうだけど、登場人物たちの価値観や倫理観が自分の知っているものと異なる面もあって、それはそれで興味深かった。

確かに文化が違う、価値観や倫理観が異なっている、と強く感じる点はいくつかありましたね。面白いなと好ましく思う相違もあれば、モヤモヤする思いを抱える相違もありました。私の場合女性の描かれ方や女性の置かれた立場というのが結構気になりました。『蝶々姫綺譚』で、女性が子を成さずに死ぬのは罪である、罰として死後の世界で償わなければならないという設定には、儒教ベースにしたファンタジーだとこうなっちゃうのか、とびっくりしたなぁ。日本日本よりフェミニズムの強い欧米発のファンタジーじゃそういう設定ってないでしょう。まぁ、当時の価値観を反映させた設定であることが良いという考えもあるとは思いますが、現代女性としてはファンタジーとはいえその世界の女性は生き辛そうだなという感じたのも事実でした。



「オレ、在日やん」。か。読んでみたい。/記事中の作品をどれも読んでみたい。

ネットで読める作品もるし書店図書館に置いてある作品もあります。個人的に、興味や関心の度合いが在日>BLという人よりは、BL>在日の人の方が楽しめるとは思いますが。



日本では掛け算、欧米では×ではなく/(スラッシュ)なので割り算。

全然関係ないけど、最近アメリカスラッシュ翻訳されて日本書店の店頭に並び始めましたよね。日本語海外スラッシュが読める日が来ようとは思わなかった。嬉しい。



「「新羅」という単語を見ると反射的に「しらぎ」ではなく「しるら」と読んでしまうし、「李成桂」を見ると「りせいけい」ではなく「りそんげ」」あるあるwww

お仲間発見。やっぱり他にも同じ経験のある方がいるんですね。



この語り口、既視感が。/この特徴的な文体Twitterのどこかでみたような?

皆さんがどなたをイメージしているのか興味あるなー。私は弱小ブログを書いてますが、Twitterはやっていないんですよ。



韓国人って恋愛もの入れ込むよね。日本人もだけど、なんかより情熱的っていうか

韓国人日本人よりも情熱的、確かにそういうイメージありますよね。こんな記事書いといて言うのもなんですが、家族友人知人に韓国人や在日の人っていないんで実際そうなのかはよく知らないけれど。



しかし、作者や登場人物が在日だろうとハーフだろうと、作品に影響なければ関係ないのでは?/BLを前にしたら作者が在日とかどうでもいいんだけど、気になる人もいるんだ

確かに作品が面白ければ作家は関係ないというのは仰る通り。私も普段は書き手には興味がないんですが、今回は冒頭で書いた某サイトにはなんだか妙に感慨深くなってしまいまして。



在日コリアンに限らずこういう風に創作の中に登場するマイノリティを振り返ってみるというのは興味深いよね。/こういう考察もあるのだねー。/いわゆる『キャラ属性』のフレーバー要素として、在日コリアン・その他を入れるか等。ただ、ふらっと使おうにも"実はよく知らない"事が多いのも、また事実。/彼も特にエスニシティ面で特筆されるような描写はないが、魅力的。

創作の中のマイノリティ、本当に興味深いですよね。読み専なので創作の苦しみは知らないのですが、創作物にマイノリティを登場させる際書き手さんはやっぱり慎重になるんだろうなぁ。セクシュアル・マイノリティが登場するBLは殊にそういう姿勢を求められているジャンルですし。常に政治的に正しいお行儀のよいBLである必要はないと思うけれど、読者が引くような差別的な描写が垂れ流しにされてるBLは読みたくないと思います。私はまだガチでがっつり民族問題を盛り込んだBLというのは読んだことがありません。今後もそんな作品は出ないんじゃないかなと思うし、たとえ出版されたとしても読みたいとは思わないかも、と考えています。娯楽作品には悲惨な差別とか貧困とかの要素は求めていない性質で、どちらかというとイチャイチャ、ドキドキ、ワクワク、エロエロアマアマラブラブって感じのノリの方が好きなんですよ。なのでフレーバー的な登場のさせ方や特筆されるような描写がなくても私はOKなんですが、作家がまったくその問題の背景に無知ではキャラクターの魅力的な属性にはできないわけですしね。作家は10調べたことのうち1を書く(100調べたことのうち1を書く、だったかもしれない)と聞いたことがあります。BLを愛する者の一人として、そういうBL作家さんが今まで以上にたくさん出てくれるといいなぁと願っています

2011-05-14

政治的に正しいTIGER&BUNNY

虎徹さんの待遇って普通にパワハラだよね?

というか「嫌なら辞めてもいいんだよ?」とか言い訳できないレベルだし。

こういう場合広告出してるバンダイソフバンボイコットすればいいのかな…

2010-11-22

暴力装置」は政治的に「不適切」by仙谷

発言した本人が不適切だと認めちゃった。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20101122-OYT1T00661.htm

仙谷長官は自らの発言について、「適切を欠くものとして謝罪し、撤回したことを改めて申し上げたい。現代的には、自衛隊は実力組織あるいは実力部隊と言うべきところの言い間違いだった」と改めて発言を撤回し、謝罪した。


これでもう、日本の政治家は「暴力装置」という言葉を使えなくなりました

政治的に正しい表現は「実力組織」あるいは「実力部隊」となります

暴力装置」は自衛官警察官に対する偏見に満ちた表現なので、公の場で使うと糾弾されます



この分だと、そのうち「暴力装置」は放送禁止用語になるね。

テレビ学者が「暴力装置」なんて言ったら、アナウンサー

「ただいま不適切な発言がありましたことをお詫びいたします」って謝罪するようになる。

書籍に「暴力装置」が載ってたら、直ちに回収・改版だな。

21世紀リアルタイム言葉狩りが見られるとは思わなかった。

2010-10-22

政治的に正しい特撮

デカレンジャーやってた頃、はてなはまだ見てなかったんだけど、

当時、アレ見てポリティカルコレクトネスがうんたらとか言ってた人はいたのかな?

2010-10-14

http://anond.hatelabo.jp/20100927233608

彼女が間違っているなんて元増田も言ってないじゃん。正論と認めている。その上で正論をくだらない歓談のときに振り回すのはどうよという話だろ。

人はいつでも政治的に正しい言動をする義務があると考えてるなら怖いわ。

2009-09-19

http://anond.hatelabo.jp/20090919014526

そういうことやろうとしても、教育現場プロパガンダ合戦の場になるだけのような気がするよ。本来の目的は忘れられて。

ていうか、義務教育で必要とされている政治教育って、『個々の政策の目的・手法の正否を判断するための論理的・科学的思考能力』であって、『政治的に正しい解答の詰め込み』とは違うと思う。元増田の言い方だと、そういう『解答』を求めているように見えてしまう。そういう考え方って却って有害じゃないの。

で、元増田が言っているのが後者じゃなくて前者を指しているなら、その種の教育というのはもう既に行われているんじゃないかなー。普通に歴史教科書とか読むでしょ。社会統計の読み方とか習うでしょ。場合によっては国語数学も利用価値がある。これらをツールとして用いて、政策の目的・意義を読むんですよ。もちろん、義務教育の枠内で教えられる内容だけで全ての政策を読むことは不可能だと思うけど、それを全て教育の問題に還元するのは荒っぽすぎると思うなー(逆に教育に一切問題が無いとも言わないけど、どこに問題があるのか、ということはもう少し具体的に考えた上で提言しなければ意味がないんじゃなかろうか)。そりゃ義務教育施しただけでどんな政策もあっという間に解決策が分かるスーパー市民が作れるやり方があるなら俺も諸手を上げて賛同したい(てか俺が受けなおしたい)わけなんだが。


ところで、

どうせ話せるようにならないし、話せる必要がない外国語なんかよりも、政治経済を必修にしたほうがいいんんじゃないかと思う。

どうせ話せるようにならないし、話せる必要が無い、という意味で言うなら、政治経済も多くの人に取ってはコストメリットが引き合わないのではないかと思うなー。義務教育で覚えられることって内閣国会裁判所の構成・組織ぐらいがせいぜいなんじゃないの。そういう基本的な部分の理解すらおぼつかない生徒相手にそれ以上のことをやろうとしても、酷使様プロ市民ぐらいしか生み出せないんじゃなかろうか。土台を無視してその上に家建てようったって上手くはいかないやね。


まあ、インセンティヴに対する考え方だとか、ある種の経済学に対する教育というのは義務教育に組み込んでもバチはあたらんかも。ある種のボードゲームとかを通じて『政治』を教えるというのもいいね。某学校の教師がディプロマシーを生徒に教え込むとかやってたけど、あんな感じで。『政治的なセンス』は養われるかもね。そういや、Twilight Struggleとかももしかすると教材向きなんかなー。おれもそんな授業で遊びた・・・学びたいぜ。

2009-06-04

http://anond.hatelabo.jp/20090604175951

今後、そうした表現が規制されていくよ、という話と、

AVエロゲー存在そのものが規制されていくよ、という話は別じゃないかなー。

意図的にかそうでないかはともかく、そういう混同の仕方は良くないと思う。

政治的に正しいエロゲーてのは成り立ちうるんじゃないかな。

そういう成年ゲームで遊ぶこと自体が「政治的にありえない」という認知をされなければ。



もちろん、実際に行われる規制の枠組み・判断基準が極めて恣意的なものになるとすれば、

そこには当然批判・検証が必要になってくると思うけど、このツリーで話されているのは

そういう具体的な判断基準についての問題提起ではないよね?

2009-02-08

科学宗教の違いについて何か言っておこうか

系統樹で書いてみた。


  • 科学的に正しい: 何度追証実験しても同じ結果が得られる
  • 宗教的に正しい: 神がそう言っている、聖書にそう書いてある
  • 民主主義的に正しい: 過半数がそう言っている
    • 群集的に正しい: 3人以上がそう言っている
    • 世間的に正しい: 自分の周りの人たちがそう言っている
    • 政治的に正しい: 有識者がそう言っている
    • マスコミ的に正しい: 俺達がそう言っている
  • 哲学的に正しい: そもそも何をもって真と(ry
    • 数学的に正しい: ある公理系において常に正しいことが証明される
      • 公理系が正しい: 今まで矛盾が見つかっていない
    • 2ch的に正しい: 嘘は嘘であると見抜けない人は(ry

追記

id:uruloki ごめんね><

2008-12-22

http://anond.hatelabo.jp/20081222133618

親告罪化に伴い件数が増える、というのはそうだろうね。その度合いも、実際にどんなケースでつかまってるかをデータであげれば示せるだろうね。

そうね。俺も、別に3が正しいと言ってるわけじゃないから。ただ、根拠なく1に飛びつきたがるのは統計的な客観性に欠けてるという意味では同類だから気をつけようね、というフラットな話で。こちらはある基準からみて政治的に正しい結論を導きやすいが故に見逃されがちで危ない。

政治的に正しかろうが統計的に間違ってるものは間違ってるから。

http://anond.hatelabo.jp/20081222003923

「いい年して青臭い」というよりは、現代人にはその刷り込みが浅くなっているというべきでしょうね。

こと恋愛という領域に関しては、恋愛自明視・絶対視(はてな界隈でいういわゆる恋愛至上主義)が「政治的に正しい」とされ、

恋愛への懐疑や否定は「政治的に正しくない」ものとされ、「青臭い」などの否定的なレッテルを貼られて排斥される。

恋愛否定論を主張するのが許されているのは、ネット上の一部の界隈だけで、それ以外のネット界隈及び実社会では

恋愛至上主義が主流といえる。

http://anond.hatelabo.jp/20081221221618

そもそも恋愛感情の好きってなんだ。異性として好きってなんだ。人間として好きはわかるのだけれど。

いい年して青臭いことを考えています。

今はあらゆる面でジェンダーを刷り込まないように「政治的に正しい」言説が積み重ねられてるから、「異性として好き」=『オンナとしてオトコにドキドキ…』みたいな感情もそれとともに薄くなっていると思われます。


「いい年して青臭い」というよりは、現代人にはその刷り込みが浅くなっているというべきでしょうね。

2008-02-08

倖田(誤字訂正)さんの一連の騒動

いいとか悪いとかの話はとりあえず置いといて。

なんて言うか、何らかの理由でハンディキャップがあるとか、マイノリティだとかの事情が全く無い、

性について考えたりする機会の無い一般の人の認識ってのはこんなもんだよね。年齢性別に関係なく。

もうちょっと、全体に意識ボトムアップしてもいいかなとは思うけど。

ただこれ、やりすぎると「政治的に正しい話し方」の領域になってきちゃって、そうするとまた

妙な一派が騒ぎ出すので難しかったり。

2007-10-24

政治的に正しい食事前の祈りを考えてみた

みなさまおそろいになりましたか?それでは。


信仰のある方、特定の宗教に帰依している方はその教義に従って儀式を開始してください。

宗教を持たない方は本日一日の食事のために何を殺戮してきたか、何を犠牲にしたか、どんな人やモノどもがあなたのために動いたか、あなたがこの食事を取ることで何が喪われるかについて想いをめぐらしてください。

私と同じ十字凄教の方はご唱和ください。

「天にまします我らが神よ、…

2007-07-26

http://anond.hatelabo.jp/20070725221350

男性ホモセクシャルHIV保有率の高さを指摘することは偏見であり、

性交に対する肛門性交感染率の高さを指摘することは無知である。

これらの事実を見ざる聞かざる話さざる、というのが政治的に正しい態度なんだろね。


俺は女も男も両方いけるバイだけど、エイズに関してはノンケ

男女間のほうがよっぽど危ないと思う。


ゲイでも若いやつは、ケツやるときはちゃんゴムつけるし、

遊んでるやつでもそこだけは譲らないやつは多いよ。

まあゴムフェラまでやるやつはさすがに少ないけど、

みんなそこまで考えてるんだよ。


それに比べると、男女間だったらナマでやっちゃうことって結構多いじゃん。

外だししても、ナマだったら病気感染率はぐっと上がるよね。

そもそも、ゴムつけるのは避妊のためであって、性病予防のためっていう

意識の人は少ないんじゃない?

男女カップルで、病気が怖いからフェラするときは必ずゴムフェラにしてる

っていう人たちいる?


まあ、いまはHIV保菌者の絶対数男性同性愛者のほうが多いから、

実際に男と接触したときのリスクが高くなっちゃうのは事実なんだろう。

でも、この調子だと異性愛者の感染者もどんどん増えてくると思う。


ノンケの人も、性病予防のためにゴム使うのは当然だとか、

ゴムフェラも考慮してみるとかいうように意識を高めていくことが必要

なんじゃないかな。


そんな状況を見ると、「膣性交に対する肛門性交感染率の高さ」を理由に、

同性間のセックスが危ないとかいうのは、ちょっと違うんじゃないかと思う。

2007-07-25

男性ホモセクシャルHIV保有率の高さを指摘することは偏見であり、

性交に対する肛門性交感染率の高さを指摘することは無知である。

これらの事実を見ざる聞かざる話さざる、というのが政治的に正しい態度なんだろね。

anond:20070722115840

2007-03-19

売春婦」を政治的に正しく言い換える?

http://anond.hatelabo.jp/20070319180129

あと、どうでもいいけど「売春婦」って政治的にOKなのだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20070319133342

だめでしょう。政治家売春買春をしていたら、とりあえず辞職は免れんでしょう。政治生命を絶たれる可能性も十分あると思う。

多分政治的にOKかってのは、「売春婦」と言う言葉が「政治的に正しい」かって聞いてるんだと思いますよ。いわゆるポリティカル・コネクトレス

例えば「盲(めくら)」を政治的に正しく言い換えると「目の不自由な人」


ところで「売春婦」は政治的に正しいかどうか。「売春」って言葉ニュースとかでも使われてるし問題ないのかな。売春してる男性もいるだろうから男女平等的な見方では「売春士」とかの方がいいのでしょうか? っていうのは論点がずれてるけど。

「売女(ばいた)」とか「淫売」に比べりゃ「春を売る」ってのは充分ロマンティック(過ぎ)な言い方だと思うけどね。

2007-02-06

柳沢厚労相結婚子供2人、健全」発言を政治的に正しいものにする

この人は地雷をつつくのが好きなのか、真正のマゾなのかという疑問も尽きない柳沢厚労相であるが、今回の発言の要旨をちょっとだけ加工すると極めて政治的に正しいものとなる。

他方、ご当人の若い人たちは、(二次元の嫁と)結婚をしたい、子どもを2人以上持ちたい(いや、むしろ孕ませたい)という極めて健全な状況にいるわけです。そういう若者の健全な希望に、我々がフィットした政策(ないしはエロゲ)を出していくということが大事だと思っている。

2007-01-08

なんかotsuneさんっぽい人がいるなあ

  • 政治的に正しいディスとして「可哀想」という表現をする
  • 「だよなぁ」で終わる文章
  • 文頭が「まぁ」で始まる

まぁ、本当にid:otsuneだったら、三点リーダーを「・・・」で書くようなミスはしないはずだから、単にインスパイアされただけの人だと思っておいた方がいいよなぁ。

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