はてなキーワード: RPGツクールとは
小学生のころ、『RPGツクール スーパーダンテ』というスーパーファミコンのソフトを買った。
まぁいまさら説明不要だと思うけど、簡単にRPGが作れちゃうソフトだ。
だけど、実際はそんなに完璧じゃなかった。
結構プログラミング的な部分があるし、スイッチの切り替えをちゃんと
家の中に宝箱があって、その中に5000Gが入ってて。
それを取るとお母さんが「あんたたち!」って言いながら敵として襲い掛かってくるんだ。
グラフィックがドラゴンでさえ、ラスボスよりも強そうなんだ。で、絶対死ぬ。
だから宝箱は絶対に取れない。こういうの仕掛けておくのもいいなと当時は思ってた。
で、友達を仲間にして学校に向かうんだけど、学校が異空間とつながってて。
まぁ、マップをランダムに配置しただけなんだけど、結構カオスな感じに仕上がってて。
嫌いな先生やクラスメイトは敵キャラにしたから、友達とプレイしたときは
なかなか受けがよかったよ。
でも敵キャラとして登場したクラスメイトの一人がその話を聞いて
「何で俺が敵キャラなんだ!」って殴り合いになったこともあったなぁ。
結局いきなりラスボスの校長を出して、「俺たちは、世界を守る!」みたいな感じで
戦ってエンディングが流れて終わったけどね。
何か楽しかったなぁ。
http://anond.hatelabo.jp/20100329035432
元増田です。
まずは、こんなクソみたいな奴の超絶珍文章を読むだけに留まらず、
レスまで頂いた皆様に感謝申し上げます。(質問頂いた方はすぐに答えられずすみませんでした。)
あと、あーちゃんは味噌汁で起こしてくれませんでした。大変残念です。
明日は、かしゆかに両乳首をつねられて起きるという可能性に期待しようと思います。
そんな訳で、昨日かいてから約1日ほど経ちました。
自分でも何がどうなったかわからないのですが、
結婚するかな・・・という方向に大きく傾きました。
そして先ほど、「もう知らないよ。」という彼女が放った言葉から
なし崩し的に結婚の話に移行し、
という「おい!どうしたの!」と言われる様な結果に至りました。
会社から帰るまでは今日もまだじっくり考えようかと思っていたのですが、
結局はこうなった事に自分でも驚いています。
その後、今後の予定はどうしようかというのをひとしきり話した後、
疲れた彼女が床についたので、こうしてご報告させて頂いています。
正直な所、プロポーズして良かった6、して良かったのだろうか4、というのが今の心境です。
4も迷いがあるって本当にTHEウンコ野郎だと思いますはい。
良かった所としてはプロポーズ後に未来の話ができた事が大きかったと思います。
今までは、結婚の話に繋がるから未来(子供)の話ができなかったのですが、
改めて先ほど話して、楽しそうな未来を想像できたのは良かったです。
これまではそもそも、未来の話ができない=漠然とした微妙な未来しか見えない。
というのが、自分の結婚したくない感を強めていたんだなと思いました。
ただーーーーーしっ!!!!祭りは準備が一番楽しいというじゃないですか!
夏休みは予定表を作るのみ。
明日からちょっとずつ距離を延ばしつつマラソンするぞー!(1日もやらず)
いやー、なんかまだモヤモヤはしてるんですよね。
こんな男と結婚させてしまっていいのだろうかって事なのかもですが。
あと全然別の話になっちゃいますが、水道橋博士のtwitterを
先月くらいからフォローしてたのが意外と影響あったような気がしてます。
博士のトゥウィート、tweet、どっちで表記すべきかわからないですがいいや、
博士のつぶやきにたまに出てくる娘さんが、すっごくかわいらしいんですよ。
なんだよ家族っていいな。と日々ちょっとずつ刷り込まれていったのも、
プロポーズに踏み切れた一因となったの様な気もしています。
気持ちはすごく前向きです。結婚前に風俗は行っておこうと思います。
のっち似の子が丁度良い具合に尻をスパンキングしてくれる所を探してみます。
やった!すっごくテンションあがってきた!気持ちいい!超気持ちいい!
本当に超絶マキシマムマックスクソ野郎だと自分でも思いますが行きます!
(完)
俺の住む世界はアイティーとやらに支えられているらしい。
アイティーに関われば、俺の住む世界をさらに素敵なものにしていけるに違いない。していきたい。
そう願って、何も知らなかった文系新卒の俺が金融系のシステム会社に入って、もう一年以上が経つのだ。
昔、お遊びでゲームを作ったことはあった。RPGツクールなんかが好きだった。
パズルみたいで楽しかった。コンピュータの中身が理解できて、わくわくした。
楽々と基本情報技術者の資格を手にし、半年後にはほとんど勉強もせずにソフ開も取得した。
研修の課題では同期の誰よりも速く、短く効率のいいソースを仕上げた。
現場に出て、本番機に触った。
30年間親会社を支え続ける偉大なシステムの中身を、わくわくしながら覗いた。
そこには、俺の求めていた世界とはまったく違うものが広がっていた。
俺が産まれる前から、入れ替わり立ち替わり何人もの手によって継ぎ足されたロジック。
何千行にもわたって、似たような処理が何回もひたすら繰り返される似たようなモジュール何十本。
1993年に行う臨時処理のロジックが、今もコメントもなしに埋め込まれている。
仕様がわからなくなれば、キャビネへと走って、黄ばんだ方眼紙に鉛筆で書かれた仕様書を探し、
そして修正履歴のみが書かれているのを確認して肩を落とす。
半年後に臨時で行われる業務に対応するため、いくつかのモジュールについて、処理可能なユーザーコードをひとつ、条件に加える。
与えられた期間は2週間だった。ずいぶん長いなと思った。
何枚もの設計書を書いた。つまり、方眼紙状のExcelテンプレートに同じ文章をコピペした。
追っていったモジュールはどれも、ヒープもソートもメモリ管理も論理演算も出番がなかった。
あるのはただ、IF文とMOVE文とばかりだった。ソースの難易度は使われている命令の数とは関係ないことを学んだ。
テストデータを作るため、階層型DBを何回も辿ってデータをアウトプットさせるモジュールを書いた。資格試験で学んだSQLは、無用の知識だった。
協力会社への仕事割り振りやユーザー対応に毎日忙しそうだった上司が、夜遅くまでの残業続きでくまのできた目を皿のようにして設計書をレビューした。
ロジックを丸々コピペしてソースを修正し、コンパイルし、実行した。
2週間はあっという間だった。
俺のせいで、半年後以降は使われないロジックがソースにまたひとつ増えた。
今回の対応については、Excel方眼紙にレポートをまとめて共有ドライブに入れておいた。
だが共有ドライブの検索には時間がかかるし、Excelシートの中身となれば検索から漏れることも多い。
きっと誰にも読まれないだろう。
2バイト文字が使えない関係上、原則、ソースにはコメントはあまり入れられない。
数年後の新人はきっと、俺の書いたモジュールを見て「このロジックは何だ」と首を捻るんだろう。
数年後の俺はきっと、今回のレポートを共有ドライブから探し回って新人にパスを教えてから、
協力会社の管理に追われる作業に戻って目の下にくまを作るのだろう。
俺がやりたかったシステム開発って、こんなものだったのか。
俺は部署の中で、俺の望む仕事を探し続けた。
先輩たちは忙しくて誰も興味を持ってないけど、自動化できる作業はいくらでもある。
よく使われるExcelシートを改造し、定例作業をクリックだけでできるようにした。
ExcelVBAとはいえ、書いていて心地よかった。引数が明確な関数と変数のスコープと全角文字があったからだ。
COBOLで打つプログラムより、控えめに見て100倍くらいの生産性を発揮できていたと思う。
先輩たちは喜んでくれたが、ただし俺の仕事を、あまり仕事とは見なさなかった。
それでもよかった。業務時間外は俺は相変わらずスクリプトを書いていた。とても楽しかった。
VBAから入って、WSHなんてものを知り、やがてJavaScriptを学び、ネットで資料を探し、はてなを知り、はてブでWeb技術についての記事を読みふけった。
知れば知るほどに、どんどんCOBOLが、メインフレームが嫌いになっていく。
先輩は誇らしげに言う。システムはたいしたことをやっていない。業務知識こそが大事なのだ。
ユーザーより詳しく業務を理解し、適切に提案し、設計する能力。
協力会社を率いて、わかりやすい文書で指示を行い、スケジュールを調整する能力。
人を動かすぶん、責任も大きくやりがいもある。優秀な人材こそが我が社の強みだ。
そんな人材が育つよう、我が社は安定して働ける環境と福利厚生を整えている。
ああ、そうだよ。先輩、あなたは正しい。
俺だってメインフレームの信頼性のすごさはわかってる。
密なユーザーとの関係から生まれるシステム子会社としての強みも認識してる。
それだけじゃない。社内環境も悪くない。給料もいいし休みも取れるし先輩は優しい。
ここは、いい会社だ。
けど駄目なんだ。
30年前のシステムを枯れた言語でツギハギする仕事じゃ、俺の心はやっぱり満たされない。
ユーザーの業務知識ばかり身につけたって、俺自身の人生には、いいことなんてない。
俺が求めていたのは、この仕事じゃないんだ。
社内の誰も、TumblrもTwitterもやっていない。ライフハックなんて聞いたこともない。
Joostやモバゲーや2ちゃんねるが社会に与える影響について誰も語れない。
休日はゴルフや酒に興じている。自宅にPCを持ってない人までいる。
おかしいことじゃない。普通の人たちだ。
それどころか彼らは、仕事とプライベートを切り分けている、立派な人たちだ。
でも、やっぱり俺の生きていきたい世界は、ここじゃないんだ。
たぶん俺がいるのは極北なんだろう。
ここが、人月計算とExcelとスーツの世界というやつなんだろう。
俺は80文字×32行の緑文字を見つめながら、遠い夢を見続ける。
まだ見てるかな?↓これ、書いた本人です。
http://anond.hatelabo.jp/20091007012948
なんかさ、元増田を見ていると、過去の自分みたいなんだよね。ま、俺、男だけど。以下、ちょっと自分語り。ウザいと思ったら読み飛ばしてください。
今、20代後半。筋金入りのオタク街道。周りもヲタ友ばかり。大学の時はRPGツクールで遊んでたり、はぴまて運動もしてた。
小さいころから勉強は得意だったので、一般に高学歴と位置づけられる大学に入学(でもオタク)。
勉強は得意なので、大学の成績も良好。教授に気に入られ、研究室推薦で有名企業に入社(でもオタク)。
・同期の男→会社の名前を使って合コンを取り付けることに躊躇わない。
・同期の女→高校入学のときに叔母が買ってくれた筆記用具、中学入学のときにじーちゃん(故人)が買ってくれた腕時計を使っている俺に対して「せっかく給料貰っているんだから良いモノ揃えようよ~」と。
・上司→「1着20万円のスーツを買えとは言わないが、それなりのモノを買わないと示しがつかない。若いうちはボーナスで道具を揃えろ」
休日は同期や近い人たち、誰が呼んだのか、近くの会社の人たちで集まってバーベキュー。同期の男たちが学生時代から乗っている車はボロくても、かかっている音楽は流行りのモノ。平日は平日で、「会社を早めに終わらせてプロ野球応援に行こうぜ!ホームランとっちゃうかも~」、「今日は○○のライヴだーー。仕事たりー」みたいな。
自分も、この空気に馴染もう、せっかく社会人になったんだから、お金もあるんだから、と思って最初は積極的に参加していました。でも、なんかイマイチ楽しみきれない。隣でビール飲んで顔赤くなって大笑いしている人たちを見ても、自分はそこにはいない。「ああー、同世代の人たちってこういう風に楽しんでいるんだー」って感覚。楽しむんじゃなくて、経験値を積もうとしている感覚。エセだけどリア充していたので彼女ができた時期もありました。でも自分の趣味を言えない。好きなマンガの話をしても「藍より青し」「いちご100パーセント」でアウト。ましてや二次元ドリームマガジンを買っていますなんて言えるわけがない。自宅に呼んでもサウンドホライズンを流せない。結局、彼女とは続きませんでした。でも、スイーツ的には恋愛はそれでいいらしい。
結局、俺は俺が信じる俺を信じるしかない。20年+アルファの人生で染み付いた思考はなかなか変わらない。
今では会社の付き合いをそこそこにして、家で楽しく「く、くぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」と叫んでいます。
俺さ、↓って書いたでしょ。
たぶん、将来、金を稼いで、あなたはリア充、スイーツになったと主観的に思ったとしても、なんとなく自分の心の中で物足りなさを感じると思う。そしてやっぱり覚悟を決めて自分が好きなフィールドに戻ってくる。もしあなたが彼氏が欲しい場合、そのフィールドを受け入れてくれる男を探した方がずっと良い。無理しなくていいから。
やっぱり、こんな経験に基づくのね。
元増田は今まで「女の子」になったことがない。お金も手に入れたので、「女の子」装備を整えてみたい。
気持ち、凄いわかる。別にそれを否定するつもりはない。俺も、リア充になってみようと思って色々歩き回った経験で、自分とは違う世界の存在も体験できたし。それに、自分はやっぱり二次元の住人だって自覚できたから、二次元には前よりも愛着があるよー。一度、故郷を離れてみるからこそ、故郷の良さが分かる、みたいな。
だからさ、一度、やってみなよ。エセでもいいから、「女の子」装備揃えてみて。「あー、やっぱり私にこれ、装備できない」と思うことになるかもしれないけど。経験値を積むのは悪いことじゃないよ?それから、自分が楽しめないと自覚したら、すぐに喪に戻ること。自分は、二次元の住人に戻ることにちょっと時間がかかってしまった。なんで早めに戻らなかったんだろう、と今でも反省。
なんか、まとまりはないけど、私は元増田、応援しています。
「何か作りたい」x100
何かというのはきっと自己顕示欲を十分に満足させられるだけの何か。RPGツクールを手にして「FFとかドラクエ作りたい」というような感覚。いざ絵をかけば何時間も集中できない。ろくなキャラクターがかけない。落ち込む。もう嫌だ。
とりあえずメンタル面を何とかするために「何か作りたい」を唱え続けることにした。その内に何とか手は動くようになったが、自分で書くもの全てが未熟に思えてきて、全然作業は進まない。書いてはやめて、書いてはやめるの繰り返し。未完成のクズ文章をまき散らした挙げ句に、やっぱり何にも手がつけられなくなった。頭の中も真っ白で、何にもやる気がでてこない。
ダメな自分を許せない。抜け出すために何かやろうと思っても、今までの経験で何をやってもダメだったから、やっぱり何もできない。何もできない自分が許せない。
「許してください、お願いします。」x100
きっと自分を許せない何か。自分を許さなかった何か。必死で「許してください」と呟き続ける。それでも誰も許してはくれない。何を許せばいいのかわからない。どうしたら許せるのかわからない。
その内に僕は夢から覚める。マウスを動かして眠りに付いたPCを叩き起こす。部屋にはまたクリック音がカチカチと響き始める。
「、、、ん?なんだ、もう朝か。」
俺の住む世界はアイティーとやらに支えられているらしい。
アイティーに関われば、俺の住む世界をさらに素敵なものにしていけるに違いない。していきたい。
そう願って、何も知らなかった文系新卒の俺が金融系のシステム会社に入って、もう一年以上が経つのだ。
昔、お遊びでゲームを作ったことはあった。RPGツクールなんかが好きだった。
パズルみたいで楽しかった。コンピュータの中身が理解できて、わくわくした。
楽々と基本情報技術者の資格を手にし、半年後にはほとんど勉強もせずにソフ開も取得した。
研修の課題では同期の誰よりも速く、短く効率のいいソースを仕上げた。
現場に出て、本番機に触った。
30年間親会社を支え続ける偉大なシステムの中身を、わくわくしながら覗いた。
そこには、俺の求めていた世界とはまったく違うものが広がっていた。
俺が産まれる前から、入れ替わり立ち替わり何人もの手によって継ぎ足されたロジック。
何千行にもわたって、似たような処理が何回もひたすら繰り返される似たようなモジュール何十本。
1993年に行う臨時処理のロジックが、今もコメントもなしに埋め込まれている。
仕様がわからなくなれば、キャビネへと走って、黄ばんだ方眼紙に鉛筆で書かれた仕様書を探し、
そして修正履歴のみが書かれているのを確認して肩を落とす。
半年後に臨時で行われる業務に対応するため、いくつかのモジュールについて、処理可能なユーザーコードをひとつ、条件に加える。
与えられた期間は2週間だった。ずいぶん長いなと思った。
何枚もの設計書を書いた。つまり、方眼紙状のExcelテンプレートに同じ文章をコピペした。
追っていったモジュールはどれも、ヒープもソートもメモリ管理も論理演算も出番がなかった。
あるのはただ、IF文とMOVE文とばかりだった。ソースの難易度は使われている命令の数とは関係ないことを学んだ。
テストデータを作るため、階層型DBを何回も辿ってデータをアウトプットさせるモジュールを書いた。資格試験で学んだSQLは、無用の知識だった。
協力会社への仕事割り振りやユーザー対応に毎日忙しそうだった上司が、夜遅くまでの残業続きでくまのできた目を皿のようにして設計書をレビューした。
2日後、承認が出た。フェーズが設計から開発に移った。
ロジックを丸々コピペしてソースを修正し、コンパイルし、実行した。
2週間はあっという間だった。
俺のせいで、半年後以降は使われないロジックがソースにまたひとつ増えた。
今回の対応については、Excel方眼紙にレポートをまとめて共有ドライブに入れておいた。
だが共有ドライブの検索には時間がかかるし、Excelシートの中身となれば検索から漏れることも多い。
きっと誰にも読まれないだろう。
2バイト文字が使えない関係上、原則、ソースにはコメントはあまり入れられない。
数年後の新人はきっと、俺の書いたモジュールを見て「このロジックは何だ」と首を捻るんだろう。
数年後の俺はきっと、今回のレポートを共有ドライブから探し回って新人にパスを教えてから、
協力会社の管理に追われる作業に戻って目の下にくまを作るのだろう。
俺がやりたかったシステム開発って、こんなものだったのか。
俺は部署の中で、俺の望む仕事を探し続けた。
先輩たちは忙しくて誰も興味を持ってないけど、自動化できる作業はいくらでもある。
よく使われるExcelシートを改造し、定例作業をクリックだけでできるようにした。
ExcelVBAとはいえ、書いていて心地よかった。引数が明確な関数と変数のスコープと全角文字があったからだ。
COBOLで打つプログラムより、控えめに見て100倍くらいの生産性を発揮できていたと思う。
先輩たちは喜んでくれたが、ただし俺の仕事を、あまり仕事とは見なさなかった。
それでもよかった。業務時間外は俺は相変わらずスクリプトを書いていた。とても楽しかった。
VBAから入って、WSHなんてものを知り、やがてJavaScriptを学び、ネットで資料を探し、はてなを知り、はてブでWeb技術についての記事を読みふけった。
知れば知るほどに、どんどんCOBOLが、メインフレームが嫌いになっていく。
先輩は誇らしげに言う。システムはたいしたことをやっていない。業務知識こそが大事なのだ。
ユーザーより詳しく業務を理解し、適切に提案し、設計する能力。
協力会社を率いて、わかりやすい文書で指示を行い、スケジュールを調整する能力。
人を動かすぶん、責任も大きくやりがいもある。優秀な人材こそが我が社の強みだ。
そんな人材が育つよう、我が社は安定して働ける環境と福利厚生を整えている。
ああ、そうだよ。先輩、あなたは正しい。
俺だってメインフレームの信頼性のすごさはわかってる。
密なユーザーとの関係から生まれるシステム子会社としての強みも認識してる。
それだけじゃない。社内環境も悪くない。給料もいいし休みも取れるし先輩は優しい。
ここは、いい会社だ。
けど駄目なんだ。
30年前のシステムを枯れた言語でツギハギする仕事じゃ、俺の心はやっぱり満たされない。
ユーザーの業務知識ばかり身につけたって、俺自身の人生には、いいことなんてない。
俺が求めていたのは、この仕事じゃないんだ。
社内の誰も、TumblrもTwitterもやっていない。ライフハックなんて聞いたこともない。
Joostやモバゲーや2ちゃんねるが社会に与える影響について誰も語れない。
休日はゴルフや酒に興じている。自宅にPCを持ってない人までいる。
おかしいことじゃない。普通の人たちだ。
それどころか彼らは、仕事とプライベートを切り分けている、立派な人たちだ。
でも、やっぱり俺の生きていきたい世界は、ここじゃないんだ。
たぶん俺がいるのは極北なんだろう。
ここが、人月計算とExcelとスーツの世界というやつなんだろう。
俺は80文字×32行の緑文字を見つめながら、遠い夢を見続ける。
http://anond.hatelabo.jp/20070711000654
自分の体験を元に、ゲームプログラマ版を作ってみた。
レベル0の人はゲームを遊ぶのが好きですが、それがどのようにして作られているのかは知りません。プログラミングという行為を知るのはちょっと先になりますが、素質はあります。
レベル1の人は簡単なプログラミング言語を覚えます。言語ではなく、RPGツクールなどのツールの場合もあります。自分の興味に従っているので吸収が早く、下手に授業でかじっただけの人よりは出来ますが、それゆえ誇大な妄想を抱きがちです。
レベル2の人はC言語が業界の標準であることを知り、手を出します。最も一般的なのは、DirectX+VCの組み合わせです。このレベルには、いきなりライブラリを作ろうとして挫折する人と、素直にDXライブラリやLunaなどのライブラリを使う人と、他の人が作ったものを使ってみたあと自分で作り出す人の3種類のレベルがいます。また、ポインタやアセンブリ言語に無駄にあこがれを抱くのもこの時期です。
レベル3の人はオブジェクト指向やデザインテンプレートにハマります。このレベルの人は言語オタクになりかけますが、そこで踏みとどまってゲームを作るという当初の目的を思い出す人と、そのまま向こうに行ってしまう人がいます。ここでは前者を取り扱いますが、向こうに行ってしまった人は、別のレベル4に派生します。
レベル4の人は、ゲームプログラミングに重要なのは言語ではなく環境だということに気づきます。生産性を高めるはずのコードを書くのに無駄な時間を費やすのに飽きてきているため、本来のゲーム作りに集中することができます。この時期に良い仲間に巡り会えると、1本のゲームを完成させることができますが、世の中そうそう甘くはないのでレベル5へ進みます。
レベル5の人は、ゲームに必要なのはプログラムだけではなく、絵や音楽も重要な要素であるということを思い出します。ここで仲間探しに精を出し始めるか、それとも全部自分でやろうとするかに分岐します。後者の場合、最初は独学で勉強してさっさと作れるようになろうと思いますが、才能のなさに絶望を味わうことになるでしょう。前者の場合、レベル7に飛びます。
レベル6の人はゲーム作りに関わることなら何でも自分一人でできるようになっています。そのため、これ以上成長を必要とされません。このレベルのまま量産体制に入るとすさまじい生産性を発揮します。しかし、このレベルまで達する人は学習意欲が高すぎるので、もう学ぶべき事は何もないと思うと別の分野に行ってしまう可能性があります。
このままでいいんだろうか・・・?
レベル7の人はどの業界でも同じです。人を使う立場、あるいは人に教える立場につきますが、プログラマとは別の能力が必要とされるため、適性のない人がレベル7になると、自分の存在意義に疑問を抱くようになります。
ちょっと、これ作ってみない?
実際には就職や転職のタイミング、周囲に仲間がどれだけいるかといった外的要素が深く関わってきます。ここで挙げたのはそういった外的要因を排除して考えた・・・というわけでは特になく、自分の経験を元にしたらこんな感じになった、というだけです。
「Twitterとは、量が質を産む作業そのものなんじゃないかと思った」
それは絶対にない。ありえないと言ってもいい。量は質を生まない。
インターネットにおいて、個人の著作のほとんどは書き捨てだ。古のテキストサイトでも、ニュースグループでも、Blogでも、mixiでも、はてなブックマークでも、たくさんのクズが生産され、消費され、忘れられてきた。Twitterがこの列の最後尾に加わっただけの話。ニュースグループを未だにチェックしている人は手を挙げて?せめてログを大事に持っている人は?
いやいや、ニュースグループは長年よく頑張ったじゃないか。Twitterがこんなに長生きするとは思えない。今ログが全部消えても、日本じゃ裁判にさえならないだろう。Bloggerがいつも通り口だけ偉そうな批判を行って、それでおしまい。みんな心のどこかでクズを生産していることに気付いているからだ。年寄になってTwitterのログを読み直したい?「お爺ちゃん、仕事中に何してたの?」って。
大原則:クズはどれだけ集まってもクズ。別にインターネットに限った話じゃない。雑誌だって本だって映画だって、ほとんどはクズとして生産され、クズとして消費され、クズとして忘れられていくのだ。
そんなことない、例えばクズじゃないBlogもあるじゃないかって?その人は頑張っているんだろう。ちょうどクズ作家の中にクズじゃない作家がいるみたいに。でもBlogというシステムが、クズの山から質を産み出したのか?いいや、ただGoogleの精度を下げて、クズの流通を後押ししただけだ。
はてなブックマークも変わらない。誤解する人がいるけれど、これはただ良いものを流通させるシステムであって、クズに魔法をかけるシステムじゃない。そもそも「綺麗なアイコン50」みたいな記事を流通させるべきなのかは別にして。いや、よく考えてみれば、はてなブックマークには一部のクズ記事を盛り上げる「晒し」という魔法があったな。まったく、素晴らしい発明だよね。
新しいメディアが現れると、必ずこうして「このメディアはクズから質を生みだすのだ」と言いだす人が現れる。これは「僕の生み出すクズをなんとかして」という叫びでもある。もちろん、なんともならない。技術の進化を待つより、日本語を学び直したほうがずっと早い。
スタージョンの法則は正しい。「どんなものも90%はクズ」なのだ。増田も非モテとか非コミュとか、クズみたいな話ばっかり。でも人間はクズ話が好きだ。いいじゃん、クズで。楽しいんでしょ、Twitter。交換日記、夏休みの工作、一度だけ書いた小説、RPGツクール…クズを作るのに躍起になっていたことも、いつかはいい思い出になるのだ。だから質を生むとか言う口は閉じたまえ。