はてなキーワード: 大清とは
という言葉が、観音経にあるらしい。あいにく、私は読んだことがなく、ネット知識であるので間違いがあったら許して欲しい。
意味としては、
長い時間をかけて何かをやり続けても結果が出ないことがある。
それでも、そのことについて悩んだりすべきでは無い。
結果として、何も成せなかったとしてもだ。
的なことらしい。
要するに、何者かになろうとするのは良い。
でも、何者かになれなかったとしてもそれを悔やんではならないよということだ。
なかなか、耳が痛い言葉である。でも、観世音菩薩が言うのだからそうなのだろう。
そして、何者かになりたいと言うのは、どうやら古来から続く普遍的な悩みらしい。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/83898
という表題で書かれたそのネット記事は、痛烈に私達を射抜いているような気がした。
オタクが蔑称から個性に移り変わるにつれ、オタクは結果から手段へと変遷した。
オタクという個性を得ることによって、何らかの個性を得たいと言うのが根元にあるのだと記事では分析している。
そこで、ふと、思ったことがある。
私も、意図せずして使っていたのだが、コンテンツに対して「履修する」という文言を使うようになった。
別に、個々人の趣味なのだから、視聴するとか見るとか、そういう言葉でいいはずなのであるが、いつからか、履修するようになってしまった。
「履修」とは、決められた科目などを修めるという事である。
何らかの用意されたコンテンツを、カリキュラム的に消費するというニュアンスが、意図しないでも含まれることになる。
そして、当然だが科目を履修すれば単位が出て、規定の単位を収めれば学位を得ることができる。では、この学位とは何を意味するのか。
そして何より、単位を取得し、学位を得たという事実は、消えることはないのである。
私はそのコンテンツの単位を持っています、と対外的に主張できるのだ。
それは、オタクになりたい人たちにとってみればとても都合の良いものであるように思える。
それが、何者かになりたい人たちが、コンテンツを「履修」するようになった一因かもしれない。
私は、特段オタクというものに興味もなりたいとも思ってはいなかったのだが、「履修」という言葉には、私のそこまでの潜在的な意味や意識が込められていたのかもしれないなと、ふと思ったのである。
221年~245年:魏 (植民地)
1126年~1234年:金 (属国)
1392年~1637年:明 (属国)
1897年:下関条約により清の属国から解放される←←←←←←ココ重要
1903年:ロシア朝鮮半島を南下。日本の尽力によりロシアの属国化を回避
1945年~1948年:アメリカ(非独立)←←←←←←ココも重要
1948年:大韓民国成立(アメリカ軍による朝鮮統治によって国家基盤が形成され成立)
1993年:初の文民政権誕生←←←←←←韓国は民主化してまだ20年しかたっていない
1997年:アジア通貨危機・国家財政崩壊によりIMFに土下座
2012年:米韓FTA可決、事実を知った国民は火病デモをするも後の祭り
日清戦争の講和条約は第一条から「朝鮮は独立国と認めて朝鮮から清への貢物は廃止する」。
日清戦争の清国側の宣戦詔勅にはっきり 『朝鮮ハ我大清ノ藩屛タルコト二百余年…』(和訳)と謳った上で 戦闘状態に入った上での馬関条約第一条。
日本人から留学したりして日本文化や技術を学ぶ→習得後口先で日本に感謝の言葉を述べながら帰国→帰国直後は日本から教わったと公言しながらそれを広める→数年後、なぜか突然この文化は自国で数百年前から伝えられてきた文化だという作り話をし始める→日本のその文化は自国のこの文化が伝来したものだと話が変質し、枝葉がついてついに起源を主張し始める→日本はまた朝鮮人が馬鹿なことを言っていると無視→数年後、突然国連文化遺産に申請したり他国に自国起源の文化だとして国家予算を使って広め始め、日本の文化が自国のパクリだと主張し始める→別のものでまた文化盗難と起源主張を始める
朝鮮はついこの間まで中華国家の属国で文化も文字も存在しない土人国家だった。旗は大清属国旗を未だ使っており、国名も大日本帝国のパクった名前。当然教えるほどの歴史もなく、自国と自民族に対する尊厳が保たないから知恵を絞った挙句他国文化をパクって自国のものと主張したり、都合の悪い歴史は隠蔽して妄想ファンタジーを歴史だとし始めた。国全体が統合失調症でサイコパスとか本当に気味悪い連中だよ…
良い記事だ。しかし、まだまだ甘い。天衣みつだ。http://anond.hatelabo.jp/20141125174047
この増田は、まず、同志社大学の教授 浜矩子 大先生の著書を読んで勉強すべきだ。ついでに、高橋乗宣先生の御著書も読め。
2014年 戦後最大級の経済危機がやって来る!: 高橋 乗宣, 浜 矩子 2013年 世界経済総崩れの年になる! 高橋 乗宣, 浜 矩子 2012年 資本主義経済 大清算の年になる 高橋 乗宣、 浜 矩子 2011年 日本経済 ―ソブリン恐慌の年になる! 高橋乗宣、 浜 矩子 2010年 日本経済 ―「二番底」不況へ突入する! 高橋 乗宣、 浜 矩子 世界恐慌の襲来―日本経済は「最悪の10年」に突入する 高橋 乗宣 2007年 日本経済―長期上昇景気に陥穽あり! 高橋 乗宣 2006年 日本経済―日米同時崩落の年になる! 高橋 乗宣 2005年 日本経済世界同時失速の年になる! 高橋 乗宣 2003年 日本経済 世界恐慌突入の年になる! 高橋 乗宣 2002年 日本経済―21世紀型恐慌の最初の年になる! 高橋 乗宣
ほら、何一つ当たってないでしょう。