はてなキーワード: リポビタンDとは
ネスカフェの「違いの分かる男」も、
いつの間にかやらなくなってる。
もしかするとこういう風に親父ギャグって出来上がっていくのかもしれない。
長年これらのCMに親しんだ我々は
これからもお馴染みのネタとして会話の要所に差し込んでいくのだろう。
もはやそれは癖だ。
しかし2000年以降に産まれた世代はそんなCMなど存じないと感じる者も多いはずだろう。
2010年前後の産まれになれば完全に通じないネタだと思っていい。
とみなされ遠巻きに見られるわけだ。
我々も若い頃に、なんだかよくわからない決まり文句ではしゃぐおじさん集団を見たことがあるだろう。
そんなおじさんに冷ややかな目を向けこうはなりたくないとも思っていただろう。
おじさんたちはギャグセンスに乏しいわけでも若者の生活に無関心だったわけでもないのだ。
おじさんたちにとって変わらないはずだったものがあっけなく消えてしまったのだ。
おじさんたちは幼い頃から親しんできた故に、
それがなくなることなんて思いもよらず、
消えゆくことにすら気がついていなかったのだ。
私はそんなことを言いたいんじゃないのっ!
まあ、平日せっかくだからと平日にしか出来ない用事ってあるじゃない。
それをもう全部済ませちゃおうってね。
逆に忙しいわ。
仕事の電話も入ってくるから結局オフィスにいなくても関係ないわね。
まあ仕方ないわ。
なんか、
4月目前にして急にまた寒くなった感じ。
ほんと気をつけてね。
うふふ。
まだなので、ブランチといきたいところね。
しっかり栄養つけなくっちゃね。
何食べようかしら。
あのさ、
あなたの回りに英語ネイティブでしゃべれる人っていないかしら?
その人にオロナミンCとかリポビタンDとかって言ってもらってみてよ。
これオススメ!
セレブの間でフォンダンウォーターってのが流行ってるらしいわよ。
私も一応流行を押さえておこうと思ってね。
もうなにがなんだかよね。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
仕事で遅くまで残ってる人に善意で差し入れすることあると思うんですが、
レッドブルやモンエナなんかのエナドリや、眠眠打破とかリポビタンDとか
そういう系のものを渡すのはどうなんだろうか。
比較的前向きな理由で残業してる人に、「お先に〜」って言いながら
(冷えてる)ドリンク渡すならまぁ受け取る方も悪い気はしないと思う。
ただ、マネージャー職が明らかにスケジュールミスって後ろが詰まって瀕死なのに
自分は仕事振ったからって「お先に〜」って言いながら(ぬるい)リポビタンD渡してきた。
「お前それお前がそれ飲まなくても良いように仕事振るのがお前の仕事だろお前!!」
って自分は心のなかで切れながら「はぁ...まぁ...あざす」って感じで受け取っちゃったりしたんだけど。
受け取っちゃったからなんかもう言い返すことはしないんだけど、
28歳女。飲食店勤務。年の瀬だけど乳首が取れかかっている。佐村河内風に言えば、3年前から少しずつ取れかかっていた。28年間、舐められもせず、吸われもせず、一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べてきた私がなぜこんなことになったのだろうか。今流行の妖怪のせいだろうか。一大事~なのは確かである。そんな思いを抱えながら、これまで保湿クリームを塗ってニプレスを貼り、どうにかこうにか凌いできた。ニプレスを剥がすとき、私はいつも『三つ目がとおる』の写楽保介を思い出す。これは私の第三の目なのだ。そう思うことで少しだけ強くなれた。しかしニプレスを剥がして出てくるのは痛々しい乳首。『三つ目がとおる』というより『乳首が取れる』である。そんな私の乳首も今年に入りとうとう限界に近づいてきた。干しぶどうを通り越して今や落ちかけの線香花火、最後の一葉、あるいはクリフハンガーである。薄皮一枚でどうにかぶら下がる様は、このままリポビタンDのCMに使えそうな画である。ファイト一発!私はそうやっていつも乳首を励ましていた。
世間では女性の乳首はさくらんぼに例えられることもあるが、私のそれは実ではなくヘタ(茎・軸)のほう、より専門的に言えば果柄である。口の中で結べるとキスが上手いと言われるアレである。仮に私が大塚愛ばりに「私さくらんぼ!」と乳首を出そうものなら、男性にぎゃあと叫ばれた挙句、大塚愛と法廷で戦うことになるだろう。もし徳永英明が私の乳首を見たら『取れかけのChikubi』というバラードを歌い上げるだろう。スピッツなら『乳首がポロリ』、コブクロなら『取れそうで落ちそうな乳首が今年も春を待っている』、一青窈なら『薄紅色の可愛い君のね、乳首がちゃんと終わりますように』、いくつもの乳首J-POPが頭をかけ巡る。もういっそのことすべてを諦めて、ありのままに任せたらいいのではないかと思うこともある。しかしありのままやっていたら私の乳首は十中八九レリゴーしてしまうだろう。もちろんこれはMay J.の責任問題であり、法廷で戦うことになるのは必至だ。もちろん黒幕は松たか子である。
とにかく私の乳首は無事に年を越せるか分からない。仮に年を越せても再来年は分からない。遠からず乳首が離れるときがくる。子が親から巣立っていくように、いずれ別離のときがくる。だけどそのときは涙は見せず、笑って見送りたいと思う。ぽとりと落ちた乳首はきっと大地で芽吹き、いつか綺麗な花を咲かせるだろう。木になる果実はさくらんぼ。そのとき大塚愛とのさくらんぼ裁判が幕を開ける……。