はてなキーワード: 徳川家康とは
・8世紀前半には北海道沿岸まで遠征
・その後は安倍氏による支配下で、中央政権から遠いので影響も及ばず半独立国家的統治。(※)
※東北地方が半ば独立していくという姿は、古代大和朝廷の中央集権国家の一角が崩れたことを意味し、これがモデルケースとなって日本は小さな国の集合体へと変貌していく。日本は明治維新まで、中央集権による統一国家とは言えない。(江戸時代も、あくまで連邦国家である)
→明治維新は政治体制的には「大昔の古代集権国家に再び日本を戻そうという復古運動」であり、決して新しい近代国家をつくろうという思想ではない
・長い間安倍家のもと安定していたが、1052年末法思想のあたりから政局が不安定化し、貴族の摂関政治の衰え、武士の台頭にあわせて朝廷に反発を始める(cf 939年 平将門の乱)
・1051年~ 前九年の役。源頼義および出羽清原氏により安倍家滅亡。出羽清原氏が奥羽の覇者に。
・1083年~ 後三年の役。清平家のお家争いで清衡が勝利し、奥州藤原家として奥州を統治することになる。
・1185年~ 奥州合戦。鎌倉幕府により奥州藤原家滅亡。東北を蝦夷と呼ぶ時代は終わり、このあとは安東氏による統治。安東氏は拠点を津軽に置き、奥羽と北海道南端の蝦夷地を支配する。北海道が蝦夷と呼ばれ始める。
・1325年~ 蝦夷大乱。お家争いが幕府への反乱につながるが和睦。
・14世紀後半~
・若狭出身の武士武田信広が、陸奥の守護南部氏・安東氏との争いを経由して北海道に上陸。
侵略され、搾取され、屈従し、たまりかねて反乱を起こしては弾圧される。
ひたすらこの5つの繰り返し。
それでも何とかアイヌ側の忍耐によりそれなりに共存してきたが我慢の限界!
・1591年 南部に大反乱。豊臣秀吉の命で徳川家康を総大将とする討伐軍。蠣崎家も参戦。
その間アイヌの生活水準も上昇し、集落もまとまるようになった。
各部族をまとめる大酋長も現れ、独立国家らしきものが5つもできた。
・100年あまりの日本人との交易を経て、アイヌの生活水準は向上したが
同時に自給自足でなくなり松前藩との交易がないと生きていけなくなった。
苦境に陥った松前藩は
アイヌはまたも敗北し、絶対服従を誓わされるが、理不尽な交易レートは引き下げられた。
松前商人は利益を追求してアイヌを低賃金でこきつかい、奴隷扱い。
・そのままアイヌの悲劇が黙殺されたままおよそ100年ほど経過。
・地引き網漁の発達により、肥料用の鰯が大量に取れるようになり、
・田沼意次の命で、幕府からの調査団が蝦夷地に踏み込んでくる。
2 :カタログ片手に名無しさん :04/11/12 15:59 ID:???
徳川家康の場合は自分で参加してそうでもある。活字印刷に興味あって実践したりしてたし。
12 :カタログ片手に名無しさん :04/11/13 01:16 ID:???
大名と農民だとサークル当選率が全然違う。商人は賄賂でスペースを確保。
15 :カタログ片手に名無しさん :04/11/13 08:24 ID:???
壁には、大勢ならんで、古絵草子屋へ売りに走るのですな。大坂や京のサークルは、千石船は危ないから、牛、馬で搬入。
17 :カタログ片手に名無しさん :04/11/13 08:44 ID:???
印刷はフルカラーはないものの、30色指定とか信じがたい技術が。しかも木版。
23 :カタログ片手に名無しさん :04/11/13 21:02 ID:???
48 :カタログ片手に名無しさん :04/11/20 07:58 ID:???
江戸市中から駕籠屋集めてくるのも大変そうだな。会場周辺には蕎麦屋や寿司屋の屋台とか?
59 :カタログ片手に名無しさん :04/11/23 17:33 ID:???
自分は創作の「南総里見八犬伝」の続編がでるかどうかか気になるよ。書き手がもういい年だからな。
息子の嫁さんに代筆頼んで口頭で書くその創作熱には頭が下がるよ。
61 :カタログ片手に名無しさん :04/11/23 18:47 ID:???
大手や、版元の搬入も面白い。江戸御府内からは大八車だが、遅れると5人位で引いてくる、
越後あたりからは馬に積んでくる、馬子が引くので、スピードが出ない、締め切りが早いぞ。
飛脚はピコ手向けだ。関八州内からは高瀬舟、神奈川からは八丁艪、蝦夷から弁財船、
大坂の大友屋は樽廻船で3日で新刊をコミケに運び、締め切り遅れの大手新刊をコミケに間に合わせた。
94 :カタログ片手に名無しさん :04/12/12 05:17 ID:???
城は宿でも合宿所でもねぇぞ!!
104 :カタログ片手に名無しさん :04/12/13 13:17 ID:???
「飾り物」サークルで手作りのかんざしとか売ってるって聞いたけど、できはどうかな?お歯黒アートもやってくれるんだよね。
106 :カタログ片手に名無しさん :04/12/13 16:37 ID:???
137 :カタログ片手に名無しさん :04/12/22 03:06 ID:???
しかも大手サークルは株仲間を作って冥加金を納めているので非課税らしい。
田沼も大手も逝ってよし
138 :カタログ片手に名無しさん :04/12/22 07:44 ID:???
>>137
田沼はその金で水路の開削したり埋め立て地作って行列場所を確保するのが目的だからなぁ……
一概に逝ってよしとも言えん。金持ってるのは商人と大手、こいつらから出させようってだけの話でさ。
145 :カタログ片手に名無しさん :04/12/25 02:16 ID:???
墨がだめなら四隅を減らせばいいのです、とか言って、
円形の本作ってる小坊主見かけたんだが。
152 :カタログ片手に名無しさん :04/12/26 04:34 ID:???
とにかくショイコを背負ってる馬鹿デブがウザすぎる!!あいつら一体何考えてるんだ!? 痛てーんだよ!
持ってた予備の風呂敷で首締めてやろうかと思った。
200 :カタログ片手に名無しさん :05/01/14 01:32 ID:???
211 :カタログ片手に名無しさん :05/01/31 02:46ID:1WXMCW.U
平塚宿あたりからぶっ通しで来る連中は品川宿で風呂に入ってから来てくれ。
あと、丑寅の時間帯は来場禁止だって法度諸注意に書いてあるだろ。欲嫁。
223 :カタログ片手に名無しさん :05/02/01 19:29ID:qu/Tjqwk
264 :カタログ片手に名無しさん :05/07/05 21:59 ID:???
ウチの本、一冊20文なのに。ちゃんと両替屋に行ってから来てくれよ。
265 :カタログ片手に名無しさん :05/07/05 22:43 ID:???
いちいち両替商にいって両替すると手数料取られるし、面倒くさいわ。
266 :カタログ片手に名無しさん :05/07/06 23:24 ID:???
それを仰るのなら、上方の方でも小判を使わせて下さいよ。
272 :カタログ片手に名無しさん :05/07/08 19:51 ID:???
302 :カタログ片手に名無しさん :05/10/04 17:04 ID:???
江戸時代でも全国的に識字率高かったし、元々閑職の武士が仲間内で書いていた戯作(通俗小説)の流行を受けて
金のある町人達も書き手になっていったって話だし印刷技術さえ何とかなればコミケも可能だったんだろうな。
348 :カタログ片手に名無しさん :05/12/21 00:49 ID:???
百姓なんだけど米や味噌と交換はあり?ナマモノダメなら炭でもいいけど。
350 :カタログ片手に名無しさん :05/12/21 10:04 ID:???
手荷物増えるから米との交換は勘弁。反物なら綿でも可、なんだけど。
351 :カタログ片手に名無しさん :05/12/21 15:15 ID:???
酷いところだと彫刻師まで連れてきて、木くずがひどいのなんの。まったく、番士は何をしているのか。
380 :カタログ片手に名無しさん :06/01/06 05:21 ID:???
うちはどれも1冊数文なんでマジで困った。
小判なんぞ貰っても釣りがないからたばこ1包と交換してもらった。
素直に文句言ったら「番頭にバレないよう夜中に店抜け出してきたけど、
両替屋がどこも閉まってて…」ってこぼしてた。お役人も会場内の公認両替処増やしてやれよ。
でもたばこが上等の薩摩物だったんで許す。百姓は一般でもサークルでもこういう時強いな。
しょい籠の中に柿や芋満載して、それで本代払ってる強者見た。
http://anond.hatelabo.jp/20110924124133
日本人って搾取構造を作るのに関しては世界一なんじゃないかとこれを読んで思いました。
古くは徳川家康公の江戸幕府の武士による搾取構造から、維新後に、進歩して官僚制度による搾取構造に変わりました。
東大の元は、昌平坂学問所ですが、ヨーロッパのように学問を研究教育する場というよりは、エリート官僚育成所でした。
エリート、つまり、搾取する側が都合のよいように国の制度を変えていきました。
しかし、大学の数が多すぎて、エリート官僚育成所にはなりえず、社畜養成所になっています。
新卒の一括採用も、あれは、官僚の一括採用を真似て生まれました。
SI業界の多重下請けもそうです。下請け業者を使って儲ける搾取構造をエリートが作ったわけです。
日本でベンチャーを経営するのが難しいのも、既得権益を持った人達に搾取される構造が出来上がっているからです
アメリカの場合は、問題が起きたときに、批判精神が起こり、是正されますが、日本の場合は、搾取構造が強すぎて是正できません。東電の例を見れば明らかでしょう。
http://anond.hatelabo.jp/20110610111907
そういえば、もしドラでは「われわれの事業とは何か」という部分に焦点を絞って一点突破を目指している。
その代わりに以下のものがバッサリと切り捨てられている。具体的には
・マネジャーの定義とその検証。職務設計の方法や具体的な責任の内容
・目標の設定およびその検証 (=利益とのバランス、短期と長期のバランス、目標間のトレードオフ)
などのマネジメントの「検証機能」についてバッサリ切り捨ててますね。
徹底した手続き無視、徹底した代償の無視。徹底したマネジメントの無謬性への盲信。凄まじい物があります。
「マネジメント」においてドラッカーが最も強調しているのは「責任」であり、「マネジメントとは責任について語った書である」という本人による言もあります。
彼は保守主義を自認しており、マネジメントや「企業」という組織を中心にした社会を提唱したのも、すべて社会の破綻を防ぐためでした。
だからこそ、マネジメントのほとんどは、責任について語っているのです。「成果」は責任を果たし続けるための利益を獲得するための手段です。
責任が土台にあって、それを実現するためには継続的な利益が必要で、利益を上げ続けるためには、目的に基づいた成果を上げる必要があり、
成果をあげるためには・・・という思考を突き詰めていった先に出来上がったのが、ドラッカーのマネジメントです。
その土台部分を丸々掘り崩して、あたかも「成果を上げる手法」として「マネジメント」を語っても、根本がないのだから別物になります。
外堀も内堀もない大阪城で徳川家康と戦えと言われてるようなものです。
例えば本文中でマネジャーは成果を挙げさせるものであると言いながら、成果の判定は読者の前では示されないなど検証を一切行わない
事業やマネジャーの定義を文中で述べながら、その定義に従って部の目標やみなみの適格が問われることもない。
故に読者は、「引用されたマネジメントの文とみなみたちの行動のズレ」をもやもや感を抱えながら読み進めることになります。
ところが読者としては冒頭に出てくる「真摯さ」という言葉が強力すぎて、過程において異議を挟むことがはばかられる感じなのですね。真摯であればすべてOK?ほんとに?
みなみがどのように真摯かは作品中で全く語られませんが、ラノベのように、とりあえず真摯が大事なんだ、と受け入れて読んでいる読者としては
むしろみなみが「真摯」と真逆の方向に進んでいく様を見て、「真摯さとは一体・・・ウゴゴゴゴ」とゲシュタルト崩壊していきます。
百歩譲って、資質さえあればなんとかなる、としても、このみなみさんにはその「真摯さ」すらない。なのにチームが成功する。うちゅうのほうそくがみだれる。
この話は、マネジメントの物語ではなく、みなみプロデューサーによる「アイドルマスター男版」と思ったほうがいいです。
作品中でも野球そっちのけでボランティアとか、他のクラブとのコラボで構内の人気を集めるとか、そういうことばっかりやってます。
どうみても野球部出身のアイドルユニット育成物語です。ミツバチぶーんぶーんです。本当にありがとうございました。
こんなんでどうやって甲子園に?と思われるかもしれませんが全員星野美希くらい優秀なのでなんの問題ありません。 急に覚醒したので甲子園余裕でした。
細かいことは全部やたらと優秀な天才少女文乃と東大卒の監督がみなみの代わりに一晩でやってくれるので問題ありません。
実際に「マネジメント」を理解して実行しているのは、彼ら出会って主人公のみなみではありません。みなみはマネジャー(笑)でしかありません。
この小説は重病人の幼なじみや、優秀な文乃、監督などを有効に活用したみなみの「プロデュース能力」こそが見ものだと思います。
作者自身、2005年から2007年までのAKB48のプロデュースに関わった方で、プロデュースのノウハウを元にこの小説を書かれたのだと思いますからそのように読むほうが良いでしょう。
ありのままに起こったことを話すと、「アイドル活動やってたら甲子園に出場してた」何を言ってるのかわかねーと思うが俺もわからない。スポコンとか不条理とかそんなちゃちなもんじゃねぇ。はるかに恐ろしい物の片鱗を味わったぜ。という感じ。
あえていえば、夕紀ちゃんっていう主人公の友達のマネージャーが死ぬところは恐ろしかったですね。そこだけリアルで。
「禁呪「マネジメント」。チームを甲子園に連れて行く。ただし味方のマネージャーも一人死ぬ」という話だったのか。
とりあえず、なにか間違った契約によって絶対死ぬべき運命を背負った夕紀を救うために「1/100000000000のキス」でも始めたくなる話でした。
http://rocketnews24.com/?p=25273
石田三成の友人。徳川家康への復讐にしか目の向かない石田の補佐を司り、西軍の型を保つ。
重い病に侵されており、豊臣秀吉存命の時代より常に周囲から疎んじられてきた。
己の身のみに降りかかった不幸を許容することができず、すべての人間を不幸に陥れることを目的に、
天下分け目の戦を起こすため暗躍する。
確かに史実に反ってる所もあるけどそれは戦国をモチーフにしていれば仕方ない。
浅慮だと叩かれているけど、寧ろよく狙い目を突いていると思う。
BASARAはイベントなんかを見る限り男子層より女子層の方が厚いから
パッと見で新たな腐女子用燃料だと思ったw
CAPCONの中の人じゃないから真意は分からないが、
「病気」「疎んじられ」「不幸が許容できない」はヤンデレ層向け、
包帯の見た目とか「すべての人を不幸に陥れる為」なんてキーワードは中二病層向けって感じ。
的確に足りなかった所を突いていると思う。
現実で病気を患っている人がこの大谷を見て傷つくなんていうのは敏感すぎとしか思えない。
「俺は武将の子孫だからこんな○○許せない!」「子孫がこれみたらどう思うのか」と同じに見える。
病気で苦しんだ人の現実を知らないから言えるんだ!とか言われそうだけど、そこは実際そうだから仕方ない。
こういうゲームが出る度に史実や現実と結びつけてあーだこーだ言う人がいるけど、
いちファンからすれば公式設定第一だから史実や現実はぶっちゃけ何でもいいんだ。
史実にも同じ名前の人がいるけどその武将と創作されたキャラクターは別物。
公式設定で「重い病気」って出してあれば特定の病名はなし。
自由度のあるキーワードに固定概念を植えつけるのは止めていただきたい。
BASARAのファン層は史実を知らないor気にしてない子が多いから「重い病」でアレコレ妄想出来たというのに、
これで史実が有名になってしまったりカプコンが設定を修正かけたりしたら、
もっと分かりやすい病気や怪我で捉えようと思ってもハンセン病以外は認められなくなりそうだ…。
だって儲かりそうだもんこのキャラクター。
位牌ってなんだか良く意味が判んなかったですが、こういうことだったんですねー なるほど
仏教は本来お位牌必要としません。われわれは釈尊の弟子であるため、他界では釈尊と一緒になれるはず、特に供養しなくても成仏になれるはずです。仏教の起源地インドでは、お位牌はほとんど飾られていません。
なぜ、日本はお位牌と仏壇が必要なのか、これは仏教の伝来、日本の文化に深い関係あります。
仏教は紀元後1世紀に 中国に伝わり、538年前後日本に伝わってきました。仏教伝来とともに、中国の文化や風習なども伝わってきました。古代中国の儒教では、亡くなった人の名前、官位などを板に記する風習あり、これは最初位牌の形です。
日本においでは鎌倉時代に禅宗の寺院で用いられたが、江戸時代以降一般家庭では用いられた。これは仏教の普及に密接な関係あり。
鎌倉時代に入ると、前時代末期からの動乱で仏教にも変革が起きた。それまでの仏教の主流が「鎮護国家」を標榜した国家や貴族のための儀式や研究に置かれていたものが、次第に民衆の救済のためのものとなっていったのである。さらに江戸時代に徳川家康は、寺院諸法度を制定し、寺社奉行を置き、仏教を取り締まった。また、人々には必ずいずれかの寺院に登録させるようにした(寺請制度)。そのため、今日に至る葬儀を取り仕切る主宰教としての地位を確立した。
仏教普及によって、仏壇仏具は細分化され、お位牌も大量生産の時代が来ました、本来は高価で上流階級しか買えないお位牌は、庶民の間でも簡単に手に入れることが出来ました。
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腹が立たない改変を考えてみた。さて、どれが一番腹が立たない?
ドラえもん、のび太、しずか、スネ夫、ジャイアン。この5人が乗っていた船が難破し、無人島に流された。
その過程で、ドラえもんは行方不明となり、島に流れ着いたのは4人だった。この時点でドラえもんの安否はわからない。
ドラえもんの安否を確かめるには、船を出して捜索するしかないが、のび太には船をつくる能力や、直す力はない。船をつくり、直すことができるのは、のび家とは縁もゆかりもない、スネ夫ただひとりだった。
のび太はスネ夫に頼んだ。「船を直して!ドラえもんを探したいんだ!」と。
スネ夫は直すと言った。だが、条件をつけた。その条件とは、ドラえもんをスネ夫に譲渡しろ、というものだった。
のび太は悩み、しずかに相談した。しずかは「のび太さんの思うように行動すればいいと思うわ」と。
のび太は結局、スネ夫の条件を飲んだ。スネ夫は約束を守り、船を直した。
そして船が直り、これからまさにドラえもんを探すというときに、ドラえもんが無人島に道具を使ってたどり着いた。
のび太はドラえもんに、捜索するため、船を直すためにスネ夫とこんな条件を飲んでしまったことを告白した。
ドラえもんはそんなのび太を許さなかった。「ぼくを勝手に売るなんて、きみはじつにばかだな。」
のび家は三人家族になった。
織田信長、豊臣秀吉、明智光秀、徳川家康、フランシスコ・ザビエル。この5人が乗っていた船が難破し、無人島に流された。
その過程で、信長は行方不明となり、島に流れ着いたのは4人だった。この時点で信長の安否はわからない。
信長の安否を確かめるには、船を出して捜索するしかないが、光秀には船をつくる能力や、直す力はない。船をつくり、直すことができるのは、百姓から成り上がった秀吉ただひとりだった。
光秀は秀吉に頼んだ。「貴殿の能力を見込んで申す。殿のため、船を直していただけないか」と。
秀吉は直すと言った。だが、条件をつけた。その条件とは、信長にかわり自分が天下統一を果たすことだった。
光秀は悩み、家康に相談した。家康は「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」と。
光秀は結局、天下統一にゴーサインを出した。秀吉は約束を守り、船を直した。
そして船が直り、これからまさに信長を探すというときに、信長が無人島に自力でたどり着いた。
光秀は信長に、捜索するため、船を直すために秀吉に天下統一を許してしまったことを真面目に報告した。
信長はそんな光秀を許さなかった。
ダンコーガイ、ありむー、jkondo、タケルンバ、シロクマ。この5人が乗っていた船が難破し、無人島に流された。
その過程で、jkondoは行方不明となり、島に流れ着いたのは4人だった。この時点でjkondoの安否はわからない。
jkondoの安否を確かめるには、船を出して捜索するしかないが、タケルンバには船をつくる能力や、直す力はない。船をつくり、直すことができるのは、東大卒のありむーただひとりだった。
タケルンバはありむーに頼んだ。「船を直して下さい。はてなを守りたいのです」と。
ありむーは直すと言った。だが、条件をつけた。その条件とは、ありむーと一夜を過ごすことだった。
タケルンバは悩み、ダンコーガイに相談した。ダンコーガイは「学歴なんて関係ない。俺は中学の時すでに高校レベルを理解していた」と。
タケルンバは結局、ありむーの要求を飲んだ。ありむーは約束を守り、船を直した。
そして船が直り、これからまさにjkondoを探すというときに、jkondoが無人島に自力でたどり着いた。
タケルンバはjkondoに、捜索するため、船を直すためにありむーに身体を許してしまったこと、さらにその記事をブログでUPしたことを告白した。
コミュニケーションにおける最大の問題はそれが達成されたという幻想
人間は一生、他人の心などわかるはずもない。MASTERキートン
[ホトトギス][不如帰][時鳥][織田信長][豊臣秀吉][徳川家康][上司]
[ロバ売りの親子][粉屋と息子とロバ]粉挽きとその息子と驢馬
[権内][権外][エピクテートス]意志の力でどうにもならない物事
「なんとなく」を可視化し、「変えられるもの」に集中する - 点と点をつなぐためのメモ - connecting the dots
[biz]中ぐらいの勝利で満足する者は、常に勝者でありつづけるだろう。
[人間(じんかん)距離][車間距離]人間関係には距離をおけ!
何物かを選ぶことは、他の一切を捨てることである。チェスタートン
コミュニケーションにおける最大の問題はそれが達成されたという幻想
Amazon.co.jp: 上司は思いつきでものを言う (集英社新書): 橋本 治: 本
Amazon.co.jp: 会社は頭から腐る―あなたの会社のよりよい未来のために「再生の修羅場からの提言」: 冨山 和彦: 本
「『空気より重い空飛ぶ機械』は不可能だ。」ロード・ケビン、英国学士院総裁
「ギターバンドはもう流行らない」と言われて、大手レコード会社デッカのオーディションに落ちたビートルズ
常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう
なぜ怒鳴りつけたのでしょうか? - reponの日記 ないわ〜 404 NotFound(暫定)
鳴かぬなら、鳴かせてみよう、ホトドギス。
鳴かぬなら、鳴くまでまとう、ホトドギス。
Amazon.co.jp: 戦国武将に学ぶ処世術―信長・秀吉・家康: 津本 陽: 本
1 :綾小路[]:2008/06/29(日) 18:37:12 ID:CB7ROQQ+P
おいしくいただいちゃいます
6 :綾小路[]:2008/06/29(日) 18:41:40 ID:CB7ROQQ+P
な、なんだってー
34 :綾小路[sage]:2008/06/29(日) 19:12:06 ID:CB7ROQQ+P
もうやめて
ほんとゴメン
通報とかしないで
43 :綾小路[sage]:2008/06/29(日) 19:16:53 ID:CB7ROQQ+P
小女子(こおなご) イカナゴの別名。
イカナゴ(玉筋魚、?子 Ammodytes personatus)は、スズキ目 イカナゴ科の魚類。
形がカマスに似ていることから、(省略)
48 :綾小路[sage]:2008/06/29(日) 19:22:12 ID:CB7ROQQ+P
ごめんなさい
こんなことになるとは思わなかった
実際にやるつもりは無いです
前後の文脈からしても女子小学生を殺すなんて意味にはならないじゃん。
でもさー、一部分だけを抜粋してそれを根拠に逮捕ってのは横暴じゃねーか?
「この物語はフィクションです」って書いてあるにもかかわらず、小説の一部分を抜粋して事実に仕立て上げるのとなんら変わらないぞ?
なんとなく小町のこの話を思い出した。
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2008/0602/186871.htm
付き合っている彼がそのことに理解がなく困っています。
例えば、書店で歴史小説を購入するだけで「年寄りじゃあるまいし」とグチグチ…。部屋に飾っているお城の写真や、旗指物(タペストリー)も気に入らないようで、「友達の彼女の部屋はもっとぬいぐるみや観葉植物があってかわいらしいんだって」などとイヤミのようなことを言ってきます。挙句の果てには別件で喧嘩している最中に「俺より○○(戦国大名)のほうがいいんだろ!?」と言ってくる始末。仕事の都合でデートを断れば「○○の方が俺より大事だからだ!」などと意味不明な嫉妬までしてきます。
『趣味にかまけて彼をおろそかにしてたんじゃないの?』と言われそうですが、そんな心当たりは今のところ思い当たりません。むしろ趣味は自分の家のなかだけに留めて、彼の前で自分から話題にすることなども避けています。
もちろん、戦国大名のほうが彼より大事だなんてことは思っていませんが、この趣味は私の生きがいでもあり、「やめろ」と言われてはいそうですかとはいきません。
私が戦国趣味に目覚めたのはここ数年で、それまではまったく興味がなく、知っている武将は「織田信長と徳川家康」ぐらいのものでした。はまったきっかけはむしろ彼のほうが歴史小説やドラマが好きだったためで(今の私ほどのはまりようではありませんでしたが)、彼の借りてきた大河ドラマのDVDや戦国ゲームを一緒に楽しんでいるうちにライフワークになってきたんです。彼も最初はいっしょに楽しんでいて、「いつか○○城や○○合戦の跡地に行きたいね??」なんてよく話していました。
それがここ1年ほどで急に、戦国趣味にけちを付け始めたので戸惑っているんです。
男性がご覧になっていたらお聞きしたいのですが、彼のこの心理の変化の原因になにか心あたりってありますか? 歴史好きな女は気持ち悪いと突然思い始めたのでしょうか?理由がわかれば彼の気持ちも汲み取って対処していきたいんですが…。
ちなみに私の部屋には確かに戦国グッズが飾ってありますが、年に2回ほどしか部屋に彼は来ません。なので「部屋がオタクぽくて居心地が悪いから」というのは違うかな?と思っています。タペストリーなどもコピー用紙ぐらいの小さいものですし、あまり目立つものは置いていません。
また、過去わたしから戦国話を彼に振ったことは一度もありません。やはり当初は彼のほうがずっと詳しかったので、素人が知ったかぶりで話をしてはいけないと思ったからです。彼の知識においつおうと勉強していたくらいです。彼が戦国趣味を嫌がりだしてからも、もちろん自分から話題にはしていません。普段は家族や友達やドラマのことなどごくふつうの会話をしています。
彼の人となりは、私の戦国趣味を異常に嫌い始めた(というか武将に嫉妬しはじめた?)以外はとてもまともな人で、価値観や家族観もぴったりのベストパートナーです。彼は今でもそう言ってくれますし、私自身に嫌気しているというわけではなさそうです。
最近では「○○(武将)なんて400年前に死んでるだろ!」なんて言って来ます。400年前に死んでる男に嫉妬する彼氏の気持ちがよく分かりません…。
君主に最期まで忠義を尽くしただけでも「すごい!」なんですが、何より関ヶ原で齢六十にして奮戦して死後後々まで恐れられたなんてエピソードを聞くとメロメロになってしまいます。往年の銀幕俳優のようなお顔立ちを想像しつつ小説を読むと、とっても幸せな気分になれるんです。
かっこいいですよね島左近。史実の左近ももちろん素敵なんですが、某ゲームのナイスミドルな左近を見ると、今すぐ三成になって一緒に壮大な夢をいっしょに語り合いたくなってしまいます。
彼氏は狭量だよなあ。
「海の向こうでは今『せんそう』(湾岸戦争)が起こってます。
なんで人は殺し合うんでしょうね・・・」
というようなことを言ったのがそれで、その時はとにかく
「遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こってるんだ・・・。」
くらいにしか感じなかった。
「平和そのものの天気」と「遠くにあるおそろしいもの」がひどく対照的で違和感を感じた。
父はある日「すごいお土産だぞ」と、
灰色でかわいくて格好いい形をした機械を持ってきた。
あの頃、飛行機を巧く操縦できる奴は神だと思った。
機体を傾け、緑の輪をくぐる。静かな着地。
少し経ち、マリオカートやぷよぷよを持った友達の家に皆が遊びに行くようになる。
スト2はみんな持ってた。↓R↑LYBXA。
おれらはもっぱら「ファミコン」。
もう、昔何やってたなんてそのくらいしか思い出せない。
信号機を自在に操れる熊の親父とか。
クラスで元気のいい女子が「スナックがかっこいい」だの同級生を
テレビでは米不足米不足うるさかった。
小3か小4の頃。そーりだいじんは
「名前の読みにくい徳川家康の子孫」や「眉毛ぼーぼーの爺さん」で、
なんとなく面白く感じていた気がする。
暗闇の中、ベッドから飛び起きて「何事か」と
この頃の記憶は割とある。
「バブルが・・・」「バブルのせいで・・・」と大人がよく言っていた。
なんか今苦しんでる(ように大人が見える)原因のようなものなのかなあ、
と漠然とした理解しかなかった。
バブルなんかよりも目先のジーンダイバーとか恐竜惑星の方が重要だった。
フルハウスとかアルフの方が大切だった。
横取り40万とか嘘つき四択とかヤングチームとかNGワードとかの方が
自分で自分を褒めたいアトランタオリンピックはよくわからんまま終わった。
男子は全員ポケモン。「ミュウの出し方分かった・・・!!!」と、
どこかで聞いた情報を興奮気味に話す奴とか。
ペラペラのキャラがラップするゲームをやっていてすごくおしゃれに見えた。
6年時、その「機械」を持っていること自体がある種のステータスだった。
田舎だったから特に。
余談だが、「1984年度」生まれは1991年=小1、1992年=小2、
と一の位が学年なので西暦を言われると何年生だったかがすぐ分かって便利。
そして俺たちは人生の中で最もださく恥ずかしい時代を迎えた。
例のあれの時は「赤い実はじけた」中1だったが
「あんたと年が近いのにあんな残酷なことするなんてねえ・・・怖い時代だねえ」
なんてよく大人から言われた。一方おれらは、
ナイフで生きた屍を切り裂いたり脳天をショットガンで撃ち抜くことに夢中だった。
気が付けばクラスの男子のほとんどがあの「うすっぺらでCDを入れて遊ぶ機械」を持っていた。
一時期、どこでも買えなくてイライラしていた。
一番強かった奴(モンスター系統図の完全な情報を持っている奴)は
と言われていて羨ましかった。学校では出来なかった。
ていうか誰もパソコンなんて持ってなかった。
グレイとかラルクとか、「なんとなく格好いい」ものが増えてきた。
あの日までカウントダウンしておびえていた。
結局あの日(月)はなにもなかった。
地域振興券使わしてくれ使わしてくれとずっと言っていた。
卒業間近、学校で「インターネット(PC)」の学習をするための教室が出来た。
家のボロパソがメモリ64MBだったからか「超」最先端に感じた。
数回しかなった情報の授業中、
好きなバンドを検索すると掲示板のようなものが結果の上位に出てきたのでクリックした。
口汚く罵倒されていて身が震えて泣きそうになった。
ハンドルネームを誰もいれていないのが非常に不気味だった。
俺たちは何かを得たし、間違いなく楽しく生きていた。
ミレニアムだの新世紀だので盛り上がっていたころからだ。
どこに行ってもカチカチやってる奴が増えたのは。
最初、ちらほらと増えていく「カチカチ病」に違和感を持っていたが
田舎なのに、7??8割は所持していた様に思う。
auじゃないやつが心底羨ましかった。
小遣いが多かったのか料金親持ちだったのか知らんが、
docomoってだけで「裕福な家庭死ね」なんて思ったものだ。
高2の運動会前日。遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こってるようだった。
開会式でも全くふれなかったのが今思うと印象的だった。
「CDを小さいデータに変換してパソコンにたくさん詰めこんで、
ということを説明するのは当時、骨が折れた(今もあまり変わってない気がするが・・・w)。
マッキントッシュを作っている会社が白色でかわいくて格好いい形をした機械を世に出した。
全く流行らなかったし、説明しても誰も興味を持ってくれなかった。
「MDの方が格好いい」「“えむぴーさん”だっけ?オタクくさいね」
なんて言われたり。俺は流行らないと思った。
「パソコンに音楽を取り込む」こと自体が一般人にとって非常に抵抗のある行為だという感覚は理解出来たから。
W杯。休み時間の談話室(テレビがある部屋)の盛り上がりがすごかった。
「複素数を知らないこどもたち」
「常時接続が安く使える時代突入」+「工学部・情報系学科の知人との出会い」で、
その知人は「本名出して私生活を晒しまくる」ウェブサービスを教えてくれた。
本名・顔写真・所属している(していた)集団と私生活全部暴露。
今でこそ「知人以外には非公開」が多いけど、
当時はとにかく誰も彼も晒しまくり。俺は使うのに気が引けた。
携帯さえあれば、とりあえずコミュニケーションには事欠かない。
そのころ「文中にやたらと下線が引いてあるブログ」
を目にすることが多いのに気付いた(それまで気付いてなかっただけかもしれんが)。
シンプルで、どことなくおしゃれなデザインだが書いている内容は気持ち悪いものが多い気がした。
その頃大学内で「それっぽい」奴は「萌えってどういう意味?w」だの
「お前の時代来たぞw」とかからかわれていた。
ホリエモンだの球団再編だの買収だのヒルズだのセレブだの勝ち組だの負け組だの格差だの、
なんとなくカオス。
いつの間に「無職」の状態を「ニートやってるんでw」なんて明るく言えるようになったんだろうか。
就活は、売り手市場なんて実感はなかったが内定先は大手メーカー。
「ブラックを避ける」という消去法で選んだ。
家ではリモコンで遊ぶ奴が急増。
ファミ通の売上チャートを見て(10年前から毎週見てるが)頭がくらくらした。
他はサブプライムローンがどうこう、原油高がどうこう、環境が、民主党が、
・・・食品会社に行った知人はえらくストレスを抱えている様子だった。
相変わらずの原油高は鬱陶しい。台湾もなんか変。
そう言えばちょっと前は、遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こっていたようだ。
傍観していた人がその動画を撮ってアップしたりそれが罵倒されたり。派遣がどうこう。
俺はこんな感じだが、他の俺「たち」はどうか知らない。
俺は約150万人いる「1984年生まれ」の中の一人に過ぎない。
大学ではADSLになってブログだのmixiだのでどうでもいい自分語りをしていた人間だ。
それだけだ。
「国体が変わったという認識が必要では?」という主張には特に反論したいわけじゃないけど、徳川家康は「江戸幕府」の初代将軍だからその例自体は別と考えて問題ない。「鎌倉幕府」の初代将軍は源頼朝だ。そしてそれに対して「坂上田村麻呂の立場は!」とか誰も突っ込まない。
それから、戦後当時の政府人の感覚では「国体=政治体制」ではなく、「国体=天皇を中心とした国家であること」であって、だから「国体護持」とは天皇を戦争裁判にかけないことを意味した。降伏判断を遅らせて原爆を二発食らったのもソ連の参戦を招いたのもいわゆる「無条件降伏」したのも占領を受け入れ米兵駐留を受け入れ民主主義を受け入れ東京裁判を受け入れたのも、全ては「天皇制」護持のため。そしてそれは政府の人の単なる暴走じゃなくて、彼らが日本人全体の「空気を読んだ」からだというのがおおむね妥当だと思う。ホント日本人は天皇が大好きだよな。