自分の発言のボロが拾われないように必死みたいですが、こちらは「一般的に『転売』という単語を使うときに、卸売業を含んで考えることって少ないですよね?」というお話をしてるんですよ。
「転売⊃卸売業」という辞書上の意味に囚われているせいで、最終的に転売ヤーと同じような発言が出たのは面白かったなと思いました。
自暴自棄になった弱者男性による無差別殺傷事件といえば川崎通り魔事件は典型だからちょっとは言及されてもよさそうなのに。
小学校のスクールバスが狙われ子供が犠牲になるというショッキングな事件形態で
ワクチン打てって言うけどさ
打てねえんだよワクチン
どこも予約終わってんの
個別はかかりつけばっか
転勤したてでかかりつけなんかねえわ
集団接種は予約はじまって秒で受付終了
数が足りなさすぎんだよまともな数用意しろクソが
SNSとか見ると「東京ショボすぎパリ凄い」「パリかっこいい」「流石!」みたいなの見かけるけど、東京ショボすぎは置いといてパリも割とショボくない?
むしろ東京がこんだけチンケに終わったあとにせめてパリぐらいは格好良く決めてくほしかったのに結局アイツらも伝統芸能と五輪やってる感のキメラ出してきてなんじゃそらと。
パリだからとりあえず音楽流しますよってそのセンスは日本だから取り敢えず盆踊りしますわと根っこは一緒じゃねーかと。
もしかして真っ当なクリエイター達にとってはもはや五輪なんて窮屈でクッソださいから関わりたくない案件みたいになってんのか?
いやほんま今度の五輪こそかっちょいいの来てほしいと思ったのに「風力発電!ドヤァ😤」とかやってくるからなんじゃこりゃとなったわ。
競技そのものに関してはアスリートやスタッフ、競技の端々を支えてくれた人達が賞賛されてしかるべきだけど、開会式と閉会式の演出に関してはひたすらに残念としかいいようがない
素晴らしいパフォーマーを用意しても、演出する側がクソだと何もかもが破綻するものだね、何回やっても某社が絡む限りこの国の文化水準は上がらない
IQの標準偏差は15くらいに設定されているから、IQ85以下(偏差値で言うと40)が下位16%(40人学級なら7人)、IQ70以下(偏差値でいうと30)が下位2%(40人学級なら1人)ってことになる
増田の実感ではどんなもん?
インターネットが交流する前は、そもそも「情報」にアクセスできる人間が少なかったし、情報の扱いに慣れた人間も多くはいなかった。報道機関は、スタンスとともにそれにそれに沿った報道をなしていれば、あとは思想の近い人間がそれを読み、近しい人間の間で広めるだけであった。
インターネットが広まるにつれて、情報を扱える人が増えていった。報道機関でなくとも、情報を広めることができる人も増えたり、情報に触れる機会が増えるにつれて、その読み方にこなれた人間も増えていった。
SNS全盛に当たっては、そもそもが皆が発信側に回ったと言っていい。もちろん、皆が発信をしているわけではないし、発信している人間がみなうまく発信しているわけではないけれど。
しかしながら、90年代の前半―インターネットが登場する前―と今では、そもそも情報の総量が違うし、人一人あたりが扱える情報の量も変わってきた。
既存メディアは、特に大手のテレビ局や新聞社は、それに気づいているだろうが、やり方が変わったとは思えない。せいぜい新しいチャンネルとしてインターネット・SNSを使うことはあっても、その使い方は既存の使い方―思想が近い人が読んだり、あるいは思想を近くさせるためのもの―である。
もちろん、各社の間にも情報の扱いの上手下手はある。いくつかの軸があると思うが、私が思う二つをあげてみたい。一つは「主張の強さ」である。
たとえば顕著なのは、文春と新潮ではないかなと思っていたりする。「文春報」と呼ばれるような比較的大きなうねりを生むような報道には、インターネットでの拡散が大きな役割を負っているように見える。これは文春の編集部が、インターネットにフィットした情報発信の仕方で、インターネット受けのする情報を発信しているからだ。
一方で、新潮はそこが弱い。スタンスを強く持ちすぎているように見える。特にコロナに当たっての報道などはその傾向が強く、西浦先生に対して強く当たってみたり、いまいち受けの悪そうな人の主張を拾ってきてはインターネット(の一部)を失望させている。
正直な話、文春の報道には、主張が見られない(もちろんすべてに対してではない)。彼らは淡々としているのだ。淡々と受けるものを発信しているのだ。いや、彼らなりにあるのはわかるが、それを周到に隠して見せている。これが、彼らのインターネットでウケるためのテクニックなのだ。
もう一つ軸として思うことは、「ソースへのアクセスが可能か否か」だ。
ニュースには情報源を秘匿しなければいけないような報道も多いが、そういうものはここでは含めない。たとえば、画期的な論文が発表された、あるいはなんらかの組織からの調査結果が出た、といったものには、明示可能なソースがあるはずで、そういったものについての報道である。
最近では、論文を元にした報道については、そのソースへのリンクを貼る新聞社のサイトも増えてきたように思う。一方で、どこの調査かわからない表現で、なんらかの調査結果について報道している記事もまだまだ大量にある。
そもそも、ラジオやTVなどは、そういったものについてのソースを明示しようと思っても、なかなか難しい。この点、媒体としてインターネット時代には合いにくい部分はあるのではないかと思う。
みたいなことを適当に書いていたのですが、この文章にソースはないという。それに私自身、別にメディア論とか勉強したりしたことがあるわけではないので、参考になる書物などがあれば、教えていただきたいです。現場からは以上です。
参考になったありがとう
全国のお父さんたちは子供を遊泳させたいなら、
・ライフジャケットを着脱不可にして装備させる
・腰ひも(20Mくらい)をつけてくくりつけて泳がせる
くらいやれば安全そうやな
女遊び舐めてるのはお前だよ