なぜか「自分で出典を検証できない人たち」とつけているのだが、この増田は糞に糞を塗りたくっていることが検証できないアホなんだろう。
この人たちのこと:
http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1659940.html
http://b.hatena.ne.jp/entry/hamusoku.com/archives/5730351.html
以下検証:
アジア向け「旅行情報サイト」。報道を目的とするサイトでもなければ、CNNが自社の見解を載せる場でもない。
CNN-GO日本語版に曰く: 「東京トラベルガイドで本物のTOKYOをエンジョイ。CNNGoが、東京の宿、食、飲、買い物、遊びを紹介」
また、組織・人員的にも別。CNN-Goサイト紹介によれば: 「私たちはCNNから独立した部門で、各地に独自の職員を有しています。」
著者は韓国在住のフリーライター。CNN-GOが「ご当地情報」をかかせるために雇っている現地の記者の一人で、間違ってもCNN本体の社員ではない。
そして、当のコラムがかかれたのは、「tell me about it...」という自由コラム的な欄で、雇われ記者たちがフリーに思いの丈を発言できる場。
・Roland Kelts「震災後の東京: これからどうなる?」
・Andre Vltchek「なぜ私は日本を旅行するのが嫌いか」
・David McNeill「誰が福島原発事故の真実を伝えたか」
要するに、せいぜい記者個人の意見であって、間違ってもCNNを代表する意見ではない。逆に、これがCNNの公式見解だとしたら、炎上するレベル。
id:rig これがまともなマスコミの対応だと思う。/別に大流行!って煽るのはいいけどさ、批判がタブーだったり、批判書いたら解雇されたりするのは絶対おかしいだろ・・・
id:iijuft 日本でこういう正論言うとクビになるんだっけ?
id:a1101501j 何故日本のメディアにはこの視点がないのだろうか?戦中の翼賛体制からなにも変わっていないじゃないか。今回は韓流だから可愛いけどこれが政治的スローガンに使われたらと思うとゾッとする
『米国CNN 「韓国メディアがK-POPは流行っているという嘘をつくのは不可解」』というまとめブログの釣りタイトルにかかって、CNNの報道だと勘違いしている。そして、このテキトーなトラベルガイドのコラムが「まともなマスコミの対応」であり、日本のメディアに必要な「視点」らしい。
(参考までに、この記事は海外(例えば日本)での韓流ゴリ押しを批判する記事ですらない。この記者は、世界ではまったく相手にされていないのに、国内向けの報道で大騒ぎしている「内弁慶な韓国メディア」を批判している)
・CNNが韓流を批判する報道を行った → ウソ。CNNが運営している「旅行情報サイト」のフリーコラム欄に掲載されただけ。
・韓流はアメリカでも嫌われている → ウソ。記事を書いたのはご当地記事を担当する「韓国在住のフリーライター」。
http://anond.hatelabo.jp/20110903204912
小説には元々「ジュブナイル」という少年少女向けの分野がある。冒険物語を通して、社会常識を身につけさせるのが目的だから、内容はかたかった。「努力をすれば報われる」「大人になるのは良いことだ」といったテーマで、ある程度名前の売れた小説家が書いていた。
そのころ、マンガの世界で読者の年齢層に近い作者たちが現れた。感性が近いから共感を得られる。あっと言う間に人気者になっていった。SF小説の世界にも10代の作家が現れた。軽妙な語り口で、高校生を主人公に小説を書いてみせた。同年代から圧倒的な支持を得た。
その頃から、少年少女向けの小説は、主人公の年齢に近い感性を持った小説家が書くようになったんだ。
それと、日本の文学史は、ずっと「書き言葉から話し言葉に近づこう」としているんだよ。言葉は流動的なもので、どんどん変わっていく。でも書き言葉は文字で残るものだから、変わる前の言葉で残っていく。で、ある程度の差が出来ると「もっと話し言葉に近づけよう」という運動が起こって、普段しゃべっているのと同じ口調になっていくんだ。さすがに地の文で「ちょべりば」とか書いてある本は読んだことないけど。
ライトノベルは文学史の流れに沿って、生まれるべくして生まれたものだ。だから、形が変わることがあっても、廃れていくことはないよ。いつの時代も若者は存在する。だから、若者向けの小説もまた存在し続けるんだ。
20110904追記
kori3110さん、失礼。もっと前の話なんだ。1980年ごろ。ライトノベルという名称がつく前に少年少女向けの小説を書いていた人たちのこと。ライトノベルから一般小説へと守備範囲を広げていったのではなくて、一般小説を書いていた人たちが、少年少女向けの小説も書いていたということ。「ジュニア小説」って名称もあったけど無くなっちゃった。
音楽を聴くとする
それを知らないし、きっと知ろうともしない
きっと何一つきちんと知ることができないし、知ろうとも思わない
きっとそれは、そこまで好きでないからだ
好きな形は色々あるだろうけど、きっと好きなら沢山知ろうと思うはずで
それをしない自分はきっと、そこまで好きではないんだろう
だから、ある作品の多くを知れる人は、きっとその作品がとっても好きな人なだけなんだと思う
これから何十年も生きて行く人も、今まで何十年も生きてきた人も
その人生の中で出会った沢山のものの、表面だけしか知ることが出来ない
頭が良い悪いとか、天才だ凡人だということじゃない
どれだけのものが、どれだけ好きになれるか
それの多寡が、その分野での才能だとか能力だとかの基になるんだろうなあ、と
今日はそんな事を思いました
寂しいと人は壊れていくんだよ
誰でもないお前らに聞いてほしいことがある
おまんこおおおおおおおおおおおとか
ぶひいいいいいいいいいいいいいいとかさ
言いたくなるときもあるんだよな
そして批判して欲しいんだよ、お前は馬鹿だなって
満足のなかの欲求不満
だいたい一年の2/3をバリバリと仕事し、のこり1/3を鬱状態で死にそうになるということをここ4,5年くりかえしてきたが、今年も6月の半ばから撃沈してしまった。
鬱の時に何がしんどいかというと、まずもって仕事ができなくなる。仕事がしたい、やりたいことや夢があっても、現実的に身体が、心が、動いてくれなくなる。僕の場合、メールが読めず、書けなくなる。メールの受信箱さえ開くのが怖くて指が震える。フリーランスで仕事をしているかたならどんな業態でもご存知のとおり、人のつながりがビジネスの基本。結果、日々メールや電話に追われるのが常態になりがち。今年はツアーとコラボレーションの制作・プロデュースがあって、アーティスト、会場、オーガニゼーション・パートナー、関連機関etcとコミュニケーションで忙殺。これで心がすりきれた。なんとかプログラムが無事いい形で終了できたのはもちろん良かったけど。
鬱というのはある意味ストレス耐性がゼロになってしまうと考えるのが分かりやすい。私たちは日々の生活でつねにストレスを浴びている。朝起きて、仕事いかなくちゃーと思ったり、ごはんたべよーかどーしよーかーと逡巡したり、買い物にいって店員にいらっとしたり、とか、そういう『どーでもいい普段は気にも留めないこと』からもストレスを実はもらっていて、健康な時は耐性があるからそれに立ち向いて(構えていないけど)、適当にやりすごしている。鬱になるとこれが全くできなくなる。
何も出来なくなってしまった自分を忘れよー忘れよーとしてアルコール中毒に沈んでいく人の感覚が痛いほど分かる… カフェインも危険!カフェインレス・コーヒー(チコリ)で逃げるのが良い。
別にこれといって言いたいことがあるというわけではないけど。
褒めたいことがある。
自分にはひねくれた友人がいる。
3年前にはてぶを教え、ますだを教えかれこれ三年間放っておいた。
ふと、やつがはてだをやっていることを思い出し覗いてみたんだ。
そしたら、めちゃくちゃブログの書き方がうまくなっていた。
内容もtouchingなんだよな、そいつを知る友人としては。
いつか筆で飯を食うと、いっていた。
自分がおどろいたのは3年間その意思が続き
着実に進歩していたこと。
お前、えらいよ。ほんと。
そして俺はかなわないと思った。
おい、お前だよお前気づいたらニヤニヤしていいんだぞ。
愚痴聞いて欲しいのに、聞いてもらえない。
何か、お金とか払えばわかるよーとか、かわいそうだねーとか、ひどいねーとか言って共感してくれたりなぐさめたりしてくれる人いるのかな。
すごく不満が溜まってるし言いたいのに言える人がいなくて辛い。
話す以外で発散させたいんじゃなくて、話がしたくて、聞いて分かって欲しい。
アドバイスみたいな君は間違ってるよ君はこうするべきだよとかは後回しでいい。
助けて欲しいのに、へこまさないで欲しい。
両親は2人暮らしだ。母は85歳で、要介護3、認知障害があり見当識がなく、24時間見守りが必要と医師の明確な見解をもらっている。父は86歳で要支援1、「前頭葉と側頭葉に萎縮がみられる」のだそうだが、ある医師は病気だと言い、ある医師はこの年齢なら通常範囲、4、50代でこの脳なら病気だがと言う。どちらも「通院も投薬も必要なし。日常生活に困難をきたしたら、また、いらっしゃい」といった対応だった。先生方からお話をうかがったのが1年前。そして、夏前から父は「身体が思うように動かない」と訴えてくるようになった。
私は別所帯なのだが、夫に先立たれ、子供が独立し、遺産で暮らせるので、経済的にも時間的にも制限が無い。現在、24時間のほとんどを実家で過ごしている。母をデイサービスに4日預けている。そのうち2日間、父を病院に連れて行ったり、食料を買い込んだり、自分の病院に行ったりする時間に使っている。あとの2日間は私の休日だ。朝、母をデイサービスに送り出してから、翌日の夕方18時までが、週に1度の休みだ。
私が休んでいる間、お手伝いさんを頼んでいる。夜20時から翌朝の10時までいてくれる。
父は私が休む日の16時半から20時までを、母と2人で過ごしている。
前頭葉と側頭葉が萎縮していて、動けないと言っている父に、母の介護が出来るだろうか? でも、父は自分の世話は自分でちゃんとしている。ときどき引き出しを閉め忘れたり、冷蔵庫を閉め忘れたり、セールスの電話相手に怒鳴っていたりするが、まだまだ1人で暮らすことは不可能ではなさそうだ。
では、母の介護は? 出来るのか?
私は両親を2人だけで過ごさせるのは、保護責任者遺棄にあたるのではないかと危惧している。だけど、休日無しに介護にあたれるほどタフじゃない。両親の世話を頼めるような親戚はおらず、これ以上お手伝いさんを増やすと経済的に破綻しかねない。介護保険でなんとかと思ったのだが、父はこれ以上他人を家に入れるのは嫌だと拒否している。
いつまで、父は母の介護をすることが出来るのだろうか? 今でも静かだなと思うと、椅子の上で眠っていることがある。だんだん日常生活が困難になっていくようだ。まだ出来る。まだ出来ると思っているうちに、実家に帰ったら2人の死体が転がっている、なんてことになるんじゃないかと、マジで怖い。
昔、バイトの先輩に「おともだち券」をくれる人がいた。
おともだち券は、名前と電話番号が書かれた名刺サイズのもので、「10枚集めると知人、50枚集めると友人になれます。」と書かれていた。
いっしょに飲み会にいったり、釣りとかバーベキューに行くともらえるみたいだった。
おいらは8枚しか集められなかったので、知人にすらなれなかったんだけど、おもしろいことを考える人がいたなとふと思い出したことを書き出してみた。
腹ペコな子は、立派なパン屋さんになるために一生懸命頑張っていました。どうやったら一人で美味しいパンが作れるのか?毎日あれこれ試してみますが、うまく行きません。その度に美味しくないパンを食べることになってちょっと泣いてしまいますが、だからこそ明日も頑張ろうと思っていました。
けれども腹ペコな子は、よく考えてみるとどうすれば美味しいパンが作れるのか全く分からなかったのです。今まで水の量を変えたり、生地の練り方を変えたり、火加減を変えたりしてあれこれ試してみましたが、それはただ闇雲なだけだったのです。腹ペコな子はすっかり参ってしまいました。昨日までがむしゃらに生地をこねていた手が、今はもう動きません。今まで頑張ってきたけど、頑張りの中身が空っぽだったことに気づいてしまって、今は何もする元気がなくなってしまいました。
膝を抱えて座り込みながら、腹ペコな子は美味しいということはどういうことなのか考えてみました。というよりも、それ以外考えられない心になっていました。でもよくよく考えてみる程に、自分はどんな味のパンが好きなのか、それすらわからなくなっていきます。腹ペコな子はどんどん落ち込んで、パンも食べずにいるのでいつもよりもずっとずっと腹ペコになってしまいました。
そしてあるとき、腹ペコな子はもう何日も何も口にしていないことに気が付きました。さすがに大変だと思い、なんとか水を一杯口にしました。その瞬間、腹ペコな子はものすごくびっくりしました。
ただの水が、とっても美味しいのです。
次に腹ペコな子は、その隣にあった数日前の失敗したパンを、恐る恐る口にしました。そうしたらまたものすごくびっくりしました。失敗したはずのパンが、とっても美味しいのです。
腹ペコな子はボロボロ涙を流しながら、ゆっくりと水を飲んで、ゆっくりとパンを食べました。思えば、こんなにゆっくりパンを食べたのは生まれて初めてのことでした。それから少しは元気が出てきて、周りを見回してみました。今度は、世界が今までとは全く違って見えました。
今まで腹ペコな子は、お腹いっぱいになりたいからパンを一生懸命作ってきました。でも周りを見回すと、パン以外にも美味しそうなものがいっぱいありました。草むらの苺、庭木の林檎、井戸からあふれる水。どうして今までパン以外にも美味しい物があるということに気がつかなかったのか、自分でもびっくりしました。
それから腹ペコな子はパン屋さんを目指すのをやめました。パンを作らないわけではありません。でも、パン以外のものも作るようになりました。あたりから採れたりした材料でスープを作ったり、ジャムを作ったり、いろいろです。美味しいのかどうかはアタマではなくて舌が教えてくれます。
腹ペコな子は、もういつでもお腹が空いているようなことはなくなりました。パンがなくても他に食べられるものはあります。それになにより、食べることよりも食べるまでのことを考えただけで胸がいっぱいになるようになったのです。
その子は自分のおなかがいっぱいになることはずっとないと思っていました。だからお腹が空いていない今がちょっとだけ信じられません。でもそれで、ようやく本当のことに気が付きました。自分が本当に空かせていたのはココロだったんだと。だから食べ物の美味しさもわからなかったんだな、と。
その子はベッドでうとうとしながら、明日も美味しいもの探しをしようと思いました。それはきっと、一生続けたって飽きないだろうから。そうしてその子は眠りにおちました。
おまえとつきあいたくないってことだよ。察してやれ。