2011-09-03

こどものお腹はもう空かない

腹ペコな子は、立派なパン屋さんになるために一生懸命頑張っていました。どうやったら一人で美味しいパンが作れるのか?毎日あれこれ試してみますが、うまく行きません。その度に美味しくないパンを食べることになってちょっと泣いてしまますが、だからこそ明日も頑張ろうと思っていました。

けれども腹ペコな子は、よく考えてみるとどうすれば美味しいパンが作れるのか全く分からなかったのです。今まで水の量を変えたり、生地の練り方を変えたり、火加減を変えたりしてあれこれ試してみましたが、それはただ闇雲なだけだったのです。腹ペコな子はすっかり参ってしまいました。昨日までがむしゃらに生地をこねていた手が、今はもう動きません。今まで頑張ってきたけど、頑張りの中身が空っぽだったことに気づいてしまって、今は何もする元気がなくなってしまいました。

膝を抱えて座り込みながら、腹ペコな子は美味しいということはどういうことなのか考えてみました。というよりも、それ以外考えられない心になっていました。でもよくよく考えてみる程に、自分はどんな味のパンが好きなのか、それすらわからなくなっていきます。腹ペコな子はどんどん落ち込んで、パンも食べずにいるのでいつもよりもずっとずっと腹ペコになってしまいました。

そしてあるとき、腹ペコな子はもう何日も何も口にしていないことに気が付きました。さすがに大変だと思い、なんとか水を一杯口にしました。その瞬間、腹ペコな子はものすごくびっくりしました。

ただの水が、とっても美味しいのです

次に腹ペコな子は、その隣にあった数日前の失敗したパンを、恐る恐る口にしました。そうしたらまたものすごくびっくりしました。失敗したはずのパンが、とっても美味しいのです

腹ペコな子はボロボロ涙を流しながら、ゆっくりと水を飲んで、ゆっくりとパンを食べました。思えば、こんなにゆっくりパンを食べたのは生まれて初めてのことでした。それから少しは元気が出てきて、周りを見回してみました。今度は、世界が今までとは全く違って見えました。

今まで腹ペコな子は、お腹いっぱいになりたいからパンを一生懸命作ってきました。でも周りを見回すと、パン以外にも美味しそうなものがいっぱいありました。草むらの苺、庭木の林檎、井戸からあふれる水。どうして今までパン以外にも美味しい物があるということに気がつかなかったのか、自分もびっくりしました。

それから腹ペコな子はパン屋さんを目指すのをやめました。パンを作らないわけではありません。でも、パン以外のものも作るようになりました。あたりから採れたりした材料スープを作ったり、ジャムを作ったり、いろいろです。美味しいのかどうかはアタマではなくて舌が教えてくれます

腹ペコな子は、もういつでもお腹が空いているようなことはなくなりました。パンがなくても他に食べられるものはあります。それになにより、食べることよりも食べるまでのことを考えただけで胸がいっぱいになるようになったのです

の子自分のおなかがいっぱいになることはずっとないと思っていました。だからお腹が空いていない今がちょっとだけ信じられません。でもそれで、ようやく本当のことに気が付きました。自分が本当に空かせていたのはココロだったんだと。だから食べ物の美味しさもわからなかったんだな、と。

の子はベッドでうとうとしながら、明日も美味しいもの探しをしようと思いました。それはきっと、一生続けたって飽きないだろうから。そうしてその子は眠りにおちました。

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