はてなキーワード: セミリンガルとは
同期にハラスメントしちゃったのかもしれない。少し前に転職し日常的に英語を使う環境で働いてる。私に一週間遅れててあるバイリンガルがチームに加わった。海外で10年以上暮らし、現地大学を卒業した即戦力という噂だったので、かなりの期待と敬意を持って彼に接していた。願わくは、私に振られていた山積みのマニュアル翻訳のタスクを分散したい、という腹積もりもあった。
私はiBT100を越えない程度の英語話者で、純ジャパにしてはぼちぼち、バイリンガルには一生敵わないというレベル感である。同期は当然、私なんかよりずっとすげえんだろうな、と下から目線で接していた訳だ。
研修がある程度、進んだ段階で例の同期がかなり苦しそうにしていた。心配になり声をかけた。
大丈夫ですか?
きっと大丈夫ですよ。慣れ親しみのないジャンルですもんね。業務の中で繰り返し使っていけば身に付きますよ。
─「そういうものですかね」
それにドキュメントが英文なので○○さんには言語的アドバンテージがあるからきっと習熟早いですよ。
─「そういうの、プレッシャーなんです。私、英語をちゃんと勉強してきた訳ではなくて。アドバンテージなんてないんです」
あっ...... いや、ごめん。
よくよく聞いてみると日本人学校に通っていた期間も長く、今は英語よりも日本語の方が得意とのことだった。セミリンガルという概念がある事も初めて知った。後の祭りだが、勝手に期待してプレッシャーかけてすまんかった。
どうも私は読みにくいと感じるものがひとと少しズレてるんだよなぁ…。
お気持ち長文は読みにくくない。
前に「日本語が不自由」と盛大にいじられていた、セミリンガルの問題を書いた増田は、文に不備は多いが言いたいことは容易にわかるので読みにくいという感想にならなかった。
小野ほりでいさん(お名前出して失礼します)のはとても読みにくい。
一般的には一文の意味が通れば読みやすいのだろう。オタクお気持ちのように、専門用語が唐突に出てきたり感情過多なのは読みにくいとされるのかもしれない。
私は知らない言葉はとりあえずそういう言葉なんだね知らんけど〜とスルーするし、感情は美味しくいただく…。
では私が読みにくいと思うのはどんな要素なのだろう?
まとめの状況とは多少違うが小学生のとき親の転勤で海外暮らしをしたことがある。
いつ帰国するかわからない状況で渡航し、現地の学校に入れさせられた。
親は教育熱心で幼少期からアルファベットや簡単な英会話を教えられていた。
そのため現地校の授業における言語のハードルは数ヶ月のうちに無くなった。
しかし初の海外でのカルチャーショックは大きく、他人と壁をつくることが多かった。
自分の本を読み終えると親の本棚から何冊か取って読み漁っていた。
小学生レベルの授業には問題なくついていけても思考はできないと感じていた。
そのような状況で母語を忘れてしまえば自分のアイデンティティを失うんじゃないかと思った。
時間があればひたすら日本語の本を読んだ。しかしそれは次第に英語学習の妨げになっていった。
テストの成績が伸び悩むようになり、親はそれを読書のせいだと考えたようだった。
それでも唯一自分のアイデンティティを日本に繋いでくれるものを切り離せるわけがなかった。
親に隠れて本を読むようになった。夜寝たふりをして布団の中で読み続けた。
自分は日本人として日本語が出来なくてはいけないと暗示をかけ続けた。
数年後、無事日本に帰れることになった。帰国枠で受験に合格した。
完全に帰国子女の雰囲気だった。話をしてみると、自分と同じ程度の英語能力はあったが日本語は下手だった。
彼は日本人のアイデンティティを持っていならがも2つの言語を混ぜなければ自己表現できなかった。
受験で出会った帰国子女は彼のようなケースが多かった。日本語も英語も完全ではない。
日常会話は出来ていても思考を文章化することができない。学校の成績も英語以外は悪い。
もしあのとき自分が読書を諦めていたら同じようになっていたはずだ。
先週何かの記事で「脳はOSで言語はアプリだ」という趣旨のものを読んだ。
言語は脳内アプリの一つだというのは自分の経験からもよく理解できる。
個人的には7歳~10歳頃までであれば、母国語以外の第二の言語を詰め込んで訓練すれば
バイリンガルになるのはある程度可能。
でも、その後長期に亘って二つの言語をどちらも同じレベルで習得し続けていくのは
本当に大変だと実感している。
僕は日本人ではない。
小さい時に日本に来て、そこから僕にとっての第二言語となる日本語を学び始めた。
それと並行して母国語を忘れないよう父親から母国語の個人レッスンを受けていた。
でも、途中でダルくなってやめた。
というのも日本で生活していく上で母国語の必要性が全くと言っていいほど感じなれなかったから。
それ故、巷にいる「バイリンガル」を名乗る人で、二つの言語をどちらもネイティブレベルで
読み書き運用ができ、もっと言うと仕事で交渉ができたり契約締結をこなせるような人は本当に尊敬する。
彼/彼女らは
・きちんと親に躾をされてきた(これが一番多い印象)
・自分で自分を律しながら磨いてきた(将来での必要性を見据えて)
・言語能力がやたら高い(特に女性に多い気がする。偏見かな?)
等を証明している。
帰国子女で両方ペラペラです、という人は大勢いるけど、仕事の場でも
実用できる人ってその中の半分もいないのでは、という印象がある。
これはあくまでも僕個人の狭い了見ゆえ一般化できる話ではないのは承知している。
母国語をきちんと文法部分から学び直そうと大学時代にネイティブの教授にお願いしに行ったこともあった。
「これ読んでみて」と渡された文章を2行ぐらいすらすら読んだところで「新しく君に教えることはない。以上」と
言われて、あ、なまじっか発音ができるだけでその言語ができると思われるんだなと驚くと同時に
これは自分できちんと言語能力を磨いていかないと将来使い物にならないと危機感を持った。
今現在はどうかというと、僕は日本語を使っての仕事は何ら支障なくできる(と自分では考えている)けど、
母国語のほうは相変わらずで、現地で重要な契約をとってこいと言われたら少し苦戦するを思うので
こういうのはセミリンガル(ダブル・リミテッド?)と言うのかな。
釣りですか?
以下反論。
必修にするのは低学年からか、高学年からなのか。もし小学校入学時からの必修を想定しているならば、私は以下を問題視します。
1に関して、
母語習得の臨界期は小学生になる年齢では既に終わっているので、小学校での英語学習は第2外国語の習得と同じになる。
ゆえに、日本語の習得(特に語彙面)も未だままならない小学生に対し、あらたな概念の理解・記憶を促すのは負担にしかならない。よって、バイリンガルではなく母語も第2外国語も中途半端にしか分からないセミリンガルが増えることが危惧される。
2に関して、
どの言語もシステマティックです。それとも受験英語の学習がシステマティックと言いたいのですか。それだったら日本語の古文の受験勉強も十分システマティックに思われる。
3に関して、
「語学は早いうちに学ぶと効果があがる学問であり」というのは本当ですか?根拠は?幼い方が習得がはやいという考え方は冒頭でも述べたとおり幻想です。
4に関して、
外国語の学習を即国民意識(この単語がそもそも意味不明)に結びつけるところに飛躍が感じられるが、母語以外の言語を学ぶことで母語を客観的にみつめることはできるだろう。が、母語の習得がままならない状態での第2外国語の習得の危険性については冒頭でも述べたとおり。
片親が外国人だったり、外国で生活でもしていないかぎり、小学生はまず基礎的な日本語の読み書き能力をしっかりと習得すべきである。見直すべきは、中学以降の「受験英語」の方法論であり、小学校からの英語必修はそれを補うものではない。