2015年06月18日の日記

2015-06-18

異性に好かれても自己評価って上がらないもんなの?

http://anond.hatelabo.jp/20150617210211

へーそうなんだ。

俺は28歳で童貞で、それがめちゃくちゃコンプレックス自己評価めっちゃ低い。

普通な結婚して子どもがいるぐらいの年齢でも、女と付き合ったことないし、男の友達すらいない。

子どもの頃からコミュ障だったけど、この年になっても状況は全然変わってなくて、

自分はやっぱり普通じゃない、というかかなり劣っていると思う。他人コミュニケーションが取れない。

一生一人で生きていくのかなってよく考える。寂しくなってよく病む。

で、そんな俺からすると自分の事を好きだと言ってくれる異性が存在する人間は、

誰かに存在肯定されているという点で、それだけで自分自身が持てるんじゃないかってずっと思ってる。

から元増田彼氏ができても自己評価が上がらないとか書いてるのみて驚いた。

自分だったら彼女ができたら、とりあえず地球上で一人はコミュニケーション取れたと思って自己評価上がりそうだからだ。

他人存在肯定されて、それでも自己評価上がらないってどういう状況なんだろう。まったく想像つかない。

http://anond.hatelabo.jp/20150618022235

バカにも教えろよ。

チートすれば、アホみたいに金払わなくて済むやん。

なあ、オンラインゲームってチートってのができるんだろ?

ガチャで好きなカード出すチートってできないの?

永遠に被害者な遺族に対して、かわいそうだという理由で彼らのわがままがずっと通用するのは違う気がする

http://anond.hatelabo.jp/20150617214117

遺族に大変申し訳ない、という理由だけで出版を止めるのはどうかしてる。

そら気分は害するだろうが、はっきり言ってしょうがないんじゃないかな?

そんなこと言ってたら何もできないし、何も進まない。

被害者(遺族)は本当にかわいそうだと思うけど・・・

悲しみに時効はないから、ずっと悲しいまま。だからずっとわがまま

本は出版していいと思う。

買う買わないはわたしたちが決めます

http://anond.hatelabo.jp/20150618012929

実力が追いついていないアイデアノートにでも書き溜めておいて、

自分が作れる範囲から作っていけばいいんだよ!グリーンだよ!

顔出しNGはどうしたらいいの

ただの記念写真だと思ったら、活動報告としてネットやらどこかでスピーチされる時に使われるっていうのをシャッター切った後に知らされるとか

訪問記念・記録としてとっていると思ったら、ブログ用の写真だったりして

わかった時にはもう、写真ちょっとまずいんでとは言いづらい。

あと、集合写真でその場の全員が集まって撮る時にも。(三脚タイマー使用、持ち主が自撮りで他多数は背景集合、カメラ役したとしてもじゃあってんで代わりばんことか)

そんなで、ここ一年で二回ほど回避できずに顔写真が旧住まいとかたまに出入りする場の情報とのセットでネットに上がってしまった。

顔出しNG理由は、

人に見つけられたくないから。(過去に対人で事故ったことに起因する)

人っていうのは特定の人でもあり、知り合ったすべての人でもあるんだけど。

その場でスルッとトイレ電話(席を外す)とか

写真苦手なんですよー」(直接断る)とか

それ以外の手、ありますでしょうか?

ネットにUPされなければ写真別にいいんだけど。

この夏!ご用心バイ!

http://anond.hatelabo.jp/20150618012929

要素を小さく小さく細分化して、1つ1つやればいい。

まずは、猫の画像を拾ってきて、スマフォに表示する。

http://anond.hatelabo.jp/20150618005745

同意スターが多いので、複雑なコメントにはなかなか同意できないのではないかと思っている。

単に同意できる意見というだけで貴重なのだ

なんで女ってだけでこんな脅されるのか

花粉症らしきものがあるんだけど、通年だし黄砂の時期に酷くなる。

いくつも引っかかるけどこれが原因っていうのが見つからないのでとりあえず時間があれば病院

そうでないとき薬局で鼻炎の薬を購入して酷い時だけ飲んだりして対処している。

  

この間旦那ドラッグストアに一緒に行った時に、薬剤師さんに眠い薬は困ると相談してみた。

薬剤師さん、年配の女性で一通りの説明をした後に何故か、延々不妊症と抗アレルギー薬の関連とか

生理が止まるとか排卵がどうとか語り始める。

こういう余計な事を語りまくる人は、会社とか近所とか色々な所に生息してるからアーハイハイで聞き流して購入したんだけど、

帰ってから旦那が薬はなるべく飲まない方がいいんじゃないか…と青い顔。

  

いや、確かにそういう事は私が知らないだけであるのかもしれない。てゆかあるわ、普通に

でもあの人の説明は正直都市伝説クラス布ナプキン最強説くらい胡散臭いレベル無茶苦茶こじつけ話でしたよあれ…。

  

アレルゲンが反応してね、免疫高まるでしょう、それを無理に押さえるとね、ホルモンバランスも狂ってしまってね…延々」

せめて成分の副作用でこれこれこういうものがある、と説明してよ…何のための資格薬剤師さん。

  

こういう女性の身体を脅す話は世の中ごろごろ転がっていて、私はもう慣れてしまってるんだけど

旦那はそういう場面に出くわしたのが始めてらしく、相当怖がっていた。

まあそうだよね、慣れる方が異常なんだろう。

男性精子の質がどうこう言われないもんね。なんで女性だけ生理排卵が云々って人前で堂々と話せるんだろう。

恥ずかしいってほどでもないけど、すごい微妙な気分になるので聞きたくない。

  

起こるかわからない、でも起こったとしても対処できる範囲内の話を想定して、

鼻水ズルズルなみっともなくだらしない姿を晒して人前に立つ不利益を取る事はできませんよ。

  

ゲンロンへの匿名殴り込み

昭和の延長線上にないもの

あらゆる場所で言われていることだがそれはREMIXという概念のそれに対する窮屈な環境である

レッシングREMIX記憶に新しい。だが実は時代遅れなのかもしれない。

昭和のころは、というよりも人間はあらゆるものREMIXしてきた。例えば音楽の分野でもDJはあらゆる音をサンプリングし新しい楽曲を作る。それは70年代の後半だ。クールハークという伝説DJのおかげだ。あらゆるデータを参照し、再構築し、あたかも新しいもののように世間に出回る。それがおそらく昭和のころは新しいアイデアだ、と賞賛されていた。しかし今は違う。

批評世界でもそうだ。あらゆる、いかにも新しいアイデアというもの過去に出たものの参照でしかない。新しいREMIXももはや賞賛されない。それに対する窮屈な環境というものポスト昭和のはっきりとした特徴であると断言する。

東氏の「動物化するポストモダン」はまさに新世代のバイブルであったが、現代はそれに対する窮屈な環境が少なから存在する。

それに関連し、1968年メルクマール増田米二氏らが「機会」の重要性を説いた。林雄二郎村上泰亮小松左京、様々な文化人知識人がこぞって、ネットワーク理論の原型を説いていた。それは学派の垣根を超えていた。機会の窮屈さもそうだ。そうだ、ここでは関係の窮屈さを提唱しよう。昭和のころと今と比べて関係の窮屈さというものが当てはまる人間は多いだろう。

詳しくは述べないが、あらゆる事象を参照してほしい。だがこれも窮屈なのだ。まさに今書いていること自体に窮屈さを感じるのだ。

それがポスト昭和だ。ちなみに私は昭和64年まれだ。昭和平成の境にいる。

今回は当事者性を感じ、書いてみた。こんな人間もいるのだと一つ参考にしてほしい。

追記 さやわかさん、うんこマシンガン復活してください。

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