日曜日に築地に寄ってみたら、普段は閉まっているはずのお店がオープンしていてびっくりした。
普段みたことのない1軒のお店に、すごい行列が出来ていたので僕も並んだ。
1時間ほど待ってお店の中に入ると、そこは「にぎり寿司の体験コーナー」というのをやっていた。
見ると、ちょうど良いサイズになったいろいろなネタが並んでおり、自分でシャリの上にそれを載せて、握って食べるというイベントだった。
ネタは色々ならんでおり、中トロ、大トロ、サーモン、イカ、エビ、コロッケ、スパム、マンゴー、そして女子高生もあった。
女子高生は身長6センチほどで、にぎり寿司にぴったりの大きさの、セーラー服を着た色白でショートボブのかわいい女の子だ。
手のひらより小さい女子高生を見るのは生まれて初めてだったが、悪くない。
「くぉらっ、おきゃくさん!」
「セーラー服を着せたままシャリの上に乗せる馬鹿がいますかい!」
と言われ、なるほど確かにそうだ、と僕は思い、とてもちっちゃなセーラー服を丁寧にはがしていった。
「いやん」
とその子は言い、両手で胸を隠した。僕はお構いなしにその子の手を開かせ、シャリに覆いかぶさるように乗せた。
「お客さん、なかなか粋だねえ!それは逆手返しだねぇ!」と大将は言い、僕を褒めてくれた。
はじめて女子高生を握ったのだが、食べていいのか非常に迷った。にぎりの女子高生はその体勢のまま動かない。
「粋のいいうちに食べちゃいなよ、お客さんッ!」と大将が勧める。
僕は迷った挙句、食べないことにした。
「持って帰っていいですか? 家、すぐそこなんで」
そう言い、僕は初めて握った女子高生を家に持ち帰ることにした。
それが、今の妻なのである。
価値観は分かったから、具体的にこんなメリットがあったよ、っていう話を教えて欲しい。
俺共感力には乏しいけど罪悪感はあるけど
しがない事務員だけど。
処理している書類は間違いなくこなしたいと思っているし、顧客や周りの人にはご迷惑をかけないようにしたいと気をつけているつもりだし、
その処理の後の流れが気になる。次の業務予定や進捗だって気になってしまう。
そういうことが頭のなかを占めていると、
「今日のトレンカ可愛いですね。いつも素敵だとおもっていました☆」
「やっぱり、ロナウジーニョのドリブルは光るものがあるよね!」
正直に言えば、「別に、今の私には関係ないし。」と、周りの仕事以外の会話が煩わしく思えて仕方なくなってしまう。
気に食わない人や嫌いな人でも、そうでなくても、
表面上ではちゃんと業務連絡すべきだし、フォローし合っていれば、業務的には問題ないのだから、
プライベートやそれに関わる話など話さなければいいじゃないか。
人の価値観は様々だし、色々な人がいてあたりまえだとわかっているけど、
出し過ぎな人が多い気がするのは私だけなのか。
ムカつくし、イラっとすることを表に出さないだけで、サバサバしてると言われる。
出してないだけで、ムカつくし、イラっとしてんだよ。結構ネチネチしてる。
だけど、そういうところを出したくない自分もいる。
でも、色々参考になった。ありがとう。
全く勘違いだよ。「周りにもそういう奴いるけど逃げられない」ってレス付けたのは俺。
ちなみに俺はそのレスと、「「そういう人周りに何人かいるけど~」の増田だけど、~」と「すまん間違えた。元増田じゃなかった。」しか書いてないよ。
電車ほど怖い乗り物はない。ドアが閉まったら逃げられないし、腹が痛くなる気がしてどうにもならない。
トイレ付の電車が走ってない路線では各停に乗る。友人と一緒だったら、無理言って各停に乗るか青ざめた顔して急行に乗る。
当時大学生だった俺は実家から毎日2時間半かけて大学に通っていた。もちろん電車。
行きはほぼ始発だったので途中までは割と空いていたしトイレもあった。しかし乗り換えた後の電車はトイレがなく、しかも満員電車だった。
毎日腹が痛くなった。突発的にくるのでうっかり奥の方に行ってしまうと便意が襲ってきたときに電車から降りれない。
そして降りたとしても誰か入っている。さらに5分は待たなくてはならない。
そして部活をやっていたので帰りは終電になることが多かった(地元が田舎なので終電が早い。9時くらい)。
そこでも腹が痛くなることがあったが終電なので降りれない。ひたすら我慢していた。
終電で帰るので飯を食った後、翌日に備えすぐに寝る。だからいつも腹を壊していた。
そのときのトラウマが今でも続いている。ここ何年かは電車内で突発的な便意に襲われたことはないが、万一ということもある。
パニ症でいうところの予期不安と同じだ。というかパニ症にもなったことがある。そのときは各停だろうがトイレがあろうが電車に乗るのは命懸けだった(もちろん駅まで行くのも命懸け)。
アレが襲ってくるからな。アレってのはアレとしかいいようがない。突然襲ってくる死にそうなくらいの不安と恐怖だ。まあトイレがあると少しましになるんだが。
今はほぼ完治したが、それでもトイレのない閉鎖空間に30分以上いると気持ちが悪くなってくる。
電車の場合はトラウマもあって今でも5分程度が限界だ。次の駅まで10分以上あるときは相当の覚悟が必要になる。
まず便意がなくてもトイレに行く。そこで何しても10分以上はうんこがでないことを確認。そして電車に乗るときはひたすら精神統一、無心になる。
または面白くて集中できる本を必死で読むか、ゲームをして気を紛らわす。
他人事な返事だなあ
狂人のエントリに「周りにもそういう奴いるけど逃げられない」ってレスつけたのは君じゃないの?
俺はそれが君だとばかり思ってたから、どうしてもなら逃げることも可能だよって言ってるだけで(どうやら君はそこまでする必要を感じてないようだけど)、
昨日からどうも肩が痛いと思って整体に行ったら、肩にダルビッシュがついていた。
ダルビッシュと言ってもあの野球のダルビッシュではなく、なんとかボンバーでもなく、イスラムの修道僧という意味のダルヴィーシュだ。
整体師いわく、「ダルビッシュが肩についている男を見たのはこれで2回目だ」との事だ。ダルビッシュが肩につくとどうなるかというと、ついた方の腕でパチスロのボタンを押すと、ほぼ確実に777を揃えられるという事だ。たとえ機械の内部的に当たりが当選していなくても、である。
それを聞いた僕は整体師にエルボーを5発喰らわせて、そのまま料金を支払わず、パチスロ屋に向かった。途中お金が無いことに気づき、新宿2丁目でケツを1万で売って軍資金を手にした。
すると驚いたことに、1度めのプレイで、本当に777が揃った。大当たり!である。それから何度やっても7が揃う。僕はウハッと言いながら、じゃんじゃんコインを出した。コインは1枚20円の価値がある。それがわんさか出るのである。
嬉しくなった僕は隣に座っていた女子大生らしき人物に話しかけた。
「おねーさん、出てる?」
おねーさんは首を横に振った。「じゃあこれ」と僕は言い、おねーさんにコインを一掴み渡した。
するとおねーさんは「まさおの世話になんかならないわよ」と言い、コインを突き返した。よく見てみると、その女子大生は僕が10歳のときに生き別れた姉だった。
「ねえさん!」
「まさお!」
僕たちは抱き合った。そのまま、くちづけをしてしまった。
「いいのかな?」
「いいのよ」
「モノになっている」状態というのは、地域とか何らかの距離的な領域を基準にして「ここまでは仲間、ここからは敵」という認識が出来上がっている状態、という意味でOK?
サヨクに親を殺された人だろう