はてなキーワード: ブルータスとは
いわゆる「女叩き」に合うのも覚悟の上で、どうにもまとまらないもやもやを増田に吐き出したいと思う。
最近Facebookで中学・高校時代の友人たちとの旧交がみるみるうちに復活しつつある。
田舎なので同級生のほとんどは大学進学と同時に都会に出て行き、そのままそこで暮らしている。
残っている友人たちは、地方公務員になったとか、あるいは親の仕事を継いだとか、そういう人たちだ。
わたしは少し前にうつ病を患い、真っ当な社会生活を営めるようになるまでに相当の時間を要した。
今も万全ではなく、回復過程にいる。
最近ようやく、休みの日に外を出歩いて気分転換できるだけの気力と体力を取り戻したところだ。
それに伴い、地元に残っている旧い友達、あるいは社会人になってから新しくできた友達と、週末に食事をしたりしている。
その延長線上で、男からセックスを求められることの多さに、本当に辟易している。
真正面から攻められたこともあるし、「あわよくば」的に滑稽なまでに必死な姿を見せつけられて悲しくなったこともある。
食事をおごられてるわけでもなく、好色をアピールしているわけでもなく、ただ、他愛のない話をしているだけのはずだ。
わたしのことが好きなのか、という意味の探りを入れると、彼らはすっと身を引く。
つまり、わたしは彼らにとって「セックスできるかもしれない女」のひとりでしかなかったということで、その事実に大変に傷つく。
男女の友情とか固く信じているわけではないが、もう少し、「セックスするかさもなくば他人」みたいな両極に振れずにすむような、余裕のある付き合いはできないものなのか、と思う。
先日、弟の結婚式で上京した。
せっかくの機会なので東京在住の友人たちとも久々に会ったのだが、彼らはそのような下品ながっつき方はしておらず、それでいて楽しく和やかな時間を過ごすことができた。
これが普通だろうに、地元組は、どうしてこれができないのだろうか、と思う。
旧い友人を、風俗の代わりにしかできないような、そんな人生楽しいか?
と、人生観すら否定したくなる。
そのくらい、わたしはわたしにセックスを求めたがる男友達を嫌悪している。
学生時代に性に奔放だったとかそういうわけでもない。
友達は男女ともにたくさんいたが、彼氏がいる時期は少なかった。
誰か教えてほしい。
彼らは、なんでこんなに下品な大人になってしまったの?
もう、レズになりそう。
冗談抜きで。
住んでる場所によって根本的な人間性がさほど違うとは思ってない。
言われている通り、表現の仕方が違うだけのことだと思う。
でもその違いってわりと大事だ。
奥底で思ってるぶんには別にいいんだよ。そういうもんだと思うからさ。
というわけで、男がせっくすせっくす!な生き物なのはもちろん知ってるさ。
ただ大人になったらもうちょっと節度を持って行動しましょうね、って話なんだけど、自分の友人に意外とそれができない人が多いって事実に落胆してる。
同じ頻度で会う男友達がことごとくこんなんばっかりで、あれれ~?この人たち前からこんなんだったっけ???と当惑しておるわけです。
最初はそれなりにいい線いっていたのに、ここにきてもう投げやりというか、反論のための反論というか、急速に劣化ウランしてます。
劣化ウランって「天然ウランより放射能が落ちた」ってことなんですけどね。まあ投げやりになったのは思い切り事実ですが。
「事実」をもとに語る気があるのかと思ったら結局あなたも「理系が悪い」の人だったので落胆しました。だいたい私が最初の記事に「理系」って書いたことに過剰反応する人がいること自体意味不明なんですが(「自然科学の分野に専門性がある」とか役人言葉で書けばよかったんですかね)、はっきり言って「ブルータスお前もか」です。
オウム真理教の信者は人間。燃料棒はモノです。人間相手なら断罪するのは慎重さが必要だと思いますが、燃料棒相手にそこまで遠慮する必要はないでしょう。あそこで遠慮したことで、「メルトダウン隠蔽説」の発生という大損をしたわけです。
オウムだって破れかぶれであのあと毒ガステロする危険があったし、実際未遂事件は何件か起こしましたけどね。「新宿駅青酸事件」とかでぐぐってみてもらえたら思い出すと思いますが。
(本論と直接関係ありませんがオウム事件のくだり「化学薬品が大量に見つかった時点でもうほぼ真っ黒」という発言は気になりますね。そうやって河野さん一家も冤罪で酷い目に遭いました。人間相手にはくれぐれも慎重に頼みますよ。モノ相手はバッサリやっちゃってください。)
自慢じゃないですが当時中学生のガキの俺でも河野さんは冤罪だってわかってましたけどね。河野さんが犯人だとしたら、ガスに最も暴露されるはずの当人が比較的軽症でしかも防護設備がどこにもなかったんだから。あれも「文系」の失態ですね。オウムの場合はサリンを合成できるだけの薬品としかも製造設備が揃って出てきたんだから確定でしょうよ。一方でですね、同じ福島第一原発事故の中でも「モノ相手にバッサリ」やった結果、測定ミスを見落として再臨界デマが流れたりとかそういうことも同時並行で起こってたことをお忘れですかね。やっぱり緊急性が高くない情報はきちんと確認できてなければ断定なんてしたらいかんのですよ。
まあどっちにしても、あの「メルトダウン発表」(というか発表の趣旨自体そもそもメルトダウンがどうこうじゃなくて水位計の機能が回復したって話なんですが)が衝撃的だったのは、私にとっては「あれだけ水を入れてもまだ水が燃料棒に届いてなかったこと」だった(つまりまともに水が入らない原因が何かあるということ)のに、燃料棒が損傷していることが水位計からも裏付けられた、って話がここまで大袈裟に受け止められること自体本当に理解できないですね。
まあ、そういう「文系」の言葉遊びの世界はよくわかりませんわ。麻生の漢字読み間違いの一件も、「自分の言葉で語らずに聞きかじりの付け焼き刃を格好付けて語っている」ということの象徴として当初叩かれてたのに、民主党政権がグダグダになったら「麻生は漢字を読み間違えたという些細な落ち度を元に首相の座を終われた」なんていう風にいつの間にか歴史修正されてるみたいですしね。日本にはマスコミという「真理省」があるということですね。日本の天地は複雑怪奇なり、ですわ。皆さん本当に頭がおよろしいので私には到底ついていけまへん。
ウソですよ。大馬鹿ですよ。あれも「理系」じゃなくて「文系」人間がやったことですけどね。正直、私が一番原発に対して懸念を持っていること(くどいようですが私は推進派だなんて名乗った覚えありませんからね)は、ああいう馬鹿な人間が動かしているということですよ。ただし、ああいうコピペメール構成ってのは基本的にナイーブ系反原発派を含む「市民運動」の常套手段なのであって、「お前が言うな」でしかないんですがね。
流通していないから大丈夫って、今になってセシウム基準値オーバーの牛だって流通したことが出てきたじゃないですか。あれもウソじゃないんですか。
そりゃまあ、全頭検査をしないってことは「確率的に」流通することはあり得ますよ。ああいうことが一件や二件あっても不思議はないだろうな、程度。こんだけの混乱状況なんだし。正直、俺はあの話全然興味ないので逆に聞きたいんですが職場の食堂で昼休みに流れてるNHKニュース見て「あー今日もこの話しとるなー」ぐらいに思ってる程度なんですが、世の中ではあれでそんな騒ぎになってるんですかね?。
信頼というのはそういうもんです。推進派は、そこがまるでわかっていないんです。かわいそうなくらい。だから原発を自動車と比較したり、死者の数を出して、どうだ安全だろといったりするんです。
じゃあどうやったら推進派が「信頼」を勝ち取れたでしょうか。絶対無理だったと思いますよ。ナイーブ系反原発派のプロパガンダは卑怯でありなおかつわかりやすすぎるし、坂本龍一だの宮崎駿だの村上春樹だの、ああいう一般受けする文化人を広告塔に担ぎ出せた時点でもう勝利確定ですよ。
そりゃまあ第二次大戦前のドイツの民主主義勢力が「信頼」を勝ち取るのと同じぐらい難しかったと思いますよ。第一次大戦は軍人目線では完全に負け戦でも一般人には被害がまだ及んでなかったわけで、「アカとユダヤの陰謀だ!」と言われれば信じたくなるというのは非常にわかりやすい人間心理でしたしね。
広瀬隆の著作が「だまされようがありません」というのは、(あなたレベルなら)だまされようがないということです。
まあ、一読をお勧めしますね。賛否はともかく、それなりに楽しめると思いますから。私にしても全部同意するほど無批判な読み方はしていません。
それを「楽しめる」という神経がわからないですね。あなた、9.11陰謀論とかの本読んで楽しめますか。
私にこんなにもコンプレックスを与えている、あなたを含む「理系」エリートは凄くあってくれなくては困るわけで、それが凄くないもんだから、もうプンプンですよ。
そりゃまあ「逆恨み」としか言いようがないですが。まあ俺自身が「金融」とか「コンサル」とか「MBA」とかの人たちに対して多少とも似たような感情を持っていたり、それで色物でない「経済学者」の人にルサンチマンを誤爆したりしてないとは言わないから多少は同情しますが、まあ誤爆された方からすればお門違いもいいところとしか言いようがないですね。
唐突だが、席替えだそうだ。
ゴーフルの缶に入れられたクジを引いた俺は、窓際後方2番目というなかなかよろしいポジションを獲得した!
窓際後方2番目といえばあまり有名ではないかもしれないが知るものぞ知る良席なのである。 春は暖かい日差しが程よく当たってかの極楽浄土が現世に顕現したかのごとくであるし、夏は日差しがキツくなるとはいえ窓際ということもあり涼風にありつける可能性が非常に高いので遥かな尾瀬が近い空だし、秋は秋で授業中に眼が疲れたなら遠くの山の紅葉を見て眼の保養をするとともに日本人的感性を育むことができて正岡子規が開発した俳句用の色紙(正岡子規式色紙)に一句読みたくなるし、冬ともなると暖かい教室の窓から深々と雪が降るのを眼にしてセンチメンタルでアンニュイな気分でメランコリニスタな気分に浸って若干ハイで眠れないのだ。ならば窓際の一番後ろの席でも良いじゃないかという反論をするものも必ずいるだろうが、その考えは甘いダダ甘い高校3年2学期から受験勉強を始める奴並みに甘いと言わざるを得ない。何故ならば一番後ろの席というのは一見教師の眼が届かなさそうなイメージがあるが決してそんなことは無くむしろ逆であり例えば舟を漕いでいたりすると教師というものは目ざとく見つけてくれやがる。そう考えると後ろから2番手3番手というのはまさに忍術で言うところの木陰の大事であり木を隠すには森の中人を隠すには人の中といった具合なのであるからして良席なのだ。こんな良席を手に入れられるとはそろそろ運が俺に向いてきたといって何ら差し支えは無いであろうしこれでハルヒと疎遠になるだろうことは想像に難くなく俺はいつに無く浮かれた調子でハルヒへの別れを告げんとした。さらばーハルヒー、フォーエ
「7番でごわす」
「うむ、涼宮山関の座席は窓側一番奥でごわすな」
こう宣告されたときの俺の表情は一体如何なるものだったのであろうか生憎自分の顔は鏡が無い限り見ることができないので想像するしか手段が無いのであるがそれは例えばブルータスに刺されたカエサルもしくは仮面に謀られた時の育ちのいい坊やはたまた覚醒した戦闘種族の息子に劣勢に立たされた完全体もかくやと思われるものだったのではないか、まあ俺はとりあえず世界の確率法則が酷く薄情にできていることにもう逆に感心しつつそれを支配しているかもしれない超越存在に向かって喧嘩を売りたいというか叩き売らせてくれよーし神とやらちょっとここに来て座りたまえああいややっぱ座らなくていい久々にキレちまった一緒に屋上へ行こうかボコボコにしてやんよ。
「虹が出ないだろがそれじゃ!」
昔、英文学をやってるわけでもないのにシェイクスピアを英語で読もうとした。読んだ。ハムレットと真夏の夜の夢。もちろん訳本参考にして。それまでほとんどまともな英語を読んだことがなかったから、読んだっていっても、まあ読めないよ。
ただ、ああ、これが英語の世界なんだって分かったのはそれだけだった。それから随分たつなあ。
今日久しぶりにシェイクスピアを読んでみた。ジュリアスシーザー。本当はでっかい辞書なりオックスフォードなり使って読まなきゃいけないんだろうけど。素人だから、いいでしょ。もってる辞書をひきながら、ちょっと訳も参考に。
いや、おもしろかったあ。シーザーの造型、ブルータスの嫁の立派さ一途さ、ブルータスの悲劇。頭に絵が浮かんで、ぐいぐい引き込まれてしまった。それにすんごい人間観察能力があって、それをすぱんとセリフになってるから、これがすごい。シェイクスピアってこんなにおもしろかったのかと。
「女は顔と体だ」なんて書いてあるからなんだなんだと思ってトラバ先見たら、全然顔と体の話じゃないじゃんそれ。どっちかというと、性格とか内面に分類されるジャンルの問題のような?
あと30代になってもというか、なったから逆に依怙地になってというか、お人形さん的な存在を求める人は少なくないような。お人形さんだと思ってた相手の中に自己主張らしきものが一瞬でも見えると「ブルータスよお前もか」張りにがっかりする人いるし。ある程度年齢が上の方が、会社のキャリアウーマンにうんざりして拒否反応が出るのと、古風な性別役割分担志向が残ってるダブル効果で、元ネタのような女子の人気が高くなると思う。今の30代の人は、今の20代の人の十年後とは違うわけですよ。
どうだろう。
「普通のデートができないから」という理由で別れる男なんだっていうのをちゃんと知ることで変な未練も残らずあきらめがつくんじゃないかとも思うけれど。
「ブルータスよお前もか」的な絶望は感じるかもしれないけれど、彼女自身は、自分が「普通の」生活ができないことは嫌でも受け入れてるんだから最終的には「受け入れてもらえなくても仕方がないよね」で納得すると思う。
ハンデを持ってる以上、納得できる強さがなければどうせこの先生きてはいけない。
個人的には「50m歩くのに5分かかる」という下半身の障害から、「普通にデートしたい」というのは「セックスが思うようにできない」をぼかした表現なのではないかと勘ぐったりしないでもない。だから歯切れが悪いのかなって。デートがインドアなものばかりになるっていうのは障害が特にないカップルでも「普通に」あり得ることだしねえ。
BLはわりと読者の「女であることへの拒絶」がどうのこうのなんて評されることが多いと思うんだ。そういう論調を見るたびにどっか理解しきれないもやもやしたところがあった。男性向レズは「男であることへの拒絶」どうのこうのなんていわないのに!みたいな文章どこかで見て、それはそうだよなぁなどと思いもした。
私はBL好きだけどハーレクインとかもわりと好きで、結局王道展開を遂げる恋愛ものなら何でも好きなのだな、と自分を認識していた。けど最近ちょっとこの二つの差を感じる。
ハーレクインやその他男女ものの恋愛話というのは基本的に「女であることの再確認」というような視点が多くて、「やっぱりなんだかんだいって女なんだよね私」みたいな結末に収まることが多い、ような気がするのだ。超主観である。そこらへんにいやらしさを感じてしまうのだ。ボーイッシュな女の子が主人公だったりして、彼女が「お前も女だもんな」なんて女扱いされてよろめいちゃったりすると、「ブルータスお前もか」なんて失望してしまうのだ。
これが女であることを否定してるということなんだろうか。でもそうやって言ってしまうとなんか違う気がするのだ。
物語りにおける「女」というのはポジティブに書かれていないような気がするのだ。対等ではないような、男と女であって、人間対人間ではないような。そうやって感じるのが女であることに対する否定なのか。
BLだと基本的に受(つまり女役)は男の恋愛対象にされること(つまり女扱い)されることに抵抗を示す。もちろん女扱いを受け入れるキャラがいないわけではないのだけど、そんなに多数派ではないんじゃないかと思う。で基本的には「性別なんて関係ねえ」みたいな結論に落ち着くのが大方の流れなんじゃないかと。
「女であることの再確認」に対しての、「性別の否定」みたいな。
ここのあたりが個人的にはBLの方が読んでいて楽だと思う理由なのだ。これが「女性性の否定」なんだろうか。悩む。対等な関係がいいのか、といわれれば、一方的に可愛らしい子が可愛がられるような話が大嫌いだとはいえない手前、微妙だ。なんなんだろうか。
BLのいいところ(というか男女ものよりもやり易いところ)はどんなに相手の好意に気づかない鈍感設定だとしても、「カマトトぶりやがってこんちくしょーめが」とはならないあたりだなあ。
言いたいことが全然文章にならなかったので絶望した。
本人です。
皆の意見を読ませてもらいやしたが
あれは結局カメラだったのか何なのか…大体何もいれたことないから、いれたところでわからんのだよなあ。産婦人科って、股だけおっぴろげて医者と患者見えないように仕切りとかあるじゃんね。だから余計何やってるのかわからんし。まあ下からちょっと見えるからなんとなくはわからんでもないんだけど。
子宮がん検診もついでにやってもらうぜ!って思って馳せ参じたんだけど、股おっぴろげーした途端先生が「あれっ!?生理中ですか!?」って驚いてた。あやっぱ、血だらけの股じゃアウトでしたか。先生ビビったろうな。毛も剃ってないし。その上血まみれだぜ。き、汚ねえー!!しかも臭そう。臭そうっていうか、もう確実に臭かったよ私の股。臭い・汚い・血液まみれ、の3Kだよ。先生、可哀想。3Kの股見せられてかわいそう。まあ医者なんて全然見慣れてるんだろうけどさ。
いやでも生理痛見てもらうのは生理中がいいって聞いたんで……とかいって結局子宮がん検診は後日になったんだけど正直もう行きたくねぇー……。なんていうか痛いわけじゃないけどキモォッ!って感じ。うんこ逆流した感じ。耳かきしてたらはいってはいけないところにまで耳かきが届いちゃった感じ。医学もっと発達しねーのか?なんかこう……エコーで全部なんとかなるような感じに……うまい具合にさ……胃カメラとか断固やりたくないよ。私が胃カメラを必要とするときにはカプセル胃カメラみたいなアレが完成してるといいな……
そんで結局何がはいってたかはよくわからんのですが写真はもらったからなんか撮影してたことは確かなんすよね。
「はい、画面見えますか?これが右の子宮ですねー。きれいですね。何もないです」
って、わかんねえっつうの。子宮ですねとか言われても、胃と区別つかねえっつうの。
「ハァ……さいですか」とか股おっぴろげながらやる気ない返事するしかない。
「こっちが左の子宮です。うん。何もないですね」
まんこの中でカメラ的なものをぐるっと回した感じの感覚。ぬおっ。ナメクジを誤ってつぶした感じにキメエ!屁が出たらどうしようとか考え出す私。……先生……もしこいちゃったらごめん……ここでこいたら先生の顔にストライクです……
で結局「まあ、若さゆえでしょうね。子宮がまだ幼いんです。体に比べて」とか診察室で言われた。
ってまさかそれあれか?殿方と交わってないからみたいな?未成熟みたいな?青い果実みたいな?それは美化しすぎか。
ウッソーン。何?エロ妄想とかすれば子宮は育つんか?すくすく育つんか?でもエロい妄想なら結構してるんですけど…。先生その辺どうなんですか?やっぱエロですか?
とは当然言えず、
「ハァ……さいですか」と言うしかなく。
「痛み止めだしておきますよ」
って言われたけど私には既にサ○ウ製薬の心強い味方が(多分擬人化すると小池徹平的な)あるんで……アレマジ効くぞ!救急車呼ぶ前にも飲んだんだが、そしたら救急車に乗ってる間にそれがききはじめちゃったくらいだったから。それはそれで焦った。救急車つくまでは、「早よう、早うつけヤァアアアもうダメやわてもうあかん!!!もういい!今からマジで気絶するマジで。気絶したら痛みなくなる」とかいって頭ぶつけようとしてたくらいだったのに、救急車に乗ったあたりからドンピシャで効いてやがる、この薬。オイオイオイ今更かよぉー、人見知り激しいこの私がなんとかギリギリまで我慢してそれでもダム決壊してようやく呼べたっつーのにお前……今更何?!効いてきちゃうわけ!?やべえってそれはただでさえ「生理痛で呼んでいいものだろうか?」と悩んでネットで「生理痛 救急車」とかで傷みをこらえながら検索して「よし……呼んでる人……い……いる……」って確かめたくらいなのにお前……ここでお前おさまっちゃったらお前……救急隊員しらけるよ?!マジで。やべえよーどうしよ。医者に怒られる。「ただでさえ医療崩壊してるのにアンタって人は!」とか怒られたらどうしよ……やべーよ。痛み、寧ろ、一時的に復活せよ!とか私を悩ませたほど、効いた。
(後で「すみませんでした……こんな事で呼んで……」とか言ったらお医者さんは「いえいえいえそれはいいですよ。寧ろ、我慢せずに呼ばないとダメですよ。遠慮して取り返しつかない事になったら余計大変な事になりますから」と言ってくれた。処女だからそれだけで惚れそうになった。男の接点とか家族以外基本的に皆無だから)
まあ若さゆえならこの先年くうごとに治るんだからまあいっかー月一度だし薬飲めば大丈夫だろ。とあっさり復活したのだが(てーかグジグジ悩んでもしょーがないしな)寧ろそんなことより「まんこに結局カメラもしくはカメラ的なものが入ったのか?入らなかったのか?処女膜とかどうなったのか?」とかその辺の方が(いや最後はウソだけど)気になってしまった。あれがまんこにはいってたとしたら、寧ろ、案外痛くはなかったんだが、なんつーかキモいのだよね。「えっ?そんな後ろか?!」って感じ。「それもうほとんどケツの穴じゃねえ!?」みたいな。自分が股を意識する時って、処女だから、基本的に尿出すところを意識しちゃってるから。だから凄い不意打ちくらった感じで。
あっ。ていうか、処女ってやっぱ産婦人科の医者にバレたんだろうか!?
「この人この年齢で処女なのか……」とか思われてないだろうな。いやまないだろうけど。そんなに医者暇じゃないっつーのって話なんだろうけど。自意識過剰だけど。気になる。
友達に「つーことで救急車に初めて乗った。二度と乗りたくないけど」と言ったら意外と「私も乗ったよ。生理痛で」って子がいた。マージーでー。ブルータス、お前もか。腰回し運動がいいらしいよだの漢方マジ効くよだの情報交換となる。どうせ生理痛があるなら、どうしたらなくなるか開発してみっか。と前向きになってきた自分。妄想族なので、即座に新しい生理痛に効く運動を開発しベストセラーを出す自分とかを妄想しだす(こういう事は日常茶飯事。電車に乗ったら基本的に民家を飛び移る忍者を妄想している)そしてインタビューを受け、「そうですね。当時は私も処女だったので」とか言ってる自分を妄想。インタビュアーは「えーっ。そうだったんですかぁー?」と信じられないといった顔……とかそこまで一瞬で妄想しきった。マジで自重しろ私。
うん。私、救急車に乗ったりもしたけど、元気です……とか心の中で締めようと思ったら、友達が。
「そういえばさー。私、彼氏できてさ」
へー。そうなんだ。カレ……
ええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!
おまっ……今まで……同じ処女仲間だったのに……おま……
「この前ホテルいったんだけどー」
おおおお大人の階段のぼっとるううううううううううううううう
こ、こいつ……既に貫通済みか……と友人に対して男子中学生のような妄想をしてしまった。
まあある意味私も貫通済みだけどね。カメラで。だから多分私も彼氏がいるようなもんだと思う。日々彼氏を妄想してるし。ていうかこの前は妄想の中で出産したし。その上妄想の中で子供が成人式迎えて、私は定年退職して、おばあさんになって、最後は家の布団の中でねむるように死んで、息子と娘が、私の亡骸を燃やして出た煙を見つめながら「お袋……いい逝き方だったよな……」「そうね……」とか言ってるのを天国から見守って終了というところまで既に妄想してるからね。最早彼氏っていうか夫っていうか一度輪廻済みだから。