はてなキーワード: ボディスーツとは
プリキュアがLGBTを題材にする時、「製作陣」と「ファンコミュニティ」は信頼のおける人たちなのか?
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http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20180611221642 より引用
id:angmar ルールーとえみるの積み重ねの物語を数週かけて楽しんできたのにジェンダー論バンザーイのお客さん大挙のせいでかっなーり水差されたのは事実だわ
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意見の違う人は「コミュニティに属していないお客さん」という認識、一体いつまで続ける気なのか?
▪️見出し一覧
・プリキュア各作品の「評価の多様性」を認めず一枚岩であるかのように振る舞うファンコミュニティ
・百合ポルノの誤魔化しや逃げ口としてLGBTを利用しているのでは?
・もはや製作陣には「女の子同士の友情」及び「ストレートの男女間恋愛」をまともに描けないのではという疑念
・誰だって「ただの」人間に過ぎない。怪物でも、ツチノコでも、聖人でもなく。ましてや感動ポルノの主役などではなく。
・「あ〜他所から面倒なアンチ意見が来た」…結局これを読んでるあんたもそう思うんだろ?
どうであれ漫画・アニメの人気作品にはやけに同性同士をくっつけたがるファンはいるものだし、
公式の意図を離れたファン活動でのカップリング論にはなんら心は動かない。
また商業作品であっても、元から801・百合といった「読み手の性とは逆の異性同士による関係性」を求める人向けに
作られた創作に心を掻き乱されることもない。
プリキュアにおいては製作側が意図していない同性カップリングを描いたファンアートは昔からあった。
いつからか、製作側が名言しないものの、それが好きな人の為に「匂わせる」表現を使い始めたが、
名目上の立て付けは「女の友情」、しかし簡単に分解して百合として解釈しやすく作られていて、
キマシタワー好きが実況で即レスしても「無茶な解釈」とはならないあたり、よく出来ていると思う。
アニメ表現にありがちなとち狂った布面積からくる無茶な肌色率の高い服も無いし、
パンチラ狙いのローアングラーなカットや謎ボディスーツ的な乳袋もない、
よく出来た「全年齢向け百合ポルノ」をサイドメニューとして持つコンテンツだなと思っていた。
▪️プリキュア各作品の「評価の多様性」を認めず一枚岩であるかのように振る舞うファンコミュニティ
「プリキュアは見ていないが、プリキュアの数字ブログの人の記事は読んでいる」人、
あるいは「プリキュアを見ているがネットで感想書いたりはしていないし、他の人の感想を調べたこともない」人は、
一体どれくらいいるだろうか…
正直に言って、プリキュアのファンコミュニティは歪だ。特に匿名の掲示板、壺や双葉はよく荒れている。
脚本の難点、例えば「いくら子供向けとはいえ今日の脚本は強引過ぎない?」
あるいは「お前ら女の友情良いよねって言ってる今回の話は正直百合の文脈だよね」といったものを述べようものなら
※
引用した id:angmar の発言は5ch辺りで見かける典型的な文脈に沿っている。
今回の件でアチコチにコメントしているので、彼を追いかければどんなものかイメージしやすいと思う。
この壊れやすいコミュニティに「◯◯プリキュアは良かったが、△△プリキュアは正直駄作」といった類の
「やっぱり◯◯プリキュアの信者か!ほんっとクソしかいねーなアレの信者はwww」
つまらないと言われた作品について数字ブログからの引用リンクを用いて
おもちゃ売上で如何にシリーズに貢献したか、といった大変有り難いご高説を頂ける。
そんな調子だから(不用意な他作sageはNGとはいえ、その反響のコレはちょっと…)という心理からか、
ファンコミュニティはファンに対して一枚岩を求め、反すれば徹底的に追い出す真逆の存在になっている。
…正直に言って、シリーズファン内でも各作品の評価が大きく別れ、時に半目し合っている事が前提となっているガンダムファンが心底羨ましい。
アチラには「好きなものは好き」だけではなく、節度を持って語れば「嫌いなものは嫌い」と語れる空気は存在している。
※
もっとも、彼らがこの空気を手に入れるまでに多くの喧騒がネット普及前からあった筈で、
単純に隣の芝を羨むのは失礼でしかないのだが…
▪️「よく訓練されたファン」の代名詞としての数字ブログ管理人
こういった喧騒が起きやすい中で、数字ブログの管理人は波風を立てない上手な立ち回りで記事を作り、読者を楽しませてきた。
あの人が諸々の数字を集めた結果、時にファンとしては気持ちのよろしくないモノが出て来る。
しかし、管理人自身の作品内容そのものへの見解は常に肯定的で、
良くない数字の理由付けとなる否定的な見解は書籍からの引用で済ませ、
あのブログ自体が各作品のファン間での喧騒の元とならないよう「よく訓練されている」と思う。
また、自身とお子さんがどうプリキュアを見てきたかというエントリは素直に面白かった。
プリキュアのファンがブログなどで不用意に「ココが嫌い」と言ってしばしば喧嘩が起きていたのに対し、
「プリキュア各作品について常に肯定的」だからこそ、このブログは大きな喧騒もなくここまでやれて来たのかなと思う。
だからこそ、あの人がプリキュアでの表現を賞賛する中で語る「LGBT論」が異質に感じる。
▪️百合ポルノの誤魔化しや逃げ口としてLGBTを利用しているのでは?
正直言って、プリキュアスタッフは頑張っているとは思うが、これまで成功と失敗を繰り返しながら歩んできてて、
時には「コレでシリーズ終わってしまうかも…」と思わずにはいられない脚本の不味さを持つ作品も数点ある。
「製作陣が当初思い描いた【壮大な】目標はなんやかんやでうまく描写できず、
百合描写で大友向け部分だけでも当て逃げる算段なのかな…」と個人的に印象を抱いてしまうものもあった。
その決して「成功」とはいえない表現を、「LGBTに目配せし、多様性を肯定する良い表現」といった趣旨の発言をあの人がする度に、
「それは、違うのでは?」という疑念が…
あの人がLGBTと絡めてプリキュアを語るのはこれが初めてじゃない。
去年のプリキュアだと虹とユニコーンをデザインに取り入れたプリキュアについて語った時。
自分の記憶違いでなければ、魔法つかいプリキュアやドキドキ!プリキュアについてもLGBTと絡めた話を書いていたかと思う。
LGBTを絡めず、単に男性向けコンテンツとしての「百合」と言っていれば自分の中では問題ない。
ジェンダー論抜きに楽しむ非LGBTな百合・801コンテンツってのは別にあったって良い。
だけど、シリーズ中にそういった趣きが存在していた過去作品を「LGBT」と称されると、
「テメェの過去のオナニーの言い訳としてLGBTって単語を使うのか?」という気持ちがフツフツと湧いてくるんだよね。
もちろん、過去作はともかく今作はシリーズ中でもその辺を留意して作っているのかな?という印象を受ける。
という失敗の兆候をひしひしと感じる。
なんていうか、ムキになってぶっ込もうとして転落寸前、というか…
あんな古臭い悪役ムーヴしか見せていないお兄さん、最初から良いところも悪いところも見せるならともかく、
一体何週間悪いところだけを見せつけるつもりなんだ?
出来の悪い少女漫画にありがちな「都合の良い悪役」感が強過ぎない?
なんか、製作陣は無理してない?
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面倒になったので後は軽く。
▪️もはや製作陣には「女の子同士の友情」及び「ストレートの男女間恋愛」をまともに描けないのではという疑念
プリキュアに限らず、東堂いづみの中の人たちは「女の子同士の友情」も「ストレートの男女間恋愛」も描き方を忘れているのでは?
処女厨を危惧してるのか何だか知らないけど、あそこの会社はそっちを忌避してLGBTに逃げてるように見える。
今作の黄色のプリキュアにでも男女間恋愛させるつもりなのかな?
既に別のところで描写失敗してる気がするけど果たしてどうなることやら。
▪️誰だって「ただの」人間に過ぎない。怪物でも、ツチノコでも、聖人でもなく。ましてや感動ポルノの主役などではなく。
今回の件でGo!プリンセスプリキュア(全50話)を見ろマンになってる人たち、いや無理だから。
「お前ら勉強不足だから最低限の入門として海外ドラマgleeのシーズン1から3までを見て来い。ついでに各話で引用されてる元ネタにも当たれよ」って言われたら見る気ある?ないでしょ?
「思わずニヤリとするセリフ」の類は前提知識がなくてもスンナリ通じるセリフにしとけって話。
id:angmar は「お客さん」が悪いようにいってるけどこれ単に脚本がクソってだけだからね?
プリキュアスタッフが書いた脚本は別にご神託ではない事くらいは理解してるよね?
▪️「あ〜他所から面倒なアンチ意見が来た」…結局これを読んでるあんたもそう思うんだろ?
余所者ではなくお前らの中にいるんだよなぁ…
数字ブログの人、LGBT云々よりも「感動ポルノ賞賛マン」になってしまっている事が「ぶっちゃっけありえない」。
私はキャバクラのボーイをしていた。
キャバクラも風俗にも、微塵も興味はなかった。やりたくて始めたのではなく、社用車の貸与とそこそこの給料という条件がおいしかったからだ。
私は当時、マイカーを持っていなかった。
一応、申し訳程度に“北○○(地方名)最大規模”などとする繁華街だったが、そこで私は繁華街というものを知った。
私の疑問は、客も、そして繁華街に勤務する側の人間も、なにか申し合わせたように「全く同じような人間ばかりだった」ということだ。
好きなものはパチンコ/パチスロ、ソーシャルゲーム、安い酒、あとは女。女と言っても、キャバ嬢。
音楽はEXILE(三代目ナントカ)、BIGBANG、あとはドン・キホーテにおいてあるパーティーMIXとか銘打ってあるDVD/CDがトレンドとされていた。俗に言うEDMというやつだったか。
キャストのほうは女というのもあってか、ギャンブルにハマるのはそうはいなかった。あくまで経験があるというだけというのが多かった気がする。
しかしソシャゲへ力の入れようは尋常じゃなかった。俗に言う廃課金な連中が大半を占めていた。待機席でスマートフォンを操作しているときに、他にやることがないのだ。
これを仕事のない休みでもやっているというのだから凄いものだ。よくレバーもボタンもなくゲームハードでもないスマートフォンとそこまでにらめっこしていられるものだと感心してしまった。
音楽に関しては先述とほぼ同じだが、そこに西野カナや加藤ミリヤが入ってくる感じだった。むしろ、その占める割合が高かったかな。
半袖のポロシャツの襟を立て、その下にアンダーアーマーのようなボディスーツ状の長袖Tシャツを着たり、白パンをロールアップしてデッキシューズを履いたり、クラッチバッグを持ったり。
スポーツメーカーロゴが多数プリントされたセットアップジャージを着てるのもいた。あと、4~5年前に一部地方都市で流行った(のか?)とされるオラオラ系ブランドの服とか。
他には、汚い作業着姿を良しとする風潮もあったと思う。俗に言う現場仕事、建設系が大部分を占めていた。
私がこれまで見てきた客や、そこそこに入れ替わるキャスト他店のボーイ陣は“みんな同じだった”。
誤解を招きかねない表現だが、再三言わせてもらう。“みんな同じだった”のである。
人間は十人十色、千差万別…などと言えればどれだけ良かっただろう。ジョン・ライドンもそんなようなことを言っていた気がする。
だがそうではなかった。現実は類は友を呼び、似た者同士で密集していた。繁華街を歩く者は、一様に同じ形態となっていた。まるで、その枠からはみ出せば何か刑罰でもあるのではないかという様に。
私はいつからか、彼ら彼女らを「クローン」と呼ぶようになった。
そんなクローン工場を毎日眺め、クローンの相手をするのにも嫌気が差してきた私は、マイカーも手に入ったことだしと職を変えることを決めた。ボーイを初めて3年が経とうとしている頃だった。
私は職を変えた。もう間もなく一ヶ月が経とうとしている。とある自動車メーカーの本社の製造工場に勤務している。
ボーイをしている頃は毎日が精神的な疲労との戦いだったが、ここではそれが皆無だ。給料はボーイ時代の1.5倍。生活への潤いは破格のものだ。
土日休みで、月に2度の休日出勤と、1時間ほどの残業が2週間ぶんほど存在するが、嫌なら断れる。残業代はもちろんきちんと出るし、そもそも休出も残業も強制ではない。有給もある。
労働環境においては飛躍的な向上を果たしたと言ってよいだろう。キャバクラのボーイの頃の労働環境は、お世辞にもそこまでよいものではなかった。
唯一の悩みは、他の労働者だ。幸いにも、人間関係には恵まれている。…恵まれているのは間違いないのだが。
休憩時間中、喫煙室や休憩所で他の労働者が口を開くと「パチンコ/パチスロ、ソーシャルゲーム、飲み会、キャバクラ」。話題の内容は、100%確実にそれだということ。
クローンの幻影は、まだそこにある。
(追記)
とりとめのない書き方をして申し訳ない。愚痴も込んでしまい、書くべきものがぶれてしまった。
私が傍から見て、彼ら彼女らと同じ人間であるように見える…というのは実に客観的で納得がいくのだが、気になるのはそこではない。
なぜ「人間がこうも画一化される」のかだ。それが最も疑問に感じてならない。
ボディスーツの胸は、作り物にすぎないのです。
えっちビデオの胸は、蛍光物質に電子ビームが衝突することにより生じた光点の集合にすぎないのです。(ブラウン管の場合)
えっちビデオの嬌声は、電気信号によって振動しているスピーカーのコーン紙が引き起こす空気の疎密波にすぎないのです。
視聴者の皆さまに不快な思いをおかけして誠に申し訳ないと考えております。
id:kuenishi それを言ったら、人間なんて分子機械の集まりにしか過ぎないのでは? あなたが見ているこの世界も、どこからやってきたか分からない光子が目に入っているだけでは?
その通り。だから「ボディスーツだから問題ないべさ?」という言い訳は程度が低い、という話。ボディスーツがOKならこういうのもアリってことになりゃしませんかね、ということ。ご理解いただけませんでしたか。