名前を隠して楽しく日記。
具体的な署名ある?とりあえずそれを買うわ
私の考える最強のメンバーは、
相手(好き)
かな。
3人目が異性だと、好きな子とくっつかれたら嫌だし、年が若いと自分だけが仲間外れになるかもしれん。
ただ、このメンバーで遊んでよかった!たのしかった!ってなってもらって2回目以降に繋がるのが大事だから、好きな子がリラックスして楽しめそうな人を3人目にしたほうがいいかも。
とりあえず一冊読むだけ読んで、実践して見ると
相手の反応が結構違うので、その差分を持って「好意的な反応」という状態はわかるわけじゃん
人を好きになるのは分かるけど、子供が欲しい気持ちは分からないタイプだった。
けど、南米人とデート・セックスしたらその気持ちが分かったような気がする。
デート中ずっとイチャイチャするの楽しいしエロいし、キスからして淡白な日本人とは違うなと。
めちゃくちゃ生々しいけど、抱きしめられてる時とかキスしてる時とかに、体が遺伝子を求める感じがあった。こいつの血を絶やしちゃいけないんしゃない?と思った。理屈じゃなく込み上げてくるものなんだね。
恋愛でも次行け次はあるよ
相手からしたら好きじゃない相手からずっと好きでいられるのは重荷だし、断ってるのにアプローチされ続けようものなら害だとすら感じられる
むしろお互い好き同士って、奇跡みたいなものだから当たり前に叶うものじゃないし、行動はスグしたほうがいい。
スグしたほうがいいのは行動であって告白じゃないよ。
まずは2人で遊びに行ってお互いをよく知る、好感度上げて告白する。
一定の好感度は上げられても、付き合えるほどの好感度に達せるのは運だから、それはかけ。
無理なもんは無理だし、告白して失恋してはやく次に行った方が良い。
付き合えたらラッキー。
その年齢で指示を仰いでいる時点で諦めろと思う
二十歳もすぎて創作や制作で恥ずかしいからとか練習してからとか見ると
うるせ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~今のお前と話せることはないから黙って作業やれ!!!!!!!!!!!!!!!
ってなる
やってますアピとか中学生がやることだわざわざ面と向かって言ってくるなめんどくせぇ
成果で語れないなら適正ない
同棲してる恋人のことを「同居人」とか言ってぼかしたりするけど、その言葉の使い方をする意図がわからなすぎて、気になり始めたら止まらなくなった。
で、ぐるぐる考えてそこそこすっきりしたので残しておく。
最終的には「なぜ同居人を使うのか」ではなく「なぜ引っかかっているのか」という自分の感情掘り下げですっきりしちゃったので、結局「同居人」という言葉を使うこと自体はどうでもよかったのかもしれない。
モヤモヤしない例でいうと、会社で「同居人が怪我をしたので病院に連れていきます(だから遅刻します)」みたいな文脈だったら、遅刻する理由は説明しないといけないけどプライベートに踏み込んだ話はしたくない、TPO的にするべきじゃないと思っての「同居人」チョイスはわかる。その同居人は友達かもしれないし恋人かもしれないし事実婚関係かもしれない。でもこの文脈でわざわざ関係性を明かす必要はないし(どちらかといえば同居しているという事実のほうが重要)、聞いてる方もそこまで説明してとは思わない。
逆にモヤモヤする例は普通にプライベートの雑談とかで自ら「同居人が〜」って言われるor書かれるとき。「なんでその言葉のチョイスにしたの?」ってなる。
しかも大抵そういうときって「同居人」である必要がない。「友達」「恋人」「知り合い」でも通じる。なんなら「友人」「恋人」「友達の友達」とかはっきりしてくれたほうがスッと頭に入ったりする。そこでわざわざ「同居している」という状況説明を付け加える意味とは。
結論として、私は「同居人」という言葉を変な意味を付け加えてしまっていたのだった。
私の中で「同居人」は「相手との関係性を表す言葉カテゴリ」じゃなくて「状況を表す言葉カテゴリ」であると変に捉えていた。さらに「同棲している恋人のことをぼかしたいときに使われる通称用語として新たな意味を持った一般名詞化しつつある謎用語」みたいな感じになっていた。って考えに至ったらわりとスッキリしたのでモヤモヤが供養された。
前者は、「同居人」は「「誰か」と同居している」というのを名詞化したものであり、概念であり個人を指してないだろ!という感覚だった。「人」って付いてるのにね。
後者は一般名詞を一般名詞でぼかす不思議さを感じていた。性行為のことを「仲良し」ってぼかす謎文化(?)あるけど、あれに近い感覚。
辞書によると「一緒に住んでいる家族以外の人」が同居人ってことらしいので、文字通りで「相手との関係性を表す言葉カテゴリ」が本来正しい。友達とか恋人と同列で語れる言葉。ラベルみたいなもの。そりゃそう。カテゴリが一緒だけど、レイヤーは違う感じかな。
もちろん辞書的な意味はわかってはいたけど、私の実体験として「同居人」が実態として同棲している恋人であることがほとんどであったから、バイアス(?)のようなものがかかっていて、色々ごちゃごちゃになっていたのだと思う。
だから「同居人」という言葉で説明されるとなんとなく全体がモヤがかっている文章に思えて、本質が掴めないような気がしてた。本当に「同居人」としか言いようがない関係の人もいるだろうけど。
「ぼかす」意味で利用している人も、「一般名詞を一般名詞でぼかしている」のではなくて「レイヤーをあげてぼかしている」なんだとやっと気づけた。そしてレイヤーをあげてぼかしている理由は私にとってどうでもよかった。千差万別だろうし。
なんだか文章にしてみると当たり前過ぎてなんでそんなモヤモヤしてたんだという気はするけど、これで明日から「同居人」と聞いてもモヤモヤしなくなるのは嬉しい。
言うと思った