はてなキーワード: 格助詞とは
日本人がよく「が好き」の代わりに「のことが好き」と言うということに気が付いたことはありますか? 「好き」と「が」をすでに知っている方であれば、ただ誰かが好きだというだけのために、余計な数語を口にする人がなぜいるのだろうと、疑問に思うかもしれません。この記事では、「のことが」及び、なぜあなたもそれを使いたくなるであろうかについて、お話しします。
本題に入る前に、基本的なことをおさらいしておきましょう。まず、「好き」は "likable" を意味する形容名詞です。これは "like" にあたる最も典型的な単語で、ロマンチックな意味でも、それ以外の意味でも使うことができます。人にも物にも使うことができます。次に、「が」は主語を表す格助詞です。「好き」のような形容名詞と共に使われる場合、その形容名詞が形容するものを表示します。
例えば、アミとカイがデートをしていて、カイが「好きです」と言うところを想像してください。この場合、カイは "I like you" と言っています。でも、もし主語を指定したい場合は、直前に「名詞+が」を置いて、「犬が好きです」("I like dogs")と言うことができます。
つまり、相手の名前、それか、少しドラマチックに、あるいはロマンチックにしたければ、「あなた」と言い、続けて「が好き」といえば、相手が好きだと伝えることができます。ではなぜ、わざわざ「のことが好き」と言うのでしょうか?
実は、この二つは意味の上では同じなのです。しかし、後者を好んで使う重要な理由があります。曖昧性なさです。
実際、「あなたが好き」は曖昧である場合があります。状況によっては、"I like you" かもしれませんし、"you like it"かもしれないのです。なぜかと言うと、「好き」の逐語訳は "to match the feelings (気持ちに合う)"だからです。何かが主語にあたる人の気持ちに合うのかもしれないし、あるいは、相手が話者の気持ちに合うのかもしれません。この曖昧さの原因は、"I like you" と言うとき、両者共に感情を持っているからです。うん、で、誰の気持ちに合うって? 「話者の気持ちに合う」と言いたいのなら、「あなた」つまり相手が話者の気持ちに合うのでしょうし、「相手の気持ちに合う」のであれば、気持ちに合うのは何か他のものということになります。
この曖昧性は、主語が人ではなくモノである場合には生じないことに注意してください。主語が感情のないモノだとすれば、二つのうち一つの可能性を消去することができます。例えば「映画が好き」は曖昧ではありません。なぜかというと、映画は気持ちを持たないからです。話者が映画が好きだということが明白です。
では、主語が人だったら、どうやってこの曖昧さをなくすことができるでしょうか? 例の曖昧な文をもう一度見てみましょう。
繰り返しになりますが、「あなた」は人であり、感情があるということが問題で、そのため、読み方が二つあることになるのでした。"I like you" と "you like it" です。
そこで「のこと」があります。この二つの単語は任意の名詞に繋げることができ、概ね "things about" を意味します。したがって、「あなたのこと」は "things about you" となります。実際の文ではどうなるかみてみましょう。
"I like things about you"。これは曖昧ではありません。"things" は感情を持たないので、 "things about you like it" はあり得ないのです。
「が好き」と「のことが好き」はどちらも "like" という意味で使われますが、もしその好きなものが人であるならば、後者が好まれます。なぜなら、曖昧性がないからです。
https://nihongotopics.wordpress.com/2017/12/23/ga-suki-vs-no-koto-ga-suki/
山田詠美の「姫君」という短編集を読んでいた。私は山田詠美のファンなので楽しく読んだ。巻末に、「蛇にピアス」などで知られる作家、金原ひとみが解説を寄稿しているのだが、それを読んでひっくり返った。
完全に誤読してる。解釈とかそういう問題じゃない。基本的な国語の問題だ。
短編「フィエスタ」は、「欲望」が主役だ。「欲望」という感情が擬人化され、その一人称で、自分が宿っているブスな主人公の状況を愚痴ったり嘆いたりして話が進む。「欲望」は、主人公のことを「主人」とよんでいる。
主人公の名前は瞳である。私はこれを読み始めた瞬間、「醜いだと?」と思った。ごめんなさいね。名前というのはとても大きな力を持っていて、他人事をは思えなかったのです。瞳だからではないけれど、私はこの主人公が好きだ
主人公→瞳と言う名前→自分の名前と一緒。えっ、名前なんて出てきたっけ?と本編を見直してみた。やっぱり主人公は「主人」としか呼ばれていない。でもなぜ誤読したかは分かった。
主人の瞳がせかしている。(中略)瞳はもうルーペ状態になっている。男の姿は拡大されている
金原は「の」を同格の格助詞として読んでいるのだろう。つまり、主人(である)瞳(ちゃん)。
しかし文章からも分かるように、ここは主人が男に見惚れている比喩なのだ。だから、この「の」は所属の「の」だ。主人(のものである)瞳。
私は関西人だが、「進撃の巨人(関西弁版)」が想像以上に詰まらない。
そして、たぶん、編集者の(おそらく関東の)方は、こういう意見を読んでも、「要所要所にキツい大阪弁ジョークを交えて、関東人向けにしてるから、それは仕方ない、というか狙い通り。ぶっちゃけ関西人向けに作ってませんしww」と思ってるんだろう。別にそれは分かる。けど、残念ながら、違う。
下の引用元の増田は、関西人で、かなり苦しい思いをして「いいトコ探し」をしてくれたようで、それにはおおむね納得する。よいシーンもある。つまり、このコンテンツは、やり方次第では十分「関西人の笑いも誘えた」もののはず。にもかかわらず、現状は、おそらくほとんどの関西人が数ページ以上読み進められないようなひどさに満ちたコンテンツになっている。それはひとえに、もちいられている関西弁が微に入り細を穿って間違いに充ちているからだ。ネイティブなら一行毎に違和感しか覚えないようなひどいコンテンツだからだ。
ちなみに、こういうことは今に始まったことではない。というより、東京発の関西弁含みコンテンツでまともな関西弁が用いられている作品は、映画・ドラマ等を通じて何一つ無いと言っても過言ではない。
その原因は、近年益々ひどくなる東京人のエスノセントリズムのせいなのか、それとも単なる知的レベルの低下なのか、コンテンツ生産力の低下なのか、いずれにせよ、東京人がいつまでも東京人にしか楽しめないコンテンツを作っている現状を恥ずかしく思ってほしいと思い、あえてツッコむことにした。無粋は許せ。
というわけで、以下、「進撃の巨人(関西弁版)」の、関西ネイティブによる修正案を提示する。ちなみに、こうやったら東京人には面白くねえんだよ、という意見は却下する。東京人だって、嘘標準語で東京人や東京弁がバカにされてるジョークを見聞きしたら、いい気分がしないだろう。
「その日関西人は思いだした」
↑関西人は自分を「関西人」と言わない。○「その日ボクらは思いだした」
※なお、「ボク」の発音は「_↑(四声(中国語)で言うと2声)」
「ヤツらにキャン言わされとった恐怖を…」
↑元増田も書いてたとおり「ヤツら」とか言わないし、「キャン言わされる」もチンピラ関西弁なので、普通は使わない。また、「恐怖」といった熟語は口語では避けられやすい。○「あいつらにびびらされてたその恐さを…」
※「これでも関西弁的には意味不明に近い。本来は「あいつらの怖さ(ヤバさ)を…」で十分。
「鳥籠ん中に閉じ込められとった屈辱を…」
↑鳥籠のあとの「の」は音韻変化しない。a、e、i+「の」はang、eng、ingとなりやすいが、(例)「頭の中→あたま(ン)中」、u、o+「の」はung、ongとはなりにくいようだ。例外として、あとに母音が来る際は、その母音を含めて置き換えるケースがある。(例)「よその家(うち)」→「よそ(ン)ち」。また、「中に閉じ込める」といったもってまわった言い回しは関西弁では避けられると思う。○「鳥籠に押し込められとった屈辱を…」
「やったるで」
↑これは微妙ながら誤訳と思う。やったるでは「I shall do it.」だが、このシーンは「We」じゃないとおかしいのでは?
○「やんぞ」
「目標は一体や」
↑惜しい。が、こんな緊迫したシーンで、語尾に「や」をつけるのは過剰。格助詞「は」も過剰。
○「目標、一体!」
「必ず仕留めるで!!」
こういう言い回しはしない。失敗には突っ込むのが関西文化なので、「必ず○○せよ」でなく、一般には「絶対○○という失敗はするなよ」という言い回しが多用される。(その方が「○○すんなゆーたやんけ!」と後で突っ込みやすいため。)○「逃がしなや!!」
※(例)「仕留めるぞ→失敗→どうして仕留められないんだ!(半ギレ)(→…=救いがない)」「逃がしなや!→失敗→何逃がしてんねん(→す、すんまへん=救いがある)」ということです。ね?
「……」
↑関西人はこんな美味しいシーンで絶っっっっっっ対に無言にはなりません。
○「…っぅわ!」または「ちょっ、zqあwxせdcrfvtbgy」
「目標との距離400!!」
「目標との」っていりますかね。いらん気がしますね。いりませんね。省きますね。
↑ギャグで言ってるならアリですが、ギャグでやってたら殴られます。「めっちゃ」というのは、あまりシリアスなシーンで使う言葉ではないですね。まあ関西人にシリアスなシーンというのがあれば、ですが。というわけで、○「こっち来ます!」「来てます」の方が緊迫感あるかな?
…というわけで、便乗ネタのミニ関西弁講座でした。いかがでしたか?