はてなキーワード: ドッグフードとは
そんでもって、 Microsoft は持っている。僕同様、みんなも知ってると思うけど、なんと驚くべきことに、 Microsoft はそれをよく理解していない。実に。でも彼らは、純粋に、偶然、プラットフォームを提供するビジネスから始まって成長してきたから、プラットフォームを分かっているんだ。彼らはその領域で30数年やってきた。 msdn.com に行って、少しの間ブラウジングしてみればわかる。もし見たことが無ければ、驚く準備をしておいた方が良い。なぜならそれがとてつもなく巨大だからだ。何千の、何千の、何千もの API コールがある。彼らは巨大なプラットフォームを持っている。実際の処大きすぎて、全く統率が取れていないけれど、少なくとも彼らはやっている。
Amazon は自分のものにしている。 Amazon の AWS ( aws.amazon.com )は途方も無くすばらしい。行ってみてご覧よ。クリックして回ってみるんだ。全く恥ずかしくなる。僕らはこれらのひとかけらも持ち合わせていない。
Apple も、明確に、自分のものにしている。彼らは基本的にクローズな選択を、特にモバイルプラットフォーム周りでしているけれど、アクセシビリティを理解しているし、サードパーティ開発者の力もよく分かっていて、自分たちのドッグフードを食べている。それでさ、わかるだろ?。彼らは実に見事なドッグフードを作る。彼らの APIコールは Microsoft のそれに比べて実にクリーンで、ずっと昔からそれを維持している。
Facebookも持ってる。だからこそ心配になるんだ。ぐうたらな僕をここまでして書かせた理由はそれだ。僕は元来ブログするのも、プラスする(って言うのかどうか知らないけど)のも嫌いだ。そもそもGoogle+はぶっちゃけ話をするのにはひどい場所だけど、とにかくやらなきゃならない。Googleに成功して欲しいと思ったらね。で、僕は成功して欲しい!。まあ要は Facebook が僕を呼んでいるし、きっとそっちでやるほうがずっと楽なんだろうけど、Google は僕にとって家だし、だからこういう家族同士のお節介焼きのようなことをやっていこうよと言ってるわけだ。(訳注:この辺の訳怪しい。トラバで指摘いただいたのがすてきだったのでまるっと差し替え!。"アドバイス" thx !)
Microsoft と Amazon 、それに Facebook (たぶん。実際僕はよく見ていないんだ。だってすごく落ち込むからね…)の提供するプラットフォームに驚いた後に、 developers.google.com に行ってちょっとブラウズしてみて欲しい。ね?大きな差だろう?。まるで君の5年生の甥っ子が、巨大で強力なプラットフォーム企業がもしリソース的に独りの小学5年生しか人を割けないって時に作るようなものをデモしてみなさい、なんていう宿題でもでっち上げたみたいな感じだよ。
どうか悪く思わないで欲しい。 Developer relations チームが、これを外部に提供できる形にするためにとんでもない努力をしてきたってことを僕は分かっている。僕が知る限り、彼らはとにかくケツを蹴り上げつつけている。なぜなら彼らはプラットフォームを理解しているからさ。プラットフォームに対して実に冷淡で、しかも時には敵対心さえあらわにされるような環境の中で、彼らは英雄のように努力している。
僕は率直に、 developer.google.com が外部の人にとってどう見えるかを説明しているだけさ。全く幼稚に見えるだろう。 Maps API は一体どこにあるっていうんだ?。いくつかはなんだかよくわからないラボプロジェクトとやらに入っている。で、いざたどり着いてみれば、そこにある API は全くけちな代物だ。まさに本当の意味でドッグフードだ。オーガニックなんかとは無縁だね。僕らの内部 API に比べれば、まるで不格好な別物だよ。
Google+ についても、悪く思わないで欲しい。到底彼らだけが違反者ってわけじゃない。文化的なものが絡んでいるんだ。僕らが内部でやってることっていうのはさ、基本的には、惨めでマイノリティなプラットフォーム部隊が、無敵で予算も自信もたっぷりのプロダクト部隊に多かれ少なかれ負け続けている、そんな戦争なんだよ。
ゼロから構築したプログラマブルなプラットフォームになるべきなんだってうまく気づいたチームってのはみんな弱者さ。 Maps や Docs なんかが思い浮かぶ。 Gmail もなんとなくそっちの方に進みはじめたように見える。でも彼らがそのために予算を獲得するのは実に難しい。なぜなら、それは僕らのカルチャーじゃないんだ。 Maestro の予算なんか、 壮大な Microsoft Office プログラミングプラットフォームの足下にも及ばないちっぽけなものだ。ふわふわ毛皮のうさぎちゃんと、 T-Rex の対決みたいなものさ。 Docs チームだって、このスクリプティング機能が無ければ Office に太刀打ちできないってのはよく分かっているんだ。でも残念なことに、予算が付かない。つまりさ、そうじゃないとは思うんだけど、現状 Apps スクリプトが Spreadsheet だけで動作して、 API の一部としてキーボードショートカットすらない。まさにチームが愛されていないって思うしか無いよね。
皮肉にも、 Wave は偉大なプラットフォームだった。冥福を祈りたい。でもプラットフォーム的な何かを作るっていうことは、そのまますなわち成功を意味するって訳じゃあ無い。プラットフォームにはキラーアプリが必要だ。 Facebook そのもの(つまり、 wall やら friends やらなんやらというデフォルトの機能)が、 Facebook プラットフォームのキラーアプリだ。そして、 Facebook アプリが、 Facebook プラットフォーム無しで成功できると結論づけるのは、深刻な誤りだと僕は思う。
みんなは、外の人たちが Google は傲慢だって言い続けているの、知っているよね?。僕は Googler だ。だから、みんなと同じように、外の人たちがそう言っているといらいらとする。僕らは全般的に見て全く傲慢じゃ無い。僕らは、まあ、99%は傲慢じゃない。僕はこの文章をこう始めた(遠い記憶をさかのぼってよ)、 Google は「正しいことだけをする」って表現した。僕らはよかれと思ったことだけをしている。だから、人々が僕らが傲慢だって言うときは、まあ大抵彼らを雇ってあげなかったときか、僕らのポリシーに不満があるか、まあそんなようなところじゃないかな。彼らはそれで気分が良くなるから、傲慢だ傲慢だと言っているんだろう。
でも、もし僕らが、僕らは全ての人に対して完璧なプロダクトをデザインする方法を知っているだなんて、そんなスタンスを取るんだとしたら、僕を信用してくれて良いと思うけど、結構そういう話を聞くんだけど、僕らは飛んだ間抜けになる。それを傲慢って言ったり、無邪気さって言ったり、なんて言ってもいいけど、結局の処、それは愚かさに他ならない。全ての人にとって完璧なプロダクトなんて、無いんだ。
デフォルトフォントサイズを設定できないブラウザについて話してこの話題を締めくくろうか。アクセシビリティへの侮辱ってやつについて語ろう。つまり、いずれ僕は年を取って、ほとんど目が見えなくなる。事実そうだと思う。僕は人生でずっと近視だったし、40歳にもなれば今度は近いものが見えなくなる。そうなればフォントの選択ってのは生死を分ける重要なポイントだ。それは君を完全にその製品から追い出してしまう。ところがどっこい Chrome チームってのははっきりと傲慢だから、彼らはゼロコンフィギュレーションプロダクトなんて言ってて、まったく厚かましくも、もし目が見えなかったり耳が聞こえないなりなんなりするなら、お前はファックユーだぜってなもんだ。残りの人生、全てのページを表示する度に Ctrl-+ を押せって言うんだよ。
これは彼らの問題じゃ無い。みんなの問題だ。僕らが徹底してプロダクト企業だということが問題だ。僕らは広くアピールするプロダクトを作った。例えば検索がそうだ。そのあまりにもひどい成功が、僕らの目をくらませてしまった。
Amazon もまたプロダクト企業だった。だから。 Bezos にプラットフォームの必要性を理解させるのには、外部の力が必要だった。その力ってのはどんどんと蒸発していく利幅だった。彼は追い詰められて、脱出方法を考えなければならなかった。でも彼の持ちえたものは、エンジニア達とコンピュータの群れだった。そこからどうにかマネタイズするには…?。結果論だけれど、そうして彼は AWS にたどり着いたわけだ。
Microsoft はプラットフォームとして始まった。だから彼らにはたくさんの習慣があった。
でも、 Facebook は…、彼らは僕を不安にさせる。僕はエキスパートではないけれど、でも、彼らは最初プロダクトとしてスタートして、そしてそれをうまく成功につなげていたことは確かだ。だから、彼らがどうやってプラットフォームへと変革を遂げたのか、僕にはわからない。それは比較的昔のことだったろうと思う。 Mafia Wars のようなものが現れる前に、彼らがプラットフォームにならなければならなかった時よりもずっと昔。
たぶん彼らは僕らを見て、こう自問したのかも知れない。「どうやったら Google を倒せる?。 Google に足りないものはなんだ?」
僕らが直面している問題はとても大きい。僕らがキャッチアップを始めるには、めざましい文化的な改革が必要だ。僕らは内部的にもサービス指向なプラットフォームを持っていないし、同じように外部的にもそうだ。この「自分のものにしていない」感じは、まさに会社全体を覆う風土病だ。 PM は分かってない。エンジニアも分かってない。プロダクトチームも分かってない。誰も分かっていない。たとえ一個人で分かっている人間がいたとしても、もしそれが君だとしても、僕らがそれを総力を挙げて緊急事態として扱わなければ、これっぽっちも意味が無いんだ。僕らはプロダクトをローンチして、それを後から魔法のように美しい外部拡張可能なプラットフォームに成長させられる、そんなふりをし続けることを、やめなければならない。何度もやって、だめだったじゃないか。
プラットフォームの黄金律「自分のドッグフードを食べろ」はこう言い換えることができる。「プラットフォームから始めろ。そしてそれをなんにでも使え」(訳注:"アドバイス" thx !)。後からちゃんとやるなんて不可能だ。少なくとも、簡単には無理だ。 MS Office をプラットフォーム化した人たちに尋ねてみればいい。あるいは Amazon をプラットフォーム化する為に努力した人たちに。遅れてしまえば、正しく立て直すのに10倍の苦労が必要になるだろう。ごまかしはできない。内部アプリが特別な優先アクセスを受けられるようなバックドアを秘密に仕込むなんて、どんな理由があっても不可能だ。難しい問題から、まず最初に解決しなければならないんだ。
僕は遅すぎると言いたいわけじゃ無い。けれど、待てば待つほど、致命的な遅れへとどんどん近づいてゆく。
この記事をどう纏めて終えればいいか、正直よくわからない。言うべきことは全て言ったと思う。この記事はできあがるのに6年かかっていると言える。僕が紳士的ではなくて申し訳ないと思う。プロダクトやチーム、個人を僕が誤解していたら申し訳ないと思う。もし僕らがたくさんのプラットフォームを実は作っていて、僕や、僕が話した人たちみんなが偶然知らないだけだったとしたら、申し訳ないと思う。
でも、僕らは今すぐに始めないとならない。
この努力は僕が Google に来る為に Amazonを離れた2005年半ばも続いていた。でももっとずっと進化していたよ。 Bezos が命令を出してから僕が離れるまでの間に、 Amazon は全てにおいてサービスをまず最初に考える企業へと文化的に変化していった。外部の日の目を決して見ることの無いような、スタッフへの内部的なデザインも含めて、今ではそれが全てのデザインというものに対しての基本的なアプローチになっている。
その時点では、彼らはもはや解雇の恐怖からそうしているわけではなかった。つまり、もちろんビビってはいたけれど、ドレッドヘアの海賊 Bezos 様にご奉仕するのは日常生活の一部だからね。そうじゃなく、彼らはそれが正しいことだと理解したから、サービスを提供しているんだ。確かに SOA のアプローチには長所も短所もあるし、短所を書き出してみたら切りが無い。でも全体として、 SOA ドリブンのデザインというものこそが、プラットフォームを可能にする、これは正しいことだ。
これが、 Bezos が彼の指令書で企んだことだった。彼はチームの健康状態なんて興味もなかったし(今もそうかも)、使われている技術もそうだったし、結局の処のどう取りかかるかなんて結果ができあがるまで気にもしていなかった。けれど Bezos は、 Amazon 社員の大多数が理解する前に、 Amazon はプラットフォームにならなければならないということを悟っていたんだ。
だって考えてもみてよ。なんで一オンライン書店が、拡張可能な、プログラマブルなプラットフォームになる必要がある、なんてことを考える?。そうだろ?
ともかく、 Bezos が気づいた最初の大きなポイントは、本を売り、出荷し、色々とやる仕組みが、素晴らしいコンピューティングプラットフォームに再利用でき得るということだ。だから今、彼らには Amazon Elastic Compute Cloud があるし、 Amazon Elastic MapReduce があるし、 Amazon Relational Database Service があるし、その他たくさんの aws.amazon.com で見つけられるサービスを持っている。しかもこれらのサービスは大成功した企業のバックエンドを努めていたりもする。 reddit なんか僕のお気に入りだね。
もう一つ、彼が理解した大きなポイントは、常にいつでも正しい、そんなものを作ることはできないということだ。これは Larry Tesler が、ママがこのくそったれサイトを全く使えないと言ってのけたりでもした時に、 Bezos にピンと来るものがあったんだと思う。誰のママのことを言ったのかははっきりしないし、そんなことは問題じゃ無い。問題は、誰のママだろうとそのウンコサイトを使えないってことだ(訳注:アドバイス thx !)。実際、僕自身、そこで5年ほど働いていたわけだけど、あのサイトは胸がザワザワするくらいひどいと思う。でも僕はその気が散るようなサイトに慣れてしまって、トップページのど真ん中あたりの数万ピクセルに集中できるようになったんだからね。
とまあ、実際の処 Bezos がどうやってその理解、一つのプロダクトで、全ての人にとってふさわしいものを作り上げることはできないということに、たどり着いたのかは定かじゃあ無い。でもその方法は問題じゃ無くて、彼は理解してるってことが重要だ。実のところこの現象には正式な名前だってある。そう、それはアクセシビリティと呼ばれるものだ。コンピューティングの世界で最も重要なものだ。
君は思うかも知れないね。「はあ?つまりそれって、目が見えない人や耳が聞こえない人のあれ?あのアクセシビリティ?」ってね。まあ君だけじゃないと思う。とにかく世間には、アクセシビリティってものを正しく理解していない、君みたいな人たちがいっぱいいっぱいいるんだから。ただそこにたどり着いてない人たちがね。だから、アクセシビリティを理解していないのは、目の見えない人や耳の聞こえない人や手足が不自由な人やその他障碍のある人の責任じゃないように、君の責任じゃない。ソフトウェアが(この場合アイデアウェアといった方が正しいかもしれない)何らかの理由で誰かにとってアクセシブルでないというとき、それはソフトウェア自身の、あるいはアイデアの伝え方そのものに責任があるんだ。それがアクセシビリティの失敗というやつなんだ。
人生における重要なその他もろもろと一緒でさ、アクセシビリティには邪悪な双子がついている。小さいときにパパとママの偏った愛情で見捨てられて、今や同じくらいの力を持つまでに育った宿敵って奴がね(もちろんアクセシビリティには宿敵はたくさんいる)。それはセキュリティだ。一体全体こいつらが仲良くやっていること何てあるかい?
でも、僕は主張したい。アクセシビリティは実際の処セキュリティより重要だということを。だって、アクセシビリティを0にダイアルするってことは、何のプロダクトも持たないってことさ。セキュリティを0にダイアルしたって、そこそこのプロダクトを持つことはできるだろう? Playstation Network みたいにさ。
まあつまりですね、僕はみんなが分かってくれないんだったら一冊丸々この話題で本を書くことだってできるよ。分厚くて、僕が働いてた会社のありんことピコピコハンマーのエピソードで一杯の面白いやつをね。でも僕がこの話を公開しなかったら、みんなが目にすることも無いだろう。そろそろまとめに入らなきゃ。
Google がうまくやれていない最後の一つは、プラットフォームだ。僕らはプラットフォームを理解していない。僕らはプラットフォームを自分のものにしていない。みんなの中にできている人はいるだろう。でも、そんな君はマイノリティだ。辛いことだけれど、これはこの6年で僕にはっきりと感じられた。僕は競争相手のプレッシャー、 Microsoft や Amazon や最近じゃ Facebook なんかが、僕らを一斉に目覚めさせて、ユニバーサルにサービスを始めるのを期待したりもした。アドホックな、中途半端なやり方じゃなくて、多かれ少なかれ Amazon がやったようにだ。一度に全てを。マジで。偽りなしに。今その瞬間から最優先事項として扱うというように。
でも、そうはなっていない。10番やら11番めくらいのプライオリティだね。いや15番かも?。知らないけど、とにかく低い。真剣に取り組んでいるチームもいくつかあるけど、多くのチームは考えてもいない。一度もだ。ごく一部の人々がちょっとした規模でやっているだけだ。
多くのチームに、彼らのデータと処理に対してプログラマティックにアクセスできるような、ちょっとしたサービスを提供させるのだって大変だ。彼らのほとんどは、俺達はプロダクトを作っているんだ、って思っているからね。そんでもってそのちょっとしたサービスなんてのはみじめなもんさ。 Amazon の教訓に戻ってリストを見てくれよ。そんで今すぐ使えるサービスを持ってきて見てくれ。僕が知る限りでは、そんなものはない。小ビンってのは便利かもしれないけどさ、そんなの車がいる時だけだろ?(訳注:この人、 Stubby という小瓶のビールと、 stubby という「ちょっとした・不格好な」という形容詞をひっかけてしゃべってます)
プラットフォームが無ければ、プロダクトなんて使い物にならない。いやもっと正確に言うならば、プラットフォームの無いプロダクトは、いずれ同等の機能を持ったプラットフォーム化されたプロダクトに、取って代わられる。
Google+ ってのはまったくまさに、エグゼクティブリーダーシップのとても高いレベルから(やあ Larry 、 Sergey 、 Eric 、 Vic 、やあやあ)枝葉の使いっ走りまで(やあ、君だよ)、全くプラットフォームを理解していないっていう良い例だ。そう、僕らはみんな、全く理解できていない。プラットフォームの黄金律ってのは、自分のドッグフードを食えってことだ。 Google+ プラットフォームってのは惨めなまでに後知恵だ。ローンチ時には一つたりとも API が無かった。そんで最後にチェックしたときには、僕らが提供してたのはわずかばかりのほんのちっぽけな API さ。ローンチの時、あるチームのメンバーが行進してきて僕にそれを説明してくれた。だから僕は訊いたんだ「でさ、これはストーカー用 API?」って。彼女はむすっとして、「ええ」ってだけ言った。いやジョークなんだよ…いや…ジョークじゃ無いんだ…僕らが提供する唯一の API は、誰かのストリームを読み出すだけ…。うーん、僕が間違ってたのか?
Microsoft はこの20年間ドッグフードルールで知られてる。この時代の彼らにとっての文化の一つなのさ。デベロッパにドッグフードを食わせて、僕らだけ人間のご飯を食べようってわけにはいかない。それは単に短期の成功のために長期のプラットフォーム価値を損なう行為だ。プラットフォームってのはまったく長期的な視点が必要なんだよ。
Google+ は脊髄反射の代物さ。 Facebook が成功したのは、彼らがすばらしいプロダクトを作ったからだって言う、まあ実に近視眼的なものの見方の結果として生まれたものだ。でももちろん彼らが成功したのはそんな理由じゃ無い。 Facebook は他の人たちにも何かをさせてあげられる、プロダクトの美しい集合全体を作り上げたから、成功したんだ。だから Facebook はみんなにとってそれぞれ違うものだ。 Mafia Wars に全ての時間を費やす人もいれば、 Farmville で遊ぶ人もいる。何百の、いや何千の、質の高い、暇つぶしができるってわけさ。つまり、みんなのためにふさわしい何かが必ずあるんだよ。
僕らの Google+ チームは、プロダクトを出した後のマーケットを見てこう思った。「おっとっと、我々もいくつかゲームが必要みたいだな。さっそくどこかと契約して、我々のために作ってもらおう」。これが信じられないくらい間違った考え方だってことが、君にもわかってきたかい?。問題なのは、僕らが、人々がほしい物を予測して、それを提供しようとしているということだ。
そんなことは出来ないんだよ。現実的にはね。確実にやる方法なんてない。もちろんコンピューティングの歴史全体を見渡せば、それを確実に信頼性を持ってできる人間ってのがごく数人いることにはいる。 Steve Jobs がそうだろう。でも、僕らの処には Steve Jobs はいない。悪いけど、いないんだよ。
Larry Tesler は、 Bezos が Steve Jobs じゃないってことを口説いたかもしれない。でも Bezos には分かっていた。全ての人にふさわしいプロダクトを提供する為に、彼が Steve Jobs になる必要はないっていうことを。インターフェースとワークフローこそが、人々が気に入り、安心感を得るものなんだっていうことを。彼はサードパーティの開発者にそれを可能にするだけで良かった。そうすれば、後の事は自動で進んでいく。
僕の言っていることが、あまりにも明白なことだろって感じているみんな(多かったらいいな)には申し訳ない。とにかくもうびっくりするほど自明なことなんだ。ただ、僕らがそれをやってないってことを除いてはね。僕らはプラットフォームを理解していない。プラットフォームを持っていない。アクセシビリティを理解していない。アクセシビリティを持っていない。これらは基本的には同じことだ。なぜならプラットフォームがアクセシビリティを解決するからだ。プラットフォームがアクセシビリティなんだよ。
アリクイはアリ食べるからアリクイで、アリ食べなかったらアリクイじゃなくて
アリ食べたらアリクイだから、笹食いまくってるパンダとかもササクイなのかと考えても
ササクイじゃなくてパンダなワケで、
じゃあアリ食ってるからアリクイなんじゃなくて、
なにかワケアリでアリクイなのかと考えれば、やはりあの長い舌が
アリ食うのに特化してる的なアレかなと妄想してみるが
フォルム的に他の虫とか、コオロギとかも食えそうな気がするから怪しいもんだと思って
ネットで調べたら野生のアリクイはホントにアリしか食べないらしくて、徹底したその姿勢は
見習うべきものがあるワケだけど、でもアイツ新生児の時は母乳で育つみたいだし
そこはやっぱりアリ食べて初めて一人前のアリクイみたいな所があるよねやっぱり
じゃあアリ食えないアリクイはアリクイであるといえるのか、アリ食えないアリクイは
完全にアリクイであるアイデンティティを失ってしまっているのではないか
アリクイにとってアリを食うのはアリクイがアリクイである存在の証明であって
アリ食えないアリクイはアリクイ界からも迫害されてアリクエナイになって
じゃあ何食うかっていうと野生のアリ食えないアリクイは淘汰されるから
今だ確認されてないみたいだけど、動物園ではアボガドとか食べてるみたいで
Youtubeとか見るとおいしそうにワイン飲んでるアリクイもいるし、
これは純粋にアリクイのアリ食いを信じる子供達には見せられないワケだけど
動物園とかにいるアリクイは俗な人間社会に感化されてアボガドとか
ドッグフードとか食べてるわけで、もうあいつらをアリクイと呼べるのか、
アリを食う事が存在の証明なのではないのか、おまえそれでいいのかと
あれ、ではぼくは、いいのかなぼくは勇輔でも勇ましくもなんともないわけで
所詮アリ食えないアリクイなわけで、じゃあ僕もアリ食うから、アリだけ食うからアリクイになりたい
愛犬家とか愛猫家とかを自称していて、実際かなり写真を撮ったり口を開けば自慢したりして、可愛がって、なのに死なせてしまった人ってのはどのくらいいるのかな。
自慢するようなことではない。むしろ恥で、だからあんまり「そういう人がいる」と認識できないのだと思うし、本当に可愛がっていたと感じるようであれば、それは不慮の事故とか何かしらの仕方ない理由なんだろうと納得して印象に残らなかったのかも。
3ヶ月くらい前に愛犬が死んだ。
仕事を終えて、新しいドッグフードと賞味期限間近の割引された寿司を買って、晩酌しようと思って帰ったら、もう生きていなかった。寿命にしては早すぎる死だった。
5年は一緒にいたと思う。
学生時代の私の欝がひどいときに家に来て、3年前に独り暮らしをはじめたときも連れて実家を出て、ずっとずっと一緒だった。そして、私の心の支えだった。
世話をあまり見られないほど精神的に弱い時期もじっと、ほとんど黒目の瞳で寄り添っていてくれたのに
仕事がうまくいきはじめて多忙になり、やっと一つ大きな躍進を得た、と考えて帰ったその日にもう手遅れだったことを考えると、もっと何かしてやれたはずではないかとずっと考えてしまう。
依存するばかりの時はそれなりに見ていたのに、驕ったばかりに苦しませて独りで逝かせてしまうことになったのではないか?
だけどその、私の後悔を誰も責めない。
本当は私だってよく知らない人に「お前が仕事仕事でろくに面倒を見なかったから・・・」「ふれあいを含む世話を放棄したのなら、それは既に虐待で・・・」と言われたくは無い。
私には私なりの事情や考えがあったので、それを前提として知っているくらいの親しい人には叱って欲しい。
しかし、ある程度私と親しい人は、私を責めたりしない。
私のバックグラウンドを知っている人は「大変だったね」とか「突然でショックだろうけど」とか、言葉をまず選び、
そしてともすれば、「きっと没頭できる仕事を見つけたから、天国で待っててくれるように先に行ったんだよ」などとのたまう。
私が欲しいのはやはりそういう言葉でもなくて、なぐさめや例えや、擬人化した勝手な代弁ではなくて、
事実を事実として同じ過ちを繰り返さないようにとかいう建設的でシンプルな答えなのだけど、
どういうわけかそれにすら触れてくれる人は少ない。というか、いなかった。
(もっとも「できるならば時を戻したいが、それをするのは不可能である」と分かっているのが一番のジレンマではあるのだけど・・・)
火葬した日のうちかその次の日に近くの医者に行った。昨日犬が死んだ、眠れない、不安だ、と言うとデパスとレンドルミンを処方された。
人間でもないのに急なことで1日職場から休みをもらったから(夏の暑い日だったから、腐敗するのも早いだろうとすぐ火葬を手配した)あんまりのんびりせずに復帰しなければならないと思った。それに、じっと自室にいるのも嫌だった。
死体があったからではなくて、静かすぎて、色々考える余地ができてしまうから。
眠剤を飲むのも久しぶりだったが、案の定おねしょをした。金縛りにあったように眠るので、それ自体はあまりショックではなかったが、
困ったのは現実感が薄れていることで、ふと餌をやろうとしてしまったりする。
それ自体はよく聞く話でもある。
ただ薬のせいなのか、しばらく夢に生きた飼い犬が出てきて
、実感としては朝じゃれたり舐められたり餌をやったりして、風呂に入り仕事に行き、帰ってきて骨壷に100均で買ってきた線香を上げるような毎日。
よくわからないままに1ヶ月・・・2ヶ月・・・と過ぎてしまった。
眠剤を処方されなくなってしばらく、とてつもなく恐ろしい気持ちがこみ上げてくる。
一目見ただけではわからないような、生きたような死体に触れて「死んでいる」を目の当たりにした時もわんわん泣いた。しかし、その直後から「死」の実感は消え去っていた。
それが、最近やっと「死」を実感しつつある。
じっくりと薬なしで向き合ってたくさん泣くべきなのかもしれないし、そんなことをしていたらいつまでも終わらないのかもしれない。
思いつくままに書いておそらく時系列めちゃくちゃだし推敲もしてない。明日も仕事なので寝るけど、腰を据えて考えながら、起きて落ち着いたら見直そうと思う。
育て始めた頃は,父親が私を連れてに散歩に行っていたけど,
次第に連れて行ってあげなくなっていった.
それも自分たちの夕食の残飯をあげて
(犬としてはその方が嬉しかったようで
残飯がなくてドッグフードだけだと食べなくなった.
連れて行ったこともあったけど,気まぐれだったしな.
普段は学校へ行っていたから,気にならなかったけど
入れられて,次の夜の餌の時間までずっとそのままなんだと
考えると可哀想だったな.どうして飼っていたのだろう.
そんなに可哀想ならお前が行けばよかっただろうと
今では思うけど,当時の私にとっては大きい犬で怖かったし.
そのまま 12, 3年生きたかな.ある朝,死んでいた.
たしか高校生の時だ.長く生きた方なんだろう.
家族に特別可愛がっていた人もいなかったから,
皆冷めた反応で,私自身も何の感慨も覚えなかった.
飼い犬が死んで悲しくて泣いて,それを思い出すと
新たに犬を飼い始められない.という人がいるけれど
それを聞いてもどうしてそんな気持になるのか不思議だった.
たぶん普通そうなのだろう.犬の死そのものではなくて
犬の死を悲しめなかったことに対してショックだったな.
室内で飼える動物でも飼ったことはないけれど無理だと思う.
見ていると,何故か小屋の中に閉じ込められていた犬を思い出す.
教え込まれた言葉を帰るまでずっと連呼しているのだろうか?
そういうこと考えると虚しくなってくる.とても可愛がれない.
最初サボテンを育ててみた.水あげなくてもいいと思っていたが,
そういう訳ではないんだな.その加減が分からなくて
見た目枯れたようになった.それでもまだ大丈夫らしい.
棘が引っかかって抜けて終わった.すでに根が枯れて無かった.
次に観葉植物は簡単と聞いたから育ててみた.
でも育て方調べてみると案外難しい.どんな植物でもそうだろうけど
水をあげ過ぎてはいけないし,あげないのもいけない.加減が分からない.
1つは水のあげ過ぎで根が腐って枯れた.冬越えに失敗した.
1つは水あげなさ過ぎで枯れてしまった.夏越えに失敗した.
反面,寿命で死んだり,季節の植物で時期が終われば枯れる花を育て
終わったら,また新しいのを買って来て育て始めるのを繰り返す人は
どういう気持でやっているんだろうとも思ってしまう.
前のことはすっぱり忘れてしまうのだろうか?
可愛いのは動植物ではなく,可愛がっている自分なのかと思ってしまう.
何にしても,それ以来,動植物には手を出さないことにした.
http://anond.hatelabo.jp/20081105135432
彼女ができた。なんとお犬様だ。
4月に見学したブリーダーさんの家で知り合い、7月から付き合い始めた。
これまで5人くらいと付き合ったことがあるけれど、一般的な女の子と比較して
といった点が目立つ。
見た目はきつねを少し丸くしたようなかわいらしさがあるのだけれど、要するに中身は犬だ。
初めは戸惑いもあったが、案外こういう女の子とつきあうのは楽で楽しいと分かってきた。
いろいろドッグフード・おもちゃ・いたずらなどを試そうとするなど好奇心が強い。
フリスビー犬の素質も持っているというのにアジリティ犬になるべく練習していて向上心の強さがある。
反面、行動も献身的・受動的なのかな…と思いきや、
いたずらをコントロールしないくせに「おかしいな、私じゃないよ///」ととぼける。
お犬様、はっきり言ってオススメです。
問題はどうやって知り合うかだけれど、成犬という拒絶モードの時に誘うのではなく、なにもしらない子犬の頃が狙い目としか。
初めの一歩が難しいだけで、後は一般的な女の子よりも付き合いは簡単かも。
だって普段男同士で会話できない人でも通じ合えるんだから。
実家の犬。雑種。くるっと尻尾がまいてるから多分純日本犬の雑種。キツネみたいな顔しててよく穴を掘る。ちょっとばか。
8年くらい前に保健所からもらってきたときは両掌の中に乗るくらい小さくせにうんこ踏んづけてることに気付かないで飛びはなてるやんちゃ坊主だった。雄だけど去勢してるからおかまちゃん。友達なし。遠吠えがめちゃくちゃへたくそ。笑われるとわかるのかやめるけど、無性にしたくなるときがあるみたいで、時々練習してる。あほ。
んでえさの話なんだが。
離乳食のころは結構いいものを食わせてたんだけど,夏が過ぎて十分に大きくなったのでふつうのドッグフードをやるようにしたのね。
5歳までは一日二回,朝晩。最初はビタワンっていう一番安い奴でも喜んで食ってた。
それがさ,正月だったかな。いや夏だったから,うちに来た日を誕生日代わりにってことだったのかな。たまには贅沢させてやろうってペティグリーチャムの缶をやったわけさ。
そしたらあいつ気づいちゃったのね。
う ま い !って。
それからはもう大変。ビタワン食わないの。ビタイチ食わないの。
残してるから食べないの?ってきくと悲しそうな顔すんの。体調悪いのかな,と思ったりもしたんだけどどうも病気ではなさそうなの。煮干しとか骨ガムとかはすごい勢いで食ってんの。夏バテなのかなとかとも思ったけど散歩中は元気なの。拾い食いとかして怒られてんの。
ある程度やせ細ってきたところで気付いたね。こいつ。もしかして。ビタワンまずいから食わないんだなって。
まぁあんまり痩せられちゃってもかわいそうだし夏だったから心配なので10kgで500円も高くなっちゃうけどビタワンからペティグリーチャムにかえたら食うわ食うわ。今まで食えなかった分ってくらい食う。もうお前は馬鹿かと。犬だから馬でも鹿でもねーけどと。犬のくせに意地はってんじゃねーよと。おいしさにこだわってんじゃねーよと。
まぁもともと結構注文が多いというか気難しいというかなやつでさ。つながれると怒るの。怒ってすっげー穴を掘るの1メートルは掘る。で,こら!っておこるっとうっせーてめーらが悪いんだからな!って顔してフンって鼻息立てるの。もう馬鹿かとw
いたずらしてつながれても怒るの。木戸に八つ当たりとかして壊すの。またこら!って怒られて,耳伏せながらだってだって!って顔すんの。ほんとしょうがない奴。でもそういうところがかわいい。反抗したり拗ねたり,洗われたら怒ったり,汚くなって誇らしそうな顔してたり,犬ってペットじゃなくて家族なんだな。すっげー年下の弟っていう感じ。あいつは時々中に人間が入ってんじゃないかって思う。
んでえさの話に戻るけど、最近あいつもだいぶ年取ってきて,また餌に文句をつけるようになってきた。どうやらペティグリーチャム固形は堅いらしいんだ。かたいんだけど!って吠える。知らない人に対する吠え方とは違う,文句つけるときの吠え方でいつまでも呼ぶ。んで何かと思って顔出すじゃん?だし汁いれろって催促すんの。お前犬だろ!とwちゃんといりこで出し取ってないと怒るの。水だと不貞腐れて食べてんの。食べた後に不貞腐れて遊ぼうって言っても寝た振りすんの。でも尻尾はぱたぱたしてんの。ばかじゃね?wと。
2008/7/27 14:20 追記
その代わりに「俺は○○だと思う」とか「それは○○であるべきだ」とか「みんなで○○しよう」とか
"黙ってコード書け"ではないけど、俺自身今年1年のエントリを振り返って、
と問われると特にない。そう考えると、はてダってただの趣味なんだなぁと思う。
(追記)2008/7/27 14:20 追記
ブクマに返答。
他のブログシステムでは「○○しました」系のブログがよく目に付くんだ。
というか、ランキングシステムでそういうブログが上位に上がってくる。
「今日はモデルルーム巡りをして良さそうな業者を見つけた」とか
はてダでもそういう日記があるの知ってるしRSSリーダーに登録してるけど
あんまり目立たないし目立つ仕組みがないよなぁ。
もちおは もちおは もちおは もちおは もちおは もちおは もちおは もちおは
めが めが めが めが めが めが めが めが めがねだんし(メガネ男子!)
なおやは なおやは なおやは なおやは なおやは なおやは なおやは なおやは
あんこく あんこく あんこく あんこく あんこくきょう(暗黒卿!)
じぇいこん じぇいこん じぇいこん じぇいこん じぇいこん じぇいこん じぇいこん じぇいこん
どじどじどじどじ どじっこどじっこ じぇいこんどー(jkondo!)
もちおは どじっこ なおやは どじっこ しなもん どじっこ
どじっこどじっこ(略)どじっこどじっこ じぇいこんどー!
「えーマジ じぇいこん×なおや!? キモーイ」
「こん×なお より断然 なお×こん だよねー キャハハハハハハ」
もちおは もちおは もちおは もちおは もちおは もちおは もちおは もちおは
なおやは なおやは なおやは なおやは なおやは なおやは なおやは なおやは
パスタを買ったらすぐ茹でて カルボナーラなどのソースを大盛りします
じぇいこん じぇいこん じぇいこん じぇいこん じぇいこん じぇいこん じぇいこん じぇいこん
ワンちゃんに優しいホリスティックレセピーなど8種類のドッグフードでしなもんを肥やします
パスタを買ったらすぐ茹でて カルボナーラなどのソースを大盛りします
「うーんしょーがない。じぇいこん呼んで来い!」
「だからニートってゆーなー!」
「うわミスったーこっちでああ…こういって…ああ…」
「あなたの人生、せめて社長が渡米するくらいはチャレンジしたら?」