2022-11-09

他人容姿馬鹿にしてはいけない

俺の家族は揃って露悪的だった。

フィギュアスケート家族で見ていて、テレビ鈴木明子選手が映ると、母さんは「デメキンが出てきたよ」と言った。

それを見て俺や兄弟デメキンと呼んでいた。愛称というよりも蔑みが入っていた。

フィギュアスケートシーズンになると何度も見ていた。鈴木明子は毎回出ていた。

もう分別がついていたはずの俺も、家族に交じってデメキンと呼んで馬鹿にしていた。最悪な冬だった。

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冬は別の意味でも最悪だった。

当時の俺は中学校いじめられていた。

小学校からずっといじめられていたが、中学になっていじめはより苛烈になった。

田舎学校で、スマホも出る前で、娯楽なんてものテレビしかなかった。

学校という小さな社会の中で、出ることも許されない俺は耐えるしかなかった。

俺の荷物が捨てられたり、鼻をかんだティッシュを机の上に置かれたり、

俺がどこのトイレでシコっただの意味不明な噂を流されて、そこのトイレネームトイレになった。

ある年の冬に、露悪的な連中が俺の暴行事件でっち上げて、先生に呼び出されたこともあった。

俺が反論すると、先生は「火のない所に煙は立たない」とか「どっちもどっち」とか言っていた。

そういう冬だった。

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家でフィギュアを見て、鈴木明子容姿をなじることで、鬱屈とした気持ちを晴らそうとしたのかもしれない。

俺は家で気持ちよくなっていた。母さんや兄弟もそうだったかもしれない。

インキャな俺は人の容姿をあげつらうためのボキャブラリーを持っていなかったが、

目がでかい人に向けて言う「デメキン」だけは備えていた。

これが唯一の武器だった。

この冬に学校女子に絡まれた。

俺のことを気持ちわるがって関わろうとしない女子たちが、

俺にしかできないことを頼みに俺のところへ来た。

お願いする立場でありながら、全員が俺のことを小馬鹿にしていた。

頼みを断れば何をされるか分からない俺は怯えていた。

結局俺は頼みを聞いたのだが、聞いた瞬間に棟梁格の女から信じられないことを言われた。

「○○が出来るからって調子乗んなよ」

まわりも「そうだ」と言わんばかりで俺を見てくる。

その中に、ひときわ目の大きい女がいた。

俺はその女をあまり認知していなかったが、

その女も周りと一緒になって、ツンケンした態度で俺を見ていた。

棟梁格の女がそのまま引っ込むと、周囲の女も散らばりはじめたが、

目の大きい女は最後まで残された。

俺は何を思ったのか、あるいはやり返したい一心で「デメキンがよ」と言った。

女は泣き出した。散った女たちが戻ってくる。

女たちがデメキンを慰める。理由を聞くまでもなく女たちは俺を睨みつける。

女の誰かが先生を呼びに行った。俺は先生連行された。

この件は10:0で俺が悪いことになった。俺は中学校に行かなくなった。

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俺は個別塾で勉強して、知り合いが誰も来ないような遠くの高校受験した。

家は裕福ではなかったが、同情した親が頑張って働いてくれた。

高校人間関係リセットする最良の場所だった。

背伸びをして交友関係を広げた。すんなり輪に入ることができた。

なぜ中学あんなにいじめられたのかがよく分からなくなった。

いじめはされる側も原因があるとよく言われるが、俺に過失があったとはどうしても思えない。

高校でたくさん遊んで、髪を染めて、モリモリ勉強した。

俺は都心の、まあまあ自慢できるくらいの大学に入ることができた。

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大学では遊んでいるほうだった。

不埒サークルに入って、不埒人間関係を築いた。

悪い先輩についていって、大人の遊び方をいくつか覚えた。

女のいなし方も覚えた。実践を重ねて身に着けた。

なんとなく付き合って、なんとなく別れることを繰り返した。

セフレ複数人抱えたり、女を泣かせたりもした。

こんなところに出てくる中学同級生は、どれだけいただろうか。

俺は悪い優越感に浸っていた。風の噂だと、そのころに中学の連中はポコポコ結婚していた。

こんな早く結婚するのは田舎者のすることだと思って馬鹿にした。

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大学で、いろいろな界隈に首を突っ込んでいたときに、

ある女性と知り合うことになった。

かわいい声、タイプの背丈、服やメイクもいい感じ。

音楽趣味も合うので、たくさん喋った。

この人の目は少し出っ張っていた。

でもそんなことが気にならないくらいの速度で、この人を好きになっていた。

仲良くなりたい。お話したい。

俺はこの人がいる、若干アカデミックな界隈に顔を出す頻度が高くなった。

恰好もおとなしい感じに寄って行った。

チャラいのを経由して落ち着いた男はモテるとよく言うが、実際ちょっとモテた。

俺は調子に乗っていた。このまま行けばこの人は落とせると思った。

でも俺がモジモジしている間に、この人には素敵な彼氏が出来た。

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少しして、また俺はオラつくようになった。

オラついた界隈で遊び相手を作った。

そこで別の女と知り合い、仲良くなった。

さっきの女と雰囲気が似ていた。俺のタイプはこういう感じになっていた。

目が飛び出ていて素敵だった。

俺がモジモジしていたら、女は俺の友達イチャイチャしはじめた。

あとから聞いた話だと、このころからセフレとも恋人とも言えない関係になっていたらしい。

俺はただ遊びでイチャイチャしているだけだと思ってそれを眺めていた。

眺めながらいつ突撃するかモジモジしていた。

そんなときにほかの女が俺に近づいてきた。

俺はその女を抱きながら、先の女を想像していた。

毎回果てる時は、大体その女が脳裏にあった。

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俺は大学卒業して、かなり人に自慢できる会社に入った。

俺は俺の経歴に満足している。

麻布競馬場や窓際三等兵がネタで擦りまくってるような経歴だ。

仕事は忙しいが、複数の女と遊ぶくらいの余裕はある。

たまに合コンとまではいかないくらいの、男女混合の食事会に呼ばれる。

港区女子みたいなやつと婚活女子みたいなやつが混じっている。

事故みたいなフリをして体を触ったり触られたりしている。

触られるほうが多いかもしれない。

こんなことで喜んでいる、底の浅い人間として天寿を無駄にしている。

そしてこの集まりとある回で、俺は美しい女と出会った。

ウェーブがかった綺麗な髪、赤くてキッとした唇、

そして一際大きな、宝石のような瞳。

結婚したい。俺のものにしたい。

真面目なお付き合いをしたい。

何も真面目なお付き合いを知らない俺ではない。今回はこの人としたい。

そう思って近づいて、仲良くなってすぐに、

つのまにか二人でホテルにいた。

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彼女と何回か合っているうちに、俺は何となく察した。

この女には別に本命がいる。

俺は容姿や経歴でピックアップされた、誰かのスペア。誰かの人生バーター

俺に抱かれているときでも、違う男の夢を見ているようで、

俺がどれだけ言い寄っても、もの悲しさをごまかすような顔をしていた。

そして数か月後に、彼女は返信をしなくなった。

本命クンとうまくいっているのか、俺よりマシなスペアを見つけたのか、分からない。

けれども、それでも、と二週間くらい我慢してから、俺は泣いた。

ヤリ部屋みたいな自室に洗濯物が散らばり始めて、

その中心に座り込んだ時に、突然涙が込み上げてきた。

俺に涙を止める力はなかった。

冬の寒い日だった。

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いま、人生の岐路に立たされている。

素敵な女性と付き合っている。お互いに腰を落ち着けたい感じがある。

このままパワーカップルとしてタワマンに住んで、子供を何人か持つのが、最適な人生だとも思う。

でも彼女は目が出ていない。

このまま彼女結婚して、そのあとに目の出た女性に押されたら、俺はどうする。

不誠実な自分を思って胸がキッとなる。

胸がキッとなるのはこう逡巡するときだけではない。

俺は何人もの、目の出た女性を逃がしてきたが、

毎回反省しても大体同じ結論にたどり着く。

俺は俺がかつて罵った容姿に近い女性を前にして、毎回尻込みしてしまう。

俺は俺がかつて罵った属性相手の横にいる資格があるのか?

俺は俺がかつて罵った時の感情を一生涯一度も相手に向けずにいられるのか?

俺は俺がかつて罵った相手と似た人の近くに居座ろうとする自分を許せるのか?

しかしたらほんの小さい問いかもしれない。

でも俺には前科がある。

テレビの前で無邪気に無辜スポーツ選手を罵り、

自衛としていじめに加わったであろう加害性の低い女を泣かせた。

小さい問いを否定させないだけの説得力がある、前科がある。

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俺はずっとトラウマを抱えている。

帰責性のない女たちへ向けた悪感情が、今の俺にぶっ刺さって苦しめている。

トラウマが原因で尻込みしている節は大いにある。

たとえ男女の出会いは時の運だとしても、そのすべての持ち駒を俺は棄ててしまう自信がある。

それくらい自分に自信がない。

そして今、新しいトラウマとして、

「好みのタイプ女性を一度も自分のものにできなかった」という事実が、

俺に、俺が、植え付けようとしている。

この脆弱性を突かれることがあったときに、

目の出た女性から思わせぶりな態度で来られたときに、

俺は結婚するかもしれないこの女性を、そして生まれてくるかもしれない子供たちを、

幸せにできる自信がない。

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俺は結婚するべきじゃないかもしれない。

結婚する資格もないかもしれない。

ヤフーニュースを見ていたら、イスラエルスケート指導をする鈴木明子記事があった。

写真を見てため息が出た。美しい。

次に涙が出た。俺はこんなに素敵な女性を罵っていたのか。

選手時代写真を食い入るように見た。

涙がポタポタと出た。少し熱っぽくなるのを感じた。

俺は自分が何をしてしまったのかをようやく理解した。

俺があの時に呪ったのは俺自身だったのだ。

そして俺は自分への自信をすっかり失ってしまった。

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他人容姿馬鹿にしてはいけない。

容姿の出来についてその人に責任は全くない。

すべての人間が素敵なものをもって生まれてきている。

他人をブスだと思うなら、間違っているのはその感性のほうだ。

必ずだ。

デメキン」の四文字が、俺を磔にしている。

俺はどういうジジイになるんだろう。

グループホームで目の出た女性を罵りながら死ぬのか、

目の出た女性に許しを請いながら死ぬのか、

普通にそのへんで野垂れ死ぬのか、

からない。

藤子F不二雄の「ノスタル爺」のジジイみたいな、

キショい説教を唱えながら、煙たがられながら死ぬのかもしれない。

何でもいい。何でもいいけど、

俺みたいな過ちを、だれもおかさないようになればいい。

そういう呪いを込めながら、ひとりパソコンに向かっている。

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