よく日本の人権を議論するときに、「日本の人権は欧米から輸入した借り物の概念だ。
だから、自分たちで独自にそこにたどり着いたわけではないので、人権の本質を理解していないんだ。
決められたルールさえ守っていれば良いと勘違いしているからこんなひどいことができるのだ」といった揶揄をよく見る。
では借り物ではない欧米において、公共・税金・納税といった概念が生まれたにもかかわらず、
米国大企業がダブルアイリッシュ、ダッチサンドイッチといった税金ハックをしていることは
どのように理解されるべきなんだろうか?
彼らは公共という概念を理解し、国家および社会を運営していくにあたって税金の必要性も完全に理解した上で
もしそうだとしても、それを映画を見る人のカメラと同期させているように書くのは相当アレだぜ。少なからず映画を見てる人にはおっぱいよりもお尻の方が興味ある人だって混じってるんだし。
よかったよな…ぺーんぎねーたー。
そうかー? ワイなんかは去年あたりやってたPlanetarianが相当親戚関係にあるようにも見えたぞ。
ペンギンウォーズは感動した。特にラストシーンでペンギンが親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙無しには見られなかった
ペンギン・ハイウェイでカメラがお姉さんにあたる際、顔ではなく胸がフォーカスされる映像になるようなことを言うのではないかな>性的消費
そりゃ、性に興味を持ち出した年の少年が主人公なんだからそうなるでしょ
そしてそれがなにを消費してるの?
なにが悪いのん?
ペンギン・ハイウェイでカメラがお姉さんにあたる際、顔ではなく胸がフォーカスされる映像になるようなことを言うのではないかな>性的消費
レビューで物の良し悪しを偏らずに評価出来る人は、普通or良いレビュアーなんだけど、
とにかく悪い事しか書かない人ってのがいて、そのレビュアーの書いている内容を読んでみると
最初からまともな評価をする気がないという書き方をしていて、レビュアーっていうよりか「レビュアーもどき」にすらなれてない。
いわゆるネットでよくある誰でもいいからとにかく叩かせろって人種なんだよね。
そういうレビュアーもどきがお決まりのように「出来が悪い」「最低のもの」みたいな表現を文中にするのだけど、
出来が悪いのはレビューする商品ではなく、レビューしてきたもどき以下だったりする。
ネットで無差別叩きしている頭のおかしい人と同じように一部だけといえば一部だけなんだけど
ああいう人たちのおかげで、ちゃんとレビューしている内容が埋もれてしまうのはホント迷惑だね。
レビューで物すら叩かないと生きていけない人というのは、実生活で何か障害でもある人なんだろうか。
全てを憎んでいるようなそんな感じ。なんか哀れ。
脱ぷんじゃねえか!
逆に人間同士の性的消費がなかったら、人類は存続できていないだろう。
ただし、美人な女は性的魅力があって、ブスな女には性的魅力が無い(ことになっている)。
興味なかったし見てないし今後見る予定もないんだけど、
宣伝だけ見る分には普通に子連れでもデートムービーでもOKな映画に見えるからなあ。
「日本すごい」といった日本礼賛TV番組が揶揄されることがある。
その是非はとりあえず置いておいて、そこで取り上げられるのって、
職人が作った包丁だとか、江戸切子だとか、食品サンプルだとか、
すごいのはわかるけど、みんなが使うものじゃないんだよね。
例えるならイームズの椅子のような、そりゃ好きな人は好きかもしれんが、大抵の人にとって身近なのはニトリなんだよ的な。
白物家電が強かった時代の日本企業の製品ってやはり世界中で知られていて、
トーシバだとかヒタチ、パナソニック、ソニーって企業の名前やブランドは知られている。
翻って現代のコモディティを考えるとハードだとスマホやPC、ソフト(サービス)だとSNS(Facebook, Twitter, instagram)やWebサービス(Google, Amazon), アプリ(Uber, Airbnb...)といった感じで、日本発のものってコモディティ化すらできてないんだよね。